No.440431

そらのおとしもの ANGEL M@STER

tkさん

『そらのおとしもの』の二次創作になります。 
 今回のテーマ:某ゲームを元ネタにしつつ選択式エンディング。
        たまにはギャグを書いて息抜きをという事で。

2012-06-22 16:45:00 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:855   閲覧ユーザー数:839

 ある日の放課後。

 新大陸発見部の部室には部長の守形英四郎と五月田根美香子の姿があった。

「…これは、何かしら~」

「見ての通り、ゲームだが」

 彼が何やら怪しい事をしつつ、彼女がそれを茶化す。そこまではよくある日常の風景。

 いつもと違う点があるとすれば。

 

 

『見てくださいプロデューサーさん、横浜アリーナですよ横浜アリーナ!』

 パソコンのモニターに映し出されているのが、とても彼の趣味とは思えないものであった事だ。

 

 

「英君、私にだってこれがゲームというくらいわかるわ~。聞きたいのはその内容よ~」

「ああ、これか。育成シュミレーションゲームだが」

「………英君?」

 ただならぬ凄味を含みつつ再三と尋ねてくる彼女に対し、守形はようやく彼女のご機嫌が斜めである事に気が付いた。

「分かった、すべて話す。だから落ち着け」

 もちろんその理由までは分からなかったが。  

 

 正直な話、五月田根美香子にとって彼がゲームに興じる事はやぶさかではない。

 新大陸の発見と調査という目標に傾倒するあまり、一般的な娯楽や息抜きを極端に省いてしまう彼の在り方は不安でもあったのだ。

 しかし、当然だが内容によるのである。

 画面ごしとはいえ美少女とコミュニケーションをとり、相手をトップアイドルに持ち上げる守形など見たくないと思うのは彼女にとって当然の事だろう。

 

「英君がシュミレーションをするなら、戦争ものとか伝奇ものだと思うのだけど?」

「これは智樹から借りたものだ。俺はこういうものに触れて一般的な娯楽を知るべきだと言われてな」

「…へぇ~」

 趣味が覗きと下着ドロの彼に一般的な娯楽を諭される筋合いはないとつくづく思う美香子だったが、ともあれこれで謎は解けた。

 要するに桜井智樹が元凶であり、彼を始末すれば一件落着なのだと彼女は結論づけた。

「よ~し。張り切ってやっちゃいましょ~」

 やるというからには徹底的にというのが彼女の信条である。こうして桜井智樹の平穏はまたもや彼女に蹂躙される事になるのだった。

「そうか、あまり無茶はするなよ」

 そして俺への嫌疑は晴れたと言わんばかりにゲームへと戻る守形。

 モニターには相変わらずアイドル候補である美少女が守形との会話を続けている。

 

『はい! 任せてくださいプロデューサー、頑張ってトップアイドルを目指します!』

 

「………そうねぇ」

 美少女。トップアイドル。エンジェロイドをはべらすハーレム王の桜井智樹。

 守形のプレイを目にする美香子の中で新しい悪戯の構想が浮かんでいく。嫌がらせともいう。

「うん、ただ始末するんじゃつまらないわね。こっちでいきましょ~」

 桜井智樹の受難の八割は五月田根美香子の思いつきが原因である。今回もそれに漏れず彼は七転八倒する事だろう。

 

『プロデューサーさん。私、プロデューサーさんの事…』

 

「………えいっ♪」

「…美香子、いきなり拳銃でモニターを撃ちぬくな。危ないだろう」

 そして元凶となったもう一人の少年に、その自覚は全くなかった。

 

 

 

 

 そらのおとしもの ANGEL M@STER

 

 

 

 

