#34
「北郷様が街の正面に陣を敷き、門を死守している模様!」
「わかりました。みな、聞きなさい!敵は数も少なく、装備もない、烏合の衆です!鶴翼の陣により敵を包囲、殲滅します!陣を敷きながら全速前進!!」
「「「応っ!」」」
「郭嘉様、北郷様に伝令は?」
「不要です。彼なら我々の動きからこちらの意図を察するでしょう」
「御意」
近くを走る副官の質問に簡単に返した稟は、本隊の左右を見渡す。それぞれの隊の長が陣を先導し、翼を広げる。見事な動きに嘆息しながら、彼女はすぐ先に舞い上がる砂塵を見つめた。
「北郷様、本隊が到着しました。どうやら鶴翼の陣を編成しているようです」
「そうか…聞けっ!これより我らは攻勢に移る。横陣を敷き本隊と共に挟撃するぞ!!」
「「「応っ」」」
一刀がひと声かけると騎馬隊は左右に広がり隊列を組み始める。それを見ていた楽進に一刀は声をかけた。
「さて、楽進よ。大将ということはそれなりに武を持っていると考えていいのか?」
「はっ!武具は使いませんが、拳闘には自信があります!」
「よし、では俺と共に先陣を切るぞ。行けるか?」
「はいっ!!」
一刀の質問に威勢よく返事をすると、彼女は両の手鋼をガチリと打ち合わせて気合を入れた。その様子に満足げに頷くと、一刀は陣の中央へと出る。再び両側を見渡し陣が完成したことを確認すると、黒兎の前脚を一度高く上げ、走り出した。最速の走りではないが、それでもかなりの速度を誇る馬に、楽進は苦もなく並走する。
「もしかして、君は氣の遣い手か?」
「はいっ!この身体と氣が私の武器です!!」
「そうか………ならば俺と勝負しないか?」
一刀の問いに走りながらも首を傾げながら、楽進はその真意を問う。
「勝負、ですか?」
「あぁ。どちらが多く敵を討てるか競争だ」
「いささか不謹慎な気がしますが………」
「なに、ずっと守勢で鬱憤が溜まっているのではと思ってな………いやか?」
「………いえ、その勝負乗らせて頂きます!」
「いい答えだ。ならば、俺も君の流儀に合わせないとな」
一刀は最後にそう呟くと、黒兎の背に片膝を立て、そして―――
「なっ!?」
―――賊の群れの中に飛び込んだ。
腰の刀はそのままに、一刀は着地と同時に賊に攻撃を加える。飛び出した勢いのまま真正面にいた賊の顎に掌底を叩き込み、それが倒れる前にすぐ左にいた敵に回し蹴りを打つ。拳、脚、時には投げ技で敵を巻き込み、瞬く間にその数を減らしていった。
「助太刀します!」
すぐに追いついた楽進も得意とする拳闘で、敵の間を縫うように走りぬけながら拳を叩き込む。いい筋だ、と横目でそれを見やりながら、近くの敵に蹴りを放つ。
「北郷様、避けてください!」
「え………うぉっ!?」
一瞬の思考。まさか敵に隙を見せたか?そんな筈はない。では………。振り向いた一刀の視線の先には、楽進が右手を腰に当て構えている。ただ一つ異様なのは、その拳が光り輝いていたことだ。楽進と目が合った瞬間にその意図を理解し、一刀は横に飛ぶ。直後、一刀がいた場所を光の塊が猛スピードで通り抜け、賊を巻き込み、吹き飛ばしていった。
「おいおい…氣の遣い手とは言ったけど、ここまでできるのかよ………」
「猛虎蹴撃っ!!」
今度は脚から氣弾が放たれる。彼女の流儀に合わせて拳闘を使っていた一刀であったが、まさか飛び道具までは予想しておらず、苦笑しながら腰の刀を抜き放った。彼女からは何度も氣弾が打たれ、討ち漏らされた敵は周りの騎兵が殲滅していく。一刀も負けていられないと、両手の日本刀を使い、片っ端から敵を斬り捨てていくのだった。
