No.319570

少女の航跡 第3章「ルナシメント」 24節「大いなる輪廻」

異空間の中に突入したカテリーナ達。そこには異形の姿と化した巨大な昆虫達の襲撃に遭っているのでした。騎士達がことごとく倒されていく中、カテリーナはある場所を目指し始めるのでした。

2011-10-17 00:27:38 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1011   閲覧ユーザー数:297

 

 白き光を纏った少女は、その両腕にもう一人の少女を抱えながら、黒い空間を歩いていた。

 彼女の背後には更に巨大な存在が現れ、二人はゆっくりと黒い空間の中を歩いていく。少女の足音は、軽く、まるでガラスの音を鳴らすかのような音であり、とても繊細な音であった。

 反して、少女の背後からついてくる存在は、巨大な質量を持ったものであり、それは巨大なドラゴンだった。

 巨大なドラゴンを背後に歩いて行く少女は、歩きながらもう一人の少女ブラダマンテを抱えていた。彼女はブロンドの髪を垂らしながら、今は気を失っている。彼女は、白い少女が意識に魔法をかけたお陰で、簡単な事では意識を取り戻す事は無い。

 少女はブラダマンテを抱えながら、黒い空間の中の、更に広い空間へと歩み出した。

 その広い空間は、まるで暗雲が立ち込めた広い世界の中に、幾つか切り立った断崖絶壁の内の一つだった。

 空間は、見渡す限り数キロ四方にまで広がっており、そこには廃墟のような空間となっていた。その空間はかつて文明が広がっていた世界であり、今は、この世界を支配する者があった。

「戻ったか、ガイアよ」

 その新たな世界のゼウスは、圧倒的な存在を放ちながら、白い少女達の方を振り向いた。

「連れてまいりましたわ、お父様。ジェイドも使わせてもらいました」

 ガイアと呼ばれた白い少女はゆっくりと、父と呼んだ存在の元へと歩いていき、そこにある細長い黒い台の上に、ブラダマンテの体を乗せた。

 ブラダマンテは全く抵抗する事も無く、力無く台の上で横たわった。

 白い少女の背後から、巨大な姿をしたジェイドもついて来る。彼は、ドラゴンの体から、即座に黒衣の人間の姿へと変わった。

 そして、新たな世界のゼウスの前で跪いた。

「よくやった。ガイアにジェイドよ。もうこの世界は私のものになった。あと必要なのは、カテリーナだ」

 ゼウスはゆっくりと身を起こすと、そのまま黒い台の上で横たわる、ブラダマンテの元へと向かった。

 ブラダマンテは全くの無防備な姿だった。ここにいるのは、ただ純粋無垢な姿をした少女というだけであり、ゼウスの前に身をさらしていた。

 ゼウスは台の上に横たわるブラダマンテの姿を見つめ言った。

「この娘がいれば、カテリーナ・フォルトゥーナは必ずここにやってくる。そして、この娘自体も、非常に重要な役割を我々に示すのだ」

 その声は圧倒的な迫力を持って少女の上へと降りて来ていた。そんな声の事など知らず、ブラダマンテはただ意識を失っている。彼女は夢を見る事も無く、今はただ白い世界に無防備な精神を置いている。

「それはこの娘が、ジュエラの末裔の一人だからですか?」

 白い少女は父と呼ぶゼウスにそのように尋ねた。

「ああそうだ。カテリーナ・フォルトゥーナが作り上げる世界に、欠かす事が出来ない民の血を引いているのだ。だから、我々は意図的にブラダマンテをカテリーナに近付けた。二人は理解していないが、我々が作り出した運命によって、常に近い存在でいる。

 それは全て、これから起こる事の為に我らがしなければならぬ事なのだ」

 ゼウスはそのように言うなり、ブラダマンテを台の上に置いたまま、再びこの黒き闇に覆われた世界を見下ろす台座の上へと戻った。

 白い少女は、ブラダマンテの体をじっと見下ろす。その目は大きく見開かれ、中にある金色の瞳はブラダマンテへと降り注いだ。

「銀色の娘は、ここに来ますの?」

 白い少女ガイアがゼウスに尋ねた。

「ああ。ようやく自分の使命を理解してな。我々が遣わせた使者により、この場所へと戻って来ようとしている」

 ゼウスは自分の目の前の空間に流れている、川のような像に目を向けた。そこにはカテリーナの姿が映っている。

 ゼウスはその圧倒的な視線で彼女を見つめていた。

 カテリーナとルッジェーロ達は、黒い球体で覆われた《シレーナ・フォート》の中に突入し、王宮を目指していた。

 《シレーナ・フォート》の入り口となる中央門から王宮までは2kmほどの距離があり、そこには巨大な橋がかかっている。普段ならば、その橋の上からは《シレーナ・フォート》の城壁に覆われた街を見る事ができるはずだったが、今はその光景はあまりにも様変わりしていた。

