No.109544

~薫る空~45話(洛陽編)

45話。
主に薫のターンと関羽vs呂布。

2009-11-29 13:20:51 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3650   閲覧ユーザー数:3111

 

 

 

 

 

 

 

 

 一刀が華雄との戦いを繰り広げていた同刻。前線へ向かった一刀達ほどの速度はないが、曹操軍本陣も、同様に前進していた。馬の足音が連続して鳴り響くほど、周囲はあわただしかった。

 常に軍の後方にいた薫も、このときには華琳の近くにまで移動していた。

 

【華琳】「薫、状況はわかっているわね」

【薫】「うん、大丈夫」

 

 後方にいたとはいえ、戦況の把握は常に行っている。彼女の持つ特異の能力を定期的に発動させることで、前方の情報を手に入れるのだ。表とも言うべき、普段の彼女の人格は、今は裏となっている。そのときでも意識を保てるものなのかは、誰にも知る由はないが、少なくとも、表の彼女が目覚めた時、今の記憶は無いのだろう。それがまた、彼女を苦しめる要因になると知りながらも、裏である薫は表に立つことをやめない。

 薫が前を見つめていると、隣にいる華琳が呟く。

 ここからどうしたものか、と。

 張遼を捕らえ、華雄を退けたとて、その武勲はこの戦において、決定的なものにはなりえない。華琳が望むのは、虎牢関陥落という成果なのだ。このまま何もしなければ、劉備軍が呂布を退けてしまえば、おそらくはこの戦において、最大の功労者は劉備となるのだろう。汜水関、虎牢関と、二つの砦での一番乗りを果たすなど、開戦前の軍議では誰も想像しなかっただろう。

 そうなれば、群雄割拠となった乱世において、なんの地位もなかった劉備が一大勢力となるのに、時間はかからない。彼女には優秀な軍師も将もいる。人には事欠かない。足りないのは名と地だ。

 今回の事でその両方を手に入れれば、華琳にとって、最大の障害となり得る。

 それは避けておきたい。人材でそれほど負けているつもりはないが、圧倒的に勝っているというわけではない。

 

 

【華琳】「まったく……最近は嫌なほうにばかり勘が働くわね」

【薫】「でも、たぶんそれほど間違ってはいないよ。ただ……」

 

 

 華琳の声を聞いていた薫は、彼女の独り言に口を挟む。

 

 

【薫】「敵がこのまま押されっぱなしとは思えないけどね」

【桂花】「これだけ山に囲まれた地形……やはり何かありそうね」

【季衣】「何かって、何があるんですか?」

 

 

 身を隠しやすい場所が多く存在するこの地。山に囲まれているということから、考えられるもの。

 

 

【薫】「落石か伏兵、両方か、もしくは別の何かか」

 

 

 理解したのかしていないのか、季衣はへぇとだけ告げて口を閉じた。

 それを聞いていた華琳だが、やはり表情は渋ったままだった。敵の狙いがよく掴めない、というのが、判断を鈍らせる大半の要素。呂布を単騎で構えさせ、意識をそちらに向ければ、先鋒を抜いて、二軍をこちらへ突撃させる。

 これでは全軍で呂布に迎えといっているようなものだ。

 なぜ呂布に軍を持たせない。たとえ動くのが単騎であろうと、そうなれば保険にでも虚勢にでもつかえようものだ。軍師に意見を扇いでも、何かある、というだけで、決定的な部分ははっきりとしない。

 多少無茶でも、張遼を捕らえた後に強引に押し込んでしまうのがいいんだろうか。

 

 

【薫】「まった」

【華琳】「――……薫?」

 

 

 考え込む華琳の手首を薫が握っていた。

 はっとしたように、華琳が顔を上げる。

 

 

【薫】「ちょーっとだけ、私に遊ばせてくんない?」

【華琳】「……は?」

 

 

 その一言は、本陣にちょっとした静寂をもたらした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し開いた間は、薫の言葉で終わりを告げた。

 何をしようとしているのか。華琳達に話した後、薫は一軍を率いて、本陣から少し離れた。馬上に跨る姿は、相当にご機嫌だった。

 

