TINAMIX REVIEW
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青少年のための少女マンガ入門(13)〜清原なつの『花図鑑』〜

アフリカのザイール川左岸にだけ生息するボノボというサルがおります。以前はピグミー・チンパンジーという名前だったのですが、サル学の研究が進むにつれ、チンパンジーとの血縁関係が薄いことがわかってきたので、最近ではボノボと、こう呼ばれているようです。

このボノボはなんで有名かと申しますと、ま、何といいましょうか、とにかくヤリまくるということで大変特色のある方々なのです。立花隆の「サル学の現在」によると、同性愛行為や売春行為も頻繁に見られるという、かなりご発展されている皆さんのようです。どうもボノボの性行為は、生殖行為ではなく社会行為、挨拶がわりみたいなものなのではないか、というのがサル学者の見解のようですが、これは自然界からみれば大変不自然なことです。生きるか死ぬかのアフリカのサバンナで、性行為なんぞにうつつを抜かしていたら、あっという間に天敵にやられてしまいます。次世代に血縁の連鎖を繋げるための生殖行為において、性行為は一発必中、一回で済めばそれに越したことはございません。

しかし、ここにボノボ以外にも、非常に効率のわるーい性行為を繰り返している種族がおります。いうまでもなく我々人間さまです。しかも我々の性行動は、多様な社会的抑圧、禁忌に囲まれて、複雑なまでにメンドくさい。好きな女性とファックひとつするのにも、デートを繰り返したりプレゼントをしたりして煩雑な手続きをクリアしなければなりません。しかも手順を踏んでも結局「お友達でいましょう」とか言われて今までの努力が水の泡になったりしてもー大変でございます。乱交社会といわれるボノボの皆さんのシンプルさに比べて、なんと遅れた社会でございましょうか。

岸田秀は「性的唯幻論」において、このメンドくささを人間の本能が壊れているから、と説明していますが、とにかくわたくし達の性生活が他の動物と比べて大変メンドくさく、また複雑であることは疑いを待ちません。そしてこのメンドくささ、複雑さの故に、わたくし達は性の目覚めの思春期を苦しく、悶々とした思いで過ごさねばなりません。まったくいらん苦労をするものです。

『花図鑑』(集英社ワイド版ぶ〜けコミックス・1991〜1995)あらなんて少女漫画らしい作品名かしら。確かに少女漫画はキャラクターの背後に意味もなくお花が咲き乱れる不条理世界。しかしちょっと待て。お花とは植物の生殖器モロ出し、そのものなのでございます。清原なつののオムニバス短編集『花図鑑』はその性的な名のとおり、メンドくさいセックスに向き合って、自分自身のセックスを獲得するために格闘する少女たちの物語です。

■無理やり性的存在にされる少女たち

「花図鑑」1巻表紙
「花図鑑」1巻
(c)清原なつの
集英社 ワイド版ぶ〜けコミックス 全5巻

全5巻に収められた20の短編は、どれもセックスのメンド臭さが描かれておりますが、いろんな形の性行為のなか、何度か形を変えてとりあげられるのがレイプです。

最終話『メリ・ノ・タンゲレ』では、幼少期に強姦されたせいで、どうしても恋人と肉体関係を結べない女性が、ゆっくりと時間をかけて癒されていく過程を描いていますが、その描き方が秀逸で、夜毎、女性の恋人の前に、強姦されたときと同じ小学生の姿の彼女が現れるのです。小学生の彼女は恋人に言います。「お願い、このグロテスクな姿を消して」と。

まだセックスに無知な子供時代に、外部からの暴力によって性的存在であることを無理やり気がつかされた少女たちは、しばしば自分の中の性を汚らしいものだ、と思うようになるようです。そんな少女たちは、成長しても上手く異性との関係がむすべません。自分のなかの性というメンドくさいものを否定してしまうのです。自分を「グロテスク」と言ってしまうのは悲しいことですね。この物語のラスト、主人公は、恋人と結ばれたあといとおしそうに自分のまるく柔らかい女性らしい体を抱きしめます。小学生の彼女は消えてしまいますが、そこにはついに自分のセックスを獲得した新しい女性がいるのです。

第7話『レディース・ベッドストロウ』での出来事は、レイプとはちょっと違いますが、肉体の関係を焦りすぎて女友達と上手くいかなくなってしまった主人公に、友人がパイ包み料理の肉の焼き加減に喩えてこういいます。「女の子はパイの中の牛のフィレ肉じゃないんだから、血を流して傷ついても自分でなおしちゃってるよ、次の料理人のために」 >>次頁

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