「・・・ちか、一夏、朝だよ。一夏ってば!」
一夏が目を覚ますと見慣れた白い天井があった。保健室のベッドの上にいると言う事は直ぐに理解出来た。体が麻酔にでも掛かったかの様に動かず、力が入らない。加えて耳元で自分を呼ぶ声。
「簪か・・・・そう言えば、俺勝ったんだったな・・・・」
「うん。見てたよ。その・・・・かっこ良かった・・・・・」
「今の格好じゃしまらないけどな。どれ位寝てた?」
「そんなに寝てないよ?一夏、お腹空いてない?」
「ああ。最近エネルギー切れが速くてな。いい加減修行の方も専念しないと行けない。」
「はい。また倒れるんじゃないかって作って来たんだ。」
簪が包んだ弁当箱を差し出した。容器が二つ重なっている。
「いつも悪いな。心配かけて。」
「気にしないで・・・・」
一夏はゆっくりと上体を起こし、簪をゆっくりと抱き寄せた。
「い、一夏・・・?」
「勝負が終わったら、デート行かないか?まあ、楯無と一緒に行く事にもなるが。」
『デート』と言う単語を聴いて簪は顔が真っ赤になった。まさか堅物である(少なくともそう見える)一夏の口からその様な言葉が出て来るとは露程も思わなかったのだろう。
「デートって・・・どこ?」
「回る所は幾つかあるんだ。一つは休みの間に俺に仕事をくれる所、もう一つは俺の友達の食堂、後は・・・・まあ、上手く行けばの話だが・・・・これはまだ言えない。」
「良いよ。あの・・・そろそろ離して・・・・恥ずかしい・・・」
簪がモジモジしながら消え入りそうな声で頼む。元々一夏よりは小柄なので愛らしい小動物がすっぽりとはまり込んでいる様に見えたので、思わず腕の力を強めそうになったが、自制した。
「ああ、悪い・・・」
そして離れると、簪の唇にキスを落とした。と、その直後、扉が開いた。
「負けちゃったわねー・・・・流石、としか言い様がないわ。気を付けていた筈なのにまたアクアクリスタルを破壊されるなんて。あら、お邪魔だった?」
二人は未だにほぼ抱き合っている状態なので、そう見えない筈が無い。どちらもすぐ離れた。
「照れちゃって、二人共。さてと、一夏君、ちょっと良いかしら?」
「何だ?まさか俺が生徒会長になるとか言うんじゃないだろうな?」
「違う違う。実は・・・・」
バリィーン!
突如ガラスが割れて、巨大な二足歩行の昆虫が現れた。
(ウワンか・・・!もう成虫になってるし!分裂されたら厄介だ。一先ず引き離すか。)
一夏は布団を蹴って脱ぎ、それがウワンの顔にかかる。
「楯無、簪を守れ、コイツをここから引き離す!」
そう言うと同時にウワンを両足で蹴り跳ばし、先程突っ込んで来た窓の外に吹き飛ばした。当然重力に従って地面に落ちて行ったが、ウワンは布団が未だに顔に掛かっている所為で何も見えていない。一夏は自由落下をしながらも音角を取り出して弾き、額に翳した。
「はああああああ・・・・・はっ!!」
地面に近付いた所で、ウワンの腹を蹴り、衝撃を殺して地上に着地した。両手に白蓮を構えて辺りを見回すと、ウワンが十体近く自分を囲んでいた。
「おいおいおい・・・・」
そして気の梢に黒装束の人物が立っているのを見た。クグツである。
「クグツ・・・やはりここに潜んでいたか・・・・!」
襲いかかって来るウワンを音撃棒で攻撃しながら開けた場所に辿り着いた。鬼石を発火させたままウワンに叩き付ける『零距離烈火弾』でウワンを一つの場所に固めると、炎零天を外してその内の一匹に取り付け、巨大化した。
「音撃打、
白蓮で音撃鼓を叩き、清めの音を流し込んで一匹、また一匹ウワンが死んで行く。胸の器官から発する超音波の攻撃も、嘴の刺突も無視しながら清めの音を流し続け、最後の一撃で最後のウワンが爆散した。
「さてと・・・・戻るか。」
腹や肩が穴だらけになっているが、気合いで傷口が塞がり、保健室に戻った。幸い誰もいなくなっており、一夏は静かに簪の弁当を食べる事が出来た。
(うん、やはり美味いな。)
部屋に戻ると、簪と楯無が待っていた。震えている簪を楯無が宥めている。
「どうだった?」
「倒した。もう成虫になって分離していたが、問題無い。簪はどうだ?」
「やっぱり怖かったみたい。」
(だろうな。特に夏期は魔化魍は驚異的な脅威だ。俺もしっかりしなきゃな。)
「簪、ごめんな怖がらせちまって。もう大丈夫だ。一先ず、部屋に戻って本音にもケアを頼むか。後はダメ元で虚さんも。」
「そうね。それが良いわ。本音ちゃんは簪ちゃんの付き人だし、私から言って置くわ。」
