No.142020

「無関心の災厄」 ワレモコウ (5)

早村友裕さん

 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

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2010-05-09 13:35:39 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:605   閲覧ユーザー数:596

            「無関心の災厄」 -- 第二章 ワレモコウ

 

 

 

第5話 必然的な悪夢の再来

 

 

 次の日、オレが目を覚ましたのは、部屋の扉の外が異常なまでに騒がしかったからだ。

 目を開ければ見慣れない天井。寝ころんだまま顔を横に向ければ、間の抜けるようなマイペースな寝顔。

 そう言えば、ここは京都だった。

 研修旅行中だという事を思い出してから、昨日伏見稲荷で遭遇したヤツの事を思い出し、非常に不快な気分にさせられた――この憂さ晴らしは、隣で幸せそうな寝息を立てるマイペース野郎の睡眠を妨害するという非常に短絡的な手段を用いて行ってもいいだろうか。

 そう思って起き上ったオレは、隣の夙夜を叩きおこすどころか、周囲の状況を把握して、息をのんでしまった。夙夜の耳に大声を叩き込んでやろうという、一瞬前までの計画とは裏腹に。

 

「な……!」

 

 目の前を埋めているのは、ふわふわと舞う小さな白い欠片だった。

 その正体は、原形を留めないほどまでに微塵となった障子紙。畳の表面は、今の今までオレが眠っていたふかふかの布団を避けるようにして、何かに切られたかのような傷が無数に走っていた。

 はっと振り返れば、頭の上でそれなりにまとめておいたはずの荷物が引き裂かれ、無残な様相を呈していた。

 

「起きろ、夙夜!」

 

 憂さ晴らしでなく、叩き起こして状況を把握させるため、夙夜に向かって怒鳴った。

 しかしながら、まるで何かが暴れまわったかのようにズタズタにされた部屋の中、隣ですぅすぅと寝息を立てるマイペース男。

 コイツは耳も目も常人にはあり得ないほどいいくせに、一度寝てしまうとその能力は完璧に封印されてしまうようだ。

 えーい、ちくしょう、めんどくせぇな!

 

「起きやがれこのマイペース野郎っ!」

 

 オレは今の今まで頭の下に敷いていた枕を、夙夜の顔面に向かって何の躊躇いもなく投げつけた。

 ぼふん、と鈍い音がして、周囲に散っていた障子紙の破片が部屋中を舞うように飛んだ。ふわふわと綿毛のように降ってくる。

 と、夙夜が包まっている布団がもぞもぞ動いた。

 

「んー……ぁー……」

 

 意味不明な呻きと共に、布団から手がにゅっと伸びて、つい今しがたオレが投げつけた枕をずるりと動かした。

 

「んー、おはよう、マモルさん」

 

 どうやら寝起きが悪いというわけではないらしい。

 要するに、始業式に来なかったり、面倒な保健体育のテストが一時間目にある日に遅刻したりした理由は、寝坊ではなく故意にだという事だ……と、そんなこと、今は関係ねえ。

 

「おはよう、夙夜。だが、呑気に挨拶する前に周囲の様子に気付け」

 

 言われて寝癖頭の夙夜はぼんやりとあたりを見渡し、気の抜けるような声を出した。

 

「んー、あー、うわあ、へぇー……」

 

「これまでの経験から、今のうちに聞いておく。これは、何だ?」

 

「何だ、って聞かれても……ええと、障子紙の破片?」

 

 夙夜は頭の上にふわりと落ちてきた白くてふわふわしたモノをつまんで答えた。

 

「違う」

 

 オレが聞きたいのはソレじゃねえ。

 

「これは、いったい、何の仕業だ?」

 

 何、と言ったのはすでにオレの中に仮説が成り立っていたからだ。

 障子紙を引き裂き、畳に無数の傷を走らせ、オレの荷物を見るも無残な姿にしてくれやがった犯人に、オレは心当たりがあった。

 

「これはきっと珪素生命体《シリカ》だねえ」

 

「……だろうな」

 

 予想通りの答えに、オレは白くてふわふわした紙の欠片を叩きながら布団から這い出た。

 畳に走った傷が掌に当たってざらざらとする。

 こんな状況は――つまり、珪素生命体が絡む事件に巻き込まれるのは――初めてではない。しかも、白根の同僚だという男に連れられた珪素生命体《シリカ》のキツネ少女に遭遇するという伏線まで張られていたのだ。

 落ちつけ、『口先道化師』。ビークール。

 なにしろ、頭に血が上った時点でオレの負けは決定するんだから。

 布団の上に座り込んで部屋を見渡している夙夜は、のんびりと言った。

 

「これだけ荒されたのはこの部屋だけみたいだけど、他の部屋では盗難があったみたい。みんな廊下に出てるよ。警察にはもう連絡したみたい――あ、先生がこっちくる」

 

 便利なのか不便なのか、並はずれた聴力を駆使して一瞬で状況を把握した夙夜は、ぱっと部屋の入口を見た。

 その瞬間、がらりと部屋の戸が開けられる。

 

