No.500846

【改訂版】 真・恋姫無双 霞√ 俺の智=ウチの矛 五、五章拠点編・風

甘露さん

・そっと発動する不幸
・出番のないメインヒロイン
・語られない肝心の場面

一万文字で短くね?と思ってしまう体質に改造されて居ましたこわい

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2012-10-27 11:23:54 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3653   閲覧ユーザー数:3107

 

**

 

拠点・風拗ねて一刀、風をなだめながら家族三人で過ごすのこと

 

 

 

幼女に社会見学をさせてから数えて三日。

滞在していた馬騰殿達は昨日に西涼へ帰り、俺にも通常業務と言う名の執務室に引きこもる簡単なお仕事の日々が戻って来ていた。

 

「じゃあ霞、行ってくるよ」

 

もうずいぶんと履きなれた簡素な皮靴を足にあてがう。

数度濡れて縮んだそれは完全に俺の足の形を覚え込んでいるのだ。なめした革の感触がひやりとして慣れから来る安堵を与えてくれる。

 

「ん。りょーかいや。今日はウチ非番やさかい、はよ帰って来てな?」

「善処するよ。でも今日は」

 

見上げる様にしてくりくりとした可愛い猫目で見上げる霞。

未だそれだけで心が大きく揺さぶられる辺り俺も大概色ボケが進んでいるのだと思う。

 

「あ、そっか。今日は一刀、あっちのお仕事の日やったもんなぁ」

「そゆこと。午前は普通のだけど、午後はあれだからちょっと自信ないかも」

 

俺が肩をすくめながらそう言うと、霞は悪戯っぽくにかっと笑って見せた。

 

「しゃーないなあ、日が替わるまでに帰ってきたら許したる」

「分かった。許してもらえるよう善処するよ」

「よろしい。……ん。いってらっしゃい」

 

ふるんとして、ちょっとしょっぱい霞の桜色の唇へ重ねる。

情熱的なキスも勿論素敵だが、こういう軽く確かめ合うようなキスもいいと思う訳で。

 

「……ん。行ってくるよ。樊稠さんも家事とか宜しくね」

「けっ、朝から胸糞だぎゃあ。氏ね、寧ろ死ね……。あっ、逝ってらっしゃいませご主人様」

 

もう樊稠は隠しもしないし俺等も慣れてしまったんだぜ……。

ぎゃあ、とか、みゃあ、とか言うのは生まれが大分山奥の寒村だったからなそうだ。

そこで神童だとかちやほやされて一念発起。

都会に出て井の中の蛙を体感して今に至るそうだ

まあ、あれだ。人間何事も慣れだよ慣れ。黙って仕事させてる分には有用というか超がつくレベルで有能だし。

 

「うん。風の事とか任せたから」

「畏まりましたわ」

「……早く調子が戻る様にしてやってくれよな」

 

宝慧を頭にのっけたあの姿は見当たらない。

丁度三日前の夜から、どうも風邪か何かを引いてしまった様で、子供の癖に一丁前に気なんか使って『風邪をうつしたら悪いのですよ』等とのたまい部屋に籠っているのだ。

……尤も、実際のところ、夜中に様子を見に行った時等は特にそんな兆候も見当たらず、多少機嫌が悪そうに八の字眉になっていたが至って健康に見えたのだけれど。

 

風の看病(?)を頼むと樊稠は一呼吸置いてから俺に向き直って答えた。

 

「畏まりました。それとなくお話を窺ってみますわ」

「頼んだ」

「ウチからも頼むで、樊稠はん」

 

俺と霞を風は部屋に入れてくれないのだ。

唯一食事を運ぶ時とこっそり厠に向かう時だけ、樊稠の手を借りるだけで他との交わりは一切断っている。

 

「はい。出来る限りのことをさせて頂きますわ」

 

そう言い綺麗な九十度で一礼。

本当あれさえなければ優秀この上ない人なんだけどなあ。

 