 

【薫】「ふふふ……よーっし!久々の私の独壇場、ばっちり決めるよ!!」

 

 何処ともなく、空を指差して薫は叫んでいた。二つの外史において生きてきた薫だが、実はこれが初陣だったのだ。数年にわたって叩き込まれた兵法。それらを初めて試す時がきたのだ。華琳や一刀に散々振り回され、挙句の果てにはこんなところにまでやってきた。もはや怖いものなど何も無いほどに、薫は色々と振り切っていた。

 薫が狙うのは隠れている敵兵。

 伏兵なのか、待機しているのか、まずはそれを知らなければならない。

 兵達に少し離れて周囲を警戒するように指示を出し、薫は目を閉じる。

 ――瞬間、薫の体が青白い霧が立ち上り、この世界そのものと場違いな空気を作り出した。

 以前と比べると、それはずいぶんスムーズに行っていた。数十キロの荷物を持ち上げようとしていた頃から、現在は数百グラム程度の手荷物といった感じだ。

 

 

【薫】「……なるほど」

 

 

 霧の消失と共に、薫の目が開く。何かを納得したように薫の顔は満足げだった。

 足を止め、顔に手を当てる姿は、何かを考えるときによく見る姿。

 先ほどの一瞬に流れ込んできた情報は、敵兵の位置と意図。やはりといっていい結果に終ったが、薫にとってはそれがうれしいものだった。何しろ自分の予想が完璧に正解だったから。私塾や以前の学校での試験でよい結果が返ってきたときと似たような気分。思わず両手を空に突き出してしまうほどだった。

 しかし、いつまでもそんな気分に浸っているわけにも行かず、兵達の視線も痛いことだし、と薫はコホンとひとつ咳をついて、気を取り直した。

 兵達に次の指示を出す。

 敵は、予想通り伏兵。周囲の森に群生している木々の影にかくれ、機を待っている。関心すべきは、その狙い。

 よくもまあ思いついたものだ、と思う。

 標的は前回同様、こちらの本陣。つまりは袁紹の軍だ。

 呂布や張遼、華雄に気をとられ、華琳達が前進してきたところで、落石によって本陣と曹操軍を分断。その後、伏兵によって全軍の三分の一にもなる兵を袁紹軍へ突撃させる。

 前回の夜襲よりよほど確実に落としにかかっている策だ。

 分断した後は、呂布も一度撤退し、篭城に移る。たしかに、これでは本陣からの補給もままならない上に連絡の取りようも無い。さらには、張遼の機動力を生かして、分断された内でもさらに混乱させるために、複数の軍へ同時に仕掛けた後に撤退。その際に華雄を回収。

 兵の損失は最初に張遼が仕掛ける小突き程度の攻撃と、華雄がどこまで突っ込むかの二つのみ。

 

 

【薫】「どこから潰してやろうか……」

 

 

 すべて把握した後で、薫はにへっと笑った。

 それはいつから忘れたであろう、誰かにいたずらを仕掛ける、あのときの顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵の策を知ってしまえば、それを防ぐのは容易い。策とは敵が予想できないものを講じて初めて意味があるのだ。策と知られて尚通用するものなど、存在しない。もし存在していれば、これほど多くの方術や兵法などは考えられなかっただろう。これらの目標が、前述した敵に知られて尚通用する陣や策を生むことだとしても、今現在、それはありえない話だ。

 だからこそ、軍師が頭を捻らせ、時には主を導き、時には守るということが出来る。

 しかし、その策を知るという行為がどれほど困難なものか。隠蔽されたものや、まったく見当のつかない行為に、策があると確信はしても、それがどんなものなのか、どういった被害を及ぼすのか、どれほどの利益をもたらすのか。それらを見通すには、余りある知識と経験が必要とされ、また、そういうことが出来る者達を軍師と呼ぶ。

 ただし、もしそれらを簡単に見破れたら。

 たとえば、未来を知ることが出来たなら。あるいは、それに近い力を持っていたとしたら。それは知略戦においては、最強と言えるのではないだろうか。

 外史において終端より生まれた星詠。すべての未来である終わりに位置するそれだからこそ、そんな力を持ってしまうのかもしれない。

 そして、薫もまたそんな状況の中で、最強と呼べる力を徐々に使いこなしていくようになった。

 

