No.977539

ヘキサギアFLS5 逢魔隧道

 ガバナーの皆様におかれましてはMISSION1「熱砂の暴君」参加お疲れ様でした。2018年はまさにこれ、といった感じでしたね
 MISSION終了の熱にあてられて、本作もエイヤッとラスト部分を書き上げて投稿となります。今回は分割無しのエピソードですが、ページわけはあるのでご注意をば。
 目下、執筆開始前からアイディアがあってすぐ書き始められるほど要素が固まっているエピソードはこれで最後になります。ここからはじっくり考えて書いていくので、より時間を頂くかなーと。でも「熱砂の暴君」でのうちの連中も書きたいんですよね。
 まあ、こちらの事情はどうあれお楽しみ下さい。

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2018-12-22 18:04:08 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:749   閲覧ユーザー数:748

 ――ここは遠いいつか、どこか。人類が大地の上に積み重ねてきたものが、崩れかけつつある時代。

 時代を進めるためのエネルギーの有り様は変貌し、歴史を進めようとする者達は互いにいがみ合う。生命か、永遠か。その二者択一に人は己を賭し、消えていく。

 屍と残骸が埋まる大地を、永久機関ヘキサグラムを搭載した兵器が駆け回る時代。暗雲立ちこめる大地に、戦乱から逃れ得る場所は存在しない。その地にもまた、一つの軍事基地が存在していた。

 人工知能SANATによる人類の変容への反抗を掲げる、リバティーアライアンスの拠点。生命を尊ぶ彼らのオアシスともいうべき基地の食堂に、二つの人影があった。

「おやぁミスター、珍しいですねえ。お食事できないのに?」

 黒を基調としたアーマータイプに身を包んだ赤毛の女ガバナーが、トレーの上のカレーライスから視線を上げて陽気な声を上げる。彼女の名はノース。企業連合であるリバティーアライアンスに参画する、とある電子企業の工兵ガバナーだ。

 そんな彼女の対面の席へ、白いアーマータイプの男が座る。リバティーアライアンスの標準的アーマータイプ、ポーンA1に身を包んでいるが、灰色のブレードアンテナ付きのインカムと、この食堂においてもヘルメットのフェイス部を開けず、料理も手にしていないのが異質な男だ。

「事実だけどこういう所で指摘されると結構傷つくからやめてくれよ、ノース。今日は、ちょっと相談と世間話さ」

「ほえー珍しい。ミスター、私のことは厄介ごと持ち込んだりしてくる小娘って感じで見てて、そういう対等な扱いしてくれるとは思ってませんでした」

「自覚があるなら改めような?」

 ため息のような排気音を立てる男は、ミスター。リバティーアライアンスに長く属するガバナーだ。その戦歴と、友軍に伝えられる活躍で著名な兵でもある。もっとも、そうあるために様々な歪みを内包する人物でもあるが。

 その歪みの最たるものとして、彼の身体は戦場を生き延びるために全て機械に置き換えられている。さらにその人格も、通信に乗せられるような電子情報化されたものだ。英雄としてあり続けるための処置であり、リバティーアライアンスが敵対するヴァリアントフォースの技術による処置でもある。

 そうした歪みによって数多の戦場を渡り歩いてきたミスターが、年若いノースへと語り始める。

「お前、電子機器の扱いが得意だったな。KARMA筐体の移植とセットアップとかも出来るか?」

「出来るもなにも、よっぽど特殊な機体でもなきゃKARMA自身が自分の設定をいじって対応しちゃいますよ」

「第一世代機に載せてた奴を、第二世代に載せ替えるとしても?」

「あー、その辺の機体だと対応してない部分もあるかも知れないですが……。ん? もしかして、クイントちゃんを別のヘキサギアに?」

 スプーンをくわえてミスターの問いに思案していたノースは、ふと気付いたか身を乗り出した。クイントとは、ミスターが使う第一世代ヘキサギア・リトルボウに載せられたKARMA型AIの固有名だった。

「まあ、そういうことだ。作業は自分でやろうと考えてるんだが……」

「へえ、普段機体のアップデートとか勧められても断ってきてたのに、どういう心境の変化ですか?」

 ミスターは、いくらでも修理でき、人格もバックアップされた存在であるが故に長い時間を過ごしている。そして過去に生身のガバナーであった頃の経験から、旧式機リトルボウを愛用していたはずであった。

「いくら使いやすくても、戦場に着いていけないのでは仕方が無いと実感してな。先月の、西の旧市街での戦闘――うちがボロ負けした奴、あの時に」

「へぇ~。ま、いいんじゃないですか? いつまでもリトルボウじゃ絵にならないって広報の人達も嘆いてましたし」

「あいつらの要望通りになるのは癪ではあるんだけどな」

「それで第二世代ですか」

 この時代、ヘキサギアの主役はゾアテックスを備える第三世代機に移りつつある。ミスターがクイントを移植しようとしている第二世代機はその一つ前、単純で頑健な構造と重装甲という兵器然とした機構を用いながら、ヘキサギア独自の兵器体系を確立した時期の機体ということとなる。

「バルクアームかスケアクロウですか? なぁんかミスターのキャラとは違いません?」

「アテは他にあるんだ。でまあ、そのアテがついた時に、妙なこともあってな。今日はそれをちょっと吐き出しに来たんだ」

「おおう、ご飯食べてる人の前で吐くとか言わないで下さいよ」

「こういう扱いをされる程度には自分も酷い自覚があるんだろ? 普段のツケだと思って付き合ってくれよ」

 そう言ってミスターは腕を組み、再び排気音を立てる。機械的な作動音ながら、ひどく疲れを滲ませたような音が鳴った。

「なにせ、このご時世に怪奇現象に遭ったからな。いや、このご時世だからこそかも知れないが……」

 そう前置きし、ミスターは語り始める。

「さっきも言った、先月の、西の旧市街での戦闘でのことだ」

 

 そこには、時間から切り離された静寂と暗闇が堆積していた。

 カビ臭い空気の中に、光と機械の作動音が伝わってその空間の姿を明らかにしていく。直径五メートルの地下トンネルの、前方十数メートルを。

 暗闇を照らしながら進むのは、一機の小型ヘキサギアだった。装軌式のそれは、旧式機であるリトルボウ。その操縦席にはミスターが収まっているが、アーマータイプの端々に銃弾の擦過や被弾の痕を残していた。

 無言でリトルボウを進ませるミスター。履帯が作動する音ばかりが周囲に響くが、不意に背後から呻き声が上がった。

「うぅ……」

 痛みを抱え、呼吸の浅い男の呻きだ。ミスターが上げるような声ではない。すると、今度は女の声が上がる。

「み、ミスター、麻酔がもう……」

「……悪いが、俺はそういうのを使わない体なんで、こいつには積んでないんだ」

 ミスターが振り返る先、リトルボウに増設された荷台に人影が二つあった。アーマータイプの一部を脱がされ横たわる男と、その傍らに座り込む救護仕様のアーマータイプを着た女。どちらもリバティーアライアンスの識別マークを肩に刻んでいた。

 ミスターと二名のガバナーは、この少し前にあった戦闘から敗走する最中だった。男は負傷兵、女は衛生兵。ミスターは二人を乗せ、この空間……旧時代の地下インフラ敷設区画をルートに選んだのだった。

