No.185562

「無関心の災厄」 過去編 ヤマザクラ (5)

早村友裕さん

 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

※「無関心の災厄」シリーズの番外、過去編です。

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2010-11-20 14:12:49 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:843   閲覧ユーザー数:836

            「無関心の災厄」 -- 過去編 ヤマザクラ

 

 

 

第5話 意地っ張りなキツネの最後の笑顔

 

 

 

 ところが、振り上げたイズミの銀色の尾から、光が放たれた。

 先ほど梨鈴が発したものと同じ、マイクロヴァースの発動だ。

 

「なっ、何だこれ?! どうして僕まで……!」

 

 崩れ、消え始めた自分の両手を見て悲鳴を上げたイズミに、夙夜は淡々と告げる。

 

「知ってる? マイクロヴァースってね、誘発するんだ。体のどこか一か所で発動すると、その隣も、そのまた次も、って次々に発動する。だから、珪素生命体《シリカ》を破壊するのは簡単。もちろん、有機生命体《タンソ》である俺たちには効かないけど」

 

 ああ、そうか。

 だから夙夜は自分の体と引き換えにしても、マイクロヴァースの発動した梨鈴の体の一部を使って、ほんの少しだけアイツを傷つけた。

 それを聞いて、イズミは大きく目を開けた。

 

「何で有機生命体《タンソ》のお兄さんがそんな事を?」

 

「んー……俺、田舎育ちだから?」

 

 ああ、夙夜、相変わらずオマエの言う意味はわかんねーよ。

 ほら見ろ、イズミとかいうネコ少年も呆れ返ってんじゃねーか。

 しかし、少年はその言葉を聞いて、最後に笑った。

 

「意味分かんない」

 

 マイクロヴァースは、イズミという名だった少年を喰いつくした。

 

 

 

 ああ、なんてこった。アイツ、本気で珪素生命体《シリカ》を破壊しやがった!

 いや、分かってる。見た目はぼーっとしてるアイツが、とんでもないスペックを隠し持っている事には気づいていた。

 それでも、まさかこんな形で破壊するだなんて、オレには予想できなかった。

 記憶力は悪くないくせに、人の名前は絶対に覚えない。目がいいくせに、運動神経もいいくせに、何もないところで躓く。携帯嫌いなくせに、いつだって持ち歩いてる……でも使わない。周囲の事なんててんで気にしないくせに、景色も音も空気もすべて感じている。正真正銘ヒトのくせして、当たり前のようにヒトらしからぬ言動をする。その上超絶マイペース。

 ほんとに、変なヤツだ。

 そして、いったいなぜこいつがこれほど珪素生命体《シリカ》に詳しいのか――それだけは、聞いてはいけない気がした。何より、アイツ自身が分からないって言ってたじゃねえか。

 さすがに力が尽きたのか、ぐったりとサクラの樹にもたれかかったアイツに、梨鈴はそっと寄り添う。

 意地っ張りな彼女がいったい何を囁いたのかは知らないが、アイツはぽつりと呟いた。

 

「……ありがと」

 

 眼を閉じたアイツの隣で、銀色が蕩け始めた。

 当たり前だ、イズミだけでなく梨鈴のマイクロヴァースが発動しているのだから。

 銀色の髪も、柔らかそうな尻尾も、何もかもが消える。

 最後に尻尾を触らせてくれって言ったら、怒るかな?

 見ていられなくて背を向けたオレの背に、意地っ張りなキツネの声が飛ぶ。

 

「マモル」

 

「ん?」

 

 振り向けない。今見たら、その光景が網膜に焼きついちまう。

 

「見て。あたしの事、忘れないように。シュクヤとスミレは、絶対あたしの事忘れるから、マモルは忘れないで」

 

「……お前なぁ、いったいオレを何だと思ってやがんだ」

 

 仕方ない。

 おそらくもう意識がないであろうアイツの代わりに、オレが見届けてやるよ。

 振り向いたオレの目には、驚くほど鮮やかなサクラ色に染まって、初めて見せる笑顔の梨鈴が佇んでいた。

 すでに足は消失し、袖の辺りもはらはらと崩れていっている。

 しかし、その笑顔だけは何よりも、サクラより蒼いソラより、何より美しかった。

 ああ、最悪。

 オレはいつだってこんな役回りだ。

 とても主役になんてなれやしない。

 オレは、夙夜《アイツ》じゃねーんだ。オレがオマエの事を絶対に忘れない、なんて期待しないでくれよ?