 まず青空の広がる事が多い《シレーナ・フォート》の上空が、黒い色で塗りつぶされている。その色は光を全く反射することなく、逆に吸収していた。黒い色で覆われ、街は暗かったが、この空間内に所々で起こっている、紫色の煙が光を発しているせいで、光そのものはあった。

 だが、紫色の煙は異様な気配を醸し出しており、《シレーナ・フォート》の街を全く違う姿で見せていた。

 ここは異形の世界なのか。カテリーナが守り続けてきた街のあまりの変容ぶりに、嫌悪さえ感じてしまっていた。街の空気は変わり、遠近感さえも掴みにくくなっているせいか、周囲の建物が異様に大きく見える。そして、荒れ果てた大地であるかのようにさえ見えていた。

 人気は無くなり、廃墟のようにさえ見える。異様な気配は相変わらず漂っており、ルッジェーロが率いる騎士達は警戒を払いながら王宮の方を目指していた。

「気をつけろよこの気配。只者じゃあない。今までに感じた事が無いほどのもの」

 もっとも先頭をいくルッジェーロがそのように呟いていた。

「ええ、そうね。まるで何十もの敵に睨まれているかのような気配よ。どこから、いつ襲って来られても不思議じゃあないほどだわ!」

 ルージェラは周りから漂ってくる気配をそのように形容した。確かに彼女の言う通りかもしれない。周囲から漂ってくる気配は、まるで獣の視線のようであり、それ以上の何かであるかのようでもあった。

 王宮までの距離はもう1kmほど。だが、その時カテリーナは進んでいく自分達が、何かの境界を越えてしまったかのような気がした。

 ただ気配を感じたと言う以上の出来事だった。カテリーナは確かに何かの境界線を越えた。空気中から水中に入り込んだというほど、はっきりとした感覚だった。

「剣を抜け!襲いかかってくる!」

 ルッジェーロが指示を出すよりも早く、カテリーナは背後を振り向き、彼の配下の騎士達に命じた。騎士達は一斉に剣を抜き放った。金属が抜き取られる鋭い音が幾重にも重なる。

 カテリーナもその手に持つ大剣を構えた。

「何だ、カテリーナ、一体、何だって言うんだ?」

 ルッジェーロはそう言いつつも剣を抜いている。そして周囲の警戒を払った。

「確かに今感じた。私達は何かの縄張りの中に入ってしまったようだ」

 カテリーナは周囲を見回した。彼女の視界の中に、真紅の甲冑を纏ったナジェーニカの姿が映る。

「使命を思い出せ、カテリーナ」

 ナジェーニカは、まるで何者かに操られているかのごとく、その言葉を発するだけだった。カテリーナはちらりと彼女の方を振り向いた。ナジェーニカはその兜の中から、一体何を見ているのだろう。

 カテリーナしか見えていないのだろうか。

 だが、彼女に構っている暇は無かった。カテリーナは、自分の目前に迫って来ていた、新たな気配を感じていた。

 それは巨大な質量として、上空から降り注いできた。今、《シレーナ・フォート》の都市は黒い球殻によって包まれているが、その質量はその球殻の内側から、カテリーナ達がいる橋の上へと落下してきた。

 それは巨大な紫色の泥のようにさえ見えたが、そうではなかった。泥は、だんだんと姿を変えていき、意味を成さなかった物体は、だんだんと意味を成していく。

 その巨大な泥は、だんだんと大型の昆虫を思わせる姿へと変貌した。それは、蟷螂と蜻蛉の姿を併せ持ったような巨大な生物だった。その両腕は巨大な鎌になり、脚は6本足、そして、大きな翼を4枚持っている。異形の怪物だった。

 カテリーナ達が今まで見た事の無い、巨大な怪物がそこにはいる。

 ルッジェーロは目前にいるその怪物を見て、思わず馬を後ずさりさせた。ルッジェーロの馬も、目の前に現れた怪物に恐れを感じている。騎士達の間からも、声が上がった。

「な、何なんだ?こいつは、一体?」

 ルッジェーロが声を上げていた。目の前の怪物は、馬車数台がすれ違えるこの橋の幅ほどの大きさもあり、まるで人間と昆虫との大きさの関係を逆転させたかのような巨大さを持っている。

