No.964252

紫閃の軌跡

kelvinさん

第122話 とある宰相の王国事情

2018-08-19 22:34:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1827   閲覧ユーザー数:1655

~リベール王国 グランセル城 宰相執務室~

 

 電撃作戦によるカルバード共和国の消滅。そしてクロスベル帝国の成立という知らせはリベール王国にも届いていた。しかし、かなり厳密な情報統制のおかげもあり、その事実を知るのはリベール王国内でもごく一部である。できる限り政府機関を潰さずに取り込めたのが功を奏した結果にシュトレオン王子は思わず笑みを零した。

 

「よし、予定通り『カルバード共和国』に経済支援を。結社の連中がこちらにも手を出すかと正直思ったが、どうやら『幻焔計画』は想定以上の遅れが生じているようだな」

 

 そのことについて対策は講じていたが、執行者の連中がリベールやクロスベル帝国を思った以上に妨害しなかったのは僥倖であった。その裏では七耀教会の星杯騎士団が彼らとの暗闘を繰り広げていることも無論承知している。

 

 元々この計画は10年前に立てたもの。その過程で共和国も犠牲となってもらったが、止むを得ないと割り切っていた。何せ、彼らには<百日戦役>における約定の一件があった。水面下の交渉においてはその件と引き換えに多大な利益を勝ち取っていた。とはいえ、一般大衆である普通の共和国民には全く影響が出ない代物ではあるが。

 

 エレボニア帝国が厳しくもしっかりとした王の器を持っていた父と心優しい母、シュトレオン王子にとって大切な両親を奪った罪は消えない。何せ、シュトレオン自身その総責任者である現皇帝ユーゲントⅢ世から謝罪の言葉を聞いたことなど一切ない。自分の妻を殺されておいて、隣国の次期後継者を躊躇うことなく殺めたに等しい。そして、それに同調したあの御仁も……シュトレオン王子にとっては『仇敵』そのもの。

 そんな様子を察したのか、彼の視線の先にいるカシウス・ブライト中将は憂うような表情を浮かべつつも諭すように口を開いた。

 

「お気持ちは解りますが。殿下、少し落ち着かれたほうがよろしいかと」

 

「……そうだったな。やれやれ、常に沈着冷静の印象が強かった父上には未だ及ばないな。その意味ではカシウス中将もそうなっていた可能性があったわけだし」

 

「そうですな。共和国大使もといクロスベル帝国大使にはエルザ・コクラン女史がそのまま続投と発表されました。正式発表は年の瀬あたりになるかと思われます」

 

「綺麗にスライドしたお蔭で情報統制にも余力ができたというわけか……当初の予定通り、帝国の貴族連合のキーポイントであるカイエン公――彼が信を置く総参謀にして『子供達』の関係者であるルーファス・アルバレアの拘束。奴の背後にいる『かの御仁』とリィン・シュバルツァーを完全に切り離す。彼女にコンタクトは取れたか?」

 

 クワトロの齎した情報を元に、シュトレオン王子は一つの楔を打ち込む。血縁関係のある息子を政争の道具にしか思わないような奴の言葉など耳を貸す義理などなし。なので、偶然とはいえリィン・シュバルツァーの実の血縁者を用いることに決めた。

 

「ええ、今日中にグランセル城へ到着するとユリア中佐より連絡を受けました。しかし、本気なのですか?」

 

「この国にとって後継者問題というものはどうあっても付きまとう。ならば、早めに手を打っても問題はないわけだ。俺やクローディア、将来的に妻となるアルフィンやエオリアを含めた王族を外敵から守るためにも、リィンとエリゼはリベールの守護者として重用する。彼の騎神と彼女はおまけ程度のものだ。それに、ルーアン総合病院での検査で確証は得られた」

 

 正直、この国にいるトップクラスの実力者たちからすれば騎神という存在はあまり障害とならない。なので、巨大な人形兵器というインパクトを植え付ける宣伝装置みたいな位置づけであるとシュトレオン王子は呟く。