「という訳で、桜井君にはプロデューサーになってもらうわ~」

「いや、何がという訳なんですか?」

 昼休みに生徒会室に呼び出された俺に対する会長の開口一番がこれである。まったく意味が分からない。

「あらあら~? 桜井君って好きなのよね、アイドルが」

「うぐっ…! あれはゲームの話っすよ」

 なるほど。

 この前、守形先輩に貸したあのゲームを会長が目にしたのが原因なんだな。

 まいったなぁ。会長に見つかると困った事になりますよって言っておいたのに。

「うふふ~。せっかくだから、桜井君はリアルでプロデューサー業をしてもらうわ~」

「…断ったら?」

「遊ぶ余地が無い玩具なんて、捨てるしかないわね~」

 そう言いながら右手で拳銃を弄ぶ会長を見て俺は悟る。

 今の自分って、会長にとって面白い遊び道具だから生かされているんだなと。

「はぁ。分かりましたよ、やればいいんでしょ?」

 断れは即デッドエンドが見えている以上、俺に選択肢は無い。

 …それに、考えてみればこれはこれで美味しいかもしれない。

「といっても俺、素人っすけど」

「それはこっちで色々とサポートするわ~。桜井君はアイドル候補とのレッスンとプロデュースに集中してくれればいいの~」

「それなら、まあ…」

 思ったより会長から出される条件がいい。

 それが少し不安だけどここはポジティブに考えよう。いつも悪魔的な会長だけど真性の外道ではないんだ、きっと。

「ところで、俺は誰をプロデュースするんです?」

「今は無名だけど、立派なアイドルの卵よ~。そこは会長が保障するわ~」

 よしよし、やっぱりこれは美味しいぞ。

 アイドル候補といえば美少女! その子と二人っきりで秘密のレッスンとか、超楽しみなんですけどっ!

「ウヒョヒョヒョ… 会長、俺頑張ります!」

「それに、桜井君も初対面の女の子と二人っきりというのは大変だと思ったから―」

「―へ?」

「元から親しい子達を候補にしたわ~。入っていいわよ~」

 

「よろしくお願いします、マスター」

「本当は興味ないんだけどね… まあ、トモキがやりたいって言うなら付き合うわ」

「ところで師匠! アイドルってなんですか!? おいしいんですか?」

 

「………ですよね。薄々分かってましたよ、ええ」

 うん、本当は分かってた。

 会長は真性の外道なんかじゃなくて、邪神そのものなんだって。

 それでも、一時だけでも信じたかった! 俺の輝かしい未来ってやつを…!

「…泣いているのですか、マスター?」

「ふぅん、そんなに嬉しいわけ? 相変わらずよく分かんない事で喜ぶわね」

「うんうん、私達がいるだけで幸せって事よね!?」

 確かに、正直言えば俺にとってお前らがいる事は幸運だし幸せかもしれないよ。

 でも、今この時だけは別の子が来てほしかったんだ!

 アイドル候補生とのイ☆ケ☆ナ☆イ秘密レッスンが! 俺の夢がぁ!

 

「っつーかこいつら、アイドルになれんのか…?」

 そもそも、アイドルというものを理解してるんだろうか。特にアストレアとか、それにアストレアとか、ついでにアストレアとかっ!

「お前ら、アイドルって何か知ってるんだよな?」

「…歌の、お姉さん?」

「…テレビに出て役者を引っかけたら玉の輿?」

「もちろんよ! とても美味しいのよねっ!?」

 ああ、やっぱり全然分かってないね。きっと会長に言われるがままについてきたんだろうなぁ。

「それと~。三人も担当すると大変でしょうから、桜井君の担当は一人だけでいいわよね~」

「あー、そっすね」

『!?』

 ただでさえ手がかかる連中なのに、三人も相手にしていたら身が持たないと思うし。

「はいはいはーい! 私が智樹と組みまーす!」

「なに言ってんのよ! 私に決まってんでしょ!」

「…マスター、私、歌って踊れます」

「え?」 

 なに? なんでいきなりやる気になってるのお前ら?

「さあ桜井君? 誰かを選ばないといけないわね~?」

 

「さあ選びなさい! 遠慮なんていらないわ!」

「デルタの言う事は無視していいわ。トモキは私がいいわよね?」

「…マスター」

 

「うむむ…?」

 なんか困った事になったぞ。

 適当に選ぼうと思ったのに、こいつらマジな顔してるじゃないか。

 もしかしてあれか? アイドルに興味でも沸いたのか?