賊の数が半分ほどになった頃であった。一刀は右手の指を唇に当て、甲高い指笛を鳴らす。その音を聞きつけ、賊を跳ね飛ばしながら走り寄る黒兎に飛び乗ると、近くにいた少女に声をかけた。
「楽進!君に騎兵100を預ける。西門にいる敵の残りを殲滅してこい。俺は東をまわる」
「は、はいっ!」
一刀はそのまま近くで敵を槍で突き刺していた副官に伝令を任せると、そのまま単騎で東の門へと走っていく。
「彼女には騎馬隊を預けるのに、貴方はお一人で向かわれるのですか………」
副官の呟きは、剣戟や雄叫びに掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。
「郭嘉様!北郷様が単騎で城壁の東へ、また騎馬隊が西へと向かいました!」
「東…?この街に門は複数あるのですか?」
「はい、東西と南の計3つのようです」
「ということは………伝令!後曲の2000を半分に分け、東西の門に向かってください!今になって向かったということですから、数はそれほどいないでしょう。東の北郷殿、西の騎馬隊の援護と共に、残りの賊を殲滅してください!前線はこのまま街ごと覆うよう賊を押し潰します!!」
「御意!」
伝令を見送った稟は、額に手をやり溜息を吐く。一刀の考えはわかる。自分にどうして欲しいのかも。だが………
「単騎で向かうとかやめてくださいよ、もぅ…」
彼女の溜息は風と混じり、誰の耳に届くこともなかった。
賊の殲滅を完遂した俺と稟は城壁の正面に陣を敷き、数名の護衛を連れて街の中へと向かった。楽進の案内で街の中に入ると、どこからか少女の声が聞こえてくる。
「凪っ、無事か!?」
「凪ちゃん、一人で外に行ったから凄く心配だったのー」
一人はゴーグルを首に下げ、槍を携えた少女。ただしその穂先にはドリルのようなものがついている。一人は眼鏡をかけ、スカートを履いた少女。この時代にしては、洒落たファッションをしている。
「あぁ。官軍の人と協力して賊を討っていた」
「そうそう!いきなり凪ちゃんがお馬さん達をいっぱい引き連れてきたから吃驚したのー」
「そっちは騎馬隊か?ウチの方はそこの兄さんが単騎で来たから、こっちはこっちで驚いたわ」
「こら、真桜!失礼だぞ。こちらの方が官軍の大将の北郷様だ」
「あぁ。俺たちが来るまでよく頑張ったな」
「おおきに。ウチは李典や」
「沙和は于禁文則なのー」
「(この娘たちが………)そうか、よろしくな。で、こっちが軍師の郭嘉だ」
「よろしく」
稟は俺の紹介に眼鏡を少し動かして答える。そんなクールぶらなくてもいいのにな。
話によると、楽進とこの2人が義勇軍の代表者らしい。楽進に李典、そして于禁か。いずれ曹操軍に加わる将だ。さて、どうするか………。俺がこの後の処遇に悩んでいると、隣の稟が口を開く。
「貴女がたの協力のお蔭で、こちらの被害もほとんどなく賊を討伐することができました。もしよろしければ、曹操様に御目通りして、何か褒賞を与えることもできますが、如何致しますか?」
「ほんと?ご褒美が貰えるなら是非欲しいのー」
「こら、沙和!失礼だぞ!」
「いいやん凪ぃ。貰えるもんは貰うておかんと」
「そうだな。曹操だって賊の討伐を果たした義勇軍に何もしないというのも、立場が悪くなるだろう。是非受け取ってくれ」
「ほ、北郷様がそう仰るのでしたら………」
「なんや、凪。大将の前やといやに従順やん?」
「そうなのー。凪ちゃん、目をつけるのが早いのー」
「ばっ、馬鹿なことを言うな!!」
そうしてじゃれ合う3人を見ながら、俺は笑顔を、稟は苦笑をしてみせるのだった。
