No.318051

少女の航跡 第3章「ルナシメント」 19節「魔笛」

《シレーナ・フォート》郊外で行われるガルガトンとの激戦。カテリーナ、ルージェラは奮戦するのですが、その戦力はどんどん削られていくのでした。

2011-10-14 10:54:04 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:999   閲覧ユーザー数:287

 

 《シレーナ・フォート》の街から5キロほど離れた場所で、戦いが勃発した。それは人間やその他の種族にとって、いまだかつて遭遇した事の無いほどの存在との戦いであった。

 人間や亜人種は、巨大な亜人の生命として、トロールを知っていた。山のような体躯を持つ怪物、ドラゴンと言う存在も、人と滅多に接する事は無かったものの知っていた。

 しかし、その肉体全てが金属で作られ、何に対しても恐れを抱く事が無く、その前では人など紙切れ同然でしかない、更には、戦の目的のみで作られた、その生命を知らなかった。

 未知の生命に対しての恐怖は、圧倒的なものとなって、騎士や兵士達に襲いかかっていた。

 この文明ではまだ、人、もしくは亜人種相手にしか戦争をした事が無かった。それ以上巨大なものに対しては、相手の個体数が少ないため、人達の方が数で勝って勝利してきた。

 だが、人よりも圧倒的に大きく、しかも軍勢を組まれた存在と戦争をするのは、全くの初めての出来事だったのである。

 彼らの戦いの場から5キロほど離れた《シレーナ・フォート》の街にいる民と、街の防衛線に配備された兵士達は、まだその異形の生命の存在を知らない。

 だが、彼らは迫りくる恐怖だけは感じていた。

 そして今や《シレーナ・フォート》の街は、巨大な暗雲に包まれつつあった。それは大雨の前の前兆として、この地方ではよくある事ではあったが、今、街を包みつつある暗雲は、それとは異なっていた。

 自然、そして流れる気配に対して敏感な者達は、すでにそれを悟っていた。この暗雲が、ただ大雨をもたらすものではないと言う事を、彼らはよく知っていた。

 街の民はすでに避難をしていたものの、その避難だけでは足りないと言う事も分かっていた。街の防備も、いくら人間や亜人、そしてシレーナの兵を配備しても足りない事も分かっていた。

 これは人知を超えた、圧倒的な何かなのだ。

 暗雲は巨大な何かを運んで来ている。草原の方からやって来て、すでに街の上空にまで到達しつつあった。

 

 

 どこかで雷鳴が聞こえた。天が唸るような音が、私の耳にも確かに聞こえて来ている。

 そして、この胸の中に伝わってくる奇妙な感覚は何だろう。とても重々しく、まるで胸が押しつけられているかのような感覚を私は感じた。

 ふと、頭上を見上げて見れば、街の上空に雷雲が迫って来ている。真っ黒な雲が、《シレーナ・フォート》の街の上空に到達してきている。

 これから雨が降りだそうとしているのだろうか? 街の近くでは戦いが起ころうとしているのに、カテリーナ達は、雨の中でもいつもと変わりなく戦う事ができるのだろうか?

 私は不安に包まれ、同時にそれに押し潰されそうだった。ここまで巨大な不安に襲われたのは、自分の故郷が滅ぼされた時以来だった。

 しかし私には、ピュリアーナ女王に頼まれた、ロベルトとカイロスを探すという目的がある。彼らは、この押し潰されそうな街の気配の中、どこへといってしまったのだろう?

 街は人気が無くなっていた。風が強まり、誰もいない路地を吹き荒れていく。所々にいる街を防衛する兵士達を除けば、人口数万人と言う《シレーナ・フォート》の街はあまりに静まり返っていた。

 私がブーツで石畳を歩くたびに、その足音が異様なまでに響き渡る。それほどまでに街は静まり返っている。

「あの…、あなた?」

 私は通りを警備している一人の兵士に話しかけた。彼は動きやすい程度の武装をしており、まだ民がどこかに残っていないかと、家を一軒一軒見まわっている兵士達の一人だった。