「…一応聞くけど、マジでアイドルを目指すんだな?」

 俺の質問に神妙な顔でこくりと頷く三人。

 これはこっちもいい加減な気持ちで選べないな。

 もしかしたらこいつらの将来を決める事になるかもしれないし。

 

 それに何となくだけど、俺の将来もこの選択で決まりそうな気がする。

 なんとなく、そんな予感がある。

 

「ちなみに、ここまで来て逃げたら…分かってるわよね~?」

「ハハハ、モチロンデスヨ?」

 

 それと同時に、ここで逃げるという選択肢は選んじゃいけない気もする。

 なんとなく、平行世界もしくは未来の俺からそう言われてる気がする。

 

「よし分かった。俺は―」

 

 

1.イカロスを選ぶ  →3ページへ

2.ニンフを選ぶ   →4ページへ

3.アストレアを選ぶ →5ページへ

4.やっぱり逃げる  →6ページへ

 

 

 

 

 

1.イカロスを選ぶ

 

 

「んじゃ、イカロスで」

「マスター…!」

 いや、そんな感涙されても。

 こんなに嬉しそうなイカロスは久しぶりに見たかもしれないなぁ。

 

「うぐ、イカロス先輩じゃ文句が言えない。ニンフ先輩なら全力で反対するのにぃ」

「…ちょっと、それどういう意味よデルタ? 詳しく聞いてあげるからこっち来なさい」

「完全に八つ当たりじゃないですか! ちょっと、引っ張らないでくださいよお~」

 

 すまん二人とも。

 正直な話、一番アイドルとして成功しそうなのはイカロスだと思うんだ。

 かつてのライブイベントで見せたイカロスの歌は本当にうまかった。

 自分勝手な評価だけど、あれはテレビで見る他のアイドルよりもよっぽど凄いと思う。

「それとは別に、不安要素もあるけどな」

 ただし、こいつにはアイドルとしてやっていくのに最大の課題もある。

「私とマスターの間にある不安要素は全て取り除きます。問題ありません」

「…そうか。じゃあ頑張ろうな」

 それは『笑顔』だ。

 テレビに映るアイドルは基本的に笑顔を絶やさない。でもイカロスはそれを作る事すらできないのが現状だ。

 やる気に満ち溢れてくれるのは結構なんだけど、こいつにはそっち方面の努力が一番必要だろう。

 そしてなにより。

「お前一人で芸能活動とか、どう考えても不安しかないしなぁ」

「?」

 何が? という風に首をかしげるイカロスを見てつくづく思う。

 俺が身を粉にしてイカロスを導かないと、危ない事ばっかり起きると思う。

 もちろんイカロス本人にじゃなく、その周囲の人にとってという意味で。 

 暴走したこいつを止められるのは、ニンフ達エンジェロイドを除けば俺くらいだろうという程度の自負はあるのだ。

「とにかく、やるからにはきちんと…会長?」

「…何だかつまらないわ~。もっと修羅場ってくれれば良かったのに~」

 ………ホント、この人は。

 そんなんだから悪魔だの邪神だの言われるんですよ。主に俺に。

 

 

 

 

 1年後

 

 

 

 

「入るぞ。準備はいいか?」

「…はい」

 2回ノックをしてから、控室のドアを開ける。

 そこには白を基調にした清楚なステージ衣装に身を包んだアイドルの姿がある。

 もちろん、イカロスの事だ。

「お、様になってるな」

「そうでしょうか。…いつもより、少し露出が多いような気がします」

 言われてみればそうかもしれない。

 今日のステージは大事な物だから、スタイリストの人が気合いを入れた結果なのかもしれない。

「大丈夫だって。綺麗だと思うぞ」

「…そうですか」

 少し恥ずかしそうに俯くイカロス。

 ぶっちゃけ、俺もこういう空気は少し恥ずかしい。

 

 ステージの先から聞こえる遠くからの歌声。

 ここから少しだけ離れた世界では、他のアイドル達が全力で自分を表現し続けている。

 

