No.995320

剣霊使いの逃走

vivitaさん

ファンタジー。
人と力を合わせ、魔法を行使する精霊『剣霊』。
日常にどうしようもない苦痛を感じながら、日々を過ごす男アナイア。
「いつか世界を滅ぼす」そうぼやく彼は、本当に世界を滅ぼせる剣霊を見つけた。
打ち切り気味完結。

2019-06-04 17:54:17 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:197   閲覧ユーザー数:196

 高層ビルのエントランスに若い男がいた。

 ぼさぼさの頭をした、薄汚い格好をしている。

 腰にさげられたレイピアだけは綺麗で、掃き溜めの鶴のようだった。

 男の風体は危険人物そのものだった。企業のエントランスの中で、浮いている。

 「だからさ、ちょっと偉い人に会いたいだけなんだよ。中に通してくれって。」

 受付の女性が、引き気味に笑顔を作る。

 「申し訳ありません。アポイントメントを取って頂かない事にはどうしても。」

 男がしつこく食い下がっていると、次第に周りにいた人々も注目し始めた。

 二人の警備兵が近寄ってくる。

 警備兵は帯刀していた。

 「すみませんが、あちらでお話を聞きます。他の方の迷惑になりますので。」

 警備兵が、詰所と思われる場所をさす。

 男は、警備兵のほうへと向き直った。

 「アナイア。フリーの剣士だ。怪しくない。仕事をわけて貰いにきただけなんだよ。」

 アナイアと名乗った男は、腰にさげたレイピアを警備兵たちに見せた。

 「良さげだが、ランクは?」

 「Aランクだ。もちろん完璧に扱える。いいだろ?」

 警備兵は、口笛を吹いた。

 「本当なら凄いな。それだけ魔術が扱えれば、どこでも雇ってもらえる。」

 「だろ?中に入れてくれない?」

 アナイアと警備兵は笑いかけあった。

 ゆったりした空気が流れたが、警備兵は首を横に振った。

 「求人なら別の場所だ。さあ、迷惑になってるのはわかるだろ?」

 警備兵の言葉を聞いて、アナイアは不満げに頬を膨らませた。

 ふいに警備兵の体が吹き飛んだ。

 アナイアが、前触れもなく警備兵を蹴ったのだ。

 悲鳴があがり、周りの人々が逃げ出す。

 残った警備兵が剣を抜いた。アナイアから距離をとり、古代語を唱える。

 『チェンジライズ』

 警備兵が剣を自分に突き刺した。

 剣は、警備兵の体に傷一つつけることなく、体内へと吸い込まれていく。

 警備兵の体が光に包まれた。身に着けていたプロテクターが肥大化していく。

 掌から、巨大になった剣が現れ、手の内に収まる。

 その姿は人ではなく、鬼のようだった。

 『チェンジライズ』

 アナイアも、同じように行動した。

 レイピアを自分自身に突き刺す。

 光に包まれ、アナイアの肉体が変貌していく。

 髪は流麗な長髪へ、身体は細く美しく歪められる。

 光が消えたとき、立っていたのは男ではなかった。

 豪奢なドレスに身に纏った、美しい赤髪の女性。

 彼女の掌からレイピアが表れ、手の内に収まる。

 「逃げなくていいのか?俺、マジでAランクだぜ?」

 「どうかな?」

 鬼と化した警備兵が、雄叫びをあげた。

 思いきりよく、大剣をアナイアへと振りかぶる。

 アナイアは、軽くステップを踏んだ。ハイヒールを打ち鳴らし、後ろへと一歩下がる。

 警備兵の視界から、アナイアが消えた。

 大剣が空を切る。

 不思議なことに、アナイアは遥か遠くにいて、にやにやと笑っていた。

 警備兵が自分を見たのを確かめてから、手にしたレイピアで空を突いた。

 レイピアの刀身が一瞬で伸び切り、遥か遠くにいた警備兵を穿つ。

 一打、二打、三打。伸びては縮むごとに、男の体が刻まれていく。

 男の頬から、あたたかな血が垂れ落ちた。

 「降参しろ。いつでも喉にいけるんだ。」

 しばしの沈黙のあと、警備兵は剣を置いた。

 鬼のようだった姿がしぼんでいき、人に戻る。

 アナイアは隠れていた受付の女性を見つけ出すと、レイピアを突き付けた。

 「それで、改めて聞きたいんだけど、けっこう偉い人はどこかな?」

 アナイアの頼みは、今度は聞き届けられた。

 

