No.200270

真・恋姫†無双~恋と共に~ #33

一郎太さん

#33

2011-02-07 21:14:30 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:18963   閲覧ユーザー数:12131

 

 

#33

 

 

 

拠点 華琳

 

 

 

気に食わない………。何がと問われれば答えは一つだ。春蘭も秋蘭も彼を気に入っているところがだ。桂花はどうも将棋で負けたらしいけれど、それで政以外に勉学にも励んでいるのだから善しとしましょう。季衣?あの娘はまだ子供だから懐くのも無理はないわ。とにかく、気に食わない。彼が私の家臣として仕えているのなら、結束が強まるという意味でもこの状況は歓迎すべきである。だが実際はそうではない。彼は―――

 

 

 

「ったく、ただの食客に賊討伐軍の大将を任せるかね………」

「うるさいのがいてね。春蘭と秋蘭はそれぞれ別の賊の討伐に向かってるし、季衣には一人で向かわせるのはまだ早いわ。給金も払ってるんだから、それなりの仕事はして欲しいわね」

 

 

 

―――そう、客将なのだ。

 

 

 

「わかったよ。他の事態の発生に備えて恋と季衣、それから風と荀彧を残していけばいいんだな」

「あら、察しがいいわね、その通りよ。貴方と呂布に任せれば、それこそ2人でも大丈夫でしょうけれど、流石に客将のみで軍を編成するわけにもいかないの」

「今は…だろう?」

 

 

 

そう言って皮肉っぽく笑う彼。何故かはわからない。彼が私の下に来てから何度も話をしているけれど、私の内面を出すようなことはしていない。これから私たちがどう動くのかも。それなのに………彼はまるで大局を知るかのように、そして私の考えを読むかのように反応を示す。動じないように振る舞うのも結構大変なのよ?でも、悔しいから、いつも通りの顔で返事をしてあげる。

 

 

 

「そう………今はね」

 

 

 

不敵に笑う、この顔で。

 

 

 

 

 

 

彼と稟が軍を率いて街を出る。私は見送りには行けなかったけれど、それもまた信頼として捉えているのでしょうね、彼は。武において右に出るものはなく、智においても私たちと並び立つほどの才を持つ。多才と言われている私が言うことでもないが、彼は天から二物も三物も与えられた存在。そう思い、また妬みもしたが、彼と春蘭の稽古の様子を見ていてその認識は変わる。

 

例えば呂布に彼と同じように稽古をつけろと言っても無理でしょう。それはその力の振るい方を才能によって理解しているからであり、それを他者に伝えることは難しい。だが彼は言葉によって春蘭が辿るべき道を示して見せ、そして指摘もまた的確である。彼が辿った道は春蘭のものとは異なるだろうが、それは自分で手に入れ、噛み砕いて、そして自分自身で吸収しなければ得られなかった理論。

 

………そう、理論という言葉ほど彼の武を表すことのできる形容はない。彼は理論的なのだ。そこに心理的な戦術も含まれてはいるだろうが、その心理に関してもまた、彼独自の理論を構築している。だからこそ彼は闘いにおいて揺らがず、ただ勝利の為の道筋を構築するのだろう。その高みに至るまでにどれほどの努力と挫折を経験したのか、想像しようとすることすらおこがましいくらいに。

 

そんな彼を私は恐ろしいと思っていた。畏怖にも似た感情。これほど完璧な人間がこの世に存在するのか。私にはその資格はなかったのだろうか。そんなことを思い、そして恐れ、彼を敵に回すくらいならここでなんとしてでも引き込んでやろう。そう思ってもいた。ただ、その想いもまた変容する。

 

彼は時々、ものすごく遠い眼をする。呂布や程昱たち、私たちと共にいる時には絶対に見せることのない表情。それを、私は目撃してしまった。彼が誰も引き連れず、中庭に呆けたように座っているのを見かけた時、私は隠れて彼を観察した。気づかれるかもしれないという懸念もあったが、ただ、彼に興味があった。彼が何を想い、何を望むのかは知っている。彼の口から直接聞いた。それでも、彼を動かす根源的なものを知りたかった。そして………見た。

 

 

 

「………………………………どうしてるかな」

「っ…」

 

 

 

 

 

 

彼が空を見上げ、青い海を揺蕩う雲を眺めながら、その瞳は遙かその先へと向かっていた。その表情を、そんな彼の眼を、私は見て嬉しくなった。彼が何を想ってそんな眼をしたのかはわからない。それでも、そんな彼が凄く近しい存在に思えた。もしかしたら離れた故郷のことを想っているのかもしれない。遙かなる地に想いを馳せ、残してきた人を想っているのかもしれない。

