No.156660

「無関心の災厄」 ワレモコウ (14)

早村友裕さん

 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

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2010-07-10 14:14:22 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:762   閲覧ユーザー数:750

            「無関心の災厄」 -- 第二章 ワレモコウ

 

 

 

第12話 ケモノの覚醒と幼稚園

 

 

 

 

 

 

 

「何者や?!」

 

 ちっくしょ、逃げ損ねた!

 丸い光の輪が当てられる。眩しさに目を閉じた瞬間、さっと横を何かが通り過ぎた感覚があり、凄まじい金属音が響き渡った。

 今のは白根の爪の音……!

 と、思った瞬間、今度は近くで鈍い音がした。

 恐る恐る目を開けると、夙夜が地面に転がっている。その横には、懐中電灯がころころと転がっていた。

 

「夙夜っ?!」

 

「いててて……」

 

 腰を押さえながら立ち上がり、何かを避けるようにひょいっと飛び上がる。

 見れば、先ほど暗闇から現れた男が夙夜に向かって長い棒を振り下ろしていた。鈍い音がして地面が抉れる。

 

「――?!」

 

 驚いて振り返れば、白根がウサギ少年『ヒナタ』と戦闘を繰り広げていた。

 ああ、もう、どういうこった?!

 

「マモルさん、下がって!」

 

 これは、どう考えてもオレたちが襲われているとみていいだろう。

 夙夜に棒を向けるのは、派手な金髪の青年。まるで大阪のおばちゃんが着てそうな虎の顔がでかでかとプリントされたゆるいTシャツにダメージジーンズ、黒のバッシュとおそろいのメーカーのリストバンド。歳はオレたちより少し上くらい。

 地面に叩きつけた棒がぼきりと音を立てて折れ、腰のチェーンを外してさらに夙夜に向けた。

 夙夜は運動神経が悪くない。むしろいい方だ。しかし、格闘をやっているわけでも日常的に喧嘩しているわけでもない。

 それに対して、相手はとてつもなく喧嘩慣れしているように見えた。

 流れるような動きで折れた半分の棒を拾い上げ、素早く撓らせて夙夜の腕を打った。

 

「夙夜!」

 

 思わず身体が動いていた。

 折れて地面に落ちた残り半分の棒を拾い上げ、金髪の青年に向かって投げつける。

 それを何なく避けた青年がオレの方に狙いを変えた。

 

「あんたら、何者(ナニモン)や!」

 

 きつい関西弁と共に凄まじい速度の拳が飛んできて、思わず跳び退った。

 オレと交替で夙夜が金髪青年を見て何かを見定めるように逡巡し、さっと地面を蹴った。

 と、思った瞬間、後頭部に衝撃。

 

「マモルさん!」

 

 夙夜の声が遠ざかり、背後で金属音がした。

 意識が遠ざかる。

 ヤバい、と思う暇もなく、オレは昏倒してその場に転がった。

 

 

 

 

 

 真っ暗な視界に光が差した。

 

「起きたでー! あんちゃん、起きた!」

 

 耳元に響き渡るキンキン声。

 思わず顔をしかめたが、状況を確認するためすぐに目を開けた。

 視界の隅を子供の影がよぎる。ばたばたと走り回る足音が体全体に振動で伝わってきた。それに、今の子供の声、どこかで聞いたような……

 と、オレが解答にたどり着く前に、白根がおれを覗き込んできた。

 

「よー、白根。元気そうだな」

 

 ああよかった、最初に見たのがマイペース野郎の気の抜ける顔だったら、もういっぺん眠ってやろうと思っていたところだ。

 すっきりとしたアーモンドの瞳でオレを見下ろしていた白根は相変わらず無表情だったが、その日常になぜか少しほっとした。

 どうやら床に寝かされていたらしい、天井の木目は古くかけられていた布団も柔らかいとは言い難い固い綿が詰められた質素なものだった。起き上がろうとすると、後頭部がうずいた。

 

「……痛ぅ」

 

 頭を押さえながら上体を起こしたオレに、白根は淡々と告げる。

 

「おそらく貴方が欲するであろう状況の陳述を行います。ヒナタという識別称を持つ先ほどの珪素生命体《シリカ》が、柊護さん、貴方の後頭部を思いきり蹴り飛ばしました。そこで貴方は昏倒し、その後、10秒以内にケモノがすべてを一掃、現在に至ります」

 

 オレの後頭部が珪素生命体《シリカ》の踏み台になったことやら、夙夜が10秒以内にあの場を収めた事やら、様々突っ込みたい点はあったのだが、重要な事は他にあった。

 

「白根、オレの質問に簡潔に答えろ」

 

「はい」

 

「現在時刻は?」

 

「午後11時37分25秒です」

 

 と、いうことは昏倒してからさほど時間はたっていないな。

 

「ここはどこだ?」

 

「吉田幼稚園内、遊戯室の一角です」

 

 吉田幼稚園? って、さっき言ってた神社の中の幼稚園か?

