No.446290

真・恋姫無双二次創作 ~盲目の御遣い~廿伍話『前進』前篇

投稿87作品目になりました。
久しぶりの『盲目』更新です。誰か待ってんのかなぁ……まぁ、途中で筆を置く気は更々ないですけどね。
いよいよ反董卓連合編も佳境。その行く末、見届けてやってください。
是非とも感想・支援の方、よろしくお願いします。俺の何よりの活力です。
では、本編をどうぞ。

2012-07-05 07:43:00 投稿 / 全19ページ    総閲覧数:14231   閲覧ユーザー数:11710

「月っ、急いでっ!!」

 

「う、うんっ、詠ちゃん」

 

走る。ひた走る。

人気のない裏路地。この町の裏門へと続く道。今にも手折られてしまいような、細く儚い手を引きながら。

見誤った。見損なった。袁家があれほどまでに愚かで恥知らずだったとは。

 

(……ううん、結局は僕のせいだ。奴らの思考まで読み切る事の出来なかった、僕自身の責任だ)

 

自らの過失を他人のせいにするのはお門が違う。軍師とは誰よりも自身を知り、自軍を知り、敵軍を知り、対策を知る者でなくてはならない。それが軍の筆頭であるならば尚の事。

この手が震えているのも、息を切らしているのも、必死に走っているのも、全て僕の失策が、失念が、失陥が、失敗が招いた事。

それも、最悪の状況で。

 

(こんな時に限って、なんであんな奴らまで出てくるのよっ!?)

 

虎牢関での敗戦後、疲労困憊で帰り着いた洛陽からは火の手が上がっていた。戻ってみれば、蜜にに群がる蟻のように蠢く黄巾、黄巾、黄巾。

這う這うの体で弾き出すのが、今の自分達には精一杯だった。

 

(せめて、月だけでも逃がさないとっ!!)

 

だから、せめてこの娘だけでも。ただ、誰かの為に身を窶して、身を呈して、身を削って、身を粉にしたこの娘だけでも。

一体、この娘が何をした? ただ、救える人を救っただけで、助けられる人を助けただけで、どうしてこれほどまでに追いつめられ、追い立てられ、追い放されなければならないのだろう?

悔しい。ただただ、悔しい。名家という虎の威を借る狐の単なる嫉妬心だけで、悪人に仕立て上げられ、包囲され、弾劾され、逃亡せざるを得ない、この現状が。この現状を招いてしまった、自分自身の無力さが。

と、

 

―――――ザッザッザッ

 

『っ!!』

 

その足音は、目の前から聞こえた。明らかに一つではなく、幾つもが綺麗に揃っているそれは決して一般人のものではなかった。その異変を感じ取ったのだろう、周囲の護衛達も緊張を走らせ、警戒心を研ぎ澄ます。

立ち止まり、唾を飲み、ゆっくりと視線を向けた。

そこには案の定、物々しい鎧に身を包んだ敵兵達が立ち塞がっており、先頭に立っていた一人がこちらに歩み寄ってきて、

 

(だ、大丈夫っ。僕は兎も角、月は連中に顔を知られてない。最悪の場合、僕の侍女だって貫き通して月だけでも―――)

 

苦し紛れではあるが、それしかあるまいと表情を引き締め顔を向けて、

 

「―――そちらの貴女が、董卓殿ですね」

 

その微かな希望は凛とした声によって、余りにも早く打ち砕かれてしまった。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「……随分、静か過ぎじゃないかしら?」

 

虎牢関での激闘を終え、退却する董卓軍を追走し、無事に到着した私達連合軍を待っていたのは、余りにも不気味に静まり返った帝都、洛陽だった。

『最期に何かしらの反撃を試みているのではないか?』

呂布と張遼、そして賈駆の奇策が与えた損害は凄まじいの一言に尽きた。質はまだしも数において圧倒的に群を抜いていた両袁家の兵達が僅か一日にして半数以上壊滅。流石にこの状況で手柄欲しさに猪突猛進出来るほど袁家も馬鹿ではないらしく、連合軍の一番背後に回り様子見の体勢を見せている。

 