 「これは、いったいどういうことなんだ。」

 オーダー=ジェントは、惨状に頭を抱えていた。

 会社のエントランスに、幾人もの警備兵が倒れている。

 社員たちが、混乱を収拾しようと駆けまわっていた。

 オーダーの姿を見て、社員のひとりがやってきた。

 「申し訳ありません。アナイアと名乗る剣士がやってきて、とんでもない強さで。」

 「被害状況は?」

 オーダーが、容姿端麗な顔を曇らせる。

 「みんな命が無事でよかった。怪我人のところへ案内してくれ、私が治療する。」

 怪我人を魔術で治療しながら、オーダーは考える。

 (しかし、大企業であるスフィアを襲うなんて、無謀がすぎる。)

 オーダーの所属する企業、スフィア。

 多くの剣士を抱えるこの企業は、様々な事業で功績を残している。

 (古代遺跡の情報が盗まれたとの話だが、そこまでする価値があるのか?)

 治療を終えたオーダーは、改めて被害状況を確かめ始めた。

 重役のひとりが、意を決した表情でオーダーに話しかける。

 「オーダー様。実は、盗まれた情報というのは……剣神に関することでして。」

 「なぜ、黙っていたのですか。」

 オーダーは、丁寧に厳しく重役を問い詰めた。

 「申し訳ありません。なにぶん、確実性に欠ける話でして。なにせ遺跡の入り口にそう書き残されていたというだけで。」

 「隠して、自分のものにしようとしていたわけですか。」

 重役は慌てて首を振った。

 「そんなことは。剣神なんて、おとぎ話みたいなものでしょう?」

 「我々は、そうでないことを知っている。事の重さがわかっていないようですね。」

 オーダーは長剣を抜いた。重役へと突き付ける。

 「これが事態の重さです。すべて話しなさい。あなたのせいで、世界が滅びるかもしれないのだから。」

 

 神が第一の剣を振るうと、剣霊たちを生まれた。

 剣霊。剣と生物。ふたつの姿を持つ生命。

 剣霊たちは、特別な力を持っていた。神と同じように、世界を書き換える力だ。

 剣霊たちは、真っ新な世界を自由に書き換えていった。

 しかし、剣霊たちが力を発揮するためには、神の許可が必要だった。

 無限とも思える要求に疲れ切った創造主は、第二の剣を振るった。

 第二の剣からは、神の模造品である人間が生まれた。

 人間たちは、剣霊に許可を与えることができた。

 人間と剣霊は協力し、世界を豊かに幸福に書き換えていった。

 しかし、幾つもの過ちが起こり、世界は不幸なものとなった。

 神は、第三の剣を振るった。

 最後の剣は、大災害を引き起こし、世界を滅ぼした。

 神は世界を見放し、どこかへと去っていった。

 