 じゃあ、起きた時に聞いた声の主は、幼稚園の園児ってとこか。

 

「ヒナタ……珪素生命体《シリカ》はどうした?」

 

「香城夙夜さんが取り押さえた後、現在、屋外で待機状態です」

 

「もう一人の、夙夜を殴ったアイツは?」

 

「不明です。左肩の脱臼と全身の裂傷から、屋内での治療中と予測できます」

 

「左肩脱臼と全身の裂傷? それ、夙夜がやったのか?」

 

「はい」

 

 白根は淡々と答えた。

 夙夜が相手に怪我をさせた? そして珪素生命体《シリカ》を捕えた? それも、ほんの数秒以内に?

 

「夙夜はどこだ」

 

「ここにいるよ、マモルさん」

 

 はっと声のする方向を見ると、夙夜がいつものへらへらした笑みで壁際に座り込んでいた。

 

「オマエは無事なのか? あの金髪のヤツは怪我したって聞いたが」

 

「俺は平気だよ。大丈夫」

 

 大丈夫、と言っているが、少し破れたパーカーの袖から、包帯を巻いた腕が多少見え隠れしていた――コイツ、自分の目がいいからって、オレの視力を過小評価しているだろう。

 が、いくらか借りもあるのでここは流してやる事にする。

 先ほど白根はここを『遊戯室』と言ったが、確かにその通り、オレの周囲にはカラフルなおもちゃがごろごろと転がっていた。

 さて、頭痛はまだあるが、そろそろ宿に向かわない事には、部屋はオレと夙夜だけだからバレないとしても、クラスメイトが遊びにきて露呈しないとも限らないのだ。

 思い切って起き上がろうとしたところで、部屋の外でどたどたどたと足音がして、引き戸がばんっと開かれた。

 

「にぃちゃん起きたで!」

 

 その姿を見て思い出す。

 ああ、そうだ。この子供は昼間に京都御所で会っている。ウサギ少年ヒナタをヒナ、と呼び、警察におもちゃのバットで殴りかかった幼い少年だ。

 そして、子供のキンキン声のあとに、その後から落ち着いた女性の声が追いかけてきた。

 

「気分はどう? お水、持ってきたから、どうぞ」

 

 お盆にペットボトルとコップをのせて。オレの保育士像をそのまま具現化したかのような女性がにっこりと笑いながらこちらに向かってきた。

 ゆるくパーマをかけた茶色めの髪をアップにして、化粧はしているかどうか分からないほどのナチュラルメイク、それでももともとの目鼻立ちが整っているから気にならない。さらにロングスカートとパステルカラーのシンプルなエプロン。この優しげな微笑みといい……もう、狙っているとしか思えない。

 そしてさすがオレのイメージを体現した保育士さん、子供をちゃんと部屋から追い出すのも忘れなかった。

 手渡されたコップの水を口に含むと、後頭部の痛みさえ引く気がする。

 

「申し訳ない、うちの乱暴者が。どうやら、警察関係の人だと勘違いしたらしいんやけど」

 

 警察関係の人と勘違いして襲いかかってくるって……それはそれでまずいんじゃ。

 

「彼、何者ですか?」

 

「んー、どない言うたら……近所の子?」

 

「いや、子っていう年じゃないですよね。確実、オレらより年上だし、無駄に喧嘩慣れしてるし……」

 

 と、そこまで言ってから、怪我が酷いのは向こうの方だと気づいた。

 はた、と我に返り、深々と頭を下げる。

 

「こちらこそ、うちの夙夜が失礼しました。彼の怪我、大丈夫でしたか?」

 

「お気になさらず。いつもの事やから。それより、貴方も乱暴者を抱えて苦労してはるなぁ」

 

 ころころと笑う保育士さんは、ぽん、とオレの肩を叩いた。

 うーん、こっちは乱暴者と言うか天然と言うかマイペースと言うか頭が固いというか、微妙な感じなんだが。

 苦労しているに変わりはない。

 

「あの子、光喜《コウキ》もね、喧嘩ばっかり。怪我ばっかりしよって」

 

 コウキって、あの金髪ヤロウか。

 うすぼんやりと、オレにも事件の全体が見えてくる。

 携帯端末を所望したのはコウキ。目の前の子ども。そしてヒナタ。

 

「困りもんや」

 

 保育士さんは物憂げな笑みを見せた。

 オレはその笑みを見て、半分直感的に判断した。この人は、きっと全部知っているはずだ、と。

 

「……すみません、あの、えーと……保育士さん?」

 

「あら、うち、名乗ってなかった? 早瀬《はやせ》ナユタ。夜勤の保育士、26歳独身」

 

 いくつかいらん情報が。

 

「早瀬さん。いくつか質問してもいいですか?」

 

「ええよ」

 

 この微笑みの裏で、日向《ヒナタ》が何をしているか知っている。

 

「夙夜や白根から聞いたかもしれませんが、オレたち、研修旅行で東京から来たんです」

 

「ああ、通りで言葉遣いがしっかりしてはるわ」

 

「それはいいんですが、昨日の晩、オレたちの宿で盗難があったんです。携帯端末ごっそり」

 

 早瀬さんの笑顔が凍った。

 やはり、この人は知っていた。

 

「非難しにきたわけじゃありません。警察に突き出す気もない。でも」

 

 まっすぐに、早瀬さんに向かって。

 言葉の魔法をかけよう。

 

「返してください。みんな、困ってるんです」

 


 
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