「華琳様、孫策軍は既に洛陽に斥候を放ったようです」

 

「当然でしょうね。桂花、私達も直ぐに向かわせなさい。それと、」

 

「奴への監視、ですね」

 

「えぇ。お願いね」

 

脳裏を過る。涙ながらの弔いの調べ。首を垂れる兵達。たった一枚の報告書で、私の頭に深く根強く焼き付いた男。

何かしらの策を講じるのか、それとも既に講じているのか。解らない。それが、実に興味深い。

 

(北条、白夜)

 

これほど私の脳裏を占めた男は初めてだった。使える者ならば性別など問わないが、私は女の登用の方が圧倒的に多い。それは私自身の趣味嗜好も一因だが、世俗の傾向からして『女の方が使える者が多い』からだ。それこそ権威の上に胡坐をかく化石のような老獪達がいい反例だろう。己が欲望を満たす為に平然と他者から奪い、巻き上げ、陥れる。家柄上、幼い頃からそんな連中ばかりを見てきた私は、男というものにあまりいい印象を抱いていない。

が、奴だけはどうにもそれにかぶらない。何が狙うのか、何を願うのか、何を求むのか、何を目指すのか。知りたい。知りたくて堪らない。

そしてもし、私の眼鏡に適うようなら、

 

(あなたはきっと、私のこの上なく楽しませる『壁』になってくれるでしょうね……)

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「……アンタ達、どうして?」

 

動揺を抑えながら僕は返す。

番人のように立ち並ぶ兵達の間、縫うように現れたのは艶やかな濡羽色の、見るからに隠密の出で立ちをした少女だった。身長や年頃も僕たちと大差もなさそうな彼女は、しっかりと視線を僕の背後―――月から逸らさずに、続けてこういった。

 

「街中がこれほど無防備でありながら、それほど厳重に警備する必要のある人物など、この状況下でそう多くはありません。もう一度、確認します。貴女が董卓殿で、間違いありませんね」

 

「……はい、その通りです」

 

「ちょ、月っ!?」

 

「詠ちゃん。この人、わかってて質問してるよ。誤魔化しても無理だと思う」

 

「う、うぅ」

 

反論できなかった。確かに、先ほどの彼女の声は確信に満ち溢れていた。真偽を見極める為ではなく、正に最後の確認のそれだった。

 

 

―――だからこそ、余計に知りたい。

 

 

「もう一度、聞くわよ……どうして?」

 

月が董卓だと解るのか。連合軍とは城を挟んで正反対であるこの裏路地に既に待ち受けていられたのか。

この状況は決して偶発的なものではない。結果としては敗北に終わったが、虎牢関での戦闘が連合軍に与えた影響は決して小さくはなかったはずだ。あの奇策は敗北を見越して『抗戦』と『降伏』、そのどちらでもない第三の選択肢である無抵抗の『逃走』、それを歯牙にもかけさせないためという意味合いも持ち合わせていた。案の定、虎牢関以前に比べて、連合軍の速度は格段に落ちていた。有りもしない奇策に、奇襲に、神経を張り巡らせ、警戒させる事に成功した。この逃走経路だって、ただ単に連合軍側から正反対というだけでなく、洛陽の住人でさえも知る者の多くない裏路地が大部分を占めている。その地に暮らす者の間ですら知名度の低い道を、地図さえ持ち合わせていないだろう異郷の彼等が知るはずも、ましてや辿り着けるはずもない、はずなのに。

恐怖からの震えを必死に堪え、完全の兵達を、その前に立つ少女を睨み返す。崖の上。背水の陣。砂上の楼閣。あと一歩でも踏み出せば、後ずされば、奈落の底なし沼が大口を開けて待ち受けている。

と、

 

ザッ

 

兵達の中から一人、こっちへ歩み出る者がいた。

 

(……そう。有無を言わさず、というわけね)

 

まぁ、当然の反応ではある。彼女らには返答の義理も義務もない。まともに受け答えしたところで、何か裏があるかを疑うだけだ。僕だって逆の立場ならそうしただろう。

完成した包囲網の直径が徐々に狭まる。穴などなく、随伴させている護衛は高々数人。この状況を覆せる人数差ではない。万事休すか、そう思考回路が判断を下し、窮鼠の一噛みだけでも喰らわせてやろうとして、

