No.134134

双天演義 ~真・恋姫†無双~ 四の章

Chillyさん

双天第四話です。

拠点フェイズのような回?

あの人は書いてると楽しいですね。よく動いてくれますけど、引っ掻き回してもくれるニクイ人です。

2010-04-03 19:24:09 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3003   閲覧ユーザー数:2672

“バタンッ”と勢い良く開いた扉は微かに残っていた埃を舞い上げる。

 

「諏訪!ここにいましたか。今日の午後は見回りに行くと言っておいた筈ですが?」

 

 目を吊り上げて怒っている越ちゃんがそこにいた。

 

 オレはとりあえずこの間の話し合いでこの城に住むことになった。オレが文字が読めないことがわかったり、弓を扱えることに伯珪さんたちが驚いたり……これは主にオレが持っていた弓の軽さに起因すると思うけどね……城にいる文武官に紹介するとき、天の御遣いとして紹介されて大変だったり、趙雲さんを子龍さんと呼ぶようになったり、子龍さんに名前で呼ばれるようになったり、いろいろとこの数日の間であった。

 

「おやおや、これは越教育係殿。本日の文字の練習にはついていなかったようですが、伯珪殿が晴信殿を殴って大変だったのですぞ?」

 

 子龍さん、わざわざ怒っている相手に余計に燃料を注ぐことはないでしょう?矛先がオレに行くのがわかっててやっているでしょ、ニヤニヤ笑いしてますし。

 

「いつも、こいつについていられるほど、私も暇ではありません。趙将軍もそのあたりはおわかりいただいていると思いますが?」

 

 冷静に返しているように聞こえるけど、視線は絶対零度の氷の視線で、なんでオレを睨み付けてくるのかな?その視線の意味は“貴方がぐずぐずしているから、私が趙将軍にからかわれるんです”という感じだろう。

 

「確かに確かに。されども……任された責務を主に預けるほど、忙しいわけではあるまい?」

 

 あぁぁぁ、ガソリンを放り込むなやぁ!越ちゃんの方からすさまじい怒りのプレッシャーが流れてくる。恐る恐る越ちゃんの方を見てみれば……ヒィィィィ、修羅が……修羅がいる。入り口からゆっくりと歩いてくるその姿は、陽炎でも立っているのかと思うほどの怒りのオーラに覆われ、揺らめいて見える。

 

「えぇ……確かに、従姉様よりも私は忙しくはないと思います。しかし、たびたび責務を放り出し、酒宴を一人開いているどこぞの将軍さまよりは忙しいとは思いますよ」

 

 矛先がオレに……来ない?首をすくめて越ちゃんから来るであろう叱責と体罰に準備していたのに、子龍さんの方に今回は矛先が向かっている。さすがに伯珪さんを引き合いに出したからそっちにいったのか?

 

「ふむ、それは大層不届きな将軍ですな。伯珪殿に越将軍も忙しいというに一人酒宴を開くなど……」

 

 大げさに嘆いてみせる子龍さん。ほんとに煽りますね。越ちゃんはきっとここでオレと話していて、仕事をしていないように見える誰かさんを非難しているんだと思いますけどね。矛先が二人から向けられるから言わないけど。

 

「えぇ、本当に……。今もその将軍は怠け者仲間と一緒にいると思いますよ」

 

「なんと!その将軍には仲間がおりましたか。これはますます不届き至極。この趙子龍、仕置する際には越将軍のお手伝い、いたしましょうぞ」

 

 怒りに肩が小刻みに震え、少しうつむいた顔の上半分は少し長い前髪に隠れ完全に見えない。握り締めた拳は、その振り下ろす先を求めるようにゆっくりと上に上がっていく。

 

 一歩一歩近づいてくる越ちゃんの怒りが伝わってくるのか、背筋に冷たい汗が流れる。怒りの矛先の子龍さんは涼しい顔で、その怒りのオーラを受け流しているが大丈夫だろうか?

 

 あれ?今一瞬、子龍さんの目がキラリと光り、ニヤッと笑ったような?

 

「そういえば晴信殿。先ほど伯珪殿に抱きかかえられたとき、胸の感触はいかがでしたかな?伯珪殿もかなり焦っていたらしく、押し付けていましたからなぁ」

 

 まてや、趙子龍ぅぅぅぅぅうううう!

