No.184278

「無関心の災厄」 過去編 ヤマザクラ (4)

早村友裕さん

 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

※「無関心の災厄」シリーズの番外、過去編です。

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2010-11-13 17:06:29 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:703   閲覧ユーザー数:698

            「無関心の災厄」 -- 過去編 ヤマザクラ

 

 

 

第4話 無関心の災厄

 

 

 梨鈴とイズミの身体能力の差は歴然で、珪素生命体《シリカ》にも性別による体力差があるんだろうかとか、オレはぼんやりと考えていた。

 きっと、このままでは梨鈴は消滅する。

 と思った瞬間、イズミの長い尾が梨鈴の腹を強打した。

 そのまま吹っ飛ばされてヤマザクラの幹に叩きつけられた梨鈴。

 

「梨鈴っ!」

 

 それが最後。

 梨鈴から銀色の光が放たれて、彼女の服の裾が微かに崩れ始めた。

 

――マイクロヴァースの発動

 

 それは、珪素生命体《シリカ》にとって『死』を意味する。

 胸の辺りがザクリと抉られる。

 梨鈴が、消滅する? そんな……

 照れて尻尾を揺らしたり、つんけんした口調も、膨らませた頬も、すべてが消えてしまう。

 

「シュクヤ」

 

 目にいっぱい涙を溜めた梨鈴が振り向いた。

 珪素生命体《シリカ》の傷口から血が流れる事はない。

 しかし、オレの目には全身から血を流す少女の姿に映っていた。

 

「助けて」

 

 あの涙は本当にオレたちと同じ成分なんだろうか、と考えてしまったオレは残酷だ。

 それなのに、すべての珪素生命体《シリカ》の存在を無に帰すマイクロヴァースが発動し、足元から消え行くキツネ少女の姿が美しいだなんて、どうして思ってしまったんだろうか。

 何の躊躇もなく制服のネクタイを外した夙夜を見て、オレは思わず止めに入る。

 

「お前、珪素生命体《シリカ》の喧嘩に手ぇ出すのか? あれだぞ、梨鈴を助けるって事は、イズミを破壊するってことだぞ?! 珪素生命体《シリカ》の破壊は殺戮に等しい行為だぞ?! それに、梨鈴はもう――」

 

 夙夜は、にこりと笑ってネクタイをオレに手渡した。

 

「うん。でも、だって、俺がリリンを選んだ時点で答えは出てたんだ。俺がリリンの味方になった時点で、イズミを破壊する事になる未来は決まってた。だって、リリンの望みは叶えてあげたいでしょ?」

 

 淡々とした口調に、オレは思わず聞き返す。

 

「オマエ、まさか最初から分かってたのか?」

 

「んー、何となく、だけどね」

 

 オレの中に何とも言えない感情が渦を巻く。こんな結末、回避する事はできなかったのだろうか?

 出来たかもしれない。でも、夙夜はそうしなかった。

 梨鈴がこの道を選んだ。そして、山を降りよう、と言った彼女は、決して『逃げる』とは言っていなかったから。

 珪素生命体《シリカ》の破壊は殺戮だと思うか、と聞けば、コイツはきっと『Yes』と答えるだろう。そして、殺戮と認識した上でイズミを破壊するのだ。

 一度言った事は覆さない、その信念は、曲げられないモノなのか?

 コイツの価値観は、理解できたようで、オレにはまだ全くわからない。

 

「『無関心の災厄』ね……ダテでその名がついてるわけじゃねーってワケか」

 

 世の中の流れに任せる。自分は動かない。無関心。不干渉。無忠告。

 そんでもって、最後の最後、最終でどうにもならなくなった時だけ『デウス・エクス・マキナ』として登場し、その能力で以てすべてを無に帰す。

 まさに『無関心の災厄《no interest bringing disaster》』。

 

「確かにアンタは天才だよ、『名付け親《ゴッド・ファーザー》』」

 

 無邪気な先輩の笑顔を思い出し、オレは、どうしようもなく、笑った。

 どうやら人間ってのは、訳わかんなくなると笑うように出来てるらしい。

 

「そういう事なんだな、夙夜」

 

 お前はずっとそうして生きてきたんだな。オレたちには見えないモノを見て、聞こえない音を聞いて、それをひた隠しにして生きてきたんだな。

 普通の人間ならばこれくらいだろうと、自ら設定した枠を超える事なく、オレたちからは想像もつかないような情報の渦の中で生活しているのだ。人より多くのモノを見て、人より多くのモノを聞いて。そしてそれを、並はずれた頭脳に少しずつ刻んでいく。

 それでいて狂わないアイツの本質を疑った時、オレは初めて――ぞっとした。

 そして、夙夜が梨鈴とイズミの間に立った時、なぜだろう、第六感など特別優れてもいないオレにも、この戦いが終了するような予感がした。

 

 

 

 

 アイツは笑顔で、梨鈴の頭を撫でた。

 

「リリンは、ちゃんと決めたから。だから、オレが手伝うよ」

 

 そして、まるで童話の中の王子が姫にするように、梨鈴の髪を一房手にして、口付けた。

 不自然なほどに自然なその仕草は、アイツの異質さを前面に押し出していた。

 

