No.1131916

リトル ラブ ギフト 第3回【ようこそココへ! 平和なひと時と闇に潜む影】

※第2回(前の話)→ https://www.tinami.com/view/1123441
※第4回(次の話)→ https://www.tinami.com/view/1139814
お待たせいたしました。エイルとアン30周年記念二次小説の第3回です。
やっとのようやく。あまりにも執筆ペースが遅すぎる…。
前回の投稿がもう4ヶ月前って…。

続きを表示

2023-10-26 14:00:11 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:204   閲覧ユーザー数:204

ここはエイルとアンが暮らす、遠い宇宙のどこかにある名も無い星。

アンが巨大植物『魔界樹』の幹にもたれ掛かり、

遠い空をぼんやりと眺めている。

 

ナツミとセイジューロー、そして魔界樹ベビー。

二人と一匹の旅立ちを見送ってから、

およそ半年の時間が経過していた。

 

「あの子達、無事月野さん達に会えたかしら……」

 

アンは不安げな顔でつぶやく。

少し高い所にある太い枝の上に腰かけていたエイルが

下にいるアンを見下ろしながら声をかけた。

 

「心配するなアン。彼らも生まれたばかりの頃と比べれば

 成長したんだ。それに魔界樹の分身も一緒なのだから」

 

「そうですけど……」

 

アンの顔色は変わらない。

珍しく弱気なアンにエイルは苦笑しながらつづける。

 

「フフッ……あの日、彼らなら大丈夫と言ったのはキミだぞ」

 

「……そうでしたわね、わたくしとした事が。ありがとうエイル」

 

吹っ切れた様子でアンは改めて空を見つめた。

その視線の先には思い出の星、地球が見えているのだろうか、

アンの瞳にはかつての青春の記憶がぼんやりと映し出されていた。

 

「……月野さん達や衛さまもですけど、学校で同じクラスだった

 大阪さんや海野くん、担任の桜田先生はお元気かしら?」

 

級友や担任という、当時はなんとも思っていなかった

存在に対しても今となっては愛おしいという感情がアンの心にはあった。

同時に彼らとの積極的な親交を自ら拒んでいたことに

今更ながら後悔もしていた。今の自分なら素直になれたのに……と。

 

「アンは羨ましいな、友人との思い出が豊富で。

 私はあの学校生活に関してはこれといって特別な思い出がないからな」

 

「あら、そんなことはないのでしょ?

 いつも女子の皆さんに追いかけられたじゃありませんの。

 それに、木野さんとも親しく話したこともあったじゃない」

 

そう言ってクスクスとアンが笑う。

かつての嫉妬深い彼女ならそんな話題には触れたいとも思わなかっただろう。

エイルは少し恥ずかしそうな表情で頬を指でかいた。

 

「木野まこと……セーラージュピターか。

 思い返すと私が最初に『愛』について考えるきっかけをくれたのは、

 彼女だったのかもしれないな。

 

 彼女がくれた『お弁当』というものと愛の関係は

 当時の私にはわからなかったが……今なら少しは理解できるだろうか」

 

「エイルもわたくしに愛のお弁当を作ってくれましたわよね。

 どうしたらいいかわからなかったけど……でもエイルの愛が嬉しかった」

 

しんみりと考え込むエイルを見て、アンも当時の事を思い返した。

ふと彼女は表情を曇らせ、うつむいてしまう。

 

「わたくし、あの時木野さんには悪い事をしてしまいましたわ。

 彼女が作ったお弁当を……でも、やっぱり許せなかったんですの。

 わたくしを差し置いてエイルと楽しそうにお話してる彼女が……」

 

「あの時の我々は本当の愛に飢えていたんだ。

 もし私がアンの立場だったらきっと同様の行為をしていただろう」

 

真面目な顔で気にかけてくれるエイルに、

アンは自分の口元に手を当ててまたクスクス笑いはじめた。

 

「そうでしょうね。エイルもわたくしが衛さまと一緒にいると

 いつも恐い顔をしていましたものね」

 

エイルはまた恥ずかしそうな顔になり、慌ててそっぽを向く。

アンは再び遠くを見つめた後、今度はため息をもらした。

 

「思えばわたくし、木野さんとはずいぶん仲が悪かった気がしますわ。

 もう一度会えるならあの頃の非礼を詫びて、きちんと仲直りしたいけど……」

 

「大丈夫さアン、彼女は地球を守るセーラー戦士の一人。

 あのうさぎさんの親友なんだ。いつまでも根に持つような人じゃないさ」

 

エイルがアンを優しく励ます。

その時、二人の頭に魔界樹の声が響いた。

 