「――ジャクソンの状態はそんなに悪いのか、フィール」

「あ、ええと……」

 ミスターの呼び掛けに、衛生兵フィールは荷台の上を這ってミスターのそばまで寄った。そして耳打ちする。

「腹膜と、内臓が破けてます。早く処置しないと……」

「なんで、ひそひそ話なんだ?」

「いや、こんなこと、本人が聞いたら……」

 呻き声を上げる負傷兵ジャクソンに、二人は振り向く。包帯が巻かれた腹を抱え、脂汗を流すジャクソンを支えているものを、ミスターもフィールも理解している。

「……そうだな。こんな体になると、もう冷たくなる血も無いと、物わかりが鈍くて困る」

「いや、ミスターは、そんなことは……」

「こんな風に気を使わせる辺りが証拠さ。こんな状況じゃ、単なる運転手だしな。好きに当たってくれていいんだよ」

 ミスターは肩をすくめてそう言うが、フィールはミスターのそんな態度に恐縮した様子だった。緊張を強いるような状況に、ミスターは自分の頭を小突く。

 敵を倒して味方を安心させるという構図は単純だ。しかし、それが通じるシチュエーションばかりではない。ミスターにとって、それは長く付き合い続け、答えの出せない課題であった。

 フィールはジャクソンの隣に戻っていく。衛生兵として活動する彼女のような、人を救おうという存在に対し、敵を倒すことが得意な自分には取り付く島が無いという現実。そこに、痛むところが無いはずのミスターの思考には負荷がかかるのだった。

「……幸い、この地下区画のマップはある。短い時間で抜けられるだろう。ジャクソンを励ましてあげてくれ」

「それも、私よりミスターの方が……」

「……俺の体は一つしか無いよ。それに、君の赤十字はダテなのか?」

 いささか強い口調で告げると、フィールはハッとした表情で、ジャクソンへと寄り添っていく。その弱々しい姿に、ミスターはコンソールへと視線を落とした。

『一五〇メートル先、スロープを上階層へ』

「……カーナビ役は気楽でいいなあ」

『以前、こういう役回りを所望されたこと記録がございますが』

 リトルボウに搭載されたAI、KARMAのクイントは無遠慮に応じてくる。そこに気楽さを感じてしまう己に自己嫌悪しながら、ミスターは顔を上げた。視線の先、トンネルの先には、縦穴に差し込む光が見えている。

 リトルボウの作動音が響き、一行は光が差し込む場所にたどり着く。そこでミスターがホワイトアウトから視界を取り戻すと、そこには緑の色彩があった。

 幾つもの横坑が連結された、縦の連絡孔。そこには地上からの光以外にも、蓋を突き破って伸びてきた木の蔦や、そこから伸びた葉、苔が広がっていた。

 そして苔むした施設の中、崩落したコンクリートが見える。元の形状を察するに、上層階に向かうスロープだったであろうものだ。

「なに……? おいクイント、どうなってるんだ?」

『取得したマップデータの最終更新日は一〇年前のものです。経年劣化によるものでは?』

「そういう推測が出来るなら先に言おうな」

『言ったら言ったで「不安を煽るようなことを」と言うのがミスターですよね?』

 歯噛みするようなノイズを漏らすミスターに、荷台からフィールの視線が向く。

「……別の道を行こう。保全ルートは一つじゃないはずだ」

 

 ミスターが目指した『別のルート』もまた、存在しなかった。横坑、縦坑共に、旧時代の設備は劣化が激しく、崩落に遭遇する度に脱出までの時間は加速度的に延びていった。

『本エリアは戦略的にも価値が薄いため、最新の測量情報が存在しないものと推測されます』

 クイントの指摘を受け、ミスター達は沈痛に黙りこくりながら進む。ジャクソンの呻きが弱くなっていくにつれ、暗闇の中で重たい沈黙は成長を続けていった。

 最短ルートが潰える度に、新しいルートで通りかかる縦穴越しの地上は遠ざかっていく。地上からこぼれ落ちてきた砂埃や植物の気配は遠ざかり、トンネル内には下水道跡らしき泥の蓄積や、旧時代の避難設備を思わせる階段やスロープが散見されるようになっていく。

 フィールは黙りこくり、ジャクソンの呼吸は薄れていく。ミスターとクイントのわずかなやりとりと操作音、そしてリトルボウの駆動音以外の音が聞こえなくなり、かなりの時間が経過していた。

「……遠回りでも、確実に通れる道ってのは無いんだろうか」

『旧時代のインフラ最盛期に建造された大規模トンネルすら崩落しております。確実なルート、というものは全く提示出来ない状況です。そもそも地下施設というものは、本来どの程度でも強度が確保されているものです』

「ごもっとも……」

 幾度目かの実りの無いやりとりに、ミスターがため息じみた排気音を漏らす。

 そしてミスターは、自身が立てる音に混じって響いた硬い音に顔を上げた。後方からだ。

 振り向いたミスターの姿に、ジャクソンに寄り添うフィールが何事かと顔を上げる。ミスターはフィールへ姿勢を下げるように手振りを見せて、車体後方へと視線を飛ばした。

 ライトが無い後方の空間は、暗黒のトンネルだ。すでに地上は遠く、光源は無い。しかし、そこへ何か緑色の光がぼんやりと灯っているのがミスターには見えていた。

「まさか……」

 ミスターの呟きに、フィールも後方を振り向く。そして遠い光に驚いて肩を震わせた途端に、緑に続き赤く鋭い光が幾つものスリット状に灯った。

「ハイドストームだ!」

 ミスターが声を上げる。それは、人工知能SANATが直接運用する無人ヘキサギアの名称。軽装ながら水陸空に活動可能であり、特にこのような地底空間での戦闘で、リバティーアライアンスは大きな損害を負っている相手だ。

「み、ミスター! どうすれば……」

「このトンネルは狭い。向かってくるなら迎撃できるはずだ」

 そう告げながら、ミスターは操縦席から立ち上がり、リトルボウが牽引してきた武装へと向かう。

 対ヘキサギア野戦砲。プラズマ光弾でヘキサギアを撃破し得る武装だ。狭く一直線なこのトンネルでなら、向かってくる相手には必中の武装と言えよう。

 ミスターが砲にたどり着き、照準用の光学系を起動すると即座に敵は捕捉される。幽霊や幻ではない。

「来る……来るはずだ。そういう奴だ」

 元々は軽作業車両にすぎないリトルボウでは、ハイドストームのようなヘキサギアの追撃を振り切ることは出来ない。出口を求める状況は一瞬にして終わり、危険が迫っていた。

 トンネルの先、ハイドストームは窺うように光を揺らす。万が一向かってこないなら……。そう考えがよぎったまさにその瞬間、そのヘキサギアは濁流が流し込まれたかのような動きで接近を開始した。

「わかりやすいところは救いだな」

 操作盤を撫で、ミスターは砲を発射直前の状態へ。そして望遠暗視の照準画像を覗き込み、のたくる触腕の中央にある胴体へと狙いを定めた。

 光弾が放たれ、トンネルを照らしながら飛んでいく。必中ど真ん中の軌道だ。

 光弾が迫り、ハイドストームの姿が一瞬浮かび上がる。そして光の中で、ハイドストームは胴体を壁面に擦りつけ、突進しながら光弾をいなした。

「おっと……!? はしっこいな!」

「ミスター……!」

「逃げ切れるかはわからない……。フィール、君達は行け。クイントがルートは示してくれる」

「わ、私ヘキサギアの操作は初歩的にしか……」

「その初歩的なヘキサギアがそれだ! 行け! ここは俺が食い止める!」

 典型的なセリフだと思いつつ、しかしそれ以外に言葉は思いつかなかった。そしてミスターはハイドストームの接近に立ちはだかり、射撃を続ける。

 だがハイドストームは崖を登るように触腕を突き立てて巨体を引き寄せ、狭いトンネルの中でウィークポイントを乱舞させながら突進してくる。ミスターの光弾がその脚の何本かを巻き込んで突き抜けていくが、ハイドストームは止まらなかった。

 壁面との擦過で上げる火花に照らし出される敵の姿に、ミスターは肩に掛けてきたアサルトライフルを手にし、銃剣の接続を確認する。最後の手段だ。

「バックアップ持ちはこういう時に覚悟しないで済むのが本当に……憎たらしいほど便利だな」

 呟きミスターがライフルを構えた瞬間、撃音が響いた。ライフルの着弾音などではない、轟音だ。

 そもそもまだ引き金を引いていなかったミスターは、その視線の先で繰り広げられる光景を見る。トンネルの横穴から飛び出してきた影が、ハイドストームを横様に打ち据え抑え込む姿を。

