No.440026

ゼフィルス

健忘真実さん

北アルプス白馬岳のお花畑には、蝶の妖精が現れる!?

作中に出てくる絵画などのイラストを募集します。
よろしくお願いします。

2012-06-21 11:57:12 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:439   閲覧ユーザー数:436

「あ・・・あの!」

「はい?」

「一緒に写真を撮りたいんですけど、あなたと・・・・オイ、良平、シャッター押して

くれ」

 

 一樹は、息を切らしてようやく現れた良平にカメラを押しつけて、お花畑の中に入っ

ていった。

 良平は、肩で息をしている。ザックを下ろすと、中に入っている2Lのポリタンを取

り出しふたを回しながら、

「待てよ、(ハァハァ)、水ぐらい飲ませてくれや」

と言うと、ゴクゴクとのどに流し込んだ。

 そして、おもむろにファインダーを覗いた。

 

 にやけた一樹の隣にいるのは・・・、

 急いでカメラから目をはずして、直接見た。

 美しい。美しい!

 たちまちボーッとしてしまい、そそくさとシャッターを押した。その美しい人を、フ

ァインダーの中央に持ってきて。

「一樹、交代しろよ」

 良平は顔の汗をぬぐいながら、お花畑の中に入っていって、一樹にカメラを差し出し

た。そして、よろしくお願いします、と言って、美しい妖精のような女性の隣に、直立

した。

 

「おふたりさんですか? この上の、白馬山荘に泊まらはるんですか」

「はいっ、そうですっ」

「ほれ、あっこに赤い屋根が見えてますやろ。そこに居てるんですけど、よかったら今

日の宿にしはりません?」

 

 

 後立山連峰、あるいは表銀座と呼ばれている、北アルプス最北部の白馬連峰。

 夏には多くの登山者が列を連ね、昨今は「山ガール」といわれる女性たちにも人気が

ある、ポピュラーな登山コース。

 大雪渓の上を四本爪アイゼンを着けて歩き、さらに胸を突くような急斜面を登りきる

と、葱平に着く。そして小雪渓を横切れば「お花畑」が目を楽しませてくれる。

 シナノキンバイやミヤマキンポウゲの黄色い絨毯の上を、シジミチョウが舞い踊って

いる。

 ルリシジミ。青みがかった翅には、黒い斑点がはいっている。

 

 空色のTシャツとレギンス。紫色のラップスカートに黒いベスト、青いつば広帽子の

下からは黒いショートカットヘアが・・・そして、空色の翅のようにみえる籐かごを背

負っている。

 まるで「蝶の妖精」を思わせる女性に誘われて、断る理由はない。

 

白馬岳(しろうまだけ)に登らはるんやったら、荷物置いて、いるもんだけ持って行かはったらよろ

しいねん」

 

 一樹と良平は、鼻にかかって甘くとろけるような声の関西弁に、ふわふわの絨毯の上

を歩いている気分になって、その言葉に従った。

「お花畑」という名の山荘は、客室が3つあるだけの小さな宿舎だった。

 大きなテーブルと10脚ばかりの椅子が置かれた食堂は、サロンも兼ねている。

 

 星川剛は、大阪にある零細の、自動車部品製造工場に勤めていたがリストラに遭い、

好きな山での仕事はないかと探した末に見つけたのが、山荘の管理人兼、お花畑の保護

・管理だった。

 妻の清美にはなかなか言い出せなかったのだが、案ずるよりも産むが易し。

 シーズン中のみ、山での生活が実現したのである。

 清美は、工場勤めの剛の、厳しい勤務実態をずっと案じていた。

 いつも寝不足で、注意力散漫になりかけ、怒りっぽくなっていた剛。

 子供はいない。大自然の中でのびのびと暮らせるのならばと、ふたつ返事で喜んでや

ってきた。

 

 仕事は決して楽なものではなく、客に気も遣う。

というか、場所的に素通りされてしまうので、客は気が付かなかった。

 稜線上には2つの大きな山荘があり、360度の展望と、山に映える、モルゲンロート

(朝焼け)の美しさにはかなわない。

 ここにはただ、お花畑があるだけなのである。

 

 そこで、清美は考えた。

 お花畑に捨てられたキャンディの包み紙やティッシュを拾ったり、花枯れを摘むので

あれば、チョウの姿に似せてみようと。

 それが大当たりし、今では連日、満員御礼。

 

 

「おばちゃん、蝶の妖精はどこにおるんですか?」

「チョウの妖精? そんなんがおるんですか」

「だっておいら、蝶の妖精に誘われて・・・」

「ちょっと、こっちこっち」

 

 おばちゃんの手招きに導かれて一樹と良平の目の前に現れたのは、食堂の隅の壁に掛

けられている、埃をかぶった一枚の実物大の絵。

 絵の下の説明文には「ゼフィルス」と書かれている。ルリシジミの姿で、からだは人

間。まさしく、お花畑で見た、蝶の妖精だった。

 こうしてお客たちはいつも、不思議な気分に囚われて黙ってしまう。

 清美がチョウに扮した姿を写真にして送り、知り合いに描いてもらった絵である。

 

 

 今日も客が立った後、清美は念入りに化粧をしてしわを隠し、アイシャドーを濃く塗

って黒いヘアーのかつらを頭に着け・・・。

 

ふん! と気合を一発、

「ほんなら客、ひろてくるわ」

と、甘いほんわりとした裏声を出して、闘志を秘めて出かけていく。

 

「ああ、無理すんなや」

 ほんまようやるわ、というつぶやきを胸にしまって、剛は清美に手を合わせて送り出

すのだった。

 

 炎立つ清美、48歳。

 がんばれ!


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