『エイル、アン。私も少し話をしたいのだがいいか?』

 

「魔界樹、なんだ?」

 

『今更だが私はお前達に聞きたいことがある。

 カーディアンの事だ』

 

「カーディアン?」

 

『私が怒りで目を覚ました時、お前達はあの魔物達を使役して

 地球人のエナジーを奪っていたが、私はカーディアンという存在は

 あの時にはじめて認識したのだ。

 当然お前達が私から生まれた時、あんな魔物は側にはいなかった。

 

 私が眠っている間、お前達はアレを一体どこで手に入れたのだ……?』

 

「どこでってそれは……あら? そういえばどこで

 どうやってだったかしら、エイル」

 

「う~む。たしかに言われてみると、思い出せない……

 我々がカーディアンを所有している事自体当たり前に感じていて

 考えたこともなかったが。……私の笛もそうだ。

 なぜ私達はカーディアンとあの笛を持っていたんだ?」

 

「不思議ですわね……手に入れた場所や時は思いだせないけど……

 でも、はじめてカーディアンを手にした時の感覚は

 なんとなく覚えている気がしますわ。

 

 心の中の闇がさらにどす黒くなって広がっていく……

 そんな感じだったような?」

 

エイルとアンは自分達の不可解な記憶の欠如に顔をしかめる。

魔界樹も「心の闇がどす黒く広がった」というアンの話を聞いて

胸騒ぎに近い、嫌な感覚を覚えていた。

 

『なにか不吉な予感がする。ナツミ、セイジューロー、ベビー……』

見知らぬ地球人の少女に、危ういところを助けられたナツミとセイジューロー。

その少女はなんとセーラージュピターに変身する木野まことだった。

魔界樹ベビーから事の真実を聞かされた二人は驚くと同時に

喜びに沸いた。こんなにも早く、エイル達の友人の一人と

巡り合えた幸運がとても嬉しかったからである。

 

まこともナツミ達から彼らの正体、地球に来た理由、

そして十番町に着いてから今に至るまでの経緯を聞かされた。

話に驚きつつもまことは喜んで彼らを歓迎し、その労をねぎらった。

 

「今日はうちに泊まりなよ。うさぎちゃん達には明日会わせてあげるから」

 

まことの厚意に甘えることにしたナツミ達は、

彼女が暮らすマンションへ招待される事になったのであった。

 

マンションにたどり着き、まことは部屋の鍵を開けると

さぁどうぞ。とナツミ達を先に中へ上がらせた。

玄関から廊下を通り、リビングへと案内する。

リビングにはソファー、棚、机、テレビ等の家具の他に

多種多様な観葉植物が置かれていた。

 

「二人ともゆっくりしててくれ。

 今から腕によりをかけておいしいもの作るからね」

 

そう言うと、まことは買い出し品の積まれた紙袋を抱えたまま

キッチンの方へと向かっていった。

 

「あ、ありがとうございます」

 

やっと一息つける……と、安心しきったナツミ達は

リビングのソファーにどっと腰をおろす。

ベビーもようやくセイジューローの服の中から外に出ることができ、

ソファーの前に置かれた机の上に飛び移ると、まるで背伸びをするように

頭の芽をピーンと真上に向かって伸ばし立てた。

 

「ベビー、『おいしい』ってなんの事?」

 

先ほどまことが言った言葉の意味がわからないナツミが

ベビーに訊ねる。するとベビーは少し考え込み、

眉間にしわを寄せながら答えた。

 

「ジュ~、アテシにもよくわからないんでしが……

 なんでも地球人にとっては『幸せな感覚』、らしいでしぞ」

 

聞いて腕を組みつつ、顎に手を添えながら考えるナツミ。

 

「幸せ、かぁ……あたし達が魔界樹からエナジーを

 貰った時の気持ちと似てるってことなのかしら?」

 

「多分……でし」

 

「ベビーにもわからない事があるんだね」

 

自信なさげなベビーを見て

セイジューローが残念そうにつぶやく。

 

「それはそうでしよ。マスターが持ってる知識が全てでしから、

 マスターが知らない事はアテシにもわからんでし」

 

その時、キッチン越しにまことがナツミ達に声をかけた。

 

「そうだっ、ナツミちゃん達、ここは他人の目はないから

 もう変身は解いていいと思うよ」

 

「あ、それもそうね……って、どうすれば元に戻れるんだっけ?」

 

「元の姿に戻るよう頭で念じればOKでし」

 

ベビーに言われナツミ達は目をつぶって静かに念じはじめる。

すると淡い光に一瞬全身が包まれた後、二人は地球人の子供から

元のエイリアンの子供の姿に戻った。

 

「よしっ、元通りだわ!」

 

「地球人の姿でいるとちょっと疲れるね……」

 

「慣れない内はしかたないでし。

 今日は本当にお疲れでしたね二人とも。

 それじゃ、二人にアテシから生命エナジーをあげるでし!

