今日は休みの日である。一夏は相変わらず(ラウラと)トレーニングと島に潜んでいるであろう魔化魍の討伐、そして二段変身の試みに明け暮れていた。
「今日はこれ位で上がりだな。ラウラ、イブキさんから聞いたぞ?お前中々筋が良いってな。鬼になるのも、そう遠い未来じゃないかもしれない。」
「兄様のお陰です。今ではブラインドシューティングと言う物をやらされています。」
「目隠しでの銃撃か?」
「それとイブキ殿の銃撃を目隠ししたまま避けると言う物や、近距離で銃撃を避けながらイブキ殿に射撃攻撃を行う物も・・・・」
ラウラの顔がその訓練を思い出したのか、青ざめた。確かに、幾ら軍人とは言え何も見えないのに銃撃を避けろと言うのは不可能に近い。そのまま銃を撃ち、的に当てると言うのもまた然りだ。マグレで当たる事はあってもそのままそれを続けるのは無理である。
「ああ、あれか。あの人目閉じたままでも結構射撃の腕は凄いからな。俺も、師匠にやらされたぞ。何度か死にかけたな。」
「やはり、そうですか・・・」
「俺とやって見るか?」
「いえ、夏期休暇の間はヒビキ殿に修行を付けて貰う事になっています。」
「そうか。その様子じゃ、もう馴れたんだな?猛にいる事で。」
「はい。」
一夏は満足げに頷き、射撃場で断空を使って的を正確な射撃で撃ち抜いていた。空気弾の三点バーストで殆どの的が頭か胸、もしくは頭から胸にかけて三つの風穴が空いていた。
(少し遊んでみるか・・・)
射撃場にあるラックから二丁のUSP MATCHを取り出してマガジンを装填した。
「それは・・・」
「ああ、ドイツ製の奴だ。二十発近く入るし、この形状を気に入っている。家の方にも幾つか銃は置いてあるんで、多少の知識は持ち合わせてる。」
スライドを引いて安全装置を外すと、足元のペダルを軽く踏んだ。クレー射撃に使う的が一斉に空に向かって様々な方向に射出された。一夏はそれをろくに見もせずに撃ち落とし、撃ち漏らした的は空になった銃の内の一丁をリロードした瞬間破裂した。
「ちっ、一つ外した。」
「い、今ので一つしか外さなかったのですか?!」
「残念ながらな。本来なら
「はい・・・ですが、やはり既存の銃とは大違いでした。引き金を引いたら弾が出る、それ以外は全て違いました。反動も・・・・」
「だろ?」
二人は互いに別れを告げて部屋に戻り、再び合流した。何故なら、一夏の部屋で再生された鳴き声が聞いた事も無い様な物だったからである。二人は建物の外にある森の中に脚を踏み入れた。アサギワシとアカネタカの群れが先導している。そして木の上に止まっているカラスの嘴の様な物を持つ人間大の魔化魍を発見した。テングだ。テングは二人を見るや否や、背中の翼を開いて襲いかかって来た。咄嗟に横っ飛びに飛んで回避し、一夏は音角で変身し、ラウラもイブキから授かった鬼笛でディスクアニマルを三体起動した。
「はあああああああ・・・・・はあっ!!(あれはテング・・・・恐らくクグツに作られている可能性は低い・・・・ここは音撃管で倒すか。)」
荊鬼は断空で真空弾を発射するが、やはりテングの飛行スピードでは容易に当てられず、業を煮やした荊鬼はバーストからフルオートに切り替えて掃射を始めた。ようやく幾つかが脚や翼を掠り、飛行スピードが少し落ちて来た所で雪月刃を投擲し、見事テングの体を貫いて木に激突した。すかさず鬼石を撃ち込み、清めの音を吹き鳴らした。
「音撃射、轟風一乱!」
清めの音を増幅させる鬼石をほぼ一カ所に纏めたので、テングもひとたまりも無い。しばらくするとテングは散って行き、粉々になった所で飛んで来る雪月刃を掴んだ。
「兄様、あれは・・・テングとか言う奴では?」
「そうだ。今でこそ俺は倒せるが、奴らはさっきも見た様に空も飛べるし、力も強い。喋れない化け物の割には知能も高い。一度はヒビキさんの音撃棒を真っ二つに折ったんだ。始めに言って置くが、鬼の撥は、そうおいそれと折れる物じゃない。余程のダメージを与えられない限り、折れはしないんだ。そう言う作りになってる。」
「はあ・・・」
「さてと、帰るか。」
すると、ラウラの携帯が鳴る。
「はい。」
『ラウラちゃん?』
「あ、イブキ殿。」
『イバラキ君はいるかい?』
「はい。兄様ですか?はい。ちょっとお待ちを。」
ラウラは一夏に携帯を渡した。
「はい、イバラキです。はい。今さっきこっちでテングが出たんですよ。弱音って訳じゃありませんが、俺一人じゃちょっとキツいかなあって。」