 体の色は紫色で、不気味な色を持っていた。その中で、顔についている巨大な黄色い瞳が騎士達の隊列を見下ろしている。

「決して、有効的な怪物じゃあないわね。全く、この都市の姿と言い、この怪物といい、訳が分からないわ!」

 ルージェラは目の前の怪物に対し、恐れは感じているようだったが、斧を構え、かかんに挑む姿勢を見せた。

「こんな存在と戦えと言うのか!」

「もう駄目だ、逃げるしかない!」

 『セルティオン』の騎士たちでさえ、目の前の怪物に対しては恐れを抱く。巨大な昆虫は、彼らに向かってその鎌を振り下ろしてきた。

 橋の石畳が砕け散り、橋が一部倒壊した。騎士達は馬ごとその衝撃によってなぎ倒されてしまう。

 そんな中、振り下ろしてきた昆虫の鎌に向かって、一筋の光が走った。その光が通過すると、昆虫の鎌はその場所で切断された。

 巨大な昆虫は奇声を上げた。それはもう轟音と呼ぶに等しいほどの迫力を持つものだった。昆虫は鎌を切断されたことで暴れ出し、もう片方の腕から伸びている鎌を、大きく薙いで来た。

 まるで、突風でも起こったかのような衝撃が騎士達を襲い、彼らは落馬し、また大きく薙いで来た窯によって吹き飛ばされた。橋の一部が崩落し、瓦礫が橋下へと落ちていく。

「無闇に、刺激を与えるからよ。あんた!」

 ルージェラも今の衝撃によって落馬していた。だが彼女は素早く立ち上がり、たった今、光のような速さで昆虫の鎌の一つを切断した存在、ナジェーニカへと目を向けた。

 ナジェーニカは赤い甲冑を纏ったままの姿で、昆虫の前に恐れもせずに堂々と立っている。彼女の持つ槍が昆虫の鎌を切断したのか、その鉄槍からは昆虫の体液らしきものが流れていた。

 ナジェーニカはルージェラの方には目もくれず、カテリーナの方を向いた。

「カテリーナ・フォルトゥーナ。貴様には使命があるはずだ。それを思い出せ」

 ただ静かにそう言葉が発せられるだけだ。ナジェーニカは目の前にいる昆虫の姿など目もくれていないらしい。

 カテリーナはじっとナジェーニカを見つめ、ルッジェーロの馬から飛び降りた。

「お、おい。カテリーナ!」

 ルッジェーロが思わずカテリーナへと言った。だがカテリーナは彼の言葉など聞いていないかのように無視をし、

「私の使命とは何だ!言ってみろ、ナジェーニカ!」

 ナジェーニカの方へと大剣の刃先を向け、カテリーナは言い放つ。

 その時、ナジェーニカとカテリーナの間に昆虫が巨大な鎌を振り下ろしてきて、橋を打ち砕いた。

 そんな光景を目の当たりにしても、カテリーナはまるで臆する事も無かった。瓦礫が飛び散り、彼女のそばをかすめていっても、カテリーナはじっとナジェーニカを見つめた。

 カテリーナは大剣を振り下ろし、目の前の昆虫の鎌をいきなり叩き割った。鎌を切断するのではなく伸びている方向に剣が振り下ろされたものだから、昆虫の鎌はまるで、裂かれたかのように割れてしまう。

 再び昆虫が奇声を上げた。

「言え!言ってみろ!私の使命とは一体何なんだ!ナジェーニカ!」

 カテリーナの声が、昆虫の発した奇声よりも遥かに大きな迫力を持って響き渡った。

 両方の腕から伸びる鎌を失った昆虫が、怒りの眼差しで眼下の二人を見下ろしてくるが、カテリーナ達は構わなかった。

 ナジェーニカはその兜の面頬を上げ、真紅の模様に覆われた顔をカテリーナの方に向けると静かに言った。

「それはお前が一番よく知っている事だ。カテリーナ。お前の心に聞け。私はお前を正しい道に導くために来ただけに過ぎず、お前の使命などは知らない」

「おい、カテリーナ!」

 ルッジェーロが叫んだ。カテリーナは彼の方を振り向く。するとルッジェーロが指差している方向から、もう一体の怪物が迫って来ていた。

 それだけでは無い。今、《シレーナ・フォート》を覆っている巨大な球殻の内側から、まるで液体が垂れ下がるかのように次々と、紫色の液体が垂れ落ち、それをまるで自分が育った繭であるかのように、内側から昆虫たちが喰い破って出てきた。

