No.1139814

リトル ラブ ギフト 第4回【思わぬ衝突? 涙の姉弟に魔の手が迫る!】

※第3回(前の話)→ https://www.tinami.com/view/1131916
またどえらく時間がかかってしまいました…。
しかも今までで一番長い分、文章も話も更にとっ散らかってるかも…不安。
それでも、セーラームーンR最終回(ちびうさ編の本編最終回)放送30周年の日に
なんとか続きを投稿できたのは、個人的にはまぁ良かったかなとも思っておりますです。

続きを表示

2024-03-05 19:00:04 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:46   閲覧ユーザー数:46

ここはエイルとアンが暮らす、遠い宇宙のどこかにある名も無い星。

 

ナツミ、セイジューロー、魔界樹ベビーの

二人と一匹がエイル達に見送られ旅立ってから、

もうすでに五年もの歳月が流れていた。

そして彼らはいまだ、この星に帰ってこない……。

 

そんな中、星の中心にある巨大な魔界樹にある変化が起きていた。

魔界樹の幹から伸びた太い枝のいくつかに、大きなサヤができていたのだ。

大きな果実のように丸々と成長したサヤがおよそ三つ。

 

エイルとアンはそれらを大地から見上げていた。

この星に流れ着いてから長い年月が経過した彼らだったが、

その容姿はほとんどと言っていいほど変わっていない。

 

「思い出しますわね、エイル。

 ナツミとセイジューローが生まれたあの日を……」

 

「ああ……そしてもうすぐ、

 また新しい兄弟、家族が生まれるんだ」

 

今はここにいない愛する妹と弟の姿を

脳裏に浮かべつつ、二人は鼓動するサヤの様子を

固唾を飲みながら見守っている。

 

「わたくし達二人も、あの魔界樹のサヤから

 この世に生を受けて出てきたのですわね」

 

「我々が生まれた時にはすでに息絶えていた

 同胞……祖先達もみな同じだった。

 私達はみな、この魔界樹の子どもなのだ。

 ……アン。 偉大な母の愛を、私達は二度と忘れてはならない」

 

「わかっていますわ……これから生まれてくる

 子ども達にも、それを伝えていきましょう」

 

二人の瞳には過去の過ちは決して繰り返さず、

一族の再興と永久の平和を実現することを誓う

決意の光が宿っていた。

 

子孫を増やし、繁栄を築く夢を抱くエイルとアンは

かつて自分達が恋した例の男女の現在を

想像しながら、新しい同胞の誕生の時を待った。

 

「……うさぎさんも、今頃は衛さんと結ばれて

 共に愛を育んでいるのだろうか?」

 

「さぁ、どうでしょうね。 地球ではあれからどれくらいの

 時間が経っているかはわたくし達にもわかりませんし……

 

 でももしあのお二人の間にも新しい命……

 【赤ちゃん】が生まれていれば、こんなに

 素晴らしくておめでたい事はありませんわ」

 

「赤ちゃん、か……

 ……プフッ! そういえば思い出したぞっ」

 

突然エイルが口に手を当てて笑い出した。

アンが首をかしげながらポカンとした顔で彼の方を見る。

 

「? な、なんですのエイル、急に噴き出したりして」

 

「なぁアン、君は確か衛さんの気を引くために

 地球人の赤ん坊をお世話しようとしたことがあったろう?」

 

「……っ!」

 

アンは目を丸くしてだんだん顔が赤く染まっていく。

そんな彼女をニヤニヤと見つめながらエイルが続けた。

 

「ところがその赤ん坊は君に全然なつかず、終いには君の顔に……」

 

エイルがそこまで言うと、とうとうアンは

顔を真っ赤にして地団駄を踏みながらわめきだした。

 

「!!!! ~~~~~っんもぉ~っ! エイルッ!!

 その話はなさらないでと言っていたじゃありませんの!」

 

――昔エイルとアンが地球でエナジー狩りをしていた頃。

アンが片思いしていた相手、地場衛がとある赤ん坊を

その子の母親の代わりに面倒をみることになった事があった。

 

それを知ったアンは地球での仮の姿、【銀河夏美】の姿で

衛の元に赴いてベビーシッターを手伝おうとした。

しかしそれは所詮建前であり、二人きりの機会を狙って

衛に急接近する事が彼女の真の目的だった。

 

そんな下心が災いしたのだろう。

アンの邪な気質を赤ん坊に察知されたのか、

泣きわめかれてしまい拒絶されてしまうのだった。

そしてオムツを取り換える際に、アンは赤ん坊から……

【アレ】を顔面にかけられてしまった。 ……それも、二度も。

 

エイルはムキになって怒るアンがおかしく、そして微笑ましくて

堪えられずまた噴き出してしまう。

 

「はっはっはっ! いやぁ、悪い悪い。

 しかし今となってはなかなか愉快な思い出話ではないか?」

 

「あんな不潔な思い出なんてわたくしはいりませんッ!!

 ……と、言いたいところですけど」

 

恥ずかしい過去を掘り返されて、思わず感情が荒ぶってしまったアン。

しかし冷静になってみれば、確かにコレも今ではひとつの笑い話だ。

あの頃より大らかになれた今なら、恥ずかしさなんて笑い飛ばせる気もする。

 

そう思えた彼女の両手には、あの時嫌われながらも抱き上げた

赤ん坊の身体の温もりがよみがえってくるような感覚があった。

 

「あの地球人の赤ちゃんというのも、見る者に純粋な愛を与えて

 心を癒してくれる存在だったと今のわたくしなら思えますわ。

 今思い出すとあの時の赤ちゃん、とってもキュートでプリティでしたもの♥」

 

先ほどまで怒りと羞恥で赤く染まっていた

アンの頬が、今度は淡い桃色に染まった。

両頬に手を当てながら目を閉じつつ

赤ん坊の愛らしい姿を思い返してメロメロになってる様子だ。

 

「ナツミとセイジューローが生まれた時の感動が、

 アンの母性を目覚めさせた……ということかな?」

 

【アレ】をかけられる屈辱を受けて自分の元に舞い戻ると

「おのれ忌々しい下等生物め!」とわめき激高しながら

憎悪で顔を歪めていた、当時のアンからは想像もつかない姿に

真実の愛とは人をここまで変えるものなのだな……と

エイルは改めて感心するほかはなかった。

 

「ふふん♪ 今なら地球人の赤ちゃんもなつかせて、

 ちゃんと気持ちも理解して優しくお世話できる自信がありますことよ」

 

得意気に胸を張り笑って見せるアンに

今度はクスリと微笑むエイルであった。

 

二人がそんな他愛ないやり取りをしていると――

 

『……おぉ……ぉぉおぉおおお……』

 

二人の頭の中に魔界樹の声が響く。

エイル達はふたたび魔界樹を見上げた。

 

「むっ! 魔界樹、もしや?」

 

『あぁ……生まれるのだ。 私の内から、新たなる生命が……』

 

魔界樹の三つのサヤが激しい胎動をはじめる。

やがて動きが止まると、サヤが一つずつ

ゆっくり口を開き始め、そこから眩しい光が放たれる。

 

「おぉ……! 生まれる。

 我々種族の、さらなる希望の未来が……」

 

感激しながら誕生の瞬間を見守るエイルの隣で、

アンは穏やかな表情を浮かべながら

今は遠い場所にいるナツミ達に、心の中で語りかけていた。

 

(ナツミ……わたくしと笑い、喧嘩した元気な妹の姿で帰ってらっしゃい。

 そしてセイジューロー。 帰ってきたらアナタも、みんなのお兄様ですわよ。

 

 時間はかかってもいい。

 アナタ達二人が帰って来る日を、わたくしは待っていますわ……)

ナツミとセイジューローがまことと出会った翌日。

快晴の空の下、火川神社の境内に五人の少女が集まった。

月野うさぎをはじめとするセーラー戦士の五人である。

猫のルナとアルテミスも一緒だ。

 

今彼女らの目の前にいるのは、再び地球人の姿に変身し

やや緊張した面持ちの小さな姉弟、ナツミとセイジューローである。

昨日二人を保護したまことから事のあらましが簡単に説明された。

 

「……というわけで、みなさんはじめまして!

 わたし、エイルとアンの妹分のナツミっていいます!」

 

「ナツミお姉ちゃんの弟のセ、セイジューローです。

 ……よ、よろしくお願い、します」

 

挨拶の後ペコリとお辞儀をする二人。

月野うさぎは二人の顔をまじまじと見つめていた。

 

「わぁ~本当に夏美さんと星十郎さんにそっくり!

 私が月野うさぎだよ、よろしくね!」

 

笑顔で自己紹介をするうさぎを見て、

ナツミは興奮した様子で羨望の眼差しを彼女に向けた。

 

「アナタが月野うさぎさん!

 エイルお兄ちゃんが言ってた通り

 本当にキレイな人! 会えてとっても嬉しいですッ!」

 

ナツミの言葉に同調するように

セイジューローも精一杯の笑顔でうんうん頷く。

惚れているのか頬が少し赤くなっていた。

 

「キレイだなんてぇ、でへへへ……!

 本当の事はっきり言ってくれちゃってぇ~!

 このコ達は良い子ちゃん! 間違いなし!」

 

「社交辞令ってやつよ。

 まったく、アンタはおだてられると

 すぐ調子にのるんだから……」

 

デレデレ顔で有頂天気味のうさぎに対して、

巫女姿の火野レイが呆れたようにツッコミをいれる。

言われてうさぎはレイの方をジロッと睨んだ。

 

「なぁ~に、レイちゃん!?

 私がブサイクだって言いたいわけ~!?」

 

さあね?とばかりに不敵に舌を出してソッポを向きシカトするレイ。

そんなうさぎとレイのやり取りを見つめながら

セイジューローが聞きなれないワードに首をかしげる。

 

「しゃこーじれー……ってなんですか?」

 

つぶやいた彼に後ろからそっと歩み寄って

声をかけたのは水野亜美だった。

 

「相手と上手に付き合っていくために使う

 誉め言葉、別の言い方だとお世辞が近いわね。

 ……私は水野亜美。 よろしくね」

 

「は、はい……よろしく、です……」

 

亜美の穏やかで優しい微笑みを間近で見て、

セイジューローはうさぎの時以上に頬を赤く染めてドギマギしてしまった。

亜美の言葉を聞いたナツミが、自信を湛えた顔で

うさぎをフォローする。

 

「お世辞だなんてそんな!

 私、うさぎさんは本当にステキなレディだと思ってます!

