No.138656

真・恋姫†無双 ~祭の日々~27

rocketさん

どうも、わかりやすく迷走してる感じなRocketです!
某大好きな作家さんがおっしゃっていたことなんですが、文章は生き物らしいんですよ。
生きているから、制御できなくなったり勝手に動きだしたり、予想外のことをしてみせたりとかするんですって。
…言い訳?いえいえ、受け売りですよ(@_@;)

2010-04-25 13:18:02 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:6291   閲覧ユーザー数:5178

 

玉座の間に満ちた雰囲気に、桃香は圧倒されてしまいそうだった。

ただひたすらに重いそれは、己の罪の大きさを突きつけてくるかのようで体が震えた。

 

「――桃香様」

 

勢ぞろいしている仲間たち――まだそう呼ぶことを許してもらえるだろうか――の中から、愛紗がずいと前に出てきた。見慣れた笑顔や困り顔でもなく、前にそうさせてしまったような悲しい顔でもなく、凛とした表情でこちらを見つめてきた。ここにいるのは“愛紗ちゃん”ではない。蜀が誇る一騎当千の将、関雲長なのだ。

 

「事情はすべて、星の口から説明していただきました。心乱れていたことも、今はもう正常であることも」

 

響く声は素晴らしく闊達で、ともすれば聞き惚れてしまいかねないほどだ。まったく、自分はどうしてこんな大人物を従えていられたのか。苦笑が漏れそうになる。

 

「ですが。今一度、御自ら説明していただけませんか。何を思い、考え、あのように至ったのか」

 

桃香は頷いて、口を開く。自分でも意外なほど、言葉はすんなりと発せられた。

「私は、ずっとみんなに大陸を笑顔にしたいって言っていたよね。みんなそれに賛同してくれて、手を貸してくれた。だから私は――王になった。みんなと一緒に平和を創ろうと誓った。でも、それの難しさに、ようやく気付いたの。自分に足りないものがたくさんあることも、自分よりふさわしい人間がたくさんいることも。だから…私は不安定になってしまった。そんな心の弱さを突かれて、あんなことをしてしまったの」

 

思いだすあのときの自分は、ひどく愚かなくせに妙に自信に溢れていた。それはきっと囁く声のせいだけじゃなくて、逃げることが楽だったからだ。何にも苛まれないのが嬉しかったからだ。

――なにも知らなかった、昔の自分を思い出すようで。

 

「みんなには、何度謝っても足りないってわかってる。たくさん迷惑をかけてしまったし、あなたたちの平和を希う心を踏みにじってしまった。私を信じてついてきてくれたのに…誰よりも民のことを想っていたみんなだから、私の理想に共感してくれたのに」

 

正直に言えば、逃げ出したかった。

みんなの視線がつらかった。

裏切った自分が憎くて耐えられなかった。

 

だけど、

目を瞑ればいつだって鮮やかに浮かぶ、あの桃園を。

そこで交わした矛の重みを。

義妹たちのやさしい笑顔を。

――忘れていない自分に気づけたから。

 

「どう裁かれるべきかはわかっているよ。納得のいくように、どうにでもしてほしい。ただ…厚かましいのはわかっているけれど、最後にひとつだけお願いがあるの」

 

表情を崩さないまま、愛紗が「それは?」と尋ねてくる。

その瞳が揺れていることを、桃香は気づいたろうか。

 

「助けてほしい人がいるの。毒に侵されていて…私はそのひとに、死んでほしくないの」

 

なんて厚かましい。なんて図々しい。

それがわかっていて尚、桃香は願わずにいられない。

あのひとを死なせてはいけないと、胸の内で何かが叫んでいるから。

 

再び満ちる静寂に、桃香は顔を俯かせた。

やはり都合のいい話だったろうか。大罪を犯しておいて、よくもまあと思われているのだろうか…。

そんな考えが一瞬だけよぎったが、すぐに打ち消した。

変わらない、凛とした眼差しを見たからだった。

 

「…すぐに医者を」

 

愛紗が発したその言葉に、胸を撫で下ろした。

「ありがとう…愛紗ちゃん」

思わずそう告げた途端、愛紗がつかつかと歩み寄ってきた。瞬く間に目の前に接近され、声も出せずにいると、

 

ぎゅっ。

 

