No.320233

レッド・メモリアル Ep#.14「同胞」-1

アリエルを連れ去ったリー達、“組織”のメンバーは、彼女を世界規模で活動する組織の拠点へと案内します。一方、軍を裏切ったリーをセリア達も追うのでした。

2011-10-18 12:53:15 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1003   閲覧ユーザー数:288

 

4月12日 8:12P.M.

『ジュール連邦』《ボルベルブイリ》ボルベルブイリ総合病院

 

 セルゲイ・ストロフが《アルタイブルグ記念病院》から救出された、ミッシェル・ロックハートに出会えたのは、その日の夜も更けかかっている頃だった。

 病院は既に面会時間を過ぎていたが、戦争さえも起こっている有事の際に、政府の人間がやって来たとなれば、面会を断るわけにはいかないだろう。医師達はミッシェル・ロックハートに会う事を快諾した。

 彼女はベロボグの病院にいた人物。そして、娘のアリエルは拉致され、彼女自身もベロボグ達に拉致されていた。

 何かを知っているはずだ。ベロボグ達の計画に加担したとは思えないが、拷問を続けられているベロボグの娘、シャーリが何も吐いていない以上、彼女に尋問するしかない。

 とはいえ、容疑者ではなくテロにも加担していない被害者なのだから、ストロフも手荒な事は出来なかった。

 例えミッシェルがストロフ達に対して、非協力的な態度を取ったとしても同じ事だった。

「ベロボグ・チェルノはテロリスト。この戦争を陰で起こした人物。そして、私と、私の娘を拉致して、私からの脳移植を自分にしようとした人物よ。それだけあなた達も分かっていれば、十分なんじゃないかしら?」

 ミッシェルは頭に包帯を巻いたまま、紙コップの中の水を飲んでいた。脳移植を無理矢理させられた彼女は、ベッドの上にいる。本当は絶対安静なのだそうだ。

 頭に穴を開けられ、脳の一部を取られている。彼女自身の肉体に障害は出ていないそうだが、何とも残酷な真似をベロボグはしたものだと思った。

 同情はストロフも感じていた。しかし、今は戦争が起こっているときなのだ。この《ボルベルブイリ》まで『WNUA』軍が攻め込んでくれば、戦火は首都にまで及ぶ。

 そうなってしまったら、この国は滅びるだろう。

「我々も、ベロボグ・チェルノがテロリストであると言う事は断定しています。彼が戦争を起こしたと言う事も明白です。ですが、ベロボグは死ぬ前に多くの計画を立てていました。戦争はその計画の第一段階に過ぎないと思われています。彼は、更なる攻撃を仕掛けてくるでしょう。

 ベロボグは死を覚悟していた。彼の仲間のテロリスト達が、何かを画策しています。あなたはベロボグを知っていて、しかも彼に最も近づいた人物の一人。何かを知っていると私は思っています」

 だが、ミッシェルはストロフ達をさっさと追い払いたいように言って来た。

「残念だけど、私は何も知らないわよ。それよりも私の娘がどうなったかを知りたいわ」

 ミッシェルにとっては何よりも自分の娘が大切らしい。

「『WNUA』側に身柄を保護されているらしく、我々は何も知りません」

 そうすると、ミッシェルは曇り空の広がる窓の外を見たまま、黙ってしまうのだった。その顔にはどことなく失望の色が浮かんでいる。

 娘をベロボグ達に拉致された上、今ではこの国の敵対勢力に身柄を拘束されているのだ。取り乱したり、騒ぎ立てないだけましだ。

 このミッシェルの経歴によれば、元、『ユリウス帝国』の将校だったとある。筋金入りの軍人でもあるわけだ。今でもその面影がどことなくあった。このような状況下にあるにも関わらず落ちついている。並の女ではないと言う事だ。何かを知っていたとしても、口を開かせるのは難しい。

「何か、あなたが、ベロボグ達の情報を知っていれば、この戦争の中に活路を見出す事ができます。我が国は劣勢だ。ベロボグが何らかの計画を練っているのであれば、それは我々の国を更に追い詰める事になる」

 ストロフは堂々たる口調でそのように言った。

 ミッシェルほどの元将校を落としこむのは難しい。だが、彼女が果たしてベロボグの計画について知っているのだろうか。

 やはり、ベロボグの娘、シャーリを拷問をしてでも口を割らせるしかないのだろうか。

 ストロフは追い詰められていたが、この無実の女性を拷問するわけにはいかない。

「失礼しました。また何かありましたら、事情を伺う事があるかもしれません」

 彼はそのように言うと、ミッシェルのいる病室から出て行こうとした。その時、彼の携帯電話のバイブレーションが震えた。

 病院内だが電源は切っていない。この非常時、緊急連絡が入るかもしれない以上は、携帯電話を切ってなどいられない。

「ああ私だ。何だ?」

 追い詰められているストロフは、苛立った声でそう答えた。

 ミッシェルの病室を部下達と出て、ストロフは相手の声に耳を向けた。

 それは国家安全保安局本部にいる、彼の部下の情報分析担当だった。

「先ほど、『WNUA』軍側の通信を傍受していて判明したのですが、《アルタイブルグ》の病院跡から、ベロボグらしき人物が、子供を抱えて飛び去って逃げたそうです」

 その言葉に、ストロフは思わず声を上げた。

「何?ベロボグが?奴は空爆で死んだんじゃあないのか!」

 病院の廊下に響き渡る声。廊下にいた何人かの人物達がこちら側を向いてくる。まずいと思ったストロフは、声を潜めることにした。

「遺体はまだ発見されていません。飛び去ったのが、ベロボグかどうかもはっきりとは分かっていませんが、『WNUA』側は、その人物はベロボグであるとして動き出しています」

 事態が悪い方向に進んでいる事をストロフは痛感する。そして言い放った。

「そうか。ベロボグ・チェルノめ。やってくれたな。死んだと思わせていたか。これは余計に厄介になるぞ。『WNUA』の動向を絶えず張っていろ。首都に対してのテロ攻撃の可能性もある。首都の防備をより強化しろ」

「了解」

 その言葉を最後に、ストロフは電話の通話を切った。そして、すかさずミッシェルのいる病院の扉を開け、中にいる彼女に言い放った

「ミッシェル・ロックハートさん。悪い知らせだ。ベロボグは生きていた。あなたの身柄を狙いに来るかもしれない。あなたに保護を付けさせてもらう」

 ミッシェルは特に驚いたような様子も見せない。まるでベロボグが生きていた事を知っていたかのようだ。

「それは、厄介な事になったわね。だけれども、奴は私にもう用はないはずだから、狙われるとしたらアリエルの方だわ。保護を付けてもらうなら、アリエルにつけてもらいたいものよ」

 ミッシェルはそう言うと、全てを受け入れているかのように、ストロフから目線をそらせた。

「面倒な事になった。本部に戻るぞ。お前はここに残って、他の奴の到着を待て」

 ストロフはそのように言い、部下をミッシェルの病室に残して、大急ぎで国家安全保安局に戻る事にした。

4月12日 9:13P.M.

