No.359809

真・恋姫†無双~恋と共に~ #63

一郎太さん

あけましておめでとうございます(2回目)。
さて、先日の春秋で予告した通り、『恋共』を再開いたします。
半年間もサボってすみませんでした(ダイビング土下座)。
長々と書き連ねてもつまらないと思いますので、この辺りで。
ではどぞ。

2012-01-07 17:01:14 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:11754   閲覧ユーザー数:7360

 

 

 

#63

 

 

袁紹軍が退却して3日ののち、大将を秋蘭から華琳に変えた曹操軍は、決戦の地へと向かって出陣する。袁紹が指定した地は官渡。どのような目論見による指定かは分からないが、隣でブツブツと愚痴を零している荀彧の表情とは対照的に、華琳は晴れやかな顔をしていた。

 

「楽しそうですね、華琳様」

「えぇ、これが喜ばずにいられるものですか。現在、大陸最大勢力の麗羽が決戦を申し込んできたのよ?それも愚者ではなく、名家の人間として。待ち遠しくてたまらないわ」

 

横で問いかける稟に、華琳は言葉通りに獰猛な笑みを隠そうともしなかった。

 

「ふっ……やはり、貴女は覇王です」

「あら、恐ろしくなったかしら?」

「まさか。余計に惚れ込んでしまっただけですよ」

 

稟も不敵な笑みを向けて、華琳を見つめる。

 

「嬉しい事言ってくれるじゃない。帰ったら稟を閨に呼ぼうかしら」

「ぷはっ!」

 

その雰囲気は一瞬で霧散し、稟は馬上で倒れる。

 

「………稟、一刀が戻って来てから余計に耐性がなくなったのではないかしら?」

「ふがふが……」

 

行軍中の雰囲気が台無しであった。

 

 

 

 

 

 

数日の時を経て、2つの軍が対峙していた。いくつもの旗が翻るなか、最も目立つのは2つの牙門旗。北にはためくは『袁』。そして南になびくは『曹』。両軍大将の旗である。

 

「華琳様、隊列整いました。舌戦のご用意を」

 

本陣にて上申したのは、軍師荀文若である。猫耳フードという戦場に似つかわしくない服装でありながら、その臣下の礼は筆頭軍師に相応しい威厳を保っていた。それを受けた華琳は、しかし首を横に振る。

 

「いえ、必要ないわ。それは向こうも分かっているみたいね」

「………………御意」

 

荀彧も疑問を呈することなく、そのまま引き下がる。華琳の目には、遠く見える筈もない敵の姿が映っていた。

 

 

「姫、舌戦に行かなくていいんですか?」

「かまいませんわ。華琳さんも出てくる様子はございませんし」

「え、見えるんですか?アタイにも見えないのに」

 

対する袁紹軍の本陣では、文醜の言葉を華琳同様に否定する大将の姿。彼女にもまた、相手の考えが分かっているようだった。

 

「なんていうか、麗羽も変わったよな」

「何を今さら。人は日々成長を続けてこそ、人なのですわ」

「そうかい」

 

また、隣に立つ公孫賛も声をかける。旧友の昔の姿を思い出しているのだろうか。

 

「それより伯珪さん、わかっておりますわね?」

「あぁ。折角任せてくれた大役だ。ちゃんと果たしてみせるさ」

「期待しておりますわ」

「誰に言っている。たとえ降ろうとも、私は白馬長史だぞ?」

 

不敵に笑う部下に、結構だと言わんばかりに袁紹は頷いた。

 

 

 

 

 

 

銅鑼の音が平野に響き渡る。それを合図として、両軍は同時に動き始めた。

 

「夏候惇隊!数は多くとも、練度は貴様らの方が上だ!このまま突撃し、前曲を粉砕するぞ!!」

 

前線には、定石通りに曹武の大剣。春蘭は誰よりも速く駆け、そして袁紹軍の前線に突入した。

 

「させるかよっ!」

 

だがしかし、それを阻む者がいた。袁紹軍の二枚看板の片割れ、文醜だった。彼女は両手で構えた大刀を振りかぶり、春蘭へと叩きつける。

 

「文醜か。貴様如きでは私には勝てないぞ!」

「へっ、そんなのやってみなきゃ分かんねーだろ!」

 

武将どうしの一騎打が始まり、そのすぐ周りでは、黒と金の鎧がぶつかり合う。

 

「アンタら、バンバン撃ちぃ!敵さんの方が数は多いんやで!ウチらがかまさんで誰がやるんや!」

「応っ!」

 