 その昆虫、一つ一つの大きさが、たった今、カテリーナ達の前に立ち塞がっている昆虫と同じほどの大きさがある。

 カテリーナの目の前の巨大な昆虫が、彼女達に向かって突進してきた。カテリーナとナジェーニカは素早く真横に避け、ルッジェーロもルージェラと共に地面に転がることでその攻撃を避けたが、背後にいた騎士達の何人かが吹き飛ばされていた。

 橋の上の瓦礫を撒き散らし、昆虫はその巨体を大きく振るおうとする。

「こんな奴、一体、どうすればいいってんだ」

 ルッジェーロが片手で頭を抱えてそう言っている。どうやら彼は今起こっている現実が、現実だと認識できないかのようだ。

「さあ、どうすればいいかなんて、あたしにも分からないよ。ただ一つ言える事は、こいつを倒さないと、ピュリアーナ女王陛下をお救いする事ができないっていう、ただ一つの事実だけ」

 彼のすぐ側に転がったルージェラはそのように言うなり、同じく地面に転がっていた自分の斧を手にした。

「おい、やめておけよ、ルージェラ。お前じゃあ、その昆虫には叶わないぜ。逃げるだけだ。俺達にできる事は逃げる事だけ」

 だがルージェラは彼の方を見もせずに言い放った。

「ふざけないでよ、あんた。そんなんで、カテリーナを嫁に貰うつもりだったの? あの子の方が全然勇ましくて頼りがいがあるわ。それに比べてあなたは何? ただ蟷螂に睨まれているもっと小さな虫でしかないの?」

 そう言い放つなり、ルージェラは自分の斧を思い切り昆虫の脚へと叩きつける。外殻はかなり硬いようだったが、ルージェラの斧はその外殻をも打ち砕き、昆虫の脚を切断し切った。

 だが、ルージェラの攻撃はそれだけでは終わらない、彼女は更に昆虫の巨大な肉体に飛びあがっていき、そのまま頭部に向かって、思い切り蹴りを加えた。昆虫から見れば、ルージェラの体など小さなものでしかなかったかもしれないが、彼女が加えた攻撃は確かに昆虫にダメージを与えた。

 次いでルージェラは手にした斧を、思い切り昆虫の頭部へと振り下ろす。おびただしい体液を撒き散らしながら、昆虫は頭部を叩き割られた。

 昆虫の体が崩れる。その巨大な質量を持った体躯は地面へと落ちていった。橋の一部が崩落し、瓦礫が再び落下していく。

 騎士達から歓声が上がった。彼らの長であるルッジェーロでさえもどうする事も出来ないと、頭を抱え、戦意を喪失しかけた相手、それをこのドワーフ族の女騎士は見事に打ち倒していた。

 だがそれだけでは終わらなかった。昆虫達が群れとなり、更に《シレーナ・フォート》の中央橋にやって来ている。しかもそれだけではなく、この都の全ての場所に昆虫達は出現しているようだった。

 しかもその姿は蟷螂だけではなく、蜻蛉、蜂、更には地を這うような昆虫まで無数の異形の姿をしていた。

 蟷螂はルージェラが倒したが、《シレーナ・フォート》城にかかる橋には更に多くの昆虫達が集まりつつあった。その大きさは大小様々な姿として存在していたが、カテリーナ達に臆している暇は無かった。

 騎士達の背後に現れた昆虫がその巨大な体を突進させて来る。それは、人がよく知る姿であるならば、人々から忌み嫌われている存在。すばしっこく、幾らでも繁殖し、どのような場所にでも入り込む存在である、ゴキブリの姿をした生物だった。

 騎士達は騎馬ごとその怪物に吹き飛ばされ、挟み撃ちにあっていた。

「まだ、こんなにいるって言うのかい、まるで悪夢だぜ。いや、悪夢だ」

 ルッジェーロはよろめきながらもその場から立ち上がった。

「ええ、そうね。さすがのあたしも、やる気が無くなって来たわよ。この蟷螂一匹くらいだったら、まだ強がっていられたんだけどね」

 と言いつつもルージェラは斧を構えなおし、迫りくる敵に備えた。

 カテリーナとナジェーニカの二人の前にも、同じく蟷螂の姿をした怪物が立ち塞がり、彼女達二人へと鎌を振り下ろしていた。

 カテリーナはその鎌を避け切る。まるで巨大な鉄柱でも振り下ろされたかのような勢いで、カテリーナのすぐ脇の橋の煉瓦を砕け散る。カテリーナは避けながらの姿勢のまま、大剣を振るって、その鎌を打ち砕いた。

 怪物が奇声を上げている中で、カテリーナは更にもう一度体を回転させながら、その怪物の胴体を打ち砕く。まるで竜巻でも起きたかのような衝撃が辺りに吐き出され、新たに現れた怪物はいとも簡単に打ち倒された。