 

「待て、賈駆」

 

「……え?」

 

余りに聞き覚えのある声だった。余りに予想に違った声だった。聞き間違うはずもない。見間違うはずもない。

先に歩み出た一人の兵士。ゆっくりと兵装を解いたそこに現れたのは―――

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「まったく、どこにでも害虫は跋扈するものね」

 

斥候からの報告は『董卓軍は既に洛陽に非ず。各地で小火(ぼや)騒ぎこそ見受けられるものの、罠の可能性はほぼ皆無』とのこと。そして、踏み入った私達の目に映ったのは、各所で飽和する黒煙と残骸であった。

 

「黄巾党の残党……食い散らかすだけ食い散らかして、根こそぎ奪い去る。正に獣の所業ね」

 

どうやら董卓軍は完全に洛陽から手を引いたようだ。まぁ当然だろう。この状況下において洛陽はただの重荷でしかない。そしてそれは、今となっては尻尾を巻いて怖気づいている我らが総大将にとっては上等の餌になる。彼女がどちらを選ぶかは一目瞭然だ。

 

「でも、それを差し引いたとしても、」

 

見るも無残であれこそすれ、見渡すのは果たして悪政の風評などとは程遠く、正に『帝都』と呼ぶに相応しい繁栄を遂げた豊かな街並み。成程、ものの見事に噂とは正反対の善政ぶりである。どうやら私達の推測は正鵠を得ていたようだ。

 

「まぁそもそも、あの麗羽にここまでするほど大層な義侠心があるとは思っていなかったけれど」

 

帝都に巣食っていた老害及びその飼い犬達を爪弾き、腐りかけていた洛陽の基盤を立て直したその手腕。その実力が当人のものか、臣下のものかは知らないが、

 

「このような因果でなければ一度、ゆっくりと言葉を交わしてみたかったものね」

 

一騎当千の呂布。神速と謳われる張遼。筆頭軍師であり、先の虎牢関においてもその気概と智謀を見せつけた賈駆。豊富とまではいかないものの、これほどの人材が揃っている勢力もそうはない。少なくとも、現時点では。

 

「今後に期待、というのであれば、ちらほらと見受けられるけれど、ね」

 

少々、予想に違っていた。『彼女』はもっと戸惑うと思っていた。

視線の先、復興作業に勤しむ当人は、実に生き生きとしていて、

 

「劉備、玄徳」

 

街の惨状を見るや否や、彼女は真っ先に最低限だけを残して兵糧を配給し、破壊された家屋の修理に取り掛かった。

彼女の性格からして、それは当然の行動なのだが、

 

(少し、対応が早すぎる気もするのよね……)

 

彼女は真実を知らないままに、予想だにすらしないままに参戦したのだと思っていた。連合軍が集結して最初の軍議の席において、彼女の目があまりに純真だったから。汚れを、濁りを、穢れを知らない、幼い子供にも似通った、余りに澄み切った双眸。それは主たる者として相応しくないと私は考える。未だ見果てぬ遠くを望むのは大いに結構。野望無き者に実行はなく、実行無き者に実現はない。が、遠くを見る余りに足元の小石に蹴躓くようではは、崩れかけの橋を渡っているようでは、それは余りにも脆く砕け散る。それが当人のみであるならば問題ない。自業自得であるならば、責任を負うのが自分のみであるのならば。

だが、人を率いる『主』であるならば、話は別だ。主はその肩に、その背に、その手に、その命に、その言葉に、その行動に、その思考に、その決断に、配下の人間の『全て』が付きまとう。常に秤にかけ、取捨を考え、自分に、自分達に旨味のある、少なくとも損のない選択肢を選ばなければならない。時に身を粉にし、身をやつしたとしても、決して折れることは、倒れることは、許されない。それは我が身だけでなく、自らに付き従う彼等をも、『どうぞご自由に』と差し出したも同然だからだ。彼等の権利を、矜持を、生涯を、魂魄を、売り渡したも同然だからだ。