「よっ……ほい!」

 気の抜けるような声と共に、爆薬の起爆音が鳴る。闇に現れた影が抱え込む無骨な武装から、さらに金属の擦過音、ガスの噴出音が響いて、ハイドストームは壁に縫い付けたられた。

「やったっ! スコアプラスワン! ボ~~ナスゥ~~。……あ、どうも」

 瞬く間にトンネルの空気を弛緩させていく声の主は、影ごとミスター達に向き直った。呆気に取られつつもライフルを構え続けていたミスターの視界に、友軍誤射警報が灯る。

「リバティーアライアンス……?」

「そちらもそのようですね。どーも、第一九師団特殊測量部隊の者です。ダンテ、とお呼び下さい」

 くたびれた青年の声でそう告げながら、影は近寄ってきた。コンソールに照らされたポーンA1と、ガバナーを背後から包み込むような形状のヘキサギアがその全貌を現す。

「スタンプヘッド・タイプか? また旧式な」

「いやあ、一応地下探索用に新しく作られた機種ではありますよ。サブタイプ名は〈デプスシンカー〉といいます」

 ダンテを名乗るガバナーのヘキサギアは、扁平な装甲板状の頭部と、長い腕部を持っていた。そこまでなら歪な類人猿型ヘキサギアのようでもあるが、しかしその脚部は機体直下の後輪と、長いブームの先の前輪とによる車輪式になっていた。

「こんな地底くんだりで、自分以外のアライアンス兵が活動しているなんて初めてですよ。なんか任務ですか?」

「いや……我々は敗走中の身だ。地上では市街地の争奪戦があったのだが……」

「あららそうなんですか。そうなると、この辺で稼げるのもあと少しかなあ」

 ダンテはそう言うと、アーマータイプにこびりついた泥を軽く手で払う。その肩装甲に貼られた部隊章に、ミスターは見覚えがあった。

「特殊測量部隊――地下探索の部隊だったな。しかしあれは、解体されてアビスクローラー隊に再編成されたのでは」

「ま……需要と供給ってヤツですよ。地底の情報が欲しい組織は多いし、危険手当のつく地底探索で食いたいガバナーもいる。……今も昔も、仕事ってヤツの大部分は『人の嫌がることを進んですること』ですからねえ」

 投げやりに言うダンテに、ミスター達は呆気に取られる。その様子を見渡すダンテは、ふとミスターのインカムに目を留めた。

「おや、その装備は……あなたはミスターではありませんか」

「ああ、まあ」

「知ってますよお。よく広報誌で取り上げられてますよね。こう、地下で働いてると刺激に飢えるんで、あのクソつまらない雑誌でも貴重な娯楽でしてねえ」

 とぼけた口調でズバズバとダンテは告げていく。そして自身の胸を叩き、

「こんな地下は不慣れでしょう。私で良ければご案内しますよ。あっちゃこっちゃ崩落して、公式のマップなんて役に立ちませんしね」

「そ、そうか。それは助かる」

「あ、あの」

 その時、それまで黙って話を聞いていたフィールが声を上げた。リトルボウの荷台から立ち、荷台のジャクソンの隣を経由して降り立ってくる。

「で、できれば、ジャクソンさんの応急処置に使える薬が補充できれば……って思うんですけど」

 遠慮がちに言うフィールだが、ジャクソンの呻きは切羽詰まったものだ。ミスターは顔を上げ、ダンテは今し方気付いたように首を傾げる。

「負傷者ですか……」

「ああ。腹が破れていてな、重症なんだ」

「うーん、ここから最短ルートでも結構地上までは時間がかかるし、ハイドストームもうろついてますからねえ……」

 顎に手を当て、ダンテは思案する。そして、

「少し遠回りにはなりますけど、より深い階層に旧時代のシェルターがあります。長期保存用の医薬品なんかも貯蔵されてますんで、役に立つかもしれませんねえ」

 そう言うと、ダンテはデプスシンカーへと戻っていく。そして操縦スペースにアーマータイプの背部コネクタを連結し、機体を再起動。

「そういうことなら、急ぎましょう。ルートが分かっていても、この地下には邪魔になる要因が本当に多い……。時間が無いなら、尚更急がなくては」

 ストレッチするようなダンテの動作をトレースし、デプスシンカーは腕を回す。そして後輪による超信地旋回で向きを変え、

「ま、懸念自体は少ないですよ。私はこんなしょぼい機体で生き延びているし、ミスターもいる。深刻に考えずに、行きましょう」

 促すダンテに、フィールはミスターへと不安げな表情を浮かべた。そんなフィールの肩を叩き、ミスターはリトルボウの荷台へと促す。

「……おそらく、今この状況で頼りになるのは俺よりも彼だ。そもそも、俺自身ここではクイント無しでは右も左もわからないしな」

 フィールの視線を、振り向く動きの肩越しにダンテへと送るミスター。その空虚な背中は、何か荷を降ろしたような様子だった。

 

 ダンテの案内のもと、ミスター達はさらに地下へと潜っていく。ダンテが自ら調査したマップには、崩落した箇所やハイドストームが根城にしている場所などが事細かにチェックされていた。

「この辺の地下は結晶炉もない単純なインフラ系ですが、地上の戦場に近いからか投入戦力が多いんですよ。地上付近の崩落してないルートはハイドストームが徘徊してて、さっきみたいなことになるわけです」

 実感を込めてダンテは言う。彼自身、そして彼の部隊の同僚達もよく敵と遭遇するのだろう。

 そんなダンテが導くルートは地下へ降りる度に古い構造となり、さらに地下水が染み出し足下に溜まり始めた。車輪と履帯が水を掻き分ける音が暗闇に響き、ライトに照らされる水面の奥にはどこから紛れ込んだか魚らしき影も見える。

「崩落してはいない、が……」

「ま、時間の問題でしょうねー」

 操縦スペースの足下を水没させながら、ダンテは先行していく。

「引き上げるべき資源も特に無いですし、敵がいなければ朽ち果てていくばかりです。そうなる前に見ることが出来たってのは、ある意味幸運かもしれませんね」

 気楽にダンテは言うが、そこにジャクソンの呻きや呼吸が被る。気楽そうなダンテの様子に、フィールは荷台の上からどこか焦りを込めた視線を向けていた。

 と、ダンテが喋るのを止める。そのまま進み続けると、ライトの光の中に一つの影が浮かび上がった。それは、ダンテのものと同じデプスシンカーの残骸だ。

 ハイドストームのものと思しき機銃痕が多数あり、それ以外にも機体の端々が解体されている様子も見て取れる。

「同僚だったヤツですねー」

 こともなげに言いつつ、ダンテは機体ごと残骸を拝む。その様子に、どこか軽い雰囲気に見ていたミスター達は息を呑む。

「……親しかったのか?」

 ミスターが訊ねると、ダンテはひらひらと手を振った。

「うちの部隊にいるのは金に困った連中ばっかりで、ギスギスしてますから。こいつに感謝してるのは、パーツ取りに役立ってくれたところですね」

「あちこちバラされてるのは君のせいか!?」

「右腕は俺ですね。他は知らないです」

 悪びれもしないダンテに、フィールが泣きそうな表情を見せる。

「というか、撃破された機体があるってことはこのエリアも危険なんじゃないか?」

「ああ、そこは大丈夫です。ここにいたハイドストームは……」

 ミスターの指摘にダンテが前を指差す。新たに光の中に浮かび上がるのは、ガラス質のような装甲を纏った残骸だ。

「あいつの最後の戦果です」

 再びダンテは拝む。そこに倒れているのは、ハイドストームそのものだ。銃撃のダメージも目立つが、致命打になったのは胴体中央部への執拗な打撃のようだ。

 激闘の痕跡に、今度こそダンテは頭を下げる。その姿に、ミスターもフィールも言葉を失った。

 

