No.318050

少女の航跡 第3章「ルナシメント」 18節「異形の生命」

《シレーナ・フォート》郊外で敵軍勢を待ち構える騎士達。彼らは、異形の生命であるガルガトン達の奇襲を許してしまうのでした。

2011-10-14 10:47:17 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:990   閲覧ユーザー数:280

 

 広々と広がる大地を、だんだんと闇が侵食し始めていた。

 青々と広がっていた空はゆっくりとその暗雲の中に呑み込まれていき、その姿を消していく。まだ真昼だというのに、西域大陸極南地方の大地は、いつしか夜にも似た暗さに包まれていった。

 それは、この地方特有の雷雨の影響によるものだろう。そう思う者達が大勢だった。実際、この西域大陸極南地方では、しばしば、突然の豪雨に襲われる気候を持っている。

 しかし今、この地を包みつつある暗闇は、雷雨以上のさらに大きな力を秘めていた。

 大地を包みこんでいく強大な力。それは人知の及ばぬ場所に存在するものであったが、あまりに圧倒的な力故に、敏感な者にとっては、はっきりと肌で感じる事ができるものとなりつつあった。

 それは流れる空気であり、匂いであり、そして、何よりも直感的にとらえられるものであった。

 そうであっても、人々はまだ気づいていなかった。迫りくるこの強大な気配が、やがてこの世界そのものをも呑み込んでしまおうとしていると言う事を。

 

 

 カテリーナ・フォルトゥーナ率いる『フェティーネ騎士団』や、《シレーナ・フォート》周辺の治安維持部隊、ピュリアーナ女王配下の精鋭騎士団達は、続々と《シレーナ・フォート》の街を抜けていき、やがて彼らは街から5キロほど離れた場所に陣を敷いた。

 そこは広々とした平野が広がる、見通しの良い草原で、周囲には建物も一切ない。

 民もいないこの地は、これから始まろうとしている王都防衛線の戦いの場としてはまさしくうってつけだった。

 だが、これから起こる戦いによっては、この地の防衛線が破られる事もありうるだろう。カテリーナが率いる約5000という兵は、戦いの状況次第では、その場を臨機応変に対処しなければならなかった。

 大地の北側からは、黒い雲がカテリーナ達の方へと近づいてきている。それは、『リキテインブルグ』特有の雨雲だ。

 時折、突然降って来る強烈な雨をもたらす雲。いつもならばそのように見る事もできるだろう。

 しかし、カテリーナ達は、まるでその大地を包みこんでくる雲、そのものを相手にしなければならないかのような感覚を感じていた。

 5000という兵達は隊列を成し、大地を北の方へと向かう。心なしか強くなってきた風をカテリーナ達は感じていた。

 これは嵐の前触れ。そのように取る事もできる。だが、カテリーナは理解していた。これはただの嵐では無いと言う事を。

 そんな中ピュリアーナ女王によって放たれた兵達は、一定の歩幅でその馬を進ませていた。誰しもが、王都に迫りくる脅威を排除するがため、そのために動いていた。

 先頭を行くのは、フェティーネ騎士団の面々だった。フェティーネ騎士団の団長であるカテリーナと共に馬を走らせながら、ちらちらと彼女の顔の方を覗き見るのは、『フェティーネ騎士団』で第二の地位を持つルージェラだった。

 彼女は心配に思う。本当に、カテリーナはこれから起ころうとしている戦いに立ち向かっていく事ができるのだろうかと。

 先日までは、まるでただの女であるかのように弱弱しい姿になってしまったカテリーナだ。そうすぐに元に戻る事ができるものだろうか。

 ルージェラがかつて見ていたような、カテリーナが兵士達に見せつけていたような、あの勇ましい戦いを彼女はする事ができるものなのだろうか?