 

そんな姿が、私に重なって見えた。彼は故郷を離れて旅を続け、私はただの少女を離れて覇道を求め―――。

 

彼への印象はがらりと変わった。彼は客将だ。いずれ此処を去る。もしかしたら私の敵として立ちはだかることになるのかも知れない。その時は………必ず彼をこの手で討ち果たそう。そう、心に決める。私の覇道は、彼なくして完遂し得ない。彼こそが我が最大の敵にして最良の友たり得るのだ。

 

だから、私は彼を求めることをやめる。今は遙か先を歩く彼を、今は追う。だから、私は彼が帰ってきたら、また覇王の仮面を被るのだ。

 

 

 

「おかえりなさい。首尾はどうだった?」

「あぁ、殲滅したよ。それと………土産もあるぞ」

「あら、楽しみね」

 

 

 

いつか、彼に対等に見てもらう為に。そして、いつか私の真名を―――本当の意味で―――預ける為に。

 

 

 

 

 

 

拠点 風

 

 

 

おにーさんと稟ちゃんが賊の討伐へと向かいました。大梁の街の付近に3000ほどと報告がありましたが、お2人なら大丈夫でしょう。何度も調練を見せてもらっていますが、さすが華琳様の兵隊さん達です。まさに鋭兵と呼べるでしょう。おにーさんと稟ちゃんなら、こちらの被害も100に満たないと思われます。そんなことよりも、風は心配していることがあるのですよ。

 

 

 

「おや、恋ちゃんじゃないですか。今日はお休みでー?」

「ん…風はお仕事は?」

「ふふ、風は一流ですので、もう終わらせてありますよー」

「ん………」

「おにーさんが心配で?」

「………(ふるふる)心配は、していない」

 

 

 

恋ちゃんのこんなところが羨ましいです。風は軍師ですので、どうしても理で考えてしまいますが、恋ちゃんは理も智もすっ飛ばしておにーさんを信頼していますからねー。風がおにーさんを信じていないわけではないですよ?

 

 

 

「でも元気がないですよ?」

「一刀がいないと………寂しい」

「………………風もです」

「ん…」

 

 

 

中庭で2人してぼーっとします。今日もぽかぽかといいお天気で、絶好のお昼寝日和です。横を見ると、すでに恋ちゃんはうつらうつらと舟を漕ぎそうですね。でも、ちょっとだけお昼寝の邪魔をさせてもらいます。

 

 

 

「風は心配なのです」

「…一刀はちゃんと帰ってくる」

「いえいえ、おにーさんも稟ちゃんもちゃんと帰ってきますよ。それは確信しています。そうではなくて、おにーさんが………」

「………………?」

「おにーさんが、また新しい女の子と仲良くなりはしないかと心配なのですよ」

「………風は、みんな仲良しは、いや?」

 

 

 

 

 

 

思わず恋ちゃんの方を見てしまいました。なんとなく…そう、なんとなくは思っていましたが、まさか恋ちゃんの『好き』は恋ではないのでしょうか。これは風に絶好の機会かもしれませんが、風は優しいので、ちょっとだけ恋ちゃんをお助けします。

 

 

 

「恋ちゃんは、おにーさんの特別になりたいと思わないんですか?」

「………一刀は、恋の特別。恋も一刀の特別………って前に一刀が言ってた」

「むー、そうではなく…例えばおにーさんに抱きしめて貰いたいとか、接吻して欲しいとかー」

「………ちゅーはしたことある」

 

 

 

なんと。風にはしてくれないくせに、恋ちゃんにはもうしているんですね。………まぁ、過ごした時間が違うから仕方のないことかもしれませんが。

 

 

 

「そうなんですか?」

「あと…雪蓮と冥琳と祭と穏も、一刀とちゅーした」

 

 

 

おにーさん………誠実と思っていましたが、とんだ女たらしですね。ところで、その4人はどなたなのでしょうか。

 

 

 

「えと…孫策と周瑜と黄蓋と、あと陸遜が名前」

「なんと!孫策さんのところにも仕えていたのですか?」

「(こく)……みんな仲良し。みんな一刀が大好きだから、お城を出る時に一刀とちゅーした」

「あらまー…おにーさんは、やはり人気者なんですね」

「…ん。一刀がいるから、恋はみんなと仲良くできる。みんな一刀を好きになる」

「あー……それは否定できませんねー」

 