抱きしめられた。

驚きのあまりしばし思考が止まってしまったが、すぐに気付いた。その肩の震えに。

「…ふっ…う、うう~」

彼女の肩の震えが、漏れる声が、顔を押し付けられた肩を濡らす何かが、すべてを語ってくれている気がした。

「桃香さまっ…桃香さ………姉者ぁ」

抱きしめ返す。頭を撫でてやる。

「ごめん…ごめんね、愛紗ちゃん」

自分が何を裏切ったのか、身をもって知った。

どうして彼女たちの信頼に応えることができなかったのか、情けなくてしょうがなかった。

けれど、同じ過ちを繰り返すことだけはしない。

二度と彼女たちを不安がらせたり…悲しませたりはしない。

桃香は震える愛紗を抱きしめながら、そう誓った。

 

 

(一刀さん…、祭さん…)

 

あなた達が教えてくれたこと、ようやく実感できました。

自分の愚かさも、臣下の尊さも。

 

だから今度は、私が助ける番です――。

 

すべてを黙ってみていた――それをするのはきっとすごく辛抱が要っただろうが――蜀勢は、今では皆安堵で胸がいっぱいだった。

敬愛する主の復活もそうだが、それだけでなく、ここ最近ずっと気落ちしていた愛紗が感情を吐き出せたことが嬉しかったからだ。

愛紗は真面目な人間だった。彼女は逃げるという行為に人一倍嫌悪感を表す。それは彼女のまっすぐな正義感から成るものであったが、それ故に彼女は自分ではどうしようもない事態に陥ると思い詰めてしまうタチだった。

人は嫌なことがあると、だれかのせいにして誤魔化したり、別のことに力を注いで忘れようとしたりする。それは場合によってはただの逃避と非難されることだけど、一方で人として至極正しい行為だ。人は精神的な重みを抱えては生きていけない。体は心に支配されている。心が病めば体も病むし、心が挫ければ体だって動けなくなってしまう。

現に彼女は、最近まったく元気がなかった。

政務は滞る。調練ははかどらない。慰めても、叱っても、頼んでも煽っても無気力な応えしか返ってこなかった。

仲間を何よりも尊ぶ蜀勢が、友のそんな様を許容できる道理があっただろうか。

しかし、彼女たちはなにもできはしなかった。誰もがどうにかしてやりたくて、誰もがどうにもならないことを知っていた。

愛紗の憂いは自らの憂いでもあったからだ。

結局のところ、桃香の不在に誰もがまいっていたのだった。

 

「さて…一件落着、とはいかぬのが真に口惜しいですな」

「ええ、本当に…これで終わりにしてあげられれば良かったのだけれど」

本心から残念そうにそう言ったのは、星と紫苑だった。

「桃香様の御処分…生半なものでは他国が納得するまい。民への説明やらなんやらは既に朱里が手を打ったと聞くが…」

「ええ、それはもう桃香様が出奔したすぐ後に。最優先事項として扱われたもの」

「ならば後は他国への対処と…」

「と?」

「…とびきり厄介なものが残っているな」

事情を知らない紫苑に推し量れるはずもない。事情を知っていたとしても、今の星の表情から何かを読み取れる人間が何人いるだろうか。

今、星はひとり、静かに怒っていた。

北郷一人が倒れたこと。誰の仕業かなんて、聞くまでもないように思えた。

「随分と鬱陶しい人間が、我らが主の周りに居ったらしい。気づけなかったのは、我らの不手際と言われてもしようがないのだろうな」

それはもう、しても意味がなく、どうしようもないような、彼女らしくない後悔。

「あの御仁に亡くなられては…他国の対処どころの話ではなくなるな」

「星ちゃん?」

「まったく、罪な御仁だ。その身に多くのものを背負っていて…いつのまにやらに私の心に居座っている」

紫苑の訝しげな問いを軽く流して、星は微かに笑った。

「さて…私はどうするべきかな。私がどうもしなくても、仇の首級はあがる気がするが…」

星の脳裏に浮かぶのは、酒を交わしたことのある妙齢の女性。

彼女の怒りが推し測られて、星はその矛先であるわけでもないのに、思わず背筋が寒くなるのを感じた。

 

「いや、今は何よりもまず、医者ですな。手配は…と」

 

無意味な思考を断ち切る。

面を上げて見た光景に、星は呆れたような笑みを漏らさずにいられなかった。

「これだから、私はこの国が好きなのよ」

星と同じものを見ている紫苑が、慈愛に満ちた声でそういった。

 

「うぐ…うっうっ…」

「ふぇ…」

「うー…」

「…ずっ」

「…」

「桃香様!桃香様ああああ!」

 

星と紫苑以外の蜀勢は、程度の差こそあれ、一様に涙ぐんでいたのだった。

「まったく感受性が強すぎるな。桃香様と愛紗のやりとりに中てられたか」

 

口に出さず、心の中だけで…星は同意した。

 

ああ、まったく。だから私もこやつらが愛おしいのだ――。

 

 


 
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