No.108850

~薫る空~44話(洛陽編)

44話。
まるまる1話分フルで戦闘だけで終ってしまったorz

2009-11-25 15:40:22 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:3563   閲覧ユーザー数:2989

 

 

 

 

 

 人を殺した。その事実は、俺の中でひどく汚く渦巻いていた。恨みや怒りなんかじゃなくて、まして、悲しみでもない。ただ不快な何かが体中を血と一緒に駆け巡っている。

 不味い。

 不味くて仕方がない。

 これは血の味。鉄をなめたような味。人を殺した味だ。

 夢ならそれでいい。望むところだ。けれど、これは夢じゃない。俺がした事は現実。夢をかなえるためにした事だ。

 不快。けれど、後悔はしない。そう決めたから。

 

 

【一刀】「華雄……か」

【華雄】「貴様、曹操軍の将だな。」

 

 

 俺の呟きに答えてか、華雄は斧を向け、俺に尋ねてくる。否定はしない。俺は華琳の将だ。

 手に握る剣に力を加える。――華雄は敵だ。

 せせら笑う華雄の顔は、既に俺を殺す事で頭が一杯のようだった。後ろでは張遼と春蘭が戦っている。ここで俺が逃げれば、華雄は春蘭を狙うだろうか。

 それはさせてはいけない。華雄はここで止める。

 春蘭はただでさえ張遼を捕らえなければならない。二人を相手に片方を生け捕りなんて、まず不可能だ。

 ――ここで、倒す。

 

 

 俺の意思が伝わったのか、華雄は斧を両手に持った。――瞬間。

 

【一刀】「ぐっ…」

【華雄】「……見慣れない服装…そうか、貴様が天の遣いか。北郷一刀!」

 

 

 華雄の殺気に気おされ、片足を引いてしまった。

 華雄は俺を知っていた。華琳が自らの名声のために流した噂が、華雄にまで伝わっていたようだ。

 逃出したくなるほどの殺気は、春蘭ですら感じた事ないものだった。背中が冷たくなるような感覚。これから、こいつと戦わなくちゃいけない。

 何をしているんだろう。ほんの数ヶ月前まではただの学生だったのに。

 ――いつから俺は、人に迷いなく、剣を向けられるようになったんだろう。

 

 

【華雄】「ほう……呂布に関羽を奪われたが……こちらもそれなりに楽しめそうだ。」

 

 

 華雄が小さく呟く。

 先日の関羽と華雄の戦いを見ていないわけじゃない。俺が勝てる相手だろうか。

 俺が……。

 

 

 

 

 

 

【華雄】「行くぞ!!」

 

 華雄が地を蹴る。一瞬で彼女の姿が目の前まで来た。砂が舞い上がるより早く、斧を振り切る――。

 一瞬はっとして、一刀は自分が無傷だと気付く。――避けていた。無意識に、後ろへと下がって。

 安心する暇なく、華雄は二度目の攻撃に入っている。重い刃が、俺めがけて振り切られる。横向きに半円を描いて、胴薙ぎ。

 

 

【一刀】「くっ…!」

 

 

 剣を盾に、受け止めるが、その重さに体が一瞬浮き上がってしまった。

 一振りするたびに台風のような風が吹き抜ける。

 ――っ!

 

 

【華雄】「はあああああ!!!」

 

 

 かわしたと思っていた。だが、華雄の連撃はまだ終わっていない。振り上げられた斧が一瞬で地へと下ろされる。

 

 

【一刀】「っ!!」

 

 

 体をひねってそれをかわす。

 

【華雄】「それで避けたつもりか!!!」

【一刀】「な―――がはっ…!」

 

 

 地に埋まった斧を土ごと横に振り切り、避ける間なく、一刀の腹へと突き刺さる。

 その勢いに、体ごと吹き飛ばされ、地に着いても、その体はうまく止まれず引きずられてしまう。

 

 

【一刀】「…っ…ごほっ…げほっ…!」

 

 

