No.336574

黒髪の勇者 第十三話

レイジさん

第十三弾です。

よろしくお願いします。

黒髪の勇者 第一話

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2011-11-19 14:57:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:254   閲覧ユーザー数:249

第二章 海賊(パート3)

 流石に、飲みすぎた。

 漸くオーエンから開放された詩音は何よりもまずそう考えた。それから、どうにかして身体に溜まったウィスキーのアルコールを飛ばしたい。だが、そんな詩音を他所に宴会の喧騒は収まるどころか益々大きくなり、宴会に参加する人数も相当に増え、最早収拾のつけようがない状態へと陥りつつあった。この場所にいては別の人間に新たな酒を注がれるとも限らない、詩音はそう考えると、楽しく賑やかで、ただ少し騒がしい声を背中に受け止めながら、静寂が残る港の波止場へと向けて歩き出した。

 やがて人の声は消え、静かな、心から落ち着く、繰り返される波の音だけが響き始める。その音にどこか落ち着くような感覚を覚えながら、詩音は波止場のほとりに腰を降ろした。打ち寄せる波はただ、誰が指揮している訳でもないのに常に同じようなタイミングで岸へと訪れ、そして緩やかに海へと戻ってゆく。光源から離れて、海の姿はまるで濃い黒色のペンキで一面を塗り固めたかのようにただ黒く染まっているだけだった。だがそれでも、そこに存在していることを否応なく自覚させられる。

 こう感じるのは自分がこの国と同じように、海に囲まれた島国で生まれ育ったからだろうか。先ほどオーエンが言ったような、海に対する恐怖を詩音はこれまで感じたことはなかった。ただ海は、大きく広いものであり、夏場の遊び場であり、日々の食卓を支える果てのない生簀であった。或いは詩音の故郷が山深い場所に位置していれば、オーエンと同じように海に対する恐怖を覚えたのかもしれなかったが。

 「ここにいたのね、シオン。」

 踊るような、しなやかな声と共に現れたのはフランソワだった。暗闇のために表情がよく見えなかったけれども、どこか楽しそうな雰囲気を醸し出していることはすぐに理解できる。

 「少し、酔いを醒まそうと思って。」

 詩音はそう言いながら、波止場に腰掛けていた身体を少しずらした。その場所に、何事もなかったかのようにフランソワが腰掛ける。暗いせいで少し大胆になっているのか、フランソワの柔らかな肩が詩音の左肩に軽く触れた。

 「綺麗な月ね。」

 遥か遠く、地球で見るそれよりも遥かに巨大な天体が、この場にある唯一の光源として大海原を照らし上げていた。新月が近いものか、三日月に輝く月が淡く弱々しい一条の光を海面に照らし上げている。ゆらりと、そして波に小さく反射して煌きながら。

 「そうだな。」

 左肩に触れるフランソワの右肩。ほんのりと温かく、そして心地よいほどに柔らかい。アルコールとは異なる理由で詩音は体温の上昇を感じながら、僅かに身を強張らせた。薄暗い中、美少女と二人きりになって少し、緊張したのかも知れない。

 「あのね。」

 対してフランソワは、寧ろ落ち着いたような口調で、詩音に向かってそう言った。

 「どうした?」

 「ありがとう、詩音。」

 唐突にそう言われて、詩音は困惑するように瞳を瞬かせる。

 「別に、お礼を言われるようなことなんて。」

 そう答えると、フランソワは軽く首を横に振った。そのまま、言葉を続ける。

 「前に話したよね。私が魔法を使えないって。」

 「ああ。」

 詩音が頷きながらそう答えると、フランソワは詩音を見つめていた視線を遥か彼方の大海原へと移動させた。そのまま、どこか遠い場所を見つめるように瞳を細めながら、ゆったりと口を開く。

 「私、どうして魔法が使えないのか、ずっと悩んでいたわ。魔法は大気中に存在するマナを利用して力を具現化させる技術なの。そのマナ、そうね、魔法元素とでも言うべきかしら。それを操るために最も必要なものはマナを感知する素質。その素質は、突然変異的な、天性のものもあるけれど、何よりも血筋によって受け継がれる力なの。」

