TINAMIX REVIEW
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青少年のための少女マンガ入門(5)名香智子

■デスカルガってご存知?

さっきから「自立した人間」なんて、言葉をしたり顔で使ってるけど、もちろん彼らは実在する人間ではない。ウソ話の中のキャラだ。

漫画を誉めるときに、「キャラがよく立ってる」なんて言葉が、よく使用される。しかし、大抵それは、「物語の進行上、不都合のない範囲で個性的なキャラである」とか「顔や服装があたし好み」とか「○○ちゃん萌え〜〜〜」とか、その程度の意味でしかない。

名香智子の漫画は、決してそういう意味でキャラが立っているわけではない。そんなレベルなんて、余裕で越えている。「あたかも実在する人間のような自我を持っている」のだ。だからといって「リアリティがある」というわけではない。そもそもウソ話に対して、リアリティなんて言葉、誉め言葉になりゃしない。そもそも我々一般庶民が使うリアリティなんて言葉、所詮「貧乏くさい」と同義語である。

「あたかも実在する人間のような自我を持っている」ということは、尋常じゃないことである。普通、物語が先にあってそこに適したキャラ設定が行われる。でも名香智子漫画の場合は、まるで先にキャラができて、彼らが自分から物語を創っているのだ。よく漫画家のインタビューで、「描いてるうちに創ったキャラが勝手に動いていった」とあるが、名香智子の場合、常にキャラが勝手に動きまくりなのである。

実は、名香智子自身もこれと同じようなことを、以前インタビューで述べている。少し長くなるが引用しよう。

「結局その通り(筆者注:「シナリオの書き方」という本の通り)にやると「水戸黄門」とかああいうのの作り方だから、別段、ああいうものでなくてもいいと思ってね。主人公が何かしたら、その人がするようなことをしている。その人がしないようなことはしないようにしている。それが一番大切みたいな気がする。」(ぱふ 1982年11月号 雑草社)

もちろん、多くの漫画家がこういうことに気をかけて創作している。でも断言しよう、名香智子ほど、このことを厳格に守っている漫画家はどこにもいない。

その結果、理詰めではなかなか出てこない名台詞や好エピソードが続出である。『レディ・ギネヴィア』の第一話、馬術の名手で男には興味なしの女性ギネヴィアが、甘え上手のプレーボーイリアンダにレイプされるシーンがある。別にウソ話中のレイプなんてどうでもいい。すごいのは、この後だ。

ギネヴィアに服を着せながらのリアンダの台詞。

「あんた…ピルを常用…してる…なんてこと…まさか…ないよ…な。アレの予定日は… おれ…頭に血がのぼって…夢中になっちまったもんで…避妊…できなかったんだ

あたしも本や映画なんかで、レイプ・シーン程度、目が腐るくらい見てます。「つい興奮しちゃって」とか「ごめん」とかって台詞程度なら見飽きてます。けれど、いまだレイプの後いきなり、避妊できなかったことを心配した台詞ってのは、見たことありません。しかもそれがすごく自然な台詞なのだ。「ああ、リアンダなら普通はちゃんと用心深く避妊してるよな」とか「リアンダって、本当は誠実な奴なんだよな」って、読み手が勝手にうなづいてしまう。こちとら、まだ最初から35ページしか読んでないのに。

名香智子漫画の中では、こういった台詞も当たり前に響く。それは、先に述べたとおり、尋常じゃなくキャラがよく立っているからだ。こうなると、レイプ云々にしてもストーリー上の必要って次元の話ではもう語れない。「鈍いギネヴィアと、照れ屋のリアンダならこういうこと起こってもおかしくないよな」と、まるで友達の話聞いてるがごとき納得すらしてしまう。

『レディ・ギネヴィア』に代表される名香智子作品。ありふれた物語特有の約束事にしばられず、キャラが自立的に動いて恋のささやきを繰り広げる。気があった二人はベッドイン。何物にも縛られない恋模様。そこに音楽をつけるとしたら、デスカルガだ。デスカルガというのは、キューバ産ラテン音楽の世界で即興セッションのことを指す言葉。話題になった映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』にも、デスカルガのシーンが少し出てくる。自立したミュージシャンたちが、楽譜にしばられず己の技量と個性を元に、延々と続けるセッション。しかもラテン音楽ということは、極上のダンス音楽である。あちこちで恋のささやきが繰り広げられるダンスフロアを前に、いつまでも続く演奏。名香智子の描く自由恋愛には、情熱的かつ精緻なラテン音楽の即興演奏、デスカルガこそふさわしい。◆(>>次頁にはみだしコラム

文:もとむらひとし

最後に最新情報
いよいよ名香智子の新連載が始まるプチフラワー誌。そのホームページが、2000年11月17日よりオープンする。そちらでも、『レディ・ギネヴィア』についてふれているそうなので、是非ともクリックしてください。>>はみだしコラムへ

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