 どこかの内臓が切れたのか、血が肺に流れ込み、一刀はその場でむせ返る。口の周りには、他人以外の血までこびりつく。

 ゆっくりと一刀へと近づく華雄は、斧を振り、刃についた土と血を振り払う。

 ざくざくとした音が、まっくらな視界の中に響いてくる。痛みで目が開けられず、その音でしか、敵の存在を認識できなかった。腹を押さえても、手に血はつかない。しかし、口の中は自分の血の味で一杯だ。

 斬られたわけではない。ただの打撃。しかも一撃でこれだ。

 片手で腹を押さえながら、一刀はゆっくりと立つ。先ほどまでの状態がうそのように、足に力が入らない。

 

 

 

 

 

【一刀】「はぁ……はぁ……俺……弱いなぁ…」

 

 

 立ち上がりながら呟いたのはそんな言葉だった。

 思えば、琥珀にはずっと弱いと言われ続けてきた。今頃になってそれが理解できた。自分は、まだ弱い。

 

 

【華雄】「まだ、終わりではないだろう?」

【一刀】「……あたり……前だ!!」

 

 

 こうして、やられないと、動けない。

 響いた金属音にそれを実感した。なにしろ、ようやく一刀は”自分から”剣を振る事が出来た。

 やられるわけには行かない。勝たないといけない。腹が痛かろうが、相手が怖かろうが、人を殺したくなかろうが。

 ぎりぎりと剣と斧がこすれ合う。喉からせり上がる何かを抑えながら、持てるだけの力を込める。自分でも驚くほど、力がはいる。

 ふらふらだった足も、踏ん張りもきく。腹を押さえていた手も、今は剣を握っている。

 目は何処も見ない。ただ、相手から目を離さない。

 

【華雄】「――……!!!」

【一刀】「っ!」

 

 

 競り合いを崩したのは華雄のほうだった。刹那的に出来た間合いに、斧を振り入れる。

 

【華雄】「はあああ!!!」

【一刀】「くっ……だああああああああああああ!!!!」

 

 しゃがみこみ、相手の腰よりも、自分の頭が低くなる。その頭の上を斧が空振り、構えられた剣を、敵に押し込む。

 がきん、と硬い音が鳴って防御された事に気付く。押し切るか、一度離れるか。

 選択する時間はない。

 華雄の斧が、一刀の剣を押しのけながら、上から下ろされる。

 

【一刀】「―――っ!!」

 

 下に剣を振り、斧の力の向きを変える。受け流された形となった斧を、後ろへと飛びのき、かわす。

 

【華雄】「うおおおおお!!」

 

 振り切ったはずの斧は、地を掘り起こしながら、前へと引きずられる。突進してくる華雄。一刀は――。

 

 

 

 

 

 

【一刀】「……っぅあああああああああ!!!」

 

 

 ――迎え撃つ。

 二人がぶつかり、激しいほどの金属音が響いた。

 

【一刀】「しまっ――」

【華雄】「死ね北郷おおお!!!」

 

 

 下からすくい上げられた斧に、剣をはじかれてしまう。振り上げられた斧は刃を返され、一刀へとおろされる。

 

【一刀】「――あ゛あ゛ああっ!!!!」

【華雄】「ぐっ…貴様っ!!」

 

 振り切られる前に、華雄の体を斧の柄ごと体当たりで倒す。どれだけきくか分からない。それでも、負けられない。その意思が体を動かしてくれる。

 どさりと派手な音をたてて、二人が倒れこむ。

 

 

【一刀】「華雄ーー!!!」

【華雄】「だまれええ!!!」

【一刀】「っうあ――!!」

 

 

 殴りかかろうと、拳上げると、自分の体が浮き上がった事に違和感を覚えた。腹に足をつきたてられ、巴投げのように、後ろへと飛ばされる。

 

 

【一刀】「はぁ……はぁ……」

 

 

 息切れしながら、立ち上がる華雄を見る。ここまで戦って、状況は一刀は最初の一撃で体の内側がぼろぼろ。地に打ちつけられたことで、小さな傷も目立つほど多かった。

 対して、華雄はほとんど無傷。精々さっきの押し倒した時についた土くらいのものだった。

 