 道のりの先、地下深くにその空間は存在していた。分厚い扉を備えながら、半開きにしたシェルターだ。

 水没した地下通路からスロープを上がった先にあるその入り口に、ミスターは野戦砲を設置。ダンテもその隣にデプスシンカーを駐機し、ジャクソンを乗せたリトルボウはダンテとフィールと共にシェルター内に進入している。

「何が要りますかね?」

「消毒、洗浄、止血用のものはとにかくいっぱい……。強心剤に、だいぶ時間が経ってるから水分も……」

「口に入れるものはうちの同僚が持ってっちゃってるか、ダメになっちゃってると思いますねえ」

 そんな会話が聞こえる中、ミスターは暗闇に警戒の視線を飛ばす。砲の隣にはデプスシンカーが屹立し、同じように警戒していた。

「……ここの戦場は、大変か?」

 ミスターはそう、ダンテのデプスシンカーに呼びかける。ヘキサギアにはKARMAをはじめとした高等AIが制御システムとして組み込まれているのが相場だ。

「……曖昧な質問を解釈するスペックは無い、か。そうなると、汎用コンピューター言語は……」

『ミスター……』

 呟くミスターに、インカムからクイントの声が届いた。どこか呆れたような声音だ。

『そちらの機体に搭載されている入力系は、物理デバイス入力系のみです。音声系はありません』

「え? 黎明期の電子機器じゃあるまいに……。ていうかクイント! 盗み聞きぃ!」

『ああ、済みませんミスター。うちの部隊、ハイドストームとの交戦がメインなんで高等機器の所有は制限されてまして』

 クイントからの音声に、ダンテの声が乗る。リトルボウの音声入力系からのものだ。

『あとなんか、クイントさん? がこういうときミスターは独り言のクセがあって面白いとかなんとか』

「クイントっ」

『戦場でユーモアを忘れるべきではない、と以前おっしゃっていましたので』

『KARMA型AIは面白いですねえ』

「この野郎……!」

 ミスターの唸りに、クイント越しの声にはダンテ以外にもフィール、さらにはかすれたジャクソンの笑い声が乗っていた。

 期せずして訪れた和やかな雰囲気に、ミスターは自身の隣にそびえる砲とデプスシンカーを見る。金属の兵器二つは、冷ややかな沈黙を返してきた。

「……若い者のノリってのは肌に合わないのかなあ」

 呟きは虚しく響くばかり。しかしその時、物音が闇の奥から響いてきた。

「……なんだ?」

 ヘキサギアの駆動音のような金属の響きではなかった。もっと小さく軽いものが水を蹴立て、コンクリートの上で足摺りする音だ。

「動物……ネズミか?」

 ポーンA1のナイトビジョン感度を操作するミスター。すると、湿った地下空間を蠢く絨毯のような質感がそこには表示されていた。

「な、なんだこれは!?」

 咄嗟に、ミスターはアサルトライフルを手にした。そしてナイトビジョンをカットし、野戦砲の照準システムからライトを照射。迫り来る灰色の一面を照らしだす。

 それはやはりネズミの群れであった。それも、カサブタやケロイドにまみれ血走った目の集団だ。尋常では無いその様子に、ミスターは即座に弾幕を張って接近を阻止しにかかる。

「ダンテ! 何かこう……ヤバイネズミの大群が!」

『え、マジですか? なんかこう黒マナで召喚できそうな感じの?』

「ヤバイって言ってるだろ!」

 ライフル弾が直撃したネズミは即座に破裂するが、その数百倍の数がミスターの足下を駆け抜け、ミスター自身にも飛びかかってきた。野球のボールほどの大きさの影が、装甲が金属であるにもかかわらず前歯を突き立ててくる。

『おっとぉ……。泥ネズミの大群と鉢合わせしてしまった感じですかね。腹を空かせてて凶暴化してる群れです。まあアーマータイプを着けてれば平気なんですが……。あっ』

『ジャクソンさん!』

 フィールの悲鳴の直後、か細い叫びがシェルター内から響いた。ミスターはそちらに振り向き、

「ジャクソン! ――くそ、こいつらなんとかならんのか!」

『ミスター、近くにこいつらを操ってるドロイドがいるはずです! 凶暴って言っても、普通なら人間に近寄るような動物じゃないから……』

 駆け戻りつつ、ダンテが指摘する。その言葉に、ミスターは闇の中に目を凝らした。

 そしてネズミの絨毯の奥に、ミスターは確かに緑色の光を見た。すぐさま、ミスターは灰色の濁流の中でライフルを構える。

「そこか……!」

 ミスターの一撃が飛び、ネズミの群れの中から火花と金属音が響く。吹っ飛ぶ個体の影から、緑のガラス質に包まれたドロイドの顔が覗いた。

 ミスターはライフルを連射。ドロイドの脚部が弾け飛び、さらに背負われていた音響装備も爆発する。ハウリングを浴びたネズミがその場でのたうち回る一方で、ミスターの足下にいる群れは統率を失ってばらばらにさまよいだした。

「ダンテ、フィール! ジャクソンは大丈夫か!?」

 シェルターにミスターが駆け込むと、その足音にネズミ達は逃げ出す。そしてその先で、フィールがジャクソンに齧り付いたネズミを必死に引き剥がしていた。

「いやあ! ジャクソンさん! ジャクソンさん!」

 フィールがネズミを投げ飛ばす奥で、傷ついた体をさらにネズミに食い散らかされたジャクソンがごぼごぼと血の泡を吹く。

「迂闊でしたね……。これはもう……」

 周囲のネズミを追い払ったダンテが呟いた。その一言に、フィールが叫ぶ。

「ま、まだです! ジャクソンさんはまだ!」

「しかし、あちこちの肉が……目も……」

「み、ミスター……」

 血を吐き、ジャクソンが声を上げた。駆け寄る足が止まり掛けていたミスターは、フィールに並んでジャクソンの顔を見下ろす。

 潰れたトマトのような赤の奥から、ジャクソンが言葉を絞り出す。

「あなたと共に戦えて……幸せでした。でももう、終わりにさせて下さい……」

「――そうか」

「で、でもミスター! ジャクソンさんも!」

「もういいんだフィール……。もう充分だ、俺は……」

 痛みとおぞましい記憶を抱え込み、疲れ切った声が上がる。ミスターがライフルから銃剣を取り外す姿にフィールが涙を流すと、ミスターは告げた。

「フィール、人を救うということには、こういう結末が訪れることもあるんだ。特に、リバティーアライアンスは『生きてさえいればよい』という存在ではないんだから」

 告げ、ミスターはジャクソンへと銃剣を突き立てる。応急処置のために防弾プレートが外され、包帯が巻かれた胸板に切っ先が当たると、ジャクソンはミスターの手に自分の手を重ねる。