「じゃあ、夕食は用意しなくて良いから」

「畏まりました。行ってらっしゃいませ」

「お仕事、頑張って来てな」

 

しかしまあ、愛しの妻と美人の女中さんに見送られて仕事に向かうってのは、結構男冥利に尽きるもんだよな。

世の男性諸君、勝ち組でごめんよ、なんて。尤も本当の勝ち組はこんな不安定かつ常に危険な香りムンムンなお仕事はして無いのだろうけどさ。

 

 

**

 

 

「風ーっ、体調はどうなんよー? いい加減ウチにも顔見せてぇな」

「やです」

 

今日は霞お姉さんがやってきました。お兄さんはもうお仕事に出かけてしまった様です。

いつも根気よく説得交渉を繰り返す樊稠さんじゃない辺り、今日はお姉さんお仕事お休みなのでしょうか。

先日も……風に内緒でお出かけしてたのにまたおやすみ、将軍様って本当良い御身分だと心底思うのですよ。

 

「そないなこと言わんといてぇな。一緒にご飯食べよーや」

「やです。お姉さんもさっさとお仕事行ってくればいいのです。風は一人でぐっすりお休みしてますので御心配は不要なのですよー」

「風も大概意地悪やわぁ……」

 

……尤も、そんな想いが勝手な八つ当たりだってことは風も分かっているのです。

どうやってか風の内心を悟ったらしい樊稠さんにも、先日のお出かけがお仕事の一環で、あの女の子達が董卓様のお客さまの御息女だったってことも聞いたのです。

心を読む樊稠さん侮りがたし……むむむ。では無くて。

頭で割り切れても、こう、前みたいな真っ黒くてどろどろなもやもや、嫉妬が無くなってはくれないのです。

いつの間にか、母様と暮らしてた頃でさえ殆ど感じた事も無かった我が儘なんて、こども過ぎる色まで溢れてきちゃうのです。

 

「意地悪じゃないです。風はお風邪をひいているのですから移しちゃ悪いのです。けほけほ」

「棒読みやなあ……。兎も角や、前の埋め合わせを一刀がしようにも風がそこにおったらできへんやん? やで出て来やあって。な?」

「……やです」

 

お仕事だったってことも、お兄さんのお口から聞かせて欲しかった。そう言って安心させて欲しかった。

拗ねて困らせたかった我が儘も今では心配かけて怒らせたくて我が儘を言っているのです。

お兄さんに、構って欲しいのです。

ここから無理やり連れ出して欲しいのです。風は、霞お姉さんでも、樊稠さんでも無く、お兄さん自身の手で連れだして欲しいのです。

我が儘だってことも分かっているのです。でも……。

 

「……しゃあないなあ。お昼は一緒に食べよな? じゃ、ウチもう行くで」

「考えておきます……」

 

……風は、寂しいのですよ。お兄さん。

お兄さんが風へ一滴落としたこの色、ちゃんと満たして欲しいのですよ……。

 

「お兄さん……」

 

霞お姉さんの足音が遠ざかってゆきます。

申し訳ない、って色が少しだけ広がって、でも、風の中のどす黒い色の中に隠れちゃいます。

 

それが何だか気分を悪くさせて、風はお布団の中へ逃げ込みました。

変わらず常に暖かいお布団はとっても優しい気がして。

でもお布団は風だけをあっためてくれる訳じゃあ無いと思うと、どうしようもなく切なくなりました。

 

 

**

 

 

 

「ごめん北郷っ! ボクどうしても外せない急用入ったから今日もう上がって良いわよっ!」

「うぎゃあっ!?」

「ちょっ、劉徽ちゃん大丈夫っ!?」

「……私は大丈夫じゃあありませんね」

「あああっ!? 私の処理した竹簡の山に墨がっ!?」

 

文和殿が息を切らしながら扉を開いた瞬間大惨事。

突然の来訪に阿多が驚き落とした筆を踏み玖咲が転び手から硯(すずり)が吹き飛び稚然の顔面へ突き刺さり墨を阿多の竹簡へまき散らした。

数秒で静かな執務室が阿鼻叫喚の地獄絵図に。

 