 

 

 

 

 近づいてくる華雄の姿が実際のそれよりも遥かに大きく見える。

 猛将と称されるだけの武力はさすがというべきものがあった。

 数合で弾かれてしまった剣を眺める。華雄の後ろに突き刺さったそれを取り戻さない限り、勝負にもならないだろう。

 ――まずは剣を手に戻すこと。

 息がつまり、相手の圧力に足が自然と後ろへと下がっていく。周りから見れば、じりじりと追い詰められた獲物に見えるだろう。狩猟されることを待つ鹿や兎といったところか。

 ずいぶんと嬉しそうに狩りをする獣だと、華雄の姿をみて思う。こいつも、春蘭や張遼と同じタイプ。闘いを楽しめる人間なのだ。

 しかし、獲物としてはあまり嬉しくはない状況ではある上に、そんなものを素直に受け入れるつもりもない。

 どうすればあそこまでいけるのか。

 がち、という音が足元から響いた。かかとに硬い感触。確かめてみれば、その更に後ろには死体となった元兵士がいた。視界から華雄をはずした途端、視界の外からどん、と大きく音が爆発した。

 はっとして、俺はその剣を握り、思い切り振り回した。

 普通なら空振りするはずの元兵士の剣は、硬い何かに激しくぶつかり、その勢いをとめられた。

 

 

【華雄】「余所見とは、ずいぶん余裕があるのだな……」

【一刀】「そっちこそ、意外にお喋りじゃないか……!」

 

 

 語尾を強めて、剣に込める力を強くする。

 ――ビシ

 何かが割れるような音。それに気づかず、競り合いに力を込める。

 音は連続して響き、あっさりとその結果が現れる。

 がきんという音と共に、力が流される。華雄が引いたのか。その考えは目の前の光景で一瞬にして拒否された。破片となった鉄。俺と同じように、競り合いから力を受け流されている華雄。真ん中から剣先にかけての部分が完全に本体からはなれている。

 

 

【一刀】「うおおおおおお!!!!」

【華雄】「ちっ!」

 

 

 ――ここしかない。

 気がつけば、体が動いていた。前転するように、華雄の脇をすり抜け、奥へと走る。

 突き刺さっている琥珀の剣を握る――

 

 

【華雄】「はああああっ!」

 

 

 背後に叫び声。

 右手に折れた剣、左手に琥珀の剣を持ち、俺は華雄のいるほうへと跳んだ。

 

 

【一刀】「ぐっ!」

 

 

 

 

 右手に持つ折れた剣。残った刃の部分に右腕毎持っていかれそうな衝撃が走った。

 しかし、前に跳んだことで接触した部分は柄。勢いが殺され、先ほど剣を弾かれたそれに比べれば、ずいぶんと弱いものだった。左足に全体重をかけ、踏みとどまる。折れた剣の上から、たたきつけるように、琥珀の剣を振りぬいた。

 華雄の小さなうめきが聞こえた。

 大きい嫌な音が鳴り響いて、一瞬ひるみ、華雄が後ろへ下がる。けれど、このまま逃がすわけには行かない。前へと走ろうと、地をけりだす。

 だが、それは先に振り下ろされる斧に遮られた。

 華雄の表情が歪んでいく。よほど下がらされたことが嫌だったようだ。そんな事に少しの満足感を得る暇もなく、華雄は、次の攻撃の態勢にはいっていた。

 振り下ろされた斧を、また引きずるように突撃してくる。

 ここで真正面からぶつかれば、先ほどの二の舞になるだろう。

 

 

【一刀】「――……はっ!」

【華雄】「――なっ!武器を捨てるなど!」

【一刀】「いい師匠がいるんでね!」

 

 

 右手を振りぬいて、華雄めがけて折れた剣を飛ばす。引きずられていた斧は俺がいるかなり手前の位置で振り上げられ、飛んでくる剣を防いだ。

 防がれてはしまったが、それで倒せるなんて、誰も思ってはいない。

 

