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涼州戦記 ”天翔る龍騎兵”3章16話

hiroyukiさん

相変わらず暑い日々が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
作者はへたれぎみです。
今回で3章は終わりとなりますが・・・
いやー、ほんとに3章は苦労しました、特に曹操編。
なんてったって完璧超人華琳様ですからへたなことは書けません。

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2010-09-12 11:43:11 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:4584   閲覧ユーザー数:3358

第3章.過去と未来編 16話 そして英雄達は集う 

 

夏侯淵は気が付くと荒野に立っていた。

 

だが唯の荒野ではなく…戦場だった。

 

辺り一面、死体、死体、死体で覆われていた、それも曹操軍の兵の死体で。

 

自分の置かれた状況を把握しようとしていた夏侯淵だったが…

 

「間に合わなかったのか…」

 

自分達にとって意味の無くなってしまったこの戦いをなんとか止めようとしたがそれを果たせず自軍の崩壊を目の当たりにし、夏侯淵はがっくりと肩を落とす。

 

気を落としたまま少しの間とぼとぼと歩いていたのだが、ふと目の前のある光景を見て糸が切れた操り人形のごとくガクッと両膝と両手を地面につけて呻く。

 

「うぅぅぅ…凪、真桜、沙和」

 

彼女の目に映ったのは……

 

首のない李典と思しき死体と両腕のない苦悶の表情で息絶えている于禁の死体…そして全身を無数の槍で貫かれて息絶えた楽進の死体であった。

 

部下達の無残な死体を見て項垂れていた夏侯淵であるが、あることに思いが至る。

 

「そうだ、華琳様は?、姉者は…華琳様-!姉者―!」

 

主君と姉の名を叫びながら荒野を彷徨う夏侯淵。

 

しばらくそうして荒野を彷徨っていた夏侯淵の目にあるものが映る。

 

なにやら2本の棒らしきものが立っており、その先端に丸いものが付いているのだ。

 

だがそれを見た夏侯淵は嫌な予感がしてしょうがなく別の方向に行こうと体の向きを変えようとするが…体は言うことを聞かず2本の棒へ向かって1歩1歩近づいていく。

 

「(いやだ、そっちには行きたくないんだ。言うことを聞いてくれ、そっちには行きたくない!!)」

 

まるで操られているかのごとく歩む体に夏候淵は必死に抗おうとするものの空しく時間が過ぎ去るのみだった。

 

1歩進む毎に恐怖という名の槍が彼女を彼女たらしめている理性という名の防壁に穴を穿ちヒビを広げていき、棒の近くまで来た時には崩壊寸前だった。

 

夏侯淵は最後の抵抗とばかりにあらん限りの力で目を瞑る。

 

しかし体は無慈悲にもお前の犯した罪を見よとばかりに顔を上げ瞼を開く。

 

彼女の目に映ったのは…

 

「うわああああぁぁあああぁぁぁぁぁぁ」

 

荒野に絶叫が響き渡る。

 

棒の先にあったのは敬愛する主君、曹操と愛する姉、夏侯惇の…恨めしそうに自分を見る生首だった……

 

 

「うわあああぁぁぁああぁぁぁ」

 

絶叫と共に飛び起きる夏侯淵だがその目に映ったのは見知らぬ部屋だった。

 

「はぁはぁ…ここは?…うっ」

 

見慣れぬ部屋にきょろきょろと見回していた時に左肩に痛みが走り右手を肩に当てる。

 

「んっ?斬られたところが手当てされている」

 

とその時、扉を開けて部屋に入ってくる者がいた。

 

「どうやら目を覚ましたようね。ああおとなしく寝てなさい、左肩はけっこう深手だったのよ」

 

「あっあなたは馬騰殿…ということはここは…」

 

「そう、我が城の一室よ」

 

部屋に入ってきた馬騰は微笑みながらそう言うと夏侯淵が寝ていた寝台の傍に歩み寄りそこにあった椅子に腰掛ける。

 

「…どうして私はここに?」

 

目覚めたばかりでまだ頭がぼぉっとしているらしい夏侯淵に馬騰は穏やかに話す。

 