 特にキュートな笑顔がとってもチャーミングです!」

 

「ぼ、僕もそう思います!」

 

「ほらぁ~! 二人とも私の長所をしっかり

 理解してんだから! ケチ付けないでよねッ」

 

「アンタの長所って笑顔だけなの?……ハァ」

 

胸を張って得意になるうさぎを見てため息をついた後、

レイはナツミ達に向き直り、二人のそばまで

歩み寄りながら語りかける。

 

「私は火野レイよ。

 アナタ達、あんまりうさぎをおだてちゃダメよ。

 あのコ調子に乗るとすぐボロが出て

 周囲に恥を晒しちゃうから……」

 

うさぎを横目にみながらコソコソ耳打ちするように二人に話すレイ。

本当はわざと当人にも聞こえるようにしゃべっているが。

 

「むきぃ~! レイちゃあ~ん!!」

 

「なぁ~によ! バカうさぎ!」

 

うさぎとレイのドタバタの取っ組み合いがはじまった。

気の弱いセイジューローはそれを見て驚き、慌てふためく。

 

「け、喧嘩! と、止めなくていいんですか!?」

 

「ははは……大丈夫、いつもの事だから。

 あたし達からしたらもう見飽きたくらいだよ」

 

「そうそ。 それだけ仲良しなのよあの二人は」

 

木野まことは半笑い、愛野美奈子は慣れた様子で

それぞれ言い、二人の喧嘩を止めずに見守っている。

ナツミとセイジューローは唖然とした。

 

「あれで、仲良し……??」

 

「不思議な関係ねぇ……ところで、あなたは」

 

ナツミに言われて、待ってましたとばかりに

美奈子はノリノリで自己紹介をはじめた。

 

「ふっふっふ~♪

 花も恥じらうピッチピチの女子高生、愛野美奈子っ!

 しかしてその実体は、愛と正義を貫く美の戦士! セーラーⅤちゃ~ん♥

 ……もちろん、予習済みよね?」

 

ドヤ顔の美奈子に対して、二人はポカンとした顔。

セイジューローが申し訳なさそうにつぶやく。

 

「え……え~っと、よくわかりません。 ごめんなさい……」

 

「あららっ?」

 

美奈子は思わずズッコケてしまった。

それを見てナツミがあわててフォローを入れる。

 

「まったく知らない訳じゃないんです。 セーラー戦士の

 みなさんの事もアンお姉ちゃん達から聞かされてましたし。

 ただ、セーラームーンの話が特に多くて印象強かったから……」

 

苦笑いしながら起き上がる美奈子。

しかしすまなそうな顔をする二人を見て

むなしい自分の気持ちをすぐに切り替えた。

 

「気にしないで。 まぁ、でも仕方ないか。

 一番身体張って二人を改心させたのはうさぎちゃんと衛さんだもの。

 それに亜美ちゃん、まこちゃんはともかく、私とレイちゃんは

 学校が違ったからあの二人とは接する機会もほとんどなかったしね」

 

美奈子の言葉を聞いたナツミが、

何かを思い出した様子で周囲を見回した後つぶやいた。

 

「そういえば、衛サマは?」

 

月野うさぎと並んで会ってみたいと思っていた、

地場衛らしき人物の姿が見当たらない。

ナツミの疑問に答えたのはルナとアルテミスだった。

 

「衛さんは今、アメリカっていう遠い所に行って

 難しいお勉強をしているの」

 

「だから君達と会う事はできないだろうね、残念ながら」

 

ナツミは露骨にガッカリした表情を浮かべた。

 

「えぇ~そんなぁ~……って、今しゃべったのって……?」

 

ナツミとセイジューローがお座りしている二匹の猫を見下ろす。

二人がいた星にもちろん猫など生息していない。

はじめて目にする小動物、しかもそれが人語を解している事に

二人は驚きと戸惑いを隠せなかった。

 

「見た事ない生き物……地球人、じゃないよね?

 あ、あの、アナタ達は?」

 

セイジューローが恐る恐る訊ねる。

 

「そんなに驚かなくて大丈夫っ、私は猫のルナ。

 こっちはアルテミスよ、よろしくね二人とも」

 

「僕は美奈の、ルナはうさぎのパートナーさ。

 まぁ、普通の猫は言葉を話さないけどね」

 

まだ少し戸惑い気味のセイジューローとは対照的に、

ナツミはルナ達に近寄りしゃがみこむと

二匹を好奇の瞳でジィーッと見つめる。

 

「か……かわいい! へぇ~、ネコって生き物なんだぁ!」

 

やがて顔をほころばせながらルナとアルテミスをなではじめた。

二匹も気持ち良いのか、目を細めながら満更でもなさそうに身をゆだねている。

 

「こらこらナツミ、あんまり無礼なことはしてはいけないでしよ」

 

そう言いながら魔界樹ベビーがセイジューローの服の懐から顔を出すと、

ジャンプして彼の肩の上にちょこんと着地した。

ベビーを見て驚いたうさぎが思わず声をあげて後ずさる。

 

「うわっ!? な、なにこれ!?」

 

まこと以外の面々も同様のリアクションだった。

ベビーはセイジューローの足元に飛び下りると、

引いているうさぎ達を一瞥しながら淡々と自己紹介をはじめた。

 

「ジュジュジュ~、アテシは魔界樹ベビーでし!

 セーラー戦士のみなさん、どーもはじめましてでし。

 とは言っても、マスターの記憶のおかげで

 アテシは生まれた時からあなた方を知っていたでし」

 

「へ? マスターって?」

 

なんの事だかわからないうさぎに、まことが言う。

 

「このコはあの魔界樹の分身なんだってさ。

 ナツミちゃん達をサポートするために同伴して来たんだよ」

 

「うさぎさん、ベビーもかわいいでしょ? ルナさん達みたいに」

 

「えっ!? ……う、う~んと……そうねぇ」

 

ナツミから不意に訊ねられて困惑しながらも、

うさぎは冷静になってベビーの姿をジィッと見つめてみた。

 

「かわいいといえば……うん、かわいい……ねっ?

 でも、ちょびっと……ヘンテコ。 かもっ」

 

当たり障りない感想を述べたものの、ベビーの顔を見つめていたうさぎは

口から小さく本音が漏れた途端、吹きだしそうになってしまった。

それを察したルナが、すかさずうさぎを叱責する。

 

「ちょっと! うさぎちゃんッ!」

 

「あわわ! ごっ、ごめんなさい! ヘンテコなんて言っちゃって……」

 

ルナに叱られ、深々と頭を下げながら謝罪するうさぎ。

しかしベビーは怒りも哀しみもせずケロッとした様子で許した。

 

「いえいえアテシは気にしないでし。

 アンにも変なちんちくりんと言われたでしし」

 

すると、うさぎとベビーのやり取りを見ていた

美奈子がしゃしゃり出てきた。

 

「まぁ確かに……植物なのに動いたりしゃべったり、

 それに目がついてておしゃぶりなんてくわえてるんだもの。

 見ようによっちゃ、けっこう不気味ちゃんかもねぇ~」

 

美奈子は明らかに悪ノリした様子で

自分が思ったことをベラベラと口に出す。

だがそれを見ていたまことが怒声をあげた。

 

「美奈子ちゃんッ!

 ……それは冗談のつもりかい?」

 

腕を組んで険しく鋭い目つきで美奈子を睨む。

まことは昨晩の交流で、ベビーの純粋さを知ったからこそ

美奈子の言い草が頭にきたのだろう。

突然まことにキレられてビビってしまった美奈子はしどろもどろになる。

 

「えっ、あ、いや、えっと、今のはそのぉ、

 なんていうか、あはは……そうじゃなくて、え~あ~

 【ヒボーチューショー】ってわけじゃなくってぇ~えへへ……

 

 失言でした、すみません……」

 

さきほどまでとうって変わって

一気にシュンと小さくなる美奈子。

 

「当人が気にしないと言ったからって、

 調子にのるなよな、まったく!」

 

不機嫌なまことを、まあまあ~とうさぎがなだめる。

ベビーとナツミはそんな様子をただ呆然と見ているだけだったが、

セイジューローだけは明らかに動揺していた。

うさぎとレイの喧嘩よりも強い険悪な空気を感じたからだ。

 

偶然ちらりと目を向けた亜美は、そんな彼の様子を秘かに感じ取っていた。

 

「アルテミスからもなにか言って……あれ?」

 

言いかけたまことがふと見ると、

アルテミスは青ざめた顔でベビーを見つめていた。

彼の様子がおかしい事に気づいたルナが声をかける。

 

「どうしたのアルテミス、なんか顔色悪いわよ?」

 

「う、うん、魔界樹にはあんまり良い思い出がないから……」

 

アルテミスの脳裏には昔、うさぎ達が回収した

魔界樹の小枝を目にした時の記憶が蘇っていた。

小枝が一人でに動き自分の前足に巻き付いてきた

あの時の不快感を思い出した彼は、

ベビーに対して生理的に強い警戒心を示していた。

 

だがそんな事は露知らず、ベビーはルナとアルテミスの前まで

とび跳ねながら近づくと気さくに声をかけるのだった。

 

「どうもどうも、魔界樹ベビーでし。

 仲良くしていただければ幸いでし」

 

そして頭の芽を動かし、まるで握手を求めるような形で

二枚の葉をアルテミスの前に差し出した。

 

「いっ……! ど、どうもご、ご丁寧にっ」

 

「もう、ビクビクしてだらしないんだから!