故に、主に過失があってはならない。自らの意志と信念に基づき、則り、従い、迷いなく己が道を邁進しなければならない。私はそう考える。

そして恐らく、彼女は未だに挫折というものを味わったことがない。苦渋の決断を下すどころか、迫られたことすらないのだろう。それ故に『自分ならば』『自分達ならば』と思ってしまう。思えてしまう。だからこそ、劉備達のあり方が理解でき、そして理解できない。

彼女達が掲げているのは、真に彼女達の中から生まれ出たものではない。『義勇軍』などと聞こえはいいが、それは言うなれば『大多数の義勇』だからだ。多くが願い、多くが望み、多くが乞うたからこそ生まれた価値観だ。それが悪いとは言わない。今の大陸に溢れ返る、守らねばならない人々。私とてその為に旗揚げを決意した。

だが、それだけでは不十分だ。彼女達は『自分の為に』動いていない、そう思えてならない。他人が困っているから。他人が苦しんでいるから。他人が。他人が。他人が。

恐らく、そういった願望が微塵もないというわけではなく、『それが自分の為だ』と思い込むようになってしまったのだろう。ある意味で、守ろうとしているものに歪められてしまったのかもしれない。

『優れた官は自らを傷つけるもの』嘗て祖父は私にそう言った。その通りだと思うし、そういった意味では私は彼女を認めている。

しかし、だからこそ、口惜しくてならない。苛立たしくて仕方がない。

いや、もしかしたら既に、

 

「仕方が『なかった』に、なっているのかしら……?」

 

石橋を叩いて損はない。些細であるにしろ、彼女に何らかの変化があった可能性が浮上したのは間違いないのだ。

そして、もしそうであるのならば、

 

「ふふっ」

 

壁は多ければ多いほど、堅ければ堅いほど、高ければ高いほど、厚ければ厚いほど、貫いた時、乗り越えた時、打ち砕いた時の愉悦と恩恵は比類なきものとなって跳ね返る。

悪癖だと解っていても尚、それは、実に、

 

「桂花、私達も慰撫の準備を。それと、負傷者の救助は最優先で行いなさい。春蘭、季衣は治安回復、秋蘭と琉流は有力者と交渉し仮説天幕の準備、凪達は城内の調査に向かいなさい。いいか、乱暴狼藉は一切許さぬ。ゆめ忘れるな!!」

 

『御意!!』

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「あんた、どうしてここに、」

 

呆然自失とはこういう様を差すのだろうか。僕達の前で兜を脱いだ兵士の、その顔は。

 

「―――華雄さんっ!!」

 

予想外の事態に思わず感極まってその胸に飛び込む月を軽々と受け止めるその顔は、確かに華雄だった。

 

「良かった。本当に、良かったぁ……」

 

「董卓様、御心配をおかけしました」

 

涙に濡れるのを厭いもせず抱きしめ返す華雄を見て、しかし賈駆の心境は穏やかではなかった。

捕虜として捕えられた筈の彼女が、どうして生きて、それも敵兵の格好で現れる? 度重なる不遇により疑心暗鬼に駆られる彼女の思考回路が行き着いたのは、

 

「―――裏切ったの?」

 

「詠、ちゃん?」

 

「アンタ、裏切って連合軍に下ったんでしょう? この逃走経路は兵達には教えていない。知ってるのは私達の親衛隊とアンタ達、将だけじゃない」

 

「違う」

 

「何が違うのよっ!! アンタがこうしてここにいるのが何よりの証拠じゃない!! どれだけ馬鹿で猪でも、それだけはしないと思っていたのに!!」

 

「違う。話を聞いてくれ、賈駆」

 

「黙りなさい!! アンタの言葉なんて聞きたくない!! 月っ、離れて!! そいつは僕達を裏切ったんだ!!」

 

「え、詠ちゃん、でも、」

 

取り乱す。振り乱す。激昂。怒髪天。無理もないとは言え、見苦しい事この上ない。状況だけを見れば、反逆の臣下と敵兵に囲まれた敗戦の将二人。絶体絶命の袋の鼠。

が、

 

 

 

