No.143210

「無関心の災厄」 ワレモコウ (6)

早村友裕さん

 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

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2010-05-15 11:23:53 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:650   閲覧ユーザー数:645

            「無関心の災厄」 -- 第二章 ワレモコウ

 

 

 

第6話 最上級の既視感をもたらすクローズドルーム

 

 

 息詰まる沈黙の中、オレたちは畳敷きの部屋に通された。片付けたのか、警察のために新しく用意したのかは知らないが、荷物も何もなく、旅館の浴衣姿のままだった俺達が入るには少しばかり整い過ぎていた。

 ああ、空気が重い。

 朝早くから呼び出されたと推察するが、嫌そうな顔一つせず座っている警察の方、約二名に対しては畏敬の念すら抱いてしまいそうだ。

 教師に促されて、警察官の向かいに座る。

 

「柊護くんと香城夙夜くん、かしら?」

 

 問われたが、だんまりを決め込んだ。

 おおよそ警官らしからぬ、ねっとりと絡みつくような甘い声。警察官なんだろうけれど、淡い茶色に染めて軽くパーマをかけた髪といい、ふわりとした印象の若い女性で、身分証明のため懐から出して提示した黒塗り金紋章の警察手帳はまるで似合っていなかった。

 むしろ、その辺の喫茶店の看板娘といわれたほうがよっぽど納得する。

 それより、いちいち手帳を眼前にさらさなくてもいいと思うのだが、これはもしかするとマニュアルに沿った行動なのだろうか。

 

「はじめまして、京都府警刑事課の溝内と言います。こちらは一連の盗難事件担当の小暮です」

 

 警官の制服姿を見るだけで、先日の出来事が蘇るというのに――あの血濡れの裏庭とか、絶対的な切断面とか。

 ああ、キモチワルイ。

 前回と違うのは、警官の一人がスーツ姿の女性だという事くらいだろうか。

 

「……はじめまして」

 

 オレが全身全霊を賭けて警戒している事は伝わっているだろうが、溝内と名乗った警官は、にこやかに笑いながら机の上に紙の束をどさりと置いた。

 

「申し訳ありません、先生方は席を外していただけますか?」

 

 そう言って部屋にオレたち二人だけを残した婦人警官溝内は、机の上に置かれた紙をぱらぱらとめくりながらにこりと笑った。

 紙の束の表紙には、オレと夙夜の写真。もう一冊は先輩の写真が貼られている。

 それだけで、この紙の束がいったい何に関連する資料なのかが分かった。

 内容が気になるところではあるが、おそらく夙夜が覚えるだろうから、後で聞けばいい。予想していた事だが、警察が現在オレたちに関してどこまで知っているかというのは非常に重要なファクターだ。

 

「先に言っておきますが、オレも夙夜も寝てました。夜中に何が起きたかという事は、何も分かりませんから意味なんてありませんよ。オレたちの方が何が起きたか知りたいくらいです」

 

 高校生らしく反抗的態度を装って。

 

「本当ですか?」

 

「嘘をつく理由がありません」

 

 今のところは。

 夙夜はオレと溝内さんの事を無視して、机の上の書類を読むでもなく、ただぱらぱらとめくりはじめた。

 

「『嘘をつく理由がない』……ですか。まるで漫画にでも出てきそうな台詞ですが、まあいいでしょう」

 

 あ、その突っ込みはなんだか悔しいぞ。

 

「私、回りくどい事は苦手ですから、無駄な話は省いてはっきり言いますね。今回の盗難事件には珪素生命体《シリカ》が関わっています」

 

 溝内と名乗った女性警官は、ふわりとした印象と裏腹にずばりと切りこんできた。

 かなり頭の切れる人なんだろう。

 

「そして今回、お二人を呼んだのはお願いしたい事があったからです」

 

 ああ、さっきから嫌な予感しかしねえ。

 

「監視を付けさせて頂いてもよろしいですか?」

 

 監視、ときたか――最上級の既視感《デジャヴ》がオレを襲い、アーモンドの瞳が想起する。

 

「ここ最近京都で盗難事件が頻発しています。盗難は携帯端末が中心なのですが、セキュリティに関係なく入り込んでいる事、残された痕跡等から、犯人が有機生命体《タンソ》ではあり得ないと分かっています」

 

 てきぱきと証拠と思われる書類をテーブルに並べたてる溝内警官。びっしりと文字が書き込まれており、ところどころ日本語以外の言語も見える。こうやって並べ立てたのはおそらく、雰囲気を演出するためのものだけで、高校生風情にこの書類が理解できるなど、ましてやすべて丸暗記出来るなどとは夢にも思わないのだろう。

 

「あなた方が関わっていた『リリン』という識別称を持つ珪素生命体《シリカ》のこと、4月に桜崎高校で起きた事件の概要、調書を調べさせていただきました。そもそも、一般的にも珪素生命体《シリカ》に一度関わった人間の元に他の珪素生命体(シリカ)が現れると言われていることはご存知ですよね? 日浦で多くの珪素生命体《シリカ》と共に暮らしたという花房博士の話は非常に有名でしょう」

 

 

 

 

「……」

 

 オレは答えない。

 夙夜もへらへらと笑っているだけだった。

 返答がない事は予見していたかのように、溝内警官は臆することなくそのまま続けた。

 

