No.957482

ヘキサギア・フロントラインシンドローム (下)

 消極的な指揮を執ってきたカナズミに対し改善を求め、成果を出したことで反感を買ってしまうミスター。
 そしてミスターを追うヴァリアントフォースの3ガバナーの暗躍……。
 そんな続きです。

本作品はコトブキヤのコンテンツ『ヘキサギア』シリーズの二次創作作品であり、同作の解釈を規定するものではございません。

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2018-06-23 03:08:27 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:611   閲覧ユーザー数:611

 新体制での初戦から数日が過ぎた。

 新池16号陣地はミスターの指示の元新たに火点陣地を構築。輸送部隊以外にも、襲撃してくる攻撃部隊をも退け続けていた。

 カナズミはミスターの戦術が有効であることに不満げであったが、新池16号陣地がヴァリアントフォース輸送線切断の重要拠点と認識されたことで、リバティーアライアンス司令部から付近部隊との連携を指示されてんてこ舞いとなりミスターと口をきく機会も無くなった。彼は隊員達の尊敬や信頼をミスターにそっくり奪われることを危惧している様子だったが、司令部からの連絡が増え繋がりができるとそちらに夢中になったようであった。

 そんな状況に、以前からカナズミの消極的な指揮に辟易していた隊員達は完全に彼への信頼感を失ったようだった。ミスターの指示のもと、今日の夜も哨戒チームがパトロールに出動する。

「ミスターが来てから、全て上手く回り始めたような気がするなあ!」

 哨戒チーム用の増加ステップを取り付けられたスケアクロウの上で、隊のガバナーの一人が愉快そうに笑う。ヘキサグラムストレージに増設されたそのステップの反対側に乗るのは、ベイトだ。

「よせよ、哨戒中に大声を出すなってのがそのミスターの指示だ。それにミスターはあまり頼り切りにならずに、自分で考えろとも言っていたぜ」

「ベイトは真面目だな。ミスターが伝令役に使うのもわかる」

「だが実際、ああいうヒーローが身近にいるなら信頼できるってもんだぜ。インテリ気取りのカナズミ閣下なんかよりもよっぽど的確な指示をしている」

「アライアンスの士官教育なんて各社任せだからな。カナズミの会社は上から下まで……」

 スケアクロウの操縦ガバナーも含めて、隊員達は上機嫌だった。元は単なる無個性な陣地で、さほど有能でも無い上官の不安を感じるような指揮のもとで戦っていたのだ。プレッシャーからの解放は快楽に等しい。

「確かに俺達にはミスターがいるけど、今この場所にはいないんだ。ミスターが一人だけな以上、俺達も頑張らなきゃだぞ」

「ああ。オーケーオーケー」

「そういやミスター、最近司令部で仕事してることが多いよな。カナズミの奴が仕事でも押しつけてんのかな」

 ベイトの小言にも、すぐさまそんな話題が上がる。ベイトは嘆息し、視線を周囲に巡らせた。

 立ち枯れた街路樹が風に枝を揺らしている。その動きを目で追った瞬間、何かが暗い路上へとボトリと落ちた。

「え?」

 思わずベイトが呟いた瞬間、紫と緑の光が浮かび上がる。

 

