No.976001

流れ行く天命/RAMBLING DESTINY

いゆさん

・最終更新令和3年1月11日、誤字訂正。
・舞台は現実世界の13世紀頃のヨーロッパ・東アジアの世界、文化を元にした、武器に銃火器のないような文明レベルの架空の世界、大陸、国。魔法の無い中世ファンタジーの小説です。
・文章を批評する人に向けてではなく物語を楽しんでくださる方のために書いたものですので、文章力が酷すぎて読めないと感じたらページを閉じてください。ご理解の程よろしくお願いします。

2018-12-08 06:51:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:637   閲覧ユーザー数:637

 

注︰この作品はあくまで個人が趣味の範囲で、創作世界や創作人物の記録を残そうと製作したものであり、小説としての出来を評価される為に作ったものではありません。ご理解くださる方はどうぞお読みください。

 

 

 

 

 

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流れ行く天命/RAMBLING DESTINY

 

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プロローグ

水流の交わり/Floating junctions

 

 

 国の海に近い平地にそびえ立つ王城、窓から見えるのは厚く灰色の雲の群れ。

 

 その雲間に覗く僅かな空と同じ青色の宝石を身に付けた兵士が一人、静かな石造りの廊下に足音を響かせる。

 今日の薄暗くすっきりしない天気はまるで今の自分の心を表している。外套の上に巻いた白い布を整える、心構えをするときの癖が出た、そう思いながら彼は息を吸って扉を開けた。

 その男、衛生機関次長ジゼーア・ティシャガーレが足を踏み入れたのは、これから始まる朝の訓練に兵士たちが集まりだした広場とは離れた城の一画。

「おはよう、パウラ」

 後ろ姿に優しい口調で声をかける。

「ジゼーアさん」

 振り返ってそれを受けたのは黒いドレスの様な軍服を身に纏った軍政機関次長パウラ・ルンベック。

「ここにいたんだ」

「す、すみません、そろそろ時間ですよね。訓練場に行きます」

 そう言うと彼女は少し俯きながらジゼーアの方へ、出入り口へ向かって歩き出した。

「肖像画、見てたんだね?」

「え、えぇ……」

 パウラはカツン、と靴底を鳴らし足を止めて返事をしたが、目線は合わせなかった。

「あのあと美術室は全部探したけど、ご両親が描かれたものはこれ一つしかなかった、って聞いたよ」

「そうです」

 

 ここは王族、貴族の肖像画や功績が飾られている殿堂。このイナト国を創った「イナトライ」の姿が彫られた木版からその子孫である現イナト国王や要人の絵画、記録など長年の歴史を物語る物品が並んでいる。

 その中にはパウラの父である軍政機関長ユハと、13年間行方の分からない妻マリッタの二人が描かれた絵が飾られている。この画はつい三日前に美術室で発見されて飾られた、夫婦二人の唯一の絵画であり、マリッタにとってはただ一つの肖像画であった。

 

 彼女の髪に隠された表情からも読み取れる気持ちに、これ以上の干渉はよそうかとも思った。しかしこのまま会話を終わらせるのはパウラに悪い、こんなところまで来て彼女の心に踏み込んだことを詫びなければ、とジゼーアは口を開いた。

「ここには何回か来てるのかい?」

「……」

「昨日一昨日、いつもと違ってここから一番近い戸口を出て来る君を見ていたから、そうかなぁと思って」

「見られていましたか……」

「私達の訓練所からはそこが見えるから、偶然。お母様の絵はこれ一つだもんね、見に来たくなる気持ち、分かるよ」

「ありがとうございます」

「あ、私はただ気になって来ただけだから……いやな気分にさせたらごめんね」

「とんでもないです。ただ、このことは口外しないでいただけますか?」

「分かった。でも気にすることないよ、もし私がパウラと同じ状況だったら、私だってそうするから」

 

 

 王政国家イナト国――

 

 かつてイナトライという腕利きの剣士が武力を以って王となり、軍事力で国土を獲得して来た国。

 今こそ歴史的な事件はないものの、過去には当然、何度も大なり小なり混乱が起きている。隣国「ニジャド皇国」「サバナ帝国」との抗争、国民の反乱、城内の動乱。

 そして一番最近の大きな出来事が13年前の反王政運動。その頃「革命団」と名乗る民衆が同じ王政反対の意思を持つ者たちを集め、反王政の気運を高めていた。

 その中でも過激派の人間たちが突然城下町へ攻め込み、人や商店を無差別に襲う事件があった。日中で賑わい、行き交う人々が、取り分け貴族の証である宝石の装飾品を身に付けた者が執拗に狙われた。

 長らく平民が武力から離れ、兵士が賊に、賊が賊に、そんな場面以外は武器を持たない生活をしている。暴動なども起きないので町の衛兵の数を減らしても大丈夫だろう、そんな政策の隙を突いた出来事だった。

 

 事態は遠征から帰ってきたユハの軍が尽力したことにより完全に収束した。まだざわめく人々の中、ユハは町にいるであろう家族を探したが、見つけたのは夕陽に照らされて狼狽えるパウラと彼女の元に駆けつけた軍政機関の兵士数人だった。

 彼女によると、弟を留守番させ母と二人で買い物をしていたときに暴動に巻き込まれた。母はパウラを庇って襲ってきた革命団の男と打ち合い、劣勢になり逃げたその男を追いかけるのを最後に姿を消したと言う。

 

 城内の人間、王族貴族にとってその一件は意識を変える出来事となった。このような暴動の起こる原因を探り、反王政勢力を生み出さないためにも国民との意識のずれを減らすことになり様々な改革が行われた。

 過度な贅沢の禁止、一般の人間を城に呼び意見交換の場を設ける、王族貴族が視察として国中の土地へ赴く機会を増やす、平民の学校に貴族の子を通わせるなど。

 ジゼーア、パウラも二人も通っていた城下町を離れ遠くの学校に通う、安全とされていた城下町でも護衛兵と共に行動するなど少年期を事件の余波の中で育った。

 また、ユハとパウラは誰よりも責任を感じ、より一層軍務へ真摯に取り組むことを決意した。パウラは勉強だけでなく戦闘術も身に付けなければと軍事訓練への参加を始めた。ユリはそれから一ヶ月ほど、母が帰って来ると信じて待ちながら毎日マリッタの好きなお菓子とお茶を一人で用意し続けたのだった。

 

 ジゼーアの気を利かせた、しかし気取った様にも聞こえる言葉に二人は微笑みあった。

「あ、そういえばあの犯人の特徴聞いた?」

 一転して真顔になったジゼーアから掛けられた言葉にパウラも笑顔を消して答える。

「城下町での暴動の……ですね、聞きました。黒っぽく長い髪、大きな体で槍だか棍棒だかを振り回していた男が主犯格と」

「うん。またビヤやスミガに兵を増援してるときにこれだからね」

「えぇ、私達も何かしらの組織が動いているのかもしれないということは軍議にて皆に伝えました、ラリーサの密偵団もビヤに遣りましたわ」

「分かった、また全体会議で対策を考えよう」

「はい」

 

 ――そして今、城からは遠く草木の生い茂る村の外れで、一人の平民が運命の流れを変えようとしている。身丈の大きな男は黒がかった長髪を一つに結び、槍を手にして住処を襲ってきた賊と戦っていた。

 

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プロローグ・終

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第一章

運命の移ろい/Vicissitude of destiny

 

 

 男の作る大きな影の中に小さく白い花々が咲いている。

 

 それらの可憐な命を踏まないように男は、愛馬を率いて村を二つに分かつように流れる川へ歩いて来た。

「フィノアさん、おはよう。もうちょっとで完成だね!」

 男の元に一人の少年が対岸から、川に渡した板の上を駆け寄ってきた。

「おはよう、そっちは気をつけて渡らないと」

「あ、そうだった」

「もうすぐ撤去するけどな」

「……僕も手伝ったけど、本当に一人で橋が作れるんだね、すごい」

「ずっと天気が良かったし、順調に作業できたからな」

「そういえば、どこで作り方を知ったの? ……学校?」

「違うな。これは前に住んでたどっかの村で手伝って知った作り方だ」

 

 その男、フィノアは生まれた海沿の近い町を捨て、国の反対側、緑の多い地域を転々として暮らしている放浪者。

 苦しみから逃れ、どこかでより良い暮らしを手に入れるために一人旅立ったはずが、他の集団生活区域で余所者はなかなか受け入れられず、仕方なく人気の少ないところで野宿をすれば賊や獣に襲われるなど、それは楽な道ではなかった。

 流れ者が集団から追い出されずに街や村に滞在するには、行く先々どこででも同じで、あなたたちの平穏を乱しに来たのではありませんよ、と示すことだった。住民たちの仕事を手伝ったり、悩みや問題を解消したりすることで信頼を得て、なんとか安全性の高い生活域に長く留まることができるのだ。

 そんな暮らしが彼に生きる知恵と逞しい肉体をもたらしたが、落ち着いていて口数が少ない、背は高く体に傷の多いフィノアの風貌は危険に思われ屋外で過ごすことの方が多かった。

 

 しかし今、彼は久しぶりに自分を歓迎してくれる者の多い村で橋を新設する仕事をしていた。その中の一人、彼に話しかけてきた少年、ルエンカは村長の息子である。

 国の中心から離れた、地方の村にしては恵まれた環境に生きているように思える少年にも抱える問題があった。

「フィノアさん、僕、今日もやっぱり怖くなっちゃって……やっぱり弱いのかな、変な子なのかな」

「そう思うのも分かるが、そんなに後ろ向きになる必要はないだろう」

「……でも、学校に行けないなんて、おかしな子だって言われる」

「学校に行くやつもいれば行かないで家の手伝いをするやつもいる。学校に行っても友達に意地悪するやつと、真面目に家の手伝いをしてる子、どっちが偉いと思う?」

「……お手伝いしてれば、学校行けなくてもいい……ってこと?」

「どんな生き方であれ、他人を傷付けずに生きるヤツが一番偉い……俺はそう思うが」

 フィノアは、若くして悩めるルエンカに自分なりの、およそ見た目からは出てくるとは思えない言葉で励ました。

 