「部下が偵察に行った際に崖から川に落ちたあなたを発見してここに連れて来たのよ」

 

「…崖から?…そうだ、思い出した。胡車児達に襲われて…」

 

夏侯淵の呟く聞きなれない固有名詞に馬騰は怪訝な顔になる。

 

「胡車児?だれ?」

 

「我が軍の密偵だと思っていたのですが、張譲の手の者だったよ・う・で…そうだ!華琳様を止めなければ、戦いは、戦いは始まっているのですか」

 

なにかを思い出したようで急に慌て出した夏侯淵を宥めるように馬騰が言う。

 

「先ずは落ち着きなさい。それにしてもやはりそちらにも奴の手の者が入り込んでいたか」

 

夏侯淵の洩らした言葉に考え込もうとする馬騰だが夏侯淵はそれを許さない。

 

「落ち着いてる場合ではありません!早くしないと我が軍の兵達が無駄に死んでしまいます。ましてや奴らがまだいるのです。混乱に乗じて華琳様に危害を加えることも考えられます。早く戦いを止めなければ!!」

 

せかしてくる夏侯淵に馬騰はやれやれとばかりに

 

「仕方ないわね。誰かある!!」

 

馬騰の声を聞き、外で見張っていた衛兵が中に入ってくる。

 

「はっ」

 

「馬車を1台用意して。後、程昱を呼んできて」

 

「はっ、わかりました!」

 

部屋を出て行く衛兵を見送った馬騰は夏侯淵へと向き直ると落ち着かせるように言った。

 

「とにかく落ち着きなさい。私達はあの子を害するつもりはないわ。それに奴らがなんかしてくることは考慮済みよ。」

 

やがてやってきた程昱に戦場に行く旨を伝えると馬騰は夏侯淵と共に飛び出していった。

 

 

馬騰と夏侯淵が城を発って半日ぐらいが過ぎた頃。

 

戦場において戦端は既に開かれており、曹操軍は今窮地に陥っていた。

 

数が多いはずの曹操軍がなぜ窮地に陥っているのか、その原因はいくつかあるがもっとも大きなものは夏侯惇の暴走である。

 

だが夏侯惇も一流の将帥である。

 

猪突ぎみであることは否めないがそう簡単に相手の挑発に乗って暴走するような人物ではない。

 

ではなぜ暴走したのか?

 

その説明の為、話しを馬超達の軍議の席、程昱の場面へと戻そう。

 

「その策とは~先ず、今の曹操さんの軍の主力は夏侯惇さんの部隊ですから夏侯惇さんを挑発して暴走させ罠にかけて無力化しましょう~」

 

のほほんとした顔で説明する程昱に一刀が難しい顔で問う。

 

「でも風、情報によれば夏侯惇は猪突ぎみだが一流の将帥だ。そう簡単には挑発に乗らないんじゃないか?」

 

他の者達もそうだと言わんばかりの顔をする中、程昱は平然と答える。

 

「その情報はちょっと修正の必要があるのですよ~。基本的に夏侯惇さんは猪突型の武将さんなんですね~まあ董卓軍の華雄さんほどではありませんが、でも今までは夏侯惇さんは暴走して失敗したことはありません。それはどうしてなんでしょうか~?それは夏侯淵さんがいたからなんですよ~、その絶妙な連携をもって後方から援護したり後方を突こうとする相手を押さえたりしてたんですね~。でも今曹操さんのところに夏侯淵さんはいません。ならば容易く暴走に追い込むことができるでしょう~」

 

程昱の説明に一刀は納得したようにうんうんと頷く。

 

「なるほどなー、でも夏侯惇の武はかなりのものだからな餌を持った手を手首ごと喰い千切られないようにしないとな。誰を充てるんだ?」

 

「そうですねーここは翠ちゃんにがんばってもらいましょう」

 

「うえっ!あたしがやるのか…」

 

という訳で夏侯惇と対峙した馬超が程昱に教えられた通り、

 

「おや、お守りの夏侯淵がいないようだが猪突しすぎて見捨てられたのか?」

 

と言ったところ

 

(ぷちっ!)