「ナジェーニカ!はっきりと言え!お前は私に使命とやらを果たさせたいのか?何者かの元へと私を導きたいのか?」

 カテリーナは怪物の残骸の上に立ち上がり、堂々たる姿勢でナジェーニカをしかと見つめた。

「ああ、その通りだとも、カテリーナ。お前を、あの方の元へと向かわせ、大いなる輪廻を成就させるのだ」

 ナジェーニカはカテリーナの方を見上げ、そのように言うのだった。

「この都、そして、この世界を覆っている危機も、お前の言う存在がしでかしているという事なのだな?」

 カテリーナは再び堂々たる口調で言う。騎士達の皆が、怪物の残骸の上に立ち上がったカテリーナの方を見つめていた。その声、その姿をしかと見ている。

「ああ、その通りだ」

 ナジェーニカが答える。するとカテリーナは次いで、すでに結論を出していた事を皆の前で言い放つのだった。

「その者の元へと案内しろ、ナジェーニカ。私がこの手でその者へと贖い、この危機を終わらせる!」

 その発言は、今までカテリーナが騎士達に向かって発してきた、どのような言葉よりも決意に満ちていた。

「カテリーナ!もしかしたら敵の罠かもしれないのに、まんまとそれに引っ掛かるつもりなの?」

 カテリーナの堂々たる言葉にルージェラが反論した。しかしカテリーナは、

「この危機を終わらせるためにはそれしかない。見て見ろ、怪物やら、ガルガトンやらは無限に湧いてきている。そいつらを止めるには、元凶を絶つしかない!」

 カテリーナの背後からは、更に巨大な怪物が立ち塞がろうとしていた。《シレーナ・フォート》を覆う球殻の天井部分からは、まだ続々と怪物達が、雨のように降って来ている。

 ルージェラはその光景を目の当たりにし、カテリーナの言う言葉に納得するしか無かった。彼女は手にした斧をカテリーナの方へと向けて言った。

「分かったわよ!でも、無茶をするんじゃないわよ、カテリーナ!決して、姉である私をこれ以上心配させるんじゃあないわ!必ず生きて帰りなさい!」

 ルージェラのその言葉に、カテリーナは黙って目線を合わせた。カテリーナはそれに了解したという意志を目線で示した。

 カテリーナは振り返り、自分の前にある、進むべき道へと進んでいこうとする。背後を振り向く時に、ルッジェーロが自分に何かを言いたげな眼差しを送っていたような気がしたが、カテリーナは振り向くつもりは無かった。

 ルージェラの言葉だけで十分だ。これから赴こうとしている者の前では、余計な感情や迷い、そんなものは不要だ。

 それにルッジェーロが何を言いたかったのか、カテリーナは理解していた。そしてその答えを出す事に対して、カテリーナは恐れのようなものを感じていた。

「行ってしまったわよ」

 ルージェラがそのように言い、ようやくその場から身を起こす事が出来たルッジェーロの体を支えた。

「やれやれ、言いそびれてしまったぜ」

 ルッジェーロはとても名残惜しそうな顔で、カテリーナが行ってしまった橋の先を見つめた。もうそこには怪物の残骸しか残っていない。

「何が?」

「この危機が無事に去ったら、結婚しようとカテリーナに言いたかったんだ。お前を待っている。共に平和になった世界を分かち合おうって言おうとしたんだ」

 そう残念そうに呟く彼を、ルージェラはそっと支えてやった。

「全く、こんな時にそんな事を言おうとしていたの?あんたは」

「こんな時だからこそだ。それに、カテリーナが了解してくれれば、『リキテインブルグ』の法律じゃあ、結婚した事になるんだぜ。形だけでも結婚した事になれば、満足だろう?」

「形だけ? それだけで終わらせてしまうの?」

 ルージェラはそう言い放つなり、斧を構えなおした。

「この状況だ。それだけでも満足だろ?」

 ルッジェーロ達の前に巨大な怪物が立ちはだかろうとしている。それは、ゴキブリに酷似し、騎兵隊など豆粒ほどにしか見えないような姿をした、巨大な怪物だった。

 ルージェラは、ことごとく騎士達が倒されていく中で、その怪物に立ち向かおうとしている。

「全く、あんたって人は、そんな男にカテリーナが振り向くと思った?その想いを伝えたいんだったら、生き残ってそのまま伝えなさいよ、あんたは!」

 そう言い放ちながら、ルージェラは目の前の怪物に向かって思い切り、斧を叩きつけていた。

 


 
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