 アナイアが街を出るよりも早く、門は閉鎖されていた。

 行き来をする商人たちが、厳しい検閲を受けている。

 アナイアは、兵士たちの目から逃れるべく、路地裏へと隠れた。

 「早くない?」

 「スフィアに楯突いたからでしょ。あんな大企業狙う意味あったわけ?この街仕切ってるのはアイツらなのよ?」

 腰にさげた真紅のレイピアから、低い女の声が響いた。

 「これだから男は嫌いなのよね。粗暴で下卑ていて、考えなし。生きてる価値のない生き物だわ。」

 レイピアに宿る剣霊。剣と生物、ふたつの姿を持つ生命が、アナイアに語りかけているのだった。

 「男とか女とか関係ないって。イラついてたんだもん。誰だって世界滅ぼしたくなるでしょ。」

 「また始まった。」

 「またって何?前言った時からもう1か月もたってるよ。またじゃないじゃん。ピュアって凄く根に持つよね。」

 アナイアが早口でまくしたてる。

 彼の剣霊……ピュアは、彼が今年で28歳になるのだという事実から、目をそらしたくなった。

 あまりにも子供らしすぎる。しかも、可愛くない。

 「だってさ、変なのに絡まれて殴り返したら、みんな悪人を見るような目で俺を見るんだもん。もう滅ぼすしかないでしょ。」

 「それ何度も聞いた。」

 ピュアはもう、アナイアの話を聞いていなかった。

 ピュアの心は遠く、親しくしてくれている友人のことを思っていた。

 友人の名前はワイス。

 ワイスは、愛らしい容姿の少女だった。

 しっかりした子で、将来、本に携われる仕事をするために猛勉強をしている。

 ピュアは、ワイスの芯のあるところを好ましく思っていた。

 いま、彼女の笑顔に出会えたらなんて嬉しいだろう。ピュアは心からそう思った。

 「帰ろう。あんた一人で出所しな。私はワイスちゃんとパートナーになる。」

 「ええ~?本当に~?まだ告白もしてないのに~?ピュアみたいな欲望の塊と一つ屋根の下になってくれると思う~?」

 ピュアは、人間の姿になった。

 黒を基調とした上品な服を身にまとい、綺麗な顔をしている。

 長い脚で、思い切りアナイアを蹴った。

 誰もが、踏み込まれたくない領域を持っている。アナイアは、その領域に土をつけてしまったのだ。

 アナイアの頭が鷲掴みにされ、壁に叩きつけられた。

 「まあ、いいわ。今回は付き合ってあげる。さっさと唱えたら?」

 『マジグラム-オン』

 アナイアは、圧迫され苦しみながらも、古代語を唱えた。

 ピュアの手が怪しげな光に包まれ、アナイアの体が作り変えられる。

 魔術。剣霊だけが扱える、世界を書き換える万能の力。

 剣霊の力は無限とも思える莫大な制限に縛られていて、一人では大したことはできない。

 世界を書き換えていいのだと、人間が許可を与える必要があるのだ。

 その許可は、人間と剣霊の関係性が強ければ強いほど、剣霊の奥深くへと響く。

 ピュアがアナイアを投げ捨てる。

 アナイアの体は、美しい女性のものとなっていた。

 「ねえ、ピュア。門抜けたらちゃんと戻してね。」

 立ちあがったアナイアは、自分の体を見下ろして、泣き出しそうになった。

 「あんた、男も女もないとか言ったばっかじゃない。」

 「ピュア好みの体にされて、穢れた目でジロジロ見られると思うときつい。」

 ピュアはもう一度、アナイアを蹴った。

 彼女は、男に興味があると勘違いされるのが大嫌いだった。

 

