タニグチリウイチの出没!
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タニグチリウイチの出没!

「ズレまくりボケまくり」

わき起こった「インパク」への批判というのは、堺屋氏がいったような、政府が中心となったイベントでコンテンツなんてものにどうして主体を置くのか、なんてコンテンツへの無理解から来るものでは決してない。むしろ参加する側、手伝う側の意識として、もっとコンテンツ主体のイベントにしたかったのに、政府の側から押しつけられる規制が余りに多すぎて、気楽なコンテンツが作り出せず、結果アクセス数もたいして伸ばせなかったってことに対するもの、だろう。その意味で、単なる行事だったスポーツを、単一の素晴らしいコンテンツとして切り出してオリンピックを創設し、世間の理解がなかなか得られない中を頑張り通して、今日の繁栄へとつなげたクーベルタンの例を挙げ、それに自分たちをなぞらえようとしたのは、明らかに筋が違う。

ポータルを作ってパビリオンを集めて云々なんて、ウェブが生まれて「リンク集」なんてものが出来た初期も初期からある、別に昨日今日に始まったことでもない仕組みをとてつもない“ビジネスモデル”だなんていって、再び利用したり海外に輸出したりしようなんて考えている節があるけれど、だったらせめて批判の矛先、問題の核心くらいはちゃんと理解しておかないと、ますますもって世間の感覚から遊離したものしか作れない。まあ、現場の人たちはちゃんと気付いているようで、上のお祭り気分はそれとして利用しつつも、クーベルタンを気取ったその実抵抗勢力な人たちの隙を突いて、本当に役立つものを作っていけばいいってことで、頑張っていって頂きたいもの。けどやっぱり、口を挟んで手柄だけを横取りしたくなるものだからなあ、政治家も役人も。

背中に哀愁
某有名アニメスタジオのブースで歓談する某大手ゲーム ソフト会社の偉い人。こういう出会いを生んだという意味で、有意義なイベント だったかも

やってもらって有り難いけど、でもやっぱりどこか微妙にズレてる感じがつきまとった“官製”イベントという点は、2月15日から18日まで、東京・お台場の「東京ビッグサイト」で開催された東京都主催の「新世紀東京国際アニメフェア21」にもあてはまる。そもそもがまずスケジュールありきで動き始めたみたいな所があるらしく、アニメーション作品をズラリそろえて店先に並べ、海外から買い付けに来る人をわんさと集めて「日本のアニメは世界いちぃぃぃぃ」とアピールする場にしたかった割には、海外から来ている人の数がそれほど多くはなかった。ニューヨークで「トイショー」が開かれてアジアは旧正月というタイミングの悪さもあったようで、韓国を除くと海外の会社はほとんど来ておらず、「国際」という名が泣いていた。

「だから“お上”のやることは」

イベントの方向性も、スケジュール的な関係で海外からのお客さんが期待できないって分かっていても、やらざるを得なかった関係で、ちょっとまとまりのない物になってしまった感じ。自社の作品をトレードショー的にアピールする作りにしてある、見かけ「東京国際ブックフェア」のブースに近い雰囲気のアニメスタジオがあった一方で、「キャラクターショー」のように物販でもって一般客にアピールしようとしていたブースもあったりと、会社によってさまざま。毎年夏にニッポン放送主催で開催されている「東京キャラクターショー」が、当初はライセンスの見本市的な性格を狙いつつも、今では物販中心のイベントになってしまったという、その轍を踏む可能性も否定できない。

だとしたら今でさえ飽和状態な物販イベントがまたひとつ、増えるだけってことになるけれど、そこは石原慎太郎都知事の号令一下、短いスケジュールの中でもそれなりな形にイベントを仕上げ、アニメ雑誌とかはともかく普段はあんまり表には出てこない、日本のこれからを担うアニメスタジオに自社をアピールする場を作ったこと自体に、大きな意味を見出すことも不可能ではない。その実行力をもってすれば、現場の今回のイベントに対する声を組み上げつつ、何万人集まったとかいって見かけの華やかさを競うんじゃなく、どれだけの売買契約が成立したのか、といった本当の意味でのトレードショー的なニュアンスを持つイベントとして、来年以降はちゃんと仕上げて来るものと期待したい、ものだけど、さてはていかに。

大物がズラリ
宮崎がいる大月がいる片渕がいる大地は……い たかな、とにかく凄い面子がズラリ

イベントに並行して、アニメ作品を表彰する「コンペティション」なんてものが開かれたことも、賞を受けたことで作品への注目が集まって、新しい作品づくりにつながる可能性を考えれば、決して悪いことではない。ただ、何だか流行っているから、とか伸びそうだから、といった理由で賞を作って贈って取り込もう、なんて意図が透けてみえそうな感じがあって、ちょっぴり釈然としないものを抱かせる。アニメの賞だったら過去にも「大藤賞」とか、「アニメーション神戸」といったものがあって、評価すべき作品にはちゃんと評価を与えていたりする。ただでさえメディアが集中している東京で、“あの”石原都知事の号令で開かれたってことで、唯一絶対の賞として祭り上げられていく可能性も見えたりして、後出しジャンケンに感じる苦々しさ、みたない感情も浮かぶ。

それでも普段はなかなか表立って表彰される機会の少ないアニメの人たちにとって、どんな賞でも賞はやっぱり嬉しいもののよう。次々と壇上に上がってトロフィーを受け取る人たちの多くが、喜びの表情を浮かべていたから、やっぱり開かれて正解だったんだろう。同様のことは、文部科学省の下にある文化庁が主催して、毎年開催している表彰制度「文化庁メディア芸術祭」の受賞者たちからも伺えた。 

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