 夜闇に突然響いた金属音に、司令部で端末と向き合っていたミスターは顔を上げた。周囲にいる軍曹達もだ。

「……聞こえたね。KARMA、なにか検知してるか?」

『パトロール班からのバイタルデータ更新が停止』

 部隊指揮用のKARMAサーバーが応答する。パトロール班のアーマータイプが収集しているガバナーの生体情報が途切れたと言うことだ。送信機能の停止か、あるいは――、

「確認しなければ」

「ミスター、カナズミ少尉が戻るまでもう少しあります」

 軍曹の一人が自身の端末を見下ろして告げた。

「現在、この陣地で一番階級が高いのはあなたです。指揮の代行をお願いします」

「む……そうか」

 カナズミは後方にあるエリア統括の野戦司令部に出向いていた。ミスターが根回ししていた周辺陣地との連携について、説明を受けるためだった。

 良好な関係が築けていればこの手間は無かったものを、とミスターはかすかに後悔する。しかし首を振り、

「よし。各隊に点呼確認と、その後に防衛シフトの隠蔽陣地に移動。さらに――夜戦用ライトを点灯する」

 ミスターはそう告げると、司令部に増設されたスイッチを掴んで押し下げる。

 スイッチは、市街地に残る旧時代の街灯を改造しヘキサグラムに連結した簡易照明の一斉点灯用のものだ。灯火管制が敷かれた司令部に、周囲で灯る光が差し込み始める。

「スケアクロウ2班、観測地点へ上がってくれ。何か見えたら報告を」

『スケアクロウ2了解! 少々お待ちを……』

 ミスターが連絡した先は、パトロール班とは別のスケアクロウを操る班だ。対空戦闘に向けて機体を改造しているが、スケアクロウ自体の機動力を活かしての観測も担っている。

 彼らのための観測地点として、いくつかの形状を保っている廃墟ビルには補強が入れられている。夜の奥から駆け上がる足音が聞こえ、通信が再度確立される。

『スケアクロウ2より本部。ただいま観測中。目立った敵影は見当たりませんが……。あ、いえ、パトロールコースの辺り、陣地外縁で何か動きました!』

「撮影データを送って後退してくれ」

 実況でも始めそうなテンションを制し、ミスターは情報送信を待つ。再びスケアクロウの足音が響き始めると同時に、機銃の発砲音も聞こえてきた。

 送信されてきた画像は、急ごしらえの照明に火器管制用カメラでの簡易撮影によるもので画質は悪く、ブレていた。しかし即座にKARMAサーバーとミスターの頭部が作動音を立て、画像にかすかに映る紫の影を照合する。

「――これはハイドストームだ」

『曹長の判断を支持します』

『ミスター、敵が飛び始めてます! 攻撃しますかあ!?』

 判断の間に、スケアクロウ班から報告が届く。掃射音も続くが、音の位置が高くなっていた。

『高脅威の航空ヘキサギアです。対処を要求します』

『ミスター、一機じゃない! 増えてます!』

 判断を迫るKARMAに、スケアクロウ班、それ以外からも混信が始まりつつあった。しかしミスターはそれらをぴしゃりと遮り、

「陣地の隠蔽を保て。ハイドストームタイプは確かに危険なヘキサギアだが、武装は近接戦特化だ。確実に撃破できる位置まで接近した場合のみ攻撃し、攻撃後は後退するんだ」

『撃破しないのでありますかぁ!』

「撃破自体はしろ。だが確実な時まで待つんだ。射撃してしまったなら直ちに陣地転換。いいな?」

 空中からの掃射音が続くが、地上から応戦する射撃音は止まった。街灯に浮かび上がる航空形態のハイドストームの影は、しばらく滞空していたが、やがてなにか探し回るように旋回を始める。

「よし、こちらを見失った……」

「なぜヴァリアントフォースの特務機がこんなところに……」

 軍曹の一人が呟く。ミスターはその肩を叩き、

「こういう都市は地下インフラが発展していたからな……。近くの川から侵入されていたのかも知れない。対地振動センサーの陳情はしていたんだがな、間に合わなかったようだ」

「自分は元々フジの方で戦っていたので、市街戦はどうにも不得手です……」

「街も自然も、同じような場所は二つと無いのは一緒さ。ひとまず今は、見つからなければなんとかなる――」

 軍曹と共に姿勢を下げ、ミスターは敵の様子を窺う。すると、ハイドストームの一機が復旧した街灯へ攻撃を始め、さらにもう一機が機体に懸架していた装備を投下し始めるのが見える。