右翼後方では、真桜の指揮の下、投石器が回転していた。数こそ2つしかないが、その性能は先の前哨戦でも示した通りで、敵軍の左翼中局へと何度も岩が飛んでいる。

 

「きびきび飛ばすの、このウジ虫どもー!お前達の隊長に役立たずだった、って言われたいのかー、なのー!!」

「サー、イエッサー!!」

 

また左翼後方では、沙和の指揮で真桜の工作部隊が投石器を動かしていた。巨大な機械から撃ち出される岩が、また敵を押し潰していく。

 

 

「そろそろか………」

 

彼女はひとり呟く。遠くに見据えるは兵がぶつかり合う前線。各々の将の位置を確認する。彼女はいま、後曲にいた。その姿を隠す様に、彼女の前には本陣が敷かれている。

彼女は無言で手を挙げた。それを合図として、部下の兵達が騎馬に乗る。その数1000。馬は一様に白い体躯に陽の光を反射させており、また騎馬兵は一様に腰に壺を提げていた。

 

「いくぞ。我らの働きによってこの戦の趨勢は決まる。絶対に成功させろ」

 

袁紹軍という多勢にありながら、騎馬の数は驚くほどに少ない。それもその筈だ。この任務を成功させるには、何よりも機動性が重要になる。将の低い檄に、騎兵たちは無言で武器を上げた。

 

 

 

 

 

 

将の数と質に差がありながらも、袁紹軍は奮闘していた。

 

「来たぞ!右へ寄れ!」

 

叫ぶは名もない部隊長。その言葉に従って、彼の隊とその後方に続く隊が一斉に場所を空ける。兵のいなくなった大地に巨大な岩が落ち、転がっていく。危機を脱した事を察した彼は、再び眼前の曹操兵へと向かっていった。

彼に課せられた使命は、兵の数を減らさない事。曹操の領から一度退き、官渡に陣を敷くまでの短い間で、大将みずからが隊長達に命じた事だった。

勿論岩に巻き込まれる兵もいる。またその隙を狙われて討たれる兵もいる。それでも袁紹軍の兵の数を、荀彧や稟が想定していたよりも減らさなかったのは、見事といえよう。

 

幾度となく飛来する岩を躱し、敵を討ち、討たれ、いまかいまかと待ち続けた彼の耳に、銅鑼の鳴り響く音が届いた。方角は後方。味方の鳴らした銅鑼だ。

 

「左へ走れ!全速力で道を開けろ!」

 

彼の言葉に部下たちは対峙していた曹操兵を弾き飛ばし、命令の通りに全速力に駆け出した。驚いたのは曹操の兵だ。岩が飛んできた時の対応は、何度も見ている。だが、次の投石までにはもう少し時間がかかった筈だ。ならばなぜ。

ここに曹操軍の武将がいたのならば、すぐに対応出来ただろう。しかし、今はいない。春蘭は中央で文醜と対峙し、秋蘭は顔良を相手取っている。凪は春蘭の副官として動いており、また真桜と沙和は投石器の指示に捕まっていた。

 

「全速力で駆け抜けろ!精兵といえど、我ら白馬義従に歩兵如きが敵うはずなどないっ!!」

 

その戸惑いが、対応を遅らせた。袁紹軍が開いた道を、騎馬の群れが轟音を立てて走り抜けたのだ。白馬隊の先頭を走る将は、得物を振るう必要もなかった。ただ愛馬の勢いに任せて突撃し、敵兵を蹴散らす。

 

 

 

 

 

 

500の騎兵は、曹操軍左翼を一直線に突っ切った。曹操兵もただでやられている訳ではない。時に応戦し、時に矢を射かけながら、敵騎兵を落としていく。だが千、万単位の兵のなかの500は、的として小さ過ぎた。彼らが目的の場所に辿り着いた時には、100ほども落馬していなかったのである。

 

「やらせないのー!」

 

左翼で指示を出していた沙和が、双剣二天を振りかざして斬りかかるが、敵はいまだ騎馬の上、それも走っている騎馬の。いかに一騎当千の将といえど、その機動力には追いつけない。

走りながらも騎兵達は次々と壺を投石器に投げつける。砕けた壺から粘性の液体が飛び散り、兵器の脚や近くの兵にかかる。

 

「火をつけろ!」

 

袁紹が考え付いたのは、火計だった。前回投石を見た時には一瞬妖術を疑ったが、彼女もよく知る華琳が、そのようなものに手を出すはずがない。ならば、その為の兵器が開発されていたのだ。

