No.140241

真・恋姫†無双 ~祭の日々~28(幕間)

rocketさん

月日が流れるのは早いもので、もう五月ですね。投稿し始めてもうすぐ半年が経つところでしょうか。
同じころに投稿し始めた作家さんたちの投稿数を見ていると豆腐の角に頭をぶつけたくなりますが、本当にここまで付き合ってくれている皆さんには(豆腐のついていない)頭の下がる思いです。
今回は幕間ですが、楽しんでいただけたら幸いです。ではでは。

2010-05-01 22:47:39 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:5678   閲覧ユーザー数:4777

 

「あなたも見ていたのですか」

 

眼鏡をかけた青年――于吉は、虚空を睨んだまま立ち尽くしている相棒にそう問いかけた。

しかし彼は応えてくれなかった。そもそも聞こえていたのかどうか。

ふっ、と息を吐くような溜息をしてしまったのは、きっとこのことに慣れてしまったからだろう。于吉は己をそう分析した。

于吉はぴくりとも動かない相棒を眺めた。見つめていることがバレようものなら鋭い蹴りが容赦なく襲ってくるから、左慈が“返って”きたのならすぐにでも視線を外せるよう、気をつけながらその姿を観察した。

彼はおそらく、ここではないどこかを見ている。それは比喩でもなんでもなくて、実際に。遠く離れた“場面”を見ている。

事実、于吉もついさきほどまで同じことしていた。

彼が見ていたのは、蜀王劉備の懺悔。その一部始終。

彼女の後悔から決意までをすべて見ていた――彼女が乱れていた直接の原因が自分であると知っていて尚、その真摯な王の姿には感心したものだった。

いつもなら相棒がここで、「お前は性格が悪い」と非難してくれるのだが、今は望めそうになかった。

 

「…今回こそは、とでも思ったのですか?」

 

小さくつぶやいてみる。ここに心がない彼には聞こえないからと。

正直に言って、于吉は今回もまた“外史の破壊”に失敗するだろうと思っている。確信していると言ってもいい。

そもそも吹けば飛ぶような弱い“外史”など、自分たちが手を下すまでもないから干渉することもない。故に、自分たちが訪れる“外史”というのは最初から潰すのが手ごわいとわかっているものに限定されていくことになる。

最初から“できないかもしれない”ものばかりを相手にしているというわけだ。勝率が低いのは当たり前だった。

「それさえも我々に与えられた役割なのですから…ね」

“外史の狭間”にいる人間として定められた己たちは、なんと中途半端な存在であることか。

普通の人間のように役割を演じきることができない…いや、そう悩んでいることさえ誰かの手によって創られたものなのだと知っている。

要するに、自我が保てないのだ。自分を自分と定められない。自分が誰かの手によって操られている傀儡であると、知ってしまっているから。

左慈がいつも不機嫌なのも、そう言いながらも“外史の破壊”に熱心なのも、きっとそのためだ。

己のことを考えずにはいられない。けれどいくら考えても答えは出ない。考えることから逃げたい。己を苛むものから逃げたい。

故に、別のことに力を注ぐ。

誰にも言ったことはなかったが、于吉はそんな左慈が誰よりも人らしいと感じていた。

 

「北郷一刀への執着も、仕方ないことなのでしょうね…」

「ふざけるな」

 

不意に訪れた応答に、于吉は「おや」と肩をすくめた。

「戻ってきていたのですか」

「ふん…相変わらずあの陣営は特に腹が立つ。まあ、全てが終わった後での王の処分は免れないだろうがな」

「そうですねえ」

「ところで」

「はい?」

 

―――しゅんっ

 

風切り音が聞こえたのに反応して身を引くと、ついさきほどまで自分の顔があった場所に左慈の伸ばしたつま先があった。

「容赦ないですね。思い切り顔を蹴飛ばすつもりだったんですか」

笑みが浮かぶ。それに左慈は苛立ったらしいが、それさえも于吉は楽しかった。

「北郷一刀に手を出したのはお前だな」

「ええ…そうですけど、何か不都合がありましたか?今回は私が遊んでいたのが原因でしたし、少しは名誉挽回をと思ったんですけどね」

「ちっ」

忌々しげに舌打ちをして、左慈はそのまま歩きだす。

「何処へ?」

「…決着をつけてやるさ」

「手ずから?放っておけば死ぬというのに」

歩みを止め、左慈は憤怒の表情のまま振り向き叫んだ。

「思ってもいないことを口にするのはやめろ!」

「…」

「死ぬわけないだろう…あの男が!毒を使ったからなんだというんだ!あいつは何度危機にさらされた?何度命を奪われかけた?その中で、一度でも俺たちが成功したことがあったのか!?」

それは、“ここ”ではない外史の話。

何をしても、どんな手を使っても北郷一刀は救われる。北郷一刀は困難に打ち克ってしまう。

「俺たちは奴を殺せない!だが奴を憎いと思うことを止められない!できないとわかっていても、やるしかないのだ!

奴が“主人公”で、俺たちが“悪役”と定められているが故に…!」

 

その表情は確かに憤怒、しかし于吉には彼が泣いているように見えた。

彼は知っている。

自分たちの行為の不毛さも、情けなさも、未来永劫報われないことも全て知っている。

知っているけれど、認めない。認めないから止めない。

止めることは即ち、自らを否定することだからだ。今までの道のりが無意味であったと、塵芥に等しいものであると認めることだからだ。

 

「…ちっ」

 

もう一度舌打ちをして、彼は今度こそ立ち去った。

于吉はそれを見ていた。

「…あなたは真面目すぎますよ、左慈」

彼が去った後も、ずっと。

 

左慈の憎しみは終わらないだろう。

 

彼の行いが報われるまで。


 
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