『街灯が破壊されています。さらになにか投下物が……どうやらパラポーンを搭載したドロップコンテナのようです。起動準備に入っています』

「攻撃して退避せよ」

『やってみます』

 遠く、ロケットランチャーの発砲音が聞こえる。爆発と同時に、滞空するハイドストームが機銃掃射に移るが、

『コンテナを撃破、退避します。ああクソッ、生き残りのパラポーンが何体かいるようです』

「追跡されない限り、今は無視していい。退避の優先を――」

 指示を飛ばすミスターの視界に、不意に光が差し込む。街灯が破壊され薄暗くなっていく地上からではなく、空中からの光だ。

 ハイドストーム達よりさらに高空に、サーチライトを備えた航空ヘキサギアが一機見える。ライト数は二。機影は定かではないが、ミスターはそれだけで気がついた。

「シングもいるのか……」

「ミスター、カナズミ少尉が戻ります!」

 軍曹の一人が声を上げる。ミスターが視線を落とすと、路上をこちらへ向かってくるカナズミが見えた。さらにその遠く背後には、輸送車両であるコンバートキャリアーが停車している。

「カナズミ少尉、戦闘中です! ここの場所がバレるようなことを……」

「いえ、いいんですよミスター」

 無造作な歩みのカナズミに、ミスターは注意を促す。だがカナズミは気楽な足取りで司令部に入り、

「状況は理解しています。援軍も呼んでありますので、皆さんは部下達を助けに行って下さい。司令部は放棄。私はKARMAのサーバーをあのコンバートキャリアーで移設します」

「増援を? もう?」

「そいつは助かりますな」

 カナズミの言葉に、軍曹達は胸をなで下ろす。そしてそれぞれの武装を手に取り、部下達が立てこもる陣地へと駆けだしていく。

「カナズミ少尉、陣地の現状はまだどこにも連絡していなかったはずですが……」

「航空戦力が展開しているんですから、余所からだって見当はつきますよ。さあミスター、あなたも!」

「…………」

 妙に快活なカナズミの言葉に疑念を抱きつつ、ミスターは自分がいつも使うアサルトライフルを手に取った。そして歩き出しつつ、

「……クイント、来い。俺達も戦闘に――」

『ミスター、だめぇぇぇ!』

 瞬間、ミスターのインカムに外部から割り込んできた通信が大音量で響いた。

『後ろっ! 狙われてますよ!』

「!」

 大音量に思わずよろめいたミスターは、しかし警告に対して即座に反応した。崩れた姿勢に逆らわずそのまま側転すると、アサルトライフルの銃声が響き、夜の空気を貫通していく何かの気配がした。

「……カナズミ少尉、どういうことです?」

 立て膝で振り向いたミスターは、自身のライフルを構える。そこにいるのは、やはり自身のライフルを構えたカナズミ。銃口からは硝煙が上がっていた。

「よく気がつきましたね。しかし、我が部隊はここで全滅するのです。あなたも含めてね」

「少尉、まさか――」

 ミスターが問いかけたその時、かすかに金属の擦過音が聞こえた。続けて堅い音と共に、カナズミの手からライフルが弾き飛ばされる。

「ぐわあっ……」

「サイレンサー……。それにさっきの声は」

「ミスター!」

 風切り音が降り、ミスターのすぐ隣に一人のガバナーが降り立つ。ポーンA1やセンチネルタイプに比べれば随分と細身で、頭部も覆われていない軽装型。朱色の髪と、グレーの全身に走る紅のラインが鮮烈なそのガバナーは、ティーンエイジャーの女性だった。

「ノースか!」

「どーもですミスター! 今日はちょっと急ぎの用ですよ!」

 ミスターの呼びかけに応じつつ、ノースと呼ばれた少女のガバナーはサイレンサーとブレードを取り付けられた拳銃をカナズミへ向ける。さらに空いた手で膝の武装ラッチに取り付けていたタブレット端末をカナズミに向け、

「ドラムス物流出向戦闘要員、カナズミ少尉。あなたは現在ヴァリアントフォースとの内通、破壊工作の疑いがかけられています。リバティーアライアンス憲兵団より一時権限を預かっていますので、あなたを拘束します! 抵抗せず、地面に伏せて下さい!」

「ブラックロータス社の特殊部隊員……!? ど、どこから……?」

 狼狽えるカナズミに、ノースは鋭い視線を向け続ける。彼女はリバティーアライアンスに属する電子企業ブラックロータスシステムズが保有する特殊部隊、フェアリーテイルの隊員だ。若いながらも電子戦知識と身体能力に優れ、以前ミスターと戦場を共にしたこともある仲だった。