その兵器はどのようなものなのか?あれだけ巨大な岩を発射させるのだから、それ相応の大きさが必要となる。では、その材料は?鉄や銅で出来たものならば火で落とせるはずもないが、袁家ですら巨大な鉄兵器を作るには莫大な資産を必要とする。またその材料も規格外だ。そして彼女は想定した。木で出来た兵器だと。そして、官渡にて対峙した袁紹は、その想定が正解である事を認める。

その為に彼女はわざわざ華琳に決戦を挑み、大量の油を準備する時間を用意したのだ。

 

彼は、策の成功を――――――

 

「やらせるかいっ!!」

 

――――――確信した。

 

現れたのは、霞と彼女の率いる騎馬隊。明らかに数は張遼隊の方が多い。もともと一刀に鍛えられ、霞に率いられる騎馬隊である。わずか500に満たない騎馬隊で勝てる要素もなかった。だが、それでも公孫賛―――の弟、公孫範は笑みを零す。

そして、彼と対峙した霞も、それに気がついた。

 

「なんや、アンタ。もう火はつけられへんで?」

 

見れば、白馬義従は張遼隊が引き受け、投石器にかかった油には、沙和が指揮をして土をかけられている。これではもう火計も使えない。

 

「いいんだよ。俺達はどちらか片方でもやれればよかったんだ」

 

先の連合の際も、虎牢関で霞と彼女の隊の実力は見ていた。姉に勝るとも劣らないその騎兵の扱いに憧れもした。実力差は明らかだ。自分は間違いなくここで命を落とすだろう。だが彼女が相手ならば、それもいいかもしれないとすら、彼は考える。

 

「まったく畏れいったぜ。岩なんか飛ばすんだからな。でもな、うちの姫様からの命令は、『ひとつでもいいから、そっちの兵器を落とせ』なんだ。俺だって幽州では2番手を張っていたんだからな。近所の情報だって得ている。後方から確認した。そっちの将は、みな出ずっぱりの筈だ」

「………」

「あの化物がひとつでも落ちれば、うちの士気は格段に上がる。もちろん精兵と名高い曹操の軍には苦戦するだろうが、数で押し通してやるさ………さて、ここで問題だ。アンタがこっちに来て、俺がここにいる。ウチのじゃじゃ馬姉さんはどこにいるんだろうな?」

 

投石器は2機。左翼には500の白馬しか来ていない。その騎馬隊を率いるのは公孫範。では、彼らの象徴である白馬長史は何処に。

 

 

 

 

 

 

彼の言葉に、霞は頭をガシガシと掻く。

 

「いやぁ、まいったわ。てことは、公孫賛は右翼の方に向かっとるわけやな」

「そういうこった」

「ホントにまいったわ………アイツを引き入れた孟ちゃんもそうやし、それを言い出したアイツにもな」

「………………どういう事だ?」

 

彼は、彼女の言葉を理解できない。しかし、霞は言葉を続ける。

 

「アンタが幽州におった時に掴んだ情報なら、確かにアンタが言う通りや。出てない将もあと2人おるけど、そいつらは親衛隊や。本陣で孟ちゃんの護衛やっとるし………でもな?」

 

言葉を切り、ニヤリと口角を上げる。

 

「つい最近、助っ人が来とんのや。アンタかて知っとるやろ?劉備がウチの領内を通って逃げたて。あの孟ちゃんが何の見返りもなしに、それを許可する訳がないやろ」

 

次第に、彼の顔から血の気が失われていく。

 

「アイツから聞いたで?アイツ昔、公孫賛のところで客将しとったらしいやん。まぁ、酒飲んでばっかでよぉ怒られて言うてたけど」

「まさか―――」

「せや………趙子龍、言うたらアンタも分かるやろ。袁紹との戦に限ってやけどな、劉備を逃がす代わりにウチで働いとる。ウチの騎馬隊の半分を率いて………右翼でな」

 

今度こそ、公孫範は言葉をなくす。曹操軍の右翼で、彼の姉が槍の使い手に馬上から弾き落とされた時の事であった。

 

 

 

 

 

 

いつまで経っても投石は止まず、疲労も加わり、袁紹軍の士気は下がり続ける。それを機と見た稟と桂花の進言により、華琳は本陣を進め、袁紹のもとまで辿り着いた。

 

「私の勝ちのようね、麗羽」

「………………そのようですわね」

 

首に大鎌を突き付けられた袁紹は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「それで、どうなさいますの?私の首を落としますか?」

「ひ、姫っ!?」

「駄目です、姫!降ってください!!」

 

彼女の言葉に、夏侯姉妹に捕らえられた文醜と顔良が叫ぶ。

 