 

 

今のところ春蘭様と秋蘭様がその候補ですねー。稟ちゃんは言わずもがなですが。桂花ちゃんは男嫌いだからいいし、季衣ちゃんもまだお子様ですからいいとして。………曹操様は気になりますが、好色で美女・美少女に目がないという噂もありますからね。

 

 

 

「恋ちゃん。もし…もしおにーさんがまた新しい女の子と仲良くなって帰ってきたらどうしますか?」

「恋も仲良くなる。仲よくなれたら………嬉しい」

「………なんでおにーさんが恋ちゃんを好きなのかわかった気がします」

「………………?」

 

 

 

女の子同士の会話。おにーさんにはあまり聞かせたくないですねー。内容がどうとかではなく。

そして、風の不安は、現実のものとなるのでした。

 

 

 

 

 

 

拠点 稟

 

 

 

「さて、一刀殿。そろそろ大梁の街に着く頃ですが、如何いたしますか?」

「え、俺が決めるの?稟が軍師なんだから、行動指針とか戦略とか全部任せようと思ったのに………」

「何を言っているのですか。貴方がこの討伐軍の大将なのだから、貴方が決めなければいけません。軍師はあくまで策や方針を提示するのみです。まぁ、大将と離れた位置にいるなら指示も出しますが、いまは共に行動をしているのですから、当然でしょう」

「………わかったよ。とりあえず、そろそろ斥候が戻るだろうから、その報告を聞いてから決めよう。一度街に寄って話を聞くか、そのまま賊の拠点を強襲するか」

 

 

 

どうも一刀殿は自分の立場を理解していないようでした。思わず溜息が零れる。客将といえども立派な正規軍です。ならばその集団としての規律や慣習に乗っ取らなければ兵は困惑するというのに。

私がそんな風に眉間を抑えていると、世間話もするような口調で一刀殿が尋ねてきます。

 

 

 

「そういえば、稟は曹操に仕えたがっていたけど、実際に仕えてみてどう?」

「え?………あ、はい。やはり噂通りの方でした。その政策は有用でその論理にも無駄がありません。秋蘭様や桂花の力もあるのでしょうが、それを纏める力は流石です」

「なら、目標が叶ってよかったな。俺も紹介した甲斐があるというものだよ」

「えぇ、貴方には感謝のしようもありません」

「それで、曹操の方はどう?気に入られた?」

 

 

 

その一言に私は1週間前のことを思い出す。商家に関する献策が認められ、その褒美にと閨に呼ばれたのだ。いや………実際に呼ばれただけである。その誘いを耳にした私は………。

 

 

 

『そ、そんな恐れ多いっ!私などが華琳様の…華琳様の………ぷっはぁぁぁあっ!!』

 

 

 

 

いつもの如く鼻血を噴出す私に曹操様は残念そうな顔をしていらっしゃいました。その後はいつもの通り。風が私をからかい、私は自らの血だまりに溺れ………。

 

 

 

「そのことは余り聞いて欲しくないです………」

「あー…だいたいわかった。閨に呼ばれたけど鼻血出しておじゃんになったんだろ?」

「………仰る通りです」

「まぁ、実力は買われているんだ。その辺りも追々慣れていけばいさ」

「………はぃ」

 

 

 

一刀殿のそんな慰めが、今は心に痛いです。

 

 

 

 

 

 

そうして更に少し行軍した頃、放った斥候が戻ってくる。その報告に、私と一刀殿は焦りました。斥候によると、現在進行形で大梁の街が襲われているとのこと。賊の数は先日の報告の通り3000ほど。対するこちらは倍の6000は連れています。ただ、順調に急いでも半刻はかかる距離。私は頭の中で討伐軍の隊編成と兵の実力、そして一刀殿の力を計算し、最善と思われる策を弾き出す。この瞬間こそ軍師としての至福の時間と言えるでしょう。これまで机上で風と論を交わすことしかしなかった自分が、こうして実際に使える兵を持ち、そして策を実現できる。やはり、曹操殿に仕えてよかった。

計算が終わり、一刀殿を見ると、じっと私の方を見ている。その眼は一点の曇りもなく、私を見据えていた。その眼は語る。私の策を待っている、と。私の策こそが最善だと信じている、と。私は彼に頷き返し、口を開く。

 

 

 