「そういえばこの間の話だけど。お前はどうしたい?」

「………受けたいと、思います」

「そっか。じゃあそっちの準備は俺がする」

 先日イカロスに振られた話とはCDデビューの事で、歌唱力に優れたアイドルでなくとも一度は通る登竜門だ。

「一応だけど、理由を聞いてもいいか?」

「以前、お会いした方をマスターは覚えていますか? 歌で多くの人に自分の感情を伝えたいとおっしゃった人です」

「ああ、あの人か」

 イカロスの言っているのはある先輩アイドルの事だ。

 『蒼い歌姫』とまで呼ばれるイカロスに負けず劣らずの歌声を持つ人で、以前二人で話をしていたのを目にした事がある。

 二人とも真剣な顔で話していたせいか、間に入りづらかったんだ。

「イカロスの歌もそういう感じなのか?」

「…そう、だと思います。まだ自分でも不確かですかけど」

 そうか、と俺は頷いた。

 イカロスは自分の感情を表すのが苦手だったけど、歌でそれを伝えられる道を模索するのはとても喜ばしい事だと思う。

「じゃあ、将来は歌手を視野に入れた方がいいかもな」

「歌手、ですか」

「ああ。アイドルでもいいけど、どうせならそっちに専念するべきだと思う」

 抜群の歌唱力でアイドルとして順調に人気を獲得しているイカロスだが、そもそも俺はこのままでいいとは思えなかったのだ。

 相変わらず笑顔を作るのは苦手だし、他の芸能人とのトーク番組でも的を外した会話だったり。明らかにそういうのが向いてないと分かったし。

 そういう意味では、歌手という方向へのシフトも必要だと考えていたのだ。

「イカロスはさ、色々考えて話すより思い切り歌っていた方が気持ちいいだろ?」

「…そう、ですね。私も、そっちの方が好きです」

「よし、決まりだな」

 そうと決まれば会長にも相談しないとな。

 最近の会長はわりと協力的だし、何とかなるだろう。

 

「さて、そろそろ時間だな。ステージへ行くぞ」

「はい」

 

 俺達は二人で光がさす場所へ歩いていく。

 

「そういえば、アストレアの舞台は…?」

「ああ、アストレアの新喜劇への出演も今日だったな。プロデューサーのニンフも大変だよなぁ」

 

 それぞれ違う道だけど、自分で選んで歩いていく道だ。

 

「ニンフもツッコミ役で出られるんじゃねぇかな?」

「…マスター、それはニンフと他の主演者の方に失礼です」

「そうだな、みんなプロだもんな。冗談でも言う事じゃねぇか」

 

 俺とイカロスも胸を張って歩こう。

 だって、これは自分で選んで歩いてる道なんだから。

 

 

 

 

 

 イカロスEND

 

 

 

 

 

 

2.ニンフを選ぶ

 

 

「じゃあニンフかな」

「フ、フン! 当然よ、トモキは分かってるわね!」

 まあな。

 そりゃ俺だって自分が成すべき使命くらい分かってるさ。

 

「はんたーい! 何でよりによってニンフ先輩なんですか!? だってニンフ先輩は―モガっ」

「黙りなさい、アストレア。マスターが選んだ事に口を挟まないで」

「でもぉ…!」

「マスターは、崇高なお考えがあってニンフを選んだの。察しなさい」

 

 すまんイカロス。

 やっぱりお前は俺の判断を信じてくれるんだな。

「マスターは自身の感情を殺してでも世界の平和を選んだ。それだけ。それだけだから…」

 うーん。何かブツブツ言ってるけど、あれはもしかしてイカロスなりの不満なんだろうか?