『まあ、確かにISを使える鬼なんて君位しかいないだろうしね。』
「この前なんかウワンが十体も出たんですよ。キッチリ倒しましたけど。」
『夏は厳しいね。僕はカブキさんに、トドロキさんはヒビキさんに鍛えられてるんだ。』
「お疲れ様です。あ、そうそう。サバキさん大丈夫なんですか?カッパに手酷くやられたって聞きましたけど。二体に分裂して。」
『うん。療養中だよ。やっぱりバンキ君が早く大学卒業してくれない事にはねえ。まあ仕方無いか。無い物ねだりをしても意味は無いし。』
「まあ、確かに仕方ありませんよ。俺だって高校生で鬼の仕事やってんですから。しばらくの間そっちに戻りたいんですが、良いですか?本格的に二段変身を会得しないと、二人分三人分の給料貰えないですから。夏は本腰入れないと死にますからね、比喩表現でなく。」
『その事に関してはおやっさんの承諾はイスルギさんが得てるから大丈夫だよ。働き者のバイト君がいなくなって、店が忙しいってさ。』
「そうですか。ああ、そうそう、数馬は元気にやってますか?最近会ってないんですけど・・・」
『大丈夫だよ、彼も今はみどりさんの助手って事でここと吉野を行ったり来たりしてるんだ。』
「み、みどりさんの助手?!良く小暮さんが認めましたね、そんな事。アイツ俺と同い年ですよ、ちょっといい加減な所もありますし?!」
『確かにまだまだ粗いけど、腕はいいよ。みどりさんも仕事が捗るってさ。僕から君が連絡したって伝えておくから。』
「よろしくお願いします。師匠は今どうしてますか?」
『こう言っちゃ聞こえが悪いけど、サバキさんの後始末。その後はバケネコ退治。』
「忙しいですね、関東支部は。」
『どの支部もそうだよ。ラウラちゃんは結構飲み込みが早いね。やっぱり、と言っちゃ失礼だけど、軍人だから射撃はそこそこだし・・・・後一、二年もすれば正式に鬼になれるんじゃ無いかな?あ、本人には内緒ね。』
「分かりました。失礼します。」
通話を終え、携帯をラウラに返した。
「イブキ殿は何と?」
「ああ。とりあえず休みは取れるそうだ。あまり長くはないがな。俺はちょっと用事が幾つかあるから、お前も付き合え。たちばなにも行くが、他に寄る所もあるんでな。」
「分かりました。直ぐに準備してきます。」
「頼むぞ。」
一夏は部屋に戻ろうとした所で虚に呼び止められた。
「どうかしました?」
「ええ。実は・・・・」
「はい?!学園祭が休み明けに?!」
「それで、入部する部活を決めて頂かなければ行けないのですが・・・・」
「いやー、でも・・・・俺『仕事』がありますから、そう言うのはやってる暇は無いですね。」
「部員からかなりのクレームが来て、書類整理に会長も頭を抱えていらっしゃいます。」
「分かりました。何らかの対策は考えておきます。会長と言えば・・・・楯無と簪はどこに行ったんですか?」
「生徒会室で書類整理の最中ですが。」
「俺も行きます。伝える事があるしついでに手伝いますので。案内、お願い出来ますか?あまり俺が行く様な場所じゃありませんし。」
「助かります。ではこちらに。」
生徒会室に案内され、そこでは楯無と簪が膨大な書類の山を整理していた。書記の本音はと言えば、ソファーで転寝していた。相変わらず袖がだぼだぼの制服を着たままである。
「楯無、何でここまで溜めるんだよ?効率悪いぞ?」
「だってー・・・・面倒臭いんだもん。それにだれかさんが勝った癖に生徒会長にはならないなんて言うから・・・・」
「俺に学園最強の文字は似合わねえんだよ。元々そんな称号に興味は無い。代わりに手伝いに来たがな。」
「ホントに?!」
「ああ。それに休みだし、二人の実家から呼び出しが来てるなら行かない訳にはいかない。俺も俺で用事があるしな。」
「やったー!一夏君がウチに来るー!」
「一夏・・・・ありがと・・・・」
「本音、お前も生徒会所属なら起きて少しは手伝え。」
「いえ、このままにしておいて下さい。本音が仕事をしようとすれば余計に仕事が増えます。」
虚が止めに入る。眠りこけている妹の無防備な間抜け面を見ながら、だが。
「分かりました。さてと、やるぞ。」
書類の整理の合間にも、とりとめの無い会話は続いた。
「一夏君。」
「ん?」
「どこかの部活に入部する気、無い?」