 

後日、馬超は語った。

 

「戦場の騒然とした中で確かに何かが切れたような音が聞こえた」

 

「うおおおぉぉぉ、やっっぱり貴様らかーーー」

 

いきなり切れた夏侯惇が大刀を構えて突っ込んできたのだった。

 

すかさず反転した馬超は罠の方へと夏侯惇を誘導していく。

 

 

いきなり突撃し出した夏侯惇に驚いた荀彧が後退の合図の銅鑼を鳴らすが頭に血が上った夏侯惇の耳には入らない。

 

「あんの猪がーー」

 

荀彧の怒声が空しく響くのみだった。

 

後は罠を用意して待っていた郭嘉により夏侯惇は幾重もの網に絡め取られ捕縛されてしまう。

 

そして夏侯惇に釣られるように突撃してきた夏侯惇の部隊も一刀の罠により幾人かの怪我人を出したものの身動きが出来ないようにされ無力化されたのである。

 

曹操軍の他の部隊も手を拱いていた訳ではなく夏侯惇隊の援護に出ようとするもののその度に馬岱や呂蒙に横を突くような動きをされて動くに動けない状態にされていた。

 

「凪ちゃん、早く春蘭様を追いかけないとまずいことになっちゃうのー」

 

「しかし沙和、我らの隊は新兵が多い。横を突かれたら混乱に陥りかねないぞ、そうなれば華琳様をお守りすることが出来るのが親衛隊だけになってしまう」

 

「それにな、沙和。ここ最近の戦で親衛隊もかなりの損害を受けとる、満身創痍ってやつや。いくら季衣や流琉が居ってもあの騎馬隊の相手はきついで」

 

……………

 

そのような経緯を辿り曹操軍は開戦早々に主力の1万を失うことになり、今や曹操軍2万に対し馬超、孫策軍2万4千と逆転してしまったのである。

 

ちなみに馬超軍の歩兵5千の内2千は城に残してきており、残りの3千は夏侯惇隊の監視に置いている。

 

今、馬超達は孫策軍1万5千を前面に騎馬隊9千を2つに分けて左右に配置した鶴翼の陣を敷いて曹操軍を半包囲している。

 

「きーー、まったくあの猪はー!一体なんてことをしてくれるのよ!!」

 

「まあこうなる危険性を考えてなかった訳ではないけれど、こうも見事にやられるとは思わなかったわ。…私の覇道もここまでか」

 

ぽつりと呟いた己の主の言葉に荀彧は顔色を変えて訴える。

 

「そんなことはありません!逆転されたといっても差は4千ぐらい、再逆転はまだ可能です」

 

必死に訴える荀彧であるが、主である曹操は小さく首を振る。

 

「桂花、あなたもわかってるでしょう?再逆転は可能かもしれないけど春蘭達主力を失った状態の我が軍では1万も残ればいい方だわ。弱体化した我々を董卓や劉備が見逃すはずがない、すぐにでも攻めてくるはずよ。でも我らにそれに抗う術はない」

 

「華琳様…」

 

「私に天命はなかったということね…んっ?誰か出てきたわ、降伏でも勧告するつもりかしら、まあ聞くだけ聞くとしましょう」

 

そういうと曹操は1人前へと歩いていった。

 

 

兵を掻き分け前へと歩む曹操を見つめる冷たい目があった。

 

「(曹操軍はもう少しやるかと思っていたが買被りすぎだったか?…いや、夏侯淵を欠いていた為夏侯惇が制御できなかったか。だが夏侯淵は余計なことをしようとしていた、排除は止むを得ない…仕方ない、介入するか)」

 

胡車児は横の部下に小声で指示を出すのだった。

 

 

 

曹操軍の前面に展開する孫策軍の前に馬超、孫策、そして一刀がいた。

 

3人は兵を掻き分け出てくる曹操を見ながら話していた。

 

「どうやら曹操が出てきたようね」

 

「まあ、ここまではうまくいったけどこの後だな」

 

「なあ、どーしてもあたしがやらなきゃいけないのか?口には自信ないよ(汗)」

 

どうにも落ち着かない様子の馬超に一刀と孫策は苦笑する。

 