 だが、ルージェラが覗き見たカテリーナは、自分の進む方向へと視線を見つけ、目前に迫って来る黒い雷雲に立ち向かっていくかのようであった。その姿はとても頼もしく、ルージェラが疑いの眼差しを彼女へと向けていなければ、全く心配は無い、頼もしい彼女の存在と言えた。

 カテリーナには迷いの眼差しなど無い。勇ましい姿をした愛馬を操る姿も、その刃のような銀髪の中に隠された顔も、鋭い視線も全て取り戻している。

 今の彼女ならば、迫りくる敵にも立ち向かう事ができる。ルージェラはそれを確信した。

 やがて、カテリーナが率いる兵士達は、ある場所まで到達した。こここそ、これから起ころうとする戦の舞台となる場所だった。

 皆、馬を止めていく。5000の兵士達は、巨大な波が停止するかのようにしてその場に停止した。

「カテリーナ。一体、何故このような所で?」

 ルージェラが背後からカテリーナに尋ねた。しかしカテリーナは自分の馬の足を止めたまま、じっと前方を見つめている。彼女の鋭い目つきは、そこに広がる光景以上の何かを感じようとしているようだった。

 実際、ルージェラ達には、そこに何も見る事はできない。

「奴らが、迫ってきている…」

 カテリーナはそのように呟いた。だが、ルージェラ達は全く何も感じる事ができない。前方からは雷雲のようなものが近づいてきている事は分かる。だが、広い平原には騎士達、兵士達の姿しかおらず、人はおろか、鳥、獣の姿さえも見る事はできない。

 異様なほどに静まり返っていた。

 ルージェラ達の背後で騎士達がざわついている。一体、カテリーナは何故、このような場所で全隊を立ち止らせたのか。

 やがて、カテリーナは馬から降り、地面へと耳を当てた。

「一体…、何を? カテリーナ?」

 ルージェラがそのように尋ねると、カテリーナは指を立てて彼女を静まらせた。

 ほんの数秒の後、カテリーナは素早くその場で立ち上がった。

「違う! 奴らは迫ってきているのではない! すでに来ている! 全隊! 敵襲だ! 敵に備えろ!」

 カテリーナがそのように叫ぶと、その声は騎士達の間で何度も反芻した。

「敵襲! 敵襲だ!」

「敵襲! どこからやってきている?」

 騎士達の間の緊張が高まる。だが、カテリーナの声の挙げた敵襲とはどこからやって来るのか、彼らは周囲に目を張らせる。

 しかし、どこからも敵の姿は無い。獣や人の姿さえ見る事はできない。

「地下だ! 下からやって来ている!」

 カテリーナが、敵の存在を察知できない騎士達に向かって叫んだ。するとその直後、まるで地鳴りのような音が周囲に響き渡り、騎士達を乗せている馬達の足を揺るがした。馬達はその振動によって動揺し、息を荒立てた。

 中には興奮によって、その場から隊列を乱そうとする馬もいるくらいだった。

 地鳴りはだんだんと増していく。そして、それは唐突に起こった。

 5000という騎士と兵士達の、隊列の中央部。その場所にいた兵士達数名が、突然、何かによって突き上げられたかのごとく、中空に舞った。

 兵士達や馬は、10メートル以上の高さにまで巻き上げられ、そして地面へと叩きつけられる。

 騎士達は唖然とした。兵士達が吹き飛ばされた地からは、奇妙な音が上がっていた。それは、金属がこすりあわされるかのような音であり、蒸気が上がるような音であり、彼らがこれまでに聞いた事も無いような音だった。

 その音を発する主は、地面から兵士達を突き飛ばした場所から、そのまま這い出てきた。

 黒塗りの金属によって出来上がった体。それは、兵士達が知るどのような生き物よりも巨大だった。体からは蒸気を思わせる煙を上げており、肉体は、馬車のものよりも遥かに大きな車輪によって支えられている。そして顔は無く、今兵士達を突きあげた、巨大な杭のようなものを顔面に持っているのだった。

「な、何だ? あれは?」

「一体、何が起こったッ!」

 兵士達が動揺している。見た事も無い生命体に襲われたのだ。しかも、彼らがその場の状況を理解するよりも前に、次々と兵士達の隊列の中から、同じような生き物が飛び出してきた。