 

 先日、正遊撃士でもあるエオリア・メティシエイルがグランセル城を訪れ、クローディア王太女の依頼という形で任期未定の護衛任務に就くこととなった。そのままシュトレオン王子の側室としてスライドできるようレミフェリア公国との交渉が進んでいる。

 なお、レミフェリア公国国家元首のアルバート・フォン・バルトロメウス大公は前向きで、大公の養女として既に手続きを終えている。なので、あとは王位継承の発表と結婚式を控えるだけの段取りに思わずため息が出そうになった。

 

 話を戻すが、シュトレオン王子の呟いた『彼女』はリィン・シュバルツァーの関係者。その彼女は現在エイフェリア島のリゾートホテルで従業員として働いているのだが、今後のことも鑑みてグランセル城の離宮においてメイドとして働かせる予定。これは彼女の生存自体国家機密に準ずるものである、と判明したためだ。

 

「流石に手を出す気は毛頭ないがな。リィンとエリゼを重用することでセンティラール自治州との関係強化を図るための布石だ。念のため、センティラール方面へ向かう遊撃士の融通は取り計らった。もしもの場合は王国軍も動かす……エレボニア方面の状況は?」

 

「大混乱といった様子ですな。我々への侵攻による被害で正規軍が勢いを盛り返してきたようで……どこもかしこもひどい有様との報告をリシャールから受けました。各自治州への被害報告は現状で認められない、とのことです」

 

「……火遊びが好きな貴族の連中もいる。やけっぱちになって放火でもされたら困るゆえ、警戒は怠るなと言い含めておくように」

 

「ええ、そのことは再三言い含めてあります」

 

 シュトレオン王子がこう述べたのには今年5月のアルバレア家の一件がある。先日の王国侵攻ではレグラム自治州に攻め入ろうとしたがこれを撃退している。あれだけの大敗を喫した以上貴族連合とてここからいたずらに戦火を振りまくことだけは避けたいと思うが、クワトロから齎された“原作”の情報から戦略や戦術を構築していかなければならない。動き自体は参考にならなくとも、貴族連合の思考や行動基準は一部を除いて殆ど変わっていないことは帝国内に築いた情報網から既に得ている。

 

「しかし、共和国相手に50兆ミラも……よろしいのですか?」

 

「構わない。彼らとてIBCなしで混乱きわまる共和国の経済を収めろというのは時間がかかりすぎる話だ。ここで恩を売っておき、見返りはIBCに保有されているエレボニア帝国政府関連の全担保権の何割かでいいだろう。元々タダ同然で手に入った資金を腐らせる理由はない。それに、エレボニアを切り取るとなれば労力も半端ないからな。無駄なリソースを省略できるなら願ったりかなったりだろう」

 

 裏では七耀教会経由で帝国内に残存する正規軍に対して食糧・弾薬、戦車・飛行艇などといった支援物資を大量に供給している。

 貴族連合はザクセン鉄鉱山からちょろまかして兵器を大量に作っていたのだ。ならば、こちらは<百日戦役>で培った経験をベースに大量の軍事物資をクロスベル帝国経由で帝国正規軍に提供しただけのこと。少なく見積もっても半年はゆうに戦えるだけの分を投下したのだから。その目的は帝国の内戦をできる限り長期化させることにある。

 

 やっていることは明らかに帝国の内戦を煽るような行為。だが、元々はリベール王国がカルバード共和国に対しての経済支援の一環として送った大量の物資の一部をクロスベル帝国が流した形となる。結果的に彼らが悪評を被る形となるため、その穴埋めとして共和国の経済混乱を早期に沈静化させるための経済支援を実施した。

 そのことはカシウス中将も一枚噛んでいる形だが、それを躊躇うことなく実行できるシュトレオン王子の決断力は彼の父によく似ているなと苦笑を零した。

 