 これで元気になるでし」

 

そう言うとベビーは頭の芽をユラユラと動かしはじめ、

やがてピンッ! と真上に向けておっ立てる。

すると、芽の先端の木の葉からキラキラと光る粒子のようなものが

放射されナツミ達の上に降り注いだ。

 

光の粒子を浴びたナツミ達の顔は恍惚の色に変わった。

 

「ふあぁ~……気持ちいい~……」

 

「同じだ。魔界樹の、お母さんの愛を感じる……」

 

エナジーを貰い、体に活力が戻ったナツミ達。

それを見届けたベビーも満足そうな顔をしている。

 

「どうでし? マスターのエナジーにも

 引けを取らないでしよ?」

 

「ありがとうベビー!」

 

「今度は私達がエナジーをあげるね! 愛って名前のエナジーを」

 

ナツミ、セイジューローはソファーから立ち上がると

二人で一緒にベビーを手で優しく拾い上げ、

自分達の顔の高さまで持っていく。

 

そして、二人同時にベビーに…… 『『チュッ』』

キスをした。

 

ナツミ達は、エイルとアンの二人が互いに抱き合って

口づけを交わし、愛を確かめあう光景を何度も見ていた。

この口づけ、キスこそ二人がエイル達から学んだ

強い愛情を示すコミュニケーション手段なのである。

 

「くうぅ~…… ありがとうでし!

 二人の温かな愛、確かに受け取ったでしよ~!」

 

目を潤ませながら感激に打ち震えるベビーであった。

時間は流れて夕刻になった。

テーブルが置かれたキッチンにテンションの高いまことの声が響く。

ナツミ達に振る舞う料理が出来上がったようである。

 

「お待たせ~! 木野まこと特製カレーだよ!

 さあ、召し上がれ♪」

 

テーブルの椅子に着席したナツミとセイジューローの前には、

スプーンと水の入ったコップ、そして皿に盛りつけられた

カレーライスがそれぞれ配膳されていた。

 

しかし二人はカレーをジッと見つめたまま微動だにしない。

 

「あれ? どうしたんだい?」

 

まことが不思議そうに首をかしげる。

目の前に出されたモノは、ナツミ達の目には異様なものとして映っていた。

 

白い粒が密集したドーム状の物体。

その上にかけられている、細かく刻まれたなにかがいくつも混じった

ドロッとした茶色の液体。それがユラユラ湯気をたちのぼらせている。

さらにその物体が放つ匂いが鼻の穴に吸い込まれると、

今まで感じた事のない、決して不快ではないが不思議な感覚が頭を刺激する。

 

まったく得体の知れない物を目の当たりにして

二人はどうしていいかわからず硬直した。

 

「「……」」

 

「なぁ~にしてるでし、二人とも!

 まことさんのご厚意を無下にしちゃダメでし。

 ありがたくいただくでしよ」

 

二人を叱るベビーに対して、まことは半笑いを浮かべながら

手のひらで「まぁまぁ」とジェスチャーを送る。

 

「一口でもいいからさ、騙されたと思って食べてみなよ。

 素直な感想を言ってもらえたら嬉しいな」

 

ニコニコ顔で優しく語りかけるまことと

目の前に置かれたカレーライスを

ナツミとセイジューローは交互に見やる。

 

「……セイジューロー」

 

「う、うん」

 

決意したように目くばせした二人は

テーブルに置かれたスプーンを手に取ると、

カレーを一口分すくいあげた。

 

「熱いから気を付けてね。

 フーフーって息を吹きかけて少し冷ますといいよ」

 

まことの助言を聞いて二人はスプーンの

カレーにニ、三度ほど軽く息を吹きかけると、

それを恐る恐る口の中へと運ぶ。

 

口を閉じてゆっくりと咀嚼をはじめる。

やがてゴクリと飲み込んだ。

 

 

実際は短いけれど長い沈黙が流れる。

 

 

「これが、『おいしい』……?」

 

空のスプーンを見つめながらナツミがつぶやく。

 

「よく、わかんない……」

 

セイジューローも同じく。

 

「「だけど……」」

 

顔を見合わせながら同時につぶやいた後……

 

 

「「なんだか幸せな気分!!」」

 

 

満面の笑顔で感動の声を上げた。

 

「よ、よかったぁ~!! 実はまずいって言われたらどうしようかと

 冷や冷やしてたんだ」

 

