No.997518

小料理屋「萩」にて 第一夜 童子切 二

野良さん

式姫の庭の二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/997047

錫の器は良いぞ! でも海外製やアンティークは鉛入ってる場合があるから、現行の国産買おうな!

2019-06-27 20:53:03 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:216   閲覧ユーザー数:209

 ややあって戻って来た仙狸の手には、魚の代わりに、手桶が提げられていた。

 そこから取り出される銚子と杯に、童子切の目じりが嬉しそうに下がる。

「待たせたのう、取り敢えず最初の一品じゃ」

「そういえば、このお店はこちらから食べたいものを注文できたりするんですかー?」

「生憎じゃがな、ここは鈴鹿殿の目を盗み、厨房から掠め取って来た食材を元に、適当に一品でっち上げて酔っ払いをカモにしようという、悪辣極まる山猫のいんちき酒場じゃよ」

 口にできる物が出たらお慰み、そういう店じゃ。

 そう笑いながら、仙狸は、刻んだ茗荷を醤油に浸した物を掛けた豆腐と、白い小ぶりな猪口を童子切の前に置いた。

「豆腐で一杯とは判ってらっしゃる」

 敢えて少し粗目に作られた豆腐の隙間に、醤油が絡む。それを口に運んだ童子切の目じりが緩む。

 醤油かと思ったら、ほんの少しだが昆布で出汁が取ってあるのが、濃く甘みを感じる豆の味と茗荷に絶妙に馴染む。

 これをあてに呑めるなら、その辺の酒場に繰り出すより余程に良い、伏せてある杯を童子切は手にした。

「可愛い猪口ですね」

「お主に物足りぬのは承知じゃが、この酒は、それで呑んでみて欲しくてな」

 仙狸は一合に少し足りない位の、口の狭い小ぶりの銚子を手にして、袂を押さえながら童子切に口を向けた。

「さ、先ずは一献」

「頂きます」

 こっこっと小気味よい音と共に、清き酒が僅かな湯気を伴い童子切が手にした杯に満ちる。

 湯気に乗ってほわりと漂った香りに、童子切は目元を緩めた。

 良い香りだ……これは。

「菊酒?」

「正解じゃ」

「重陽も過ぎて暫く経ちますのに」

 目を閉じて香りを楽しむ様子の童子切を見ながら、仙狸も銚子の口に形の良い鼻を寄せた。

「色々使えるでな、干して保存しておいたのじゃよ」

 全盛の時の菊の香りは、冷の面に浮かべるには良いが、燗を付けては香りが強く立ち過ぎて、料理との調和を壊してしまう。

 だがこれは、花弁を干して保存した物ゆえか、本当に微かな香が酒気の中に溶けて、燗に乗って仄かに甘い香りが鼻を抜け、心地よく酔いを引き立てる。

 小ぶりの猪口で、口元に運んだ時にさらっと薫る程度に留める辺り、店主の気遣いと美意識が偲ばれる。

「良い香り……では頂きますよー」

 待ちかねた様子で童子切が手にした杯を口に運ぶ。

 さながら、酒の方から呑まれに寄っていくような。

 その優雅にすら見える手つきと姿の美しさに、童子切が酒を呑む姿を見慣れて居る筈の仙狸も、内心感嘆した。

 酒の面に映した火明かりを、共に呑むかのように、全く水面が揺らがないまま、酒がすーっと童子切の口中に流れていく。

 一口で呑み干した童子切の唇から杯が離れる時、別れを惜しむように、ほうと零れた吐息が何処か艶めかしい。

「酒に愛されとるのう、お主」

 替りを、と銚子を手にした仙狸に、童子切がすいと、卑しさの無い手つきで杯を差し出す。

「愛し愛され、万事こうありたいですねー、あっはっは」

「凡夫では、酒を愛しすぎると、酒に裏切られるがな」

 こっこっと注いだ酒を垂らす事無く上手に切って、仙狸が銚子の口を上げる。

「酒に限らず、器量を超えて愛し過ぎれば……ね」

 過ぎたるは何とやら。

 だが人は……いや式姫も、本当に己の器量など計れる物なのだろうか。

 慎重と謙虚に過ぎれば己を低く、慢心と無謀に傾けば己の限界を見失う。

 そして、程の良い所で止められる程、愛というのは、制御の効く感情なのであろうか。

 そんな事をふと思いながらも、仙狸は手酌で、酒を手元の器に注ぎ、その想念を纏めて呑むように口に運んだ。

 その仙狸の手元をちらりと見た童子切が、話題を変える様に口を開いた。

「そちらも綺麗ですね、銀器ですかー?」

「ああ、これか、ちょうど次の酒はこれで出そうかと思うておったんじゃが」

 すいと、別に差し出された、ずしりと持ち重りのするぐい飲みを、童子切は手の中で矯めつ眇めつして、その表情に理解の色を浮かべた。

「なるほど錫ですかー」

「ほう、流石に判る物じゃな」

「私たちは、贋金造りの天敵ですからねー、あっはっは」

 刀の付喪神をその出自に持つ式姫達にしてみれば、金属は同胞(はらから)のような物である。

 その身が何でできているか、どの位の腕の者が作り上げたか、手にして語れば一目瞭然。

「随分と筋の良い子ですね、鉛も入っていないみたいですし肌理(きめ)も繊細」

 可愛い子でも愛おしむ様に、手の中で酒器を転がす童子切の姿に目を細めながら、仙狸は自分の手の中の錫の器を優しく卓上に置いた。

「買い物ついでに見かけての、金属なのに手に取ると肌にぴたりと馴染むような肌触りといい、中々に良い物に見えたのでな、小烏丸殿に見て貰った上で、贖ったのじゃよ」

「成程、彼女の目なら確かですねー」

 日の本の国に伝来した剣という武器が、「刀」に変わりゆく時代に生まれた古刀、小烏丸の式姫。

 全ての刀の祖とも言える彼女の事を語る時、童子切の口調にも自然な敬意が籠もる。

 