 三ヶ月ほど前、級友に妬みから虐げられ、学校を飛び出し泣いていた少年の話を偶然通りかかった旅の男が親身になって聞き、慰めた。それから二人の関係が始まり、ルエンカはお礼に労働力を求めていた祖父にフィノアを紹介した。

 フィノアが村に滞在する理由ができ、その後も二人は今日のように共に働くなどして時間を共有し、兄弟のように接していた。

 

 次の日、また二人は川辺で一日を過ごすかと思いきや、少年は意を決して学び舎へと向かって行った。ルエンカを見送り、自分もがんばらねば、と雇われの旅人はいつも以上に精を出して働いた。

 

 時は過ぎ、夕陽が射し始め、フィノアが家へ帰る準備をしていると何やら村民がざわついている。そこへルエンカの祖父が慌ててやって来て話す。

 学校が終わり、すぐに帰らずに近くの広場で遊んでいたはずの子どもたちが家に戻らないと言う……彼の孫を含めて。いつも定刻に鳴る村の鐘の音が聞こえなかったり、学校が終わる時間になってもルエンカがここに来なかったのはそのせいだったのか、とフィノアは納得すると同時に不安に駆られた。

 

 ここのところイナト国では各地で人、特に子どもの失踪事件が頻発していた。

そのことは風の噂でフィノアを始めこの村の人間も知っており、時たまその話をすることもあった。それ故に子どもたちを見つけるために捜索を開始する者達、役人に相談しに行く者達と、皆必死にできることをしているらしい。去り際に祖父は、よければルエンカを探してくれ、と告げた。

 

 フィノアは完全に日が落ちる前に辺りを見回ってから家に帰り、腹ごしらえしながら考えた。

一つ前の村を出る頃に何回か、最近、各地で人が突然帰って来なくなる事案があるという話を耳にした。この村に来てからは似たような話を聞く機会がさらに増えていた。

 

 彼は悲しむ人を放っておけない性格だ。なぜなら自身が幼い頃から他人の勝手な行動によって悲しんでいたからだ。それが辛くて生まれた土地を、人間関係を捨てた。そして再び自分が、誰かがその様な思いをしないよう生きてきた。

 今度のこともまた、根本的な解決とはいかなくても、もし読み通りなら子どもを取り戻し悪者を懲らしめるくらいのことはできないかと思った。

 ルエンカを救いたい、あわよくば役人に功績を認められ、公的な、安定した役職に就ければ…そんな気持ちで計画を立てる。

 

 各地を流れる中で、悪党に関わった回数は少なくない。とは言っても悪に染まり、他人を襲ったりはしなかったが、そこで得た情報に事件に関わりがありそうなものがあった。

国の東、王城と隣国サバナとの国境のちょうど真ん中の距離に位置する街…そこには禁輸品から人まで様々なモノが取り引きされる闇市があり、革命団の活動拠点の一つとなっている。

 革命団というのは十数年前から目立ち始めた、反王政の意思を持った者達が集まってできた過激集団である。逆さの国章の付いた上着等を身につけ、王政を支持する者たちを襲ったり、城下町の襲撃事件まで起こしていた。その集団はこの頃人数が増えているらしく、子どもの姿も多く見られるため失踪事件は革命団の仕業ではないか、と推測する人も多かった。

 さらにその街からこの村まで続く道があり、平坦で荷物を持って行き来するのはそこまで大変ではない。見に行ってみる価値はある、と決心した男は支度を終え、日が暮れても騒がしい村に向かう。

 村長や門番に一通り話を聞き終えると、フィノアはルエンカの祖父に断りを入れた。「橋は表面の仕上げを残しているがもう完成しています。私はルエンカを探します、すぐには戻らないかもしれません」と。

 お互い取り急ぎの状況で、了承しながらも困ったような祖父の表情に少し申し訳無さを感じつつランプに火を灯す。そしてまた村を一周してから愛馬と共に門の外へ踏み出した。

 

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第一章・終

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第二章

街で/In the city

 

 

 夜空の明星よりも灯りが眩しく輝き、夜風を受ける草木よりも騒々しい声が響く。

 

 日が暮れて数時間経つにも関わらずたくさんの人間が活動している街、カロ。フィノアはフードをしっかり被り直して足を踏み入れた。

 ここまでは一番大きな道を縫うように歩き、時に馬に乗って来た。道中ずっと目を凝らしていたが、ルエンカも怪しい人もいなかった。ひとまずカロで捜索し、見つからなかったらまた探しながら元いた村、ホウに戻る計画だ。

 

 他にも何頭か馬が繋がれている場所に愛馬を置き、相棒を槍に替え街を進む。

 建物の中の店や酒場、露店等もできるだけ様子を見ながら歩く。

 何かを売りつけようとするしつこい男や強い香りを身に纏って店に誘う女を振り切ってさらに行くと闇市が見えた。それは街の入り口とは全く違う雰囲気を醸し出している。活気がなく、暗い店が多い。何より周りにいる人間の、自分を見る目に歓迎の気が窺えない。

 しかしながら特に問題なく通り抜けることができた。もし、華奢な男や、女子どもだったら誰かしら突っかかって来たり、ここを追い出されたりする可能性もある。不本意ながら俺はこの様な場所にいてもおかしくはない風貌ということだろう。

 フィノアはそんなことを考えていると、数メートル先で人に引っ張られて子どもが古びた木造の建物に入って行くのを見た。ハッと気を引き締め直し、その建物の裏に回る。

 建物は所々壁が壊れており、そこから内部を覗きつつ先程の人が入って行った辺りにたどり着くと、フードを深く被った人が一人、落ち着かない様子で立っているのが見えた。

 外套、手袋、ブーツを身につけ肌は顔の鼻から下までしかはっきり見えないため性別は分からなかったが、横顔に少しかかる薄い水色の髪の毛が目を引いた。そして、どこかただのならず者とは思えない雰囲気があった。

 そこにさっきの少年が寄ってきた。声は聞こえないが、二人は顔を合わせて何かを話しているようだ。そのうち窓からは見えない場所に共に移動し、直後に少年のものらしき叫び声が聞こえた。

 あの背丈と緑の髪色、服装はルエンカかも知れない。フィノアは建物の中に入ろうと、その様子を覗いていた自分の背の半分ほどの大きさの隙間から周りに誰もいないのを確認し、身を乗り出して侵入した。

 あの人物がいた場所は、部屋とも廊下とも言えない小さな空間で、来た通路の突き当りの左側に二つ扉がある。灯りはいくつかの燭台の蝋燭だけだ。このどちらかの扉の向こうにルエンカがいるのだろうか。

 突如音がして、左の扉が開くと男が出てきた。あのローブの人でもルエンカでもない。

「……、……!」

 何か話しかけて来たようだが、それはイナトの言葉ではなかった。

 これは、サバナ語か?だとしたらサバナの人間がこんなところまで来て何か悪事を働いているのか?

 イナト国民は言語の教育が行き渡っている。それが隣国から身を守る手段だとされてきたからだ。したがってフィノアは相手が外国語を話す者だと認識できたが、それはよりこの状況が非常であると思わせ、槍を握る手に力が入った。

 すると男が右に差した剣を鞘から抜き、向かって来た。左手で右側を狙って来る。

 それは良い戦い方ではない、はっきり言って隙だらけで本気を出せば簡単に打ち負かせる。しかし、素性は分からないがルエンカについて何か知っているかもしれない人間を簡単に倒すこともできない、とフィノアは躊躇していた。

 そうして攻撃を跳ね返す、避けるを繰り返しているとその男が突然大きな声を出した。何かの合図か、名前だったのか、あの右の扉から男の仲間らしき人間が二人出てきた。

 さすがに三対一では不利だ、と距離を取ろうとする。しかし後ろは壁。元来た通路は左利きの男が、二つの扉は今出てきた男がそれぞれ塞いでいる。

 男はフィノアの逃げ道を無くすために、通路から遠ざけるためにわざわざあの様な攻撃をしてきていたのだ。

 

 過去、複数人相手に一人で勝ったことは何度かある。それだけフィノアは槍術に長けていた。旅の途中で培ったものもあるが、その大きな基礎となった経験は15歳のとき、城で受けた軍事訓練だ。

 そこで出会ったスティノという先生に槍の腕を認められた。自分に真剣に向き合ってくれ、良い評価を下す人に出会うのは初めてだったため、短い期間だったがフィノアは精一杯鍛錬に努めた。

 その期間の後も習ったことを忘れないよう自主的に訓練をし、恩師の髪型を真似して過ごすようになった。

 

 その恩師と同じく横に下ろした長い前髪を振り乱し、三人の攻撃から身を守るため全力で戦ったが、左利きの男の剣で腕を切りつけられ、もう一人男の鈍器の重い一撃を脇腹に受けた。

 

 

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 気が付くとあの二つの扉の前に倒れていた。

 意識と視界がはっきりするまで時間はかかったが、ふらつきながらも立ち上がることができた。それどころか、腕の怪我が手当てされている。あの男どもはいないし、俺は殺されてはいないし、一体どういうことだろうか、そしてあのルエンカらしき少年はどうしただろうか?