「すみません……。ミスターも、辛いことばかりでしょうに」

「俺は……平気さ。痛むところも無い体だからな」

「……俺の体は、持っていかなくても結構です。死んでまで重荷になりたくはないですから……」

「ジャクソンさん、そんな……!」

「いいんだよフィール……。地上だろうと、ここだろうと、何も変わらない……。どこも戦場だ」

 フィールは歯噛みする。そしてジャクソンの目配せに、ミスターは頷いた。

「除隊を許可する、ジャクソン」

「ありがとう……ございます」

 厳かに、ミスターの銃剣がジャクソンの心臓を刺し貫いた。血が溢れ、ジャクソンは一度震え、動かなくなった。

「ああ……ああ」

 フィールが顔を覆う。そして、その隣から歩み出てダンテが口を開いた。

「――こうなってしまっては、仕方ないですね。移動しましょうか」

「そんな、なんですぐに切り替えられるんですか!?」

 ダンテの言葉に、フィールが信じられないものを見るような目を向けた。その視線が批難がましくなっていくのに対し、ダンテはヘルメットを掻き、

「切り替え……?」

「だって今、ジャクソンさんが亡くなったばかりで……」

「人が死ぬのはここじゃ日常ですからねえ。それに、ジャクソンさんは重荷になりたくないって言ってくれたでしょう。俺達が『引きずり回し』ちゃ、失礼ですよ」

「…………」

 目線が揺れるフィールに、ダンテは視線を遠くに飛ばす。

「とはいえ、ここに置いていくとさっきのネズミに囓られてしまいますんでね。ここからのルートの途中に、地層が露出してる場所があるんでそこに埋めてあげましょう」

「土、か」

「結晶炉汚染されてない土壌のはずですよ」

 ミスターの問いに、ダンテは頷いてみせた。その様子に、ミスターも排気音を漏らす。

「今の世界からは完全に隔絶された場所、というわけだ。土に還った後でも、もう戦争とは無縁だな。……俺も死ぬなら、そんなところに埋めて欲しいものだ」

 どこか含みのある言葉に、ダンテは無言。そして踵を返し、

「連れて行く間に使う袋を探してきますよ」

 奥の倉庫スペースに向かっていくダンテを、ミスターも無言で見送る。そんな二人の間で通じる雰囲気に、フィールは視線を彷徨わせた。

 

 続く道のりは、一人分静かになった。

 元々会話の少なかった道のりではあったが、息づかいが減り、駆動音ばかりが暗闇に響く。

 ミスターはデプスシンカーの操縦スペースに収まったダンテの後ろ姿と、荷台からのフィールの視線を感じながら移動を続ける。冷ややかだが確かな足取りを前に、暖かくも迷った眼差しを背に。

 人間として正しいのはフィールであろう。しかしこの戦場で状況を動かすことが出来るのは、ダンテのような冷めた存在でもある。

 では、その狭間で二人を見ている自分はなんだろうか。ミスターの電子頭脳に収められたパルスは、とりとめも無い思考として回路を渦巻く。

 そして、ダンテの案内は地層が露出している場所にたどり着く。先程のシェルター同様倉庫状になった部屋だが、壁面が崩落して確かに土が剥き出しになっていた。

「ここも何かの保管スペースだったみたいですけど、古くて……地震か何かで崩れて放棄されてそれっきりみたいですね」

 ダンテがそう軽く説明する間も、フィールは黙り込んでいた。促すようにミスターがリトルボウに搭載していたスコップを手にすると、ダンテがデプスシンカーの手でそれを制する。

「早く移動した方がいいのは変わらないですし、深く掘らないとネズミが掘り起こしちゃいますんでね。こいつを使います」

 そう告げ、ダンテはデプスシンカーが肩に担っている武装を構えさせた。無骨な銃器のようなフォルムだが、人間が使うには大きすぎ、さらにロールバーが張り巡らされた先端部には杭が収まっているのが見える。

「グレイヴアームズ、か……」

 ヘキサギア登場以前から流通していた万能規格兵器の一つだ。組み替えることで様々な機能を持たせることが出来るが、

「グレイヴ、ね……」

「実際にこう使うのは初めてですよ。てなわけで下がっててくださいね」

 壁の裂け目へ、デプスシンカーが車輪で進む。そしてグレイヴアームズを両手で構えると、突進と同時にその先端を裂け目へと叩き込んだ。

 瞬時にロールバーが展開し杭先を解放。さらに炸薬カートリッジが撃発し、砲声と同時に鈍い地響きが周囲に響き渡る。

 デプスシンカーが杭を抜くと、土の壁面には奥が見えないほどの破孔が穿たれていた。

「こいつを広げて……土は積んでおきます。埋めるのに使いますからね」

「まとめるのはこちらでやっておこう」

 グレイヴアームズを立てかけ、マニピュレーターで土を掻き出し穴を広げるダンテ。その横で、ミスターはスコップでこぼれた土を掻き集めた。

 その間、フィールは荷台に載せられたジャクソンの傍らに座り込み、覗き込んでいるようであった。そして呼びかける間もないうちに、穴が完成する。

「よし。――フィール、そろそろ、ジャクソンとお別れを」

「はい。……こちらは準備できてます」

 ミスターの呼びかけにフィールが振り向くと、ジャクソンはすでに遺体袋から出され、アーマータイプのパーツも外されていた。傷跡も痛々しい顔にはフィールの私物かハンカチがかけられ、胸元で手を合わせた姿勢になっている。

 クイントがリトルボウを穴に寄せ、ダンテがデプスシンカーの手でジャクソンの遺体を穴へと入れていく。フィールがリトルボウの荷台からそれを手伝い、ジャクソンの全身が穴へと姿を隠すと、アーマータイプのポーチから黄色い小物を取り出した。

「花の一つも無いのでは寂しすぎますから」

 それはプラスチック製のヒマワリがあしらわれたヘアピンだった。フィールはそれをジャクソンの足下に置き、頭を垂れる。

 その様子をじっと見つめていたミスターとダンテだったが、ふとダンテがリトルボウの荷台に目を留め、そしてデプスシンカーで何かをつまみ上げた。

「こいつも入れてあげるべきですね」

 デプスシンカーから降り立ちつつ手に取り、ダンテが穴に差し込んだのは一丁の拳銃だった。フィールがジャクソンから外したアーマータイプのパーツと共に置かれていたものだ。そしてその金属光沢を目にして、フィールが視線を強めてダンテを見る。

「そ、そんなものは……いいじゃないですか。ジャクソンさんには、もう必要ないですよ……」

「いいや、これ抜きじゃ彼も成仏できないですよ。ほら」

 そう応じ、ダンテは銃の側面を見せる。そこにはスライドに施されたモデル名の刻印の横に、ナイフで彫ったようなアルファベット数文字があった。

「それは……?」

「いやあ、何かまでは知りませんよ。何文字か読めないですし。しかしこういう『最後の武器』に刻むなら、誰か大切な人の名前か、ポリシーか、肌身離さずにしておきたいものでしょう」

 そう言って、ダンテはフィールのヘアピンの隣にその拳銃を安置した。その様子を複雑な表情で見つめるフィール。

 そして三人はジャクソンを埋葬し、もう一度頭を下げると、無言のままにその場を出発した。

 

「ミスター……私は、間違っているんでしょうか」

 闇を進む中、ダンテが一〇メートルほどを先行して角の先を確認している間に、フィールがぽつりを呟いた。

「間違ってる? なにが?」

「人を助けたいとか、そう思うこと……。こんな世の中だから、精一杯戦ってる人の助けになればいいって思って、こうして看護兵になったんですけど……」

 ダンテの合図を待ちつつ、振り向いて問うミスターにフィールは苦しげにそう告げた。

「今日も……その前からもずっと、自分で考えてやろうとしていることと正反対なことばかりで。だから、間違ってるのかなって」

「なるほどなあ。……ま、そういう思いに浸ってしまう時間は、誰にもあるものだ。しかしそれでも、手を動かした分の成果が無意味になることはないじゃあないか」

 ミスターはそう言って、自分の傷んだアーマータイプを軽く撫でた。

「暗い気分の時はそうなるものだが、誰しも必ず役には立っているものだ。間違っていることなんて滅多にない。あるとすれば――ただ失わせるばかりのことぐらいさ」

「私の……成果」

「ジャクソンだって、君に寄り添っていてもらえて心強かったと思うよ」

 ミスターの言葉に、フィールは考え込んでいく。そしてミスターが顔を上げると、通路の先のデプスシンカーが制止のジェスチャーを見せていた。

「……ダンテ?」

『ちょっ……とマズいです。またハイドストームがいます。後退して別ルートで行きましょう』

 ゆっくりとバックしてくるデプスシンカーに、ミスターもリトルボウを後退させ始める。

『さっき一体倒したためか、他の個体が警戒態勢に入ってるみたいですね』

 無線越しのダンテの声が、直接聞こえるようになってくる。前傾して装甲で通路を塞ぐようにしてくるデプスシンカーから、ポーンA1のヘルメットが覗いた。

「さっき曲がった角まで戻って方向転換して、一旦下の通路に向かいますね。ハイドストームが入ってこられない通路を経由して、目的のスロープの向こう側まで迂回しましょ――」