「だ、そうよ。どうする?降るなら私は勅命通りに貴女を従えなければならない。もちろん捕らえた後の文醜たちや他の兵にも手は出さないわ」

「………」

「正直に言うわ、麗羽。貴女が最初からいまのようであったのなら、私に勝ち目はなかった。いえ、私だけでなく、どの勢力も勝つ事など出来なかったでしょうね」

 

それは彼女からの最大級の賛辞。かつての華琳と麗羽の中を知る春蘭たちや顔良たちは、目を見開いた。

 

「そこまで言われてしまっては、断る事こそ袁家の名を穢す事になりますわね………よろしいですわ、華琳さん。貴女の勝ちです。河北も我が軍もどうぞ使ってやってくださいまし」

「えぇ、そうさせて貰うわ。という訳で、麗羽には河北の政を任せる。顔良と文醜、そして公孫賛を筆頭に軍を鍛え、私の覇道に力を貸しなさい」

「なんですって!?………ですが華琳さん、よろしいので?」

「なによ、負けたばかりなのに謀反でも考えているの?名家の出の貴女が、まさか帝の勅に反するような事をする訳がないでしょう?」

 

それだけ述べると、華琳は背を向けて陣を去る。己がかつて公孫賛に行なった対応と同じ事をされ、袁紹は頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――益州。

 

「ふむ…兵の数は2万といったところか」

「討って出ましょう、桔梗さイダッ!?」

 

籠城の状態にありながら出陣を進言したのは焔耶。一部メッシュの入った黒髪に、桔梗から拳骨が落とされた。

 

「いったぁ…何故ですかぁ」

「当然だ、バカ者が。かような考えなしだから、以前も一刀にいいように遊ばれたのだろうに」

「ゔっ…それはそうですけど………」

 

思い出すのは、しばらく前にこの城を訪れた4人の旅人。智将の少女はおいておくとして、そのうちの2人にはまったく歯が立たず、もう1人の武人には負けこそしなかったが、1度も決定打を与える事が出来なかった。

 

2人が立つのは、益州のとある城の城壁。彼女らが見下ろすのは、ひと際大きな劉の牙門旗をはためかせた軍。劉の他にも張、諸葛、鳳、黄の旗が並んでいる。

 

「劉の旗は劉琮とは意匠が違うな………って、黄?桔梗様、あの旗って」

「ようやっと気がつきおったか。紫苑の旗よ。どうやら奴は降ったみたいぞ。奴が降る程か………平原の劉備くらいしか思いつかないな」

「劉備か…このように攻めるだけでなく、紫苑様まで………アイタ!?殴る要素がありました!?」

「大いにあるわ。帝の勅が出ておるからのぅ。負けた紫苑が従うのは勅通りに動いておるだけよ………まぁ、奴も機と見たのかもな」

「機、ですか?」

 

師の言葉に焔耶は首を傾げる。ボーイッシュなイメージと真反対の胸の膨らみが微かに震えた。弟子の問いに対して桔梗は応える事をせず、逆に質問を投げかけた。

 

「焔耶はいまの我らの主をどう思う?」

「………………」

 

言うまでもない。

前太守の人柄は、今でも覚えている。桔梗に拾われ、武を習い、まだまだ幼かった自分を受け入れてくれた父、いや、祖父と思っている人物。彼の下で桔梗に鍛えられたからこそ、自分は将に選ばれるだけの武を身に着ける事が出来たとすら思っている。

だが、彼の子息はどうだ。兄の劉琦はもともと病弱だったことも相まって、父の死により床に臥せっている。そして父の後を継いだ弟は――――――。

 

「………紫苑様はそれを考えたうえで降ったというのですか?」

 

焔耶は隣で大地を見下ろす桔梗に問うた。

 

「おそらく、な。荊州にも兵は残しておるだろうが、紫苑の兵は以前聞いたものとそれほど数が違うわけでもないように見える。つまりは、戦わずに降るに足る理由があった可能性もあるという事だ」

「………………」

 

その言葉を聞き、焔耶はおそるおそる口を開いた。

 

「………では、桔梗様も降るおつもりなのですか?」

 

その何とも言えない表情を見て、桔梗はひとつ溜息を吐く。

 

「何を莫迦な事を!関羽や張飛は共に随一の武将との噂だ。これが戦わずにおれるか!」

 

 

 

 

 

 

 

今日も今日とて政務政務―――。

 

「――――――これで最後のようだな。そろそろ腹が減った」

「そですねー。風のお腹はぺこぺこりんです」

「どこで覚えた、んな言葉?」

 