 フィノアは段々と思考を巡らせることができたが、もうここにいるのは危険だと感じ、人のいない場所を通って街の入り口まで戻って来た。

 

 空や街の雰囲気は、ここへ来てからほとんど時間が経っていないとフィノアに認識させた。愛馬の綱を解いていると、僅かながら、目鼻に刺激をもたらす粉状の何かが上着に付着していることに気づく。それを振り落とすかのように急ぎ気味で街を出た。

 

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第二章・終

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第三章

過ちの先に/Through an accident

 

 

 空に浮かんだ満月は、彼の気持ちとは正反対に煌々と輝いていた。

 

 フィノアは再度ルエンカを探しながら村へ向かうことにした。しかし、このまま誰一人取り戻せず、子どもたちが本当に革命団に連れ去られたのかも分からないまま帰ることになっては格好がつかない。役所に話を聞きに行ったり、他にも心当たりのある場所に寄ったりした方が良いだろうか。

そんなことを考えながら、彼は来た道よりも西の、木々の生い茂った森の中に入った。

 

 ホウのある方角へ5分程進むと、はっきりとは聞き取れなかったが、草木や獣が発する音とは違う、おそらく人の声が聞こえた。

 森は深く、視界も足場も悪くなってきたこの場所に誰かいるなら警戒する必要がある。音を立てないように、一旦辺りの様子を見ようと馬を留め、槍を手に声のした方へと向かった。

 忍び足で歩いて少し行くと開けた場所が見えた。そこだけ周りより月光が多く差しており、光を受けた葉が緑に輝いていて幻想的であった。

 近くの木に隠れ、顔の半分をそっと出して確認すると、その空間の中程に茶色い外套に付いた頭巾を被った人間と、左手で伸ばしっぱなしの黄色い髪をかき上げ、右手に剣を持った男が話しているのが聞こえる。

「……ありゃサバナの葉っぱだもんなぁ。それがカロで待ってるみんなにバレたらどうなるか」

「カロに戻れば誰もお前みたいなゴロツキの言うことなんか信じないだろうね」

 野蛮に感じる言動の男に対し、顔の見えない人物は男よりも高い声で、落ち着いた様子で答えた。

「そうなってもテメェを盾にして、金目のモンを頂くのにゃ変わりねぇ。遠征でも、貴族さんなら良いモン持ってきてんだろ?」

「……さぁね。だいたい、そんなことできるかな」

「あぁ、できるとも!」

 男が剣を振り上げた。同時に頭巾の人物も後退りながら外套の中に両手を入れた。両手で武器を持つのかと思いきや、右手は短剣だが左手には何やら小さな袋を手にし、男に投げつける。その袋は男の顔にぶつかると灰色がかった白い粉を撒き散らした。

「妙なモン使いやがって、だがもうその手は効かねぇぞ!」

 そう言うと男は顔をしかめて一瞬怯んだが、素早く、距離を取ろうとした相手の後ろに回り込んだ。力も男の方が強かったようで、抵抗虚しく頭巾の人は倒されてうつ伏せになり、男はその上に乗って口と両手両足を縄で縛った。

「ん、この首のも宝石だな。これと腰のをもらって、テメェを始末してお終い、ってのも手間が省けていいかもな」

 謎の粉の影響なのか、涙を流し咳を交えながら、男はまた髪をかき上げてそう言った。

 

 聞こえた話の通り、頭巾の奴が貴族かそれに近い人間ならば、助けたことによって俺は夢に近付けるんじゃないか?しかし、何か良くないことをしているらしい貴族など、助ける価値はあるのか?フィノアは二人を見ながら考えていた。

 

 

「そこまでだ」

 頭を守る役割もあるフードをしっかりと被り、草を踏みしめフィノアが男に近寄り声を掛けた。

「何だ、こいつの仲間か?」

「……いや」

「オレからコイツを奪いに来たのか?」

「違う、だがこの人を開放しろ」

「……イヤだね。オレは今からコイツでひと儲けするとこだが、協力してくれたらテメェにも利益を分けてやってもいいぜ」

「興味ないな」

「じゃ、大人しくお家に帰りな」

 やはり話を聞き入れず、男は頭巾の人の首元に剣を添えたままその場から動かなかった。

 フィノアは槍の先を男に向けた。

「仲間でもねぇのに、何が目的か知らねぇが……オレとやるってんなら受けて立つぜ」

 男がそう言うと、お互いの目線が合い、武器を握り直す。

 男が向かって来て、剣と槍が大きな音を鳴らしてぶつかった。そして二人同時に距離を取る。

 

 攻防が続く中でフィノアは、自分の方が優位だと、力の差を感じた。隙を見つけて槍を振り下ろし男に刃を突きつけた。だが、男は予想外の素早さで、槍の柄を沿うように間合いに入ってきた。向かってきた剣を柄の後ろの方で弾き飛ばし、不利な間合いからは離れることができた。

 フィノアが後退したところであることに気づき、そこからさらに後ろに数歩進み、間髪入れずに駆け寄って来る男を防御態勢で待ち受けた。

 すると、走って来た男が前のめりに態勢を崩した。思惑通り、先程自分が踏んだあたりの、水を含みかなり柔らかくなった土と長い草に足を取られ顔から倒れこんだ。

 フィノアは起き上がろうとする男の元に迅速に詰寄り、馬乗りになって剣を奪った。

「テメェは一体……」

 泥まみれの顔を少し右に向け、男が言った。

 

 今、この命をどうするかは完全にフィノアの自由だ。しかしながら数々の人と戦って来た彼も、余程の状況でなければ相手の命を奪うことは稀で、かつ彼にとってそれはできれば避けたい行為であった。

 そこで、男がまだ何本か身に着けていた縄や衣類を使って口と四肢を、彼がやっていたように念入りに縛りあげた。

 

 それから槍頭で頭巾の人の口と足の縄を切った。後ろで縛られた両手はそのままにし、彼の肘を掴んでその場からカロの方角へ戻るように、愛馬のことが心配だったが夢中で走り去った。カロの入り口が見えて来たところで、初めて後ろを振り向きフィノアは問いかける。

「おい、あんたに聞きたいことが……」

 風を受け、お互い頭巾が外れた状態で初めて顔を合わせた。

 薄い水色の髪に、よく見れば特徴的な外套。頭巾の人の素顔はあの、カロの建物の中で見た人の特徴と一致した。

「あんたは……」

 相手も何故か驚いた顔をしていたが、フィノアは言葉を続けた。

「あの賊との話を聞いたが、あんたは貴族なのか? それに闇市で子どもに何かしてただろ? あれはどういうことだ」

「お前も僕を人質にでもする気?」

 その人は質問で答えた。

「いや、違う。だがあんたが貴族だったら、闇市だの森だのを一人でふらついてるのはおかしいだろ。とりあえずカロの役所に連れてこうと思ってな」

「や、闇市って言うけど、人違いだろ。それに僕はただの商人だよ。道に迷ってただけでもう大丈夫。助けてくれてありがと。手の縄も切ってくれない?」

 全く真面目に対応しない態度にますます怪しさを感じたが、誰かに目撃されれば今度は俺が悪者になると思いフィノアは縄を断ったが腕は掴んだままでいた。

 

「レマート様! こんなところに!?」

 そうしていると鎧を身に纏った女性がこちらに向かって走ってき来て、フィノアが手を掴んでいるその人に声を掛けた。

「あぁ、えっと、実は落し物しちゃったみたいで。探しに出たらゴロツキに襲われて、この人に助けられたんだ」

「もう、また一人で勝手に……。でも良かった。何よりレマート様がご無事で。幸い他の兵士も気づいてないですし、早く戻りましょう。そちらのお方、我が主を助けてくださりありがとうございます」

 美しい模様の鎧、国章が刺繍された布を腰に巻いた女性に感謝され、フィノアは本当にこいつは偉い身分の人間なのか、と心が傾き始めた。しかし、まだ疑いが晴れたわけでもなく、貴族と言っても様々な階級があるし聞きたいこともたくさんある。そう思っているとレマートが口を開き「ねぇアウラ、実はこの人を一般監査員にしようと思うんだ。僕を助けてくれる戦闘力もあるし、野草についても詳しそうだから」と半分偽りの事実を述べる。

 確かにフィノアは食用や非食用、薬になる草などの知識はあるが、それをこの人に伝えた覚えはない。しかし、こいつは俺を一般監査員として雇う、そしてその権力があるというのか、と驚き黙って話を聞いていた。

「そ、そうなのですか? もうジゼーア様も宿におります。早く報告しに行きましょう!」

「あ、兄上も来てくれたの!?」

「えぇ。この方次第ではすぐに話が通りますよ。では、貴方も一緒に宿に戻りましょう。……お名前は?」

「フィノア……と言います」

「フィノアさん。よろしくお願いしますね。さ、行きましょう。……すみませんが、宿に着くまでは私の隣を歩いてくれますか?」

 そう言ってその女性はレマートを先に歩かせ、主に何事も起きぬよう警戒しながらどこの馬の骨とも分からない大男を携えた。

 ルエンカ、ルエンカを知っているかも知れないレマート、愛馬……気がかりなことだらけでフィノアはもどかしい思いだったが、レマートから話を聞く機会を得るためについて行くことにした。

 

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第三章・終

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pass:remarto

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第四章

その基は/About the foundation

 

 

 小さな実をたくさん抱えた木に鳥が数羽、飛び跳ねながらそれらをついばんでいる。

 

「うわああぁっ!」

 突如響いた叫び声によって鳥達は何処かへ飛び立って行ってしまった。

 