「本当なのか? ノース」

「先日、リバティーアライアンスのデータベースからこの陣地やカナズミ少尉の情報が不正アクセスでコピーされまして。それを捉えた私達の部隊と憲兵団とで監視してたんです。そうしたら先程カナズミ少尉とヴァリアントフォースの工作員が接触して、この戦闘ですよ。私の仲間や憲兵さん達は別の場所で応戦中で、私だけ急ぎで来た次第です」

 ノースが事情を説明する間に、カナズミは後ずさった。すかさずノースが発砲し足下に着弾すると、カナズミはKARMAサーバーの陰に飛び込んだ。

「どういうことだ少尉! 裏切ったのか? それも……部下を売って!?」

「お、お前のせいだミスター!」

 サーバーの陰から顔を出し、カナズミは叫ぶ。その向こうで、停車していたコンバートキャリアーのコンテナが開き始めていた。

「人のことを否定しやがって……。お前みたいな有名な奴に実力を疑われたとなったら、俺の今後は真っ暗だ! 出向元の会社でも、このクソ軍隊でも色眼鏡で見られる! そしていつまでもいつまでもこんな前線で戦い続ける羽目になる! そこから脱するために面倒な士官教育まで受けたっていうのに――畜生! 余計なことをしてくれたよなあ英雄殿ぉ!」

 粗暴な、しかし悪態をつき慣れていないような言いよどみがちな口調でカナズミは喚く。だがそこで顎を上げ、嘲るように、

「けど面倒な思いをした甲斐はあったよ。俺が持つ情報を渡して、さらにこの陣地を潰すお膳立てをすれば、MSGが俺を保護してくれるとさ。ミスター、あんたがこの陣地の価値を高めてくれたおかげだよ!」

「騙されているぞカナズミ少尉! ヴァリアントフォースがそんな条件を履行するものか!」

「俺に話を持ち掛けてきた奴も、このアライアンスの尉官だったって言ってたぞ!」

 カナズミの反論に、ミスターは舌打ちのようなノイズを発する。

「シングだな……。奴が前そう言っていたのを聞いたことがある」

「ミスターミスター、リトルボウをここに呼べませんか? カナズミ少尉の行動からして、この陣地の情報はもう敵に渡っています。急いで取り押さえないと……!」

 ノースが耳打ちしたその時、コンバートキャリアーのコンテナから新たに一機のハイドストームが出現するのが見えた。それが司令部へ向けて跳び上がるのと、駐機スペースからリトルボウが自走し到着したのは同時だった。

「クイント! 敵ヘキサギアの接近を阻止しろ!」

『最善を尽くしましょう』

 自信と意欲の感じられないシステムボイスと共に、リトルボウが機銃と迫撃砲の一斉射でハイドストームの進路へと攻撃を行う。だがハイドストームは鋭くも柔らかな機動で廃墟の壁面を伝って弾幕を躱し、そして接近を見たカナズミがポーンA1のパワーに任せてKARMAサーバーを持ち上げ、走り出す。

「止まれ、カナズミ少尉!」

 警告し、ミスターは発砲した。対ヘキサギア狙撃を得意とするミスターの射撃は、カナズミの腿を捉えていた。瞬時に装甲が貫徹され、血飛沫と共にカナズミが転倒する。

「く、くっそお……。おおい、ここだ。ここにいるぞお!」

 サーバーの下敷きになりながら、カナズミがハイドストームに呼びかける。すると廃墟の屋上にへばりついて弾幕を逃れていた紫のヘキサギアは、ぼとりと路上へ落ちサーバーごとカナズミをかっさらう。

「いけない。稼働中のKARMAがハイドストームに奪われるなんて……。ベクターッ!」

『KARMAサーバーの停止と破棄ですね? 実行します』

 ノースの呼びかけに、空中で噴射音が鳴り響く。闇夜に溶け込んだメタリックブラックの小型ヘキサギアが一機、ハイドストームを追って飛んでいく。フェアリーテイル隊員の個人活動を支援する特殊機体、ブルコラカスだ。