「すーいー、いまさら何言ってんの、女は度胸よ!」

 

「翠、余り硬く考えることはないぞ。思いの丈を曹操にぶつけてやればいいんだよ!おっと、待たせちゃ悪いな、後ろに下がってるからがんばれよ!」

 

そういうと2人は馬超の斜め後ろへと下がり、馬超と曹操は対峙する。

 

「準備はいいのかしら?どうやらなにか口上でもあるみたいだけど聞くだけは聞くわ」

 

曹操の挑発に馬超は乗りそうになるが首を左右に振ると徐に口上を告げる。

 

「曹操、今回は、あたし達の勝ちだ。これで一勝一敗の五分」

 

「あら、気が早いんじゃない?まだ我が軍は健在よ」

 

「…あたし達がわかってないとでも思ってるのか?確かに数はいるがその殆どが経験の浅い兵と将だ、それであたし達に対抗できる訳ないだろう」

 

「…」

 

駄目で元々とはったりをかけてみたものの見破られており沈黙する曹操。

 

そして馬超は思いの丈を曹操にぶつけるかのごとく続ける。

 

「もういいだろう!これ以上戦ってなんになる?兵達を無駄に死なせる気か、あたしは母様から将の一番の役目は1人でも多くの兵を無事家族の下へ帰すことだと教わった。おまえだってそうだろうが!!」

 

馬超の絶叫が戦場に静寂を呼ぶ。

 

 

馬超の思いの強さに呆気にとられた曹操だが、気を取り直すと共に思い出す、母が言った言葉を。

 

(いい?華琳ちゃん。将というのはね、大勢の兵の上に立つ存在なの。時にその兵達に死ねと命令することもあるわ。でもね、だからこそ無駄に死なせてはいけない。そしてね、1人でも多くの兵を待っている家族の下へ帰さないといけないのよ)

 

「(ふっ、母様と同じことを言われるとはね)わかってるわよ、そのくらい。…それで私にどう「翠!来たぞ!」…えっ?」

 

自らの言を遮られた曹操の目に映ったのは、自陣より馬超へと向かって飛来する数十本の矢だった。

 

その少し前。

 

必死に訴え続ける馬超を斜め後ろから眺めながら一刀は内心でニマニマしていた。

 

「(ふっ、翠も成長したんだな。いいお尻・・じゃない、演説になってるよ)…」

 

だが緩んだ一刀を引き締めるが如く緊張感に満ちた孫策の声が横から聞こえてくる。

 

「一刀、翠のお尻見てニヤニヤしてる場合じゃないわよ。そろそろ来るわ」

 

「お尻って…言いたいことはあるが今は置いとこう。何か動きが見えたのか?」

 

「勘よ、私の勘がそろそろだって教えてくれるのよ」

 

「勘って…でも雪蓮の勘はよく当たるからな。わかった」

 

そういうと一刀は視線を周囲へと移し身構えていく。

 

視線を自軍から曹操軍へと移した時、曹操軍左後方で視線が止まる。

 

「んっ?なにやってんだ」

 

はっきりとは見えないものの動きらしきものが見え、警戒していると一斉になにかがこちらに向かって飛翔してきた。

 

「翠!来たぞ」

 

馬超に向かってそう叫ぶと、軍旗と見せかけて隠し持っていた棍を馬超と孫策へ向かって放り投げる。

 

馬超と孫策は棍を受け取ると曹操の後方へと瞬時に移動し迫り来る矢を棍を振るい次々に叩き落していく。

 

程なくして全ての矢を叩き落した2人は曹操を挟んで両軍に対峙する。

 

「両軍とも動くな!!」

 

覇気を全開にして放つ馬超、孫策の怒声に兵達は身動きできなくなる。

 

 

予想外の出来事に呆気に取られていた曹操だが気を取り直し馬超達に問う。

 

「なんの茶番…違うわね、矢は我が軍の方から来た。どうやらこうなることを察知していたみたいだけど、どういうことか説明してもらえるかしら?」

 

きっと馬超を睨み付ける曹操に苦笑しながら馬超は自軍の方を向く。

 