「何をしてる!」

 鋭い目つきと額左に古傷のある恐ろしい雰囲気の男が、その声を出した兵士の元に駆け寄ってきた。

「レドゥス様、す、すみません! 怪しい奴が……」

 撃ち負けて座り込んだ状態からなんとか立ち上がりながら、兵士の男が目をやったのはフィノアだった。

 二人の目が合い、緊張が走ったところにジゼーアがやって来た。

「すみません、皆さん武器を下ろしてください! この者は私が昨日から一般監査員として雇った人です!」

 レドゥスと声を聞いた兵士たちが集まっていたが、ジゼーアの呼び掛けで皆は戦闘態勢の気を緩めた。各々が持ち場に帰って行く中、氷の様な冷たい水色の瞳は「怪しい奴」に視線を向けたままだった。

「これから軍服を仕立てに行くところだったんですよ。私がしっかり隣にいれば良かったのですが、騒がせてすみません」

「いえ、気にせずに。では、失礼します」

 ジゼーアの弁明に素っ気ない態度を取ってレドゥスは去って行った。

 

 衛生機関の人間である印の宝飾品をベルトに着けていたものの、王城では目立つ地味で色あせた服のフィノアは不審者に間違われ兵士に奇襲を受けた。これから肩書きだけでなく、身なりも「機関員」となろうとしていたその時に。

 

「大丈夫?」

「す、すみません……突然でつい反撃を」

「いや、私もちょっと話したい人が向こうにいたから、一人にさせちゃって悪かったね。怪我はない?」

「はい、ありません」

「なら良かった。じゃ、行こうか」

 

 そうして城の一画に二人が向かおうとしたそのとき。

「待った!!」

 漆黒の鎧を身にまとった、明らかに今、周りにいる誰よりも背が高く、大剣を装備した青年が話しかけて来た。

「あ、彼は軍政機関長の息子さんのユリだよ、おはよう。ユリ、こっちは私の雇った一般監査のフィノア」

「おはようございます。お初にお目に…」

 ジゼーアにそう言われ、形式的な挨拶をし始めたが、すぐに遮られてしまった。

「うん聞いた聞いた。さっきの戦い見てたけどさ、オレらの機関の兵士によく丸腰で勝てたねー。その戦い方、誰に教わった?」

「え、っと……」

 機関長の息子であると聞き、正式な勤務初日で処罰でも食らうのか?と思っていると全く予想外の言葉をかけられ、フィノアは上手く返事ができないでいたがユリは話を続けた。

「ジゼーアさん、一般監査って『武器を持ってはいけない』って決まりはないですよね? オレが父さんとかに頼んだりして、できたら彼にも軍事訓練に参加してほしいです!」

「本当? 確かにあの兵士に負けなかったのは事実だけど、できるかなぁ?」

「ん……まぁ、また追って話しますね! それじゃ!」

 青年は用があったのか、黒い鎧を朝日に輝かせながら走り去っていった。

「すごい、ユリにあんなふうに言われるなんて」

 ジゼーアにそう言われながらもフィノアが心から喜べなかったのは、己の自尊心の低さからなのか、レドゥスを始めとした兵士達に悪い印象を残したと思っているからなのか……それは彼自身にもはっきりと説明はできないであろう。

 こうして城内の朝は過ぎていった。

 

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 話は戻り、フィノアが賊からレマートを助け、三人でカロの貴族用宿舎へ行く道中でのこと。

 

「こいつは誰かにカロの闇市での話をしてから、殺されるかも知れないことろまで追い詰められていた。本当に貴族なのか? あんたの主か?」

「あのね、僕は貴族だしアウラも僕の臣下。闇市にいたってのはあの男の勘違い。おかしなこと言ってると牢獄行きだよ!」

 フィノアがアウラに話しかけると、レマートが口を出して来た。またもやその地位を疑うような言葉に呆れているとアウラが説明を始めた。

 

 彼女によると、レマートは紛れもない国の保健、福祉に関する機関の機関長の次男。

 彼は薬草が好きで、それを採取するために兄やその他の兵士の遠征について行き、夜などにこっそりと見つからないように単独で薬草探しに行ってしまうそうだ。

「単身で外出しているのを知られてしまうと、レマート様にも私にも都合が悪いのでどうか内密に……」

「今まで同じ様な目にあったことはなかったのですか?」

「……ありました。でも普段は外套と頭巾をしっかり被っていますし、私が対処する場合もあります。今回の様な危うい場合は吸い込んだり目に付着すると強い刺激を与える、植物等を乾燥させた粉末を食らわせて、相手がひるんでいる内に逃げて難を逃れていらっしゃることもあります」

 それを聞いてフィノアはレマートに鎌をかけた。

「カロの小屋で、俺の服に着いてたのもそれか」

「そうさ、間接的にも僕は君の命の恩人ってことだね」

 彼は得意げに話した。

「やっぱりあの闇市にいたのはお前だな。何が商人だ、こんな嘘付きが本当に貴族なのか?」

「あっ、ええと……あれは迷い込んだだけで……」

 しまった、と言わんばかりの表情でレマートは言葉に詰まり、泳ぐ目でアウラを見た。さすがに一人で宿を抜け出すだけではなく、闇市に足を踏み入れていたのは部下にも知られたくなかった様だった。

「まぁ、と、とにかくもう少し話を……」と彼女は続けた。

 

 レマートは、本当の目的を隠すために、忙しいジゼーアの代わりに兄の一般監査員を探すことを名目に遠征していた。しかしあまりにも頻繁に出向くので、周りから怪しまれ始めており、そろそろ誰か良い人を見つけなければ、と思っていた。

「だから君を一般監査員に迎えるよ。知り過ぎちゃってるし、野放しにしとく訳にはいかないからねぇ。もし変なことしたら……分かってるよね?」

 アウラが来たとき、レマートが俺に襲われたと言えば俺は彼女に敵と見なされ、何かしらの罰をくらう所だったが、そうしなかったのはその理由に使われてもいるからなんだな。そう思ったところで「あぁ」と返事をし、闇市でのことを聞いた。

 

 彼によると、あのとき賊に捕らわれ小部屋にいたレマートの元にある子どもも放り込まれた。その子と自分とで知る限りの建物の構造や賊の人数などの情報を共有し、脱出計画を立てた。

 それは、扉が二つあるあの狭い空間に賊をおびき出し、そこに粉末を撒いて、壊れた壁の穴から逃げるというものであり、フィノアはその場に足を踏み入れてしまったのだった。

 レマートがフィノアを認識したのもこの時点で、彼によるとフィノアと誰かが戦っているのを見たが、とにかく自分がここにいるのは良くないと思いとりあえず粉末の入った袋を投げてその場を去ったとのことだ。

 そこまで話したところで一番聞きたいことを問う。

「あの子どもはどうした?」

「ん? 外に出たら、家族がいたみたいで、親子で街の明るい方に走って行ったよ」

「そうか、名前は聞いたか?」

「まさか。緊急だったし」

 フィノアは望んだ答えが返って来ず、心のわだかまりは残ったままだった。

 

 最後にアウラは主を危険から助けてくれた男にあまり偉そうに物を言うのは気が引ける様で、小さく、申し訳なさそうに言った。

「レマート様の地位を損なうようなことは絶対に口外しないでください。話を私達に合わせてください。お願いしますね」

「……分かりました」

 三人それぞれが事情を飲み込んだところでカロの門を抜けた。

 

 門からそう離れてはいない貴族用宿舎に入るなり、家族を見つけた迷子の様にレマートはある人に駆け寄って行った。

「兄上!!」

「良かった、二人とも無事で。アウラ、またレマートが迷惑をかけたね」

 レマートを軽く抱き締めた柔和な雰囲気の男性がアウラに言葉をかけた。

「そんなことはございません。レマート様にお怪我はありませんし、名声に傷が付かぬよう対処しました」

「そう。アウラにも何もなくてよかった。ここに着いたら二人がいないから心配したよ」

「お心遣いありがとうございます。その、ジゼーア様、突然ですが紹介したい人がこちらに」

 

「賊!?」

 突然兄弟でもアウラでもない、背は低いが目立つ格好をした若い女性兵士がフィノアを見て叫んだ。

「リュディアさん、違います! この人を一般監査員にどうか、とレマート様が。この人はフィノア、森で賊に襲われたレマート様を助けてくださったお人です。ジゼーア様、どうでしょうか?」

「そんなことが……。うん……もう母上や周りの人たちにも言い訳が苦しいし、アウラが言うなら間違いないだろうから、少し話をして決めよう」

 

 レマートの嘘が真になったかの様にフィノアの野草についての知識や誠実さが幸いし、ジゼーアと一般監査員の契を結んだ。

 

 一般監査員というのは、貴族の血縁者でない、大きな組織に属してないなどの平民が、貴族一人の直属の部下になる仕事だ。

 それは公人になりたいとは思っていたが、この職は俺には大役過ぎないか、そしてあの子はルエンカではなかったのか、ルエンカは無事だろうか……そうフィノアは思考がめぐり、頭が騒がしかったものの、疲れでいつの間にか眠りについていた。

 

 

 そして朝、頭巾を深く被り昨日の現場から急いで愛馬を連れて帰り、馬車で城へ向かった。

 繁華街、城下町と久しぶりに国の中心部に来ただけでなく壁や門の質感まで分かる近さで見る王城を前に、フィノアは初めて義務訓練に来たときと同じ重圧を感じた。

 門番に馬と槍を預け、ジゼーアとリュディアに連れられ門を抜けると、直ぐに道を曲がり城壁伝いに進んだ所にある簡素な建物の中に案内された。中では紫色の軍服の男女が待っていた。

 

