No.200927

チョコレート注意報

さむさん

「神のみぞ知るセカイ」でバレンタインもの。一応主役はエルシィ(だと思います)。全3話の予定です。

例によってキャラが崩壊してたりするかもしれないので気にする方は見ない方がいいでしょう。

2011-02-11 16:29:12 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1990   閲覧ユーザー数:1880

 神のみぞ知るセカイSS

 

 チョコレート注意報

 

 

 

 2月13日の深夜のこと。

 たまたま目を覚ました桂木麻里の耳に、階下から何やら物音が聞こえてきた。

 

(こんな時間に誰かいるのかしら……まさかドロボウ!?)

 

 かつて暴走族だった頃は近隣の不良達を震え上がらせた彼女も、得体の知れない相手はやはり恐ろしい。

 本当なら110番に電話してすぐにでも警察を呼びたいところだが、いざ警官が駆けつけてきて見つけたのがネズミだったりした日には世間への聞こえも悪いだろう。

 せっかく新しい看板娘のおかげで店の調子も上向いているのにこんなところで評判を落としてはいられない。

 助けを呼ぶ前にまずは正体を確かめるのが先決だろう。

 忍び足で階段を降りていくと、果たしてキッチンに電気が点いているし人の気配もする。

 いつの間にか口の中がカラカラに乾いていて気持ち悪かった。

 予想以上に緊張しているのを自覚して気持ちがなえそうになるものの、二階で寝ているはずの二人のことを思い出して勇気を奮い起こした。

 大して長くもない廊下を慎重に進み、気づかれないようにドアの隙間から中の様子を覗うと――――そこには彼女の娘が居た。

 大騒ぎしなくて良かったと、麻里は詰めていた息を大きく吐き出した。

 中にいる娘――――エルシィは、そんな麻里の様子に気づくこともなくご機嫌で何かの準備をしている。

 

「お砂糖よし、チョコよし、材料はこれでいいかな…………さあ、がんばって美味しいの作ってにーさまに喜んでもらおー」

 

 キッチンで気勢を上げるエルシィは、ある日突然自分たちを頼ってやって来た旦那の隠し子で彼女がお腹を痛めて生んだ娘ではない。

 ないのだが、何にでも一生懸命でよく店や家の手伝いもしている彼女を麻里は実の娘同然に気に入っていた。

(そういえば明日はバレンタインだったわね…………それにしてもエルちゃん、アレでチョコ作るのかしら?)

 

 キッチンに並べられているのは見慣れた桂木家の調理器具と、見たこともない食材らしき何か。

 外国で育ったエルシィはよく郷土料理を作っては麻里の息子の桂馬に食べさせているが、食べ終わってからひっくり返ることも珍しくなかった。

 チョコ(らしき何か)を一口かじった桂馬が気絶してそのまま救急車で運ばれていく――――頭に浮かんだそんなイメージを急いで振り払うと、麻里は悲惨な未来を変えるべく行動を起こした。

 桂馬の健康はもちろん、エルシィのバレンタインの思い出を守るために。

 

「あら、エルちゃんじゃない。こんな夜中にどうしたの?」

 

 あたかもたった今起きてきたかのように麻里はキッチンの中に入っていった。

 

「えっ、お母さま?もう寝たはずじゃ……」

 

 突然の麻里の登場に、エルシィは顔を赤らめながらも辺りに広げられたあれやこれやを隠そうと、自分の身体を壁にして視線をさえぎる。

 そんなエルシィの様子に自然と微笑が浮かびそうになるのをこらえながら、麻里は小柄な女の子の肩ごしにキッチンを伺うようにする。

 

「ベッドに入った後で忘れてたことを思い出しちゃってね。明日はバレンタインデイじゃない?お店で毎年、常連さんにチョコを配ってたんだけど今年はその準備をしてなかったのよ…………エルちゃんもひょっとしてチョコ作るつもりだったの?」

「あ、いえ、私は、その……にーさまに」

「ちょうど良かったわ、一人じゃ大変だったのよ。桂馬には頼めないし、悪いんだけどちょっと手伝ってくれないかしら……余った分はエルちゃんにあげるから、ね?」

 

 言いながら麻里は手を合わせ、軽く頭を下げて見せる。

 普段から仲良くしている麻里の頼みに

(うーん、神さまには自分で作ったチョコを渡したかったんだけど……でも、おかーさまのお願いだし仕方ないですよね)

 

 エルシィはしばらく迷ったものの結局、お店の手伝いをすることにしたのだった。

 そうしてエルシィを強引に頷かせた麻里は、冷蔵庫から手早く材料を取り出し並べていく。

 

「じゃあ、まずはそのチョコを細かく砕いて――――」

 

 目の前で説明しながら実際に手を動かしてみせる。

 慣れない食材に最初のうちこそ戸惑っていたエルシィだったが、すぐにコツを飲み込んでしまった。

 今や、いつものぽわぽわした様子からはほど遠いきびきびとした動きで作業を進めている。

 

(さすが、普段から台所に立ってるだけのことはあるわねー。でも……)

 

 そんな姿に麻里は感心しつつも別の危惧を抱いていた。

 人間、ちょっと慣れたくらいが一番アクシデントを起こしやすいものだ。それは悪魔だろうと同じこと。

 まして根がおっちょこちょいなエルシィのことだ――――

 

(お料理の基本って人間界でも一緒みたい……よーし、がんばってお手伝いしちゃうぞーっ)

 