「おーい、一刀。説明たのむ」

 

黄蓋や陸遜と自軍を押さえていた一刀は馬超の呼ぶ声にやれやれという顔をしながら後を黄蓋達に任せると馬超の下へとやってくる。

 

「翠、せっかく成長したなーと感心してたのにがっかりさせないでくれよ」

 

「いいじゃないか、こういうことは軍師が説明した方がいいだろ?」

 

「はぁー、わかったよ」

 

がっくりと肩を落とした一刀であるが、気を取り直して曹操の方を向く。

 

「はじめまして、曹操殿。私は馬騰軍の軍師を任されています北郷一刀といいます」

 

“北郷一刀”と聞いて曹操はなにかを思い出したようで

 

「北郷一刀…確か汜水関にそんな胡散臭い奴が居たわね。でっ、あなたが説明してくれるの?“天の御使い”」

 

と警戒心剥き出しの顔で今度は一刀を睨む。

 

「それはやめてもらいたいんですけどね、まあいいか。曹操殿、張譲という名を知っていますよね」

 

“張譲”と聞いて曹操は顔色を変える。

 

「当たり前でしょう!母様の仇の名を忘れるはずがないわ。でも董卓が洛陽を制圧した時に張譲達十常侍は全員死んだはず」

 

「実は最近になって判明したんですけど、洛陽で死んだのは替え玉で本人は生きてるようなのです」

 

「なんですって!」

 

驚く曹操を尻目に一刀は続ける。

 

「董卓殿や孫策殿の所で暗殺未遂がありましてその犯人を調べた結果、張譲がまだ生きている公算が大と判明したのです」

 

「ということはさっきの矢は」

 

「はい、奴らが仕掛けてきたものでしょう」

 

とその時、孫策の元に伝令が走り寄り、なにやら告げると戻っていった。

 

「一刀、あなたの部下から報告よ。離脱を図ったので10人ほど捕縛したんだけど全員自害したらしいわ」

 

 

とそこにいつの間にやってきたのか荀彧が割り込む。

 

「ちょっと待ってよ。いろいろ言ってたようだけど証拠がないじゃない」

 

「えっ?えっと君は?」

 

「だれでもいいでしょ、証拠をあげてみなさいよ!」

 

「うーん証拠か…んっ?なんでこんな所に馬車が?」

 

一刀が向いている方向に馬超、孫策、曹操が顔を向けると確かに馬車がこちらに向かって来ていた。

 

「なんで馬車が…ってあれ母様だ!だれか横にいるようだけど」

 

「んー、夏候淵のようね。意識が戻ったのかしら、でもなんで?」

 

そうこうしている内に馬車は一刀達の所に着き停車する。

 

「うん、どうやらうまくいってるようね。一刀君」

 

馬騰の顔を見て渋い顔になった一刀に代わり馬超が答える。

 

「うまくいってるけどさ、なんで母様がここに来るの?それも夏候淵連れて」

 

「だって仕方ないじゃない。あの子がどうしても戦を止めるから戦場に連れて行けって聞かないんだもん」

 

「もんじゃないー!怪我人がのこのこ戦場に来られちゃいい迷惑なんだよ」

 

「大丈夫よ、これくらいの怪我で私が後れを取るわけないわ」

 

ぎゃいぎゃいと言い争う馬親子を尻目に夏候淵は主の前に膝間付く。

 

「華琳様、ただいま戻りました」

 

「無事だったのね、よかったわ」

 

「華琳様、北郷殿のいうことは本当です。あの夜、荀攸よりの伝令から受けた報告を華琳様にお伝えしようとしたところ、張譲の手の者に襲われまして手傷を負いましたが北郷殿の手の者に保護され、今に至っております」

 

「荀攸よりの伝令?」

 

「はっ、青州黄巾党壊滅、張三姉妹は劉備軍に捕縛されたとのことです」

 

「そう…」

 

それで全てを察したのか曹操は無言になる。

 

夏候淵は主を説得するべく切々と状況等を説明していく。

 

 

その傍で一刀は渋い表情のままでいた。

 