 変身したアナイアたちは、無事に検閲を抜けた。

 情報にあった遺跡へと向かう。

 遥か昔、大災害によって滅びたと言われている古代文明の遺跡だ。

 アナイアは、こういった遺跡から古代文明の遺物……特に未起動の剣霊を掘り出して、生計を立てている。

 火を起こしたり、水を浄化したりと、剣霊の需要はきわめて高い。よく売れる。

 スフィアから奪いとった情報によると、ここには、神が振るったとされる剣が眠っているという。

 剣神。神によって制限を解除された、自我のない剣霊。

 仮に手に入れられたとすれば、世界を滅ぼすも、支配するも思いのままだろう。

 しかし、もう何百年も捜索されいるにも関わらず、剣神は一本も見つかっていない。

 古代文明は存在したし、何らかの原因によって滅びたが、神はいなかった。

 それが、いま社会に生きる人々の常識だ。

 「アナイア、鬱憤が晴れたら、ほとぼりが冷めるまで引き籠りね。」

 ピュアはレイピアへと戻り、アナイアの手の内に収まった。

 「それじゃ、あとはよろしく。」

 「任せて!絶対に世界滅ぼすから!」

 遺跡は危険な場所だ。古代の自立兵器や罠が、未だに朽ちることなく動いている。

 しかし、アナイアは、熟練の探索者だった。

 子供のころから培ってきた経験と技術を頼りに、危なげなく遺跡を進んでいく。

 時には進み、時には引き。優れた審美眼で危険を避け、遺物をかき集める。

 やがて、開けた部屋に出た。

 壁中に古代文字が描かれた、不気味な部屋だった。

 中央に祭壇があり、美しい飾りの長剣が刺さっている。

 「いやったぁぁぁぁ!!あれ絶対、剣神でしょ。」

 「Aランクの剣霊、当たりね。」

 ハズレだとわかっていながら喜ぶアナイアに、ピュアが現実を叩きつける。

 剣を抜こうとしたその時、後ろから声が聞こえてきた。

 清流のように澄んだ声だった。

 「そこまでです。止まってください。」

 アナイアが振り向いた。

 純白の服を着た、美しい容姿の青年が立っている。

 服には、スフィアの紋章が刻まれていた。

 「スフィアを襲ったのはあなたですね。大人しく投降してください。」

 「いや、人違い。ほら見て、俺は無関係の女です。」

 アナイアは胸を張って、自分が女性であることを示した。

 しかし、いまの彼は男だった。街を出たあとすぐ、ピュアに姿を戻してもらっていたのだ。

 「話は社内で聞きます。剣を捨てて下さい。」

 青年は、アナイアの話を無視した。

 アナイアも青年を無視して、祭壇に刺さった剣へと手を伸ばす。

 瞬間、アナイアは焼けるような痛みを感じた。

 いつの間にか、短剣が手の甲に突き刺さっている。

 青年が素早く正確に、アナイアへと短剣を投げたのだ。

 二つ目の短剣を指で弄びながら、青年がゆっくりと近づいてくる。

 「次は首を狙います。動かないで下さい。」

 アナイアは動きを止めた。

 「凄いね。魔術なしで当てれるんだ?名前は?」

 じっと青年を見つめ、機を伺う。

 「オーダー=ジェント。スフィア社長補佐を務める、Sランクの剣士です。」

 話している間にも、オーダーは隙を見せない。

 アナイアは無事なほうの片手をあげて、降参した。

 オーダーは、魔術を使ってアナイアたちを縛り上げた。

 祭壇に刺さった剣を見定め、僅かに顔を歪ませる。

 台座の剣は、ただの剣霊だった。

 「お願い見逃して!お家に病気の妹がいるの。」

 アナイアは叫んだ。『やるだけやっとけ』とでも言わんばかりの、陳腐な命乞いだった。

 やる気も誠意も全く感じられない嘘だったが、オーダーは

 「もしや、妹さんのために剣神を?」

 と、沈んだ様子で返した。

 アナイアはからかわれているかと思ったが、オーダーの表情は真剣そのもので、その目に嘘偽りは見えなかった。

 ピュアが物珍しそうにオーダーを見る。

 「ごめん。嘘。本当は世界滅ぼせる力欲しいなと思って。」

 「……どちらですか?」

 オーダーは、しばらくの間考えこんでから、

 「わかりました。確かめましょう。妹さんのところへ連れて行ってください。」

 「はぁ?」

 「本当なら、今回は見逃しましょう。嘘なら、スフィアで重い罰を受けて貰います。」

 「ほんと!?」

 アナイアは心の中でガッツポーズを決めた。なんでも言ってみるものだなと思う。

 病気の妹はいないけど、ワイスに口裏を合わせて貰えばいいだろう。

 あんた、まさかワイスちゃんを巻き込むつもりじゃないわよね?

 ピュアの冷たい視線が突き刺さってくる。

 アナイアは、気付いてないフリをすることに決めた。

 