「初めまして。私は公安機関、城内局長ケーナです」

「同じく、レドゥスだ」

 

――――

四章・終

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第五章

それは見えずとも/An invisible progress

 

 

 その日の雲は厚めで、地面に映る人の影が消えては浮かぶ空模様であった。

 

「さ、入って」

 ケーナに手招きされ建物に入る。中は机と椅子、棚が幾つかに窓一つと簡素ではあったが、それらに施された国章を取り入れた意匠がフィノアに非日常感をもたらした。

 

 ケーナとレドゥス。彼らは公安機関の中でも、王城での治安維持、情報収集の仕事をしている。

「だいたいはジゼーアから聞いてますよね。一般監査員として相応しいかどうか、少しお話しましょう」

 ジゼーアたちはその建物に入ることはできず、1人で軍人の上層部の人間、さらには初対面の2人と面談をするということはフィノアにとって数の経験の中でも息が詰る場面であった。

 二人は男の名前や年齢、血縁関係から今までの生活などを尋ねた。その中で、イナトの平民が10代の内に2回受ける義務訓練にどちらも参加していたことは高く評価した。

 義務訓練は、形骸化と、武力より商才という国民意識の変化により年々受ける平民が減っていたからだ。

 

「……じゃあ、最後はどこに滞在していたの?」

「ホウです」

「あら、ホウから?」

「はい」

 ほとんど話さず記録をしながら度々視線を向けるレドゥスに威圧感を覚えながら、フィノアが雰囲気も語調も優しいケーナの質問に答えていると彼女が思いもよらない話題を口にした。

「最近ホウが騒がしかったわよね、子どもが突然いなくなったって」

「ご存知なのですか?」

「えぇ、今この情勢でしょ、人が足りなくてウチの引退した人間まで地方の役人の補佐に駆りだされてて。たまたま私の叔母がホウに駐在しに行ったら、そんなことがあったって」

「その後どうなったかは聞いていますか?」

 フィノアは、二人に認められるように、適切な対応をしなくてはならないと決心していたが、抑えきれず質問をした。レドゥスが口を挟む。

「おい、話がずれてるぞ」

 そんな相方をよそにケーナは詳細を話す。

「いいじゃない、気になるわよね。子どもたちは村の外れの大きな穴に落ちて脱出できなかったんだけど、全員無事に救出されたそうよ」

「そう……でしたか」

 具体的にルエンカの名前が出たわけではないが、フィノアの心の霧は少し薄くなった。

「でも人工的な穴でかなり深くて、上に大量に藁やらなんやらが乗っかってるわ中は泥沼になってたわで子どもたちの発見が遅れたみたいだけど、どうしてあんな穴が掘られてたのかしらね。フィノアは何か知ってる?」

 

この情勢――。カロだけでなくホウのような地方まで警戒の域が、人手が足りない程に広がっている。それにはやはり革命団の存在があるのだろう。そしてこの風貌、ホウからやって来た放浪者。俺は、疑われているのか。

 フィノアはケーナの穏やな問いかけという鋭い矢を食らった様に感じた。

 

「いえ……それを知った直後に、いなくなった子どもを探しにホウを出たきりで」

「おい、形式通りにやるぞ、脱線するな」

 フィノアの返答に、食い気味にレドゥスが苛立った様子で言い、その場に緊張を取り戻させた。

 

 面談が終わり、フィノアはレドゥス達の部下である兵士に連れられ、より詳しい仕事内容、規則や宿舎の場所などを教えられている。その間にフィノアの証言の記録と、その場にいなかったジゼーアとの話が合致したことで彼は晴れて一般監査員と正式に雇用された。

 次の日は宿舎でジゼーアと合流し、軍服を仕立てに行くのが初めての仕事だった。あのような朝を迎えることとなるのは誰も知る由がなかったが。

 

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 放浪の平民が城で暮らして一週間程経った頃。

「フィノア!」

 明るい声色でジゼーアが衛生機関の事務所にやって来た。

「ちょっとこっちに」

 彼は雑務に従事していたフィノアの手を取り、他に誰もいない別室に連れて行った。

「最近サバナが、イナトとサバナに新たな関門の建設を要求してきてたんだ」

 彼は、今終えてきた軍議について話し始めた。

「でも軍議でそれは受け入れないことになったよ。フィノアの情報のおかげでね」

「私の……」

「うん。フィノアがカロに外国人……サバナ人らしき組織が闇市にいたって教えてくれたから。それを知らずに要求を呑んでいたら、イナトの見えない所でサバナに有利に働く隙を与えてしまったかも知れないからね」

 フィノアは目標も果たせず未だホウにも帰れていないという、心に打たれた杭がほんの少し緩んだように感じた。

「さすがにレマートやフィノア達が経験したことだと言うのはまずいから、申し訳ないけど私が見聞きしたことにしたんだけどね」

 

 隣国のニジャド皇国とサバナ帝国。南のニジャド皇国は宗教国家で、内政が混乱しておりイナトとの国交は日々薄れている。

 しかし東のサバナ帝国は勢いがあり、イナトとは古くから大小の戦が絶えず、国交は緊張状態である。

 

 すると突然二人の空気を、破裂音の様な大きな音と声がかき消した。

「フィノア!」

 再び爆音で開けた扉を閉め、ずかずかとその名の男の元へやって来たのはレマートだった。

「二人で何してるわけ? 兄上を誑かしたら即、牢獄に送ってやるからね」

 童顔で迫力はないものの、憎しみを目一杯醸し出した顔で彼は平民に言った。

「レマート……」

 戸惑った様子で、ジゼーアは言葉を詰まらせていた。そこでフィノアが口を開く。

「お前な……お前以外にも俺の身をどうにでもできる人間たちの中で貴族を誑かす、なんてすると思うか?」

「思う! だいたい、それ目上の人に対しての言葉遣い!?」

「俺はお前より位の高いジゼーア様の部下で、年齢も上だ。この言葉遣いで間違いないだろ」

「つっ……ま、間違ってるよ! こっちは大臣家の……」

「分かった、この話はお終い。大臣家の人間たる者、軍人たる者遊んでる場合じゃないだろ。仕事再開だ」

「そうだね。レマート、フィノア、仕事に戻ろう」

 ジゼーアの言葉で三人はその部屋から出た。

 兄弟2人は城内に戻って行き、フィノアも元の作業を再開した。「上手く諭してくれてありがとう」、別れ際にジゼーアが小声でそう口にしていた。

 確かにあいつは周りの兵士達から薬学の才能を認められている。しかしどうにも、あの肩書に自覚のない言動には納得がいかない。さらには、兄に日がな付きまとっていて、きちんと決められた仕事をしているのかも疑問だ。

 新任の一般監査員は本棚を整頓しながら、そんなことを考えていた。

 

 

 監査員の仕事の最後は、雇い主と一日を振り返り、報告書を書くこと。もう20回近くになり、互いの緊張と探りあいの雰囲気はだいぶ薄れてきていた。

 明るい内は他の兵士が一般監査員にも目を光らせているが、この時だけは他の兵士が介入することができず、護衛兵のリュディアがその場にいるだけだった。

 

「ジゼーアが忙しいのはよく分かる。だが、手持ち無沙汰に見える兵士がどうにも多いように感じる。あれらはどうにかできないのか?」

「はは……良く見ているね。でも彼らは軍政、特務の兵士だから干渉するのが難しいんだ」

 フィノアは貴族の怠慢を指摘した。それは、平民からすれば許しがたいことであると同時にジゼーアにその"しわ寄せ"がいくかもしれない。それは看過できないと思ったからだ。

 

 かの13年前の事件によって、貴族が専用のものではなく平民の通う学校に通うことになり、幼き衛生機関長の息子もそうしていた。

 そこで彼は貴族だからと周りから迫害され、辛い思いをすると同時に、なぜ彼らがこのような態度になるのかを考えた。そしていつしか「人それぞれが満足のいく暮らしができれば争いは起こらない」という信念が根付いていた。

 それから衛生機関次長に就任し、負担が増えたにも関わらず本職以外にも自ら国の様々な場所に赴き、国民の現状を知りながら支援方法や格差対策の考案に尽力していた。

 

 それゆえ、貴族へ不信感を持つフィノアでも彼の身を案じるほどにジゼーアは身分に関係なく相手の立場になることができ、何事にも真面目に向き合う人間で、そんな彼への偏見は既に無くなっていた。

 さらに、お互い弱者の救済を念頭においていること、多感な時期に良い思い出が少ないことなど共通点が多く2人が意気投合するのに時間は要さなかった。

 同年代の友人がいなかったことに加えフィノアの外見からは予想だにしなかった性格に信頼を寄せ、一昨日「友達になって欲しい、言葉遣いも気楽にして構わない」と、ジゼーアの方から申し出ていた。

 

「最後に、レマートは今日も医薬局員に迷惑をかけている様子だったが」

 その自由奔放な青年の兄は、そう受けると先ほどまでとはまた違う困惑の表情を見せた。

「……それは本当に申し訳ないね。私の力不足だ」

 フィノアは彼の助けになりたい。そう思っていが、逆に困らせてしまったことに焦燥した。レマートの行動に疑問を持っていたのは事実だったのだが。

「いや、それで機関の方がそれで大丈夫ならいいんだ。悪いことを言った」

 謝罪と気遣いを含めた言葉を咄嗟に返した。

「あぁ、気にしないで。……レマートとは8つも歳が離れてるし、母も忙しい中やっと授かった子どもだから、つい家族みんなで可愛がって甘やかしちゃうんだ」

 そう返されフィノアは、あいつの悪い面しか見ていなかったと感じ「はぁ」と息を漏らすような反応しかできなかった。

「だから命を救ってくれて嬉しかったし、いつも上手くたしなめたり、気にかけてくれたりしてくれて本当に感謝しているよ」

 ジゼーアは笑顔になり、言葉を続けた。

「仕事を増やしちゃって申し訳ないけど、レマートの教育係もしてほしいな、なんて思ったりして」

 世間で貴族一麗しいと評判の彼の笑みを向けられ、決して彼ほど口角は上げないが「ジゼーアの役に立つなら何でもする」と微笑んで返した。そんなフィノアをリュディアは怨恨の表情で見ていた。