 

【一刀】「うおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 こんなにも声が出せたのかと疑うほど、叫んでいた。

 横向きに構えられていた斧に、持ち直す時間を与えず、俺は上から全力で振り下ろした。

 

 

【一刀】「――……え」

【華雄】「――……っ!?」

 

 

 何かがはちきれるような音がして、相手に防がれるはずの剣は、地面すれすれまで振りぬかれていた。あまりにも突き抜けた手ごたえに、一瞬何が起きたか分からなかった。

 だが、それはどうやら華雄も同じだったようで、二人して、隙だらけになっている。

 その結果を見上げるように眺めた。

 ――華雄の持つ斧が、柄の真ん中から真っ二つに分かれていた。

 少しの間があいて、息も忘れていた静寂が終る。思い出したように、強く、短く息を吸う。

 抜けていく力を呼び戻すように叫んで、握り締めた剣で斬り上げる――

 

 

 

 

 

【張飛】「どくのだーーーー!!!!」

【一刀】「――!?」

【華雄】「はっ…!?」

 

 

 脳天まで突き抜ける声に、体が止まり、半強制的にそちらを振り向かされる。

 そして、そこに見えたのは、血を浴びた琥珀を背負う見覚えのある少女だった。こちらに向かって戦場を走り抜けていた。

 

 

【一刀】「な…琥珀!?」

【華雄】「っ!…なめるな、北郷!」

【一刀】「――っ!ちっ…」

 

 

 柄が短くなり、片手斧となった武器を、振り下ろす。

 しかし、二度も余所見をされたことに逆上しているのか、先ほどまでの闘気は感じられない。そこにいるのは、一人の人間。

 振り切られる前に――

 止まっていた剣を走らせ、華雄の持つ刃は、空中へと弾かれた。

 体を捻りながら、刃を返す。そして、剣道をしていた自分にとっては、最も得意であろう型を。その情けない掛け声と共に、刃を背に、華雄の腹部へと剣を叩き込んだ。

 

 

【華雄】「かはっ……きさ……ま……なんの……」

 

 

 華雄の言葉は最後まで続くことは無かった。鳩尾に入った一撃は、彼女の意識を刈り取るだけの威力はあったようだ。

 

 

【一刀】「情けなくても……仕方ないとは思いたくないから……さ」

 

 

 殺しても仕方がないとは、思いたくない。既に数人の命を奪っておいて、言える言葉ではないが、それでもまだ、俺は殺すために戦いたくは無い。

 そして、どさりと地面に尻餅をつく。今頃になって、足が震えていた。

 

 

【一刀】「はぁ……疲れた……」

 

 

 ほんの数分、数十分が、何日分にも感じられた。

 

 

【一刀】「あ、琥珀は!?」

 

 

 思い出したようにさっきみた方角を見ると、張飛がすぐ近くまで来ていた。ずっと走っていたのか、肩で息をしながら、必死に走っている。

 少しして、向こうも俺の姿が見えたのか、こちらへと方向を変えて向かってきた。

 場所を知らせるように。こちらも手を振ってやる。

 

 

【張飛】「お兄ちゃん、このちびっこ頼むのだ!」

【一刀】「お、おに……って、ツッコミは後だな。了解。」

 

 

 背中を向ける張飛から、琥珀を受け取り、抱き上げた。

 

 

【張飛】「それじゃ、後は任せたのだー!」

【一刀】「あ、ああ……って、おい!」

 

 

 琥珀を一番負担なく運べるように位置を調節し、振り向くと、既に張飛の姿は小さくなっていた。

 

 

【一刀】「俺一人で二人運べってか……」

 

 

 眠る華雄の姿を見てため息が止まらなかった。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

ふぅ……。

これだけ戦闘のみを書いたのって初めてじゃないだろうかw

とりあえず華雄vs一刀は決着がつきました。

次回は少し視点が変わります。

しかし、予想通り虎牢関なげぇ(´・ω・`)

ではでは。

 

 


 
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