――――――静かにして下さい。死にたいのであれば、止めはしませんが。

 

 

 

「っ」

 

駄々にも似た発狂の罵詈雑言は、しかし怜悧な声の刃に断ちきられる。研ぎ澄まされた凶器のような双眸と気配。間違う事無き暗殺者のそれを至近距離でぶつけられて、平然としていられる者はそうはいない。それが幾ら筆頭軍師とは言え、腕に覚えのない文官であれば尚の事。

刃を抜いてすらいないのに、呑み込まれそうなこの殺気。目の前の彼女の実力は本物だ。少なくとも、自分達が足掻いてどうにかなる相手ではない。そもそも、そんな実力自体、自分にはない。

 

「周泰」

 

「このままでは埒が明きません。華雄さん、場所を移しましょう。今の彼女には何を言っても聞こえないでしょうから」

 

「……解った。董卓様、来ていただけますか?」

 

「は、はい。ほら、詠ちゃん」

 

「え、あ、えっと、」

 

戸惑っている間に、自然と手を引かれてしまう。つんのめりそうになりながらもゆっくりと歩き出すと、ゆっくりと周囲を兵達が囲んでいった。

 

(僕達を、隠そうとしてる?)

 

絶体絶命の至近距離であるにも関わらず、包囲している兵達からはまるで殺気が感じられなかった。その状況に護衛達も何かを感じ取ったのか、手放しこそしないものの刃を引く。緩やかに動き出す彼らに釣られ、向かう先は連合軍とも正反対で、

 

(何を、企んでいるの?)

 

ようやく落ち着きを取り戻した思考回路が、ゆっくりと回り始めた。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「はいっ、まだありますから、慌てないでいいですよー!」

 

「愛紗ー! ご飯足りないのだ! もっと持ってきて欲しいのだ!」

 

「鈴々、お前よもや自分で食べているのではないだろうな!」

 

「ほらっ、二人とも! 喧嘩してる場合じゃないよ! ちょっと手伝ってよー!」

 

そこに、立場という概念は存在していなかった。暖かい湯気。香しい匂い。疲れ果てた時の馳走の味に、上も下もありはしない。

頬張る度に、噛み締める度に、身体に染み渡る滋養と活力。それはやがて歓喜の笑顔と安堵の涙に変わる。それこそが、これこそが、

 

「……大丈夫ですよー! 皆さん、ちゃんと順番を守って下さいねー!」

 

零れそうなそれは達成感なのか、罪悪感なのか。兎にも角にも押しとどめ、休みかけた手を再び動かす。

 

「桃香様っ、次が出来上がりました!」

 

「うんっ、直ぐに行く!」

 

今はひたすらに奮闘あるのみ。これが『彼』と取り決めた、自分たちの『役割』だから。

 

(こんなに大変になるなんて、思ってなかったけど)

 

黄巾の残党による被害は予想外ではあったが、それでも自分達がやることは変わらない。洛陽の被害の回復に努めることが、自分達の最優先事項。

戦は多くを消耗する。人、金、時、そして食料。そして、それを捻出するのは常に民だ。命を懸け、身を削り、時間を割き、分け与えてもらう。その代償として、自分達は彼らを守る。そう、解っていた。否、解っているつもりでいた。

 

「…………」

 

見渡す限りの人、人、人。困憊、痩身、重体、中には瀕死の者まで見受けられた。この人たちをそうしたのは、少なくともその一因は、

 

(私、本当に何も知らなかったんだなぁ……)

 

何が義勇軍。何が平原の相。助けを乞われて、助けて、お礼を言われて、それで終わりじゃない。今までだってそうだった。例え勝っても、それは決して無傷じゃなかった。必ず誰かが傷ついて、倒れて、力尽きての勝利だった。

だったら、負けた方はもっと酷くて当然だったはずだ。この何倍も、何十倍も、何百倍も、何千倍も、傷ついて、倒れて、力尽きたはずだ。

見るだけで、聞くだけで、感じるだけで、痛くて、辛くて、苦しい。傷のない傷。痕のない痕。頭蓋の奥。脳髄の底。肺腑の間。体幹の芯。じわじわと。じりじりと。じんじんと。じくじくと。