《クラスノトーチカ操作場跡》

 

 リーという男を初めとする、謎の連中と同行する事になったアリエル・アルンツェンは4輪駆動の車に乗せられ、針葉樹林地帯を走り、ある開けた土地へと出ようとしていた。

 道中、車の中の男達は押し黙っており、アリエルに口出しをさせるような空気を作らなかった。しかもアリエルにとっては、車の中にいる3人の内、2人は異人種の男なのだから、上手く言葉が通じるかどうかも不安だった。

「何?何だと?ベロボグが生きていた?」

 助手席に座っている、タカフミという男が、電話越しに何やら言っている。彼の話している言葉が上手く分からないアリエルではあったけれども、“ベロボグ”という言葉だけは理解できた。

 自分の父が一体どうしたと言うのだろう。

「どうした?タカフミ?それは本当か?」

 リーが後部座席から身を乗り出す。タカフミは彼の言葉を制止して電話を続ける。

「あ、ああ、分かっている。となると、早くそこに連れていった方が良いな。お前達は、ベロボグを追え。『WNUA』よりも早く動いておきたい」

 と、タカフミは言い、電話を切るのだった。

 そして後部座席へと身を乗り出してきて、リーと顔を突き合わせて話すのだった。

「あ、ああ、『WNUA』が動いているか。しかし厄介だな。奴が死ねば、奴のテロリストは多少は混乱して、計画が遅れると思っていたが、生きているとなると話は違う。奴の組織は、必ず次に何かを仕掛けてくる」

 リーとタカフミが口早に話している。言葉がとても聞き取れないアリエルは、思いきってリーに向かって言った。

「あの、何を慌ただしく話しているんです?」

 言葉の通じるリーの方に向かって、アリエルはジュール語で話しかけた。

「悪い知らせか、良い知らせか。君のお父さん、ベロボグ・チェルノが生きていたそうだ。逃亡し、行方は分かっていない」

 すると、リーがジュール語でアリエルに話す。アリエルは嫌な予感が的中した事に顔色を大きく変えた。

「えっ。でも、確かに死んだって」

 彼女にとってはどう反応したら良いのかが分からなかった。

 父親が生きていると言われればそれは嬉しいものだ。しかし、アリエルにとってあの男が本当に父親であると言う事がまだ認識できていない。それに、アリエルにとってみれば、彼は自分を拉致したテロリストなのだ。

 生きているとしても、それはアリエルにとって恐怖でしかない。

 タカフミは言葉を続けた。

「死体は発見されていない。奴がただ逃げたとも思えない。ベロボグは必ず自分の組織を動かして、また攻撃を仕掛けてくるだろう。先が見えなくなったな」

 彼の言った別の言語がアリエルには理解できなかったけれども、とにかく良くない事だろうことは分かった。

 車はそれから20分ほども森林の中を走行していき、やがてどこかへと辿り着いた。

 針葉樹林の先に見えるのは、広い土地だった。所々に朽ち果てた倉庫くらいの広さの建物があり、貨物コンテナのようなものも見える。

 男達はその土地の少し前で車を止めさせ、何かを伺っているようだった。先ほど、タカフミ・ワタナベと名乗った男は、自分の手元に光学画面を設置させ、そこに地図のようなものを表示させたまま、数分間見守っていた。

「あ、何をしているんですか?」

 アリエルは、上手く通じるかも分からない、『ジュール連邦』の言葉でタカフミに向かってそのように尋ねた。

「衛星が行ってしまうのを待っている。今、この地域も、『WNUA』軍の監視下にあるんだ。我々は誰にも知られないように、アジトの中に入らなければならない」

 タカフミはアリエルの方をわざわざ向いてきてそのように尋ねた。

「はあ、衛星、ですか?」

 アリエルが半分納得したと言う様子を見せると、タカフミは何かに反応し、運転手に向かって言った。

「よし、いいぞ。衛星は行った。今、この地域は誰にも監視されていない」

 タカフミはタレス語でそのように運転手の男に言った。タレス語はアリエルは学校で勉強して多少なりとも話す事ができるが、衛星、という言葉と監視という言葉が分からなかった。

 車はゆっくりと、まるで何かを伺うかのようにして森林にある道から姿を露わした。広い土地が森林の中に広がっている。

 白夜が続く『ジュール連邦』でも、さすがに夜10時が近づけば夜も暗くなってくる。アリエルが段々と夜の闇に覆われていくその広い土地を見回したら、所々に線路が何本も敷かれているのが見えた。更に、貨物コンテナだと思ったのは、どうやら朽ちた貨車であるらしい。誰にも利用されないまま野放しにされている。

 ここは貨物列車の、それも伐採した材木を運ぶために設けられた操作場だったようだ。だが、今、誰かが使っていると言う気配は無い。倉庫も操作場も線路も朽ちており、誰からも見放されてしまっているかのようだった。その姿は不気味な光景にさえも見える。

「こんな所に、あなた方のアジトが?」

 アリエルはその操作場を進んで行く車の中でそう尋ねた。

「そうだ。誰にも気が付かれない。それでも、最大限の注意は払っている。監視カメラがそこら中に隠してあるし、周囲にはセンサーも張ってあるんだ」

 今度、そう答えてきたのはリーだった。彼は、じっと車の前方を見つめている。今だに周囲に警戒を払っているかのようにも見える。

 やがて車はある倉庫の中に入りそこに停止した。中に線路が走っている倉庫で、ここは元々は機関車を入れておく機関庫であったらしい。

 機関庫の奥には、貨車が一台置かれていた。他にも乱雑に貨車が置かれており、すでに錆びや損傷が激しい状態となってしまっていた。

 別に、『ジュール連邦』ではこのような有様となった施設は珍しくない。材木を伐採している業者が倒産し、まだ伐採でき、利用できる材木は沢山あると言うのに、鉄道の利用権も失ってしまった。そんなところだろう。