 

 

 

 

 

 

――相談があります。部室に来てくれませんか?

 

 真夜中のこんなメール、普通の女子高生なら無視だろう。

 しかし、残念ながら先輩は普通ではない。

 

――先に待ってますです

 

 日本語的におかしいがそこには突っ込まないでおこう。

 携帯を手にこっそり侵入した学校の文芸部室の扉を開けたオレの目には、窓から差し込む満月の光を浴びて妖艶に佇む先輩の姿が映った。

 

「ふふ、どうしたのですぅ、マモルちゃん。こんな夜中に。愛の告白ですかぁ? それならいつでも大歓迎なのですっ」

 

「冗談やめてくださいよ、先輩」

 

 オレは肩を竦め、椅子に座った。ぎぃ、と椅子が軋む。

 

「リリンちゃん、消えちゃったのです。ワタシはとっても悲しいのです」

 

「すみません、オレには何も……できませんでした」

 

「分かってるのです。珪素生命体《シリカ》の存続にワタシたちが干渉する事なんで、普通は出来ない事なのです」

 

「でも、アイツは――」

 

 言いかけて、オレは口を閉ざした。

 何から話していいか分からなくなったからだ。

 ところが、先輩はくすくすと笑う。

 

「分かってるのですぅ。今日だってきっと、アノ子のことを聞きたかったのでしょう?」

 

「ああ、そうです。アイツ、いったい……何者ですか?」

 

 うすうす感づいてはいた。ただ、この1年間目を向けないようにしていただけで。

 しかし、今回の事で、これから自分に降りかかる『災厄』の片鱗を見た気がするオレにとって、知らない事は命にかかわる大問題だった。

 

「今回、はっきり分かりました。これまでもずっと思ってたんですが……あいつ、不自然なんです。見えないモノを見えるっていったり、聞こえないはずの音を聞いたり、たまにわけわからない事を口走る」

 

 他にもヒントはいろいろあった。

 山に入った時だって、実は常に周囲を観察していた。

 まるで何かを警戒する獣のように、じっと草藪を見つめたり、木に手をあてて感触を確かめたりと、おかしな行動をしていた。

 

「先輩、言いましたよね。アイツにあだ名、つけましたよね。覚えてます。アイツに、似合わない名前だと思ったから」

 

「ふふふ、でも、気づいてみるとぴったりでしょう?」

 

「……そうですね」

 

 そう返答すると、先輩は嬉しそうに笑った。

 

「アノ子は、『無関心の災厄』」

 

 それは、アイツに与えられた似合わない名称。

 その本質を言葉にした先輩は、くすくすと笑う。

 

「『口先道化師』であるキミにも、少しずつ見えてきたのですぅ? アノ子がほんとに何を隠しているのか」

 

「ああ……口先道化師としては非常に陳腐な答えになりますけど、アイツ……」

 

 見えないものを見て、聞こえないはずのモノを聞く。

 ほとんどないヒントから答えを導く。

 

「『人間じゃない』んですか?」

 

「ふふふ、本当に陳腐な答えですねぇ」

 

「だってそうでしょう?」

 

 オレの言葉を聞いて先輩は唇に指をあてた。

 

「それは、間違いじゃないけど正解じゃないのです」

 

「どういう事ですか、先輩」

 

「アノ子は人間です。正真正銘、有機生命体《タンソ》の人間。でも、その中に宿るのは『ケモノ』――獣なのです。ニンゲンの形をしながら、野性的な感覚を持っている、野生のケモノなのです」

 

 