 

 こうして最後の仕事を終わらせ、ジゼーアはリュディアと王城の方へ、フィノアは見回りの兵士と共に宿舎ヘ向かうために別れた。

 宿舎の部屋で、今の俺の状況は良いと言えるのか、それとも悪いのか。彼は窓から見える木の花がいつの間にか咲いているのを眺めながら思案していた。

 

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第五章・終

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第六章

何度越えども/The road I know

 

 雲ひとつない空から朝日が降り注ぎ、軍事訓練中の兵士たちの武器や鎧を輝かせていた。

 

「わ、私はっ……」

「いーからいーから! 絶対に本気でぶつかってよ!?」

 その日、フィノアはユリに軍事訓練に無理やり参加させられていた。

 ユリ・ルンベック、その言動はレマートにも似た軽さがある。軍事を司る機関長の息子だからといって、こんな別の機関の一般監査員を軍人の核に放り込むような権限があるのか、と戸惑いながらもフィノアは彼の言葉に従った。彼の所属する軍政機関の兵士である証、黒い鎧を身にまとった兵士と訓練用の武器を持ち対峙する。

 

 お互い様子見の一瞬を経てフィノアに剣が迫り来る。それを槍の柄で受け止め押し返す。お互いが態勢を取り直したところで、次はフィノアが兵士に駆け寄る。相手に有利な間合いで振りかざされた剣を再度柄で防ぎ、兵士を思い切り蹴り飛ばした。

 

「おぉー! 第一回戦、監査員さんの勝ち! はい次!」

 ユリの間髪入れない進行に困惑しながらもフィノアは2人目の兵士を倒し、片足でその背中を踏み、勝利を示した。

 1人目の兵士よりも短い剣と素早さで翻弄されたことは、フィノアに森の賊徒との戦闘を思い出させた。今回は槍術を駆使し、2つに分かれた槍頭の間に剣を引っ掛け、相手から武器を奪うことで勝利したのだが。

 

「やっぱすげーじゃん! ね、とりあえず特務の兵士にならない? あそこはどんな人でも兵士として受け入れてる人がいるからさ!」

「あ、有り難いですが、そう言われましても……」

 フィノアは曖昧に答えることしかできなかった。当然、監査員が兵士になることはなかったが、ユリは諦めていない様子だった。

 その後、衛生機関の仕事場でジゼーアは、今は昔と違って国は実力主義に向かっていることもあり、どんな身分の人間でも強い人を集めて国力向上の一手にしたい、それがユリの考えだとフィノアに告げた。

 

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 誘いに当惑し、ジゼーアと合流する前。大勢の兵士がざわめく中でフィノアは1人の兵士に声をかけられていた。

「なぁ、君」

 その兵士の目線はフィノアの分けた前髪に向いていた。

「その髪飾りの紋様は私の故郷のものだが、君はマヤの出身かい?」

 フィノアは尋ねてきたその人の黒い瞳に蒼い髪の色、声ですぐに彼が誰だか見当がついたが、間違いを案じて冷静に答えた。

「いえ、私はシキの出身です」

「じゃあ、マヤに何か縁があったのかい?」

「これは、私が18のとき、義務訓練で私を認めてくれた先生から頂いた物です」

「フィ……フィノア君か?」

「スティノ先生ですか?」

 一瞬、表情が曇ったように見えたがその人は「そうだ、スティノだ」を返事する。フィノアの推測は当たっていた。

 2人はジゼーアがやって来るまでの少しの間、10年弱前の思い出話に花を咲かせた。

 

 

 その夜。監査員として3か月目に入り、すっかりジゼーアから信頼を得ていたフィノアはジゼーアや家族が城内で寝泊まりする邸宅で食事をし、その後、空き部屋にて兄弟と三人だけで話していた。

 

 珍しい草花が花瓶に生けてあるのを見ながらフィノアが問う。

「禁輸品の薬草かなんかを手に入れたいが為にサバナの人間と取引でもしてたんじゃないのか」

「そ、そんな訳ない! 薬草が欲しかったのは……確かだけど」

 兄の前で、もしフィノアと1対1の会話ならばあり得ないしおらしさでレマートは答える。

「どんな薬草なの?」

「あぁ、それはね! 話によれば、触ると肌が腫れて痛くなるけど、成分を上手く抽出できれば色んな薬草の効能を併せ持つ……万能薬と言っても良い薬ができるらしいんだ」

 ジゼーアが聞くと弟は目を輝かせて説明を始めた。

「今の医薬局の技術ならそれくらいの薬は作れるんじゃないのか?」

「まぁね。でも1つの薬草で万能薬と言えるものは作れないから、それができれば手間が省けて楽でしょ」

 フィノアが返答に少し呆れていると彼は「兄上たちの助けにもなるし!」と続ける。

 こいつが好きでやっていることも、ただただ趣味の範疇で終わる訳ではないのだ、と監査員は彼を多少見直した。しかしまだ疑問に思う事があり、またカロでの話を切り出した。

「闇市で俺の腕を止血してくれたのもレマートか?」

「え? あんな状況でそんなことできないよ。手当されてたの? あぁ、フィノア怪しい」

 レマートは彼を白い目で見、思い出したように「怪しいと言えばあの親子もだよねぇ。なんであんな危険な場所にいたのかな」と口にした。

「あぁ……内通者か、人質か、そんなところじゃないのか」

 

 そんな話題もできる程に3人は打ち解けていた。その内フィノアとジゼーアの会話が増え、弟の嫉妬が溢れそうになったところで鐘の音が鳴り響く。それは、夜から明るくなるまで働く兵士が勤務を開始する合図であり、日勤の兵士たちが就寝の目安としても機能しているものだ。

 

 フィノアは帰りが遅くなり、面識のない夜勤の兵士と問題が起きないように特別にアウラと宿舎へ戻ることになった。

「では失礼いたします」

「うん、おやすみなさい」

「明日もしっかり働いてね」

 レマートの言葉が癪に障ったが無視し、いつもの付き添いより位の高いアウラに「よろしくお願いします」と挨拶をした。

 

 

「フィノアさんが来られてから、なんだかジゼーア様もレマート様も笑顔が増えたように感じます。特にジゼーア様は」

「それならば幸いです」

「ジゼーア様は……見えないものをたくさん抱え込んでいらっしゃる方なのです」

「同感です。ですので少しでもジゼーア様の力になれるよう努めています」

「有り難いです。これからもどうかジゼーア様にお力添えください。そしてもっと……負担を減らしていただけると嬉しいのですが」

 道中、2人はたまにアウラに問いかける兵士に事情を説明しつつ、そんな話をしていた。

 レマートの護衛であるアウラ。その割りにはレマートと同様か、それ以上にジゼーアのことを気にかけている様子が窺えた。軍政の兵士である彼女とジゼーアの間にどんな事情があるのか。フィノアはそう考えていると木陰に人がいるのを見つけた。

 

 その人は右手に持った矢と目線を真っ直ぐ天に向け、次に両方、地面に水平に、肩と同じ高さに下ろした。

 その人が目線を変え、フィノア達と目が合う。

「パウラ様」

 アウラが呼びかけた。

「アウラ……何をしているの?」

 木陰から不思議そうに尋ねる。その人、パウラは軍政機関長の娘でユリの姉、フィノアも彼女の位や容姿は認知していた。

「この監査員を一般宿舎へ送るようジゼーア様から仰せつかっており、その途中でございます」

 そう、と素っ気なく返事をした彼女はいたたまれなさと怒りも感じられる苦い顔をしていた。

「パウラ様は私と同級生なんです。パウラ様の専門は弓ですが、剣の腕もまた素晴らしいのです。またお時間がありましたら手合わせをお願いします」

 アウラが上手に空気を変える。

「いいわ」

「ありがとうございます。……では失礼いたします。」

「えぇ」

 2人がパウラに一礼すると、彼女は闇夜の様な黒髪と、繊細な装飾が目を引く裾の長い軍服を月下に淡く浮かばせ城の方に去って行く。

 緊張はしたが悪い日ではなかった、一般宿舎に到着するとフィノアはそう安堵した。

 

 すると突然「衛生機関、一般監査員フィノア!」と聞き覚えのない声で呼ばれる。

「君に革命団ではないかとの容疑がかかっている。私達に付いて来なさい」

 紫の軍服を着た公安機関の人間復数がフィノアにそう命じた。

 

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第六章・終

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第七章

舞台は染まる/Inked spectacle

 

 夜空には月と星が一面に輝いている。それらを疎らに隠すのは、夜に活動する生物達だけだ。

 

 あの夜からフィノアは独房に収容されていた。その間、他人との関わりは「必ず疑いを晴らす」「早く帰って来て仕事手伝って」などの兄弟からの言伝を彼らの部下の衛生兵から聞くことと、見張りとの会話のみだった。

 

 そして囚人となってから4日目の昼過ぎのこと、彼はとある場所へ連れ出された。

 そこは、城門の先と城下町の間にあり、最近は専らお祝いの行事に使われている広大な闘技場跡地である。客席にはすでに貴族やその血縁者、富豪などから平民まで大勢の人が集まっていた。