「ああ、俺だ。すぐに開けてくれ。大切な客人が来たんだ」

 タカフミは今度は耳に押し当てた携帯電話を使い、誰かと連絡をとっていた。すると、倉庫内に響き渡るがらがらという耳障りな音と共に、最も奥にあった貨車の扉が開いた。貨車からは光が溢れており、外見は朽ち果てた貨車にしか見えないのに、中には照明が取り付けられているようだった。

 アリエルが驚いたような目を向けていると、タカフミは彼女を先導した。

「心配する事はない。君は客人としてもてなすさ」

 タカフミはそう言ったものの、アリエルは目の前に広がる怪しげな施設にとても不安を隠す事は出来なかった。

 4人が乗り込むと、音を立てながら貨車の扉が閉まっていく。アリエルが貨車の中を見上げていると、4人が入った大きなボックスはエレベーターとして下に降下しているようだった。

 ある地点まで降りてくると、エレベーターは左右にその扉を開いた。するとそこには廊下が現れる。地下に設けられた施設は、日の光を入れず、中の照明だけの灯りがある。

 タカフミが真っ先にエレベーターを降り、直線の通路を歩き始めた。リーがそれに続き、アリエルも続く。運転手の男は最後についてきた。

 廊下を何人かの人物たちとすれ違う。彼らは書類を持ち、足早に移動していた。この『ジュール連邦』の人種もいれば、そうでない人種もいる。多国籍の世界が展開しているなとアリエルが伺っていると、やがて彼らは、眼下に広がる大きな施設のテラスの部分に出た。

 2階ほどの高さの吹き抜けになっており、工場ほどの施設がそこに展開している。巨大な光学モニターが現れており、階下にいる人々は皆コンピュータを操ったり、せわしなく書類を持って移動したりしていた。

 アリエルが姿を見せると、何人かの人物がテラスを見上げてくる。まるで彼女を知っている。そしてここに来る事を待っていたかのようだ。

「何故、こんな施設を?」

 アリエルが突然の世界の変貌に思わず声を上げている。今まで自分の目の前には、棄てられた列車の操作場や錆び付いた貨車など、墓場にも似た風景しか無かった。しかし、今目の前に展開している光景は、それとはまったく異なる世界だ。

 階下に設けられている設備、光学画面や、コンピュータ機器は明らかに西側の世界のものばかりである。ここは『ジュール連邦』ではない。まだ子供でしかないアリエルが見てもはっきりと分かるほどの世界の違いだった。

「ここで、世界を管理している。この拠点は、『ジュール連邦』の首都拠点だ。だけど《ボルベルブイリ》はこの国の政府の監視が厳しくてな、これだけの機材を持ち込めなかった。だから、わざわざこの操作場の持ち主の会社を、匿名で買収してな」

 タカフミは何やら言葉を並べ立てている。別にアリエルはそんな事を聞きたいわけではなかったが、彼はどうも得意げにそれを語りたいらしい。

「タカフミ。彼女が聞きたいのはそんな事じゃあない」

 リーがそんな彼を制止するかのようにそう言った。

「おっと、失礼。だが俺達が秘密の組織でありながら、世界規模の影響力を持っていて、この世界をより良い方向へと進めようとしている。と言う事は分かってほしい」

 タカフミはそのように言ったが、

「それで、何故、私があなた達に必要で、私はここにやって来なければならなかったんです。きちんと説明して下さい」

 アリエルははっきりとそう言った。その彼女の態度に少しタカフミは面食らったようだが、やがて答えてきた。

「ああ、説明するとも。だが長い話になる。リーも色々と疲れただろう。俺の部屋へとどうぞ。熱いコーヒーでも出そう」

 そう言って、タカフミはアリエルを招くのだった。

 

「何であいつらが、墓場見たいな操作場に入ったきり、出て来ないのよ」

 セリアの苛立ったような声が車の中に響く。フェイリンは彼女のその言葉を何度も聞いていたが、もういい加減慣れたものだった。

 フェイリンは双眼鏡を使って、舗装された道路からずっと遠くの森林の向こうにある操作場を見つめている。森林に遮られていて、本来は見えないはずだったが、フェイリンの眼は特別で、森林をも透過して見る事ができる『能力者』だった。

 フェイリンの眼はそれだけではない。

「やっぱり、ここあちこちに監視装置が備え付けられている。地面にはセンサーも埋め込まれているみたい。あの操作場を中心にして、1kmぐらいの周囲に防衛システムが張り巡らされているわ」

 フェイリンの眼は、そうした監視装置をも見抜ける。どのようなものでも、視力の範囲内ならば透過できる。それだけではなく、彼女は眼で捕らえる光の波長を調節し、見えないセンサーなども全て見て取れる事ができる。

 フェイリンが捕らえたセンサーは、柵のように森の木々の間に張り巡らされている。それは高い塀のようなもので、通り抜ければどこかへと警報が行く。そういう仕組みだ。

「『ジュール連邦』の軍の秘密基地とは思えないわ。ここには防衛システムばかりで兵士の見張りもいない。それに奴らがわざわざ隠れて秘密基地を作ると言う理由も無い。リーは一体、何をしようとしているの」

「さあ、そんな事はわたしに言われても…」

 フェイリンはそのように言いながら、双眼鏡を下に向けていった。

「ちょっと、地中の中に地下施設って言うのかしら。地下室みたいなものが広がっているわ。あの操作場の規模とちょうど同じくらいで、地下施設が広がっている」

 フェイリンが声を上げた。

 すると、セリアはフェイリンが『WNUA』軍の基地から持ち出してきたコンピュータデッキを持ち出し、それを使ってある場所にアクセスしようとした。

「一体、何だって言うのよ、リー・トルーマン。あなたは『タレス公国』軍の一員じゃなかったの? あなたの正体を暴くのは、手間取りそうね」

 セリアはそう言いつつ、コンピュータデッキを使いネットワークにアクセスをしている。

「軍に連絡をとって、応援でもよこしてもらうの?」

 とフェイリンは尋ねるが、

「まさか。軍をよこしたら、あいつら、大群で来るわよ。そうしたら、絶対にリー達にバレる。ここに秘密基地を作った連中は、どうせそうした事に対処をするでしょうから、軍にはまだ連絡をしないわ。

 この操作場の土地を買って、秘密基地を作るには金がかかる。絶対どこかに記録が残っているはずよ、フェイリン。あなたなら探れるでしょ。『ジュール連邦』の土地売買の会社やら、建設会社に片っ端から当たって、奴らの正体を突き止めるのよ」