「(菖蒲さんに夏候淵までくるとはな、まいったな対象が増えてしまった。うーん)」

 

さてどうしたものかと考えていた一刀だが、ふっと周りを見回してみるといつのまにか馬超や曹操達に混じって兵士の格好をした者が視界に入った。

 

「(曹操達の伝令か?)」

 

と思っていたのだが、その兵士が懐に手を入れた瞬間、周泰の叫び声が響く。

 

「一刀様!」

 

周泰の声を聞いた瞬間、一刀はその兵士と曹操の間に体を投げ出していた。

 

フッ

 

叫ぶと共に兵士に飛び掛り取り押さえた周泰だったが、わずかに遅く矢は放たれた後だった。

 

「うぐっ」

 

周泰の叫び声と一刀のうめき声にあわてて馬超達が駆け寄る。

 

「一刀!どうした…ってなんだよこれ」

 

倒れてうめき声を上げる一刀を抱き起こした馬超は一刀の腹に刺さる吹き矢に狼狽する。

 

「翠、しっかりしなさい!だれか華陀を呼んで来て、急いで!!」

 

騒然とする中、冷淡な声が聞こえてくる。

 

「ふっ、無駄だ。強力な毒を付けてある、もう毒消しも間に合わんさ。はははは」

 

「あんたは、胡車児!なんであんたが?」

 

「曹操殿のお命をちょうだいして曹操軍を混乱させようと思っていたが、代わりに北郷殿の命を頂けるとは、はは、我が主ならばこちらの方が効果は大きいか?」

 

問い詰める荀彧を無視し胡車児は呟き続けるが苦痛に満ちた一刀の声がそれを遮る。

 

「ぐっ、ある・・じとは・・ちょ・・う・・じょ・・うの・・ことだ・・な」

 

一刀の問いに驚く胡車児。

 

「以外にしぶとい方ですな、まだ声が出せるとは。いかにもその通り、私の主は張譲様でそこの小娘ではありません」

 

「ぐぐぐ、・・ちょ・・う・・ぐっ・・じょ・・う・・は・・どこ・・にい・る」

 

「まあ、死に行くあなたに手向けとして教えてあげましょう。袁紹のところですよ」

 

 

苦しい息の元、一刀は続ける。

 

「い・いのか・・ばしょが・・わ・・かれ・・ば・・ぜんぐ・・んで攻め・・込まれる・・こと・・になる・・ぞ?」

 

「ふっ、お気遣い無く。もう袁家の乗っ取りは完了してますし、そろそろ後顧の憂いを断つべく幽州に…?おかしい、あの毒の効き目は早いはず、もう死んでいるはずなのに…きさま!」

 

「一刀殿、頃合いじゃないですか?」

 

狼狽する胡車児をちらりと見ながら郭嘉が眼鏡の位置を直しながら言う。

 

すると一刀は口元の血を拭いながらなんとも無かったかのように立ち上がる。

 

「ま、欲張ってもしょうがない。今はこんなもので十分だ」

 

一刀の平然とした様子に胡車児は信じられずにいた。

 

「そんなばかな!?あの毒は特殊なもので解毒薬はないと主は仰っていた。実際、何度か使ったが助かった者は皆無でどんな解毒薬も効かなかったというのに」

 

「残念だったな。あの毒は五斗米道の秘事中の秘事で殆ど表にも裏にも出回っていない。だから解毒薬というのもないんだ、五斗米道を修めた者以外はな。幸い俺は、五斗米道継承者の華陀と知り合いでな前にこの毒でやられた時に助けてもらったことがあるんだよ」

 

「そんな…」

 

がくっと肩を落とした胡車児だが、顔を上げ一刀を睨み付けて言う。

 

「私はお前に負けた。だが我が主は私など比較にならないようなお方だ。精々無駄な努力をした上で主に逆らったことを後悔しながらあの世へ往くがいい!!(ガクッ)」

 

そう叫ぶと隠し持っていた毒を飲み血を吐きながら息切れるのだった。

 

「一刀様、駄目です。すでに息切れてます」

 

胡車児を調べた周泰が胡車児の様子を報告する。

 