「はあ。一体どうされたのですか、そんなに慌てて」

 

惨状から被害を唯一免れた俺が文和殿に向き直ると、何故か彼女は『やっちまった』とでも言いたげな表情で棒立ちになっていた。

そして一瞬後に意識を取り戻すと再び慌てだしあたふたとまくし立てる様に一言。

 

「ちょっと今日は駄目な日なのよっ。ボク来れないからアンタたち上がって良いって言ってるのっ! わかった? じゃあねっ」

 

そして颯爽と走り去ろうとする文和殿は『きゃあ』の声の後に何かに躓き勢い余って警備兵にショルダータックル。どぼんと鈍い音が響くと警備兵の彼は池の中に消えていた。

 

「ご、ごめんっ! 今助けるからっ!」

「文和殿、これを」

 

俺は急ぎ玖咲の測量用のひもを片手に駆けつける。

どうやら胴当てが重く浮かびあがれない様でこのままでは彼が溺死してしまうことは必須だった。

 

「掴まれッ! お前たちも手伝えッ!」

 

先頭に俺、続いて稚然と警備兵2、文和殿、阿多、と続いて最後に玖咲がひもを手に取る。

そうして沈んだ警備兵がひもを掴んだことを確認すると。

 

「行くぞっ! せーのっ!」

 

大きな掛け声をかけ皆で一斉に引っ張った。警備兵の彼が水面から顔を出し行ける! そう思った瞬間。

ぶちん。

 

「あっ」

 

文和殿の『またやっちゃった』とでも言いたげな抜けた声を聞きながら。そして俺、稚然、警備兵2は、蓮の浮かぶ池の中へ落ちて行った。

警備兵の彼は自力で胴当てを脱ぎ浮上。むしろ布の多い文官服の俺達が溺れかけたが、新しい縄のお陰で何とか助かった。

その後何故か廊下の端まで離れたところに移動した文和殿に涙声で謝られながら疲労困憊の中、女中さんに墨だけふき取っておくよう指示すると皆それぞれその場でそそくさと帰路へ着いたのだった。

片付けは明日やろう。今日だけはサボっても許される。

 

まだまだ冷たい風がひゅうと吹いて身に染みた。

 

 

**

 

 

「ただいま……」

「おかえりなさいませ。旦那様、どうされたのですか?」

 

朝家を出た時とはかけ離れた格好をしているせいだろうか。

樊稠さんの眉がぴくりと上がり怪訝そうに俺を見た。水もしたたるイイオトコ(物理)は流石に奇妙らしい。

 

「何でも無いから……とりあえず着替えの用意お願い」

「畏まりましたわ。どうせなのでお風呂の用意もさせていただきますわね」

「まあ……偶には良いか。頼んだよ樊稠さん」

「お任せ下さいませ。一時後までには用意しますわ」

 

深く追求もせずさっさと仕事に取り掛かる樊稠さんに玄人の姿を見た。

奥へと指示や俺の着替えやらを持ちに消えた樊稠さんと入れ替わりに霞がぱたぱたとやって来るが、やはり水も滴るイイオトコ(直喩)に何事かと訝しげにする。

 

「おっかえり一刀! って、どないしたんよその格好」

「池で人命救助してきた」

「……? 泳ぐにはまだ早い季節やで?」

「うん、寒かったよ」

 

どうにもバカらしくて適当に言葉を返すが、霞はまるで気にせず俺を見ると何処からか取りだしたタオルでわしゃわしゃ髪を拭いてくれた。

 

「やろね。風ー! 一刀帰って来たでー!」

「まだ出てこなかったのか?」

「取りつく島もあらへんかったで」

「……仕方ないなあ。樊稠さん、着替え何処?」

「此方に」

「ん、ありがと。うえ、べちょべちょ」

 