「一刀殿!全軍を率いて行けば、間に合いません。よって、貴方を筆頭に500の騎馬隊で先行し、賊を牽制してください。報告によれば、大梁の街には、数は多くなくとも義勇軍がいるとのこと。すぐに陥落はしないので、まずは時間を稼いでください。私は残りの5500を率いて追随します」

「わかった」

 

 

 

彼は一言だけ頷くと、近くの伝令に指示を出し、瞬く間に500の騎兵を軍列の先頭へ集結させた。

 

 

 

「聞け!曹操が下に集いし騎兵達よ!我らが領内の街がいま襲われている。500の騎馬で先行し、義勇軍と協力して本隊到着までの時間を稼ぐぞ!!」

「「「応っ!」」」

 

 

 

短い口上。しかし、その口調には力が漲り、騎馬に跨る兵の背筋を張らせる。そして兵の返事を聞いた瞬間、彼は黒兎馬と共に走り出した。その速さは他の騎馬に追随を許さない。突出した彼に何か伝えようとしても、彼に追いつくことができる伝令など存在しない。と、彼が黒兎を走らせながら振り返り、後ろを走る騎兵隊に檄を飛ばす。

 

 

 

「お前たちは猛将夏候惇の兵だろう!?ならば追いすがってみせろ!さもなくば、俺が賊を殲滅し、お前たちは役立たずだったと夏候惇に報告するぞ?」

 

 

 

兵たちに緊張が走るのがわかる。一刀殿が春蘭様より強いということも、稽古をつけていることも兵たちには周知の事実である。そんな彼が、1人で賊を殲滅するという。彼ならやりかねない。そんな想いと、その後の春蘭様から受けるであろう調練に恐れをなしたのか、騎兵の速度が上がった。

 

 

 

「………本当にやらないでくださいよ、一刀殿」

 

 

 

私は眉間を指で押さえずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

拠点 恋

 

 

 

一刀がお仕事に行った。賊が近くにいるから、稟とあと華琳の兵隊さんと一緒に出発した。賊はきらい。みんなの大切なものをとっていくから。恋の………お母さんも。少し悲しくなったけど、恋は泣かない。一刀と邑を出る時に決めたから。一刀がいてくれる限り、恋は泣かない、って。一刀は恋を大切にしてくれる。恋が悲しい顔をすると、一刀も悲しい顔をする。だから、恋は泣かない。一刀の笑顔が好きだから。

 

これまでいろんなところに行った。月たちのところ、美以たちの邑、雪蓮たちの城、そして、今は華琳のところにいる。どこも好きだけど、ここのご飯も美味しいから好き。みんな楽しい人ばかり。みんな一刀を好きになるから、恋も嬉しい。

 

春蘭と秋蘭は一刀の強いところが好きみたい。春蘭の稽古は、ときどき恋もお手伝いするけど、どんどん強くなっている。前は雪蓮より弱いと思ったけど、今では同じくらい…と思う。でも、朝早いのに起こしに来るのは、ちょっとだけいや。一刀と一緒に寝ていたいのに………。

 

桂花は一刀を見ると、いっぱい悪口を言う。でも、一刀のことが嫌いではないと思う。なんていうか………ちょっと地和みたい。強がってる。だって、たまに隠れて恋と一刀の方見てるから。一刀も気がついているけど、何も言わない。なんでかはわからないけど、そのままにしてる。

 

季衣は、一緒にいて一番楽しい。大食い勝負は何回もした。いつも恋が勝つ。あと、お城でご飯を出してくれるから、お金もかからない。………これ、大事。だって、一刀とご飯を食べに行くと、一刀は難しい顔をしてる。たぶん、恋がいっぱい食べてお金がかかるから。でも、一刀と一緒に食べるご飯はとても美味しいから、つい食べちゃう。一刀は優しい。

 

華琳は………なんで素直にならないんだろう。華琳も一刀のことを気にしてる。でも………えと、たちば?があるから難しい顔してる。王様でも月や雪蓮みたいに自由にすればいいのに、って思う。一回一刀にそう言ったら、『それぞれの道があるんだよ』って言って頭を撫でてくれた。暖かかった。一刀の言葉はたまに難しい。恋は、考えるのが苦手だから、たまにわからなくなる。でも、一刀の言うことを聞いていれば、楽しくなったり嬉しくなったりするから、一刀の言う事は守る。一刀がいれば、恋は1人にはならないから。

 

 

 

 

 

 

