TINAMIX REVIEW
TINAMIX

藤本由香里「少女マンガのセクシュアリティ 〜レイプからメイドへ〜」(前半)

発言者の表記(敬称略): 藤:藤本 は:はいぼく サ:サトー 相:相沢(編集部)

■レイプ表現は性表現と同時に立ち上がった

は: 今日は少女マンガ評論に新境地を切り拓いた藤本由香里さんをお迎えして、お話を伺おうと思います。TINAMIXでは少女マンガ入門の連載が続いていますが、入門という体裁をとりつつも、底には少女マンガにおけるセクシュアリティを明らかにしようという意図があります。セクシュアリティの問題といっても幅が広いので、編集者としてレイプ問題の著作も担当なさっている藤本さんに、特にレイプ描写という観点からお話を聞きたいと思います。

藤: 少女マンガの性表現の歴史を調べてみると、男装する少女(『リボンの騎士』はおいておくとして)、女装する少年、少年愛、レズビアン……その全てが70年代のはじめに始まるんです。だいたい71〜72年ごろ。最初のベッドシーンも72年。そういう意味からすると、70年代というのが少女マンガが最初にセクシュアリティに目覚めた時代で、そしてレイプ表現というのもそのころから、つまり性表現が始まった最初からあるんですよ。

は: 男が少女マンガにレイプ表現があることに気づいたのは80年代半ば以降じゃないかと思うんです。90年代にはインターネットを通じて少女マンガにレイプ表現があると喧伝される状況が生じ、「だから女には被レイプ願望があるのだ」などと短絡的に結論されたりします。

 その結論は単純に間違いだとしても、やはりファンタジーとしてのレイプ表現というものは存在します。あと解らないのは、やおいやJUNEにおけるレイプ表現。男が男をレイプするという表現が非常に多いように見える。なぜこういった表現が要請されたのでしょうか。

藤: やおいにおけるレイプは簡単には答えられないのでちょっと置いておいて、最初に少女マンガにおけるレイプ表現ということでいうと、「ことほどかように」という論文を書いていたときに初めて気がついたことは、性というモノが少女マンガに出てきたときに、強姦とセットであることが多かったということ。一番典型的なのが、好きな相手とうまくいく前に、好きじゃない男から危ない目に遭わされる。拉致されるとか襲われそうになるとか。

 もう一つは好きな男に押さえつけられる瞬間というのがけっこう出てきて、いざという瞬間にはふりほどけるんだけど、でも「男はおまえが思っているほど生やさしいものじゃないから注意しなくちゃいけない」みたいなセリフが入る。好きな男にちょっと組み伏せられて、だけど最終的には解放されるというのは、怖さもあるんだけど、ちょっとドキドキ……っていうところもあるんですよ。

【図1】
『はるかなる風と光』より
(c)美内すずえ

 その例として典型的なのは、美内すずえさんの『はるかなる風と光』で、エマが海の上でかっこいい海賊のアドルフに手首を押さえられて、ちょっとドキドキ……っていう場面【図1】。あと、印象的だったのは大矢ちきさんの『この娘に愛のおめぐみを』で、「俺のことが好きだっていうんなら……」と押さえつけられて、彼女がすごくびっくりして抵抗すると、結局離してくれる。彼女は泣きながら去っていくんだけど、後から「あのときは嫌だったんじゃなくて、坊ちゃん、ただびっくりしただけなのよ」というようなセリフが入る。

 『ベルサイユのばら』【図2】は、少女マンガで初めて本格的にベッドシーンを、それも二週間にもわたって描いたということで金字塔的な作品だと思うんですけど(笑)、あれにもその前にオスカルが近衛隊から荒くれの衛兵隊に移った時、男たちに囲まれて椅子に縛られて「おまえが女だってことを教えてやる」みたいなことを言われる場面がありますね。

【図2】
『ベルサイユのばら』より
(c)池田理代子

サ: アランですね。

藤: そうそう。あと同じ頃、『赤い糸の伝説』のセックス描写も話題になってて、高校生と先生との恋愛で、先生と生徒の間に性関係があるんですが、そこに至る前に主人公がそういう危ないめにあう場面がある。もうちょっと後だと、『ホットロード』【図4】もそう。つまり、まだこの時代の女の子たちにとっては性というものが恐れと色濃く結びついていて、処女喪失ということと絡んですごく大きなハードルだったんです。それはやっぱりルンルンで乗り越えられるものではなくて、ためらいと恐れを感じながらちょっとづつ乗り越えていくみたいな、そういう文脈だったんだと思います。

【図3】
『ラスト・ゲーム』より
(c)津雲むつみ

 だからレイプというのは、“そういうこと”がその先にあるんだよという、いわば露払い。主人公にやがてくる「性」というものを認識させるために描かれている。それは好きなひと本人によってである場合もあるし、そうではなくて別の男からの脅かしである場合もあるんだけど、そういう、やがて入っていくべき性の世界の前哨戦というか露払いというか、それがレイプ表現として表れてくるわけです。