 だとしても今さら考えを改める気はないんだけど。

「任せなさい。私の歌ならオーディションも一発で合格してみせるから」

「あー、うん。頑張ろうな」

 俺の使命とはニンフをオーディションで歌わせない事。もしくは被害を最小にとどめる事である。

 言わずもながら、ニンフの歌は超ド級の破壊音波だ。

 いや、あれはもう破壊というより洗脳音波といった方が正しいかもしれない。

 ニンフの歌声が全世界に発信されてしまえば、全世界は再び『ホゲ』語で統一されてしまうだろう。

 あんな惨劇は繰り返してはならない。俺の全霊にかけて阻止しなければならないのだ。

 俺はその為にわざわざニンフのプロデューサーを選んだんだから。

 まあ、それに。

「やっぱり新曲の方がいいわよね? 今から間に合うかしら? 手伝ってくれる、トモキ?」

「分かった。できるだけの事はするぞ」

「…なんかさっきから自信なさげね。大丈夫、私達ならやれるわよ」

 嬉しそうなこいつを、できるだけ傷つけない様にフォローしてやりたいと思うのだ。

「とにかく、やるからにはきちんと…会長?」

「…何だかつまらないわ~。もっと修羅場ってくれれば良かったのに~」

 ………ホント、この人は。

 俺はその修羅場以上のものを食い止めようとしてるんだけどな。

 何故かニンフの歌の件を知るのは俺をイカロスくらいなのである。困ったもんだ。

 

 

 

 

 1年後

 

 

 

 

「うむむ…」

「何してんのよトモキ? 原稿の推こうなんてアンタの担当じゃないでしょ?」

 デスクで原稿とにらめっこをしている俺に、ニンフが興味ありげに話しかけてきた。

「アストレアにエッセイの仕事がきたんだよ。んで、俺はその修正。あいつ誤字脱字だらけなんだ」

「ああ、そういう事。コーヒーいる?」

「ん、もらう」

 都市部に位置する二階建てのビルの手狭な事務所。それが今の俺達の住居であり仕事場だった。

 今は俺とニンフだけしかいないが、ここはイカロスとアストレアも所属するちょっとした芸能プロダクションである。

「デルタに物書きさせるなんて無謀よねぇ。ちゃんと修正してあげたら?」

「そのつもりだ。まったく、番組の企画だからって無茶言うよ」

 これもプロデューサーである俺の仕事を言われれば反論しづらいんだけどさ。

 

 結局の所、ニンフはオーデションに合格できなかった。

 あの日、ニンフの洗脳音波による被害を最小限にとどめる事が出来た自分を褒めてやりたい。

 ただ当然の結果というか。ニンフは一時期引きこもり寸前まで落ち込んだんだけど…

 

「イカロスの方は? 近いうちに大きな仕事があるんだろ?」

「ええ、噂の新進気鋭のアイドルに混ざっての新曲披露よ。こっちも大仕事になりそう」

 イカロスは歌唱力を武器にしたアイドル、アストレアはバライティ中心に活動するアイドルとして結構活躍している。

 俺とニンフはそのマネージャー兼プロデューサーとしての日々を送っていた。

 

 ある日。あいつは部屋から出てきて宣言した。

『自分がプロデュースしたアイドルで天下を取る』と。

 あれは、あいつなりのアイドル業界への反抗だったんじゃないかと思う。

 悔しくて、悲しくて。それでも負けるもんかと意地を通そうとしていると、俺は思うのだ。

 

「新進気鋭っつうと、確かなむ… なんだっけ?」

「自分で調べときなさい、馬鹿。業界の情報に耳ざとくないんじゃプロデューサー失格よ」

「ぐ、猛省します」

 今や敏腕プロデューサーとして名が知られているニンフは、主にイカロスとアストレアの面倒を見ている。

 抜群の計算能力と大胆かつ正確な判断力は、我がプロダクションの至宝といっても過言じゃないくらいだ。

 

「それにしても、デルタがエッセイねぇ… トモキ、それ原文そのままで発行できる?」

「おいおい。小学生の作文より酷いこれを本にするなんて拙くねぇか?」

「誤字、脱字だけを直すのよ。そうじゃないとあの子のエッセイにならないでしょ?」

「あー、そりゃそうかもなぁ」

 確かにニンフの言う通りかもしれない。

 アストレアのなんというか独特な感性に俺が手を加えて殺してしまったんじゃ、あいつのエッセイとして成り立たない気がする。

「判断はトモキに任せるわ。悪いけど、こっちはアルファーの方で手一杯だから」

「分かった。考えてみる」

 