「空母『アレクサンドリア』は予定通りアルトハイムに配備完了。ファルブラント級巡洋戦艦12隻のうち7隻もアルトハイム自治州に入りました。……エレボニアがこれを挑発と思わなければよいのですが」

 

「一度手痛い目を見て考え直してくれればよいが、物分かりの良い輩ばかりとも限らん。何せ、既に皇位継承権を放棄しているアルゼイド夫人の保護という身勝手な大義名分で仕掛けてきたからな。まぁ、戦争というものはエゴの押し付け合い……<百日戦役>だって似たようなものだ。そのこと自体を悪くは言わない」

 

 身勝手な戦争などないとは言えない。結局のところ、自国の利益を対外的に求めた結果として武力に頼ったというだけの話だ。別に当事者間の争いで周囲に迷惑を掛けさえしないのならそれが最良である。だが、現実がそう甘くないことは重々に承知している。

 

「だが、それで火の粉を被るのは罪もない人間が大半だ。だからこそ、我が国は積極的侵攻を是としてはいない。とは言っても軍備に力を入れないつもりなど無い。エレボニアのような真似を我らが取るのは二番煎じみたいなものだし、それに……我々は彼らよりも抜きんでた『空の力』がある」

 

「ですな……そういえば、どのようにして大量の物資を? 特に戦車は国家機密の塊みたいなものと承知しています……まさか、殿下」

 

「その疑念は正解だ中将。持ち運びの方法は流石に教えられないがな……連中の技術を用いて改良した戦車を正規軍に渡してきたのさ。当事者にしか使えないように組み込まれているが」

 

 遊撃士協会支部襲撃事件の際、大量の物資を損失させた帝国軍。それを回収できたのはシルフィアの“特典”によるもの。そこから当時開発段階だった『アハツェン』のデータを取り込んで改良した戦車一台をアスベルの“特典”で取り込み、増殖バグを意図的に起こさせて正規軍に十数台ずつ置いてきた。セキュリティー関係によって正規軍以外には使用できないようになっている。それでも『フェンリル』には勝てないが。

 

「性能を十全に使えれば機甲兵相手でも互角以上に渡り合えるだろう。まぁ、こちらは国境沿いの防備を固めるぐらいしかできないが……そういえば独自ルートからの情報なのだが、中将はヴァンダイク元帥をご存知か?」

 

「ええ。尤も、その時は軍人としてではなく遊撃士としてですが」

 

 カシウス中将は遊撃士協会支部襲撃事件解決時、偶々立ち寄ることとなったトリスタの酒場にて偶然酒を飲み交わした。高齢だというのに些か衰えの兆しも見せないその風貌と佇まいにカシウス中将も内心警戒したという。

 

「士官学院の学院長とはいえ、士官学校という性質からして軍属に準ずるようなものですからな。報告では学院に監禁されているようです……何か懸念が?」

 

「今すぐではないかもしれないが、今回の内戦後に元帥復帰はあるやもしれない。クワトロから聞いた情報ではあの御仁の元上司らしいからな。帝国軍再編という名目で駆り出される可能性は高いだろう。領邦軍はかなりの縮小を強いられるだろうが」

 

 彼から聞いた話では、劇的な復活を遂げたあの人物が正規軍・領邦軍を連合させてクロスベル方面に攻め込む。その算段を考えてのあの演説なら、彼が死んだと考えて行動する人間は多いはずだ。それこそ彼の異常性に気付いているか、あるいは未来を知っているのかでもしない限り。

 

「では、その場合は貴族を支援することも?」

 

「表向きは帝国との融和になるだろうが、かの御仁をこのまま徴用するならユーゲント・ライゼ・アルノールⅢ世を筆頭とした帝国現政権は『仮想敵国』とみなした上で第二種厳戒態勢を続行。貴族連中に対して直接的な支援は無理だが、いくらでも言い訳はある。例えば聖アストライア女学院やルーレ工科大学に対して『相互留学の支援』という形はとれるだろう」