 そうフェイリンに言って来たセリアの眼は、不思議な闘志に燃えているかのようだった。

 ベロボグ・チェルノは日が暮れるまでその飛行を続けた。レーシーの体を庇いながら、なるべく彼女に高速飛行の風圧を受けさせないように。

 ベロボグの体は、今や戦闘機と融合したかのような姿となっていた。それも、『ジュール連邦』にある時代遅れの戦闘機とは違う。『WNUA』軍の持つ最新型のステルス戦闘機と融合していた。

 ステルス戦闘機のパイロットが見るべき、そして操作すべき情報が、全て脳の中に流れ込んでくる。頭の中でそれを理解し、上手く戦闘機をコントロールする。ほぼ自動操縦で飛ぶ事が出来たが、ベロボグはまだこの『能力』を完璧には使いこなしていない。

 その気になれば、ミサイルを発射する事もできる。その操作も理解した。レーダーのシステム、更にはステルス機能さえも理解していく。

 レーシーの『能力』は素晴らしかった。全ての機械物と融合する事ができる彼女の『能力』は、これからベロボグが起こそうとしている計画の中で、最大の働きを見せてくれるだろう。

 そしてこのレーシーの『能力』を吸収する事が出来たからこそ、ベロボグはあのミサイル攻撃から生き残る事が出来た。『能力』の吸収は体にとって大きな負担となりうる。特にレーシーが持っているような強力な力を取り込んだ場合、脳腫瘍が再発する可能性がある。

 脳腫瘍ができ、体が死に瀕していくにつれ、今まで吸収していた『能力』が次々と失われていくのをベロボグは感じていた。

 病となり倒れるまで、この『能力』を吸収すると言う自分の『力』を過度に使ってしまっていたが、今は抑制するようにしよう。当面はレーシーの持つ『能力』だけで十分だ。彼女自身、あたかも兵器庫であるかのように大量の銃火器をその身にとりこんでおり、恐ろしいまでの『能力者』と化している。

 それを全て吸収する事ができてしまったベロボグは、レーシーと同じ存在。恐ろしい兵器格納庫になったようなものだ。しかもベロボグはそれを自分の意志で操作する事ができる。

 彼の体はやがて『ジュール連邦』の大陸を越え、東側と西側の世界との間に広がる、広大な大洋に向かっていた。

 今、この大洋を挟んで二つの巨大な勢力は戦争を行っている。だが、ベロボグは『WNUA』の艦隊にも『ジュール連邦』の艦隊にも要は無い。彼のステルス戦闘機と融合した体は北の方向へと進路を取った。

 大洋を横切る際、何者ものレーダーにキャッチされるわけにはいかない。ベロボグは自らの意志で、一体化しているステルス戦闘機のステルスモードを入れている。これから彼らが目指している場所の存在は、誰にも知られるわけにはいかないのだ。

「お父様?」

 ベロボグの腕の中で、レーシーが目覚めたようだ。あのミサイル攻撃から庇ってやったのは、ベロボグ自身。レーシーの能力のお陰でベロボグにも大したダメージは無く、レーシーはほぼ無傷だった。

「お父様。わたしの力を取りこんだんだね? これで、ついに無敵のお父様ができたね!」

 レーシーはベロボグの姿を見て歓喜の声を上げた。だがベロボグは真剣に顔を正面へと見定め、更に北の冷たい大気に包まれた大地へと向かう。

「ていう事は、レーシーはもうあの力を使えないの?機械達と一緒になる事ができる、あの力を使う事が出来ないの?わたしの力はお父様に取りこまれてしまったから?」

 心配そうな顔でレーシーが言って来た。ベロボグはレーシーの顔を見ると、彼女の心配そうな顔に心を打たれ、しかと答えた。

「そうではない。そうではないのだ、我が娘よ。確かに私はお前の力を取りこんだ。だが、お前にもきちんと力は残してある。お前に力を残すか否かは私が決める事ができる。レーシーよ。お前にはまだやってもらわなければならない事がある。わが愛する娘であるお前には、私のためにこれからも働いてもらいたい」

 そう言いつつ、ベロボグは手を伸ばして空中でレーシーの頭を撫でた。大分髪が傷んでいるようだ。ここのところ、このまだ幼い娘には過酷に仕事をさせ過ぎたかもしれない。

「じゃあ、レーシーは、お父様と一緒に飛行機になって飛ぶ事もできるの?」

 反して、レーシーは喜びに満ちあふれたかのような顔で、ベロボグを見てきた。

「ああ、できるとも。飛ぼうではないか。但し、我々の邪魔をする人達が見ている。ステルスモードはオンにしておくのだ」

 ベロボグがそのように言うと、レーシーは自ら彼の手から離れ、宙に舞った。

「それ!」

 レーシーの体が変化をする。その巨大な質量はどこに篭められているのか、まるで孔雀が尾を広げるかのごとく、レーシーの肉体からは一気に大きな金属の質量が現れ、レーシーの背中に、ステルス戦闘機の翼を作り上げた。

 戦闘機はベロボグのものと同じように、完全に彼女と一体化をし、操作回路は脳と直結している為、彼女が自在に動かす事ができる。

 レーシーはとても満足げな表情をしながら、ベロボグと共に宙空を舞った。

 それから30分ほどもした頃、ベロボグ達の視界には一つの施設が見えてきた。ベロボグはレーシーから取りこんだレーダーを使い、その施設の存在をしっかりと確認する。

「見えてきたぞ、レーシー。あそこに着陸する」

 前方に見えてきた、北の海に立つ大きな施設。それは海中から突き出した塔のようにも見える。見たところ、石油採掘基地のようにも見えるが、実際はそうではない。赤い鉄骨で作られた塔のような施設は、ベロボグ達以外、その存在を誰にも知られていない。

 施設は今だ建設中であり、同時に稼働中でもあった。ベロボグはこの施設がきちんと稼働しているのを確認しながら、そこに設けられたヘリポートを目指した。

 上空を航行中、すでにこの施設の主任に無線で連絡を入れていたから、彼が出迎えてくれるようだ。ベロボグとレーシーは並んでヘリポートを目指し、共に降り立った。

 戦闘機が着陸するには滑走路が必要だったが、人体と一体化している彼らにその必要は無かった。減速した上で、一体化をした翼を閉じれば、ヘリが降り立つかのように静かにヘリポートに降りる事ができる。