 

 この状態でこの流れでその話題を出すか!

 

“グワンッ”と擬音がつきそうな勢いで、子龍さんからオレにターゲットを移す越ちゃん。

 

「そういえば二人はこれから見回りでしたな。では、私はそろそろ仕事に戻ることにいたします。ま、後は若いお二人で……はーっはっはっはっは」

 

 堂々と笑いながら部屋を出て行こうとする趙子龍。ここで越ちゃんと二人きりにするってどんだけ無茶振りだよ。

 

「ちょ、ちょっと待て!子龍さん!」

 

 子龍さんを追いかけ捕まえようとするも、途中でオレは動けなくなる。なぜなら“グワシ”と摑まれた右肩に指が食い込んでとっても痛い。

 

 ミシッとかギシッとか嫌な音も聞こえてくる。

 

「諏訪……どこに行こうと言うんですか?あなたには詳しく聞きたいことができたんですが?」

 

 地獄の底から聞こえてくるような声が耳元で囁いてきた。声音と言葉が違ったら後ろから抱きつかれて耳元で囁かれるなんてうれしい状況だけど、今のオレは冷や汗しか出てこない。

 

「ハイナンデショウカ?エツサマ。ワタシニコタエラレルコトナラナンナリト」

 

 すでに子龍さんは部屋から消え、残されたオレには今の越ちゃんに逆らうことはできるはずもなく、抑揚のない平板な声でそう素直に答えるしかなかった。

 

 謀ったな!趙子龍ぅぅぅうううう!

 

 越ちゃんの背中を見つつ街を歩く。

 

 まだ怒っているのかこちらを振り返ろうともせず、スタスタと歩く越ちゃんの背中は“声をかけるな!”と言っているようで、周囲の人々を怯えさせている。普段なら見回りしていると声をかけてくる商店の人たちも遠慮して声をかけてこない。代わりになんでオレをそんな非難がましい目で見つめるのかな?オレは何もやってませんよ?無実ですよ?という意味を混めて見つめても効果なし。口パクで“どうにかしろ”といわれる始末。

 

 そして普段なら見回りにならないほどまとわりついてくる子供たちも今日は現れてこない。すんなり見回りができるからよかったと言えるが、雰囲気を変える手段に使えないのは痛い。

 

「越将軍?そんなに怒っていると周囲の人たちに迷惑なのでは?」

 

 恐る恐る声をかけたら“ギロリ”と半分だけ顔をこちらに向けて睨まれた。

 

「問題ありません。今日は普段よりも見回りしやすく、騒ぎも起きていませんから」

 

 うん、確かに見回りは順調だよね。子供たちの妨害もないし、常に怒気を発している将軍様がいる前で悪事を働こうなんて根性の入ったやつもいないしね。

 

 しかし周囲の視線に気がついたか少し視線の冷たさが和らぐ。

 

「少し活気がいつもより少ないですが、普段もこれくらい順調だといいんですが……」

 

 いつも真面目で融通が利かなくてお堅いイメージがある越ちゃんだけど、街を見つめて人々の生活を見守るときの表情は、一瞬だけれども暖かい眼差しに柔らかく微笑み、とても優しい顔になる。

 

 しかしすぐに優しい顔は引っ込み、厳しく引き締まった顔で周囲を確かめるように首を振り、何かを見つけたのか越ちゃんは駆け出した。

 

 慌ててオレも後を追うも身体能力の差か街の地図に対する知識の差か徐々に離され、その差は角を曲がるたびに広がっていく。だが越ちゃんが気がついた騒ぎは徐々にではあるが大きくなっているようで、三つ角を曲がったときにはオレの耳にも聞こえていた。

 

 越ちゃんに離され半分見失っていようが、目的地さえわかっていれば合流はできるとオレはそのまま走り続ける。

 

“ガチャン!バタン!”と物が割れる音や倒れる音、壊れる音に混じって悲鳴や怒号も聞こえる。音の出所あたりはうろ覚えの地図知識によれば酒家が集まり、昼間から酒を飲むやからが結構いるあたりだったと思う。

 