「お答えいただけないとは思いますが、私の見立てではお二人が遭遇した珪素生命体《シリカ》の数は現在知られている中では飛びぬけて多いと考えています。盗難に関与した珪素生命体《シリカ》はこの付近に潜伏している可能性が高い」

 

 さらにオレはだんまりを決め込んだ。

 夙夜は机の上の書類をじっと見ていた。

 と、ここで、いったん考察をいれる。

 オレと夙夜の写真が貼られた書類、これはおそらく二人に関する調査書であろうと思われる。が、まだ夙夜の能力についてはバレていないようだ。しかし、世間には通り魔の犯行と報道された萩原加奈子が、実際は珪素生命体《シリカ》に殺されたのだという事が知れている。萩原を殺したシリウスについてどれほど分かっているか、梨鈴だけでなく梨鈴を消滅させた珪素生命体《シリカ》についてどれほど知れているかは分からない。

 しかし、『お答えいただけないと思いますが』『考えています』……言葉の端々に、この人自身の判断であろうという言葉が伺える。

 と、いうことはギリギリだな。

 そう結論付けて、オレは口を開いた。

 

「溝内……えーと、溝内警部?」

 

「ただ溝内と呼んでいただいて結構ですよ、柊くん」

 

 笑みを張り付けた溝内さんは、ようやく返答したオレに満足したらしく、少しばかり身を乗り出した。

 

「要するに、盗難事件が珪素生命体《シリカ》関連で困っていたところに、オレたちみたいな都合いい高校生が飛び込んできた。これを利用しない手はない、ということですね」

 

 何とも分かりやすい事で。

 

「だからオレたちに囮になれ、というそういう事ですね?」

 

「ひらたく言うとそうです」

 

 溝内警部はきっぱりと言い切った。

 ここまでくるといっそすがすがしい。

 

「調書を読ませていただいた時も思いましたが、柊護さん、あなたはとても頭の回転が速いようです。そして、非常に聡く、何より、冷静でいようとしているのが垣間見える。それが一番素晴らしい。今も、こうして私と相対しながら様々考えていることでしょう」

 

「……それは褒め言葉ですか?」

 

「ええ、もちろん。ですから、いろいろとお伺いしたいところですが、聞いても答えてくれないでしょう事も分かりました」

 

「別にいいと思うよ、マモルさん」

 

 それまでぺらぺらと書類をめくっていた夙夜が唐突に口を挟んだ。

 ふむ、コイツがそんな風にいう時は、まあ、大丈夫なんだろう――最も、面倒な事に巻き込まれるという点においては相違ない。

 経験則だ、経験則。

 もしここで断っても警察がオレたちをマークするのは時間の問題。珪素生命体《シリカ》と一度関わりを持ってしまったら、芋づる式に仲間が集まってくるのは、身をもって体験している。

 オレたちは既に抜けられないループにはまりこんでしまったのだ。

 

「そう言ったんなら手伝えよ、夙夜」

 

「分かってるよ、マモルさん」

 

 にこにこ笑うコイツと心中でもしようってのか?

 とても正気の沙汰とは思えねえ。

 もしかすると、梨鈴が消えたあの時、とっくに覚悟を決めていたのかもしれないけれど。

 

「いいですよ、溝内さん。監視でも何でも」

 

「ご協力、感謝いたします」

 

 にこりと微笑んだ溝内警部は、スーツのポケットから携帯端末を取り出した。

 

「その端末をお持ちください。監視の指揮はこの小暮がとります。あなた方に迷惑をかける事はありません。学校にはすでに許可を得ています。必要な情報はすべて端末に記録してありますが、何かご質問があればなんなりとお聞きください」

 

 まるで箇条書きのように要件を述べられた。

 一瞬で退路を断つように。

 

「では、よろしくお願いいたします」

 

 この笑顔で何もかも誤魔化されているような気がする、とは口に出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 ようやく解放されたオレたちはまた大広間に戻された。オレは、真っ先に白根を探す――と思ったが、その必要はなかった。

 

「柊護さん、香城夙夜さん、お話があります」

 

 すぐに淡々とした声で呼びかけられ、振り向いたオレたちを浴衣姿の黒髪美人が待っていた。

 さすがに事件から時間がたっているからか、先ほどまでは沈鬱としていた大広間はざわざわと騒がしくなっている。多少大きな声で話しても気づかれないだろう。

 

「……白根。オレの方も話がある。だが、この場ではまずい」

 

「大丈夫だよ、マモルさん。今日はもうすぐに自由行動に戻るから」

 

「そうか」

 

 もうコイツの発言にも慣れて来てしまった自分がいる。なんて便利な能力だ。

 慣れって怖いな。

 

「あと、オレたち誘われるから3人で行動するのは無理かも」

 

「……は?」

 

「うん、一緒に行きたいって言ってるからさ」

 

「……主語をつけろ、夙夜。誰がそんな事を?」

 

「えーと、あの、左の隅っこに固まってる集団」

 

 ああ、そうですか、この騒がしい中でピンポイントにオレたちの話題をピックアップしてくれたわけか。

 

 前言撤回。

 

 やっぱりこの感覚にはまだついていけそうにねえ。

 

 

 


 
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