No.322748

真・恋姫無双 EP.86 動乱編(1)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
話を進めたかったので、少し説明文が多くなりました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2011-10-23 14:14:21 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3028   閲覧ユーザー数:2702

 寝台の上で体を起し、冥琳は書簡を読んでいた。黄忠を捕えたという連絡から数日、新たに届いた書簡にはその後の活動について記されていた。

 

(少し、意外だったか?)

 

 読みながら冥琳は思う。

 すでに祭たちの調査で、雪蓮暗殺未遂計画は人身売買の組織によるものだと推測されており、今回の黄忠の告白によりそれが裏付けられた形だった。そのため、こちらの方針は引き続き人身売買組織について調査する事であり、さらわれた黄忠の娘を捜索するために人を派遣するのは自然な流れだ。そのために祭を、蓮華の元に向かわせたのである。

 また、小蓮がその人事に立候補するのも、一連の流れを聞いていれば納得は出来る。当初、冥琳は祭と小蓮の二人が、黄忠の娘の行方を捜しに行くものだと思っていた。ところが書簡によれば、さらに程昱と郭嘉も同行するらしい。冥琳はそれが意外に感じたのだ。

 

(袁術の行方は確かに何一つとして手がかりはないから、雷薄の関与が疑われても打つ手は見つからない。無為に時を過ごすよりは、わずかな可能性に賭けたという事かしら?)

 

 人身売買の組織にとって、雷薄を代表とする多くの豪族たちは、いわば大事な顧客だ。貧しい家から口減らしの子供を買い、それを奴隷として売っていたのが成り立ちだろう。奴隷の売買は、公に認められた商売である。不快感を覚えるとしても、取り締まることは出来ない。

 

(雪蓮がよく、それで腹を立てていたわね)

 

 奴隷売買で培ったものが、そのまま人身売買にも使われている。誘拐は自ら行わず、小蓮たちが捕えた盗賊などのように、金に困った連中に餌を撒けばいい。商品は今まで通りの販路を通じ、金持ちの手に渡る。奴隷と違い、労働力が目的ではない場合がほとんどなのが人身売買だ。時にその命は、消費されるのである。

 

(誘拐された袁術が、人身売買組織に売られた可能性も無ではない。程昱はその可能性に、何かを感じたのかも知れないわね。いずれにせよ、袁術本人が見つからなくとも、雷薄との繋がりが証明できるものでも出て来れば交渉に持ち込める……)

 

 遠回りに思えることが、近道の場合も多い。最悪、袁術がこの世に居ない場合、雷薄の勢いを止めるのは難しいだろう。

 

 

 蓮華のくれた書簡には、他に北郷一刀についても書かれていた。小蓮たちとは別に、蓮華たちは引き続き雪蓮の行方を捜索することになる。その手伝いを、北郷一刀たちがしてくれるとの事だった。むろん、本来の目的は別ルートでの袁術捜索なのだろうが、蓮華の文章からはどこか明るさを感じさせた。

 

(雪蓮がいなくなってから、蓮華様は悲壮感を持たれていた印象がある。だが今回の書簡は、どこか年相応な雰囲気が感じられた。姉妹だと、男性の好みも同じになるのかしら?)

 

 北郷一刀とは、黄巾の戦いの際に顔を合せたことがある。互いに名乗ってはいないので、一方的な顔見知りだったが、雪蓮が珍しく気に入った様子だったのでよく覚えていた。あの時は一応、正体を隠している様子だったので、天の御遣いとしてきちんと会ったことはない。

 

(悪い印象はない……いえ、むしろ良いほうだと言えるけど)

 

 付き合うには、苦労しそうな気がした。男に振り回される雪蓮を想像し、冥琳はなんだか笑ってしまう。

 

「あれで意外に純情だから、おもしろい組み合わせかも知れないわね。でも蓮華様は、もう少し押しが強い方がいいかも」

 

 色々考えながら冥琳が呟いていると、不意に彼女が静養している屋敷の門が激しく叩かれた。

 

「こんな時刻に?」

 

 急用だろうか、すぐに屋敷の従者が対応に出る。やがて慌てたような足音が、冥琳の部屋に近づいて来た。

 

「よろしいでしょうか?」

 

 戸の外から声が掛けられ、冥琳が返事をすると書状を持った侍女が入って来た。受け取って署名を見た冥琳は、記されていた署名に驚きを隠せない。

 

雷薄(らいはく)から?」

 

 いぶかしげに書状を開いて読み始めた冥琳は、その内容に顔色を変えた。そして書状を持つ手を震わせ、強く握りしめる。

 

「ふざけるな! くそっ!」

 

 寝台から出ようとするが、傷が痛み床に転げ落ちてしまう。

 

「周瑜様! まだ動いてはいけません!」

「くっ……一刻も早く、蓮華様のもとに! 蓮華様が!」

 

 侍女が止めるのも聞かず、冥琳は床を這うように進もうとした。だがすぐに、痛みにうずくまってしまう。悔しげに床を叩きながら、ただ、蓮華の無事を祈るしかなかった。

 

 