 体に重みとしてやってくる疲労をベロボグは感じた。初めてレーシーの力を使ったのだ。そのレーシーの力は、非常に体に負担をかける。何しろ肉体を変形させるのだから。

 レーシーは慣れ切ったように平然とした顔をしているが、ベロボグは着陸後、すぐには立つ事が出来なかった。肉体を変形させる『能力者』がここまで体を酷使していたとは、まだ自分も体が完全な状態には戻っていない。だからここまで体に負担がかかるのか。

 ベロボグは、ヘリポートの上に手をつき、しばし立つ事ができない。

「大丈夫ですか?チェルノ様?まだ、お身体が完全では無いのでは?」

 心配した様子で施設の主任がベロボグに言って来た。彼はベロボグの巨体に肩を貸そうとする。

 だがベロボグは彼の申し出を遮り、ふらつきながらもその足を立たせた。

「いや、大丈夫だ。問題ない。慣れぬ力を使ったのでな。少々、肉体的な負担が大きかったらしい」

 そのように言いながらベロボグは主任が渡してきた上着を羽織る。レーシーの能力を使っていた時は気にならなかったが、ここは北の海に位置しており、『ジュール連邦』領土内に比べてもかなり寒い場所だった。上着を身につけなければ突き刺すような冷たい空気が刺してくる。そんな場所だ。

「こちらの方は問題ないか?」

 ベロボグはそのまま施設の方へと歩みを進め、主任にそう尋ねた。ヘリポートから施設の内部へ。鉄骨がむき出しの施設では、多くの作業員たちが仕事に没頭していた。

 ベロボグの巨体がその施設の中に姿を現すと、作業員たちの視線が集中する。

「ええ、問題ありません。それどころか、大当たりですよ。あなたのおっしゃった通り、発見する事が出来ました。このまま掘り進めば、ついに到達する事ができます」

 主任はまるで何かの狂喜に満ちているかのような声でそう言った。

「そうか。それは良かった。これで長年の苦労が報われると言うものだ」

 そのように言ったベロボグの声は、主任のものよりもずっと落ちついていた。

「しかしベロボグ様。問題が起きております」

 いきなりベロボグの背後から呼びかけてくる声。振り返ると、そこには長身でコートを羽織った男が立っていた。

「問題とは何だ?」

 ベロボグがその長身の男に向かって言った。

「次なる計画に大きな支障をきたす事です。どうか指令室にいらしてください」

 ベロボグとレーシーはそのように言われ、長身の男に伴われて施設の中を移動した。

 巨大な石油採掘基地を思わせる施設内は、入り組んでおり、奥深い。施設は海中にまで伸びており、巨大なシリンダー状の形をしていた。

 ベロボグ達は鉄骨の中に設けられた作業用エレベーターに乗り、その施設を海中の奥深くまで進む。

 エレベーターが到着すると、そこは鉄骨ではなく剥き出しのコンクリートで作られた、また別の施設となっていた。マシンガンを構えた警備員達がおり、この場所に作業員たちが入ってくる事は出来ない。

 セキュリティシステムが作動しており、監視カメラが設置されている他、警備ロボットもいる。施設の指令本部に入るためにはカードキーが必要だった。

 ベロボグ達は地上で出会った男に伴われ、指令本部の扉を潜った。

 そこは、窓も無い、コンクリートで覆われたシェルターのような場所だっが、ここにはベロボグの配下の情報技官数名が働いていた。中央の大型ネットワークサーバーにコンピュータを直結させ、この施設のみならず、『ジュール連邦』内にいるベロボグの組織のメンバーたちとも連絡を取る。

 そしてベロボグが病院に横たわっていた間も、彼らはこの地で計画を推し進めていた。

「問題とは?」

 指令室内に入るなり、ベロボグは男にそう言った。レーシーはベロボグに付いてきてはいるが呑気に構えている。

「シャーリ様が国家安全保安局に捕らえられました。現在も《ボルベルブイリ》内に拘留中です。それが一つ。もう一つは、我等のこの施設の正体が例の連中によって探られています。このままではこの施設の正体が知られるのも時間の問題かと。それがもう一つです」

 男は無味乾燥な言葉でベロボグにそう言って来ていた。

「シャーリが捕らえられたのか」

 ベロボグは静かにそう言った。彼女ほどの能力者ならば、『ジュール連邦』の政府には捕らえられないと思っていたが、あの病院で何があったか、ベロボグ自身も完全には把握していなかった。

「ベロボグ様。早急に対応なさらなければ、これからの計画に大きな支障をきたします」

 男がそのように言って来た。この部屋に設けられた監視装置は、現在の『WNUA』軍と、『ジュール連邦』軍との間での戦争の戦況をも示している。

 現在も、『WNUA』側の圧倒的優勢。首都、《ボルベルブイリ》付近まで軍は接近しており、『ジュール連邦』はかなりの消耗をしている。それはベロボグにとって、次なる計画を進める刻限が迫っている事を示している。

 彼はその判断力に優れた脳でこの状況を把握し、次なる手に出ようとする。医者であった時も、この判断力によって頼って、多くの患者を死から救って来た。

 今は、もっと多くの命を救おうとしている。

「レーシーよ。すぐさま、シャーリの救出へと向かえ。次の計画の為には彼女が必要だ。そして、例の組織とやらのアジトには、トールと一部隊を向かわせて、壊滅させろ。組織とやらの場所は判明したか? トールならば奇襲をかけられる」

 ベロボグはそう言って、その場にいる技官達に指示を出した。彼らはすぐさま画面に『ジュール連邦』の首都付近の地図を表示させ、そこのある地点にポイントを光らせた。

「ここです。例の連中は、ここから私達の居場所を探っている」

 そのポイントはすぐに判明した。ベロボグが国内外から優秀な情報技官を集め、ここで働かせているのだ。北の寒い海の上で働くとなれば酷な仕事だが、彼らには相応の報酬を払っている。実際、彼らは良く働いてくれている。

「よし、すぐにトールに連絡して襲撃の準備をするように言え。あとレーシーに、国家安全保安局の地図を転送して貰おう。これらの作戦が終了次第、私は次の計画に向けて動く」

 ベロボグはそのように言い、フロアの中央にある巨大なモニターを見つめた。

 背後では、レーシーに向かって必要な情報が転送されたらしく、彼女はまるで遊びにでもでかけるかのようにして、

「じゃ、お父様。シャーリを助けてくるね」

 と言って部屋の扉から出て行く姿があった。

 ベロボグは黙って目の前のモニターに映っている、世界の西側に広がる『ジュール連邦』の広大な領土を見つめた。

 ワタナベ・タカフミは、ある場所に連絡を入れていた。携帯電話からの連絡だが、この秘密基地内にいる限りは、携帯電話の電波が探知される事は無い。外部からの居場所の把握はできないようになっている。

(それじゃあ、まだあと一週間以上は戻って来れないのね)

 携帯電話の先の女の声がそう言って来た。

「ああ、そうなるな。だが今の世界の情勢を見てくれ。俺達が動かなきゃあならないって事は嫌でも分かるだろう。俺達は重要なポジションにいる。動かなきゃあならないんだ」

 タカフミは電話先の人物にそのように言った。

(分かっている。それは分かっているわ。だからわたしはあなたを待つ。だけど言っておくけれどもね、わたし達がやる必要は無いのよ。あなたもわたしも十分働いた。それは20年間変わっていないでしょう?)