風は今日も出てこなかったのか……。負い目がある以上怒ったりもしにくいし無理やり引っ張りだすのも何か違う気がするし。

どうしたものかと悩みつつ、俺は中へ上がると文官服を脱ぎ捨て下着姿になった。パンツまでびたびたで全身の毛穴がぶわりと栗立つ。

風邪引いても堪らないので大きな拭き布で全身を覆うとやっと温かさが帰って来た。

 

「ふう。少しはマシになったなあ」

「泥まみれになっとんね。こりゃあもうこれ着れへんなあ」

「新しいの買わなきゃね。痛い出費だ……樊稠さん、これ適当に切り分けて売れそうな部分反物屋にでも売ってきて」

「……滲んでない部分があるのでしょうかこれ」

「無理なら無理で良いよ。売れたら樊稠さん達への臨時給与てことで」

「畏まりましたわ」

 

家で働いてる人は樊稠さん入れて十一人……。決して文官服なんて安物じゃないから布を売ってもそれなりにはなるとは思うけど……。

半分をさらに十一等分……ま、まあ昼飯代くらいにはなるよね?

樊稠さんが持ってきた代えの下着にささっと着替えゆったりとした部屋着を身にまとう。

 

「こちらをどうぞ」

「おっ……。ありがと。割と本気で嬉しいよ」

「卵酒やん。な、な、ウチの分は」

「こちらにご用意してありますわ」

 

お前冷えてねえだろと思いつつ。嬉しそうな霞につっこむのも野暮なので黙って受け取る姿を眺める。

霞に卵酒を渡しすすと後ろに下がった樊稠さんを見届けると俺はゆっくりと酒を煽った。

 

「ぅあ゛~っ。温まるなあ」

「一刀おっさんみたいたで」

「そんなことは置いといて。風はどうしたら出てきてくれるんだろうなあ……」

「やっぱウチや樊稠はんじゃいかんのとちゃうんか? なあ」

「奥様のおっしゃる通りかと存じ上げますわ。旦那様で無ければやはり、仲徳お嬢様も寂しいのでは」

「……そんなに放任してたかなあ」

「まあウチも一刀も忙しかったさかい、以前よりは構ってあげれとらんわな」

 

ちびちびとほんのり甘い卵酒を口にしながら、そう言えばここに住み始めてから風とゆっくり話した事も無かったことを思い出した。

馬賊暮らしをしていた頃は三人一緒に良く寝ていたのに、此処に住み始め風にも個室を与えてからは川の字で寝る事も無くなっていた。

 

「仲徳お嬢様が如何に気丈で感情を表に出さない御方だと言っても、やはりまだ十二歳なのですから頼りたい、甘えたい。そんな感情を抱いても不思議では全くございませんわ」

「寧ろ他の子より強がりして我慢しとっても可笑しくはないで。良く出来た妹にウチらが甘えとったちゅうことやな」

 

風が何も言わない事に甘えていた。ぐうの音も出なかった。

根掘り葉掘り風の色を引き出し、寂しいも楽しいも嬉しいも悲しいも引き出しておいてそのまま放置。

その事実に今やっと気付いた俺。手の施しようのないバカだった。

がしがしと頭を掻くとため息が一つ。

 

「……駄目だなあ俺。うっし、ちょっと行ってくるわ」

「畏まりましたわ」

「頼んだで、一刀」

 

黙って見送ってくれる二人の優しさが嬉しくて申し訳なかった。

 

 

**

 

 

「風、ただいまー。調子はどうだ?」

「……おかえりなさいお兄さん。調子はぼちぼちなのですよ、けほけほ」

 

扉越しに聞こえる態とらしい咳の音。

数日全く変わらない問答を繰り返してばかりで、そう思って聞けば一抹の寂しさが風の声には含まれている様な気がした。

ここで引き下がっては埒が明かない、俺はそう一念発起すると取っ手に手をかける。

 

「っし、入るぞ、風!」

「え、ちょ、ちょっと待って」

「待ちません。埒が明かないから、ね!」

 