「で、あの時中断されちまったが、何の話があったんだ?」
「うん。実は、実家から近い内に一夏を連れて来いって言われてて・・・」
「何っ?!お前の父親から呼び出しを食らう覚えは無いぞ?」
「いや、それがね・・・・五十嵐市って人から情報を得たって聞いて・・・」
「(師匠が?・・・・・!まさか・・・・・師匠が俺を俺のディスクアニマルで監視していたのか?!それに、確か師匠も更識家の事については知っていたし・・・・)成る程。俺の師匠が俺の事を垂れ込んだ訳か。まあ、何の用事なのかは知らんが、近い内に伺おうじゃないか。」
「ホントに?!やった♪」
ピョンと跳ねて一夏に飛び付いた。
「さて、簪を送り届けたら、俺達も行くか。最後の三ラウンド。」
「ええ。そうね。」
場所を変えて道場では・・・・・現在箒が日課である素振りをしていた。そこに道着姿の楯無と上はタンクトップにズルズルの袖を持つカンフージャケット、カジュアルな金具が着いているミリタリー風のカーゴパンツを履いた一夏が現れた。
「さて、三ラウンドだ。どちらかの一撃が当たればそれで一本。三本の内二本先に取った方が勝ち。」
「オッケー。私をISで倒したんだから、燃えて来たわ。強いのがヒシヒシと伝わって来てるわ。」
楯無は両手を下ろしたまま、一夏もまた構えらしい構えをせずに佇む。それを見ていた箒は、素振りをやめた。両者は動き出し、一夏は突きを、楯無は蹴りをそれぞれ放ち、どちらも互いの攻撃を防御した。どちらの手も防御の衝撃で小刻みに震えている。
「空手か。」
「ムエタイね。」
瞬時に互いの使用している武術を見抜き、更に攻防を続けた。蹴りを放てばそれをいなして自分も蹴りを放ち、腕を捩じ上げられそうになると体もその方向に捻って逆に相手の腕を捻る。だが互いの腕を払い、楯無の掌底と一夏の拳がぶつかると、空気が揺れた。クリンチをすり抜けて一夏の放った蹴りを掻い潜り、楯無は一夏の胸に両手で掌底を叩き込み、後退させた。
「まず一本。」
「それ・・・太極拳か?」
「ええ。」
「先取されると少しへこむな。」
再び構えを取り、二人は向かい合った。楯無は一夏が瞬きをした途端に目の前に迫って来たが、一夏は表情を崩さずに、姿が掻き消え、楯無の真横に現れた。飛んで来る裏拳を握り、脚を崩したが、地面に落ちながらも楯無しの背中に蹴りがクリーンヒットした。一夏は倒れそうになる所で受け身を取って立ち上がり、額の汗を拭いた。
「次で勝負が決まるな。」
「勝った時の私の希望、言っても良いかしら?」
「何だ?」
「簪ちゃんと私の事、よろしくね。」
「言うだろうとは思っていたが・・・元よりそのつもりだ。」
「ま、待て!何を言い出すんだ!?」
ここで箒がその言葉を聞いて仲裁に入った。
「あら、良いじゃない、別に?誰も何も言って来ないんだから。」
「そしてこれは俺達二人の取り決めだ。お前は関係無い。首を突っ込むと言うのならば。容赦はしないぞ。」
二人の覇気に押されて箒は何も言えなくなった。
(違う・・・・一夏は私の・・・・私の幼馴染みだ・・・・私を・・・・)
再び向かい合った一夏と楯無は、空前絶後の戦いを始めた。一夏はまるで踊るかの様な柔軟且つダイナミックな動きで楯無を翻弄し、楯無もまた卓越した身体能力でアクロバティックな動きでそれに対抗する。そして二人の蹴りで足が絡まって縺れ、一夏が楯無を押し倒した様な感じになってしまう。
「合わせて二本・・・・俺の勝ちだ。」
「あら、大胆♡」
道着の一部がはだけてしまった楯無の肌に見とれていたが、直ぐに離れて彼女を引っ張って助け起こした。
「さてと、これで終わりだ。悪いな、自主練中に邪魔して。俺達はこれで部屋に戻る。」
「待て、一夏・・・」
だがその弱々しい声は、届かなかった。
(誰よりも私は一夏を知っている。なのに何故だ・・・・何故お前は気付かない!!)
彼女の中で何かが壊れ始めた。
「さてと、勝負は俺の勝ちだったが、二人に言う事がある。色々と至らない俺だが、俺と付き合ってくれ。」
二人は何も言わずに一夏に抱き付いた。その夜、一夏が更識姉妹の同衾を許可し、その夜一夏は二人が起きている間に知らず知らずの内に抱き枕にしてしまったのはまた別の話である。
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はい、一夏vs楯無もファイナルバトルに近付きました。今回は箒が・・・?