 アナイアたちは、孤児院の門へたどり着いた。

 小さな孤児院だったが、やたらと綺麗で、設備は新しいものが多い。

 庭にはさまざまな遊具があり、子供たちが元気に遊んでいる。

 街から出る補助金では、こんな余裕のある暮らしはできない。

 オーダーが、訝しげに眉を潜める。

 やがて、ワイスがやってきた。

 ワイスは、こっそりとレイピアの姿をしたピュアに微笑みかけた。

 すぐさま視線をそらし、オーダーへと会釈する。

 「スフィアの方ですね。もしかして、アナイアがご迷惑を?」

 「ええ。あなたが……彼の病気の妹さんですか?」

 ワイスが首をかしげて、アナイアを見る。

 アナイアは、身振り手振りで話を合わせるよう伝えたが、ワイスはにっこり笑って、

 「いえ、他人です。」

 と、正直に告白した。

 オーダーがアナイアを引っ張って連れて行こうとする。

 「待ってください。他人ですが、身柄は引き取ります。おいくら必要ですか?」

 「はい?」

 「お金は支払います。お望みなら、謝罪もさせます。彼らを許してくれませんか?」

 ワイスは、オーダーに麻袋を渡した。

 オーダーが中を確かめると、一杯に金貨が入っている。

 立派な造りの家が立ちそうほどのお金だった。

 オーダーが不思議そうに尋ねる。

 「なぜ、ここまで?」

 「彼らは孤児院の支援者で、優秀な剣士です。大きく稼いで、大きく寄付をしてくれるんですよ。」

 オーダーは、唇に手をあてた。迷うようにアナイアを見る。

 アナイアは、何度も何度もうなずいて、ワイスの話を肯定していた。

 「本当ですか?失礼ですが、彼がそのような人間だとは、とても。」

 「同意しますが、残念なことに寄付は事実です。記録をお見せしましょうか?」

 「……いえ、けっこうです。」

 アナイアの人柄は信じがたい。しかし、ワイスの立ち振る舞いは、とても誠実で、優雅だ。

 オーダーは、ワイスを信じることに決めた。

 「お金は必要ありません。彼が起こした問題も、子供たちに免じて、私が処理しておきます。

 ですが、表向きには彼がきちんと罰を受けた、ということにして頂けますね?」

 ワイスは頷いた。

 オーダーが魔術の戒めを解き、アナイアとピュアを解放する。

 ピュアとワイスが、手をとってお互いの無事を喜びあう。

 ワイスはすました顔つきが、少しだけ緩んだ。

 「でもさ、本当にお金とかいらないわけ?都合のいい人すぎて逆に怪しいんだけど。」

 「僕は、世界平和を目指しています。子供たちが幸せでいることは、そのために大切なことです。

 スフィアがまだ手を出せていない事を、あなたたちが補っていてくれて良かった。」

 綺麗なお辞儀をすると、オーダーは立ち去っていった。

 その背中が見えなくなると、アナイアは後を追い始めた。

 足跡を追って、つかず、離れず。気付かれないようにこっそりと。

 やがてオーダーが商店街の人混みに入った。

 オーダーの腰には、遺跡で手に入れた長剣がさげられている。

 アナイアは驚くほど自然な動きで近づくと、音もたてずに長剣をその手におさめ、すり取る。

 しかし、長剣がするりと動き、アナイアの手をかわした。

 見ると、少女が長剣を抱えて、アナイアを見据えていた。

 オーダーの剣霊だった。短剣の姿で周囲を見ていた彼女が、アナイアに気付いたのだった。

 いきなり現れた少女に驚きつつも、アナイアは素早く人混みに紛れる。

 舌打ちをしながら、逃げ去った。

 

 翌日、孤児院に泊まっていたアナイアのもとへ、少女がひとりでやってきた。

 鉢合わせたアナイアが、すぐさま背を向けて逃げようとすると、

 「昨日のこと、オーダーには伝えてません。ただ話にきただけです。」

 と、少女は言った。

 オーダーの剣霊は、アルティと名乗った。

 アルティは難しそうな顔をして、出された紅茶にも手をつけない。

 「剣神を手に入れて、どうするつもりですか。」

 アナイアには、アルティの意図が掴めなかった。

 答えていいものか、迷う。

 しかし、剣神の情報が間違いだった以上、隠す必要のないことだった。

 「どこかにしまっておこうと思って。」

 「昨日は、世界を滅ぼすと言っていましたが。」

 「いつでも滅ぼせるようにしておきたいの。そうすれば、なんでも許せるようになる気がする。」

 「つまり、持っておきたいだけで、使うつもりはない。」

 続けざまに質問されて、アナイアは責められているような気持ちになった。

 踏み込んで話し過ぎた気がする。

 紅茶を飲んで、アナイアは会話から逃げた。しかし、そんなことをは構わず、アルティが話を続ける。

 「オーダーは違います。世界を平和にするために、剣神をいくらでも使います。

 でも世界平和なんてものは、神様にだってできなかったことです。オーダーにも無理です。

 いずれ疲れ果てて、挫折して、自分を責めて苦しみだします。私は、彼にそうなってほしくない。」

 アルティの冷たく低い声と、刺すような視線。

 どんどん、アナイアは気分が悪くなってきた。

 「剣神が見つかりました。オーダーよりも早く、あなたが手に入れて下さい。」

 