 ダンテが説明する間に、二機のヘキサギアは曲がり角に到達した。

 そしてそこには、子供ほどの背丈のドロイドが一機突っ立っていた。透明なカバーの下でLEDを点滅させ、背後に何か機材を背負っている。

 呆気に取られドロイドと視線を合わせるミスター達に、ドロイドはストロボを炊いて何かを撮影した。

 瞬間、ミスターとダンテがライフルを発砲。撃ち抜かれたドロイドに、デプスシンカーから飛び降りたダンテが駆け寄る。

「……情報収集型のドロイドです。つけられていたみたいですね」

「つけられていた……だと?」

 振り向くダンテの言葉に、ミスターは向かおうとしていた通路の先を見た。角から差し込む光の中に、くねる影が浮かびつつある。

「こっちの所在がバレてるってことかよ!」

「マズイですね。急ぎましょう!」

「フィール、しっかり掴まっていろ!」

 撃破したドロイドを踏み越え、リトルボウがトンネルへと駆け込む。すかさずデプスシンカーもそれに続いた。

「フィールさん、ちょーっと騒がしくなりますけど、あと少しですからね」

「だ、大丈夫です。このぐらい……!」

 追走するデプスシンカーから呼びかけるダンテに、フィールは狼狽えながらも頷いた。そして二機はトンネルの先、異なる階層間を繋ぐスロープが集まる縦坑に到達する。

「下の階層へ……、さらにその先の進路データも転送します。全力疾走しなければ」

 頭部装甲の裏に設置した機器を操作し、ダンテがクイントへデータを送信。ミスターもデータの受信操作をするが、そこで周囲を見渡していたフィールが声を上げた。

「て、敵です!」

 指差す先、数階層上のトンネル出口から這い出すハイドストームの姿があった。縦坑の中に浮遊し、触腕の先についた機銃を振り乱している。

「マズイ! トップアタックだ!」

 ミスターがフィールを庇いに入ると、さらにダンテがデプスシンカーを割り込ませた。巨大な上部装甲で機銃を防ぎつつ、リトルボウが牽引してきたミスターの野戦砲に手を伸ばす。

「ミスター! 迎撃を!」

「助かる、ダンテ!」

 砲架ごと高く掲げられた野戦砲へ、ミスターは飛びつく。グリップを握り、ダンテに手振りで砲身の向きを変えさせて照準。妖しく光りながらハイドストームを浮かべる推進システムに狙いを定める。

 軽い音と共にプラズマ光弾が飛び、ハイドストームを下から抉った。推進バランスを崩した巨体が傾ぎ、縦坑の壁面に激突しながら下の階層へ落下していく。

「ナイスショットでした、ミスター!」

「ああ……」

 頷きつつ、ミスターは野戦砲を取り回すデプスシンカーを見上げた。普段なら苦労する対空射撃が一瞬で済み、ハイドストームを撃墜することができたのだ。

「――フィール、リトルボウの操縦を頼む。ダンテは野戦砲を荷台に載せてくれ。この先も敵は出てくるだろう」

「この辺りのハイドストームは戦域支配型なんで、逃げ出す分には追ってこないですがね」

「逃げ切るまでは追ってくるということか……」

「二人は脱出できればいいんでしょう? 自分がなんとかします」

 ダンテはそう促しつつ、デプスシンカーに担わせていたパイルバンカーを構えさせた。

「さっき渡したルートを全力で走って下さい。ハイドストームが突っ込んでくる場所はわかるんで、自分が迎撃します」

「しかしダンテ、この状況じゃ君も狙われているんじゃ……」

「こっちはどうとでもなりますんで!」

 そう告げ、ダンテはデプスシンカーのスラスターを断続的に点火しながら縦坑の下位フロアへと跳んだ。ミスターらに渡したルートとは別のトンネルへ飛び込んでいく。

「ダンテ! おい、危ないぞ!」

「ダンテさん!」

 ミスターとフィールが呼びかける先、ダンテは一目散に闇の中へと消えていく。タイヤがコンクリートを噛む響きが、隧道の先に消えていった。

 

 ダンテとしては、地上から来訪したミスターとフィールについては、言動以上に興味が無いというのが実情であった。

 倒しても湧いてくるハイドストームやドロイド、棲息する生物、対抗する隊員達の活動とが拮抗するこの地下に紛れ込んだイレギュラーについては、出ていって貰う以上の目的は当初思いつかなかったほどである。

 しかしやりとりの中で、ミスターに関しては含蓄と技術があることはわかったし、フィールは可愛らしい感性の持ち主であることもわかった。だからダンテは二人にはそれ相応の誠意と便宜を払うし、適度に自分の仕事にも利用することにしたのだった。

 渡した脱出ルートは最善の物だ。そしてそこに向かうハイドストームを、自身が見つからないように撃破するルートも算段が立っている。三機は確実に不意を突いて倒せる自信があり、ミスター達を逃がす点についても同様だ。

 二人の無事を祈りつつ、ダンテは暗いトンネルに機体を疾走させる。この程度の思案など、誰にもあることだろうと捨て置きながら。

「こーいう時に、機体がKARMA搭載型ならぼやいたり出来るんでしょーねー」

 呟き、ダンテは小さな縦坑に機体を突入させる。前後にエレベーターブームを伸ばしたデプスシンカーは、それをつっかえさせながら降下していった。

 小さなトンネルを駆け抜け、水たまりを蹴立て、デプスシンカーは疾走。そしてその先に、横切っていくハイドストームが見えた。

「Eシールド起動」

 ダンテの指示に、デプスシンカーは腕の外側の装備を起動。薄い光の幕が盾状に広がり、ダンテとハイドストームとを隔てる。

 振り向き機銃を放つハイドストームへ、デプスシンカーは突撃。シールドバッシュから、右腕に抱え込んだパイルバンカーを叩き込む。

 撃発により杭が打ち込まれ、ハイドストームのフレームを貫く。押し歪められたフレームからヘキサグラムが弾け飛び、コンクリートの壁面で跳ね回った。

 それでも動き続けるハイドストームの触腕を直接掴み、デプスシンカーは抑え込む。電子攻撃兵器であるVICブレードが装甲に突き立つが、高度な電装系を持たないデプスシンカーは影響を受けない。再びパイルバンカーが突き立てられ、床面へとハイドストームを縫い付けていく。

「次」

 ミスターとフィールに見せた、気の抜けた口調とは真逆の冷徹な声でダンテは呟く。そしてデプスシンカーを躍らせ、さらに深いトンネルの中へ。

 ミスター達に渡したルートはなるべく単純なもので、深部から迫るハイドストームが取るであろうルートは容易に予測できる。この地下は、何度も何度もなぞり、崩落や戦闘による経過を観測してきた場所だ。今もまた、ハイドストーム達であれば無視するような狭い通路に機体を飛び込ませ、頭部や肩を擦りつけながら突破していく。

 ショートカットして飛び出した先のトンネルでは、脱落したエレベーターの縦穴からハイドストームが這い上がってきたところであった。突進速度のままパイルバンカーを撃ち込み、脱力させた相手をまた縦穴の底へと落下させていく。

 ターンし、走行を再開。ミスター達のリトルボウの位置を考え、角を曲がる。そしてその先を移動するまた新たなハイドストームを視認。

 通路を行く相手はすでにスピードが乗っている。ダンテはデプスシンカーのスラスターに点火し機体を急加速させ、さらにパイルバンカーを投擲。よどんだ空気を貫き飛んだ鋼鉄の塊が、背後からハイドストームを打ち抜いた。

