日本マンガ学会第一回総会・大会レポート[2]大会一日目の夜、私はレセプションの席で学会の感想をいくらか聞いてまわった。 精神科医でもあるマンガ評論家の阿部幸弘氏*3は、マンガ学会に「専門家」と呼べる人がいないことを評価し、既存の学問の枠組みをブレイクスルーする可能性を見い出していた。阿部は「専門家同士のサークルにすぎないのならば、学会の必要性はあまりない。私は医学系の学会を見ているが、専門家だけが語り合うコミュニケーションでは、すぐに行き詰まってしまうと思う」と私に語った。 一方、学会理事であるジャクリーヌ・ベルント氏*4は「もっと大学の先生たちに学会に入ってほしい」と言っていた。また、マンガ学会には多数の大学院生たちの姿が見られたが、マンガの研究で彼等に学位を出す大学がどの程度あり、今後どの程度増えていくか疑問である、という見解を述べた人もいた。そうしたシリアスな意見がきかれる一方、(著名な評論家である)学会理事の名前には前々から興味を持っていたのだが、来てみるまでシャレかマジか分からなかった、という見方の人もいた。 自分の人生設計としてマンガ研究を真剣に考えざるを得ない大学院生から、著作権など実務レヴェルでの要請から来ている編集者、マンガに力を入れている古書店主、新聞記者、ただマンガファンで来ています、という人まで。「マンガ」について考えている方向性も、水準も実にまちまちだし、また「学会」にコミットする際の温度差も大きい。これほどまで立ち位置も違えば、見ているものも違う人々が「マンガ」を「研究する」という漠然とした目的のもとに集ってしまったということなのである。 では、私たちの唯一の共通項である筈の「マンガ」のほうはどうなのだろう。総会での質疑応答では、まさに「対象となるマンガの範囲は?」という質問が出た。回答は「とくに制限を設けるというわけではない」というものだった。 さてここで、「とくに制限を設けない」という条件が出されたとして、「マンガ」という言葉から何が思い浮かべられ、イメージされるのだろうか? >>次頁
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