No.206297

漆黒の守護者~親愛なる妹へ5

ソウルさん

呉の復活。

2011-03-14 02:48:31 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2383   閲覧ユーザー数:2101

 張勲は冷や汗を全身から流しながら孫策軍と対面していた。溺愛する袁術の命令とはいえ、一端の兵士より少し強い程度でしかない自分が小覇王と謳われる孫策に勝てるとは思えない。それに何故か死亡説が流れていた伝説の義勇軍も合流している。今すぐにでも大将軍の役職を放棄してこの場から逃げ出したい気持ちだった。だが、袁術を愛する気持ちがそれを許さない。袁術とは長年の付き合い。母親代わり、あるいは姉代わりとして接し愛情を注いできた、家族そのものなのだ。その家族を置き去りにして自分だけ助かろうなど誰ができよう。

 

「兵士の皆さん、美羽様の為に頑張ってください」

 

「張勲様はどうなされるので?」

 

兵士の一人が訊く。いつもは後方から指揮を執る事を徹する張勲が前線で剣を振るうことは少ない。

 

「私も出ます。ですから皆さんの力を貸してください」

 

張勲が一皮剥けた瞬間だった。愛する者を守る為、彼女は真の大将軍として初めてその力を奮う。腰に差していた剣を抜き、非力な細い腕で支える。柄を握る両手は緊張と恐怖で小刻みに震え剣の先まで伝導していく。

 

「共に裏切り者の孫策を討ちましょう!」

 

これまでに目にしたことのない張勲の気迫と気概に後押しされた兵士たちは打倒孫策に燃えた。

 空気の流れが変わった。対面する袁術軍の気が大気を伝って肌に刺激を与えてくる。董卓討伐戦時では一切感じることのなかった気迫が袁術軍から伝わってくる。この討伐戦は兵力の差はあれど面々を考えるに容易いと踏んでいたが、少し気を引き締めてかからなければ足元をすくわれそうだ。

 

「少しは楽しめそうね」

 

雪蓮も空気の変化に気づいていた。

 

「大将軍など名前負けしていると思っていましたが、あながち間違いではないかもしれませんね」

 

実力は伴いとしても主の忠誠は誰よりも勝るものを持っている違いない。

 

「呉の将兵たちよこの一戦は我ら孫呉の宿願を叶える前哨戦である。これまでに溜めてきた思いをすべてぶつけ、勝利をもぎ取れ! 全軍突撃」

 

雪蓮の号令を火蓋に孫策軍は袁術軍に突撃を開始した。

 

「相手は小覇王と謳われる英傑とその将兵。束になって相対すべし」

 

張勲の命令の元、交差する両軍は勢いを緩めることなく互いに得物を振るい始めた。

 

「我ら明星も動く。狙う城門。袁術の身柄だ!」

 

一直線上にある城門へと騎馬隊を走らせる。堅く閉ざされた堅牢。だが手筈は整っている。

 

「頼むぞ、椛」

 

「お仰せのままに」

 

作戦通りに椛を城内へと侵入させる。俺たち明星はその行動を見破られないように派手に回って戦場を混乱させてこちらに目を向かせるのが役目だ。

 椛は城内へと侵入した。城外にあれだけの数を併置させておきながらも城内の警備は厳しく、数が多かった。計り知れない名家の力。もし袁術が英傑の力を持っていれば天下を簡単に治めることもできたかもしれない。しかし神様は二物を与えないとはまさにこのこと。力を与えてもそれを有効的に活用できる力を与えてはくれなかったようだ。

 

「袁術様が蜂蜜を要望しておられる! さっさともってこい」

 

(蜂蜜?)

 

袁術軍の兵士が蜂蜜と叫びながら城内を行き来していた。事前の情報で袁術が蜂蜜が大好物だということを思い出し、椛はその後をつけていった。

「ここまでのようですね、張勲殿」

 

拮抗していたのはほんの十数分で、今は袁術軍の兵士は地に伏せ、張勲は俺の前で膝をついて息切れしていた。長き間、前線で戦わなかっただけにスタミナの配分を間違えたのだろう。

 

「み、美羽様の命だけは助けてください」

 

涙を流しながら懇願してくる。

 

「それを決めるのは雪蓮だが……どうする?」

 

戦が終結して呉の将たちが俺の元へ集まった。

 

「袁術ちゃんが極悪非道なら打ち首にするのだけど、なぜか恨めないのよね」

 

「それなら袁術と張勲殿は俺に任せてもらいますか?」

 

「いいけど、どうするの?」

 

「少し考えがあってね。それと早く民たちに報告した方がいいですよ」

 

「そうね。また後で会いましょう」

 

俺は雪蓮たちと別れ、見送った後再び張勲に視線を向けた。そして、俺の考えを口にした。


 
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