は: それはいつ頃くらいまでのことでしょう。

【図4】
『ホットロード』より
(c)紡木たく

藤: 70年代から80年代の後半までですね。『ホットロード』ぐらいまでかなあ。あと、あの頃の性描写で印象に残っているのは酒井美羽さんの「ミミ&州青さんシリーズ」。12歳年上の日本画家と結婚した高校生の女の子の話なんだけど、あの中でも一度、ミミちゃんが州青さんに押さえつけられて、その時に、「州青さんなら恐くない」みたいなことをミミちゃんが言う。

【図5】
『あの娘におせっかい』より
(c)酒井美羽
レイプ問題の著作
『レイプ・男からの発言』ティモシー・ベネケ著、鈴木晶・幾島幸子訳、ちくま文庫、1993年<1988年。藤本由香里氏は本書の編集を担当。
『リボンの騎士』
手塚治虫著。『少女クラブ』1953年1月号〜1956年1月号、『なかよし』1963年1月号〜1966年10月号。1967年にテレビアニメ化。男の心を持つ女の子サファイアの冒険活劇。トランスジェンダーの先駆けとして各種評論が取り上げている。
「ことほどかように」
『現代のエスプリ』No.246、1988年。『私の居場所はどこにあるの』に所収。
『はるかなる風と光』
美内すずえ著。『別冊マーガレット』1973年10月号〜1974年10月号。集英社マーガレットコミックス、全3巻。白泉社文庫、美内すずえ傑作選12〜13。美内すずえ初の長編マンガ。連載終了後、約2年を経て『ガラスの仮面』の連載が開始。 南太平洋のキング島に生まれたエマの数奇な冒険物語。18世紀後半のヨーロッパと南洋を舞台に、ナポレオンの支援も受けながら、エマが数々の試練をくぐり抜けてキング島の女王となっていく。
『この娘に愛のおめぐみを』
おおやちき著。『りぼん』1974年10月号。 貧乏だった女の子がお金持ちに見初められてレディへと成長していくが、最後は二人そろって貧乏になってしまうラブ・コメディ。
『ベルサイユのばら』
池田理代子著。『週刊マーガレット』1972年21号〜1973年52号。集英社マーガレットコミックス全13巻。 フランス革命の激動を描いた歴史ロマン。オスカルとアンドレが初めて結ばれるシーンは、たいへん官能的であり、感動的である。
(c)池田理代子
『赤い糸の伝説』
津雲むつみ著。『週刊セブンティーン』1973年49号〜1974年18号。セブンティーンコミックス全2巻。集英社マンガ文庫全1巻。 主人公の弥生は、錯乱した教師に襲われそうになるが、危機一髪で剛に助けられ、未遂に終わる。そのあと、弥生と剛は結ばれるが、弥生の生理が遅れたために産婦人科に行き、それを学校の先生に発見され、剛は退学してしまう。剛は弥生を傷つけないためにSEXをしないと決めるが、弥生のほうは抱いて欲しい。そのすれ違いがもとでケンカになってしまう。 ところでレイプという点では、単行本第2巻に収録されている「ラスト・ゲーム」という話は壮絶である。【図3】岬高校の野球部は必死の努力で甲子園を勝ち取る。しかし岬校の教師が「暑い・・」という理由で強姦事件を起こしてしまい、岬校は甲子園出場を取り消されてしまう。野球部の面々は事件を起こした教師の娘を復讐のために強姦することを計画する。「犯されてとうぜんじゃないか!」と相談する野球部の面々のセリフが、いちいち怖い。津雲むつみとはそういう作家であり、セブンティーンとはそういう雑誌だった。「ラスト・ゲーム」も文庫版『赤い糸の伝説』に収録されている。
(c)津雲むつみ
『ホットロード』
紡木たく著。『別冊マーガレット』1986年1月号〜1987年5月号。集英社マーガレットコミックス全4巻。集英社マンガ文庫全2巻。 14歳のあふれる感情を描いた80年代後半の少女マンガを語るのに欠かせないマンガ。和希は暴走族NIGHTの頭になるハルヤマとつきあって一緒に暮らし始めるが、キスも2回未遂に終わり、初めてのキスは食中毒のハルヤマに口移しで薬を飲ませたときのもの。セックスも、ハルヤマが「こわくないから」とアンドレと同じセリフで迫るが、和希が拒絶して未遂に終わる。青少年のための少女マンガ入門[紡木たく]も参照。
(c)紡木たく
「ミミ&州青さんシリーズ」
酒井美羽著。「ミミと州青のラブコメディ」シリーズ。『花とゆめ』系列に1978年〜。 おてんばではねっかえりのミミと、アメリカ人とのハーフで日本画家の州青さんとのラブコメディ。1巻の『あの娘におせっかい』では二人の出会いから結婚までを描いているが、州青さんはミミのことが大事だからと言って婚前交渉を我慢する。そのかわり、新婚旅行では4泊5日朝から晩まで愛し合いまくりだったようである。→[公式サイト]
(c)酒井美羽
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