「何だ? どうした? お前もさっさと避難しろ」

 と、その兵士は言ってくる。私みたいな小娘が、避難もせずに一体何をしているのだろうとでも思っているのか? 私は、右腕に巻き付けた紋章の目立つ赤いバンドを見せた。

「これが見えないんですか? ピュリアーナ女王の命令で、二人組の男性を探しているんですよ!」

 それは、ピュリアーナ女王より与えられた、彼女の王家の紋章入りのバンドだった。

「し、失礼しました!」

 その警備兵は途端に敬礼の姿勢に移る。王家の紋章入りバンドを付けていると言う事は、有事の際に、ピュリアーナ女王から直接命令を受けた者である。と言う事を意味しているためだ。

「二人組の男性です。兵士も騎士ではありません。王宮の地下牢から脱獄したとして、ピュリアーナ女王陛下が直々に捜索命令を出しました」

 私は本来ならば違うのだが、女王の側近であるかのようなふりをして、その兵士に言い放つ。

「い、いえ、自分は見ておりません。ですが、この辺り一帯の捜索はすでに完了しております。もし、脱獄した者達が逃げるのでしたら、第7区画の方でしょう…」

「第7区画…」

 それは、《シレーナ・フォート》の街を8つに分割した時に分け隔てられる区画分の一つだった。私もかつて、ロベルトがこの街にやって来た時、カテリーナと共に第7区画へと行った事がある。

「ほら、あの高い時計塔がある辺りですよ」

 その兵士はここからでも良く見る事ができる、背の高い時計塔の方を指差して言った。時計塔は街の北側に聳え立っている。ここからは1キロほどは離れているだろう。

「あの第7区画は道や街が入り組んでいましてね。まだ結構、民が残っていると言う話です。脱獄犯が逃げるのならあそこですよ」

 私はその時計塔のある場所をじっと見つめた。ロベルトとカイロスは、何の為に脱獄したのだろうか。

 もし、街で戦いが起こるのならば、王宮の地下牢に閉じ込められていた方が、街のどこかにいるよりも遥かに安全だ。それは、ロベルト達ならば分かっているはず。

 あえて、脱獄をしたのは何故なのだろう?

 私がそう思って時計塔を見つめていると、突然、私の背後で光が輝いた。それは遠くからやって来た光で、街を照らし上げていく。

 ほんの一瞬、瞬いただけの光だった。だがその直後、突然街を揺るがすかのような轟音が鳴り響く。

 私は振り向いた。どうやら光は、街の外、草原の方からやって来たようだったからだ。起こったのは落雷。その轟音だろう。

 街の中でも、外でも不安は膨らんでいた。

 私の目の前に、圧倒的なまでに巨大な黒い雲が近づいてきている。

 カテリーナが大剣を振り下ろした。すると、青白い閃光を放っていた彼女の剣は雷鳴と共に、稲妻にも似た光を発し、それがガルガトンと名付けられた金属の怪物を撃つ。

 ガルガトンは一瞬怯んだものの、構わずカテリーナに向かって突進を始めた。

 ただの人間の体ならば、カテリーナの放った稲妻の一撃で、黒焦げにされるほどの威力だったが、このガルガトン達は、金属でできた体のお陰か、多少怯む程度でしかなかった。

「カテリーナ!」

 ルージェラが叫んだ。カテリーナは真正面からガルガトンとぶつかろうと、馬を奮い立たせていた。

 だが、馬の馬力よりも、ガルガトンの体の方が圧倒的に迫力を持ち、また馬力も遥かに上なのははっきりと見て取れた。

 カテリーナは大剣を大きく振るい、それをガルガトンに向かって、あたかも鉄槌を叩きつけるかのように振り抜けた。ガルガトンと、カテリーナがすれ違う。その瞬間、ガルガトンの体は青白い閃光が切り裂いた。