 ……お互い良い友達になりましょうね、魔界樹ベビーさん」

 

怯えるアルテミスにかわり、ルナが自分の前足を葉にのせて

ベビーと握手を交わした。

その時、実はベビーの動作をつぶさに見ていた亜美が、

ぽつりとつぶやいた。

 

「魔界樹の分身、ベビーさん……

 確かに不思議な生き物ね……。

 使った言葉は良くなかったけど、美奈子ちゃんが

 言いたい事もわからないでもないわ。

 アルテミスが怖がるのは過去のトラウマだから仕方ないけれど……」

 

そう言いながら亜美は愛用の眼鏡を取り出し、かけると

ベビーのところまでゆっくりと歩み寄り、

しゃがみこんでまじまじとベビーを凝視する。

妙な圧迫感を覚えてベビーは少したじろいだ。

 

「……でも、私は興味があるわ、アナタの生態に。

 ねぇ、もし良ければ後でアナタをちょっとだけ……

 

 解剖させてもらえないかしら……?」

 

「ジュジュ!?」

 

亜美以外の全員がギョッとする。

解剖という言葉の意味を知っている

ナツミとセイジューローは顔面蒼白になった。

 

「か、解剖って……!」

 

「ベビーに何する気!?」

 

ナツミが急いでベビーを拾い上げるとかばうように抱きしめる。

 

「ちょちょちょ~っと!! 亜美ちゃんいったいど~したぁ~!?」

 

うさぎ達が亜美の暴走を止めようと焦って今にも飛びつこうとしたその時。

亜美はスックと立ち上がると、眼鏡をはずして満面の笑みをのぞかせた。

 

「……ウフッ♪ うっそ♥」

 

「「「「「「「「「でえぇぇぇええええええ~~~~」」」」」」」」」

 

思わぬ亜美のボケかましに、気の抜けた声を上げながら

その場にいる亜美以外の全員が盛大にズッコケた。

 

亜美は倒れた面々を目をパチクリさせながら見つめつつ、

 

「セイジューロー君がまこちゃん達を見て不安そうにしてたから、

 少しでもなごませようと思ったんだけど……ごめんなさい、

 やっぱりこんな冗談、面白くないわよね?」

 

と、面目なさそうにつぶやいた。

 

「あ、亜美ちゃん……それにしては目がマジだった気がすんだけど……?」

 

まことのツッコミに亜美は恥ずかしそうに顔を赤らめるのだった。

その後、うさぎ達とナツミ達はお互いに今まであった出来事をおしえ合った。

 

ベビーが昨夜まことに語ったのと同じく、エイル達が地球を旅立ってから

ナツミ達がここにやって来るまでの幾年月の事を知るうさぎ達。

 

一方、うさぎ達はエイル達が去った後の地球での

戦いの日々をナツミ達に語った。

 

ブラックムーン一族、デス・バスターズ、

デッド・ムーンサーカス、そしてシャドウ・ギャラクティカ……

地球を狙った数々の侵略者。

それらを打ち破り、今の平和を守ってきたセーラー戦士達。

 

ナツミら二人と一匹は、彼女達の英雄譚に聞き入った。

セイジューローは頭の中で、女性でありながら強い敵に勇気でもって

立ち向かう戦士達の雄姿を、尊敬と憧れの念とともに想像していた。

 

「すごい……みなさん本当にすごいんですね……!」

 

「私もちびうさちゃんや外部戦士の人達に会ってみたーい!

 スターライツって人達もカッコよかったんだろうなァ……♥」

 

ナツミはこの場にいない他のセーラー戦士に想いを馳せていた。

特にスターライツの三人と、ウラヌスこと天王はるかについては

美形、クール、そして男装の麗人と聞かされただけに

彼女らとの邂逅を妄想してウットリした様子だ。

 

「はるかさん達も今は外国に行ってて、連絡も取れないんだ。

 ちびうさも未来の世界に帰っちゃったしね。

 ……セイヤ達も今ごろどうしてるかなぁ」

 

語るうさぎ自身も、ちびうさや星野光と過ごしていた時を

思い返し、在りし日を偲ぶのだった。

一方、ベビーは邪悪な組織の数々に冷や汗を流している。

 

「それにしても、そんな恐ろしい連中がこの世に跋扈していたとは……

 いやはやマスターでも知る由もなかったでしなぁ」

 

「夏美さん達…アンとエイルも辛い思いをしながらもがんばってたんだね。

 二人が元気な事がわかって、私達も安心したわ」

 

うさぎが安堵の旨を口にしたところで、

まことが大事なことを思い出して声をあげた。

 

「……あっ! いけない!

 みんな、あまりゆっくり話もしてられないんだ。

 実は……」

 

エイル達の星と地球の間には、大きな時差があり

彼らの星の方が時間が早く流れてるらしいこと、

そのためナツミ達が元の星に帰還するのが遅くなれば、

後々大変な事になるかもしれないことを、ベビーとともに説明するまこと。

 

それを聞いて一番驚いたのはナツミとセイジューローだった。

その時はじめて、旅立ちの際にエイル達からかけられた

言葉の意味を理解したのだった。

焦るセイジューローと、つまらなそうな顔でうつむくナツミに

ベビーは申し訳なさそうに声をかける。

 

「ジュ~、二人とも黙っていて悪かったでし……

 そういう訳であんまり地球でのんびりする訳にも

 いかないんでしよ」

 

「もっとうさぎさん達と話したり遊んだりしたかったな……」

 

「私もだよ、ナツミちゃん……

 十番町の楽しいスポットとかおいしいケーキのお店とか、

 色々教えたり案内してあげたかったのに」

 

レイが残念がるうさぎの肩に手を置いた。

 

「うさぎ、残念なのは私達も同じだけど仕方ないわよ。

 後で悲しい思いをするのはナツミちゃん達よ。

 アンとエイル、それに魔界樹だって今頃二人を心配してるはずだわ」

 

レイに諭され、うさぎは寂しさをこらえて静かにうなずく。

 

「お姉ちゃん、アレを渡してお兄ちゃん達の所に帰ろうよっ」

 

不安に駆られたセイジューローが姉をせかした。

弟の顔を見て、ナツミは彼の気持ちを汲み

自分がやらねばならぬ事を成すことに決めた。

 

「そうね……、では改めてみなさん!

 実はエイルお兄ちゃんとアンお姉ちゃんから、

 みなさんに渡すようにと頼まれてきたモノ……

 愛のつまった贈り物があります!」

 

「えっ! プレゼント!?

 なになに、もしかしてケーキと肉まん!?」

 

「いやいや、きっと宇宙にしかない超貴重な宝石とかでしょ!」

 

良いモノを期待して興奮するうさぎと美奈子。

現金な二人に、他の三人と二匹がオイオイ……と

冷ややかな視線を送る。

 

エイルがナツミに預けた黄緑色の小さな巾着袋。

いよいよそれを渡す時がきた。

その中身が一体なんなのかずっと気になっていたため

ナツミは内心ワクワクしながら自分の懐をさぐる。

 

「ふふ~ん♪ お兄ちゃん達からみなさんへの

 愛の贈り物はぁ~……

 

 ……あれっ?」

 

ナツミの手が止まり、同時に得意気な笑顔も消えた。

ナツミは自分の顔色がサァーと青ざめていくのを感じた。

もう一度懐の中を調べて……冷や汗が流れ出る。

今度は慌てて服のポケットに手をつっこみ、まさぐった。

 

「えっ? ど、どうしたのお姉ちゃん?」

 

明らかに様子がおかしい事を察したセイジューロー。

嫌な予感を覚えながら姉に訊ねる。

 

するとナツミの身体が小刻みに震えだし、

涙目になった顔をゆっくりと弟とベビーに向けた。

 

 

「……ない。 無いっ!

 

 エイルお兄ちゃんから預かった

 あの小袋がっ! なああぁ~~いぃッ!!!」

 

「・・・・・・」

 

 

「「ええぇぇ~~~~~!?!?」」

 

 

セイジューローとベビーが同時に驚愕の大声をあげた。

 

「ジュジュ~! い、一体どこで無くしたんでしかナツミ!?」

 

「わかんない! わかんないよぉ~!!」

 

「アレをみなさんに渡すために来たのに……!」

 

取り乱してバタバタ騒ぐ彼らを

呆気にとられながら見つめるうさぎ達。

そんな中、亜美が彼らに凛として声をかける。

 

「落ち着いて。 ……まずは一度冷静になって、

 無くすような心当たりがなかったか思い出してみましょ」

 

「こ、心当たり? う~ん……そう言われても」

 

ナツミ達は首をかしげながら頭をひねるが、何も浮かばなかった。

 

「あたしのウチに忘れてきたんじゃないか?

 ほら、昨日お風呂に入っただろ。

 もしかしたら脱衣所にあるかも……今からもどって調べてみようよ」

 

まことがそう言って、自分のマンションへ一度戻ろうとナツミ達を促す。

しかしまことの推察を聞いたナツミは、少し憤った態度でそれを否定した。

 

「そんなハズないわ! アレはエイルお兄ちゃんから

 預かってから、私がずっと肌身離さず持ってたんだから!」

 

「ジュ~……いやしかし、ナツミもセイジューローもあの時は

 すっかり気が緩んでいたでしし、まことさんの家のどこかに置いたまま

 ここに来てしまった可能性はなくもない気はするでしが……」

 

ベビーもまことの自宅にお邪魔して以降は

ナツミ達の行動を終始監視していたわけではなかったのに加えて、

あの時は自分自身も気が緩んでいたために漠然とした推測しかできない。

ベビーにまで言われたナツミはさらにムキになった。

 

「ば、バカにしないでよ! 私そんなドジじゃないもん!!」

 

「……じゃあなんで今は持ってないのさ」

 

不意にセイジューローが怨嗟のこもったか細い声をもらした。

その声が聞こえて思わず顔を向けたナツミの視界に入ってきたのは

上目遣いで自分を恨めしそうに睨む弟の顔だった。

 

「な……なによセイジューロー、その目は」

 

ナツミは動揺してたじろいだ。

弟からこんな表情を向けられた事なんて今までなかったからだ。

 

「お姉ちゃん何度も僕に言ってたよね……

 私に任せておけば大丈夫、心配する事はなにもないって。

 だから僕もお姉ちゃんを信じてきたのに……」

 

ナツミに向けられたセイジューローの瞳の奥では

怒り、嘆き、失望、絶望、

あらゆる負の感情が渦を巻いていた。

 

「どうするの? これじゃおつかいが終わらないよ」

 

「うっ……そ、それは」

 

「肌身離さず持ってたんならなんで無くなったの?

 どこかで手放したからでしょ?

 忘れてきたの? それとも気づかない間に

 どこかで落としたんじゃないの?

 

 ……ねぇ! お姉ちゃん!!」

 

口調は静かだが、恨みと失望のこもったまるで陰湿に脅迫するような物言いで

姉にまくし立て、最後には思わず自分の感情が表出した。

 

堪らずナツミも、押さえていた自分の負の感情がとうとう爆発した。

 

「う、う……うるさいっ!!

 

 セイジューロー!

 弟のくせに生意気な口きくなぁ!

 

 わ、私はアンタのお姉ちゃんなのよ!

 引っ込み思案で臆病なアンタなんかより

 ずっとしっかりしてんの!

 私がそんなミスするわけないでしょ!!」

 

顔を真っ赤にして怒るナツミは、実は心の奥底に隠していた

弟に対するネガティブな印象でもって、彼を罵倒した。

それはたとえ心に思っても口にしてはならないという事に、

この時焦りと怒りで自尊心が暴走したナツミは気がついてはいなかった。

 

しかしセイジューローは自身の性格は自覚しているためか、

それ以上に姉に対する怒りが上回っていたのだろうか、

意外にもさほど臆さず、冷静に返した。

 

「……確かに、僕は気の小さい臆病者のダメな弟だよ。

 

 でも、お姉ちゃんはしっかり者じゃない!

 現にアレがここに無いのはお姉ちゃんのミスじゃないか!」

 

「ひ、百歩譲って私のミスとするわよ!

 ならいつもそばにいるアンタが気づいて、私に教えなさいよね!