つっかえ棒だったり鍵だったりを掛けているのかと思ったがそんな事はなく。

力を込めて扉を引いた割にはあっさりずばんと開いたそれに拍子抜けしながらもずかずかと上がり込む。

絵面的に非常によろしくない光景だ。風邪を訴える幼女の部屋へとズカズカ上がり込む青年の図。

 

「……乙女のお部屋に無断侵入。酷いお兄さんなのです、よよよ」

「おうおうにーちゃん、風が着替え中だったりしたらどうするんだぜ? 乙女の柔肌を見た責任は重大だな」

「いや見てないからね? 風服着てるからね?」

 

棒読みなのに動作だけは無駄にしなりとして如何にも「よよよ」の台詞が似合う感じなのがまた何とも言えない。

横になっていた所為か寝台の横に置かれた宝慧も便乗して非難の声を上げる。

 

「……それで、何の用なのですかお兄さん。風的には早く出て行って欲しいのですよ?」

「その前に、だ。よっと……ふむ、熱は無いな」

「お、お兄さんっ? いきなり何をッ」

「熱を測っただけですとも、ええ。べたべたに『熱は無いけど顔が赤いな』とかは言うつもりも無いのであしからずな」

 

額と額を合わせての体温測定。

テンプレ過ぎて笑っちゃうが流石に鈍感さまで持ち合わせてないのであしからず。

霞の好意には昔気付かなかった癖に? 何をおっしゃるあの時は身分の差って壁がどばんと立ちはだかっていたのだよ、前提条件が今とは異なるのだよ。

 

「それで、だ」

「どうしたのですかお兄さん、急に畏まっちゃって」

「ごめん、風!」

 

徐に言葉を切り出した俺は、風の返答を碌に聞かない内に、深々と這いつくばり頭を床に擦りつけていた。

之所謂土下座也、ってところだ。同僚や他の次官連中にはとても見せられないよね、幼女に土下座する俺、多方面的な意味で立派な弱みになり得る行為をしている訳だから。

居るであろう文和殿付きの監視役はこの際どうでもいいや。俺が裏切る動きを見せなければあの人に限ってはそれで良い訳だし。

あの人がそれをネタにするのならば此処から消えてしまえば良い訳だし。尤もそれを俺は望んでいないけども。非常事態ならば仕方なしだ。

 

「話の繋がりが見えないのですよ? それともまだあの時内緒でお出かけしたことを風が怒っていると思っているのですか?」

「いや。それとこれとは別だ」

「では何なのですか」

 

しかし、土下座にも風の反応は至って冷やかで。

あれ、もっと多彩な乗りと電波を見せてくれる幼女ってのが風の持ち味じゃあ無いのかい?

まあ駄目なら駄目で次の手を打たねば。姿だけで動揺してくれればもっと本心をあぶり出し易いかと思ったが簡単にはいかなかった、ならば言葉で攻めるのみ。

 

「ごめんな風、寂しい思いをさせてしまって」

「……何言ってるのですか?」

「此処に来てから暫く、忙しいからって風としっかり話もして無かったからさ。風が何も言わないからって俺、それに甘えてたんだ」

 

明らかに動揺の色を見せる風。

人形染みた無反応だったころからは想像もできない人間らしさを身につけている事を嬉しく思い、動揺を見せてしまう子どもらしさに微笑ましく思う。

その隙を俺は勿論見逃さない。ゆっくりと立ちあがると、寝台に腰かけたまま動かない風の隣に座った。

 

「別に……お兄さんがお仕事で忙しい事くらい風は分かっているのですよ?」

「それでもだよ。だからって風のこと蔑ろにしていいわけじゃない」

「……そんな、風は」

「我が儘位言ってくれよ。風は大切な妹なんだからさ。我が儘の一つ二つ、俺が受け止めて見せるから」

 