まことは喉のつかえが取れたような顔でホッと胸をなでおろす。

ナツミがもう一口カレーを食べると、確信したように言った。

 

「やっぱりそうよ! この気持ちは

 魔界樹がエナジーをくれる時とおんなじだわ!」

 

姉の意見にセイジューローも同意してうなずく。

 

「うんっ、 なんだか心があったかくなるよ……」

 

興奮気味の二人は手にしたスプーンをせわしなく動かして

どんどんカレーを口に運ぶ。

そしてあっという間にたいらげてしまった。

二人の顔はベビーからエナジーを与えられた時と同じく

満ち足りた幸福感を漂わせていた。

 

「……ねぇ、まことさん。カレーライス、もう少し、欲しいんだけど……」

 

「ぼ、僕も」

 

頬を赤く染めながら、少し恥ずかしそうに上目遣いでお願いする二人。

それを見たまことは、ウィンクしながら親指をグッと上に立てた。

 

「OK! おかわりならたくさんあるよ。

 好きなだけ食べていいからね」

 

「「わあぁ~い!!」」

 

喜びの声をあげて、二人は

カレーのおかわりを夢中で食べはじめる。

 

そんな二人を、ニコニコしながら

見つめていたまことがぽつりとつぶやいた。

 

「思いだすなぁ……あの時のことっ」

 

食べる手を止めて、ナツミとセイジューローが

きょとんとした顔をまことに向けた。

 

「あの時のこと?」

 

「あたしね、昔キミ達のお兄さん……エイルに

 手作りのお弁当を食べてもらったことがあるんだ。

 

 本人は戸惑ってたけどそれでも食べてくれてさ、

 『悪くない』って言ってくれたんだ。嬉しかったなぁ」 

 

「エイルお兄ちゃんも『おいしい』気持ちにさせたってこと?

 まことさん、お兄ちゃんの事愛してたんですか?」

 

素朴に感じた事を問うセイジューロー。

愛していたのかと聞かれたまことは、若干驚き慌てながらも

すぐ平静に戻り、当時を回想しながら答える。

 

「あぁっ、いや、な、なんていえばいいのかな……

 その時はある事を調べるために彼に近づいたんだけど、

 前々からなんとなく面影が似てるなぁって思ってたんだ。

 あたしがずっと憧れてた先輩……男の人に。

 だから特別な感情が全くなかったといえば嘘になるかな」

 

大好きだった『先輩』の事も思い出したためか、

まことは頬を染めてうっとりした顔になりながら語った。

 

「まことさんから好かれるなんて、エイルお兄ちゃんってば幸せ者ォ!」

 

ナツミが悪ノリしたように笑いながら言う。

しかしまことのような人から好意を持たれるのは

実に羨ましい、素敵なことだと感心したのは本当である。

 

「でも、その頃のエイルは愛は奪うためにあるとしか

 考えていない悲しい人だったから……

 だからあたし、知ってほしいと思ったんだ。

 愛は奪うものじゃない。与えるものなんだって、

 愛には色んな形があるんだってことを伝えたくなったんだ。

 大切な人のために作る料理も、ひとつの愛なんだよ」

 

まことの語りが穏やかな口調のままながら、少し真面目なトーンになり

ナツミ達もスプーンを置いて真剣に耳を傾ける。

エイル達から教えられた本当の愛について触れているからでもある。

 

「でもそれを見たアンが怒ってね。

 エイルの事を巡って喧嘩になっちゃって。

 しまいにはお弁当をおもいきり踏まれちゃった」

 

少し苦笑いしながら語ったまこと。すると、

 

「えぇー!? アンお姉ちゃん、ひっどぉーい!!」

 

ナツミが身を乗り出し、抗議するような怒りの表情で叫んだ。

まことの想いが詰まった、いわば真実の愛を踏みにじる行為をした

過去の姉に対して強い憤りを覚えたからだ。

セイジューローも、今の優しい姉からは想像もできない

鬼畜な行いを聞いてショックを受けたか、顔が青ざめて絶句している。

実際この時の事はエイル達の口からは一度も聞かされたことがなく

今初めて知った話であった。

ベビーも「なんと愚かな……」と言いたげな顔で呆れている様子だ。

 

プンスカするナツミをまことがなだめる。

 

「まあまあ、そんな怒らないでやってよ。

 それにあたしはもう気にしてないからさ。

 ……そんな二人も最後には愛を理解してくれた。

 あたし達と本当の友達になれたんだ」

 

どんなにいがみ合っても人はいつか分かり合える。

それを信じる真っすぐな瞳をまことはナツミ達に向けた。

その瞳を見てナツミ達も、今自分達がこうして存在するのは

目の前の彼女とその仲間たちのおかげであり、

なにより愛を知らなかったエイル達が彼女達と巡り合い、

愛にめざめてくれたおかげなんだと改めて実感するのであった。

 