「お前たち、何をやっている!双方、武器をおさめろ!」

 

 先に着いただろう越ちゃんの怒鳴り声が聞こえてきた。武器をおさめろってことは何かしらの得物を持っている同士の喧嘩が起こったということか。オレが行ったところで喧嘩を抑えるのには役には立たないだろうが、何かしら周囲の人の避難誘導なり何なりで働かせてもらおう。

 

「うるせぇ、このくそあまぁ!てめぇもまとめてたたんでやらぁ!」

 

 あ、喧嘩をしていた片方の髭を生やした中肉中背の男が、越ちゃんに手に持った鉈を振り上げ向かっていく。

 

“ビュン!”と風切音が鳴るほどすばやく振り下ろされる鉈。

 

 それは鉈の重さと意外な髭面の力もあってなかなかに鋭い一撃と言えた。

 

 しかし越ちゃんは冷静にその鉈を持つ手をやんわりと受け止め、その力の方向をそらす。髭面は踏鞴を踏んで踏みとどまるも、体勢は崩れすばやく次の行動に移れなくなる。

 

 越ちゃんはそんな髭面の膝の裏を蹴り地面に膝を付かせると、蹴り脚を戻す勢いも加えて右足を思いっきり、後ろから髭面の側頭部に叩き込んだ。綺麗に当たった右足の威力は、髭面を吹き飛ばしながら一回転、側転させた。

 

「ア、アニキぃぃぃ!」

 

 髭面の仲間らしい背の低い男が髭面を見て叫ぶ。もう一人巨漢の男も動揺しているようで動きが止まった。

 

「無駄な抵抗はやめなさい。同じ目に遭いたいというのなら止めませんが、あのような手加減はしません」

 

 越ちゃんは大小残った男二人に言葉をかける。途中チラと転がっている髭面を見て更なる威圧をかけたようだ。

 

 男二人は歯軋りせんばかりに歯を噛み締め、じわじわと後ろに下がりだした。それに対し越ちゃんも間合いを少しずつ詰めており、逃げ出す素振りをしたら即座に取り押さえる準備ができている。

 

「諦めなさい。今ならまだ強制労働だけで収めてあげます」

 

 そう言いながらさらに間合いを詰める越ちゃん。

 

 目の前の二人を逃がさぬよう集中している越ちゃんを大小コンビはニヤリと笑ってみせた。

 

 越ちゃんの後ろから再び鉈を振り上げ襲い掛かる髭面の姿が、大小コンビには見えていたからできた笑みだった。

 

 確かに越ちゃんの蹴りは綺麗に決まった。そう綺麗に決まりすぎ、そして手加減を加えていたため髭面は気絶せずに済んでいた。髭面は越ちゃんの注意が吹き飛んだことで逸れ、仲間の二人に移ったことをいいことに、静かに気配を殺して越ちゃんの後ろに回りこんでいたのだ。

 

「危ない!」

 

 咄嗟だった。

 

 考える前に体が動いていた。

 

 大小コンビが笑った瞬間、髭面の動きが見えた。振りかぶる鉈が見えた。

 

 自然と体が動き、越ちゃんと髭面の間に体を入れて腕を大きく広げる。大の字になった体は、越ちゃんと髭面の間にできた壁となる。

 

 あの鉈で切られたら痛いんだろうなぁなんて他人事のような考えが浮かぶ。

 

 スローモーションのようにゆっくりとオレに向かってくる鉈。

 

 当たる瞬間、オレは目を瞑った。

 

“キィィィィン”

 

 え?金属音?

 

 うっすらと片目だけ開けてみると二又に分かれた赤い槍頭が目の前に見えた。そして鉈を持っていた右手を抑える髭面。

 

「悪事の華に誘われて、無法を許さぬその心、己を捨てる献身を、救えと美々しき蝶が舞い降りる。華蝶の定めに導かれ、華蝶仮面、ただいま参上!」

 

 ……えぇと……子龍さん、なに趣味の悪い蝶をもした仮面をつけてやっていらっしゃるんですか?

 

「なにもんだ、てめぇ!」

 

 右手をおさえながら髭面が子龍さんに吠え掛かる。

 

「何者だ?貴様も暴れるようなら、こいつら同様捕縛する」

 

 え?越ちゃん、子龍さんてわからないの?それともわざとわからない振りしてるのどっち?