 

 

 ――虎牢関の戦い。以前の一刀の記憶を経て、私の頭の中ではすでに経験した戦いのひとつだった。既に前回と比べてかなりずれた戦況となっているが、おそらくこれらはあの時、司馬懿が孫策に見つかったのがすべての発端だろう。

 本当を言えば、黄巾の乱の時点で干渉していくべきだったのだが、あの状況では干渉も何もあったものではない。侍女の生活が楽しかったとか、そういうことがないわけではなかったが、今となっては少し後悔している。

 ずれにずれた今の状況は、賈駆が奇策を使うなんて前回では考えられなかった事態だ。一刀の出撃もそう。あの人が前に出るなんて……

 

 

【薫】「……!……今はこっちに集中しないと……」

 

 

 馬上で小さく息を吐いて、前を見つめる。その先には、この後曹操軍の後ろを狙うであろう伏兵が潜んでいる。場所の知られた伏兵など、ただの的でしかない。

 

 

【薫】「弓兵構えて。発射と同時に突撃をかけるから」

 

 

 兵に指示を与えて、声を張り上げる。

 その声に呼応して、張り詰められた矢がいっせいに空中へと散っていく。それにあわせて、槍兵なども突撃をかけていく。予想通り、隠れていた敵兵は混乱して、相手にもならない。

 ただし、伏兵が一箇所という事はないだろう。そう考えて、薫はまた、意識を集中していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――虎牢関。

 

 

【賈駆】「伏兵が全滅!?」

 

 賈駆の驚きの声に、伝令兵はたじろぎながらも短く答えた。その報告された結果に、ただ呆然とする賈駆。今回の策の要は呂布と張遼にあった。呂布が持ちこたえながら、張遼が内側をかき回す。それらが連合の意識を前へと向け、伏兵の存在をより希薄にしてくのだ。

 しかし、まさかその伏兵のほうが失敗するとは思っていなかった。

 今回の策は張遼にしか詳しく話していない。それぞれの将には、自分の役割だけを説明して。

 なのに、なぜ伏兵がばれたのか。考えられない。ばれる理由がないのだから。

 偶然見つかったなんて事はありえるはずはない。

 

【賈駆】「なんで!」

 

 やり場のない葛藤に、賈駆は思わず地図の置かれた机を思いきり叩いてしまった。静かだった城内が、ひとつの音に満ちていく。

 ありえない。その言葉で脳内が埋めつくされていく。もはや未来を知られてでもいなければ、不可能な対応だ。

 

【賈駆】「くっ……だめだ。急いで恋達を撤退させないと、このままじゃ……」

 

 

 持ちこたえていても、それに答える兵はもういない。だれだか分からないけれど、見事にこちらの思惑を砕いてくれた。手のひらが、赤い血でにじんでいく。握りすぎた手が、悔しさを表すように、その温度を上げていった。

 そして、賈駆は伝令兵に「撤退」の二文字を伝えた。

 

【賈駆】「月……こめんなさい……っ……」

 

 

 もはや立つ事すらままならなくなった賈駆の声は、ひどく弱く震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【薫】「これで最後かな……」

 

 薫が呟いたのは、伏兵として潜んでいた最後の敵兵が壊滅した時だった。死んでいく兵をみながら、ずいぶんと軽い初陣を、終えていた。

 人殺しというのは、予想以上に軽い。直接手を下していないからだろうかと考えたが、それも違うようだ。一刀は最初、見ているだけで気絶したらしい。それが、自分の指示で死んでいく様を見ているのだから、直接殺したのとあまり変わらないだろう。

 あっさりと乗り越えてしまった一線。少し考えて、ああ……と思わず出たうめきと共に理解した。

 薫は外史を通じて、既に前回の戦と今回の戦の死に何度も触れている。記憶というものでしかないが、その実、数百万と人を殺して、同時に殺されてきた。おそらくはこの世界で最も死にふれた経験が多いだろう。それ故に、要は慣れているだけなのだ。