 追いつき、武装を引き抜く。機能停止していく相手を路面に押しつけ乗り越えようとするダンテだったが、その時背後からスラスターとは異なる噴射音が聞こえた。

 咄嗟に振り向きつつ、片手で後方にシールドを展開。そこへまた別のハイドストームがVICブレードを突き立ててきていた。

 挟み撃ちと触腕によるもみくちゃの中で、金属の擦過音が飛び交う。ダンテは自身を抑え込み、デプスシンカーを制御。シールドを振り抜いて背後のハイドストームを突き飛ばすと、組み敷いた相手の上でグリップを効かせ反転。機体にパイルバンカーを抱えさせて飛び出していく。

 触腕を振り乱すハイドストームへの突進は、通電したVICブレードの群れへの突入に等しい。操縦スペースにまで侵入してくる切っ先に、上腕に走る熱のような感触を無視してダンテはパイルバンカーを叩き付けた。

 ハイドストームのことは知り尽くしている。ダンテは敵の急所を外さない。無骨な杭が繊細な電子機関を蹂躙し、ハイドストーム達は崩れ落ちていく。確かな感触にダンテは嘆息し、冷や汗が湧くと同時に左上腕からじわじわと痛みが這い上がってきた。見れば、アーマータイプがインナースーツごと切り裂かれ、ゾッとするほどの血が流れ出ていた。

「うおっとっとっと……これはシャレにならない」

 ポーンA1のポーチを漁り、ダンテは応急装備を取り出そうとする。しかし気付けば左腕に力が入らなくなっていて、込めた力にデプスシンカーの左腕が空振りしていた。

「腱やっちゃったかな? いやまあ、それよりヤバイのは血なんですけど……」

 ダンテはやむなく、右手で圧迫止血帯を取り出し装甲の切れ目へ貼り付ける。そうしながら、デプスシンカーは前進。車輪の一つから異音が鳴るが、ダンテはパイルバンカーに次の炸薬を装填し、マップを横目に見て敵の位置を目算していく。

 ダンテに悲愴な意志は無かった。ミスター達はなんだかんだで逃げ切るだろうし、自分はハイドストームの撃墜スコアを稼いで手当を得る。いつも通りのことだ。死がいつも隣にあるということも、この時代ではありふれたことだ。

 故に、ダンテは不意に横様の衝撃を受けた時も驚きはしなかった。デプスシンカーにしがみついたドロイドが、対人用の穿孔アームを展開している様子にも同じだった。

 自身のライフルを手にしつつも、ダンテはついにその時が来たかと達観した思いを抱いていた。ドリルが頭部に迫り、銃口を振り上げるのは間に合わず――、

「ダンテさんっ!」

 不意に響いた声と共に、ドロイドが側面に射撃を浴びた。ドリルが金属音を立てながら眼前を横切っていき、ダンテははっと顔を上げる。

 視線の先では、角から飛び出してきたフィールがハンドガンを両手で構えていた。基本に忠実な、肩で反動を受け止める構えだ。この空間に似つかわしくない、あまりにも素人臭い姿。

「……フィールさん? なんでここに?」

「私の役割を……果たしに来ました。腕を見せて下さい。筋を痛めているなら適切に処置しないと、これからも戦えなくなりますよ!」

 そう言って、フィールは銃をホルスターに戻しながらダンテに歩み寄る。アーマータイプの簡易整備用工具を手に取るフィールの姿に、ダンテは首を振り、

「いや、こんなことをしている余裕は無いですよ。ハイドストームは次々に集まってきますし、お二人に脱出してもらわないことには敵を集められない――」

「その点は大丈夫です。それは、ミスターが役割を果たしてくれますから」

「役割って……」

「確かに私達はここに迷い込んで、出ていくだけです。でもこうして出会ったダンテさんを一切助けられないわけじゃありません」

 瞬間、通路に光が走った。隣接する、想定ではミスターのリトルボウが走行しているはずの通路と繋がる横穴越しの光だ。

「ミスターの対ヘキサギア砲……?」

 ダンテの疑問に、フィールが頷く。そして鈍い爆発音が遅れて響いてきた。

 

 ミスターとリトルボウは、ダンテが指示したルートを疾走していた。しかしミスターは操縦席ではなく荷台で野戦砲の傍らに膝を突き、後方に目を向けている。

「速度を緩めず、真っ直ぐ走れよクイント!」

『これまでも何度かこのような運用の経験はありますが……。当機のスペックで機動的運用はいささか困難かと』

 前方走査のためにライトの光を左右に振りつつ、クイントが唸る。

『さらに言えば、当機の装備で前方を任せられるのも火力不足では』

「わかったわかった。いい加減汎用性のある機体を調達しような」

 一言多いクイントをなだめつつ、ミスターは後方空間へ視線を向け続ける。すると揺れの中に、緑とピンクの光が揺らめいた。

「来たな? そのまま来い!」

 ミスターは操作盤を撫で、影めがけて発砲。光弾が飛ぶと、光はトンネルの壁面を這うように移動。

 しかし光弾は、その遙か前で炸裂した。威力を伴わない光が弾け、トンネルの中を照らし出す。接近しようとしていたハイドストームや、その背後にもう一体控えていた姿が浮かび上がる。

「フラッシュバンさ、バカめ」

 ミスターは小さく排気音を立て、野戦砲に登録していた徹甲弾モードを呼び出す。暗視モードで追跡しようとしていたハイドストームは、突然の閃光を前に縮こまり、さらに機体の末端を痙攣すらさせていた。

 すかさず飛んだミスターの二発目は前方のハイドストームを貫通。パーツやヘキサグラムが無秩序に弾け飛ぶ中から、手探りするように後続ハイドストームが前に出て、瞬間的に加速を始める。

 以前は外した相手だ。しかしミスターはグリップを握り直し、

「二度目があったらここまで生き残れないさ」

 プラズマの収束率をそっと下げ、ミスターは三発目を撃つ。躱すハイドストームの目前で再び砲弾は炸裂し、敵を打ち据える。そして堪える姿を見据えてミスターは収束率を戻し、

「ミスターは負けられないのさ」

 二発目の貫徹命中弾。破裂する敵を見据え、そして視線を遠くへと戻す。

『――警告、前方に敵性反応』

 クイントの反応。ミスターが振り向くと、脇道からはみ出る触腕が見える。

「急停止。機銃掃射」

『攻撃開始』

 履帯にスキール音を立て、リトルボウは急停止。両脇の機銃が連射される中、被弾の衝撃に震えながら新たなハイドストームが這い出てくる。

 さらにハイドストームと合わせて、床面に染みが広がるように黒い物が溢れる。ハイドストームの中央に収まるドロイドには増設装備が――、

「ジャクソンをやったのと同じヤツか!」

 機銃掃射をかいくぐって迫ったネズミの群れが跳ね、ミスターの視界を、指先を覆い尽くそうとする。ケロイドのあるネズミの圧を浴びながらも、ミスターは機械のように照準。

「お前にジャクソンの死を汚すことはできなかったぞ」

 脳裏に浮かぶのはフィールが置いた花、ダンテが置いた銃。その記憶に、ネズミの歯は届かない。

「悪魔め……」

 ミスターの砲撃は、障害を無視して飛ぶ。衝撃が走ってネズミは吹き飛び、その彼方でハイドストームが出した顔にプラズマ光弾が突き刺さった。

 火花と破片とで、ネズミは逃げ去る。まず背後の方向に、しかし直後に波が引くように元来た向きに。

『チェックシックス』

「満員御礼か!」

 野戦砲ごと振り返るミスターの視界に、緑の光がよぎった。さらにピンクの推進光。鈍色の影に、衝撃。

「ミスター……まったく」

 壁にハイドストームを縫い付けるのは、脇から飛び出してきたダンテのデプスシンカーだった。グレイヴアームズを構えた腕と逆側でフィールを抱え、ダンテの腕には修繕用テープが巻かれている。