 

「フッ、やれるものならやってもらおう。しかしこの華蝶仮面、そううまうまとやられはせん」

 

 おいおい、子龍さんも一緒になってのらないでください。何でそんなに二人して好戦的なんだよ。さっきまで相手にしていたゴロツキ三人組置いてきぼりだよ。髭面はまだ子龍さんに鉈吹き飛ばされた時の右手を押さえてるから関係性保ってるけど、残りの二人呆然としているよ。

 

「くっ、こうなったらかまわねぇ!二人ともまとめてやっちまえ!」

 

 え?何でこうなったらにもうなるんだよ、髭面!しかもナチュラルにオレ、除外されてるし!

 

「華蝶仮面が槍の冴え、特とごろうじろ!はいっはいっはいぃぃぃぃぃぃ!」

 

 子龍さんの龍牙がうなり、ゴロツキどもを吹き飛ばす。

 

 越ちゃんが腰の剣を抜き、吹き飛んできたゴロツキを払い落とす。

 

 ……ゴロツキ、武器ですか?……ゴロツキを払いのけた隙を突いて、子龍さんは下から龍牙を突き上げ、越ちゃんの剣をはじき上げる。

 

 越ちゃんは防ぐのは無理と剣を手放し、龍牙を持つ子龍さんの手を蹴り上げた。

 

「なかなかやりますな。得意の得物ではないでしょうに」

 

 手を蹴られバランスを崩したため、間合いを再び取った子龍さんが越ちゃんを誉める。

 

「あなたこそ、在野にしておくのは惜しい腕ですね」

 

 正体がわかっていないっぽい越ちゃんも子龍さんの腕を誉める。

 

 二人はにらみ合い、互いの間合いを外し隙を窺う。

 

 龍牙を持ち、間合いの広い子龍さんが有利だろうが、いったん懐に入られてしまえば、その間合いの広さが命取りになる。剣を飛ばされ無手になった越ちゃんの拳、蹴り、投げに対応しづらいだろう。

 

 だが越ちゃんにしてもその懐に入ることが至難の業ではあるだろう。子龍さんも懐に入るしか越ちゃんの攻撃手段がないことを知っているのだから、うまうまと入らせはしないだろう。

 

「さすがは公孫伯珪殿が従妹殿。先ほどの助太刀なくとも……いや、天の御遣い殿の乱入なくば、私の出番はありませんでしたな」

 

「あっても貴方の助けなどいりません」

 

 え?オレってあの時ただ邪魔しただけなの?にらみ合いながら交わす二人の言葉に多少ショックを受ける俺。

 

「むっ、時間切れのようだ。警備の兵が増えようとやられはせぬが、多勢に無勢。いささか面倒ゆえ、これにて失礼いたす。しからばごめん!」

 

 子龍さんは近づいてくる多数の警備兵の足音に気がつき、サッと身を翻して酒家の屋根に飛び上がる。越ちゃん、その舌打ちする癖やめない?似合わないからさ。

 

「待ちなさい、華蝶仮面!逃がしません!」

 

 遅ればせながら現れた警備兵たちに、きびきびとゴロツキ三人組捕縛と子龍さん追撃の指示を出す越ちゃん。その怪我のない姿にホッとしてオレはその場に座り込んだ。

 

 命令も一通りし終えた越ちゃんがこちらに歩いてくる。

 

「無事でよかった。怪我は」

 

“無かった?”と言い終えることはできなかった。

 

“パァン”という小気味良い音がしたと思ったら、俺の視線は横にぶれた。

 

 そして頬が熱くなったことで、越ちゃんに平手で叩かれたことを理解した。

 

「諏訪、貴方は自分の立場をよく考えて行動してください。その場で命を懸けていいのか?その場は命を賭けるほどの価値ある場なのか?よく考えてから行動してください」

 

 越ちゃんは静かにそう言って、踵を返すと子龍さんを追って通りを駆け出していった。

 

 オレはその言葉の意味に、重さに、そして越ちゃんに頬を叩かれた衝撃にその場を動くことができなかった。

 


 
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