 姉の失敗は弟がフォローしなさいよ!!」

 

「勝手な事言わないで!!」

 

「勝手はどっちよぉ~!?」

 

相手への不満と怒りをぶつけ合いながら、姉弟は睨み合う。

うさぎ達とベビーはすっかり険悪になってしまった

二人の姿に、ただただ呆然とするばかり。

今にも取っ組み合いに発展しかねない様子に

うさぎは焦りながらも冷静に二人を仲裁しようとする。

 

「ち、ちょっとちょっと……

 ナツミちゃん、セイジューロー君も落ち着いて? ね?」

 

うさぎの声が聞こえてないのか怒りのにらめっこをやめない二人。

ついに堪りかねたベビーが彼らに向かって怒鳴った。

 

「こ、コラァ~~! 喧嘩なんてしてる場合でしか!」

 

「「うっさい! 黙ってて!!」」

 

「ジュウゥウ~!?!?」

 

二人から同時に怒鳴り返されたベビーは、激しくショックを受けて

ヘナヘナ~と枯れるようにしおれてしまい、その場にヘタれこんでしまった。

それを見てうさぎ、ルナ、アルテミスが慌ててそばに駆け寄り心配の声をかける。

 

余計怒りに火がついたのかナツミとセイジューローの口喧嘩が再開された。

 

「さ、さっきまであんなに仲が良さそうだったのに……」

 

「なんだかややこしい状況になってきたわね」

 

二人の喧嘩を唖然と見つめながらつぶやく美奈子とレイ。

 

「でもセイジューロー君の言うように、

 ここへ来る途中で落とした可能性もありそうね」

 

亜美の推測を聞いたうさぎが

場の空気を換えようと前向きに明るい声で提案する。

 

「ならみんなで落ちた贈り物を探しにいこうよ!

 みんなで力をあわせればきっとすぐ見つかるって!」

 

「それは結構です!」

 

キッパリと言い放ったナツミに呆気にとられるうさぎとその他の面々。

ナツミの顔は怒りの色から悲壮の色に染め変わっていた。

 

「……私が探してきます。

 確かに弟の言う通り、失くしたのは私なんだから。

 私が責任を持って見つけてきます……

 だからみなさんここで待っててください!」

 

そう言うとナツミは火川神社の境内から見下ろす

十番町の街並みを悲痛な面持ちで見据えながら、

入口の鳥居に向かってツカツカと歩きはじめた。

 

「み、見つけるったって、手がかりもないのにどうやって……」

 

美奈子が止めようと声をかけるが何も言わず無視されてしまう。

 

「お、おいベビー! 止めなくていいのか!?」

 

この状況にやきもきしたまことが、ベビーの方に目を向けて訴える。

しかし当のベビーはショックから立ち直れず、しなびてグッタリしたままである。

目からは涙を流して、もうどうでもいいとふてくされたようにポツリとつぶやく。

 

「……もういいでし、勝手にするでし……」

 

「そんな!? アナタなにを言って……!」

 

自暴自棄でまるで見捨てるような発言に、ルナが抗議の声を上げる。

 

自分にはもはや見向きもせずに歩き去ろうとする

姉を見て、ハッと我に返ったセイジューローは

一瞬躊躇しながらも、慌ててあとを追おうとした。

 

「……お、お姉ちゃん、なら僕もい……」

 

「アンタはここにいなさいっ!!」

 

ナツミが振り返らずに苛立たしげに声を張り上げた。

ビクッとしたセイジューローは立ち止まり、姉に拒絶されたことによって

絶望の表情を浮かべて立ちすくむ。

 

「……こんな口先だけの頼りないお姉ちゃんに、失望したんでしょ?

 嫌いになったんでしょ!? だったら無理について来なくたっていいわよっ!」

 

振り返らないままうつむきながら吐き捨てるように叫んだあと、

ナツミは走り出して鳥居をくぐり、火川神社の石段を駆け下りていった……。

 

「お姉ちゃ……!」

 

声を上げた時にはもう既にナツミの姿は石段の下に消えた後だった。

 

置き去りにされて呆然と立ち尽くすセイジューロー。

うなだれて肩をおとし、やがてプルプルと身体が小刻みに震えだす。

うさぎ達は幼い彼のそんな切ない後ろ姿を見ていたたまれなくなった。

うつむく彼の後ろから、何も言わずうさぎがそっと肩に手を添えようとする。

そして慰めようとした瞬間――

 

 

「お姉ちゃんのバカ!! もう知るもんかっ!!」

 

突然セイジューローはつむった目から大粒の涙を流しながら、大声で叫んだ。

 

「あぁっ! セイジューロー君、どこ行くの!?」

 

そしてうさぎが止める間もなく、

彼も神社の石段を駆け下りてどこかへと走り去ってしまった……。

 

しばしの間、気まずい沈黙の時間が流れる。

その場に残された全員が立ち尽くしていた。

 

「ど、どうしよう……絶対良くないよこの状況……」

 

「二人ともまだ小さい子どもなのに……

 ひどく情緒が不安定になっているわ」

 

うろたえるうさぎと、心配な表情を浮かべる亜美。

 

「とにかくひとりにさせておくのは危険よ。

 ……謎の失踪事件が横行している今なら尚更ね」

 

「あぁ。 ほっとくわけにいかないよ」

 

レイの冷静な意見に、まことが間髪入れず同意する。

 

「よーし! 手分けして二人を探しましょ!」

 

美奈子の号令と同時に、行動を開始する五人。

その前にうさぎが一声かける。

 

「ルナとアルテミスはベビーさんと一緒にいてあげて!」

 

「わかったわ。 みんな気をつけてね!」

 

グッタリしたベビーに寄りそうルナとアルテミスを火川神社に残し、

五人の少女は幼い姉弟の行方を追うため、十番町の方々に

散っていくのであった……。

「セイジューローのスカポンタンッ! ワガママ弟!!

 姉の私にあんな偉そうな態度とって何様よ!」

 

セイジューローやうさぎ達と別れたナツミは、

弟に対する不満をプンスカと噴出させながら

孤独に十番町をさすらい歩く。

 

「……早く帰らないと不安だから

 気が立ってるのはわかるけどさ……。

 

 だからってあんな言い方ないじゃない!

 私だってねぇ、不安なのを必死で隠してるのに……!」

 

下唇を噛みしめる彼女の目には、いつの間にか

悔しさと切なさの入り混じった涙が溜まっていた。

 

文句を垂れながら歩いていたナツミだったが

ふと、立ち止まる。

 

「でも……こんな事、本当にはじめてだわ……。

 

 いつもオドオドしながら私の後ろをついて来てたあのコが、

 あんな風に自分の気持ちを、私にぶつけてきたのって……」

 

今までセイジューローは常に大人しくて感情を荒ぶらせることもなく、

疑問を呈することはあっても、姉の自分が言う事には割と素直に従っていた。

そんな弟が激しい感情を露わにしながら、なおかつ状況を分析した上で

自分に堂々と意見してきた事が、ナツミにとってはあまりにも衝撃的だった。

 

「……セイジューローって、実は私が思ってるよりしっかりしてるのかな?」

 

そう思えた途端、ナツミは自分自身の立ち振る舞いを思い返してみた。

 

「私は、自分がお姉ちゃんだから……弟は守ってあげなきゃいけないって、

 そう思って今までやっていたつもりだったけど……

 

 それって、あのコは一人じゃ何もできないんだって

 勝手に決めつけてたって事なのかな……」

 

双子とはいえ、自分は姉という上の立場にあぐらをかいて

いい気になっていただけなのではないか、と自身を嫌悪しはじめる。

 

「私って……ただ見栄を張ってるだけ?

 エイルお兄ちゃんやアンお姉ちゃんには程遠い、

 愛がないダメなお姉ちゃん……ってこと」

 

……妙に苦しい。 胸が痛い――

生命エナジーが不足してきたから? いや、違う。

 

仲むつまじいエイルやアンと、今の自分を比較して感じたこと。

それは、二人から教わったハズの【愛】……兄弟に与えるべき

本当の愛というモノを、自分は理解できていなかったのでないか?

 

自分のセイジューローに対する先ほどの態度……アレはなんだ?

はたしてアレが弟を本当に愛している立派な姉の姿だと言えるのか?

羞恥と後悔の念がナツミの心を押しつぶし、暗い影を落とした。

 

もどらないと。 そして姉として、弟に謝罪しなければ……

しかしあの時自分に向けられた彼の失望の表情が頭に浮かぶ。

許してもらえなかったらどうしよう、もう顔も見たくないと言われたら……

不安と恐怖でさらに胸がしめつけられる。

 

「……そうだ、あの小袋を探さなくちゃっ。

 ひとりで探すと言ったものの、一体どこに落としちゃったのよぉ……」

 

決意が揺らいでしまったナツミは、一旦弟との問題は置いておき

今はもう一つの問題と向き合うことにした。

紛失してしまったエイル達からの預かり物の捜索だ。

弟の事で火川神社にもどるのが怖いというのもあるが、

偉そうに宣言してしまった手前、もどって協力を頼むのは

気が引けるのも事実であった。

 

「亜美さんが心当たりがないか思い出せって言ってたけど、

 アレを失くすようなタイミングなんてどこにも……」

 

ナツミは故郷を出発した時まで遡って、改めて記憶をふり返ることにした。

出発する前に、あの小袋はしっかり自分の懐に入れていた。

地球に向かって宇宙を飛んでる間は特に何かしたワケでもないし……

地球人の姿に変身した時も服の中にちゃんと入ってる感覚があった。

 

――もしかすると、不審な地球人(警察官)から逃げる時?

あの時セイジューローの手を引きながら夢中で走っていたから、

走る拍子に落としてしまったのに気づかなかったということだろうか?

だとするとあの町の人混みの中で落としたことになるが……

 

焦りを感じるがまだ断定はできない。 もう少し冷静になって思い返してみる。

その後住宅街で二人組のチンピラ男に絡まれてしまい、

そこを通りがかったまことに助けられたワケだが……

 

「……んっ!? ちょっと待って?」

 

そこまで思い出した時、ナツミはある瞬間にひっかかりを感じた。

それはまことが現れる直前、チンピラの一人に

胸倉を手で掴まれて身体を持ち上げられた時のことである。

 

あの時は首元を締められ苦しかったためにそれどころではなかったが、

冷静に思い出してみると、実は持ち上げられる瞬間に

自分の胸元から何かがこぼれ落ちるような感覚がわずかにあったのだ。

 

「まさか、あの時に……?」

 

さらにその時、持ち上げられた自分の下の方で

何か落ちたような物音がしていたのを、ナツミの耳はキャッチしていた。

 

 

            (ポトッ)

 

 

……本当にわずかに小さな音だった。

そしてその事を思い出したナツミは確信し、

それまで暗い表情だった彼女の瞳に、希望の灯がともる。

 

「そうだっ! きっとそうよ!!」

 

歓喜の声を上げるとナツミは脱兎のごとく駆け出した。

向かう先はもちろん、昨日まこととはじめて出会ったあの場所である。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「つ、着いた! 確かここだわ。

 この辺のどこかに落ちてるハズ……!」

 

人通りの少ない閑静な住宅街の一角。

すぐ近くの塀には、自分の念力でチンピラを叩きつけた際に

できたひび割れがある。 ――この場所で間違いない。

 

ナツミは地面に這いつくばるようにしゃがみこんで、

辺りをしらみつぶしに調べていく。

 

「あれ? アレ? あれぇ~? 見つからないっ!」

 

しかしどこを探してもあの小袋らしき物は見当たらない。

 

「そんなぁ、心当たりはココだけなのに~!