「今のアンお姉ちゃんはとっても優しい人です。

 もちろんエイルお兄ちゃんも。僕達に色んなことを

 教えてくれました」

 

まことに対する感謝の想いを込めた

明るい声でセイジューローが言った。

ナツミも笑顔で語る。

 

「アンお姉ちゃんは地球の昔話とか色々聞かせてくれたよ、

 時々ふざけてほっぺをつねあったりして遊んだりもするもん」

 

「で、でもホントに喧嘩になったこともあったよね……」

 

「だって~、あの時はお姉ちゃんの方が悪かったんだもーん!」

 

冗談半分の態度でアンへの不満を口にするナツミ。

アンとナツミの関係性に、まことはかつて日常的に目にしていた

うさぎと『ちびうさ』のソレに近いものを感じていた。

 

「ぷっはは! 喧嘩するほど仲がいいってことか。

 しかし、あいつもすっかり丸くなったんだなぁ……」

 

自分から見れば、愛想のないツンケンした態度で

どうにも気にくわない印象しかなかった、銀河夏美ことアン。

そんな彼女が心を入れ替えて今は同族の妹分達を可愛がる姿を

想像すると、妙におかしく思えた。

 

目の前の楽しそうな幼い姉弟の姿を見つめながら、

まことは遠い星で平和に暮らすかつての宿敵達に思いを馳せるのであった。

 

ちなみにこの後、ナツミ達はカレーを更に3杯おかわりしたのだった。

時刻は午後九時前頃。

まことはある人物に電話をかけて、今日の出来事を話していた。

電話の相手は、同じセーラー戦士の仲間である

セーラーマーズこと火野レイである。

 

「……という訳でさ、明日みんなで集まりたいと思うんだけど……いいかい?」

 

『えぇ、かまわないわよ。それじゃ明日の正午、うちに集合ね。

 うさぎ達には私から連絡しておくから、任せといて』

 

「ありがとうレイちゃん、助かるよ」

 

『じゃあ、また明日ね』

 

「うん、おやすみ」

 

レイとの通話を終えて受話器を戻すと、まことは

寝室へ向かいドアを少し開けてそっと中を覗いた。

 

まことのベッドの上でナツミとセイジューローが

毛布に包まり、大きなクッションを共有の枕にしてスヤスヤ眠っている。

エナジー補給のうえにおいしい夕飯をご馳走になり、

さらにまことが沸かしくれた温かい風呂に入ったおかげで、

二人はすっかり整った状態で熟睡することができた。

互いの手を握り、身を寄せ合って小さな寝息をたてる

彼らの寝顔は実に幸せそうである。

 

「ふふっ かわいいなぁ……

 あの二人の妹、弟かぁ」

 

微笑みながら小声でつぶやくと、部屋のドアを静かに閉めた。

 

リビングに戻ってみると、ベビーが部屋の観葉植物に向かって

なにやら楽しげにつぶやいている。

 

「うん? なにしてるんだい?」

 

「ここにいる植物たちと、ちょっとお話をしていたんでし」

 

キミは植物と会話ができるのか? そう口にしかけたまことだったが

同じ植物同士だからそんなに不思議な事ではないのかなと思い直した。

 

「それで、なんの話を?」

 

「アナタの事でし。まことは親身になって

 自分達の世話をしてくれる、とても心優しい人間だって。

 いつも大切にしてくれて本当にありがとう。

 ……と、みんながアナタにお礼を言ってるでしよ」

 

「このコたちがそんな事を……? へへっ!

 ならこれからも大事に育ててあげなくっちゃな!」

 

聞いて目を丸くしたまことだったが、

大好きな植物たちから感謝されている事を知って

思わず上機嫌になった。

 

「エイルとアンもアナタのように愛情を注いだおかげで、

 マスター……魔界樹は立派な樹木に育つことができたでし。

 アテシら植物もちゃんと心を持ってる生き物なのでし」

 

「キミを見てると嫌でもわかるよ」

 

ハハハと互いに笑い合う。

まことはソファーにゆっくり腰をおろすと

自分から話題をふった。

 

「あの二人が元気にしてるとわかって嬉しいよ。

 ……あれからやっぱ色々と苦労したのか?」

 

「そうでしな……アナタ達と別れて地球を旅立ったあと、

 二人は色んな惑星を巡ったでし」

 

ベビーは魔界樹本体の記憶を辿りながら切々と語り始めた。

 