 電話先の女は行って来る。タカフミは、またその決まり文句を言ってくるのかと思う。

「ああ、それは分かっている。分かっている。でも、こうした危機の時には、大きな力を持った、誰かが動かなきゃあいけないんだ」

 タカフミは電話にそう言った。ちらりと背後を見ると、部屋の一室に、アリエルとリーがいる。二人は出してやったコーヒーに手をつけようともしていない。

(20年連れ添った仲よ。わたしはあなたを大切に思っている。それは忘れないでもらいたいわ)

「ああ、分かってるよ。この危機が過ぎたらゆっくりと休暇を取ろう」

(じゃあね)

 そう言って電話はタカフミの方から切った。

 携帯電話を仕舞いこみながら、タカフミはじっと思う。周りに心配されるよりも早く、この危機が過ぎ去って欲しい。

 そう思いながら携帯電話を大切なもののように両手で押さえつつ、リーとアリエルが座っているソファーの元へと戻った。

「すまないね。『タレス公国』に住んでいる妻からの電話だ。俺は一カ月以上帰っていないから、心配されてしまっていてね。この組織の仕事をしているからには、こんな事はしょっちゅうなんだが…」

 愛想笑いをしながら、タカフミは二人が座っている席の向かい側に座る。この二人が今のタカフミの態度をどのように思ったかは分からない。だが、そんな日常的な姿を見せても、相変わらずアリエルの方は警戒的な眼でタカフミを見ているのだった。

 この娘を信用させるためには、全てを話してやらなければならない。タカフミはそう理解すると、自分のために入れていたコーヒーには手を付けず、話を始める事にした。

「よし、アリエル・アルンツェンさん。余計な話はここまでにしておこう。事態も切迫して来ている事だしな。何故、わたしや、ベロボグ・チェルノが君に固執し、このような計画を進めているのかを説明しよう」

 タカフミは手を鳴らし、話を始める事にした。アリエルの視線がリーに向かって集中する。

 タカフミはソファーの間に置かれている、コーヒーの置かれたテーブルの上にある、コンピュータデッキに、スティック状の操作リモコンを向け、その画面を展開させた。

 彼はコンピュータを操作している内に、話を切りだし始めた。

「我々は国際的な組織だ。その歴史を辿れば三次大戦以前にまで遡る。当初は、人体実験などを行うなど、人道に反した行いをしてきた組織だ。実は、俺もそんな人体実験をされた人間の一人だった」

 タカフミはそう言いながら、過去に起きた出来事を思い出す。眼の前では画面が、折り紙を開くように立体的に展開していく。そして、あるファイルフォルダを展開させていった。

「俺は組織の実態を知った後、ここに入った。そして内部から変革を行い、現在は、世界の安定とバランスを司る組織として活動している。世界各地に拠点があり、それぞれ国の政府を動かす事ができるほどの力がある」

 タカフミはやがて、ある写真をフォルダーの中から取り出した。立体的な光学画面の上にその一枚の写真が浮かぶ。

「これはあなた?」

 アリエルがそのように言い、写真を指差した。

「ああ、そうだ。若いだろう?だが、重要なのはそこじゃあない、俺が握手している相手を誰だと思う?」

 そう言いながら、タカフミは20歳ばかり若い自分と握手をしている、頭一つ分は背の高い、医者の姿をした男を拡大した。

「これは君の父親、ベロボグ・チェルノさ。彼も元々はこの組織にいた」

 そこでタカフミは言葉を切り、アリエルの顔を見つめる。どのように思っただろうか。アリエルが何とも言えないような表情を見せている中、タカフミは話し始めた。

「その当時、君のお父さん、ベロボグは、慈善事業に熱心でね。我々の組織に医療を通じた慈善で世界を変えていくという話を持ちかけてきた。俺もそれに協力をする事にした。旧『ジュール連邦』地域の紛争が頻発していた時期だよ。お父さんの慈善事業を通じて、我々もその地域を変革したいと考えていた。この時は、俺も彼は立派な人間だと思っていたものさ」

 タカフミはそう言いつつ、難民らしき子供達を診察しているベロボグの写真を次々に流していった。

「彼が病院まで建てる事ができる資金や、設備を投資したのは我々さ。彼が一代で財団を設立する事ができるまでの資金を与えた。実際、彼の医療技術はこの東側の世界の医療を一変させた。

 しかしながら、我々も彼の存在を警戒していなかったわけではない。ここまで財団を作り、財力を展開させる事ができる人間には、警戒しなければならない。我々よりも強い力で政府を動かされれば、世界のバランスが崩れる。案の定、彼を調べていく内に分かった事がある」

 そう言ってタカフミは更に画面を展開させ、そこに資料の一覧らしきものを展開させた。

「ベロボグには、少なくとも全世界に10人の子供がいる事が判明したのだ。国籍も人種も異なる場合がほとんどで、これは全て異なる母親を持つ事を示している。父親はベロボグだが、彼は世界各地で自分の子供を作っている。君もその一人」

 そうして、アリエルの目の前に差し出したのは、アリエルの出生記録だった。

「私は本当の母親を知りません。父だって、今だに私と養母を誘拐したあの男だって信じられませんよ」

 アリエルは戸惑ったように言った。

「ああ、そうだろうな。だが、全員、ベロボグの息のかかった病院で誕生している。母親の記録は全て抹消されており不明。今のところ、『ジュール連邦』の国家安全保安局に囚われているシャーリ・ジェーホフ、ベロボグと共に、空爆を受けた病院から脱走した、レーシーと呼ばれる少女は君も知っているだろう。彼女達とは異母姉妹という事になる。