「柊、香城、起きているか? お前達の部屋は――」

 

 様子を見に来た教師の声はそこで途切れた。

 それほどに、オレたちの部屋の様子は飛びぬけて悲惨だったって事だ。

 教師が一瞬で青ざめたところを見れば、夙夜のような特殊能力がなくたって分かるぜ。

 

 

 

 

 

 オレ自身が確認したところによると、ずたずたに引き裂かれたカバンからは何もなくなっていなかった。サイフは少々傷ついているが、携帯端末は完全に無事で、衣類などがとられた様子もなかった――引き裂かれて、見事なパンクファッションになっていたが。

 それに対し、オレたちの部屋以外では、これほどひどく荒されている様子はないものの携帯端末をごっそりと奪われたとのことだった。

 特に携帯端末は国家に管理される個人識別チップを搭載している。運転を即時強制停止しなければ、とんでもない事態を引き起こす可能性が高い。

 それにしても、何故オレたちの部屋だけこんな風に荒らされたんだ? 物取りなら、むしろ静かに奪っていくのが基本だろうに。

 疑念を抱くオレと裏腹に、教師は生徒全員を大広間に集めて待機を命じた。

 早朝からこの騒ぎ、それも被害は甚大で、オレと夙夜の部屋の様子からするに犯人は刃物を持っている可能性がある、という事で何をする暇もなく緊急に集められたオレたち生徒は、みな一様に旅館の浴衣姿だった。

 朝食もまだだったが、さすがに文句を言うものもおらず、特に携帯端末を盗られた生徒は蒼白な顔で黙り込んでいた。そのため、100人以上の生徒が押し込められているにも関わらず、大広間はひそひそと内緒話をするような声しか漏れていなかった。

 大広間の端に陣取り、柱にもたれかかったオレは、隣で相変わらずへらへらと笑う夙夜に向かって静かに問う。

 

「オマエ、あれだけ部屋が荒らされて何も気づかなかったのか?」

 

「うん、寝てたから」

 

「……そうか」

 

「マモルさんだって寝てたじゃん」

 

「……」

 

 オマエに言われたかねぇよ。

 にしても、夙夜はひどく耳がいいといえ、小さな物音で起きるというわけではないらしい。

 それはそうだ、あんな聴力を持ちながらいちいち物音で起きていたら夙夜は一生眠れないだろう。起きている間の能力が高すぎる分、眠っている間はシャットアウトして完全に封じ込めて回復に徹する、とかそんな感じの解釈でいいだろう。

 ああ、なんて陳腐な推理だ。まるで名探偵には向いていない。

 

「じゃあ、いくつか質問してもいいか?」

 

「んー、いいけど、そろそろ先生が俺とマモルさんを呼びに来るよ。話が聞きたいってさ」

 

「……オレもオマエも寝てたのにか?」

 

「んとね、警察の人がぜひにって」

 

 警察。

 その単語でオレはさっと青ざめた。

 珪素生命体《シリカ》関連の事件で警察にお世話になったのは、つい先日のことだ。

 あの時は夙夜の叔母である国家権力だとかいう香城珂清(こうじょうかすみ)さんのおかげで助かったが、オレたちが今いるのは京都だ。とても助けてもらえるとは思えないし、二回目ともなると偶然という逃げ道があるとも思えない。

 警察を敵に回すのか? それとも正直にすべて話してしまうのか?

 オレたちはすでに、これまでの調書でいくつもの嘘をついてしまっているのに、今さらどうしようというんだ。

 

「夙夜」

 

「分かってるよ、マモルさん。俺は何も喋ったりしないよ……に、気を付けるよ」

 

 不安な語尾だな、オイ。

 しかし、言いきらずに分をわきまえただけでも成長したと言えるだろう。

 へらへらと笑う夙夜を見てため息をついた時、夙夜の言ったとおりに呼び出しがかかった。

 大広間の反対側では、白根が相変わらず表情ないアーモンドの瞳でオレたちを睨みつけていた。

 

 

 

 

 この時オレは心の片隅で気づいていた。

 夙夜が確実に、周囲に対して関心を持ち始めていること。

 無関心であったはずのケモノが、珪素生命体《シリカ》関連の事件に際し、オレの考えに沿って行動するようになったこと。

 

――『道化師《ピエロ》』さんは、ケモノを従える事も出来るのです。

 

 そう言ったのは、半端敬語の可愛らしい先輩だったけれど。

 目の前にいるマイペースなクラスメイトの無関心を破壊するのが怖くて、気づかないフリをしていた。何しろ、オレの目の前にいるのは『野生のケモノ』。無関心という最後の盾が破られれば、そこに残るのはおそらく人間ではない。

 

 だから、微かな予感に蓋をして、見ないフリをして、無理に忘れ去っていた。

 

 そんな陳腐な誤魔化しが長く続かない事にだって、心の片隅で気づいていたにも関わらず。

 

 

 


 
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