No.338924

いつか咲く、その花を

pixivの企画に参加した時の霖之助×幽香CPの短編です。投稿テストも兼ねて……

2011-11-24 19:42:36 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1254   閲覧ユーザー数:646

 十一月二十二日。

 

 僕から言わせてもらえれば、生物が過ごす一生の内の一日。人間の考えた一年の内の一日でしかない。

 もしこの日が知り合いの誕生日であるなら多少は気にするのだが……生憎、そんな都合よく今日が誕生日な知り合いは居ないのだ。

 

 外は晴れ。

 この時期には珍しく、返り花も咲く日だった。

 

 それに釣られて有象無象も出てきやしないかと懸念してはみるが、した所でどうにもならないので気にしないことにする。

 

 

 ――出てきたら、誰かが解決するだろう?

 

 考え事というのは、ある意味で意識と思考との会話でもある。

 こんなつまらない話題にも返事をしてくれる、この世に存在する誰にも存在するもう一つの何か。

 

 

 客も客でない者も、今日に限ってはまだ誰一人として来店しなかった。

「そんな日もあるかな」

 天狗の書いた新聞でも流し目で読みつつ、快晴を浴びる店内での時間を過ごしていた。

 

 せめてもっと有意義な物を読めと言われるかもしれない。

 それは、突き詰めると『娯楽は有意義かどうか』という題に繋がる。

 

 例え賢者でも、絵本を読む機会はあるに違いない。

 一種の気休めか癒しかは存じないが、極めて不真面目な態度でこの新聞を読んでいるのだ。

 それを本人に言うかどうかに己の能力が問われる。

 

 

「……おや」

 店の机に何故か置かれていた新聞を読み始めて数分。

 もう読むのを終えようかという時、閉じる際にふと新聞の隅っこのコマが目についた。

 

 そこには申し訳なさそうに小さな字でこう書かれていた。

『十一月ニ十二日はいい夫婦の日』

 

 

 

 

 ――店主さんはいるかしら?

 

 その声で意識を取り戻した僕は、慌てて眼鏡を掛けて前を見た。

 

 赤い服。血に染まるような――と言っては失礼だろうか、鮮やかな赤い色の服を着た少女が手を後ろに回して立っていた。

 表情を見るに、呆れているようだった。

「……はて、呆れられるような事をしたことも言ったこともないんだがね?」

「寝ていた貴方が言う事じゃないわ」

 と、一つ息を吐いた。

「僕の店の状況はいい。何か用があったんじゃないのかい」

 なんと天狗の新聞には睡眠作用があるらしい、再び眼鏡を外して目を擦りながら僕は言った。

「あー……まあ、そうなんだけどね」

 言い淀むなんて珍しい。

「ちなみに聞いておくけど、今日は客なのかい?」

「……ええ、そう。よ?」

 返事をすると共に服に刻まれたチェック柄が揺れる。

「本当にそうなのか? 体調が悪いなら中で休むといい」

 尤も、長い年月を生きる幽香に今更体調不良なんてものが体内に存在するのかどうかは怪しいのだが。

「えーと……店主さん、今日は何の日かわかるかしら」

「営業日かな」

 真面目に答えたにも関わらず「違うわよ」と再びため息を吐かれた。

「幽香に会った日」

「そうだけど違う」

 僕の思考から今日と言う日を探し出す。

 様々な偉人の絵が脳内に浮かぶが、幽香との関係性が何一つとして不明だった。

「ふむ……」

「――わからないのならいいわっ」

 顎に手を当ててしばし考えにふけっていた僕が解答するのを待ちきれなかったのか、ついに痺れを切らしてそう言うと、踵を返して店を出ようとするではないか。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。一体どうしたんだい?」

「だって、頭の悪い店主には用は無いもの」

 くるりとスカートが舞う。

 彼女の挑発するような笑顔がチクリと体を刺すような気がした。

「今日が何の日、だって? ただの十一月二十二日だろう」

「ふふ、ごめんなさい。貴方に聞いたのが間違いでしたわ。店主さんって、割と賢明だと思っていたのだけれど」

 いつもはこんなに言うことも滅多に無いことなのだが、今日はたまたま違った。

「さっきから人を馬鹿にするのも程々にしてくれないか……全く、今日がいい夫婦の日、だなんて目標とは程遠いぐらいの言葉だ」

 

 ぴく、と肩が少し上がるのが見えた。

「あ、あら。知ってるじゃないの」

 これを偶然と呼ばずして何を偶然と呼ぶのか。

 まさか天狗の新聞が役に立つなど誰が思うのだろう。

「君が言いたいのはその日のことだったのか。……で、その良い夫婦の日がどうかしたのかい」

「なんと言えばいいのかしらね……その、これ」

 不意に後ろに回していた手を前に出す。

 

 回された手には、植木鉢に入っている蕾をつけた植物があった。

 花はまだ咲いていない。その手の知識には疎いみたく、僕にはそれが何の花なのかはわからなかった。

「なんとなくよ、なんとなく。ほら、店主さんって寂しそうじゃない」

「特に最近は寂しいと感じる暇もないぐらいに君が来てるんだが?」

「それはそれ」

 幽香は反論を短く切って落とした。

「うーむ……頂けるのなら吝かではないが……。何故良い夫婦の日に?」

「まあ、わかりやすいひと」

 今度は反論すらしないようで、今日何度目かのため息を吐いた。

 しかし、その表情はにこやかなのが妙なところだ。

 

 

 ――去り際、幽香は一つ訊ねてくる。

「その花、咲いて欲しいと思う?」

「楽しみにしているよ」

 トントン、とつま先を鳴らしながら幽香は僕の回答を聞いていた。

 僕の座る机の隣、格好に日に当たる良好なスペースに配置した未だ姿を見せぬ花。

 花が咲くことが真の姿だというのなら、完成品を見たいと願うのは決して間違ってはいないはずだ。

「そうよね」

 ふん、と少し誇った顔で僕を見る。

 ただでさえ何を考えているのかわからないのに、今日の幽香は一段とわからなかった。

「咲かせたいと願うなら、動きなさい。花にも足があるのよ」

 足、だって?

「その花は抜くと叫ぶのか?」

「ある意味でね。でも手に入れたいなら、抜かなきゃ駄目なの」

 遠回りな会話を続ける。触れてるようで触れてない距離感は今日も絶好調である。これで互いに理解できているのかは不明である。

「じゃあさようなら。……私も咲くように願ってるわ」

 

 なんのために、という疑問が始終付き纏っているが、幽香はともかく霊夢や魔理沙相手には全く必要のないものだというのは十分理解していた。

 多分、今日の幽香はそういう日なのだ。たまたま蕾の花を僕に渡したい日。

 何かを作りたい日、誰かに優しくしたい日、運動をしたい日、布団の中でじっとしていたい日。

 

 そういう願望のためだけに生まれた日は誰にだってあるだろう?

 

 それが今日という日。

 十一月二十二日、天狗が書き記したという『いい夫婦の日』。

 はて、僕の周りにはそのような人物は数える人しか居ないが……いい夫婦の日と聞くと、たまには各所に出向いてみるのも悪い気はしない。

 

 

 そんな事を考えながら、僕はドアを挟んで幽香の去る姿を見ていた。

 

 

 すると突然幽香が振り向き――まるで念を押すように――珍しく大きな声でこう言った。

 

 

「咲かせないと、怒るんだから!」

 

 

 ……どうやら、僕はどうにかして咲かせなければいけないようだった。


 
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