 そして、俺はニンフ助手としてかなり充実した毎日を過ごしていると思う。

 思うんだけど。

 

「いよいよアイドル業界のトップへの足掛かりが見えたんだもの、ここからが勝負よ。覚悟はいいわねトモキ」

「…どーせ答えは聞いてないだろ?」

「分かってるじゃない。その通りよ」

 ニンフはまだまだ満足し足りないらしい。俺もまだまだ忙しい日々を過ごす事になりそうだ。

「ま、いいさ」

 ニンフと色々な所を駆けずり回るこの日常。それが続くのも悪くない。

 きっと、今の俺は幸せなんだと思うのだ。

 

「………ところでトモキ。さっき名刺をもらっていた人は誰かしら?」

「ん? ああ、思い出した。あの人がさっき話してた新進気鋭の事務所の…」

「今は事務所の件はどうでもいいわ。綺麗な人だったわね、嬉しかった?」

「そうだなぁ。眼鏡が印象的で知的美人ってのはきっとああいう…ナンデモナイデス」

「何でもなくないでしょう? 随分と鼻の下を伸ばしてたじゃない?」

「いや、あの人も俺と同じプロデューサー見習いらしくてさ。それでつい話が弾んだというか」

「問答無用っ! パラダイス―」

「やめろおおお! 事務所が吹っ飛ぶううぅぅ!」

 

 それはそれとして。

 周囲への被害的がシャレにならないので、いい加減に体罰は勘弁して下さいニンフさん。

 

 

 

 

 

 

 ニンフEND

 

 

 

 

 

 

3.アストレアを選ぶ

 

 

「…アストレアにする」

「………え!? あ、え、ええ! そうよね、当然よね!」

 おいおい、自分で立候補しといて意外そうな顔すんなよ。

 

「そんな…!? なんでよりにもよってデルタなの!?」

「…マスター、理由を聞かせてください」

 

 あー、やっぱり二人とも不満そうだな。

 もちろんだけど、ちゃんと理由はあるのだ。

「だってこいつ、歌も踊りもできないと思うし。今のままじゃオーディションに合格なんてできねぇし」

 

 歌→ごはんのうた

 踊り→何もない所で転ぶ天性のドジ

 

 こんなある意味完璧なラインナップをそろえているアストレアに、普通のアイドルをやれという方が無理がある。 

「だから、バライティに特化したアイドル。バラドルならいけるんじぇねぇかと思うんだ」

 これならアストレアにも勝機があると思う。むしろそれしかないとも言う。

「えーっと。それって褒めてるのよね?」

「うむ、ある意味褒めてるぞ」

「そうよね! よし、やるわよー!」

 うんうん、やる気になってくれるのは良い事だ。

 こいつはコメディエンヌとしての才能があると俺は思う。きっとお笑い界の新星になってくれるだろう。

「…マスター、それはアストレアを選んだという説明になっていません」

「うぐっ!」

「そうよね。トモキ、あんたデルタの相手の方が楽だから選んだんじゃないでしょうね?」

「そ、それは違うぞっ! 俺はこいつの将来を案じてだな…!」

 まあぶっちゃけると、俺としてもアイドルなんかよりお笑い芸人のプロデューサーをしてる方が気楽でいいなー、とは思ってるけどさ。

「ぷすすぅ~。はいぼくしゃであるニンフ先輩とイカロス先輩にはつげんけんはありません! 今は私がしょうしゃなんですっ!」

 あ、馬鹿やめろっ!

 せっかく俺が悪者になって矛先を向けないでやったのに!