 その施設で城側の一番高い露台からイナト国の第一王女、レシオーネが演説を始めている。

「……と、我が国の兵士たちは今、総力をあげております。また、調査の中で城に革命団が侵入していたことは……」

 

 その施設の中央に設けられた高く、面積のある櫓(やぐら)の上に、拘束され兵士に取り囲まれながらフィノアが連れられる。

 

「皆様、今現れた者がその侵入者です。これは私達の失態でもありますが、今後、国の治安を脅かすようなことを起こせば、このような処罰を受けます」

 その言葉でフィノアは改めて自分が罪人だと思い知らされる。

「そのような意識を皆様に持っていただくためにもこの様な場を設けました。……それでは、革命団による密偵行為の罪で彼を……薬死刑に処します」

 暗い声色で彼女は告げた。

 

 王女が話していたように、ずっと俺が怪しまれていだだけではなく、何の間違いか俺が革命団だとして処刑が決定されていたなら、それはジゼーアも前々からそれを受け入れていたのではないか。

 罪人はホウを出てからの全ての記憶に色を失い、盤石だと思っていた土台は薄氷だったのだと絶望した。

 衛生機関の軍服を着た者達が集まっている一帯からジゼーアの何かを訴えかけるような強い眼差しと罪人の目が合った。

 

 櫓に肥えた体の中年男性が、王女と同じ金属を加工した拡声器を持ってやって来る。

「やぁ、やぁ! 皆様方。私は医薬局長、アイザック・セイ。このような機会を設けてくださり光栄に思います。今回彼に飲ませますのは、この、この私が開発した死亡後も体に影響の少ない薬であります!」

 道具を通し、医薬局長はこれ見よがしに語る。すると一瞬、拡声器から口をずらしフィノアに「こんな素晴らしい薬で、大勢に看取られるのだから喜ぶといい。光栄に思い給え」と言い放った。

 アイザックは再び皆に向かって続ける。

「さらに、この者の死体は外治局が資料として解剖いたします! この場を以て我が国の医学のさらなる繁栄を、皆で願いましょう!」

 歓声が響いた。

 

 ……ずっとこうだ。

 この道なら上手く行くかもしれない。そう信じて進めば必ず道のりは険しく、茨で身を引き裂かれ、希望に見えていたはずの光は絶望の炎。

 そんなことを何度も、寄せては引く波のように繰り返して来た。しかし今度こそ、見つけた光は青く輝く星であり、ずっと夜空で灯り続けると思っていたが、天が俺に与えた舞台は高く昇る太陽の下だった。

 ――俺の人生、こんなもんだよな

 

 そうフィノアが諦念していると、兵士は彼の頭を押さえ、アイザックが薬を飲ませようとする。罪人の口と、薬の入った小瓶が付きそうになったその時。

 

「やめてくれぇっ!!」

 

 男の声が響き渡った。その場にいる全員が声の元に目をやる。

 

 それはフィノアも同じだった。

「皆、手を止めて!」

 露台の近くの高所から紅色の髪の少女がアイザックの物とは別の素材でできた拡声器で、その声を響き渡らせた。

 少女の横に、先ほどの声の主である男がいる。その首には、黒い布で顔まで覆った兵士らしき人物によって小刀が突きつけられていた。

「既にこの者のように革命団が付近から城内に侵入しています! 戦闘態勢をとってください!」

 

 少女のその言葉を聞くやいなや、医薬局長は「ひえっ」と情けない声を出し小瓶も手放し何処かへ去っていった。

 フィノアが絶句していると、高台にいる者と同じく黒い布を身にまとった人間たちに捕まり闘技場広場とは反対の屋内、控え室のような小部屋に閉じ込められた。

 

 外は騒がしく、罪人はその様子とジゼーア達が気になって仕方がなかった。

 そこで彼は木製の扉を蹴破り、腕を縛る縄は破壊した扉の木の尖った部分で切る。近くにいた兵士をねじ伏せ手足を縛り、槍と国章の縫われた外套を奪って広場へ向かう。

 だがフィノアは広場への道が分からなかった。

 彷徨っていると、段々と人の声が聞こえなくなり、皆、施設から離れて行ってるのを彼は感じた。

 手がかりを求め辺りを見回していると、矢を天に向け、それを肩の高さまで下ろす。いつか見たパウラと同じ身振りをしている女性を見つけた。

「ルンベック家の方ですか」

「えぇ、詳しい話は後。協力してくれる?」

 彼が警戒しつつ声をかけると、彼女は僅かに目を丸くしたが、すぐにそう答えた。

「はい」

「殆どは王城に向かったけど、まだ広場付近に賊徒たちがいるの、ついて来て」

 フィノアは彼女に従い進んでいくと、通路に革命団の証である逆さの国章が描かれた腕章や外套を身につけた輩が十数人いた。

 2人はその中に身を投じ、槍と剣で着々と敵の数を減らした。

 

 しかし、女性が劣勢になり、倒れた。フィノアは自分が相手をしていた者を片付け、すぐに彼女を襲っていた者にも止めを刺した。

 切りつけられた彼女の大腿部を止血する。

「あ、ありがとう……」

「いえ、衛生兵を探しに行ってきます」

 そして広場への出口でその場にいた最後の革命団と戦った。

 槍を短く持ち、剣のようにし攻撃する。敵はフィノアの後ろに回り込み、槍の柄を掴んだ。そしてそのまま背後から剣を向ける。

 しかし敵が回り込んだのは通路の行き止まりで、フィノアは相手の逃げ場を断つことに成功した。左手首から上腕にかけて切り傷を負ったものの、振り返りながら蹴りを入れ、賊を討ち取った。彼は、かの闇市で追い込まれた戦いを思い出した。

 

 やっとたどり着いた出口の少し先に見覚えのある背中があり、近寄ってフィノアが問う。

「スティノさん?」

「……フィノアか」

「ここは危険です、安全な場所に行きましょう」

「……オレはスティノじゃない」

 提案に考えもしなかった言葉が返り、フィノアは武器を握りなおした。

「オレはフィーノ、スティノの双子の兄だ。オレ達には訳があって、兵士をしつつ双子で革命団の密偵をやってんだよ」

 そう言われフィノアは再び裏切りの感情に飲まれそうになったが、それよりも疑問と警戒心が湧いていた。

「それは……本当ですか?」

 彼は振り返り、剣を鞘に戻して代わりに記帳を取り出した。

「スティノとお前だけに伝えたいことがここに書いてある。2人で読んでくれ。ただ、他の奴らに見られたら命は無いと思え」

 渡された物を、フィノアはズボンの布と布の間に開けた袋状の場所に隠す。

 それを見たフィーノは「よし」と、凛々しく口角をあげた。

「髪飾り、着けてくれてるんだな。それはスティノのだったから、あの日帰ったらアイツに怒られたよ」

 フィーノの話に様々な感情が渦巻き、フィノアは言葉が出てこなかった。

「オレはずっと自分のことで精一杯の人間だった。だがあの時、純朴にオレに従い、名前も似ているお前には情がわいたよ。こんな形で再会できるとはな」

「フィーノさん、私は……」

 元生徒が元先生に感謝を伝えようとすると「もう、話してる時間はない。最後にな……」と、彼はフィノアに近付き、小さな声で話を続けた。

 かつての生徒は会話の途中、何をされるか身構えていたのだが、それが無駄だと感じるような話を聞かされた。

 

「ぐっ……」

 

 突如、腹部と大腿部に矢を貫通させた先生が生徒にもたれ掛かり、2人ともしゃがみ込む。

「……!」

 フィノアは名前を呼びそうになったが、フィーノの後方には弓兵達と、先ほど手当をした女性が衛生兵に抱えられて此方を見ていた。

 ここで俺が怪しまれることはできない。そう考えた生徒は槍頭を彼に向け、敵対しているフリをしながら小声で話しかけた。

「俺はあの時のあなたのおかげで今まで生きて来れました。今でも尊敬しています」

「そう……か、ありがとよ」

「これからもあなたはずっと俺の憧れです」

 それを聞いてフィーノは顔を綻ばせた。

「フィノアと出会えて……良かった。スティノを……頼ん……」

 フィーノの呼吸が止まった。

 男は槍を手から落とし、見える景色を歪ませ恩師の血の上に倒れた。

 

 

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第七章・終

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終章

流れ行くもの/Rambling things

 

 かつて誰かが生き様を見守っていた花は、その根本に最盛の証明を落としていた。

 

 軍議の後、ジゼーアとパウラが議場近くの殿堂の中で紅色の髪色の少女と会話している。

「ラリーサたちのおかげだよ、ありがとう」

「恐縮です。隠密たちと公安の方々、それぞれが各地で集めた情報の食い違いにレドゥスさんたちが気づいてくださったのも大きいんです」

 彼の謝辞にそう返答した少女は、様々な分野の兵士で構成されている特務機関の長の娘、ラリーサ・ヘルクヴィスト。彼女は隠密と呼ばれる諜報員の1人として、普段は彼女を含む5人の隠密で編成された密偵団として活動している。

 ジゼーアは、ラリーサ達が革命団について各地で調査している、そのついでにフィノアが無実であるという証拠を集めて欲しいと頼んでいた。

 そして彼女の密偵団は刑の執行までにフィノアの情報と革命団の動きを掴み、あの場に現れた。

「以前ビヤやスミガなどに警戒を強化していたら城下町で事件がありましたよね」

「あぁ、特徴がフィノアに似た男が起こした、陽動とも思える暴動……」

「はい。ですから多くの人が監査員さんを疑っていましたが、彼はその時も、その前後もホウで仕事を続けていたとの伝達があったんです」

 