 ふむ、ともう一度銀色の器を手の中で転がした童子切が、その杯を軽く掲げる。

「酒器としては良いと聞きますが、どうです?」

「わっちも酒飲みじゃからな、色々語りたい所もあるんじゃが……」

 そう言いながら、仙狸は手桶から片口を取り出した。

「百聞は何とやらじゃ……お主なら自身の舌に問うた方が早かろうよ」

 漆の光沢が、行灯の明かりの中で艶と光る。

「さっきから妙に良い食器が出てきますが、これは仙狸さんの?」

 錫のぐい飲みと共に向けられた、問いかけるような視線に、仙狸は軽く肩を竦めて、童子切の問いを首肯した。

「道楽の産物じゃ」

「良いご趣味で」

「主殿から給金を貰っても、わっちは茶器と酒器位しか使いどころが無いでな」

 好きで集めて居ったら、知らぬ間に、店が開けるようになってしもうた。

 きめ細やかな木地に黒漆を施した片口から、さらと流れ出た酒が、錫の器に零れ落ちる。

 どこか柔らかく手に馴染む器が、酒が注がれる程にすぅと冷える。

「これは……ほう」

 直に酒に触れてでもいるかのような、不思議な感触。

「酒の温みが直に判るというのは、中々に他の酒器では得られぬ感触じゃろ」

「面白いですねー、私も杯を集めてみましょうか」

 酒器越しに酒を人肌に温めるかのように、童子切が両手でぐい呑みを包み、立ち上る香りに目を細める。

「ふふ、同好の士が増えるのは嬉しいが、やはりお主は、器より、そこに注ぐ霊液に金を遣いたいのではないか?」

「仰る通りです」

 クスリと笑った童子切が、銀の器を口元に運び、僅かにそれを傾ける。

 酒の雫がコロコロと喉の奥に転(まろ)び入る感触に、珍しく童子切の目が開き、酒の面を見やる。

「……なんとまろやかな、ですが、これは先程のお酒と同じ」

 童子切の表情に、得たりと仙狸が笑う。

「その通り、どうじゃ、角が取れる感じじゃろ?」

「ええ、器の違いでこれとは、何と霊妙な」

 二口目を大目に口に含んだ童子切が口中でしばし、その酒を遊ばせてから、こくりと呑み込み、満足げに息を吐いた。

「ここまで変わりますかー」

 やはり酒は、奥深い。

「な、面白かろう、所でこちらに、少しぬるめに燗が付いておる」

 いつの間に仕掛けたのか、小さな炉の上でくつくつと煮えていた鍋から、仙狸がお銚子を取り上げる。

「試すじゃろ?」

 その言葉に、世にも幸せそうな顔と共に、錫のぐい呑みが向けられる。

「勿論」

 二人が酒と言葉を交わす、その合間に、りーりーと虫の声が静かに店内に忍び入る。

 式姫二人の酒宴に、虫たちが興を添えるような、穏やかな時が暫し続く。

 童子切も仙狸も酒豪らしく顔色一つ変わらないが、時と共に重ねた杯と酒精が、心地よい浮遊感となって場の空気を柔らかく包み込みだした頃。

 行灯に油を足す仙狸の背中に、童子切はまだまだ澄んだ色を湛えた目を向けた。

「そうそう、仙狸さん」

「うん?」

「聞いてなかったですが、このお店、お代は?」

 随分凝ったしつらえに、酒も上等……普通に外で呑んだらかなり要求されても不思議ではないが。

「ああ、最後にへべれけの酔客を身包み剥いで簀巻きにして放り出すだけじゃ、代金など、細かい事は気に致すな……となれば面白い化猫酒屋じゃが」

 くっくと仙狸は笑って言葉を継いだ。

「狛犬殿の果物店や雪女殿の氷菓子の店もそうじゃが、ここは主殿が庭整備の一環で始めた店で、わっちは道楽で店主に納まっただけじゃからな、この庭の住人から銭は取れぬよ」

「あらー、至れり尽くせりですねー」

 別段、遊興の対価を惜しむような童子切では無いが、この世にただ酒ほど旨い酒はないのも、また偽らざる真実。

 嬉しそうに杯を差し出す童子切に酒を注ぎながら、仙狸は人の悪い笑みを浮かべた。

「じゃがなぁ」

「ん?」

「酒飯の銭は取らんが、わっちのもてなしには代価を頂こうかと思っておってな」

「あらまぁ、それは高くつきそうな……私でもお支払いできますか?」

 なんなら体で。

 おどけて微笑む童子切に、仙狸は似たような顔を返した。

「天下五剣に皿洗いをさせるのも、それはそれで面白い趣向じゃが……」

 くすくす笑った仙狸が、童子切にうりの漬物を差し出す。

「どうじゃ、そろそろ酔って口も軽くなったじゃろ、何かお主秘蔵の面白い話でも聞かせて貰えんか?」

 その仙狸の言葉に、一瞬きょとんとした童子切の顔が、暫し後にへらりと笑う。

「酔生夢死で生きて来た酔っ払いの戯言が、如何ほどの値になるかは判りませんが」

 その、長く、波乱に満ちた生を己に問い返す様に、視線を落とす。

 ややあって、童子切は手にした杯を口に運んでから、酒に濡れ、珊瑚のように艶めく唇を開いた。

「あれは、そう、平家の栄華が甘やかに……腐って落ちる果実のような、芳醇な香りを漂わせていた頃の事でしたっけ」


4
このエントリーをはてなブックマークに追加
0
0
5
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択