 

『………(キュィッ)』

 

「な、なんで二人ともいきなり戦闘モードになるんですかぁ!?」

「なるに決まってるだろアホォ!」

 この二人、時と場合によっては俺よりもアストレアに対する風当たりがずっと強いのである。

 俺が吊るし上げられてる間は割と穏便に済むんだけど、それがアストレアになると途端に大参事になる。

 アストレアの命は俺と同じくらいに軽い。少なくともギャグシナリオでは。

「か、会長! 二人を止めてくださ…」

「いいわよ~。会長、こういう展開を待ってたの~」

 ………ホント、この人は。

 これから起こる惨劇を生き生きとした表情で見届けようとする、その悪魔的趣向は本気で何とかしてほしい。

「逃げるぞっ! このままじゃアイドル云々の前に地獄行きだ!」

「え? う、うん!」

 

『………』

 

 いや、イカロスさんもニンフさんも無言で追ってこないで下さいませんか。

 すっげー怖いんですけど。マジで。

 

 

 

 

 1年半後

 

 

 

 

「うーん。ねえ智樹、この字ってこれで良かったっけ?」

「違う違う、そこは『置換』だ。無機物を『痴漢』なんて俺でもしねぇぞ」

「…あんたならやるんじゃない?」

「しねぇよ! 無駄口叩いでないでちゃんと書けっ!」

「ふーんだ。分かってるわよ」

 口を尖らせつつ原稿用紙へと向き直るアストレアをしり目に、俺もついさっき書きあがった原稿の推こうに戻る。

 いくら注意しても誤字脱字というのは完全になくなる物じゃないんだから、当然の事だ。

 

 さて、どうして俺がこんな編集者まがいの事をしているかというと。

 

「にしても、世の中わっかんねぇな。お前のエッセイ、面白いと思うか?」

「私は面白いと思ったから書いたのよ。智樹は面白くないの?」

「半々だな。ちょっとおもしろいとは思うけど、バカ売れする程とも思えないんだよなぁ」

 

 まあ、こういう訳である。

 最初はバラドルとしてデビューしたアストレアだったが、番組の企画で書いたエッセイがなぜかバカウケしてしまったのだ。

 どうもアストレアの独特な感性がヒットの要因らしいけど、俺にはよく分からない。

 そのおかげで次の作品を求められた俺とアストレアは、現在せっせと次回作を執筆中なのだった。

 正直な話、今のアストレアはアイドルというより作家に片足を突っ込んでいるという状態だ。

 かつて『ごはんのうた』で観客の失笑を買ったあのアストレアがである。どうしてこうなった。

 

「それにしてもお前、こういうの楽しいのか?」

「楽しいわよ? そうじゃないと書いたりしないわ」

「へぇ」

 それは意外だ。こいつの事だから、座って紙面と向き合う日々なんてまっぴらだと思っていたんだけど。

「なんていうかさ。自分の考えてる事を伝えて、他の人が『そうだね』とか、『そうかぁ?』とか思ってくれるのって楽しいと思うのよね。あ、今の自分はたくさんの人と繋がってるのかな、て感じがするし」

「そっか。なるほどなぁ」

 アストレアの言いたい事が俺にも何となくわかる。

 自分の表現と、それに理解を求めるという事。それは誰でも持ってる欲みたいな物だと思う。

 こいつはその方法として『作家』という道を見つけ、楽しんでいるのかもしれない。

「お前もまともな事を言う様になったんだな。ホント、成長したな」

「そう? 別に変った気しないけど?」

「変わったよ。なんつーか…」

 格好良くなった、と言いかけて俺は口をつぐんだ。こいつの事だから、そんな事を言ったら調子に乗るに決まってる。

「なによ?」

「なんでもねぇよ。それより締切は守ってくれよアストレア『先生』?」

「うっ。その締切ってだけは嫌なのよね…」

 まったくもって同感だが、作家を目指すなら避けられない道でもある。その辺は頑張れとしか言いようがない。

「よーし、もう少し頑張ってみるわ」

「おう。じゃあコーヒーいれてくる」

「砂糖とミルクはたっぷりよっ!」

「へーへー」

 

 予想外の道を進むアストレアと俺だけど、これはこれで充実している。

 

「ところで、今は何について書いてるんだ?」

「おにぎりとおむすびの違いについてよっ!」

 