 監査員処刑日の事件以降、各地に散在している多くの革命団やその仲間、残党たちから国民を守るため兵士が国の隅々まで出兵している。軍議の時間は大幅に短縮され、代わりにジゼーアなどの特級兵士たちも王城やその付近の防衛に徹していた。

 そんな状況下、本来ならば望ましくはないと考えたが、フィノアや革命団についての情報を知りたく、この場を設けた衛生機関次長は少女の話を聞き安堵する。

「やっと落ち着いて話せて良かったよ。……私を庇ってくれた2人にはなんと礼を言えば良いか」

 ラリーサには仕事を増やし、パウラには好(よし)みで自分が騒動の共謀者と見なされぬよう軍議にて擁護させたことから、彼は申し訳なさそうに言った。

「庇うも何も、こちらが感謝を……。してもしきれないくらいです」

「私もです。ジゼーア様が監査員を見つけた時のカロでの情報がなかったら、私達があの男を捉えることもできなかったですし!」

 パウラは彼女の性格と立場上、普段通りの口前だったが、ラリーサは働きぶりを認められたのを嬉しく思っており活気を帯びた語調で返事をした。

「その監査員さんは……」

「……」

 落ち着いた女性からの問いかけに、ジゼーアは首を横に振るだけだった。

「まだですか。宜しければウチの隠密たちに、回復方法を調べさせます」

「余裕があったらお願いしたいけど……」

「お言葉ですが、そろそろ行かなくては」

「そうだね、急ごうか」

 再びラリーサに頼ることに気が引け、すぐに返答できなかったが彼はパウラの一言で兵士として気持ちを切り替える。

 

 最年少のラリーサが率先して殿堂の扉を開け、少し歩いたところでそれぞれ持ち場に戻るため別れようとした間際、1人の衛生兵が走って来た。

「あっ、ジゼーア様! 目を覚ましましたよ!」

 その一言で3人はとある部屋に急いで向う。真っ先に部屋に入ったのはジゼーアだった。

 そこには寝台から上体だけを起こした男の黒紫の髪が、窓から漏れる陽の光に照らされていた。

「フィノア」

「ジゼーア……?」

 乱れた前髪に隠れ、まだ虚ろな青緑の瞳には潤んだ瞳で自分の名を呼んだ上司の顔が映っていた。

 

 フィノアは特別に、城内で衛生機関が使用する治療室で手当を受けていた。

 ジゼーアは、看病を任せていた衛生兵に「医薬と外治の副局長を呼んできて」と命じる。部下の前髪をかき分け、頰を濡らしながら、上司は「どこか痛みはある? まだ一人でいたい?」などと問いかけている。

 そうしていると男女2人が治療室に入ってきた。

「あぁ良かった、調子はどう? ……って、まだ騒いだらダメね」

 初めに姿を現したのは、医薬局・副局長のヒイノという小柄な女性。そして、あとに続き入室したのは外治局・副局長のスティーブ・ベナーク。長い茶髪をお洒落にまとめているのが印象的な男性だ。

「自分が君の傷を縫合したから、跡は残らない。安心するといい」

 自慢気な態度に、普段のフィノアならジゼーアに不満を口にしていただろうが、彼は副局長たちに「ありがとうございます」と素直に返した。

 

「左手に傷があるでしょ。そこから毒が回っていたんだよ」

 それは彼が倒れる前、最後に相手にした賊徒に受けた傷だ。あぁ、あれには毒が塗られていたのだ、とフィノアが回想しているとジゼーアは言葉を続けた。

「あと、フィノアは罪人じゃないって証明されたから安心して」

 その言葉に寝台の男は「そうか」と小さく答える。

 

 フィノアが倒れた後、それを伝えられたジゼーアはヒイノとスティーブに頼み、彼の治療に尽力させていた。

「あの薬は一日に何回も摂取させなきゃならない濃度が薄いものだったけど……案外早く効いたわね。効能を見直さなくちゃ」

 ヒイノはそう言いながら記帳を取り出し、スティーブは男の傷の具合を診ている。その内にフィノアはまた眠りについた。

 

 ――――

 

「うん、正直あんなにも軍議で冷たい目を向けられたのは初めてかもしれないね」

 数日後、ほぼ全快した監査員は上司とその弟と、かつて語らいの時間を過ごしたティシャガーレ邸の空き部屋にいた。

 

 長く臥せていたのでは無し、当然かも知れないが俺が治療している間に特に変わったことはない。強いて言えばあの珍しい花がなくなっていることだけだろうか、と思いながらフィノアは安心にも近い居心地でいたが、そう浮かれてはいられなかった。

「フィノアは無実だって、証拠は軍議でも承認されたよ」

「……俺にとってジゼーアの世間体が一番大事なことは変わらない」

「フィノアの意思に否定はしたくないけど……」

 

「僕はどっちでもいいけどさぁ」

 上司と部下のやり取りに、レマートが相変わらずな言葉を発したところで扉を叩く音がした。

 ジゼーアが「どうぞ」と言うと、黒い軍服の女性が扉を開け姿を現した。

「フィノアさん」

「パウラ様」

 監査員は機関次長に名指しされ気持ちを引き締め返答した。「オレもいるよー」とユリが隣に立つ。

「母を助けてくださって、本当に感謝しています」

 突然のことで監査員が言葉に詰まらせているとジゼーアが「もう一つ言いたいことがあって、私が2人を呼んだんだ。フィノアが助けてくれたのは、行方不明だったパウラのお母様だったんだよ」と補足する。

 フィノアが闘技場で共闘したのは、彼の推測通りルンベックの人間、軍政機関長の妻でパウラたちの母、マリッタだった。彼女は13年前、城下町で反王政派の国民による暴動の最中、娘を置き去りにして突如どこかへ走り去りそのまま行方知れずでいた。

 

「母は『簡単に討ち果たせると、慢心したのがいけなかった』と言いました」

 マリッタは、幼きパウラと城下町に出向いていたところ暴動に巻き込まれ、賊徒の中に故郷を壊滅に追い込んだ男を目撃したという。その男を殺めようと追いかける内に捕まり、捕虜となっていた。

 革命団から逃げるのは容易ではなく長い時間を要したが、その中で組織の動向や情報を集めながら過ごし、フィノアの処刑日に上手く寝返ることができたとのことだった。

「革命団撲滅の進捗が良いのもマリッタ様の見聞が大いに寄与しているんだ」

「ですから、私達はあなたに感謝だけでなく期待もしています」

「叙勲じゃないけどさー、やっぱ特別に軍に入って欲しいんだよね」

 

 機関長の令息、令嬢達から高く買われ、戸惑う平民は返事の前にジゼーアに目を向けた。

「はは……魂胆が見え透いているよね。どんな立場でも、私はフィノアが近くにいてくれたら嬉しいな、と思ったんだけど。気は変わらないよね?」

「……はい、光栄なことですが、例え監査員を続けても、軍人になったとしても私の存在は誰かの名声を下げてしまうとしか思えないのです」

「えっ、監査員辞めちゃうの!? 今度オレが回復祝いに、手料理振る舞おうと思ってたのにな」

 こう見えて得意な料理、特に菓子作りで人を喜ばせることが好きなユリはそう言い放ち、落胆した。

 

 ――――

 

 手続きを全て済ませ、フィノアが一般監査員から平民に戻る日。

 いつもの空き部屋にて彼はジゼーア、レマートと話すことは全て話した。この部屋に生涯足を踏み入れない可能性もあるかと思うと、フィノアは部屋を見回し風景を脳裏に焼き付けた。例の花が再び飾られているのに気づき、レマートが餞別にでも設えた……そんな訳はないか、などと思いながら部屋を後にした。

 

 兄弟だけでなく、リュディアとアウラ、ユリまでもが城門まで平民を見送る。

 中には素っ気ない者もいるが、平民と各々が別れの言葉を交わす。

「それじゃ、気をつけて」

「あぁ」

 2人は離別の場面にも関わらず、明るい雰囲気だった。理由はお互い、いずれまた共に過ごせるという確信……それを持てる程の関係であったからだ。さらに、その傍らで微笑むラリーサ。彼女が任務の間で、できる限り伝令史役も務めてくれると約束したのもその一つである。

 

 上司と部下であり、親友。そんな不思議な関係となった2人の固い握手が解かれる。

 ジゼーアは部下が見えなくなるまで、一人の平民と一匹の馬の後ろ姿から目を離さなかった。

 

 

『最後にな、革命団は反王政組織なんかじゃない。むしろ昔の、国民を無視した王政に戻そうとしているやつらが首謀者だ。そういう奴らに注意しろ、もちろん貴族の中に必ず内通者がいるはずだ』

 城下町を抜けるとフィノアは馬に乗り、道中、フィーノが討たれる前に遺した言葉を頭で繰り返す。

 誰が味方で誰が敵か分からない。当然貴族たちはそんなことは前提に毎日を過ごしており、俺の口から言えるようなことではないだろうと、彼はこの言葉と記帳についてはジゼーアにも話さなかった。

 フィーノは亡くなったが、マヤは悪党どもから開放され、町民の犠牲なく平定されたという。というのも、マヤはマリッタの故郷ということもあり情報がフィノアの耳にも入っていたのだ。

 また、事情を知ったケーナからもホウは無事だと知らされていた。

 

 

 流水は干渉によって簡単に流れを変え、土や苔、光などによってその色を変えられる。それは天命も同じで、いつ、何に行き先や見え方を変えられてしまうかは誰にも分からない。流れの行き着く先は何処だろうか。

 

 流浪の男は目的の町を目指して馬を走らせる。

 

――――

 

 
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