 その度に、真上にいた兵士達が体ごと上空へと吹き飛ばされていく。

「か、怪物だッ!」

「恐れるなッ! 隊列を整えろッ! 何としても奴らを、都に入れてはならん!」

 騎士達、兵士達の間で混乱が広がっていた。突如、襲いかかって来た者達によって、隊列は大きく乱されていく。

 すでに、10体近くの怪物が、彼らの足下から地面をえぐりながら出現しており、その有様は彼らを一瞬で混乱へと追いやった。

 人知を超えた何かが起こっていた。人の理解の及ばない、超常的な出来事が起こっていた。

 だがそこへ、兵士達の間をかきわけ、一つの声が響き渡る。

「恐れるな! これは『ガルガトン』! この大陸の各地の都市を壊滅に追いやった、恐れも知らぬ怪物、ゴーレム共だ! こいつらは恐れを知らない上に、その肉体は鉄よりも硬い鋼で出来ている! しかしだ! 恐れを知らぬ者達に立ち向かうには、我らも恐怖を抱いてはならない!」

 その声は、カテリーナだった。カテリーナはすでに背中から巨大な剣を抜き放っていた。

 すでに兵士達の足下からだけではなく、5千の騎兵の外側からも、カテリーナの言う、『ガルガトン』達は出現していた。出現したガルガトン達は、一斉に兵士達に向かって襲いかかって来ようとしていた。

「な…、このような怪物がいるなど…、我らは聞いていない、ぞ…」

 『フェティーネ騎士団』に所属する、一人の騎士がそのように呟いていた。

「か、怪物だ…。本物の…」

 精鋭の『フェティーネ騎士団』の騎士達でさえ怖気づいている。それだけ、彼らの目の前で起きている事は圧倒的だった。

 騎士達、兵士達は何メートルも空中に舞い上げられ、必死にそれに対して抵抗しようとしている兵士達も、逆に獅子のように突進攻撃を始めたガルガトンによって吹き飛ばされていた。あっという間に、彼らの体は無残な紙のように舞い散る。

「怯むな!」

 しかし、そんな騎士達を鼓舞するかのように、カテリーナの声が響いた。その声は、普段は寡黙な彼女が今までに出した事の無いほどの迫力の響きを持っていた。

 その声は、騎士達に向かってただ単なる檄を飛ばしたものではなかった。彼らの心の芯にまで幾重にも反芻し、彼らの四肢の全てに至るまで、強力なハンマーによって殴られたかのような刺激を与えるものだった。

「この怪物を、私達の街に侵入するまで放っておくと言うのか! そんな事は許されない。そして、もはや私達には逃げ場すらない!」

 カテリーナの言葉が、次々と兵士達の中を通過していく。彼女の言う通り、事実、兵士達は囲まれていた。5000という兵士達に対し、地面下から出現してきたガルガトンの数はわずか50程度であったが、確かに騎士達を囲むかのようにガルガトンは現れていた。

「今は、恐れを感じるな! こいつらを、何としてでも街にまで入れるな! 『リキテインブルグ』の子としての誇りを見せろ!」

 カテリーナはそのように言うなり、自らが持つ大剣を振り上げて掲げて見せた。

 直後、そんな彼女の行為に呼応するかのように、雷鳴が響き渡り、大地全てが白い光に包まれた。

 まるで、彼女自身が巨大な雷であるかのような、圧倒的な光景だった。

 騎士達はそんな彼女を見つめ、自分達の味方に、このように勇ましい女がいる事を改めて思い出した。

「カテリーナ様! こちらにも来ます!」

 『フェティーネ騎士団』の一人が言った。彼の前方、カテリーナ、ルージェラの前方からは、兵士達を次々と吹き飛ばしながら突進してくるガルガトンの姿があった。

 兵士達は何も抵抗する事ができない。彼らの持つ剣や槍ではもはやそのように、巨大な金属の生命体になど太刀打ちする事は出来なかったし、身に纏う甲冑も紙も同然のようなものだった。

 しかし、カテリーナは臆さなかった。

「どいていろ。私がこいつらを倒す」

 カテリーナはそのように言うなり、自分の方に向かってくる巨大な生命体に向かって馬を走らせた。

 一直線に向かう。ガルガトンは草原の草や土を巻き上げ、巨大な塊となってカテリーナへと向かい、カテリーナは剣を構え、ガルガトンへと突進していった。

 誰もがカテリーナが、ガルガトンの持つ巨大な姿よりも、更に大きなものとなって襲いかかろうとしている姿を見ていた。

 


 
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