曹操の城の執務室で案件を処理していくのは、一刀と風。対袁紹戦の留守番組だ。彼らがそれぞれ着く卓の上には、処理済案件の竹簡が山を為していた。

 

「それでは、ご飯を食べに行きましょー」

「りょーかい。だが、今日は外に行くぞ」

「あらあら、お城の食事にはもう飽きたのですか?おにーさんもわがままな舌をお持ちですねー」

 

立ち上がってぐっと背伸びをする一刀の言葉に、風が冗談を飛ばした。軽くストレッチをしながら、一刀はそれに返す。

 

「商家の組合からの案件があったからな。食事の後に少し話に行こうと思ってる」

「本日分の案件はすべて終わったので、風はお昼寝をしようとしていたのです。おにーさんも人使いが荒いですねー」

「所構わず狸寝入りをかます奴が何を言うか。だったら今日は別々に食べる事としよう」

「ご冗談をー」

 

言いながら、風は一刀の背によじよじとしがみつく。華琳の城で世話になるようになってからの、お決まりのスタイルだった。

 

「にゅふふ、背中の柔らかい感触におにーさんも落ち着いていられない、と」

「………………」

 

ノーコメントを通すあたり、彼の優しさが窺えた。

 

 

 

 

 

 

「おや、(ほん)さんに程さん。今日は外食ですか?」

 

食事処に行くまでの繋ぎにと肉まんを注文すると、声をかけられる。偽名を使っているのは間諜対策だ。顔が知られている場合はどうしようもないが、名前からだけでも『天の御遣い』が曹操の下にいるという情報が漏れる恐れがある。華琳はあまり気にしていないようだったが、稟の言により、こういった対策が採られる事となった。

 

「やはりおにーさんの呼ばれ方は慣れませんねー」

「そうか?」

 

一刀の首にしがみついてちまちまと肉まんを齧る風はそう言うが、当の本人はいたって気にしていない。都合三口で肉まんを平らげ、今日はどこに行こうかと思案するのだった。

 

 

食事と商家組合との話し合いを終え、城に戻る道すがらの事だった。

 

「………………ん?」

「何やら通りの向こうが騒がしいようでー」

 

風もそれに気づき、言葉の先に視線を向ける。見れば、人垣―――が割れた。

 

「おぉっ?」

「………なんだ、あれ?」

 

モーゼの如く人の群れを割って登場したのは、白虎とその背に悠々と跨る少女。だが2人は、その異様な光景に見覚えのあるものを発見する。

 

「おにーさん、おにーさん。どこかで見覚えがありませんかー?」

「あぁ。俺も言おうと思っていたところだ」

 

2人が見ているのは、少女のもつ桃色の髪と碧い瞳。そして、その褐色の肌。

 

「ぽいな」

「ぽいですねー」

 

かつて一刀たちが訪れた街の主―――雪蓮や孫権を、少女は思い起こさせた。

 

 

 

 

 

 

また厄介事か?などと一刀が考えていると、なんと、その少女の方から声をかけてきた。

 

「あーっ、いたいた!貴方たち、北って人と程立って人でしょー?」

「………………」

「………………………………ぐぅ」

 

突然の問いに一刀は固まり、風は夢の世界へと逃避する。

 

「しらばっくれてもダメだからね。お城の人が言ってたんだから。城に残ってるなかで1番偉い人は、北と程立だって。見た目も聞いたんだから、間違いないもん!」

「………あ、あぁ。そうだな。確かにその通りだ」

 

強気に断言する姿は長姉を思わせる。一刀は少しだけ懐かしさに浸りながら、言葉を続けた。

 

「それで、孫家の末姫様は、いったいどのような御用でいらっしゃったのでしょうか?」

 

本人と会った事はないが、きっと彼女が、雪蓮たちの妹である孫尚香だろう。確信に近いものを胸に抱き、一刀は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

という訳で、#63でした。

前書きにも書きましたが、半年間も投稿なくて申し訳ございませぬ。

 

さて、久しぶりに真面目な一刀君を書いてみましたが、『小姫』の後遺症で難しいったらありゃしない。

そしてようやくシャオ様と一刀君が出会いました。

あと1人だけ会ってない娘がいるけど、戦から帰ってきたら仲良くなって欲しいと思います。

 

とりあえず、小ネタを思いつかない限り、このシリーズを投稿していきます。

これからもお読みいただけたら幸いです。

 

では最後に。

 

 

困った時はモブキャラに頑張ってもらえばいいという事に、最近気づいた。

範さん、かっこいいよ、範さん。

 

 

バイバイ。

 

 

 


 
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