 世界を滅ぼしたいと思った理由は単純で、これは他人が嫌いだからだった。

 遺跡の探索は、子供のころからよくできた。しかし、人付き合いというものは、全くできなかった。

 他人は理解できない。

 他人と関わると、たいてい嫌な思いをさせられた。

 だれか新しい人と話すことは、抵抗のできない戦いの始まりに思えた。

 人々に言わせると自分は変わっていて、特別に浮いているのだという。

 彼らは、必ず自分をテストし、どういう存在なのか確かめ、自分を良いように利用するか、欠点をあげて去っていった。

 他人と関わらなければ生きていけない、という言葉には現実味がなかった。

 優れた過去の遺物のおかげで、その気になれば十年二十年と、遺跡に籠っていられそうだった。

 遺跡にたびたびやってくる剣士たちがいなければ。

 半殺しにされながら逃げ延びたとき、孤独でいることはできないのだと知った。

 どんな万全の備えをしても、いつか誰かが、孤独を破りにやってくる。

 それこそ、世界が滅びでもしない限りは。

 

 アナイアとピュアは、遺跡にやってきた。

 アルティに言われた通り、祭壇の部屋には、さらに奥へと続く通路が隠された。

 この部屋にいた剣霊が、この通路のこと、そして、その先に剣神があることを喋ったのだという。

 魔術を行使し、扉をこじ開けていく。

 アルティが入念に準備すべきとオーダーを説得し、引き留めているが、長くはもたないだろう。

 アナイアは実力者だが、オーダーはそれ以上だ。

 戦いになれば、勝ち目はない。

 姿を見られることなく、逃げ去ってしまいたかった。

 剣神は、身の丈ほどある巨大な剣だった。

 ひとかけらの錆び付きもなく、妖しく光り輝いている。

 「見つからないほうが気楽だったわね。」

 アナイアは、チェンジライズして姿を変えた。

 かけられていた魔術の錠を、少しずつ開けていく。

 誰も、本人でさえも、アナイアが本気で世界を滅ぼすなどとは思っていない。

 しかし、そのための力が手に入った瞬間、考えが変わるかもしれない。

 自分はどうするのか。アナイアは、ぼうっと考えていた。

 いま起きていることにまるで現実味がない。どこか遠くの出来事のようだ。

 剣神の封印が解けた。

 そのとき、オーダーが部屋に入ってきた。

 既にチェンジライズを済ませ、宙に短剣を浮かべている。

 アナイアの姿を見るなり、魔術で操った短剣を射出する。

 アナイアは魔術で床をせり上げた。突然現れた壁に短剣が弾かれる。

 オーダーが迫ってくる。

 アナイアは、チェンジライズを解いた。ピュアと離れ、剣神に手を伸ばす。

 掴み取った。

 アナイアが剣神を軽く一振りする。

 オーダーとアルティのチェンジライズが解除された。

 そして、二人の体が動かなくなる。

 アナイアは、剣神をじっと見つめた。

 悠然とした力強さに、魅せられた。

 「あの・・・、剣神、あまり使わないから。絶対みんなとは関わり合いにならないって、約束するよ。」

 剣神を見つめたまま、アナイアが語りだす。

 「ピュア。今までありがとう。ワイスによろしく。オーダーさんも、アルティさんも、許してくれて。」

 アナイアは、出口に向かって悠然と歩きだした。

 ピュアも、オーダーも、アルティも、魔術によって縛られていた。

 誰も歩みを止められるものはいない。

 アナイアは虚空へと消え去って、それっきり姿を見せなくなった。

 

 

 


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