 牙を剥き、翼を広げた形状のゾアテックス形態を取ったブルコラカスは、鋭くハイドストームへ接近するとその触腕に捉えられたサーバーへと牙を突き立てた。ハイドストームも触腕先端のブレードをサーバーに突き刺していたが、どちらも攻撃的電子情報を強制入力できる武装だ。

「上手くいったか?」

「うちの子に入れてきたウイルスを使えばあのサーバーを強制停止した上データを奪おうとすれば感染するようにできるんですけど……。ああ、ダメだ! もうこの隊のネットワークに向こうのウイルスが流されてます!」

『新池16号陣地戦術ネットワークから分離』

 ノースの言葉に、クイントが独自判断でネットワークを遮断する。すると、ブルコラカスごとサーバーを捨てたハイドストームに連れられたカナズミが、指揮官用無線機にがなり立てる。

『聞け皆! 今回の襲撃はミスターが手引きしたものだった! 指示も罠だ! 陣地から出て応戦を始めろ!』

「言うに事欠いてなんということを……!」

「えーと、汚染されたネットワークを回避して私達からここの部隊に呼びかけられる回線を――。ぉうわっ!?」

 ノースがタブレットを操作し始めた途端、上空からの機銃掃射が周囲を走った。空中に待機するハイドストーム達が、初めから知っていたかのようにこの隠蔽司令部に降下してきている。

「ひとまず退避するしか無いか……!」

「なんとかこっちから呼びかけてみます! まあ、私らブラックロータス系のガバナーはあんまり信用されてないんで期待できませんがっ! ミスター、気をつけて!」

 走り出したノースに、復帰したブルコラカスが飛来し脚部を伸ばして拾い上げていく。ミスターもリトルボウに飛び乗り、路上へと急発進した。

 幹線道路を横切り、入り組んだエリアへ。その時一瞬、道の先に敵の軍勢が見えた。

「ボルトレックスまで来たか……! もう応戦なんて言ってる場合じゃ無いな!」

 歯ぎしりするようなノイズを漏らしつつ、ミスターはリトルボウを夜の闇の中へと滑り込ませていく。目的地は戦場を見渡せるどこか。猶予はもう無い。この隊のガバナー達を逃がすための戦いだ。

 

「ヒヒヒ……。盛り上がって来た。ミスターの野郎、大慌てで飛び出していったなあ」

「隠蔽されたルートに入ったのかロストしてしまいましたねえ」

 戦場を睥睨するはるか上空、シャイアンⅡに跨るシングとフォーカスが愉快そうに肩を揺すっている。視線を真下に向けると、陣地から飛び出してきたガバナー達が統制を欠いた状態でハイドストームに応戦しているのが見える。

「ああなりゃもう烏合の衆よ。ハイドストームなんて高級機を危険に晒すこともねえや。パラミディーズぅー、狩りの時間だぞぅ」

『重畳重畳。我々も進撃させて頂こう』

 後方、ビークル形態で接近してきていた部隊が一斉にゾアテックスを発動し、市街へ散開していく。シングはハイドストーム達に再び上空への退避命令を飛ばすが、その内の一機から無線が中継されてきた。

『おおい工作員! こちらカナズミ! ミスターの反撃を受け負傷した! か、回収を頼む!』

「あ? ああ、ご苦労さん。アンタの部隊のKARMAサーバーは回収できてるか?」

『え? いや、それは。突然現れたブラックロータスのヘキサギアに噛み付かれた途端、ハイドストームが捨ててしまったんだ』

「ああ、すんでの所でウイルスか何かを仕掛けられたんで投棄したんでしょうねえ。回収できていればいろいろ役に立ったんですが」

 やれやれと、フォーカスが肩をすくめる。シングもつまらなさそうに鼻を鳴らし、

「まあいい。あー少尉殿、しばらく戦場から後退する機体は無いから回収はできない。そのハイドストームも戦闘に参加するから離れろ」

『お、おい! 手を貸したんだから安全は保障してくれるんだろ!?』

「もう一踏ん張りさ。さっき一芝居打っただろ? アンタの隊にはバルクアームαがあるんだし、部下を追い払ってソレに籠もってりゃいい。IFFの更新はさっき渡した端末を使え。けんとーをいのるぜ」