 弾む心にまかせて勢いよくボウルの中身をかき混ぜようとした途端、ひじを別の入れ物にぶつけてしまった。

 

「エルちゃん、張り切るのはいいんだけどもう少し周りに気をつけてね」

「うー、すみません」

 

 テーブルから落ちそうになった容器は、こんなことになるんじゃないかと心配していた麻里が慌てて捕まえたものの、一歩間違えばキッチンの中は粉まみれになっていただろう。

 気を引き締めたエルシィは今度こそ慎重な手つきで作業を再開する。

 程なく二人の手になるチョコクッキーが完成した。

 

「さ、食べてみて」

 

 麻里に促されるまま、エルシィはまだ温かいクッキーをひとつ摘むと恐る恐る口に入れた。

 

「んぐっ、なんですかこれ。お菓子なのに甘くないです」

「あらあら、エルちゃんにはちょっと苦かったかしら」

 

 そう口では謝りながらも麻里は悪戯っぽく笑っていた。

 

「ほろにがオトナ味ってやつなのよ」

「うー、おかーさまぁ」

 

 恨めしそうなエルシィを後目に麻里は出来上がったクッキーに粉砂糖をまぶしている。

 

「……今度はちゃんと甘いから機嫌直してね」

 

 焼きあがった時は黒々としていたクッキーは、粉雪のような砂糖で化粧を施されていた。

 先ほどの仕打ちを忘れていないエルシィは、手渡されたそれをしばらく不安気に眺めていたが、やがて目をぎゅっとつぶると端のほうをちょっぴり齧ってみた。

 エルシィの口中にチョコレート本来の風味と適度な甘さが広がる。飲み込むと後に残るほろ苦さが心地良くてもっと欲しくなる。

 

「美味しいです!」

「桂馬……じゃなかった男の人には甘いものが苦手な人もいるからわざとこんな風にしたのよ。これなら甘さを調節できるし、誰にでも食べられるでしょ?」

 

 一転して笑顔になり、さくさくと小気味良い音を鳴らしながら瞬く間に平らげたエルシィに麻里が解説してみせた。

 

「さぁ、この調子でもっと作っちゃいましょ」

「はいっ!」

 

 麻里の呼びかけに、夜中だということも忘れたエルシィの返事がキッチンに響いた。

 

「おはようございます!神にーさま」

 

 翌日、エルシィは朝から元気だった。

 慣れない夜更かしをした影響で本当なら眠くて仕方がないのだろうが――――昨日、布団に入った後も楽しみでなかなか寝つけず、睡眠時間がさらに短くなっている――――今の彼女は絶好調だ。

 それは

 

(今日こそ私のチョコで神さまに喜んでもらいますっ)

 

 という決心のせい。

 実は彼女の正体は地獄から駆け魂を捕まえるために派遣された悪魔だ。

 妹として同じ屋根の下で暮らしているのも、学校で一緒のクラスになったのも、協力者の桂馬と力を合わせて駆け魂を捕まえるためだった。

 だが、駆け魂狩りで活躍してるのは桂馬ばかりで、そのことにエルシィは引け目を感じていた。

 せめてそれ以外のところでは桂馬の役に立ちたい――――と思ってはいるものの、現実には失敗してばかりで桂馬からはバグ魔だのポンコツだのといった不名誉な呼び名までつけられていた。

 つまり、エルシィにとってバレンタインデイは久々に訪れた汚名返上のチャンスだったのだ。

 

「おはよう……まったくお前は朝から無駄に元気がいいな」

「はいっ!」

 

 桂馬の皮肉も今朝はまるで気にならない。

 携帯ゲーム機で遊びながら食べる桂馬のとなりに並んで食事をするエルシィの視線は、時折チラチラとスクールバッグの方に向けられていた。

 そこには昨夜作った中でも特によく出来たクッキーが入っている。

 丁寧にラッピングしたそれを渡したら、桂馬はどんな表情を見せてくれるのだろうか。

 それを想像すると自然と彼女の顔は笑み崩れてしまうのだった。

 桂馬と一緒に、麻里に見送られながら家を出て、しばらく歩いたあたりでエルシィは贈り物を取り出した。

 麻里の目の届くところで桂馬に渡すのは彼女の方がなんだか照れくさかったし、学校でそうするとクラスメートの冷やかしで桂馬も冷静でいられないだろう。

 

(じゃあ、どこか人気のない場所へ呼び出して……ってこれだとなんだか別の意味になっちゃいますね。私と神さまはあくまでも兄妹ですから)

 

 渡すシチュエーションは昨夜ベッドの上で何度も何度も寝返りを打ちながらシミュレートした結果だ。

 何より彼女自身、これ以上我慢できそうにない。

 歩きながらゲームをしている桂馬の袖を引いて呼び止めると

 

「にーさま。これ、どうぞ!」

 

 エルシィは言葉と一緒に可愛らしい包みを差し出した。

 

「何のつもりだ?」

「何って、チョコレートです。だって、今日はバレンタインデイなんですよ!」

「そういえばそうだったな。お前、珍しく人間界のことを勉強してるじゃないか」

 

 普通贈り物をされれば少しくらい喜びそうなものだが、桂馬の口調はどこまでも冷静だった。

 エルシィは褒められたことが嬉しくて、そんな桂馬の様子には気づいていない。

 

「えへへ、私だってやる時はやるんですから!」

「だが、ボクは断固拒否するぞ」

「えっ?…………えぇーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 無情な言葉に幻想を粉々に砕かれたエルシィの叫びがあたりを満たした。

 


 
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