稟は、見ていておもしろい。鼻から血が出るところとか。なんか変な顔してぶつぶつ言ってるけど、それもおもしろい。稟も一刀が好き。華琳のことも好きみたい。なんか、朝の話し合いとかが終わって華琳が出て行くと、いつも鼻を抑えている。変な顔して。それを風がからかって、一刀が鼻を摘まんで、稟はふがふが言ってる。見てておもしろい。

 

風は、恋の次に一刀のこと好き。せいさいとかそくしつとか、難しい言葉を使うけど、恋と同じように一刀のことが好き。一刀が出て行ってから、恋がお庭で日向ぼっこしてると、風がやってきた。

 

 

 

「おにーさんが心配で?」

 

 

 

風が聞いてきた。恋は心配していない。だって、一刀は強いから。いつも恋のところに帰ってきてくれるから。

 

 

 

「恋ちゃん。もし…もしおにーさんがまた新しい女の子と仲良くなって帰ってきたらどうしますか?」

 

 

 

一刀がお友達を連れて来たら、恋もお友達になる。一刀がいれば、恋は寂しくない。だって、友達が……家族がたくさんになるから。そう言ったら、風は難しい顔をした。風は軍師だから、難しいことを考えているんだと思う。

 

 

 

「………なんでおにーさんが恋ちゃんを好きなのかわかった気がします」

 

 

 

恋にはよくわからないけど、一刀は恋のこと好き、って言ってくれて嬉しかった。一刀は風のことも好き。そう言おうと思ったら、風はお昼寝してた。恋より寝るのが早い。ちょっと羨ましい。

 

 

 

 

 

一刀が帰ってきた。いつものように、ただいま、って頭を撫でてくれる。それで、お友達も増えた。やっぱり、恋は一刀がいると、寂しくない。

 

 

 

 

 

 

稟と共に行軍中。街まであと1刻ほどとなった頃、斥候が戻ってきた。報告によると、すでに賊は街を襲い始めているらしい。報告を聞いた稟はすぐさま考えに没頭する。稟は言った。軍師の仕事は策を提示することだと。ならば大将がすべきはそれを信じて待つことだけだ。数秒の後、稟が目を開いてこちらを見る。………いい眼だ。さて、稟の初実戦の策はいかほどだろう?

 

 

 

「一刀殿!全軍を率いて行けば、間に合いません。よって、貴方を筆頭に500の騎馬隊で先行し、賊を牽制してください。報告によれば、大梁の街には、数は多くなくとも義勇軍がいるとのこと。すぐに陥落はしないので、まずは時間を稼いでください。私は残りの5500を率いて追随します」

「わかった」

 

 

 

俺は一言だけ返すと、近くの伝令に騎馬隊の小隊長へと指示を任せる。さすが曹操の騎兵だ。あっという間に500が集まり、俺の指示を待つ。俺はそんな彼らへと口上を飛ばした。

 

 

 

「聞け!曹操が下に集いし騎兵達よ!我らが領内の街がいま襲われている。500の騎馬で先行し、義勇軍と協力して本隊到着までの時間を稼ぐぞ!!」

「「「応っ!」」」

 

 

 

いい返事だ。さすが春蘭たちが鍛えただけはあるな。と、ここで俺にちょっとした悪戯心が芽生える。春蘭もどんどん強くなっているし、彼女に相応しい兵にしてやろう、と。俺は黒兎に乗る脚に力を籠めて飛び出した。後ろで稟が頭を抱える様を想像しながら、ある程度距離が離れたところで、後ろを走る兵たちに檄を飛ばす。

 

 

 

「お前たちは猛将夏候惇の兵だろう!?ならば追いすがってみせろ!さもなくば、俺が賊を殲滅し、お前たちは役立たずだったと夏候惇に報告するぞ?」

 

 

 

そう叫び再び前を向く。悪いな、稟。心の中で謝りながらひたすら黒兎を走らせる。こいつも理解しているのか、全速力ではなく―――だいたい7割から8割くらいだろうか―――なんとかついて来れるだけの速さで馬蹄を響かせる。後ろから少しずつ近づいてくる蹄の音に口角を上げながら、俺はひたすら街を目指した。

 

 

 

 

 

 

「もうすぐだっ!」

 

 

 

視界の先には砂塵が舞い上がり、戦闘が行われていることが実感できる。俺は後ろを併走する小隊長に向かって指示を出した。

 

 

 

「それぞれ200を率いて街の周囲をまわってこい!賊どもはみな歩兵だ!殲滅は考えなくていい。決して止まらず、奴らの中を突っ切って正面へと戻ってこい!」

「北郷様はっ!?」

「俺は残りの100を率いて正面を確保する!復唱不要、行けっ!!」

「「はっ!!」」

 