 ヤセイのケモノ

 

 

 先輩の言葉は、もやもやとしていたオレの中身をクリアにした。

 

「ケモノだから珪素生命体《シリカ》に好かれてしまうのかもしれないのですねぇ。珪素生命体《シリカ》は人間に近い形でも、その本質はケモノに近いのですから」

 

 珪素生命体《シリカ》。

 はるか昔、人間の手によって創られた彼らについて、オレが知ることは少ない。ただ分かるのは、先輩の言うとおり、ケモノに近い珪素生命体《シリカ》は、確かに夙夜《アイツ》に惹きつけられるだろうって事だけだ。

 おそらく、梨鈴がそうだったように。

 

「でもアノ子は賢いから、それを悟られるとニンゲンから逸脱する事を知っているのです。アノ子は自分の能力に無頓着でなければ、ココで生きていけないのです。見聞きしたことをそのまま口に出せば、知っている事をそのまま言ってしまえば、ニンゲンから逸脱している事がバレてしまうことを知っているのです」

 

 オレは闇を睨みつけたまま、先輩の言葉を黙って受け入れた。

 

「『無関心の災厄』――無関心なのです。本当は何もかもに興味がないのです。キミは知っているでしょう? アノ子が自分自身の能力にさえ無頓着な事を」

 

「……」

 

 ああ、知っている。アイツが自分の能力をひけらかすどころか全く使う気がないのだという事をよく知っている。

 それどころか、自分の能力に気付いていないのではないかとさえ思えてくる。

 

「だから、無関心がバレないように何かに関心があるフリをするのです。それがプリンだったりリリンちゃんだったりするのです。でも、その関心はどこか不自然、でも、アノ子が演じ続ける限り、それは周りのヒトにバレないのです」

 

「……オレにバレましたけど?」

 

「アノ子の真実を見出すのは、マモルちゃんが思ってるほど簡単じゃないのですよ? マモルちゃんは気がついたってコトを自慢してもいいのです。それはマモルちゃんの能力です」

 

 おいおい、『香城夙夜が本当は世の中すべての事象に対して無関心で、野生のケモノ並みの五感を持ってる事を見破った』なんて、いったい誰相手に自慢するんだ。

 ああ、長い文章だ。その上、センスが悪い。そして何の役にも立ちはしない。

 オレは頭の中の言語を全部振り払って、先輩に背を向けた。

 

「アノ子は全部をひた隠しにして生きてきたのです。可哀想な子なのです」

 

「……オレにバレても、所詮口だけだから安心ってか?」

 

 自嘲気味に呟くと、先輩は言った。

 

「それは違うのですよ?」

 

 ふっと振り向くと、先輩はぎしぎしと音を鳴らしながら、パイプ椅子に体育座りしていた。

 スカートの中が見えそうになって、オレは思わず視線を闇に戻す。

 満月の光を浴びた先輩の髪色が一瞬、黒じゃない色に見えたのは気のせいだろうか?

 

「マモルちゃんは純情ですねぇ、そんなところもスキなのですよ?」

 

「からかわないでくださいよ、先輩」

 

 それでも背後でくすくす笑いながら、先輩は続けた。

 

「コトバは魔法です。ニンゲンが使える道具の中で、心に直接触れられるのはコトバしかないのですよ? それは、ニンゲンを相手にする場合、最強の武器なのです。だから、アノ子はマモルちゃん、キミを選んだのです」

 

 ぎし、と椅子が啼く。

 選んだ? 何に?

 オレは聞かない。それは、オレの悪い癖かもしれない。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥なんて言葉は、オレの天敵だ。

 分からない事があっても分かるフリをして煙に巻くのがオレの常套手段なのだから。

 そのまま、部屋の外に続く扉を開けた。

 

「アイツ、さ……」

 

 オレは最後に先輩に問う。

 

「人間……だよな?」

 

「そうなのです。だから、キミはアノ子の傍にいてあげて欲しいのです」

 

 ぱたん、と扉が閉じた。

 

 

 


 
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