でも、だからこそ、

 

『今の私達でも、救える人がいる』

 

蘇る、あの夜の言葉。差し伸べられた手。

同じ無力に打ちひしがれながら、それでも進むことをやめなかった人。

同じ無知にもがき苦しみながら、それでも進むことを諦めなかった人。

『これまで』がそうであったからといって、『これから』もそうであるとは限らない。でなければ、何のための後悔か。やめるのは、諦めるのは、いつでもできる。でも、

 

「やめないのは、諦めないのは、今しかできない」

 

意地かもしれない。我儘かもしれない。それでも、そのままでは駄目だと思ったのだから。このままでは駄目だと思えたのだから。

 

「変わらなきゃ。進まなきゃ」

 

そのためにも、今は、

 

「白夜さん、お願いします」

 

彼との約束を、自分達の役割を、今は精一杯果たさなければ。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「……確かに、静か過ぎる」

 

敵の本陣でありながら、人影どころか物音すら微塵も聞こえない。後続にも徐々に他の連合軍の部隊が入城し始めているようだが、それだけだ。こうなると『董卓は既に逃げた』という可能性はより濃厚になってきた。

 

「んで、凪。こっから先はどないすんねん?」

 

そう隣より尋ねるのは、螺旋に渦を巻く刃を携えた槍を担ぐ少女。腰には多くの工具を巻きつけ、首から提げるのは両目を保護するための特製眼鏡。それだけならば物々しい工兵かと思われるだろうが、その胴体を覆い隠すのは表面積の著しく少ない虎柄の胸当てのみ。年頃の女がそんなんでいいのかと何度も問い質すこと幾星霜、一向に服装に一抹の恥じらいも見せない彼女の態度はいっそ清々しいと思うことにした。

名前を李典。真名を真桜。同郷の親友にして幼馴染の一人。

 

「沙和は皆と一緒に動いた方がいいと思うの。他の軍の人達も入ってきてるだったら、別に沙和達がばらばらになって調べる必要はないと思うの」

 

「おぅ、珍しく沙和がまともなこというとは……こりゃ明日は大雨やな」

 

「むぅ、真桜ちゃん酷いの~。沙和だって少しは賢くなってるの~」

 

「んで、本心は?」

 

「もし誰か強い人が残ってたら、沙和一人で太刀打ちできる自信がないの」

 

「せやろな~、ウチもや。呂布さんなんぞ残ってたら一溜りもあらへんて」

 

その真桜と、任務中とは思えないほどに明るく話す丸眼鏡のそばかすが特徴的な少女。戦場に似つかわしくないひらひらとした意匠は、真桜に反して如何にも『年頃の少女』であった。その見かけの違わず、彼女の趣味嗜好は装飾や化粧品、所謂お洒落であり、その役割も鉄火場よりは後衛での衛生を担う機会が多い。

于禁。真名は沙和。

同じく同郷の親友であり、もう一人の幼馴染である。

そして、

 

「あぁ、そうした方がいい。悔しいが、今の私達では呂布どころか、華雄一人でも止められるかどうかも解らないからな」

 

「せやなぁ。あんなごっつい突撃、うち等んとこやと春蘭様くらいしか受け切れんのとちゃう?」

 

「そうなの。あんなのが来られたら沙和達じゃすぐに飲まれておしまいなの」

 

鈍く日光を反すのは四肢に纏う鋼の甲。衣服の合間から覗くのは片手では間に合わないほどの傷跡。武器を持たず、己の肉体を剣とする彼女は、やはり動きを阻害せぬよう必要最低限の装備しか身に着けていない。

楽進。真名を凪。

黄巾の乱の最中、故郷の防衛に奮迅していた彼女達は素養を見抜かれ、今は曹操の元で街の警備隊として、有事の際には戦闘、工作、衛生とそれぞれの長所をこなす遊撃隊としての役割を課せられている。

 

「なるだけ固まって移動しよう。下手に分散させて不足の事態が起こってからじゃ遅いからな」

 

「りょ~かい。ほな皆、きっちりついて来るんやで~」

 