「そうか、どっちにせよこれ以上はしゃべらないだろうし仕方ないさ」

 

周泰の報告に悲しそうな顔で答える一刀に泣きそうな顔の馬超が詰め寄る。

 

「か、一刀!一体どういうことなんだよ(泣)」

 

「あー、実はな…」

 

…………………………

 

 

曹操との早期決着を第一段階

 

張譲の手の者に仕掛けさせ、防いだ上で捕縛を第二段階

 

そして胡車児にやられた振りをして情報を入手が最終段階

 

程昱が考えた策はこの三段階からなっていたのだが、馬超や孫策達には第二段階までしか話していないのである。

 

最終段階のことを知っていたのは、程昱、郭嘉、そして一刀の三人だけ。

 

なぜ、こんなことをしたのか?

 

第二段階で張譲の手の者を全て捕縛もしくは処分できればいいが相手の総数がわかっていなかった為、見逃しが出る可能性が高く、それよりも程昱は第二段階での仕掛けは囮の可能性が大と見ていた。

 

第二段階での仕掛けは距離の関係上、弓矢を選択せざるを得ず、それに弓隊は後方に位置する為、直接狙うことが出来ず山なりに放つしかないのである。

 

それでは超一流の武人である馬超や孫策には防がれる公算大で確実性がない。

 

それならばわざと仕掛けて失敗し油断した所を接近して必殺の一撃を加える方が確実と相手は判断すると程昱は見たのである。

 

それと程昱は最後の刺客を捕縛し少しでもいいから情報を入手したいと思ったのである。

 

恐らく最後の刺客は相手のリーダーのような者で張譲との繋がりがあり、なにか情報をもってる可能性大。

 

唯、単に捕縛しただけなら絶対に口を割るとは思えず、ならばやられた振りをして油断をさそおうとしたのだ。

 

「というわけでお兄さん、やられ役よろしくですー」

 

「えっ、俺か?」

 

「はいー、お兄さんが適役なのですよー。翠ちゃんや雪蓮さんが演技できると思いますかー?それにお兄さんは前に毒矢を受けたことがあります。それを思い出して演技してもらえば迫真の演技になると思うのですよー」

 

「はぁー、わかったよ。でも翠達にこのことは教えなくていいのか?」

 

「はいー、翠ちゃん達には申し訳ありませんが教えてしまうと不自然な行動を取ってしまう可能性が大きいので知らせないでおきましょうー」

 

「はぁー、また翠を泣かせることになりそうで後が怖いよ」

 

「いよっ、この甲斐性なしー」

 

…………………………………

 

 

「というわけなんだけど…」

 

恐る恐る馬超と孫策に説明する一刀だが

 

「それよりも大丈夫なのかよ、矢が腹に刺さってるじゃないかー(泣)」

 

一刀の腹に刺さった矢を見て半泣きの馬超。

 

「ああ、これ?実は…」

 

といいながら上着を脱いだ一刀の胸から腹にかけて木板と薄い鉄板を張り合わせたものを組み合わせた今でいうボディアーマーみたいなものがあった。

 

「状況的に吹き矢とかの小型のものでくると思ったんだ。持ち運びに便利だし毒を使うんだからかすり傷でいいわけだからね。ならこの程度で十分防げると。いやー、でも矢が刺さった時、おもわず雪蓮の時のことを思い出しちゃったよ。そしたら本当に痛くなってきたような気がしてきてさ、けっこう迫真の演技だっただ・ろ…」

 

一刀は余計な一言を言ってしまった。

 

トラウマに引っかかったのか馬超ばかりか孫策も不穏な気配を漂わせ始めた。

 

「…(ごくっ)お怒りはわかりますがちょっとお待ちください」

 

逃げるように曹操の方に顔を向けると

 

「お待たせしました曹操殿。それで証拠なんですが」

 

「それはもういいわ。秋蘭、夏候淵から話は聞いたし、それにこれを見せられれば信じないわけにはいかないでしょう。それで私に如何しろと言うの?」

 

曹操の問いに一刀は姿勢を正し、答える。

 

「…共通の敵である張譲を倒し、この乱れた世を治める為、あなたの力を我々に貸して頂きたい、有体に言えば我々の仲間になってもらいたい。これだけです」

 