「やってくれますよ、あなたは」

「おや、なんのことかな?」

「しらばっくれて……」

「一人でどうにかしようとしてたのは君も同じだろう?」

『ミスターはヒーローですので。救われるだけではいけません』

 しれっという一人と一機に、ダンテはため息を漏らす。そうしつつ、フィールをリトルボウの荷台へ渡してテープが巻かれた腕を掲げる。

「まあ、お陰でこの程度で済みましたし? とやかくは言いませんよ」

「俺もコイツのように戦果を主張するつもりは無いさ。上手く行っている限りはそのままでいい。そういうものだろう?」

「現場派ですねえ」

 呆れ気味に、しかし嫌味無くダンテは応じた。ポーンA1越しの表情は窺い知れないまま、デプスシンカーが前に出る。

「結構ハイドストームをやったんで余裕ができました。ウイニングランに付き合いますよ」

 

 ルートの先、幾つものトンネルが繋がる縦坑に至ると、一カ所だけ整備されたトンネルが上方に見えた。ダンテが提示したコースの終端であり、リバティーアライアンスの管理下にある地下エリアの末端部だ。

「ゴールですよ。お疲れ様でした」

「君もな。ダンテは、ここに残るのか?」

「このエリアの支配権がアライアンスに移らない限りは、ここでの戦果が稼ぎになるんで」

「何か……お金を貯めて、欲しいものがあるんですか?」

 フィールの素朴な問いに、ダンテは苦笑を一つ。

「個人の事情……です。次会ったときにでもお話ししますよ」

 次という言葉に、別離と期待が入り交じった表情を浮かべるフィール。それを背後に見て、リトルボウの操縦席に戻ったミスターは頷く。

「また会えるさ。お互い、生き延び続ければな」

 そうして手を振り、ミスターはリトルボウに昇りのスロープを進ませていく。縦坑のロビー階から、ダンテはそれを見上げ、デプスシンカーに手を振らせる。

 遠ざかる姿。近付く出口。ミスターとフィールは視線を上げ、進路を見据え、

『――――不明な音紋を検出』

 不意に告げたのは、クイントだった。続いてミスターとフィールの耳にもその音は届く。遠く、低くも甲高く、聞き逃せない声。

 ミスターとフィールがかつての時代に生きていたならば、それは獣の声に聞こえたことだろう。

「この声は……?」

「誰か居るんだろうか?」

 二人は疑問を呈し、視線をダンテがいる場所へと戻した。するとダンテも、背後のトンネルに振り向き、そしてミスター達に早く行くように促す手振りを見せる。

「ダンテ……?」

 ミスターがその名を呼んだ瞬間、これまで来たトンネルから飛び出す影がダンテに襲いかかった。一瞬の緑の陰りにダンテがグレイヴアームズを掲げると、金属の激突音が響いて陰りがシルエットを表わす。

 それはアーマータイプに身を包んだガバナーのように見えた。鉈状の武装を手に、ざんばら髪をたてがみのようになびかせた巨漢。弾け飛んだ勢いのままに壁面に伏せ、そして再びダンテに跳びかかっていく。

「ミスター! ダンテさんが……!」

 フィールが叫ぶ。ジャクソンに向けたような声でだ。しかしミスターは自身の視界と、コンソールに走るノイズを見て唸る。

「ヤツがこんな所にいるとは……?」

「ミスター? 何か知っているんですか!?」

「ゾアントロプス……」

 ミスターが口にするその名に、フィールは息を呑む。

「それって……噂話なんじゃ?」

「――今の俺達にはどうにもならない。行こう……!」

「でもダンテさんが!」

 引き留めるようなフィールの声。しかし、それが聞こえているはずもない中で、ダンテが飄々とした雰囲気をかなぐり捨てて叫んだ。

「行けぇ! ミスター、フィール!」

 グレイヴアームズを振り回し、エネルギーシールドを展開した機影がトンネルに退避していく。咆哮を上げる緑のガバナーはミスター達を一瞥し、ダンテを追った。

 ミスター達がダンテの姿を見たのはそれが最後だった。激音が遠く響くが、逃走のために巡る履帯の響きがトンネルの中で反響し、全てを掻き消していった。

 

「――なるほど、旧式装備の地下探索部隊。まー実際稼動してるとは聞いてますよ」

 現代。

 ミスターの話を聞きながらカレーを平らげたノースはそう応じた。

「ゾアントロプスと遭遇して生き延びられたとか、そのダンテさんには感謝しなきゃですね。で、その人を見て……機体をスタンプヘッドに?」

「狭い空間でもあの立ち回りが出来ると言う点は、今俺が不足を感じている点を補って余りある。是非……自分の力にしたい」

 ミスターにしては切実な語り口に、スプーンを口からぷらぷらさせながらノースは頷く。しかし頭の後ろで手を組み、

「まあ話は分かりました。けど、なんで最初怪談風に切り出してきたんです? どちらかというと切ない話な感じですけど」

「実はな? こうして話す前に、ダンテがあんなことになったんで増援を要請して救助に行ってきたんだよ。アビスクローラー隊から人員も貸して貰って」

「お?」

 不穏な雰囲気に、ノースはスプーンを皿に置いた。そうして身を乗り出すノースに、ミスターは続ける。

「ダンテの機体は割とすぐに見つかってな……。ただ、ダメージ以上になんだか経年劣化しているような感じだったんだ」

「へ、へえ~……」

「そして機体の制御系からログを探ってみると……俺達との会話なんかも記録されたデータはすぐ見つかった。しかし、なぜかタイムスタンプは何年も前のものになっていてな……」

「ふ、ふええ……」

「そこまで調べたら、アビスクローラー隊のガバナーが言うんだよ。『この戦域のハイドストームは、だいぶ前に排除されたはずなんですけどね』って」

 足音が響いた。ノースが椅子ごと跳ね上がり、テーブルに膝を打ち付け、突っ伏してカレー皿の中に顔を隠そうとする。

「ごめんなさい今度から夏野菜カレーも食べまあああああす!」

 震えるノースに、背後に立った影は怪訝そうな目で後頭部を見下ろす。

「……やあ、フィール」

「ミスター。取り込み中でしたか?」

「いやあ別にいいんだ。異動かな?」

 衛生兵仕様のアーマータイプを着たフィールに、ミスターは片手を上げる。新品同様のクリーニングを済ませたアーマータイプに、新しい花のヘアピンが眩しい。

「はい、また別の戦線です。この度は助けていただいて……」

「俺が力になれたのはほんの少しさ」

 ミスターの返事に、フィールは苦笑。

「……私、これからもそういう人の力になれる生き方を模索していこうと思います。ミスターや、ダンテさんを参考にしながら、私らしいやり方を探して……」

「報われにくい生き方だと思うよ」

「私の報いは、私が決めます。ミスターもダンテさんも、そうだったですよね」

 線が細い顔立ちながら、力強く頷いてフィールは踵を返した。背嚢を背負ったその姿をミスターは見送る。そして顔を上げたノースが、鼻の頭にカレールウをつけているのに気付きつつ、

「最前線ではよくある話さ。こういう類いの話は、さ」

 

 

 報告

 プロジェクトMR:状況146 筐体部撤退支援案件

 

 先の戦闘からの試験機体の脱出に際し、その撤退支援としてルート近隣の戦力の誘導を行った。

 撤退は成功。協力ガバナーと同行者には後日部隊人事部が接触し買収を行い、今回の案件の証拠隠滅を行った。戦闘痕跡の隠蔽も実行済み。

 以降の対応は本社側に引き継ぎ、当方は任務を継続する。

 

発:フェアリーテイル隊 部隊員 No.59より

宛:ブラックロータス・システムズ 第五企画部


 
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