 まあ、それはさておき、問題は、ベロボグが君達に何かをして、それを何かの為に利用しようとしているという事だ」

 タカフミは堂々たる声でそのように言う。アリエルにはあまり刺激をかけないようにし、ただ静かに事実を告げるのだった。

「あなた達は、その父の行為を支援していたのですか?」

 と、アリエルが言ってくるが、タカフミはすぐに彼女の言葉を遮った。

「いや、そうではない。確かにベロボグには資金提供をしていた。だが奴がそんな事をしているなどという事は、組織の監視の外にあった。もちろん、私が気づいた時は彼を止めようとした。

結果として、ベロボグは組織を18年前に離反した。その時、組織の先端情報技術部門を奇襲し、幾つかの機密技術を盗み出している。元より彼の目的は組織を裏切る事にあったのかもしれん」

タカフミはそのように言いながら、アリエルの目の前に展開している光学画面のスライドを動かしていく。そこにはタカフミ達と、ベロボグの行って来た行いが、はっきりとした形で表示されていた。

「盗まれたものは、医療機材を初めとし、数多くの情報処理機器、そして、幾らかの人材だ。中には我が組織にいた『能力者』までがベロボグの配下に寝返るほどだった。そして、こんなものも盗まれている」

 そう言って、アリエルの前に立体的な画面として差し出されたものは、何やら、赤い色のスティック状の姿をしたものだった。その赤色は半透明によって出来ており、中に何かが流れている。流れているように見えるものは、液体のようにも見る事ができるが、それは液体ではない。光の流れのようなものがそこに流れているのだ。

「それが、この組織で20年ほど前に開発されたコンピュータさ。ベロボグの奴に盗まれて以来、その在り処を探しているが、一向に姿が見当たらない。精巧に出来上がったモデルはベロボグが持ち出したプロトタイプだけだ。奴が研究データも全て持ち出してくれたせいで、新しいモデルを作り上げる事が出来ない」

 すると、アリエルは困惑したような顔で隆文の方を向いてきた。

「良く分かりませんが、これは一体何なのですか?」

 さすがに普通の高校生には分からないだろう。そう思ってタカフミは、図やデータで説明するのではなく、分かりやすい言葉で言った。

「簡単に言うと、生体コンピュータと呼ばれるものだ。人体に直結して、脳に直接コンピュータ情報を送り込み、実際に操作する事もできる」

「そんな物を、父が持ち出した?何の為に?また何か、テロか何かを起こす為とかですか?」

 アリエルにとってベロボグとは、テロリストのような存在にしか思えないのだろう。だがタカフミはベロボグの更に恐ろしい面を知っている。それこそが、彼の計画でタカフミが最も危惧している点だった」

 タカフミはポケットから一つの端末を取り出した。それは画面つけられた探知機で、タカフミはそれをアリエルへと向ける。

 するとすぐに探知機は反応を示し、音を鳴らした。

「やはりな。君がそうなのだ」

「は?一体何が言いたいんです?」

 アリエルは変わらず困惑している。無理もないだろう。

「君に見せた、その赤い色をした生体コンピュータだが、実際は指先ほどのサイズしかない小さな端末だ。それだけで、スーパーコンピュータ以上の性能を発揮できる。現物は二度と見る事はできないかもしれないと思っていたが、どうやら、アリエル・アルンツェンさん。君がそれを持ってきてくれたようだ」

 タカフミがそう言うと、アリエルは疑問の眼でタカフミを覗きこむ。

「一体、何を言っているんですか?私は着の身着のままで来ただけで、何も持ってきてはいません」

 だがタカフミはそのくらいの事は理解している。そこで彼は一呼吸置いてからアリエルに話す事にした。

「まあ、ぞっとするような事かもしれないが、落ちついて聞いてくれ。その生体コンピュータとやらは、君の脳とすでに直結している。脳の大脳の部分に備え付けられているんだ。ベロボグはまだ幼かったころの君の脳に、すでにコンピュータを装着させたんだ。そして、君は外の世界で普通に暮らす事になった。

 生体コンピュータはデバイスと言われる端末を使って作動させない限り機能しない。君の中に埋め込まれている生体コンピュータはまだ起動していないから、自分の脳にコンピュータが埋まっているなど、想像もしなかっただろう。だが、今、探査をしてみたら確かにあった」

 アリエルの顔色が変わり、彼女は自分の頭に手をやる。

「そんな、恐ろしい事を、私がされている…?」

 アリエルは恐ろしくなったかのようにそう呟いた。

「それは確かな事実だ。だが安心してくれ、我々の開発したコンピュータは実に小さなもので、脳に接続されていても、全く人体に害は無い。ベロボグも君を傷つけるような事はしていないようだし、今のところそのコンピュータの事で心配はいらない。問題はベロボグがそれを使って何をしようとしているかだ」

 タカフミがそう言う中、アリエルは何かをじっと考えている。実の父親の存在や、得体の知れないコンピュータが頭の中に埋め込まれていると言う事に、恐ろしさを感じているのだろうか。だが、そうではなかった。

「私、一度父の組織の人達に拉致された時、頭の中に何かをされました。私の持つ『能力』について調べられたのかと思いましたが。そうではなく、もしかして生体コンピュータというものが」

 アリエルが言いかける。タカフミはリーと顔を合わせてお互い頷いた。

「なるほど、ベロボグも恐ろしい事を自分の娘にするものだ。もしや、君は脳を調べられた後、自分の『能力』に何か変化が起きたのを感じなかったか?今までにはない、異常な出来ごとが起こるようになったとか」

 するとアリエルはすかさず答えてきた。

「ほんの一時的な状態でしたけれども、私の持つ『能力』。腕から出る刃が非常に大きくなりました。あと、足からも出てくるようになっちゃって」

「ベロボグがやろうとしたのは、人体実験だ。生体コンピュータを使い、人間の体に大きく働きかける。『能力者』の『能力』を飛躍的に向上させるのも、ベロボグの計画の一つだろう。現に、奴の組織にいる君の姉妹達の『能力』は年齢の割に、異常なほどの『能力』を発揮している。ベロボグがやりたいのは、優秀な兵士を作りだそうと言う事なのか」

 タカフミはそう言いながら、目の前の立体の光学画面を操作する。そしてその中から、まだ電子時代以前の、紙の書類をスキャンした画像を取り出した。

「これはその昔、我々の組織が行っていた実験の証拠だ。この計画はもう80年以上になるものだが、『旧紅来国』にて行われた実験で、優秀な『能力者』を作りだそうと言う実験だ。当時の世界大戦を前にして、おおよそ600名が人体実験にかけられていたと推測する。そして、俺もその実験の被験者だった。