「髪、少しくれないかな?」

 

 そう言うと、梨鈴はこくりと頷いて水晶の爪で自らの髪を一房、切り離した。

 銀の一房を受け取った夙夜は、にっこりと笑ってイズミの方を向いた。

 

「ごめんね、イズミくん。何の恨みもないんだけど、俺、リリンに協力するって約束しちゃったんだ」

 

「何? 有機生命体《タンソ》のお兄さん、その『異属』の代わりに僕を破壊しようって言うの?」

 

 答える代りににこりと笑う夙夜は、オレと同じ制服を着ているというのにまるで別世界の人間のようだった。

 この感覚を、オレはどう説明していいのか分からない。

 ただ、消えていく梨鈴と、梨鈴の代わりにイズミと対峙した夙夜を交互に見つめる事しかできなかった。

 オレみたいな凡人が、こんな所に入り込む余地なんてないのだ。

 梨鈴から受け取った髪の房をまるでナイフのように束に、夙夜は地を蹴った。

 しかし――

 

「でも、お兄さん馬鹿なの?」

 

 歯が立つわけがない。

 何しろ相手は珪素生命体《シリカ》――珪素を元に創られた、超硬度の生命体。オレたちは武器なしに傷一つ付けることだってできはしないのだから。

 もし可能性があるとするなら、それは彼の手に握られた一房の髪。

 イズミと同じ素材で出来た梨鈴の髪ならば何かしら相手を傷つける事は可能かもしれないが、それでもイズミを戦闘不能に追い込む、またはマイクロヴァースが発動するほどの深刻なダメージを与える事は不可能なはずだ。

 案の定、夙夜はあり得ない硬度の拳を受けてその場に崩れ落ちた。

 

「もろいよね、有機生命体《タンソ》は」

 

 傷一つつかない珪素のカラダは、簡単に夙夜を傷つける。

 

「……夙夜」

 

「止めないでね、マモルさん。マモルさんは、見てて欲しい」

 

 もう一度銀色の束を手に立ちあがった夙夜は、傍から見ていて痛々しい。

 だが、イズミは立ち上がった夙夜を見て不服そうに頬を膨らませた。

 

「何だ、もしかして……避けてるの? 僕の攻撃」

 

「避けきれないけど、勢いは殺してるよ。そんなの、まともに食らったら俺だって無事じゃいられない」

 

 勢いを殺して受ける。

 あの、野生動物並みの速度で襲ってくるイズミの拳を認識して一瞬で判断し、避けているというのか?

 いや、もしかするとコイツならやるかもしれない。

 夙夜、コイツはおそらく――とんでもなく目がいい。もしかすると、耳もいいかもしれない。あまりに人並み外れているため、オレにはそんな陳腐な言葉しか浮かばないのだが。

 それが本当なのかはオレには果たして確かめるすべがない。

 ただ、何となく直感的にそう思っただけだ。

 そしてヤツはとうとうイズミの動きを捕えた。

 銀色の尻尾が自分に叩きつけられる瞬間、その尾を一瞬で掴み取る。

 骨を切らせて肉を断つ。

 夙夜はにこりと笑う。

 

「捕まえた」

 

 捕えた尾に、まるで鞭のようにしならせて尾に叩きつけた。

 

「!」

 

 イズミの尾の銀毛がぱっと散った。

 驚いたネコはぱっと獲物から距離をとる。

 硬い毛を持つ尾を握りしめた夙夜の手からは、血がぽたりと零れおちた。

 

「あーあ、傷つけちゃった」

 

 切れ込みの入った尻尾を両手で撫でて確認し、イズミはくすくす笑った。

 その姿は、無邪気な子供にしか見えない。大切なおもちゃを壊された子供。

 オレは、動けない。

 夙夜は手にしていた梨鈴の髪をはらはらと地面に落とした。

 

「治るまでに時間かかるんだからね」

 

 イズミの怒り、それは、殺気。

 これまでと雰囲気を纏ったイズミは、次の瞬間に一気に間合いを詰めて夙夜の顔面に拳を叩き込んでいた。

 珪素生命体《シリカ》の一撃、殴り飛ばされた夙夜はそのままヤマザクラに叩きつけられた。

 

「だから無駄だって」

 

 ぐったりと幹にもたれかかった夙夜に向かって、イズミが呆れたように言い落とす。

 

「珪素生命体《シリカ》は有機生命体《タンソ》に干渉しないって言われてるけど、それは、興味ないだけだよ。僕は、ちょっと興味あるんだ」

 

 イズミはにこりと笑った。長い尻尾が揺れている。

 

「だから、お兄さんの事、ここで消しちゃうかも」

 

 殺気。

 これは自然と野生を忘れた人間が持ちうるものではない。

 

「さよなら」

 

 イズミは尾を大きく振り上げた。

 あのまま夙夜を貫く気だ。止めなくては、飛び込んで、オレでも全力で突っ込めばイズミの体勢くらい変えられるかもしれない。

 でも、間に合う? 間に合わない?

 だめだ、オレには何も出来ない――?!

 

 

 

 


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