一刀の答えに妖しい笑みを浮かべる曹操。

 

「いいの?私を仲間になんて。あなたも知っているでしょう、私が世の人々からなんと言われているか」

 

一刀もにやっと笑いながら

 

「乱世の奸雄、許子将の人物評ですね。ですがその前にこの言葉が入るはずですが?“治世の能臣”と」

 

見詰め合う一刀と曹操。

 

周りは静まり返る、だがやがて

 

「ふふふふ」

 

「はははは」

 

2人は笑い出す。

 

「ふふふ、いいわ、あなた達の仲間になりましょう。そしてあなた達の信頼の証として私の真名を預けるわ。華琳、これからはそう呼びなさい」

 

「ああ、確かに預かろう。俺には真名がないけど皆一刀と呼んでいるからそう呼んでくれ」

 

その後、馬超達や夏候姉妹達も真名を交換し合うことになる。

 

こうして対曹操戦は終わりを告げ、一刀と馬超は母、馬騰の仲間だった孫堅、曹嵩の娘達と共に親の遺志を継ぎ過去の因縁を晴らし未来へと向かうべく張譲に立ち向かうことになる。

 

 

この戦いより数日前、冀州、南皮は袁紹の居城。その玉座の間にて

 

他より一段高くなったところに豪奢な椅子が1つある。

 

その椅子に座るのは本来なら袁紹なのであるが、今は違う人物が座っている。

 

「段珪、出陣の準備は済んだかの?」

 

「はい、張譲様。幽州侵攻の準備は全て終わり、既に高覧に一隊を任せて先行させています」

 

「狼煙台攻略に使う影は?」

 

「はい、これが最後の使い所ですので全てを投入し、もう攻略にかかっている頃合かと」

 

「ふむ、順調に行ってるようだの。そう言えば趙忠はどうしておる?」

 

「はぁ、また例の所かと」

 

「段珪。奴は利用価値があったから好きにやらせておったが幽州攻略が終われば…わかっておるの?」

 

「はっ!わかっております」

 

「うむ、あの女は将どもを動かすのに必要じゃからの、まだ殺すわけにはいかんのじゃ」

 

「はい」

 

「…じわじわと苦しめてやろうと思うておったが、小娘どもの邪魔のせいでそうもいかんようになってしもうた。わしらにもう余裕はない、一気にわしらの復讐をはたさせてもらおう。くくくくく、ははは、はーはははは」

 

2人だけの玉座の間に張譲の不気味な笑い声が響く。

 

張譲の言う復讐とはなんなのか?

 

彼の過去になにがあったのか?

 

今は誰も知らない。

 

だが、得てして復讐に狂った者は狂気に走る。

 

一刀達は張譲の狂気にいかに対抗していくのか?

 

全ては次章で明らかとなるだろう。

 

 

 

そして、某所にて

 

「お姉ちゃん…××は約束守ってるよ。…だから早く帰ってきて」

 

 

<あとがき>

 

どうも、hiroyukiです。

 

今回も遅くなってしまいました。

 

暑さと仕事でやる気を削がれた処に萌将伝で止めを刺されました。

 

さて、今回で対曹操戦が終わり、第3章は終幕となりましたがいかがだったでしょうか?

 

曹操の負け方にファンの方は納得行かないかもしれませんが、そこは作者の能力不足ということでご勘弁願います。

 

唯、本作ではこの戦いの時点で曹操陣営に張遼、郭嘉、程昱が居らず、夏侯淵が戦線離脱していたわけですのでこういうことになっても不思議ではないと思います。

 

次回から第4章となり、一刀達は真の敵、張譲と相対することになります。

 

今話の最後でちらっと書きましたが、張譲は過去のある出来事により復讐に狂っています。

 

その為、「貴様それでも人間か!!!」と言いたくなるようなことも平気でやってきます。

 

戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図となるでしょう。

 

正気でいるのが困難な中で一刀達はどう戦っていくのでしょう。

 

では、あとがきはこのくらいにしてまた次の更新でお会いしましょう。


 
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