 なにより偶然が重なった結果とはいえ、アストレア自身が自分で選んだ道なんだ。

 だからこれは誇れる事なんだし、決して後悔なんてしない。

 

「ああ。そういえばこの前、他のアイドルの子と言い合ってたな」

「そうなのよ! あの子ったらおにぎりの方が美味しいっていうのよ! 断然おむすびよね!?」

「いや、俺には違いがさっぱり分からん」

「むう。いいわ、このエッセイで智樹にもおむすびの良さを分からせてやるんだから」

「俺には頑張れ、としか言えないなぁ」

 

 いつも一生懸命に目標へ向かって走り続けるこいつに、俺も全力でついていこう。

 それが俺の選んだ道なんだから。

 

 

 

 

 

 アストレアEND

 

 

 

 

 

4.やっぱり逃げる

 

 

「ああっ! あんな所にスイカとリンゴ飴とおむすびがっ!」

 

『えっ!?』

 

明日(じゆう)への逃走っ!」

 3人の気が逸れた瞬間を狙って、俺は脱兎のごとく生徒会室から飛び出した。そのままダッシュで廊下を駆け抜ける。

「人生の岐路とか、俺にはまだ早いっつーの!」

 まったく。プロデューサーとかアイドルとか、俺達には似合わないに決まってる。

 …コメディアンなら考えなくも来なかったけど。

「とにかく逃げ切らないとな」

 普通に走っても追いつかれる可能性が高い以上、なんとか隠れる場所を見つけるか、もしくは。

 

「あら、お兄ちゃん?」

 

「カオスかっ!? ナイスタイミングだぜ!」

 あいつらを迎撃できる戦力を持った相手に守ってもらうしかない。

 なんでカオスが学校に来ているかは置いておくとして、これでなんとかなる。

「カオス、実は今イカロス達に追われてるんだ。何とか追い払って―」

「そう、私を選んでくれるのねお兄ちゃん!」

「―はい?」

 まて、今カオスは何て言った?

「アイドルって沢山の人から愛されるのよね? うふふ、楽しみだな~」

「ちょ、なんだ、と?」

 会長、あんたまさか。

「一緒に愛されましょう、お兄ちゃん」

「お前もかぁぁぁ! ってか抱きつくなぁ!」

 カオスまで巻き込むとか何考えてんだあの人は!?

 俺にだってこいつのブレーキ役は無理だっての!

 

「…そう。そういう事なのね、トモキ」

 

「げぇっ!? ニンフ!?」」

 いかん、もう追いつかれた。流石にニンフのレーダーは隙が無いという事か。

「このへんたい! ろりこん! うらぎりものー!」

「…残念です、マスター」

 うわぁ、アストレアとイカロスまで追いついちゃったぞ。

 これはもう詰んだかもわからんね。

「残念ね、お姉様たち。お兄ちゃんは私とアイドルになるのよね?」

「いや待て! なんかその言い方おかしくねぇ!?」

 それだと俺までアイドルになるみたいじゃないか。

 俺、男ですよ? 実は女の子でしたとか無いからね?

「トモキを取り返すわよ。アルファー、デルタ」

「ええ。………女装したマスターと私のデュオもありだと思う」

「なんかイカロス先輩からじゃあくな波動を感じますけど気にしません! 智樹、こっちに来るのよ!」

「そこは気にしろ!」

 カオスもそうだけど、イカロスもやばい方にスイッチが入ってる気がするぞ!?

 っつーかこいつら戦う気満々じゃないか! このままだと俺が巻き込まれて死ぬ!

「実力行使でくるの? いいわ、久しぶりに遊びましょう♪」 

 あ、カオスも戦闘態勢に入った。終わったな、俺。

 

「…ファイっ!」

 

「追いついたなら止めて下さいよ会長おおおおお!」

 こうして。

 会長主催による、第一回プロデューサー争奪戦が幕を開けたのであった。

 俺? もちろん最初の一撃でゴミ屑のように吹っ飛ばされましたがなにか?

 

 

 

 

 DEAD END

 

 

 

 

 ~了~


 
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