 もう一度、波がはねた。少し強く、だが小さな水滴が一つ、詩音の頬に弾ける。

 「そしてシャルロイド公爵家は王家に比類する魔法の才能に満ちた一族。これまで、私の知る限りでは魔法の天才はともかく、魔法を扱えない人間が生まれた記録は一度も無いわ。勿論、アリア王族も同様に。だから、私。」

 そこでフランソワは一度言葉を置いた。いや、喉が詰まった、という方が的確な表現だっただろう。そのまま、小柄な肩を震わせながら、自身の膝を折り曲げて身体に寄せると、それを強く抱き締めながら自身の顔をその中に埋めた。詩音はその姿を見つめて、ただ沈黙する。何を言えば良いのか、分からなかったからだ。

 「だから、私、科学を覚えたの。」

 暫くして、ぽつり、とフランソワはそう言った。

 「シャルロイド家の役目は代々この海を守ること。アリア王国の生命線である、海の平和を守りぬくこと。だから、私少しでもその力になりたかったの。だから、港に出向くようになって、造船技術とか、海戦術とか、できる限りの知識は頭に詰め込んだわ。悔しかったから、何も出来ない自分なんて、嫌だったから。」

 何も出来ない自分。詩音はフランソワのその言葉に、もう一人の少女の言葉を重ね合わせていた。日本に置いて来てしまった、自らの幼馴染のことを。

 『私、強くなる、強くなるもん・・。』

 試合に負けたときだったか、それは覚えていない。ただ、まだ無邪気に世界を信じていられた程度に互いが幼かった頃、真理は顔をくしゃくしゃにしながら、そう言ってはいなかったか。

 「でもね。」

 再び、フランソワが口を開いた。

 「不安だったの。結局、科学を覚えたって、おちこぼれな私の自尊心を満足させているだけじゃないかって。自己満足に過ぎないんじゃないかって。だから、嬉しかった。」

 フランソワはそこで、漸く顔をあげて、暖かい瞳で詩音を真っ直ぐに見つめた。まるで吸い込まれるような茶色の瞳に詩音は思わず息を飲んだ。同時に、鼓動が幾分早くなるような感覚を覚える。少し恥ずかしいような、くすぐったいような感情を覚えたのは何故だろう。

 「シオンは私のこと、ちゃんと認めてくれた。凄く、嬉しかった。」

 そこでフランソワは、普段のような優しい、柔らかな笑顔を見せた。

 「だから、ありがとう。」

 「どう、いたしまして。」

 小さく、指先でこめかみの辺りを弄りながら、詩音は小さく、そう答えた。たいして熱くも無いのに、じんわりと汗をかいているのはなんとない恥ずかしさが鼓動を刺激し続けていたせいだ。

 「処女航海、上手く行くといいな。」

 軽くそっぽを向きながら、詩音は焦るような口調でそう言った。真理が相手ならなんとも感じないだろう会話にこれほど苦戦するのは、フランソワが美しすぎるせいか、或いはまだ慣れていないせいなのか。

 「上手く行くよ、絶対。」

 対してフランソワは詩音とは異なり、全く物怖じする気配も見せない。目元を緩めて笑いながらそう答えるフランソワに詩音がかえって困惑した時である。低空を飛ぶ小さな羽音が詩音の耳に届いた。その羽音はふわりとフランソワの上空で一回転すると、いつぞやの鳩のようにゆるやかにフランソワの、ただし今回は頭の上にちょこんと居座る。蝙蝠であった。

 「もう、悪戯しないの、トレット。」

 どうやらこの蝙蝠もフランソワの部下らしい。詩音は少し呆れながらそう考えた。

 「それはまずいわね。」

 詩音にとっては虫の音と余り変わらなく聞こえる蝙蝠の鳴き声も、フランソワにとっては意味を成す言葉であるらしい。流石に二回目になるので多少は慣れているが、軽く視線を上に持ち上げながら蝙蝠と会話をしている姿は相変わらず強い違和感を詩音に与えた。やがて、トレットというらしい蝙蝠は役目を終えたとばかりにフランソワの頭上から飛び立ってゆく。それと同時にフランソワも立ち上がり、軽く苦笑いしながら詩音に向かってこう言った。

 「ビックスが来ちゃったみたい。宴会場で揉めているって。」

 「そいつは大問題だな。」

 フランソワの言葉に腰を上げながら、詩音は思わずと言う様子でそう言った。

 


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