髪の毛を洗うなんて重労働、中々出来ないのにさらさらとして甘い香りのする風の金髪。

そう言えば霞の、と言うかお知り合いの女性の半分は体臭がきついだの口臭いだの髪の毛が油ギッシュだの、そう言うの無いよなあ。

臭いがきつい料理やら整ってない衛生環境や要因は諸々あるのにだ。無論、この世の終わりの香りって位口臭い女の子とかもいる。

にしても俺が毎朝早朝に起きて全身を冷水で洗い流しの塩と楊枝で丁寧に歯を磨きのしてやっとキープしている水準の数段上を余裕で維持してるとか……女の子って不思議。

霞なんて明らかにズボラな時もあるのに汗でさえ甘露とはこれ如何に。

なんて滑る様に指の間をすり抜ける風の髪の毛を弄りながら、もう一方の手で頭を撫でながら思っていると。

ふと、風が上機嫌を感じさせるおっとりボイスでくふふと小さく笑った。

 

「くすっ、くふふっ」

「……いやここで笑うのは酷くないか?」

「くふふふっ、ああ、ごめんなさいなのですよお兄さん。でも、ちょっと可笑しくって」

 

邪念が途中で挟まりまくってたとはいえ俺としては笑わせるつもりよりも感涙極まらせる位のつもりでいたんだけどなあ。

しかし、まあこれだけ嬉しそうに年相応に可愛らしく笑ってくれたのならあながち無駄では無かったってことかな。

一頻りくふくふ笑うと風は、こてんと小さな頭を俺にもたせかけてきた。こういう動作が何処となく霞っぽい。血は繋がって無くても姉妹って似てくるものなのか。

 

「ちっちゃいことで悩んでたんだなーって思い知らされたのですよ。風も、お兄さんに遠慮しちゃってたのです」

「それは良くない。風は遠慮する必要なんて無いんだから」

 

至って真剣な顔でそういうと風はさらに小さく笑った。

表情は俺から見えないが声に喜色が混じって感じられる。

 

「ふふ、そうですね。でも、風は出来た妹なのです」

「自分で言うのか」

「自分で言わなきゃお兄さんは言ってくれませんからねー。……時々、十日に一度とかでいいのです。その時だけ、風に甘えさせて欲しいのです。お兄さんとしっかり一緒に居たいのですよ」

 

実に可愛らしいおねだり。

それだけで俺のなにかが撃ち抜かれてしまった。正しくズキューン、といった擬音が似合う次第だ。

そしてそんなことを言葉に出して言わせないと分からなかった俺にどうしようもなく不甲斐無さを感じた。

 

「……ごめんな」

「はてー、なんでお兄さんは謝ってるのでしょう。デキる妹の風には分からないのです」

 

そこで甲斐性無し位に罵られればいっそ楽だったかもしれない。

とぼけてみせて、だけど腕にきゅっと抱きつく風へと感じたのはどうしようもない自分への後悔ばかりだった。

そんな気持ちを拭って見せる様に。俺は風をそっと振り向かせる。

 

「とりあえず今日は半休になった訳だし、久し振りに風に付き合うからさ」

「おおっ、それは期待できる展開なのです」

「何を期待するんだよ……。先ずは風呂入るか、風」

「ほえ?」

「いや五日も籠城してたら幾ら夏じゃないからって、少し臭うぞ?」

 

実際のところはかんきつ系の様な甘酸っぱい香りがしている訳で大したことは無いのだけれど。何に近いかな……。オレンジ牛乳とか?

兎も角普段はふんわり甘いのが甘酸っぱいになっているのは少々アレな証ではなかろうか。

 

「お、おおおお兄さんっ! 乙女にそれは無いのですよっ!!」

「あはは、冗談冗談」

 

頬を染めて慌てふためく、うんうん、凄く感情の色が見えてお兄さん嬉しいよ。

優しくあごのラインを猫相手にする様に撫でるとむうという表情のまま黙ってしまった。

 

「兎も角だ、折角風呂沸かしたんだし、入ろうぜ」

「霞お姉さんも一緒に、ですか?」

「そりゃあもちろん。沸かす回数は少ない方がいいからな」

「なるほど、風も大人の階段を上るのですね」

「ていっ」

 