 まさか誰かに持っていかれちゃったの!?」

 

期待がはずれただけにショックも大きかった。

もし知らない誰かに拾われた後では、もはやどうしようもない。

 

「……どうしよう。 どうすればいいのよぉ……」

 

その場にへたれこんだナツミの目に涙が溜まる。

そして今にも声を上げて泣きだしそうになった、その時。

 

「…~ン! ア~ン! おーい、アン! どこ~?」

 

背後から声が近づいてきた。

誰かの名前を呼ぶ声……しかも自分がよく知っている名前。

 

「えっ!? アンお姉ちゃん!?」

 

まさか地球にアンやエイルが来ている?

思わず後ろを振りかえるナツミ。

……しかしそこにいたのは、全く知らない小さな子どもだった。

 

「……だ、だれ?」

 

ナツミは涙も止まり呆気にとられた顔をする。

相手の方もボーッとこちらの顔を見つめていた。

 

年齢はおよそ三、四歳くらいだろうか?

自分や弟のセイジューローより明らかに年下っぽい

茶色い髪をした地球人の子ども。

セイジューローが地球人に変身した時のものと

服装が似ており、男の子であるらしいことはわかる。

 

その男の子が不意に声をかけてきた。

 

「おねえちゃん、アンしらない?」

 

突然見知らぬ幼児から

姉の事を聞かれてナツミは困惑する。

 

「えっ……それ私のお姉ちゃんの名前だけど。

 アナタ、お姉ちゃんを知ってるの?」

 

「ちがうよ、アンはワンワンだよ」

 

「わ、ワンワン……? なによそれっ」

 

意味不明な単語を聞いて余計混乱するナツミ。

ただ、この男の子が言っているアンとは

自分の姉のアンではない事は察した。

 

「アンはね、ぼくがおさんぽしてたんだけどね、

 どっかいっちゃったの……」

 

そう言いながら困った顔で男の子はうつむく。

自分とはなんの関係もない事だとわかった途端、

ナツミはそっけない態度をとった。

 

「あっそ……違うんなら私は関係ないわ。

 どこか別のところをあたってよね。

 ……っていうか私それどころじゃないの!

 早くアレを見つけないと~!」

 

諦めきれずまた地面に這いつくばり、

血眼になって小袋探しを再開するナツミ。

しかし冷たくあしらわれても、男の子は去ろうとしない。

それどころか――

 

「おねがいします、てつだってください」

 

「ハァ?」

 

すっとんきょうな声を出して振り向くナツミ。

男の子の表情はわずかに涙目になっていた。

 

「アン、みつけるの……」

 

懇願の眼差しがナツミに向けられる。

呆れたのと失くし物が見つからない苛立ちで

ナツミは思わず声を荒げてまくし立てた。

 

「あ、あのねぇ~!

 さっき言ったでしょ、それどころじゃないって!

 私は今人生最大の一大事なの!

 落とし物を見つけなきゃ、帰れないのよ!!

 見ず知らずのアナタなんかに構ってられないわ!

 大体アナタの言うワンワンがなんなのかわかんないのに

 探しようなんて……」

 

「ぼくもてつだう」

 

「え?」

 

またもすっとんきょうな声が出る。

だが手伝うと言った男の子の目は真剣だった。

 

「ぼくもおねえちゃんのおとしもの、いっしょにさがす!」

 

どうやら本気でこちらの小袋探しに協力しようとしているらしい。

しかしそんな思いがけずありがたいハズの申し出に対し、

 

「い、いいわよ別に。 私一人でも探せるから……

 それにアナタ、どう見ても私より子どもだし……」

 

ここへきてつまらないプライドが邪魔をする。

ナツミはつい強がってしまった。

男の子はそれでも折れずにナツミの目をジッと見つめつづける。

 

うぐっとたじろぐナツミ。

彼の真剣な目を見て無下に断わる自分に再び罪悪感を覚えた。

 

そして思い直す……このコも自分と同じように失くし物をして困っている。

自分と辛い心境が同じ相手を突き放していいのだろうか。

それに相手の純粋な厚意、いわば母星で教わった与える愛を無視する……

赤の他人とはいえそれこそ、【愛】からかけ離れた行為じゃないか、と。

 

男の子との無言のにらめっこをしながら考えて、やがてナツミは言った。

 

「…………うん、わかった。 いいわよ!

 それじゃお願いするわね、私の落とし物を探す手伝い!

 そいでもってアナタが言うワンワンってのを探すの、私も手伝うから」

 

「うんっ!」

 

男の子が喜びの声でもって承知する。

本当は時間がない、他人に関わっている余裕はない。

だがそれでも結局、ナツミの心の奥にある

困った人を放っておけないという思いやりの気持ちが勝ったのである。

 

それに自分を頼もしい姉と信じ、信頼の眼差しを向けていた

弟セイジューローの面影が、目の前の少年に自然と重なって映ったのもあった。

 

自分よりも相手を優先してナツミが提言する。

 

「先にアナタのワンワン……アンを探しましょう。

 ねぇ、アンはどこでいなくなったの?」

 

「こうえんでいなくなった」

 

「こうえん……? とにかく、そこに一緒に行きましょ」

 

ナツミは男の子と手をつないで、

彼の案内でその場を一旦後にするのだった。

男の子に案内されて、ナツミは町の公園にやって来た。

園内では子ども達が遊具を使ったり

砂場遊びやサッカー等をして遊びまわっている。

大人も何人かいて、自分の子どもを見守っていたり

ベンチに腰掛けてくつろいだりしている。

 

ナツミは初めて来た公園という場所と、そこで時間を過ごす人々の様子を

興味深く観賞するように、少しの間だけじっくりと眺めていた。

しかしすぐ気を取り直して、男の子に質問する。

 

「そうだ、ねぇワンワンがなんなのかを教えてよ」

 

「おねえちゃんワンワンしらないの?

 ワンワンってね、こんなのだよ」

 

そう言うと男の子は近くに落ちていた小枝を拾い、

それを使って土の地面に簡単な絵を描いて見せた。

 

ワンワンという名称のとおり

男の子が描いたのは、【犬】だった。

しかしナツミは犬という動物を見たことも聞いたこともなかった。

 

「ふ~ん? ……これって猫とは違うの?」

 

男の子の描いた絵を見たナツミは、

ルナやアルテミスと形が似ていると感じて

疑問を投げかける。

 

「ネコさんじゃないよ、ワンワンだよ。

 でもママはイヌっていってた」

 

「イヌ……う~ん、まぁとにかく猫に似たような

 見た目の生き物ってことね……」

 

かくしてナツミは男の子と一緒に、

犬のアンの捜索を開始するのであった。

 

 

「おぉ~い! アァ~ン!

 どこにいるのぉ~? 隠れてるなら出ておいでぇ~!」

 

「ア~ン! どこ~? ア~ン!」

 

二人で大きい声で名前を呼びながら

公園を探しまわるものの、出てくる気配はなかった。

周囲の一部の人がそんな二人をなんだなんだと注目するため

ナツミも公園にいる人達に聞き込みを試みる。

しかし犬を見かけたという人は意外にも誰もおらず、

有力な情報は得られなかった。

それでも二人は諦めず公園外の周辺まで範囲を広げ

呼びかけと捜索を続けるのだった。

 

 

……いたずらに時間だけが過ぎていき

気がつくと、公園にはナツミ達以外誰もいなくなっていた。

空の太陽も西に傾き、すでに夕暮れを迎えていた。

 

「ハァ~……ぜんぜん見つからないわねぇ……」

 

「アン、どこいっちゃったのかなぁ……」

 

疲弊してベンチに座り込み、溜息を吐くナツミ。

隣に座った男の子は顔を伏せて涙声でつぶやく。

不安と悲しみの表情を浮かべる彼の顔をのぞきこんで、

ナツミがポツリと訊ねた。

 

「……ねぇ、やっぱりアンが見つからないと、

 アナタもおウチに帰れないの?」

 

「うん…… アンは、かぞくだから」

 

「家族……」

 

その言葉を聞いてナツミの心が大きく揺らいだ。

脳裏に浮かび上がるエイル、アン、魔界樹、

そしてセイジューローとベビーの姿。

みんな、自分に笑いかけている……。

 

「アンがいなくなるのぼく、いやだ。

 ママとパパもいやだとおもう……」

 

目に涙を浮かべる男の子にナツミの胸は痛んだ。

ナツミは心の中で、弟との絆というかけがえのないモノを

失ってしまったかもしれないという後悔を抱えていた。

彼女にとってそれは贈り物以上に大切なモノであり、辛い事だった。

……こんな小さい子に、自分と同じ辛さを味あわせたくない。

なんとかできないだろうかと、必死に思案を巡らせる――

 

そしてある事を思い出して、閃いた。

 

「……大丈夫! アンはきっと見つけてあげる!

 おねえちゃんに任せなさい!」

 

ベンチから立ち上がりながら、自信があるように宣言するナツミ。

男の子はそんな彼女にキョトンとした顔を向ける。

 

彼に笑顔でウィンクした後、

ナツミは周囲を見据えながら精神を集中させはじめた。

 

(アンお姉ちゃんが得意だって言ってた【予知能力】……

 それを使えば、イヌを探しだせるかもしれない。

 多分その気になればきっと私にだって……!)

 

かつて、エイルとアンがエナジー狩りのためのカーディアンを選ぶ際に

アンが使用していた予知能力。現状において任務成功に

最もふさわしいカーディアンを決めるために駆使していた力だった。

 

ナツミはそんな能力がある事をアン本人から教えられた事があった。

なら自分にもその使い方を伝授してほしいと懇願したものの、

カーディアンが不要になった今ではもう必要ない能力であり、

それにいつもセーラームーンにカーディアンは倒されていたので

自分の予知能力なんて大したことはない、と少し切なそうに言われ

結局使い方は教えられず終いだった。

 

今ナツミがやろうとしているのは完全な自己流であり、

それで犬が見つかるのか、そもそも力が使えるのか?