「離れちゃ駄目なの~」

 

何とも気の抜ける声色に凪はやれやれと肩を竦め、

 

 

 

 

 

 

―――――せやな、そうやって纏まってくれとった方がこっちも有りがたいわ。

 

 

 

 

 

 

『っ!?』

 

突如、鼓膜を揺さぶる予想外の声に弾かれるように振り向き、武器を抜いて臨戦態勢へと移る。拳を握り、柄を搾り、視線を向けた先には、

 

「賈駆っちは早よ逃げぇ言うとったけど、逃げる主残して自分はさよなら出来るほど薄情やないんでな」

 

「なっ、張遼!? まだ残っていたのか!!」

 

偃月刀を揺らめかせながら歩み寄る影は一つではなかった。ざりざりと地を踏む音は徐々に増し、どこに隠れていたのか、少なくとも五十は数えられるだろう兵達が表情を引き締め、その矛先をこちらへ向けている。

 

「もうウチ等に勝ち目はない。せやけどな、ちょっとした時間くらいは稼げる。城内(ここ)やったら、万に一も街に飛び火する事もあらへんやろうしな」

 

「董卓を逃がす為の時間稼ぎか!!」

 

「鼬の最後っ屁ってな。ここにいるんは、最期の最期までお前らに喰らいついたるっちゅう連中ばっかや。そもそも身一つで食っていこう決めた時から、戦場で死ぬ覚悟は出来とるけどな」

 

決死。刺し違えてでも。言葉にせずとも、それは容易に窺えた。

 

「ほな、行くで。覚悟しぃや」

 

「くっ、不味い」

 

「こりゃあかんで……沙和、華琳様に報告や!」

 

「わ、解ったの! 直ぐに応援を呼んできてもらうの!」

 

翻る紺の羽織。埋伏の龍は今、舞い上がり、

 

「ウチの首、取れるもんなら取ってみい。もっとも、さらさら死ぬ気はあらへんけどな」

 

三羽の烏に、襲い掛かる。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「……ちょっと。一体どういうつもりなのよ」

 

賈駆がそう尋ねるのも無理はないと言えた。

導かれるままに歩き続けた先、着いたのは何の変哲もない空き家であった。周囲を囲っていた兵達は私達の護衛を連れ出して空き家の出入り口と周囲を見張っているようで、室内にいるのは彼女と董卓、華雄、そして周泰の僅か四人。

 

「こんなところに連れ込んで、秘密裏に殺すのかと思えばさっきからずっと何もしないで。いい加減、私達をどうするのか教えなさいよ」

 

彼女からすれば、執行を待つ死刑囚にも似た心境なのだろう。今日顔を突き合わせたばかりの敵勢力の人間に囲まれ、自分は刃向う力など一切持ち合わせていない。状況だけで考えれば、至極当然と言えた。

こう言ってはなんだが、『これからお前を殺す』と言ってくれた方が一種、楽になれるとも言えた。それだけ、この状況下において『待つ』という行為は、彼女の神経をこれ以上なく磨り減らす行為であった。

が、

 

「静かにしていて下さい。もう少しの辛抱ですから」

 

だから、その『辛抱』の後に待つ未来を聞きたいというのに。

先ほどから、彼女はこの一辺倒だった。暖簾に腕押し。糠に釘。まだそのままを繰り返す山彦の方が可愛げがあるというものである。人より頭脳が働く分、未明であるという事が、不安で仕方がなかった。

 

「もう、どうして月はそんな風にしてられるのよ……」

 

言いたくはないが、どうしても口から零れ落ちてしまう。

当の月と言えば、ずっと悩みの種であった華雄の無事を確認できたからか、今は彼女の膝で眠りに落ちていた。連日の心身の疲労が限界に来ていたのだから当然と言えば当然なのだが、

 

(……この子は、信じられるんだ。華雄も、周泰(こいつ)も)

 

自分には出来ない。出来る気がしない。こんな苦境逆境に置かれて尚、誰かを信じられる彼女が眩しくて、羨ましくて、愛おしい。

 

(だから、私も)

 

守りたいと、力になりたいと、思える。そしてそれは、恐らく自分だけではなくて、

 