 

 

俺の言葉により、騎馬の群れが3つに分かれる。両サイドの2つは街の外周へと向かう。正面以外からも砂塵が上がるところを見るに、攻撃は一方向からのみではないようだ。俺は後ろを走る兵たちに向かって叫ぶ。

 

 

 

「俺たちは中央突破するぞ!突っ切った後は、方形の陣を敷け!入り口を死守するぞ!!」

 

 

 

俺は返事を聞かずに前に向き直り、愛馬の首を撫でてやる。黒兎はぶるるっ、と一息吐くと、その速度を上げた。

正面にはだいたい1000ほどの賊が群がっている。街の城壁からは矢が飛んでいるが、矢事態の質はあまりよくないようだ。まっすぐ飛ばないものもあるし、当たっても致命傷になる奴はあまりいない。俺はそのただ中に黒兎を突っ込ませると、手当たり次第に賊を斬りつけた。俺と黒兎が開けた傷口を広げるように後続の騎馬隊が押し込む。それだけで100は潰せただろうか。俺が正面にある入り口の前でUターンをすると、俺を先頭に、兵たちが陣を敷く。例え数が10分の1だったとしても、騎兵100人の姿は、賊程度ならば異様にも見えるだろう。

騎兵を率いて外周をまわらせた小隊長とは別の小隊長に此処を任せると、俺は城門に向かった。木の板や木箱など、いろいろなものでバリケードが作られているが、これでよくも耐えたものだと感心する。俺がそこを覗き込もうとすると、一人の少女が顔を出した。

 

 

 

 

 

 

「貴方は?」

「俺たちは陳留から来た賊の討伐軍だ。代表者と話がしたいんだが………いるか?」

「本当ですか!?私がその一人です。すぐそちらに行きますから、少し待っていてください」

 

 

 

少女はそう返して街の中に振り返ると、声を張り上げた。

 

 

 

「みんな、喜べ!官軍が来てくれたぞ!あと少しだから頑張るんだっ!!」

 

 

 

その檄に歓声が返ってくる。こんな若い娘がとも思ったが、なかなか大将としての風格が滲み出ていた。少女はその歓声に頷くと、一旦姿を消し、そして―――

 

 

 

「いま、そちらに降ります!」

 

 

 

―――城壁から顔を出したかと思うと、飛び降りた。音も立てずに着地する様は猫を思わせ、彼女の体捌きがかなりのものだと証明する。先ほどは顔をしか見えなかったが、その身体には幾つもの傷跡が残り、厳しい鍛錬か、あるいは実践を経ていることが窺えた。

 

 

 

「恐れ入ります。私は、大梁義勇軍の大将の一人の楽進と申します。援軍の数は如何ほどで?」

「俺は曹操の客将をしている北郷一刀だ。いまは騎兵が500ほど先行してるが、後から本隊の5500が追加される。あと半刻で着くとは思うが、全部で6000だ」

「そうですか………ならば、もう大丈夫ですね。あと、この街には城門が3つあって、そちらも賊に襲われているので、できれば援軍に向かいたいのですが………」

「そちらも問題ないよ。200ずつ騎兵を両側に回して、賊を攪乱するように指示を出してある」

「そうですか………ならば、これからは防衛ではなく攻撃の時間ですね!」

「んー…このまま時間を稼いでもいいんだけど………どうしたい?」

 

 

 

一応稟の指示があるから、即断はできない。俺は楽進に尋ねた。

 

 

 

「わっ、私が決めるんですか!?」

「だって君は義勇軍の大将の一人だろう?ならば今は俺と君で裁量を下すしかない。さて、攻めか守りか………どちらがいいと思う?」

 

 

 

俺の問いかけに、彼女はいくらか逡巡した後、言葉を紡いだ。

 

 

 

「………守り、です」

「理由は?」

「官軍とはいえ、まだ数は圧倒的に少ないです。それに、我々の方も怪我人が多く、あまり無茶な動きはさせられないので………」

「………そうか、よく判断したな」

 

 

 

引き際を心得ている。楽進か………きっといい将になるのだろうな。俺は将来有望な少女に感心しながら、兵たちに指示を出す。

 

 

 

「方針は先に伝えた通りだ!本隊が到着するまで此処を死守しろ!!」

「「「応っ!!!」」」

 

 

 

そうしてきっかり半刻後、到着した稟率いる本隊と共に、俺たちは賊を殲滅した。

 

 

 

 


 
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