ナツミ自身、確証があるワケではなかった。

だがなんの手がかりもない以上今はこの未知の力に賭けるしかない、

何より目の前の困っている子どもを助けたいという強い想いだけを胸に

ナツミは雑念を捨てて精神を研ぎ澄ませる。

 

(…………!)

 

集中していたナツミの頭の中を一閃の光が走った。

――ナツミが男の子に顔を向けて優しい口調で語りかける。

 

「……多分、きっとアンはもうすぐ戻って来るわ。

 走ってここに、アナタの所に」

 

ナツミにそう言われて首をかしげる男の子の耳に、

遠くの方からなにかが聞こえてくる。

 

あれは……?

 

「……ン~、 クゥ~ン、キュ~ン……」

 

犬の鳴き声だ。

鳴き声はだんだんこちらに近づいてくるようだ。

 

やがて公園の入り口のところに、

リードが括り付けられた一匹の豆柴犬がやって来た。

 

「あっ! アン! アンだ!」

 

その豆柴を見た瞬間、男の子が歓喜の声を上げた。

そして豆柴めがけて走り出す。

同時に豆柴のアンも男の子をめざして駆け出した。

自分の元までやって来たアンを男の子はギュッと抱きしめた。

アンも嬉しそうに激しく尻尾を振っている。

 

「アン! よかった~!

 もうあえないとおもった!

 ……ごめんね、ぼくがひもをはなしちゃったから。

 でも、どこいってたの?」

 

語りかける男の子の声に耳を傾けていたアンが

パッとナツミの方を見ると、

アンは男の子の手を離れてナツミに近づき、

彼女の周りを歩きはじめた。

そしてしきりに鼻でクンクンと、ナツミの匂いを嗅いでいる。

 

「え? な、なに?

 私のまわりをウロウロして……」

 

戸惑うナツミがふとアンの顔を見ると、

アンが口に何かを咥えているのが目に入った。

それを注視して見た彼女が、思わず驚愕の声を上げる。

 

「あああぁ~!! ……そ、それはっ!?」

 

両端に水色とピンクの小さな玉が付いた紐で

口を括られた、黄緑色の手のひらサイズの巾着袋。

アンが口に咥えていたそれは紛れもなく

自分が失くしてしまった、あの贈り物の小袋だった。

 

驚くナツミの顔を見上げていたアンが

はいどうぞ、と言わんばかりに口に咥えたモノを彼女に差し出す。

それを恐る恐る手に取り、凝視するナツミ。

やがて長い緊張から解放されたかのように

口元が緩み、目からは涙がこぼれる――嬉し涙だ。

その様子を見ていた男の子が問いかける。

 

「それがおねえちゃんのおとしもの?」

 

「そう! これよ! これを探してたのよぉ~!

 アナタが見つけてくれたの!?

 うわぁあ~、ありがとぉ~!

 ホンッ、トォーにありがとぉおー!!

 アァ~~~~ン!!」

 

解放感と喜びの感情が一気に爆発し、

ナツミは笑顔で大泣きしながらアンに思いきり

抱きつくと、感謝を込めてアンの頭を撫でまわした。

 

「アン! ワン! ワン!」

 

アンもナツミを祝福するように鳴いた後、

涙で濡れた彼女の頬を舌でペロペロなめる。

 

「よかったね! おねえちゃん」

 

「うん……あなたもアンと会えてよかったわね」

 

お互いの探し物が同時に見つかり、二人は心から笑い合う。

その時、誰かの声が公園の入り口の方から聞こえた。

 

「まなみぃ~」

 

「あっ、ママだ!」

 

男の子が嬉しそうに叫び、声のした方に目をやると

そこには髪がショートカットの大人の女性が一人立っていた。

男の子はアンのリードを取ると、アンと共に急いで女性に駆け寄っていく。

そして女性は駆け寄ってきた男の子を優しく抱きしめた。

ナツミは遠目から見て、あの女性が男の子の母親である事を察する。

 

「もぉ、なかなか帰ってこないから心配で迎えにきたのよ?

 一人でアンのお散歩はやっぱりまだ早かったんじゃないかって……

 でも怪我とかはないみたいでよかった……あら? その子は?」

 

母親はこちらに歩み寄ってきたナツミを見て男の子に訊ねた。

ナツミが母親に対してどうも、と会釈をする。

 

「ママ、このおねえちゃんね、ぼくといっしょに

 どこかにいっちゃったアンをさがしてくれたの」

 

「まぁ! そうだったの……

 本当にどうもありがとう、お嬢ちゃん。

 ごめんなさいね、迷惑をかけたみたいで」

 

ナツミに深々と頭を下げて礼を言う母親。

 

「あっ、いえいえ! とんでもありませんッ。

 ……ところでアナタ、まなみって名前なの?」

 

ナツミが男の子に目を向けて訊ねた。

 

この男の子の名前は【愛美(まなみ)】という。

実は愛美はまだ言葉も話せない赤ん坊だった頃、

カーディアンに襲われてエナジーを奪われてしまった母親の代わりに

月野うさぎと地場衛の二人からお世話を受けた事があったのだ。

 

愛美は赤ん坊だったため当時の事はあまり覚えておらず、

ナツミも目の前の男の子が、昔兄達が引き起こした事件に

巻き込まれた人間であるとは気づきもしなかった。

 

「そうだよ。 おねえちゃんはなんていうの?」

 

「私はナツミ。 ……フフッ、なんだか似てるね♪」

 

微笑み合う二人。

そして愛美はナツミに対して満面の笑顔で感謝の想いを告げた。

 

「ナツミおねえちゃん、アンをみつけてくれてどうもありがとう!」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

笑顔で返すナツミの瞳には、

愛美の顔に再び弟の顔が重なって見えていた。

 

(ナツミおねえちゃん……か。

 そうだっ、私セイジューローに謝らないと……)

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ナツミおねえちゃん、バイバ~イ!」

 

「バイバァ~イ!

 元気でねー、愛美くーん!」

 

アンのリードを引きながら、ナツミに手を振り笑顔で去っていく愛美。

隣を歩く母親もナツミの方を振りかえり、微笑みながら再び頭を下げる。

ナツミも目いっぱいの笑顔で手を振りながら愛美達に別れを告げた。

 

やがて親子の姿が見えなくなると、ナツミは手に例の小袋を

持っていることを改めて確認して意を決したように夕焼け空を見上げた。

 

「さてと! 急いでみんなのとこに戻らないと……

 って、レイさんの家ってどう行けばよかったんだっけ……?」

 

失くし物が見つかりすっかり安心したためか

自分が火川神社を飛び出してから今までどうやってここへ来たのか

全然思い出せず、迷子になったナツミは再び焦りだす……

 

という間もなく、遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「……あー! いたいたっ、あそこ!」

 

「ナツミちゃん!」

 

ナツミの元に水野亜美、火野レイ、そして

愛野美奈子の三人が安堵した様子で駆け寄って来た。

ちょうど今から戻ろうとしていたところだったので

合流できてナツミもホッとしているようである。

 

「美奈子さん、亜美さん、レイさん!」

 

「随分探したわよ、まったく……まぁ無事でなによりね」

 

レイにほんのちょっぴり叱られてしまい

ナツミは少し恐縮しながら謝罪した。

 

「……ごめんなさい、ご心配かけて。

 あっ、あの、セイジューローは」

 

今一番気がかりな弟の事を、恐る恐る訊ねた。

すると三人の表情がわずかに曇る。

 

「実は、ナツミちゃんが飛び出して行ったあと

 セイジューロー君も一人でどこかに行ってしまったの……」

 

亜美からすまなそうに事実を告げられて

ナツミはショックの色を隠せなかった。

 

「本当ですか!?

 ……どうしよう、やっぱり私のせいだ。

 私がひどい事言ったから……」

 

「今はうさぎちゃんとまこちゃんが

 彼を探してるから、きっと大丈夫よ」

 

落ちこむナツミを美奈子が優しく励ます。

 

「はい……私、セイジューローに謝らなきゃ。

 私は自分の失敗を棚に上げて、八つ当たりして……

 弟と喧嘩するようなダメなお姉ちゃんだから」

 

改めて自分の振る舞いを思い返して

意気消沈するナツミを見て、

レイが「しっかりしなさい」と一言言うと

明るい口調で彼女に語りかけた。

 

「……自分が悪いと思ったなら反省すればいい。

 でも、そこまで自分を卑下する事ないわ。

 誰だって失敗はするものよ。

 その経験を次に生かすことが大切なのよ。

 

 それに、たまには喧嘩したっていいじゃない。

 アナタ達は姉弟なんだから……

 私なんて、うさぎがおバカなくせにあのコの八つ当たりで

 しょっちゅう喧嘩ふっかけられてんだもの」

 

「レイちゃんが原因の時も多いと思うけど……

 

 それに、他人に頼らず一人で失くし物を探そうとしたんですもの。

 アナタは責任感がある立派なお姉さんだと、私は思うわ」

 

最後は少しイジワルそうに語るレイを見て苦笑いでツッコミつつ、

亜美もナツミの姉らしいと感じた長所を称えて優しく励ました。

ナツミは自分の見栄っ張りだった言動が恥ずかしくて慌てて否定した。

 

「そ、そんな事ないです、あれは頭に血がのぼって

 後先考えなかったから……」

 

「まあまあいいじゃないの、そういう事にしておけば。

 今日はもう日が暮れてきたし、もどりましょ。

 まずはセイジューロー君と仲直りしないとね」

 

明るく笑顔で言う美奈子の言葉に続けて

レイもナツミに言葉をかける。

 

「セイジューロー君もそうだけど、

 ベビーにも謝った方がいいかもね。

 あのコもすっかり落ちこんでたみたいだったもの」

 

「あっ、そういえば……ベビーも傷ついてるよね……」

 

自分達の喧嘩を叱って止めようとしてくれたベビーを

感情的になって突き放してしまったのを思い出した。

自分達の愛を失った今のベビーの心情を考えると、

一刻も早くもどってベビーに詫びなければと思った。

 

「失くしたプレゼントはまた明日、今度は皆で探しましょう」

 

美奈子の一言を聞いたナツミがハッと顔を上げて叫んだ。

 

「あっ、そうだ! 見つかったんです、贈り物!」

 

亜美達三人が驚いた表情を同時にナツミに向けた。

そしてナツミは手に持っていた小袋を、三人の前に差し出して見せる。

 

「これです! これが皆さんに渡したかったモノなんです!