「自分達が移住できてなおかつ、マスターを育てられる環境が整った星を

 見つけるには随分と難儀したでしよ。

 

 砂漠だけが広がる元々生命が生きられない星、

 かつては栄えた形跡だけが残る、文明が滅びた後の荒廃した星、

 

 そんな星ばかりだったでし」

 

語るベビーの脳裏には、互いに支え励まし合いながら

星探しに苦心するエイルとアンの姿が思い起されていた。

 

「環境の良い星が見つかっても、その星の先住民から

 拒絶された事もあったでし。

 得体の知れないよそ者に、警戒心を抱くのは当然のことでしが……

 

 必死に交渉しても全く聞き入れてもらえず、

 罵声と石を投げつけられた時、二人とも涙を流して逃げ去ったでし。

 マスターはその時の事が忘れられないようで今も鮮明に覚えているでし……」

 

まだ小さい芽だった頃の魔界樹の心情を思い出し、

ベビーは今にも泣きそうなほど悲しげな顔をする。

話を聞いていたまことも、いたたまれない気持ちになった。

 

「……本当に、大変だったんだな」

 

「それでも二人は諦めずに探し続けたでし、自分達の安住の地を。

 そしてようやく今住んでいる星を見つけたんでし。

 人間は誰もいない、植物たちが根を張る大地と海だけがある自然豊かな星。

 ……地球を発ってから、およそ8年の歳月が流れていたでし」

 

『8年』という数字を聞いて、まことは顎に手を添えて考え込む。

そこで、はじめてナツミ達から事情を聞かされた時にも

感じた疑問を口にしてみた。

 

「最初に話を聞いた時も妙だなと思ったんだけどさ、

 そっちではもう30年も経過してるんだよな?

 こっちはあれからまだ3年くらいしか経ってないんだけど……」

 

「ジュジュ……エイル達の星とこの地球とでは

 時間の流れ方に、かなり大きな差があるようでしな。

 彼らは今の星を見つけるまでに何度も亜光速移動で

 宇宙を放浪していたでしし、それも積み重なって

 時間の誤差がさらに大きくなったのかもしれないでし」

 

まことは頭をひねって記憶を探る。

以前これと似た状況の話を聞いたような覚えがあったからだ。

それはレイの自宅、火川神社にテスト勉強のため皆で集まった時……

 

「なんか前にみんなで勉強会をした時に、

 こんな話をしたような……ん~と、ソーセージ? じゃなくて

 創造性? いや違うなぁ。 むぅ~……

 

 ……あっ! 『相対性理論』ってやつだ!」

 

「そーたいせーりろん? なんでしそれは?」

 

「えーっと、なんだったかな……

 光の速さで飛ぶロケットで違う星に行って、地球に帰ってきたら

 地球ではものすごく長い時間が経過していた……っていう感じの

 例え話を亜美ちゃんがしてたような……」

 

秀才であるセーラーマーキュリーこと水野亜美が

詳細な解説をしていた気がするが、

月野うさぎとセーラーヴィーナスこと愛野美奈子の二人が

解説開始から20秒で頭がパンクして目を回していた印象の方が強かった。

まこともほとんど頭がついていけず理解できなかったため、

相対性理論というものについてまともに説明するのは無理だった。

 

「うーんと、まぁ要するにおとぎ話の『浦島太郎』みたいなもんだね。

 ナツミちゃん達が浦島太郎で、あたしらの地球が竜宮城ってとこかな」

 

「ジュジュジュ? その浦島太郎とかいうお話は知らないでし。

 『ウサギとカメ』とか『白雪姫』っていうのなら

 アンがナツミ達に話して聞かせてたことはあったでしが」

 

「白雪姫かぁ、そういや昔みんなでお芝居の練習したっけな。

 妖精の役なのにゴリラの着ぐるみなんて着せられて……ってぇ、

 そんなどうでもいい話は置いといて! っと」

 

脱線した話を戻す。

まことは元々同じ場所で暮らしていたナツミ達とエイル達の間で、

恐ろしいほどの時間のズレが発生しているかもしれない事に不安を感じた。

 

「キミらの星の時間の流れが地球よりずっと速いってんなら、

 早めに帰ってあげた方がいいんじゃないか?