 カテリーナが走り抜けた後、ガルガトンの体は真っ二つに切り裂かれ、重々しい音を立てながら地面に崩れ落ちるのだった。

「やった!」

 真っ先にルージェラがそのように言った。

「お…、おお! さすがは、我らが騎士団長殿だ」

 皆の歓声が上がる。だが、その方向を見つめたカテリーナは少しも安堵の表情をしていなかった。何故かは皆がすぐに理解した。

 ガルガトンは一体のみではない、まだ無数のガルガトン達がいるのだ。

「気を抜くな! 私に続け!」

 カテリーナは皆に向かって鼓舞する。彼女は剣を振り上げ、また一体のガルガトンに立ち向かおうとしていた。

 だが、彼女達はすでに包囲されていた。50は超えるガルガトンが地上から出現しており、5000を超える騎士達の間にはすでに混乱さえもが広がっている。

 ガルガトンは、一体だけがカテリーナによって倒されたものの、それだけでは終わらなかった。

 2体のガルガトンが、カテリーナの方へと向かっていく。

 辺りでは雷鳴が響き渡り、雨が降り出していた。騎士、兵士達と、ガルガトンに降り注いで来る容赦ない雨は、空の黒い雲と相まって、すぐに豪雨へと成り変わっていた。

 騎士達、兵士達はそれどころではなかった。彼らを根絶やしにしようと迫ってくるガルガトン達の姿に圧倒されてしまっている彼らは、逃げ場さえも失い、虐殺とも言える渦中の中にいたのだ。

「ルージェラ! もう一体を頼む!」

 カテリーナがそのように叫ぶ。彼女はすぐ後ろにルージェラを伴い、ガルガトンに向かって馬で真正面から迫っていた。

「え、ええっ! もう一体って!」

 ルージェラは面喰っている様子だった。カテリーナは確かに一体のガルガトンを倒した。しかしそれは、彼女だったから出来た事で、とても自分には出来ない。そう思っていた。

 だったら、この場で逃げるのか。そんな事はルージェラにはさらさらない。彼女は、自分だって、女王陛下にお仕えする『フェティーネ騎士団』の一員だ。そう自分に言い聞かせた。

 だが、迫りくる巨大な黒き鉄の塊に直面した彼女は、こんなものを果たして倒す事ができるのかと、そして、たった今も、成す術なくガルガトン達の攻撃によって吹き飛ばされている兵士達のように、自分もなるのではないかと、恐怖さえも抱いていた。

 いつもは自信過剰とさえ言われる事もあるルージェラだったが、今度ばかりは駄目かもしれない。

 つい先日までのカテリーナじゃあないが、自分に対しても自信が無くなってしまいそうだ。片手に握った斧は、果たしてこのガルガトンの鋼鉄の肉体に刃向えるのだろうか。まだ、刃を当ててさえいないのに、ルージェラはそう感じた。

 だが、2体やってくるガルガトンの内、隣のガルガトンを、カテリーナが再び剣で斬りつけていた。

 今度は、先ほどのように物の見事に真っ二つにはならなかったが、ガルガトンの肉体に剣の刃は深々と入ったらしく、ガルガトンの体からは火花が迸った。カテリーナが剣を入れた方のガルガトンはそのままその場で停止し、まるで巨大な獣が倒されたかの如く、動かなくなってしまった。

 ルージェラの目前に巨大なガルガトンが迫ってくる。優に彼女の肉体の5倍はあろうかという大きさだ。

 ルージェラは馬を若干、そらさせた。まさか、真正面からこの巨大な肉体に突撃を仕掛けるようなつもりはない。それに、ガルガトンは大きな杭を自分の顔につけている。その巨大な杭は、突進すれば城壁さえも貫き通してしまうのではないだろうか。

 この完璧とも言えるガルガトンの肉体には、どこか、弱点があるはずだ。カテリーナはただ力任せに剣で叩き切っているけれども、弱点がどこかにあるはずだ。

 ルージェラはそう思い、得意の頭の回転と知恵を使って、それを探ろうとした。

 ルージェラを乗せた馬が、ガルガトンとすれ違うまでは、ほんの数秒の刻さえも無かった。だが、ルージェラはその間に、ガルガトンの顔のすぐ横の部分に、あるものを見つけた。

 彼らの顔と呼べる部分につけられた杭の付け根。

 ここに斧の刃を勢いよくぶつけていけば、彼らに致命傷を与える事ができるかもしれない。そう思った。少なくとも、この凶悪な杭だけでも叩き斬る事ができるだろう。

 ルージェラはその巨大な杭の根元部分に向かって、斧の刃を振り下ろした。

 斧の刃は、見事にガルガトンの杭の根元部分に命中した。

 だが、斧はちょうど杭の根元部分にひっかかる形になり、ルージェラはそのまま体を持って行かれた。彼女の体は、馬から落馬する形になり、地面へと叩きつけられる。そして、ガルガトンが移動に合わせ、彼女の体も引きずられて行く形になってしまった。

