No.207403

物語の糖度

篇待さん

いつも分が短いとか簡潔だとか言われるので長くしてみました。
やっぱりいつもの簡潔な文のほうがいいという結論になりました。

2011-03-21 15:53:07 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:817   閲覧ユーザー数:799

 体が爆散した。

 ボクは魂が爆発して粉々になって宇宙の心に触れるほどに驚いた。その瞬間、まるで魔女狩りにあって拷問されているかのような苛烈窮まる夢をみたのかと錯覚したほどだ。

 しかし、彼女がまるでこれから縊り殺す鶏の首に手をかけるかのように優しくボクの頬に触れた瞬間、爆散して宇宙に広がった心が新たな宇宙を切り開くような清涼な感覚をボクは覚えた。

 そうしてボクはキリマンジェロに差し込む朝日のように清々しい感覚に包まれて目を覚ましたのだった。

 悪夢は、覚めた。

 

 カーテンを開けると、宇宙の真髄を悟った賢者のような底抜けに明るい晴れ模様だった。そのミント味のガムを噛む最初の一口のような清純な朝日からは、まるで黄金比で形作られた目玉焼きを食べた朝のような、恍惚とした全能感を感じる。それはつまり、目玉焼きが綺麗に出来ておいしかった、などということではない。圧倒的な美の存在感を前にした神の叡智の無力さのような、そんな破滅に向かう死刑囚の陶酔感。うん、今日はとてもいい日になりそうだ。

 そうして春先の絶頂のような足取りでボクは登校した。季節はもう冬だったが、そんなことは関係ない。魂は、季節になど屈しないからだ。

 机に座り、さぁもう一眠り、というところで彼女は現れた。彼女は赤兎馬に乗って戦場を駆け抜ける呂布のごとき圧倒的威圧感を伴って教室の扉を開けたのだった。

 我が麗しの姫君の登場である。

 彼女の歩く姿は宇宙の最果てを目指す孤独な光よりも美しい。漆黒の殺意を抱く暗殺者の瞳よりも黒いその髪は綺麗に肩で整えられ、地獄の番犬すら射殺すような眼光は、その銀縁のメガネによって遮られ、この世の全てを彼女から護っている。

「おはようございます、正太郎君。今日もアリ地獄でもがき続けるアリのように退屈しない日だといいですね」

 それは我々の如き凡俗が知り得る限り、ただ振動とだけ名付けられた現象であるに過ぎなかった。しかしその声、いや聲は、遥かな深淵――距離においても、時間においても――に隔てられた地下墓地において、導なく寄る辺なき信仰を、外界のあらゆるもの、あらゆる外なる概念から守り通さんとした求道者の曇りなき、一途にして頑ななその心さえも蕩かし尽くすこと能うような種類のものではあったのだ。

 魔法使いが破壊の呪文を唱えて街を廃墟に変えるような自然な感覚として、純粋な子供が描くクリスマスの願いのような笑顔を向けてくる彼女にボクはすまし顔で答える。

「アリだなんて、そんな……ボクのような、この身が本当にアリであったとして、アリクイにさえ一顧だにされ得ず、類人猿にすら歯牙にもかけられぬであろう不詳の輩にとって、そのお言葉は身に余る光栄であるとともに、満腔に満ちた僕の愛慕の情を、精一杯の言葉であなたに贈りたい」

「いいえ、それは間違ってるわ。正太郎君。あなたは人類を至高の頂に導く銀河の星なのよ。もっと一億の敵を滅ぼす英雄のような気高さを忘れない自信と愛と勇気に満ちた態度をとりなさいよ。そうでなければいけないわ」

「そうかな? そう……なんだろうか? いやあなたがそう言うんだ、それはきっと間違いのないことなんだろう、うん……何だかやる気がムンムン湧いてきたぞ……! そうさやってやる、例え一億の敵を目前にしようとも! ガンホー! ガンホー! ガンホー! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 そう言ってボクはシュプレヒコールを叫ぶ血の気の多い若者のように腕を振り回して、彼女に対して地雷原とかした森を竹槍一本で駆け抜けるような自信と、メロスの妹がその夫に抱いたであろう失うことの無い輝きを放つ愛と、眼前に迫り来る白刃をその両の掌で受け止めるような勇気を示してみせたのだった

「その調子よ、正太郎君。勇気を胸に、自信を腕に、凶器を手に宿して、どこまでも行きなさい。あなたが他人に抱くであろう全ての愛は、私がこの手の中で握りつぶしてあげるから」

 そうしてボクは、ビックバンを彷彿とさせるような偉大な愛を彼女から受け取ったのだった。もう、何も怖くない。カバンから、黄金に輝いているかのように錯覚するほどに存在感を示している箱を神に生贄を捧げる敬虔な信者のような気分で取り出した。

「今日の御々々昼御飯(おみおひるごはん)です。どうかお収めを……」

「うむ、ご苦労、若者よ。これからも励めよ」

 気がつくとボクは平伏していた。まるでこれから命乞いを始める武士のような、枯れ果てた樹木のように惨めな姿。それこそがボクの真の姿だった。

「ケキャー!」感極まった僕は、平伏したその体制から、素早く左小指本腕立て伏せに入った。もちろん、今朝はニンジンを食べてきた。ニンジンは体内の有害物質を浄化し、正常な状態に導いてくれる。石鹸箱の毒でさえも例外ではないというのだから圧巻だ。

 無言で彼女はボクを蹴り飛ばした。顔面を車に引かれた直後のカエルのように引きつらせて壁に激突するボク。死ぬほど痛い。しかし、恐怖はそれだけではなかった。銃弾が、ボクの居たところに撃ち込まれたのだ。「これはアイツラの仕業ね。危ないところだったわね正太郎君」彼女は土にうもれまま幾百の時を過ごしたミロのヴィーナスのように可憐に微笑んだ。

 

 

おしまい。


 
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