 それこそ戻ってみたらエイル達がヨボヨボの老人になってたとか、

 下手したら……」

 

「い、一応エイル達種族の寿命は、地球人と比べたらかなり長い方でしから。

 まぁ何にしても明日やる事をやったら、すぐ地球を出発するに

 越したことはないでしな」

 

まことの心配からの忠告に、もしもを想像して若干焦りながらも

ベビーは前向きに答えた。

 

「ゆっくりはできないんだね……

 ナツミちゃんとセイジューローくんは寂しがるかな?」

 

「かもしれないでし。二人はすっかりアナタになついてるみたいでししな。

 でもエイル達のところに帰りたいとも思ってるでしよ。

 

 そういえば地球へ向かう時、エイルとアンがナツミ達に

 言っていたでし。『いつまでも帰りを待っている』って……

 彼らはわかっていたんでしな。ナツミ達はともかく、

 自分達はすぐには二人と再会ができない事を」

 

「そっか……」

 

せっかく仲良くなったナツミ達とすぐにお別れしなければならない事に

まことは少し切なくなるが、二人の帰りを待つエイルとアンの気持ちを思うと

もう少し一緒にいたいと口にする気にはなれなかった。

なによりナツミとセイジューローのその後の事を考えてやれば

やはり仕方のないことである。

 

 

物思いにふけていたまこととベビーだったが、ふと我に返った。

 

「え~っと、どこまで話したんだっけ?」

 

「エイル達が今いる星にたどり着くまででし。

 

 ……その星の土にマスターの芽を植えた二人は

 愛のエナジーを注いでマスターを育てはじめたのでし。

 二人の懸命な努力の甲斐もあって、マスターがエナジーを

 生成する能力を取り戻すにはそれほど時間はかからなかったでし。

 

 やがてマスターは大樹になり、ナツミとセイジューローという

 新しい生命、アテシという分身をも生み出すまでに成長したんでし。

 地球からの旅立ちからあわせて、約30年の歳月が流れていた……

 というわけでし」

 

一通り語り終えたベビーはやり切った顔で、

ふぅーっと大きく息を吐いた。

 

「魔界樹も元通りになって、やっと本当の幸せと平和を

 つかめたわけだな。あの二人やナツミちゃん達の幸せが

 いつまでも続く事を、あたしも願うよ」

 

「ありがとうでしまことさん。明日はうさぎさん達にも

 お礼を言わせてもらうでしよ」

 

まこととベビーは互いに笑顔のウィンクを交わした。

ソファーに座ったまま、ぐーっと背伸びをした後

まことは机の上に置かれていたテレビのリモコンを手に取った。

 

「さてと。食器の後片付けは全部済ませたし、

 少しテレビを見てからあたしもお風呂にするかな」

 

そう言いながらリモコンで電源スイッチを入れる。

ちょうど映されたチャンネルではニュース番組が流れていた。

 

『次のニュースです。

 人気女子プロレスラーのライジング大野さんが、突如失踪しました。

 現在警察が大野さんの行方を捜査しています。

 

 大野さんが所属するプロレス団体『VRT』の職員によると

 大野さんは昨日「今日は一人でトレーニングを続ける」と話していたらしく

 その日は深夜ちかくまで練習を行っていたとみられていますが……』

 

「また失踪事件か……これで7件目だな」

 

眉間にしわを寄せてテレビを凝視するまこと。

ベビーが不思議に思い訊ねる。

 

「人間が次々消えてるというんでしか?」

 

「あぁ、ここ最近立て続けに起こっててね。

 しかもこの十番町を中心に発生してるみたいなんだ。

 レイちゃんも妖気を感じるって言ってたし、

 気になってるんだよな……」

 

テレビに映る女子レスラーの顔写真を見つめながら

まことは不安な気持ちに駆られるのだった。

 

(ギャラクシアとの戦いがようやく終わったってのに。

 ……また新しい敵が現れたのか?)

まことがテレビのニュースを見ていたその頃。

 

まことにこっぴどくやられたチンピラ二人組が

街の路地裏でヒーヒーうなっていた。

病院に行ったのだろうか、兄貴分の男の顔には

包帯が巻かれており首にはギプスがつけられている。

弟分の方も絆創膏だらけだ。

 

「いてててて……! くっそぉ~あのアマァ~!

 次に会った時はただじゃおかねぇ!!」

 

「兄貴ぃ、俺達ただでさえ金が無ェのに

 治療費払ったおかげで大赤字ですぜ……」

 

「るせぇ! んなこたぁわかってるよ!