「鬼の仕事があるからそう言う訳にも行かない。ISでの勉強もあるしな。そんな時間は無い。部活の部員がクレームをつけようと俺には関係無い。俺は客寄せパンダになるつもりは毛頭無いからな。」
「そう言う意味じゃなくて・・・」
「いや、悪い。俺が言い過ぎた。でも男子が唯一俺だけってのは想像以上にキツいんでな。もう馴れた物かと思っていたが、そうでもない様だ。ここの女は無防備過ぎるし、団結した時の力は・・・・・ああ、考えただけでも身震いが・・・・」
そんなこんなで書類整理を終わらせ、更識姉妹、布仏姉妹、一夏、そしてラウラの計六人でモノレールに乗った。
「一夏、何でラウラまで来るの?」
「ああ、彼女は俺が用事があって回る所の一つで逗留する事になる。定期連絡は行うがな。俺は見送りに行くだけだ。」
不機嫌そうに顔をプクッと膨らませる簪の頭を撫でて機嫌を直そうとする。
「ラウラ、何度も言う様だが、気をつけろ。」
「はい。イブキ殿からは陰陽冠も貰いましたので、時間稼ぎ位は出来ます。迎えは、確か日菜佳殿が来る筈ですが・・・」
「なら良いが、危なくなれば直ぐに俺を呼べ。無茶は程々にな。」
「はい。」
モノレールのホームから出ると、普段着姿の日菜佳とトドロキが手を振っていた。
「来たみたいだな。じゃあ、ラウラ、近い内にまた。」
「はい!」
ラウラを乗せた車が消えて行くと、一夏達の前にも一台の車が止まった。
「おいおい・・・・大袈裟過ぎやしないか?」
だが、それは車ではなく、黒塗りの大型リムジンである。とりあえず乗ると、中は広々としており、座席も革張りのソファーである。
「いやちょっと・・・・こんなモン毎回乗ってたらおかしくなっちまう。」
そんな中電話が鳴る。リムジンに備え付けられた固定電話だ。楯無がそれを取り、しばらく話していると、受話器を一夏に差し出した。
「お父さんが貴方と喋りたいそうよ。」
「何と・・・・はい、お電話代わりました。」
『君が、イスルギ君の弟子かね?』
聞こえて来たのは、威圧感のある声だった。聞いただけでも一夏の動悸が早くなる。
「はい。五十嵐一夏と申します。え、師匠を知っているんですか?」
『うむ、一度は私の命を救ってくれた男だ。』
「そうですか。あの、本日はワザワザお招き下さいまして本当にありがとうございます。」
とりあえずこの男は怒らせたら最期俺をバラバラに切り刻む事も辞さないだろうと言う事を想定し、丁寧に礼を述べた。
『何、娘二人が気に入った男が一体どんな物か、私も興味が湧いてな。それに感謝をするのは私の方だ。二人の仲を取り持ってくれたのだろう?』
「はい・・・でもまあ、それは成り行きと言いましょうか・・・・」
『兎に角、詳しい事はウチに着いてからにしなさい。』
「分かりました。では、失礼します。」
そして電話を切ると、一夏は大きく息を吐き出した。
「はあーー・・・・・」
「物凄い敬語使ってたね、いっちー。」
「まあ、あの場合はな。いやー、声が威圧的で一言ミスッたらぶち殺されるんじゃないかと思ったぜ。」
「声はあんなだけど、優しい人だし、お母さんには頭が上がらないから安心して。」
簪に励まされるが、一夏は生きた心地がしなかった。
(あんな威圧的な父親の頭が上がらない様な母親ってどんな人だよ・・・・)
「先代楯無は、私達のお母さんよ?」
一夏の考えを見透かしたかの様に楯無はそう言う。
「え?!母親が先代!?じゃあ、あの人は・・・」
「勿論お父さんだよ?お母さんが決めた人だしね。怒ると怖いけど。」
「なるほど・・・・(あーあ・・・・俺生きて戻る事が出来るかな?)」
しばらくすると、巨大な屋敷の前に着いた。
「現代に大名屋敷が蘇ったのか?」
だが、そこは紛う事無き更識家である。メイド、そしてSPと思しきスーツとサングラスを着用した屈強な男達がそれぞれ一列に並んでいた。
「お帰りなさいませ。」
そして二人の間には和服姿のまだ三十代を入って間も無い様な柔らかい笑みの女性と、着流しを着た目付きの鋭い男が立っている。
「「父さん、母さん、ただいま。」」
「貴方が、イスルギ君が言っていた弟子ね?」
「はい。五十嵐一夏です。」
「入って頂戴、疲れたでしょ?」
「では・・・・お邪魔します・・・・」
一夏は気持ちを落ち着かせながら、その巨大な門を潜った。
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はい、更識家に行っちゃいました一夏。二段変身会得と彼の命は・・・・?