大人の階段のぼる 君はまだシンデレラさ~♪

……懐かしいなあ。こっちの管楽も悪くはないけどポップスなんて絶対聞けないからねこっち。金管楽器も無いし、鍵盤楽器も無いし。

選ぶなら騎馬民族の唸り声みたいな不思議な演奏が一番好きかな、ホーミーってやつだ。おっちゃん無駄に上手かったんだよな。

と、そんな事はどうでも良くて。あほなことをぬかす風にデコピン一発。額を抑え恨めしげに見上げる風を宥めながら俺は言う。

 

「あうっ!? むう、頭叩かれてお馬鹿になったらどうするのですか」

「ならないならない。ついでに風にエロい事する気は俺無いからな」

「むうーっ」

 

何故か怒る風。いやいや、流石に風はまだ子供だろう、と。言わないけどさ。

それに体が出来上がって無い子どものセックスは悲惨だからね。そんな経験をさせたい兄が居る訳が無いじゃあないか。

 

「あと三年、ちゃんと元服過ぎても風の気持ちが変わらなかったら」

「数えならあと二年なのですよ、元服」

「数えじゃ駄目だよ。身体が女にちゃんとなったら、だ」

 

風はどう多めに見つくろってもロリぺったんイカ腹ほっこりの幼女体系だ。

女じゃない、まだ子どもだ。優しく諭す様に言うと、風は渋々といった様相で在るが頷いた。

 

「……わかりました。仕方ないので我慢するのです」

「それでよしっ、それっ」

「おおっ!?」

 

抱きあげた風の身体は驚くほどに軽い。

軽々と抱き運べてしまうその身体は、少し強く抱きしめるだけで壊れてしまいそうで。

守らなきゃ、使命感にも似た感情が俺の中で強く沸き上がった。

 

「手のかかる俺の妹なお姫様、抱っこでお風呂場までお連れ致します」

「……よろしくお願いするのですよ、風のお兄さん」

 

茶化す様にそう言うと風は愉快そうにころころと笑った。

 

『一刀~、風呂の用意できたで~』

「今行くよ」

 

丁度良く聞こえてきた霞の声に返事をすると、俺は引きこもりのお姫様を抱いて、その居城を後にしたのだった。

願わくば、この小さな鼓動も守れますように。

 

 

**

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お風呂場描写が入ると思った? 残念、さやかちゃんでした!

 

 

 

いろいろアレですよね今回。ごめんなさい甘露です。

長かった拠点もこれでやっと終わりです。フラグ回収でっきるっかな♪

 

今回は詠ちゃんのメインイベントである不幸の日が流されたり、肝心の嬉し恥ずかし混浴描写が無かったり。

最初期なんて今回は4000文字だぜフゥッフーとか言ってたのに10000文字であれちょっと少なくねとか思っちゃったり。

 

お、俺は悪くない!政治が悪いんや!

立てたかったフラグは樊稠さんを除いて全部立ってますしこれで良いんです、ええ。

 

 

次回からやっと戦記っぽくなります。(予定)

具体的には魔王月様洛陽降臨……まではいきたいけど確実にいかないんだろうなあ……。

そろそろ部下達のキャラ像掘り下げや四方八方に散った旧友、董卓軍勢のあらましに秘書官をやってる恋ちゃんの今後と隠れ不遇系ヒロイン幼女ねねたん無双(ぇ とか、やりたいことはいっぱいあるので、是非今後も甘露のssにお付き合いして頂ければ幸いです。

 

 

ではではー

 

 

追記:途中で話題にちらと上がったMongol Khoomei(モンゴルホーミー)と言うのはこんな奴です

http://www.youtube.com/watch?v=vhAQqRKa8XY&feature=related

 

これ馬頭琴の音以外のすっごい高音も低音も声で出してるんですよ。高音は聞こえない人もいるらしいですが、中々に凄いので聞いてみてください。

 

 


 
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