 

 そのために最低でもエルザムレイン、アーシアレインの両名は生き残ってもらう必要がある。シュトレオン自身貴族派全員を拘束して処罰するという手段は下策であると考えている。なので、主要人物数名を拘束して最悪処刑も執り行う。罪状は『王国への無断領土侵入ならびに武力を用いた侵略行為、一方的な<不戦条約>違反行為』という理由がある以上、彼らが強引に抗議すればそれを『宣戦布告』同然とみなすことも可能となる。

 

「シュバルツァー侯爵の話からするに、ログナー侯爵家とハイアームズ侯爵家はどちらかといえば中立・穏健の派閥に近い。必要最低限の内応さえ約束してくれれば厳罰はしないと確約が取れれば、少しは楽になるだろう……彼らには貴族派の抑えとして、エレボニアの楔になってもらうつもりだ」

 

 ハイアームズ家はアルトハイム自治州と本国領、ログナー家はセンティラール自治州と領土を接している。後者については大変な苦行が待っているが、前者については貴族派の最大勢力として経済交流を結ぶこともやぶさかではない。あの家の三男とは色々あったが、それはそれである。経済の結びつきを強めるというシュトレオン王子の言葉にカシウス中将は一つの考えに至った。

 

「仮にクロスベルを取れずとも、彼らは諦めないと?」

 

「国内の不満のガス抜きとしてクロスベルに侵攻することは想定内だ。尤も、その場合は予告付きでとびっきりの制裁を科すつもりだがな」

 

 例の<百日戦役>の秘密協定、当時のリベール王太子夫妻殺害についての追及、そしてハーメルの悲劇と遊撃士協会支部襲撃に関わる一件。これらを公表するか、関税25%に加えて大幅な輸入制限という経済制裁のどちらかを選べと迫る。前者の場合はアルテリア法国全面協力のもと、帝国中にその真実をあまねく伝える。

 軍事行動に発展させるような動きを止めるため、貴族派への攻撃は必要最小限に留める。先日の戦闘は大勝したが、クロスベル独立国という厄介な代物がある以上行動を活発的にさせるわけにはいかない。幸いにして三機存在する“神機”なるものはクロスベル独立国内でしか活動できない制約を現状抱えている。

 

「ところでですが、クロスベル独立国から提唱されている同盟の件ですが……」

 

「話にならない、というのが答えかな。我が国は既にレミフェリア公国、クロスベル帝国と<西ゼムリア安全保障機構>の協定を結んでいる。今更新しい枠組みなどというのはおかしな話だ。大方あの機体の力を頼りにしているようだが、酷なことをするものだ」

 

「クロスベル帝国からの報告ですと、それを制御しているのは少女だと……とても、大人のやるべきこととは思えませぬな」

 

「我が国はその子の保護……いや、身の自由と安全をクロスベル帝国に要求した。クロイス家の言い分がどうあろうとも、彼らはあの教団の一件で罪を重ねすぎた。法国側も最悪彼らを“外法”として裁くつもりという回答も得ている」

 

 大切な人を守りたいという健気な想いを踏みにじって利用する……そういった連中を完膚なきまでに叩きのめす。場合によっては極秘裏に抹殺する。その上で、エレボニア帝国が少なくとも数年単位で軍事行動を起こせないように貴族派だけでなく革新派の力も削ぐ。そして、経済交流という金の力で彼らの手足を縛る……これはあくまでも、あの人物がそのまま政府要人として復帰した場合にのみ適応する。

 

「リューヴェンシス殿にコンタクトを。それと、ルーシー大使もだな。そろそろレミフェリア絡みの一件も決着させないといけない」

 

「……そうですな」

 

 年の瀬が迫っているというのに戦乱が絶えない北の隣国の有様に、思わずため息を吐きたくなったのはここだけの話。

 


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