 ルージェラは呻きながらも、今、自分が置かれている状況を理解した。

 素早く身を翻し、自分を引きずっているガルガトンの頭上へと上手く移動していく。ガルガトンの杭に引っ掛かっている斧を引き剥がすと、彼女はガルガトンの頭上に立ち上がった。

 ガルガトンは、ルージェラが頭上にいる事など、まるで知らないかのように次々と兵士達を跳ね飛ばしている。

 ガルガトンの体の上は、前方部や側面の屈強な装甲に比べると、大分、そのからくりがむき出しになっており、隙も大きかった。

 ルージェラは斧を担ぐと、ガルガトンの頭上に向かって、勢いよくその刃を振り下ろした。だが、それでも硬い。無防備かと思われていたガルガトンの頭上だったが、実際の所の硬さは相当なものになるようだ。

 だが、ルージェラはさらにもう一度、ガルガトンの頭上に斧を振り下ろした。すると、今度は頭の部分に大きな凹みを作る事が出来た。さらにもう一度、もう一度、何度もガルガトンの頭に斧を振り下ろす。すると、ガルガトンの頭の上からは火花が飛び散り、だんだんと、その動きは鈍くなってきた。

 やがて、兵士達を吹き飛ばしながら突進していたガルガトンの動きは停止し、その場でもの言わぬ岩であるかのように停止してしまった。

「頭よ。こいつらは、頭が弱いわッ!」

 ルージェラはそのように兵士達に向かって叫びながら、ガルガトンの頭上から飛び降りていた。

 しかし、兵士達、そして騎士達はすでにガルガトンの兵によって包囲されており、右からも、左からも、次々と襲いかかられてしまっていた。

 彼らは半ば、混乱状態にあり、ガルガトンの頭上を狙うという行動ばかりか、まともに戦う事さえ出来なくなってきている。

 それだけ、ガルガトンの肉体は凶暴であり、戦力も圧倒的なものだった。

 ルージェラの元に、更に一体のガルガトンが接近しつつあった。彼女はすでに落馬しており、自分の馬がどこに行ってしまったかも、この戦乱の渦中の中にあっては分からない。

 彼女は、ガルガトンの杭を真正面から受け止めるかのような姿で斧を構え、ガルガトンの攻撃を待ち構えた。

 もちろん、そんな事などしようものならば、ガルガトンの巨大な体に押し潰されるのは目に見えている。だがルージェラには恐れはなかった。

 自分には、カテリーナのようにガルガトンの分厚い装甲を真っ二つにするような力も無い。だが、自分には知恵がある。知恵だったら、カテリーナにだって負けているようなつもりはない。

 ルージェラは自分にそう言い聞かせ、真正面から迫るガルガトンの杭を、ぎりぎりの所で素早く避けた。

 するとどうだろうか、勢いよく迫って来ていたガルガトンの杭は、ルージェラがすでにその機能を停止させた別のガルガトンの体に正面から勢い良く突き刺さった。

 分厚い装甲を持つガルガトンの肉体だったが、自分らの最大の武器である杭は突き通してしまうらしい。

 真正面から自分の杭を突き刺したガルガトンは、そのまま身動きができなくなるだろう。ルージェラはそう判断していた。

「ルージェラ様!」

 ルージェラが、自分の策が成功した事をにやりとする間も無く、すぐ近くにまでやって来た兵士が呼び掛けた。

「な、何?」

 ガルガトン達はまだ大勢いる。この全てを倒し切るまで安心する事は出来ない。ルージェラは自分が策に追いやった、ガルガトンから目を離さないまま尋ねた。

「『セルティオン』からの援軍が到着しました! 西側から大筒を構え接近中です!」

 それは願ってもいない朗報だった。

「それは良かった。そろそろ猫の手も借りたいと思っていた程よ…」

 と、ルージェラは強がりつつ答えるのだが、果たして援軍が到着した事で、このガルガトン達を一掃する事ができるのか、ルージェラの中にはまだ不安が残っていた。

 


 
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