 ただ、それでも殺しというのはいい気はしない。ずいぶんと荒れた心の中は、今たっているこの地面のようだった。

 

【薫】「――……喉渇いたな」

 

 

 人知れずあげた戦功の感想はそんなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――虎牢関城門。

 

 

 薫の対応に、既に三分の一の兵を失った董卓軍であったが、それを知る者はまだ少なく、それは城門前にて、人智の領域を超えた戦いをする彼女もまた、未だ知る由もなかった。

 

【呂布】「あああああああああ!!!」

【関羽】「おおおおお!!!」

 

 一合ぶつかるたびに、閃光と突風が吹き荒れる。その剣閃はもはや遠目ですらまともに捉えることも叶わず、一瞬のうちにどれだけ斬りあっているのか、もはや本人たちですら分からない。

 三つの金属音が同時に鳴り、衝撃波を生んだ一撃は二人を強制的に遠ざけ、間合いを開かせる。引くことなく、足を引きずりながらも、後ろへと下がらされてしまうが、その勢いが弱まれば、途端に二人の姿は消える。音でしか動きが捉えられず、また音ですら彼女達の武についていくことができない。

 武神に魅入られたように、二人は互いに呼応し、その速さをさらに増していく。

 かろうじて見えた一撃は、関羽のために溜めた一振り。偃月刀が光を放ったように輝く。

 

【関羽】「はあっ!」

 

 しかし、そんなものも、今の呂布には通じず、切り捨てたと認識した彼女は幻影。影を失っていくように薄れていく彼女の姿は、既に関羽の後ろにあった。

 背中から切り下ろそうとする呂布の一撃だが、それも空を切る。少しの開いた間合い。振り向き、偃月刀の切っ先を呂布へと構え、関羽は最速の突きを放つ。

 しかし、それすら見切ったように、必要最低限の動きで交わし、戟でなぎ払う。

 

【関羽】「っ!」

【呂布】「――!」

 

 吹き飛んだように再び開いた二人の間合い。関羽の偃月刀の柄からは煙が立ち上り、防御の印を残していた。

 そして、互いににらみ合う二人の体からは、やはりあの歪んだ何かが立ち上る。氣が使えるわけではない二人だが、その異常さは視認できる領域にまで達していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――孫策軍

 

 

【雪蓮】「で、私たちはほんとに行かなくてもいいわけ?冥琳」

【冥琳】「あぁ、あの呂布と関羽の戦いに首を突っ込むわけにもいかんし、かといって張遼や華雄は曹操軍にめろめろだ。これでは何処を相手にしてもまともに戦など出来んさ」

 

 孫策軍の前には、特に目立った将もなく、ただ一軍の敵が配置されていた。開戦から一歩も動かず、両軍ともに虎牢関においてはほぼ無傷の状態。通常ならば、このような敵などなぎ払ってしまえばいいのだが、ここを通り抜けたとしても、結局は城門前の呂布で足止めされてしまう。それでは払った犠牲が無駄になる。

 

【冥琳】「虎牢関は諦めるさ」

【雪蓮】「そんなことしちゃっていいの?」

【冥琳】「ああ、我々がほしいのは虎牢関陥落よりも、洛陽一番乗りだからな。」

【雪蓮】「まあ、それはそうなんだけど……なんか冥琳、今回投げやりになってない?」

【冥琳】「そんな事はないさ」

 

 ふっと笑う冥琳だが、その顔はどこか含みを持たせたようなものだった。しかし、このときは誰も知らない。冥琳が敵の狙いに気づいて、こっそりと後方へ偵察を放っていたことに。そして、敵の位置まで調べ上げておきながら、実はその成果を、すべて薫に持っていかれたなんてことも。その上薫が敵の位置を調べることが出来たのは、実は冥琳が調べた記憶を探ったものだったなんて。

 誰も知らない。

 

【冥琳】「ふ……いいんだ……すべて後手に回ったなど……誰が言えるものか……ぶつぶつ」

【雪蓮】「め、冥琳……?」

 

 一人鬱に沈む冥琳であった。

 

 

 

 

 


 
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