 今度あの女をぶちのめして、本当の慰謝料請求しちゃる!!」

 

「それにしても兄貴。あの女もそうですけど、

 あのちびっ子の方もなんかやばくなかったっスか?」

 

弟分に話をふられ、兄貴は昼間の不可解な体験を思い返す。

ナツミの念力で塀に叩きつけられた時の事である。

 

「……あぁ、あのガキ一体なにしたんだろうな。

 俺達あいつに睨まれた瞬間、ふっとばされちまったもんなぁ」

 

「あいつ、所謂『エスパー』ってやつだったんですかね?」

 

「馬鹿いうんじゃねえよおめぇ! そんなSFみたいなこと

 現実にありえるかっ……あいてて」

 

痛みが走った首を押さえてうずくまる兄貴。

弟分が慌てて駆け寄る。

 

そんな二人に背後から突如、地の底から響くような不気味な声がかかった。

 

『ちょっと失礼しますよ』

 

「なっ!? 誰でえ!?」

 

不意に声をかけられて驚いた二人が後ろを振りかえる。

そこに立っていたのは、異様な雰囲気を放つ人物だった。

 

身長はおよそ2mちかくもある。

夜の闇に溶け込んでいるのかそれとも元から黒ずくめの服なのか

全身がシルエットのように真っ黒であり、

顔があると思われる所に二つの丸い目と

三日月形の口が不気味に赤く浮かび上がっている。

男なのか女なのか性別もわからないが、

先ほど聞こえた声のトーンから察して、おそらく男であろうか。

 

その見た目からわかる禍々しい雰囲気に

チンピラ二人は思わずたじろいでしまう。

真っ黒な怪人物は再び不気味な声を発した。

 

『その不思議な力を使った子供のお話、興味があります。 

 よろしければ私にも聞かせてもらえませんかねぇ……』

 

妙に馴れ馴れしい口調で二人に話しかけるシルエットの人物。

弟分の男はその人物のあまりにも妖しすぎる気配に圧されて

顔を青く染めて冷や汗を垂らしながら立ち尽くす事しかできない。

 

「あ、兄貴ぃ、こいつなんだか薄気味悪いっスよ……」

 

情けない声で兄貴にすがる。

兄貴の方も動揺しているが、ここで腰砕けになっては

男の恥とばかりにガンを飛ばして凄んでみせた。

 

「おぅおぅ! どこのどいつか知らねぇが

 ここらを縄張りにしてる俺達に堂々と声をかけるたぁ

 いい度胸してるじゃねえか~!!」

 

怪人物のリアクションは無かった。顔の表情も一切変化しないため

呆然としているのか、怒っているのか、それとも笑っているのか

全く読み取ることができない。

ただ相手がこちらの脅しにビビってはいない事だけは空気で察した。

 

啖呵は通じないと感じ内心焦る兄貴だったが、

ふと自分達が今持ち金が無い事を思い出すと

半笑いになり、今度はたかりをはじめた。

 

「……なぁアンタ、ちょっと金貸してくんねぇか?

 俺達ちょいと懐が寒くてよぉ へへっ」

 

『……お金、ですか。あいにく私はそのような物は持ち合わせて

 おりませんので。まぁ代わりと言ってはなんですが……これを』

 

そう言いながら怪人物は銀色に光る2枚のカードを

取り出し、二人の目の前にゆっくりと突き出した。

 

「おぉ? なんでえこりゃ」

 

「カード……? クレジットカードじゃねえみたいっスよ?

 なんにも印刷されてねぇっス」

 

『この2枚のカード、よぉ~くご覧ください……ふふふ……』

 

わけがわからないチンピラ二人は、

顔をしかめながらとりあえずカードをジッと睨む……すると。

 

 

          ピカァッ!!

 

 

突然2枚のカードがまばゆい光を放ちはじめた。

まぶしさに目がくらんだ次の瞬間、

チンピラ二人はすさまじい引力に全身を引っ張られる感覚に襲われた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「ひひ、ひっぱられるぅう~!?」

 

踏ん張って抗おうとするも意味がなく、

脚が宙に浮くと二人の身体はまるでゴム紐のように伸びながら

渦を巻くような形で光輝くカードの中へ吸い込まれていった。

 

「「うわああああああああああああああ!!!!」」

 

二人が断末魔の叫びを上げながらカードの中へ消えると同時に

カードが放つ光も消え、夜の路地裏の暗闇と静寂が戻った。

怪人物は手に持っていたカードを覗き込む。

さっきまで何も書かれていなかったハズの2枚のカードには

それぞれ醜い化け物のようなモノが描かれた絵が浮かび上がっていた。

 

『ふっふっふっ……仕入れ完了。

 【お客様】になる価値のない方は、【商品】になっていただきます。

 こちらも価値は低そうですがね……ふふふ、まぁいいでしょう』

 

怪人物は不気味に笑う。カードをしまい込むと

建物の谷間から覗く星の夜空を見上げながら再び笑うのだった。

 

『不思議な子供について聞こうと思いましたが……すぐに巡り合えるでしょう。

 かつて私の商品をお買い上げいただいたお客様と似たエナジーを、

 さっきから強く感じていますからねぇ……ふふふふふふふ……!』

 

                【つづく】


 
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