 

 亜美さんに言われたように、心当たりのある場所に

 行ってみた結果見つけられたんです。

 ……とは言っても見つかったのは違う場所で、

 見つけたのも私じゃないんですけどね」

 

少し恥ずかしそうに説明するナツミだったが

亜美はそんな彼女の頭を優しく撫でつつ

「よく頑張ったわね」と笑顔で褒め称えた。

 

「無事に見つかって本当によかったわね」

 

「はい!」

 

「だけど……ずいぶん小さいわね。

 これだと宝石が入ってても、欠片くらいの大きさじゃない?」

 

手のひらサイズの巾着袋をじーっと見つめていた美奈子が、

ふざけ半分のノリで不満をボソッとつぶやいた。

すかさずレイがジト目で美奈子を睨む。

 

「美奈子ちゃん……」

 

「あっ、ははは……こ、こりゃまたしつれーいたしましたっ」

 

四人で声を出して笑い合い

さぁそろそろ戻ろうかと言いつつ歩き出した、その時。

 

 

「「!?」」

 

レイとナツミが何かの気配を強く察知して立ち止まった。

亜美と美奈子も同じく何かを感じ取ったらしく、

四人全員がその場に留まり、周囲に警戒の目を向ける。

 

「なにか……なにかが私達に近づいてきてる?」

 

先ほど覚醒した予知能力で感じた事をナツミが口にした。

レイも目を閉じながら精神を研ぎ澄ませている。

 

「強い妖気……これは最近ずっと感じていたあの妖気だわ。

 すぐそばまで迫ってる……! みんな、気をつけて!」

 

次の瞬間、四人の間を鋭くも生温い風が吹き抜けてゆき、

周りにある街路樹の葉が大きな音を立ててざわめきはじめる。

 

やがて不気味な声が四人の耳に響いた。

 

(ふっふっふっふっ……見つけましたよ、

 あなたが例のお子様ですね)

 

レイ達は周囲を見回すが、

声の主らしき姿はどこにも見当たらない。

 

「だれ!? どこにいるの!」

 

「ナツミちゃんを狙ってる……?

 二人とも、ナツミちゃんを守るのよ!」

 

美奈子の号令で三人は背中合わせでナツミを囲んだ。

不安な表情のナツミをかばいながら、臨戦態勢で構える。

 

(そしてその周りにいるあなた方は……

 これは素晴らしい! ぜひとも私の商品にしたいッ)

 

「商品ですって? 一体なんの話よ!」

 

レイが見えない声の主に向かって怒鳴った直後、

彼女達の周囲に突如巨大なカードが出現した。

亜美、レイ、美奈子とそれぞれ向かい合うように三枚、

そして真上からナツミを見下ろすように一枚、

計四枚のカードが宙に浮いた状態で四人を包囲する。

 

「!? こ、これはっ!」

 

カードが眩い光を放ち、凄まじい引力と化した

闇のエナジーが四人を襲った。

 

「「「「きゃあああああああああああああ!!!!」」」」

 

強烈な力に身体を揉まれて、意識が飛びそうになる。

 

「セ、セイジューロー……!!」

 

抵抗もむなしくナツミは最愛の弟の名を呼びながら

力尽き、目の前が真っ暗になっていった……。

日が西に沈もうとする夕暮れ時。

セイジューローは一人、まことの住むマンションの前で

塀に背をもたれながらうつむいていた。

暗く沈んだ目はアスファルトの地面をぼんやりと見つめている。

 

「……お姉ちゃん」

 

寂しくポツリとつぶやいた直後。

 

「み~つけたっ! セイジューローくん♪」

 

底抜けに明るい声が耳に飛び込んできた。

ふと顔をあげると、そこにはうさぎとまことの二人が

微笑みながら自分を見つめていた。

 

「うさぎさん、まことさん……どうして」

 

「いやぁ~色んなとこ探しまわって大変だったよ~。

 それでセイジューロー君を見ませんでしたか~って、

 色んな人にも聞いてまわってさ」

 

「そしたらなにかを探すように地面を見ながら歩く

 男の子を見かけたって話を聞いてね。

 すぐに君だと確信したんだ。

 その足取りを辿っていったら、あたしの家の前だったってワケ」

 

実はセイジューローは火川神社から走り去った後、

ナツミが落とした例の小袋が途中で落ちているかもしれないと考え

一日の起点であるまことの自宅までの道筋の間を

注意深く調べながらここまで戻っていたのであった。

 

「……セイジューロー君、贈り物を探してたんだね」

 

「はい……」

 

うさぎの問いに力なく返事するセイジューロー。

結局見つけられなかったことは彼の様子からも明らかだった。

まことが彼の頭を優しく撫でながら語りかける。

 

「とりあえず火川神社に戻ろう。

 他のみんなも、ナツミちゃんも心配してるよ」

 

「そうでしょうか……。

 僕、悪口言ってお姉ちゃんを怒らせたから……」

 

セイジューローはまこと達から目を背け

遠まわしに帰るのを拒絶する。

喧嘩した姉と顔を合わせるのが気まずいのだ。

 

「……君は、不安で不安でたまらなかった。

 だからつい、強い口調でナツミちゃんにあたっちゃったんだよね?」

 

まことがセイジューローの心情を推測して訊ねてみると

彼は素直にうなずき、自分の正直な気持ちを語り出した。

 

「……うん。 ベビーの話を聞いたら

 早く星に帰りたくなってしまったんです。

 ……僕だって、本当はもう少しうさぎさん達と一緒にいたい。

 でも、エイルお兄ちゃん達が年をとって別人みたいになってたら、

 もうこの世からいなくなっていたらと考えたら……すごく怖くなって」

 

目を伏せながら不安を口にするセイジューローを見たうさぎは、

彼のそばでしゃがみこんで顔を覗きこみながら

同感の意思を示しながらも、同時に彼を静かに諭す。

 

「そっか……うん、怖いよね。 愛する人がいなくなるなんて……

 私にはよくわかるよ、セイジューロー君の気持ち。

 

 ……でも、その不安はナツミちゃんもきっと同じだと思うわ」

 

「!…… やっぱり、そう……そうですよね……」

 

うさぎが口にしたナツミの心情についての意見を聞いて

一瞬ショックの色を見せたセイジューローだったが、

心苦しくもその意見を認めるかのように寂しそうに笑うと、

姉ナツミについての自身の想いを二人に独白しはじめた。

 

「僕……ナツミお姉ちゃんの事、本当に尊敬してるんです。

 いつも元気で自信があって、なにかあったらすぐ助けてくれる。

 お姉ちゃんはいつでも優しくてなんでもできる、すごい人なんだって……」

 

語る口元は笑っていたが、だんだんその笑みも消えていった。

やがてセイジューローの目からは涙がこぼれて、

悲しみを必死でこらえるように声も震えはじめる。

 

「……僕がそう勝手にお姉ちゃんの事を決めつけてたんだ。

 お姉ちゃんだって、僕みたいに怖くなったり、泣きたくなる時があるのに。

 そんなこともわからないで、勝手に裏切られた気になって

 お姉ちゃんにひどいことを言ってしまったんだ。 僕は……」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

少し時間は遡り、場所は変わって火川神社境内の片隅。

しおれた状態からはどうにか立ち直れたものの

心はへこんだままのベビーは、ルナとアルテミスから慰められていた。

 

「ジュ~……アテシはお目付け役失格でし……」

 

「元気出せよ、君が悪いわけじゃないんだからさ」

 

「アナタは喧嘩を止められなかった事が辛いの?

 それとも、ナツミちゃん達に拒絶されたから?」

 

「両方でし……アテシは、魔界樹は我が子の愛を失えば

 生きる活力も失う事になるでし。

 アテシにとって愛が無いのは死活問題。

 魔界樹は寂しいとしんでしまう生き物なんでし……」

 

ベビーはじわりと涙ぐんだ。

つくづくなんて奇妙な生物なのだろう……と

内心呆れるアルテミス。

 

「難儀だなぁ……。 それにしても、

 あの二人が喧嘩したのって

 本当に今回がはじめてなのかい?」

 

「はいでし。 マスターから生まれて以来、

 あそこまでいがみ合った事はなかったでし。

 今のナツミとセイジューローは、本来持っていた

 互いを思いやる心を見失ってしまってるでしよ……」

 

ベビーの嘆きにルナは首をかしげつつも同情をよせる。

 

「う~ん、どうかしら? そうは思えないけど……。

 まぁ、私もうさぎちゃんに苦労させられることが多いから

 心配になるのはわかるけどね」

 

「それというのも、そばについていたアテシが

 お目付け役、いや親代わりとして不甲斐ないから……

 アテシはあのマスターの分身なのに、情けない限りでし」

 

自分の目の前に垂れ下がった頭の葉っぱを

むなしく眺めながらポツリともらした。

 

「やはりもっときつく叱るべきだったでしょか?

 いやしかしそれも……」

 

「叱られた時のあの二人の気持ちを考えると、

 自分も辛くなってガツンと叱れない……って事かい?」

 

アルテミスに図星をつかれて

ベビーはバツが悪そうに本音を吐露した。

 

「うっ……その通りでしっ。

 誰だって怒られるのは怖いでし、辛いでし。

 できればあのコ達にそんな思いをさせず、のびのびと

 成長させてあげられれば、どんなにステキなことか……」

 

「だけど子どもが悪い事をした時は、ちゃんと叱ってやるべきよ。

 そしてなにが間違いで、なにが正しいのかをきちんと伝える。

 そうやって子どもを導いてあげるのが正しい親の姿だと私は思うわ」

 

ルナから厳しく指摘されてベビーは複雑な表情を

浮かべるが、反論せずそれを受け入れようとする。

 

「ジュ~……や、やはりそうでしよな。

 それが親としてあるべき姿勢なんでしよね。

 

 かつてマスターもエイルとアンに愛と思いやりの心を教えるために

 自らの暴走でもって二人にわからせた事があったでしが……

 やっぱり、あれくらいの厳しさが必要なんでしな」

 

「い、いやあれは厳しいっていうか……そういう問題じゃなかったわよ」

 

マンションを破壊し、自分達も巻き込んで大暴れした

あの時の魔界樹を思い出し、ルナは冷や汗を流しながらツッコんだ。

アルテミスも同感の表情である。

しかし当のベビーは聞いてないらしく、勝手に自分を鼓舞している。

 

「甘ったれてた自分を戒めるでし……。

 よーしっ! 心を鬼にして、

 二人が戻ってきたら正座させてこの頭のハッパでビンタを……」

 

「や、やめなって! そこまでする必要ないじゃないか」

 

アルテミスが慌てて待ったをかける。

ルナも「落ち着きなさい」と言わんばかりにベビーを制止した。

 

「ジュジュ? どうしてでしか?」

 

「だってあのコ達は、悪い事なんてしていないもの。

 うさぎちゃん達への贈り物を失くしたのだって、わざとじゃないんでしょ?」

 

ルナの説得にベビーは戸惑う。

 

「し、しかし喧嘩で皆さんにご迷惑を……」

 

「別に迷惑だなんて思ってないわ。

 確かに姉弟喧嘩はよくないけど、まだ幼いんですもの。

 幼いうちはお互いわからない事も多いし、むしろ仕方のないことよ。

 

 でも今まで喧嘩したことがないって事は、

 あの二人は互いに強く尊重し合ってた証拠にならない?