 くつろぐ雷薄の部屋に、執事が報告に入って来た。

 

「周瑜様に書状を届けました。警備隊には昨日のうちに、すでに伝令を向かわせています」

「うむ。下がってよい」

 

 満足そうに頷き、雷薄は豪華な長椅子に身を沈める。

 事の発端は、是空からの報告だった。どうやら孫策を軟禁している屋敷を、何者かが探っていたようなのだ。発見はされなかったようだが、何かあると感づかれた可能性はある。

 

(孫策の身柄を確保した時は、何かに利用できるかと思い指示を出したが、この辺りが手札の切り時だろう。万が一、孫策暗殺未遂の件までこちらに疑いがかかれば、面倒になるからな)

 

 孫策は利用する時のために、医者に指示を出して発作を抑える薬と称して別の薬を投与させてある。雷薄の息の掛かった医者で、今までも何度か邪魔者を排除するのに役立っていた。信用は出来ないが、金には忠実な男である。大金を払っているうちは、裏切る心配はない。

 薬の投与はまだ万全ではないが、それは仕方がないと割り切る事にした。

 

(どうせ口は封じる。証拠が何も残らなければ、他の豪族連中をだますのは容易い)

 

 筋書きはこうだ。

 孫家の復興を画策していた孫策らは、邪魔な袁術を誘拐。そのまま街を制圧する予定だったが、偶然、寿春にいた雷薄により妨害され失敗する。それを恨んだ孫策は、雷薄の暗殺を計画するも返り討ちに遭い捕縛。『狂戦士』を抑えるために、やむを得ず薬を投与して動きを封じたが、逃亡を図り死亡。

 

(後は張勲が消えれば、労せずに揚州が手に入るわけか……。そうだ、曹操に習いここに私の国を建国するのも悪くはない)

 

 当初、計画はあくまでも張勲への復讐だった。だが、手に入るなら拒む理由はない。

 雷薄は満足そうに頷き、自らの妄想に浸った。

 

 

 机に肘をつき、蓮華は溜息を漏らした。窓から見える星空が、今日は何だか寂しげに思える。

 

(小蓮たち、大丈夫かしら?)

 

 黄忠の誘拐された娘の足取りを探るため、小蓮たちは荊州に向かった。祭の話によれば、そもそもの暗殺計画に黄忠を選んだという事は、計画を立てた人物、あるいは助言をした人物が荊州にいるだろうとの事だった。

 

「確実に成功させたい計画に、黄忠を選んだということは彼女のことをよく知る人物じゃろう。黄忠の弓の腕は荊州でも、知る人ぞ知るというものだ。儂は堅殿と共に戦場で顔を合せたことがあるゆえ、知っておったがな。とすれば、彼女の娘を誘拐した人物は、意外と近くに居た可能性が高いじゃろうな」

 

 その祭の予想を頼りに、小蓮たちは黄忠がかつて仕えていたという劉表の周辺を探ることにしたようだ。蓮華は残って、雪蓮の捜索を続ける。その手伝いを、北郷一刀が申し出てくれた。

 

(私、こんな時なのに嬉しいって思っている)

 

 鼓動を抑えるように、蓮華は自分の胸に手を当てた。ふくらみの奥で、熱く激しい想いが湧き上がっている。高揚する気持ちを静めるように、蓮華は首を振った。

 

(私たちはまだ、真名ですら呼び合ってはいない。いえ――)

 

 そういえば、彼をきちんと名前で呼んだこともなかったような気がする。どこか気恥ずかしく、口にする事が出来ない。

 

(北郷……一刀……)

 

 天の御遣いである彼には、真名というものがないらしい。強いて言うなら、一刀というのが真名に相当するようだ。

 

(やっぱり最初は、北郷と呼んだ方がいいのかしら? でも……)

 

 いずれは彼を一刀と呼び、彼は自分を蓮華と呼んでくれる。そんな妄想に、蓮華の心は甘く痺れるようだった。

 

「……はあ。もう、寝ましょう」

 

 そう呟いて蓮華が椅子から立ち上がった時、不意に門が激しく叩かれた。何事かと思っていると、やがて思春が慌ててやって来る。

 

「よろしいですか、蓮華様」

「ええ」

 

 返答をすると、思春が何やら書状を持って部屋に入って来た。

 

「警備隊がこれを」

「警備隊が? こんな時刻に何かしら?」

 

 書状を受け取って読み始めた蓮華は、そこに書かれていた内容に体を震わせた。そこには、孫策が行ったとされる悪行が記されていたのである。

 

「何なの、これは! 姉様が袁術を誘拐し、雷薄の暗殺を計画ですって!」

 

 怒りに書状を握りしめる蓮華の元に、再び別の兵士が駆け込んで来た。

 

「失礼します! 大変です! 警備隊が屋敷を取り囲み、裏口より侵入、ただいま交戦中です!」

「何だと! しばし待てと伝えたはずだ!」

 

 思春が怒りを露わに、声を荒げた。

 やがて、屋敷のあちこちから火の手が上がり、怒号が響く。蓮華は思春に頷きかけ、自分の剣を手に取った。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
12
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択