陳留の街に戻った俺と稟は、小隊長たちに後始末を任せて楽進、李典、于禁の3人を引き連れて玉座の間へと向かう。初めて見る城に3人は好奇の心を隠しきれてはいなかったが、楽進が2人を何度も諌め、ようやっと大きな扉へと到着した。
「李典も于禁も、この中でまでふざけたりはしないよな?」
「あー、北郷さんヒドイのー」
「せやで。ウチらかてちゃんとする時はするちゅーのに」
「申し訳ありません……」
楽進がなんだか可哀相になってきた。俺と稟は一旦その場に3人を残すと、玉座の中へと入る。そこにはすでに帰還の報告を受けたであろう陳留の城の重鎮たちが勢ぞろいしていた。玉座には曹操、その両側に春蘭、秋蘭。少し後ろに季衣と荀彧が立ち、恋と風は一段下に立っている。
と、誰かが口を開くよりも早く、俺たちの姿を認めた恋が駆け寄ってきた。
「………一刀、帰ってきた」
「あぁ。ただいま」
突き刺さる視線に気づかないフリをしながら恋の頭を一頻り撫でた後、いまだ抱き着こうとする恋を宥めて曹操の前へと歩を進める。曹操が俺を見下ろし、俺は彼女を見上げる。物理的な高低の差はあるが、俺はそんなことを気に留めることもない。
「おかえりなさい。首尾はどうだった?」
「あぁ、殲滅したよ。それと………土産もあるぞ」
「あら、楽しみね」
たった一言の報告で済むのも、彼女が俺を信頼してくれているからだろうか。実際それ以外に報告することは後で書簡にするしな。彼女の不敵な笑みを受け止め、土産を玉座の間へと連れてくる。
「その3人は?」
「大梁義勇軍の大将の楽進と李典、そして于禁だ。俺たちが到着する前に街が攻められていたんだが、彼女たちが耐えてくれたから間に合ったよ」
「そう。ならば何か褒美をとらせなければね」
そう言って覇王の氣を出す彼女に、于禁と李典の2人は委縮し、楽進も表情は変えないものの、若干の緊張が見て取れる。
「では、貴女たちの望むものを言いなさい。可能な限り惜しむつもりはないわ」
その言葉に3人は顔を見合わせ、代表として凪が口を開いた。すでに何を望むのかは決まっているらしい。
「はっ!願わくば、我々3人を曹操様の配下に加えて頂きたいと思います」
「あら、思ってもなかった願いね」
嘘つけ。俺は内心呟いた。義勇軍の大将で、かつ賊の侵略にも耐えうるほどの実力者だ。先の話で彼女が興味をそそられない訳がない。曹操は一旦楽進から視点を外し、俺と稟にそれを向ける。
「で、北郷。貴方から見てその3人の実力はどう?」
「そうだな。楽進の武は直に見たから保障するよ。春蘭には劣るが、季衣とはいい勝負が出来ると思う。李典と于禁も、義勇軍の大将を任せれていたし、3つある街の門のそれぞれを任されていた。それなりの実力者だろう」
「そう…。では、貴女達3人をこれから我が配下に加える。私が望むのはただ一つ。その能力を如何なく発揮することのみ」
「はっ!」
「任せときぃ、大将」
「わかったのー」
3人はそれぞれ臣下の礼をとる。それを満足げに見つめた曹操は、再び口を開いた。
「私の真名は華琳よ。貴方たちに。我が真名を呼ぶことを許すわ」
他の者たちも真名の交換を終え、報告は終了となった。細かい報告をする稟を残して俺は恋と風を連れて玉座の間を出る。
「一刀………」
「おにーさん」
と、途端に2人が俺に抱き着いてきた。恋が寂しがるのはいつものことだが、風もそうなのか?俺がそんなことを想いながら2人の頭を撫でていると、風は悪戯っぽく口を開く。
「ふふふ、恋ちゃんばっかりにいい思いはさせないのですよー」
「離れろ」
「いやですー」
やっぱり風だった。
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