 アナタが叱責なんてしなくても

 ちゃんと反省して仲直りできるハズよ」

 

言い聞かせるルナにアルテミスも続けた。

 

「心配なら優しく諭してあげればいいのさ。

 二人とも仲良くしようねって。

 むしろ君はそうしたいんじゃなかったのかい?」

 

そう言われて、ナツミ達に辛い思いをさせたくないという

自分の願いと、これから自分がしようとしている行為が

矛盾している事、自分の正直な気持ちに

ウソをついている事にベビーは今更ながら気づいた。

 

「ジュ……アテシ、やっぱりビンタなんてイヤでし。

 ナツミ達の心に余計な傷をつけてしまうでし……」

 

つぶやいたベビーの身体に、ルナとアルテミスが

前脚の肉球を優しく押し付ける。

 

「私は厳しさも必要だと思うけど、

 その優しさがアナタの良いところよ」

 

「君は魔界樹だけど、魔界樹じゃない。

 荒っぽいやり方がイヤならそれでもいいんだ。

 君にとっての思いやりの愛で、彼らに接してあげればいいんだよ」

 

ベビーは黙ってこくりとうなずくと、夕焼けがせまる遠い空を見上げながら

二人が早くここへ戻ってくることを祈るのだった。

場所はふたたびまことのマンションの前……

セイジューローは涙を流しながら激しい後悔の思いを

うさぎとまことの二人に吐露すると、今度は自分自身を罵倒しはじめる。

 

「僕は臆病だし、一人じゃなにもできないし、

 お姉ちゃんの気持ちだってわかってやれない、ダメな弟なんだ……」

 

自らを蔑むセイジューローの言葉を、うさぎとまことはすぐに否定した。

 

「そんなことないわセイジューロー君。

 あんまり自分を責めてちゃ、本当にダメになっちゃうよ?」

 

「君のナツミちゃんに対するイメージは決めつけなんかじゃないよ。

 あのコは君の言う通り、優しくて頼りになるとってもステキなお姉さんさ。

 昨日から君達を見てたあたしがそう感じたんだから。

 もっと自分の評価に自信持ちなよ」

 

うさぎがセイジューローの目を優しく見据えながら

さらに言い聞かせる。

 

「そしてセイジューロー君も、優しくて思いやりのある良い弟くんだよ。

 お姉さんの事をそこまで信じられるんだもの」

 

「そんな事、ないです……」

 

セイジューローは再びうさぎ達から目を逸らした。

自分は本当にどうしようもない人間なんだといくら言っても

聞き入れてくれない二人に若干の苛立ちを覚えながら。

 

そんな彼を見てうさぎは頭の中で少し考えると、

おもむろに立ち上がって両手を頭の後ろで組み

あさっての方を見ながら――

 

「あぁ~あ、ナツミちゃんが羨ましいなぁ!

 ウチのなまいき進悟も、セイジューロー君みたいに

 お姉さまを尊敬する素直で控えめなかわい気ある

 弟だったらよかったのになぁ~」

 

うさぎにも弟がいると聞いて

思わずセイジューローはうさぎに視線をもどした。

暗い顔のままではあるものの、目はわずかに興味を示している。

 

「うさぎさんの弟さん、ですか? ……やっぱり喧嘩とかするんですか?」

 

「も~そりゃしょっちゅうね。 昔話に出てきたちびうさもそうだったけど、

 二人ともホンット~に生意気で、いつも私のことバカにするんだから」

 

弟の普段の態度やかつて一緒に生活した

ちびうさとの日常での日々を思い返しながら、

うさぎはやれやれといった調子で語って聞かせた。

 

「……さっきレイさんとも喧嘩してましたよね?

 うさぎさんは誰かと喧嘩するの、イヤじゃないんですか?」

 

兄弟や仲間と衝突してうさぎはなぜ平然としていられるのか、

本当に彼女はエイル達に愛を教えた人物なのだろうか、と

セイジューローは心の中でうさぎに対して少し懐疑的になっていた。

 

質問されたうさぎは答えに少し窮しながらも、

自分の正直な気持ちを述べる。

 

「う~ん、そりゃあ私だって喧嘩なんて嫌いだしできればしたくないけど……

 でもレイちゃん達とのそれは、何ていうかちょっと違うんだよね。

 憎いから、嫌いだからじゃなくて……そう、むしろ大好きだからかな」

 

「な、なんでですか? 好きなのに……」

 

うさぎの答えの意味がよくわからず困惑するセイジューロー。

そんな彼に静かに微笑みかけながらうさぎは続ける。

 

「信頼してるから、心で通じ合ってるから喧嘩してもすぐ元通りになれるの。

 ……友達や家族ってね、そういうものなのよ」

 

うさぎの後ろで聞いていたまことも、笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「さっきあたしも美奈子ちゃんとアレな感じになっちゃったけど、

 あたしは彼女のこと、嫌いじゃあないからね。

 大切な仲間だからこそ本音をぶつける事ができるんだ。

 なんだかんだ言って、美奈子ちゃんも図太い性格だからね」

 

信頼で心が通じ合い、大切な人だと思うからこそ……

セイジューローは頭の中でその意味を考える。

すると脳裏に浮かんできたのは、自分達に愛の素晴らしさを

説いてくれた尊敬する兄と姉の姿だった。

 

「……そういえば、エイルお兄ちゃんとアンお姉ちゃんも

 昔はよく喧嘩してたって話してたし、

 今でも時々口喧嘩してるのを見たことあったっけ……」

 

「そう、いつも愛し合ってるあの二人だって喧嘩するんだ。

 それに人は時には喧嘩を通じて、大切なものを学ぶこともあるもんさ」

 

力説するまこと。 ……殴り合ってという意味でではない。

意思のぶつかり合いは時にお互いをより理解する

きっかけを与える事もあるという意味だ。

うさぎがセイジューローの目を見つめながら彼の肩に手を置いた。

 

「セイジューロー君も自分の本音をナツミちゃんに訴えてた。

 自分の正直な気持ちを伝えたんだよ。

 それができるアナタは臆病なんかじゃないし、ダメな弟じゃないわ。

 ナツミちゃんもきっと、それを受け止めてるよ」

 

セイジューローの心が揺れる。

姉に会いたい、しかし自分は彼女を一度非難した。

そんな自分を姉は受け入れてくれるだろうか?

許してくれるだろうか……どうしても不安が拭えない。

 

「大丈夫、不安にならないで。

 素直な気持ちがあれば、アナタ達は必ず仲直りできるわ……」

 

うさぎのまるで我が子を慈しむような優しい声、眼差しと微笑み。

セイジューローの心を不思議な感覚が包み込んだ……。

 

(あったかい気持ちだ……これが、うさぎさんの愛……?)

 

何も言わずうさぎと見つめ合いつづけたセイジューローが

やがて決意したように口を開いた。

 

「僕……もどります。

 お姉ちゃんに謝って、仲直りします」

 

彼の表情からはもう迷いも弱々しさも払拭されていた。

それを見たうさぎとまことは心の底から安心したようで

顔を見合わせて笑いながらハイタッチした。

 

「そうだ、戻る前にやっぱりあたしのウチの中調べてみていいかな?

 どこかに贈り物が置きっぱなしかもしれないし……」

 

まことがそう言いながらポケットに入れた

自分の部屋のカギを探りつつマンションに入ろうとした、その時だった。

 

 

(ふふふふふふふふふふ……)

 

 

「!? だれだ!」

 

突然虚空に響いた謎の声に驚いて

周囲を見まわす三人。

そんな彼女らをあざ笑うかのように謎の声は続ける。

 

(ふふふ、ちゃんと聞こえていますね? 誠に勝手ながら

 アナタ方のお友達は、私がお預かりさせていただきました)

 

「友達……? 美奈子ちゃん達のことか!?」

 

(ふっふっふっ、その通り……

 そしてそこの坊や、アナタのお姉さんもご一緒ですよ)

 

「ナツミお姉ちゃんも!?」

 

ショックを受けるセイジューローをかばうように仁王立ちしながら、

姿が見えない声の主に向かってうさぎが啖呵を切った。

 

「こらぁ~! アンタは一体何者よっ!!

 姿を見せなさい! ヒキョーものぉ~!」

 

(今から皆様を道案内いたしますので。

 そこでお目にかかりましょう。 お待ちしていますよ……

 ふふふふふふふふふ!)

 

全くひるむ様子もなく一方的に用件だけを述べると

不気味な笑いだけを残して、声の主の気配は消えてしまった。

 

悔しそうに唇を噛むうさぎとまことがふと下に目をやると、いつの間にか

自分達の足元に何も書かれていない白紙のカードが落ちていた。

しかも一枚だけではなく、何枚ものカードが足元から道の向こうまで続いて、

まるで道しるべのように一直線に向かってばらまかれていた。

間違いなく、さっきの声の主の仕業だろう。

 

「これは……」

 

「このカードを辿って来いってこと?」

 

「お姉ちゃん……!」

 

三人がカードがばらまかれた道の先を呆然としながら

見つめていると、背後から声が聞こえた。

 

「うさぎちゃーん!」

 

振りかえると、ルナ、アルテミス、そして元気を取り戻した様子の

ベビーが慌てた様子で駆けつけて来ていた。

 

「ルナ、アルテミス! ベビーさんも」

 

「ひょっとしてルナ達のとこにも、さっきの声のヤツが?」

 

「ええ。 さらにご丁寧にここまで道しるべを用意してね……」

 

よく見るとルナ達がやって来た方向の道にも、

例のカードがばらまかれていた。

 

「敵の正体も目的もわからないけど、

 早く行かないと美奈たちが危険だ」

 

「うん! 急いでみんなやナツミちゃんを助けなきゃ!」

 

うさぎが強い決意を示し、その場にいる全員がそれにうなずくと

カードの道しるべが指し示す方向へと走り出した。

勢いよく跳ねながら、セイジューローの肩に飛び乗るベビー。

セイジューローはチラッと目をやり申し訳なさそうに声をかける。

 

「ベビー、ごめんよ心配かけて」

 

セイジューローのさっきまでとは少し違う凛々しい雰囲気を

感じ取ったベビーは、嬉々とした思いで返事をした。

 

「ジュ~、いいってことでしよ……そんな事よりセイジューロー、

 ナツミを救出に行こうでし。 そしてキチンと仲直りでし!」

 

「うんっ!」

 

セイジューロー、そしてうさぎ達は不気味な空気が渦巻く

無数のカードが示す道の先へと突き進んでいく。

はたして行き着いた先で、どんな敵が待ち受けているのだろうか……?

 

               【つづく】


 
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