「……華雄」

 

「なんだ、賈駆」

 

「……さっきは、ごめん。言い過ぎた」

 

そんな月を見守る彼女の表情は、決して裏切り者の下婢たそれではなく、安堵と慈愛に満ちていた。短気は自分の短所だ。最も判断を曇らせると解っていながら、どうにも自分を抑えられない。こと(この娘)に関しては。

 

「別に構わん。お前に怒鳴られるのには慣れているしな」

 

「……それは、アンタが僕に怒鳴られるようなことばっかりするからでしょ。今回だって、皆が止めるのも聞かずに飛び出してさ」

 

「……あぁ、その通りだ。私の方こそ、済まなかった」

 

「―――へ?」

 

驚いた。相変わらずの無意識の皮肉かと思い咄嗟に言い返したが、こう返ってくるとは思わなかった。

今までなら、このまま言い合いになっていた。互いに譲らず無駄に意地を張って、過去の諍いまで余計に引っ張り出してのぶつかり合いになるのが定番だった。

初めてだった。彼女の方から折れたのは。

 

「なんだ、随分間の抜けた顔をしているが」

 

「っ、何でもないわよ!」

 

「そうか、だったらいいが」

 

「…………」

 

調子が狂う。居た堪れない。自分が酷く幼いように思えてしまう。年齢的には自分の方が圧倒的に幼いのだが、そういう意味でなく、

 

(……何よ、もう)

 

微かに口先を尖らせ、そのまま再び思考の海に潜ろうとして、

 

 

 

「―――遅くなって御免なさい、明命さん」

 

 

 

そう言って新たに空き家に入ってきたのは、鮮やかな藍色の衣服が特徴的な女性だった。佇まいからして間違いなく武官ではない。育ちも良さそうだ。少なくとも最低限の教養は持ち合わせているだろう。

 

「藍里さん、お待ちしてました」

 

成程、周泰はずっと彼女の到着を待っていたということか。という事は、これ以上無為に待たされることはなさそうだ。

 

「董卓様。申し訳ありませんが、起きていただけますか」

 

「ふみゅ……」

 

寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと身体を起こす月。

やがて藍里と呼ばれた女性は僕達の真ん前に立って、

 

「貴女達が、董卓さんと賈駆さんですね?」

 

「……はい、そうです」

 

「えぇ、そうよ」

 

息をのむ。果たして何が待ち受けているのか、高鳴る動悸を悟られぬよう抑えながらにその眼を見返して、

 

 

 

 

 

 

「では今から、服を脱いで下さいますか?」

 

「…………は?」

 

その決意は、ものの見事に肩透かしを食らった。

 

 

 

 

 

(続)

 

後書きです、はい。

 

実にお久しぶりです、皆さんお元気? 俺は今日もアロハとサングラスでご機嫌です。

恋姫SSならば3か月弱、『盲目』で言えば実に10ヶ月振りの更新です。もう誰が待ってるというか、待ってる人いるの?状態ですがww

まぁ、俺が遅筆なのは最早言わずと知れた(?)ことなので、次もいつになるか解りませんと言っておきます。なにせこっちは卒業と進路がかかってるんでね……最近はもう積みゲーが貯まっていく一方で。

まぁ、それでもこうやって暇を見ては書いているので、やはり気長に待っていて下さい。何度も言いますが、必ず完結させますので。

 

で、

 

いよいよ、反董卓連合編も終わります。(←このセリフ何度目かなww)

今回は敢えて主人公視点なしで書いてみました。最初はどれが誰の視点かちょっと解りにくいかもしれませんが、できることなら<SIDE『~』>とかの表記は使いたくない、みたいな下らない意地もあったりするので、今後もこういう書き方を続けると言っておきます。

月と詠の処遇。霞の抗戦。華琳の思惑。桃香の変化。藍里の行動の理由。そして、それらがどう作用していくのか。その裏で白夜はどう動くのか、どう動いていたのか。

次の話をお楽しみに。

 

 

 

 

 

…………『BW2』も両方買ったけど、まだ未開封だぜ。超やりてぇ(; )=3ハァ


 
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