 後に自分が創り出された『能力者』である事を知った俺は、同じ実験を受けた被験者たちと結託して組織を今の形に造り変えた。今後は、逆にこうした人体実験をさせないようにとな。だが案の定、ベロボグという男によってそれは行われているようだな」

 タカフミはそこまで言ってしまうと一息をつくのだった。

「あなたも『能力者』。そういう事なのですか?」

 アリエルが言ってくる。タカフミは頷いた。

「ああそうだ。俺も『能力者』さ。但し、作られた『能力者』であるけれどもな」

 タカフミがそう言うと、まだどことなく疑ったような表情を向けているアリエルにリーが口を挟む。

「アリエル。彼の言う事は信用したほうが良い。彼の話した事はすべて真実であり、ベロボグがやっている事も全てが真実だ。奴は君や実の娘達を使う事で、世界に脅威を与えている。戦争さえ起こす事ができる」

 リーも真剣なまなざしとなってアリエルにそのように言った。だがアリエルはそのソファーから立ち上がると、タカフミやリーには背中を向けて話し始めるのだった。

「正直。私はもう誰も信用できなくなっています。信用できるとしたら、養母くらいのものでしょう。あなた達が言っている事だって、私は信用し難い。あなた達に無理矢理拉致されて、今度は、頭の中にコンピュータが入っているとか。

 あのですね。私は、私を拉致したあの人が父親だって言う事すら、まだ信じていないんですよ。そう。私の父親や母親はとっくの昔に死んでしまっている。そう思いたいくらいです。今、世界で戦争が起こっているとか、自分の生まれた国に攻撃が仕掛けられているとか、そんな事はもうどうだって良い事なんですよ。私は、元の生活に戻りたいんです」

 アリエルはそのように言い放った。それが彼女の本心であるのだろう。タカフミが彼女に突きつけた現実は18歳の高校生にとってはあまりに重すぎるものだ。

 だがタカフミは自分もソファーから立ち上がり、アリエルの元へと近づいていくなり、彼女に真剣な目を向けて言った。

「似ているな。俺達が、実験の被験者だと言う真実を明かされた時と、君の今の姿は良く似ているよ。俺も自分が創り出された『能力者』だと告げられた時は、ショックだったし、元の世界に戻りたいとも思った。だから君の今の気持ちは分かる」

 タカフミはそうアリエルに言うが、彼女の瞳は揺らぐばかりだった。

「だが、もし君が我々に協力してくれなければ、この戦争は止められない。君のお父さんが次に何をしでかすか分からない。そして、君は自分の養母に会う事も出来なくなるかもしれない。さらに、我々が突きとめている、君の母親とも会う事が出来ないだろう」

 タカフミは言葉を続け、アリエルを揺さぶった。あくまで脅迫ではなく、彼女を自分達に協力させたいためだ。

「私の、本当の母親、ですか?」

 アリエルはさすがに動揺している。

「そうだ。君の本当の母親を我々は突きとめている。ベロボグに利用し、君を生む為の、言葉は悪いが媒体にされた女性を突きとめている」

 タカフミはそう言って、リーの方を振り向いた。リーは黙って頷き、タカフミは立体画面の方に手を伸ばす。すると立体の光学画面からは、光学画面が一枚紙の様に出てきた。その一枚の画面をアリエルに差し出した。

「この人に会いたくはないか。ベロボグを追っていれば、君は実の母親に会う事ができる」

 アリエルはタカフミが差し出した光学画面を手で掴む。瞳は揺らぎながらその画面へと向けられ、かなり動揺している事が分かる。

「この人が、私の母親なんですか?本当に?」

「ベロボグは巧妙に記録を消していたが、組織に記録が残っていた。だから我々にはそれが分かる」

 タカフミははっきりと言った。

 アリエルは動揺した瞳のまま、実の母親の顔写真を見つめる。その瞳は涙を流そうとしているのかどうか、タカフミには分からなかったが、アリエルの心を揺さぶる事が出来ているのは確かだった。

「確かに、私も実の母親に会いたいと思います。こうして写真だけじゃあなくって、実際に会えば、その人が、私の母親であるかどうかが分かるはず。だから私はこの人に会いたいと、そう思います」

 アリエルははっきりとそう言うのだった。

「そうか、じゃあ、アリエル。君のお父さんの計画を止めるとしよう。これから、俺達についてきてくれるか?」

 ここでアリエルに決断させるべきだとタカフミは思っていた。そうする事が彼女の為だし、彼女自身に決断させ、自分達は何も関与する事はできない。

 しかしながら、アリエルは結局のところ、組織について来なければならなくなるだろう。そうしなければ彼女はベロボグに利用されるだけしか生きる道がない。

「私には、まだ決める事が」

 アリエルがそのように言いかけた時だった。

 突然、部屋の照明が消え、テーブルの上に展開していた立体画面さえも消え失せた。そして、全てが暗い闇に包まれる。

 空調システムさえも音を消し、全くの無音の中にその場にいた者達は閉じ込められた。

 

「画面が消えたわ」

 フェイリンから渡されていた携帯端末の画面が突然消えうせ、セリアは思わずそう言っていた。

「双眼鏡の電子画面も消えてしまったわよ」

 フェイリンの方も拍子ぬけたかのようにそう言うのだった。

 すでに彼女らが張り込んでいる棄てられた操作場の周辺は夜になっている。セリアが軍の基地から持ち出してきた車の中にいる二人は、ずっとその場で張り込んでいた。ここ2時間ほどは何も変化が無かったが、突如として変化は現れた。

「これは一体、どういう事?あなたのコンピュータが壊れたとでも言うの?」

 セリアはそう言いながら持っていたフェイリンの携帯コンピュータを叩いて見たが、全く反応が無い。

「何かが起こっているのかもしれない。ここから移動した方がいいわ。もしかしたらわたし達がいる事がバレたのかもしれない」

 フェイリンはそのように言って、運転席に座っていたセリアを促した。

 セリアはすかさず車を動かそうとしたが、車のキーを入れても全く動く様子が無い。電気系統も全て停止している。

「これってどういう事?車が動かないの?エンストじゃないわよね」

 半ば焦った様子でフェイリンが言ってくる。エンストでは無い事はセリアにも分かっていた。これはエンストなどと言うものではない。

「こんな事をしてしまえるのは、エンストなんかじゃあないわよ」

 セリアは周囲の様子に警戒を払いながら、そのように呟くのだった。


 
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