『く、クソッ! このことは保護された後に訴えてやるからな!』

 カナズミはまだ何か叫んでいたが、シングはヘルメット内の視線操作インターフェースでその回線をシャットアウト。そして地上からの支援要請に備え、シャイアンⅡを降下させ始めた。

「他力本願なのに偉そうな男ですねえ」

「ま、おかげでちょっとプライドをくすぐるだけでなびかせることが出来たわけだがな。ま、正直連れて帰ってやるのは嫌ではある」

 苦笑するシングは、フォーカスと腕を打ち合わせると機体を戦場へと舞い降りさせる。飛び交う銃声に耳を洗われ、シングは恍惚としたように首を傾けながらシャイアンⅡの機銃を掃射した。

 

「浮き足立っておるなあ! 心の弱き連中よ!」

 シャイアンⅡがフライパスする下、倒壊した廃墟の瓦礫を踏むスイフトローバーからパラミディーズが吠える。陣地から飛び出してきた分隊の一つが、彼の前で建造物を盾に抵抗を続けていた。

「偉大なる救済を拒み安易なプライドに浸る者共めが。引導を渡してくれる」

 スイフトローバーの腕部に内蔵されたグレネードランチャーが火を噴き、榴弾がガバナー分隊のど真ん中へと落ちる。その炸裂に散発的な銃声が止み、倒壊しかけた廃墟の陰から脱出しようとする人影が見える。

「逃さんぞ。我が愛馬の蹄鉄にかかれ!」

 瓦礫を蹴り、スイフトローバーが跳躍する。あたふたと逃げだそうとしたガバナーへと、細身のヘキサギアは降り注いだ。

「う、わ、あ……!」

「今更後悔しても遅いわ!」

 飛びかかる脚部の先端で、折りたたまれていた蹂躙爪が展開。分厚く、さらに枝分かれまでした刃は、速度と機体重量を乗せてガバナーへと突き立った。

「踏みしだけぃ! 全ての下賤な者共を新たなる時代のための地盤とするのだ!」

「た、たすっ、げぶっ、がっ、ごっ」

 踏み荒らすスイフトローバーの足下で、瞬く間に泥沼のようなぬめりが広がっていく。その様子に、分隊の他のガバナー達は引きつった悲鳴を上げて走り出した。

「は、奴らの繋がりなどこの程度よ。追え、見苦しく生かし続けてやることもあるまい」

「了解」

「追跡開始」

 先陣を切るパラミディーズを追ってきた部下達のボルトレックスが、追跡の足音を立てて通り過ぎていく。パラミディーズの権限で動員したパラポーン達で、機体に搭乗するガバナー以外にもさらに歩兵部隊が随行している。

「――は、他愛ない。これでは誇るほどの戦果とは成り得んな」

 つまらなさそうに呟き、パラミディーズは佇むスイフトローバーのシートまで跳ねてきた返り血を拭う。

「意地ばかりの儚い抵抗よ。人類のか弱き生の末節がここまで汚らしいものだとは」

「――いたぞ、イグナイトクラスだ! 敵の指揮官だ!」

 不意に声が響き、瓦礫越しに銃口が構えられる。追跡中のガバナー達とは別方向からだ。

 パラミディーズが咄嗟に機体を飛び退かせると、そこには傷ついたスケアクロウと三人のガバナーの姿があった。指示を飛ばすのはベイト。生還したパトロール部隊だ。

「奴を倒せばこちらが立て直す隙も得られる! 撃て撃て!」

「――ふん」

 ベイト達のアサルトライフルとスケアクロウの機銃に対し、パラミディーズは空中で機体をビークルモードへと変形させる。ヘキサグラム関節がサスペンションとして衝撃を吸収し、スイフトローバーは跳ねることも無く着地した。

「多少は骨がある者もいるようであるなあ?」

 誰にとも無く問いかけ、パラミディーズはスイフトローバーをベイト達へ向けて発進させる。機体頭部から変形した前方カウリングでライフル弾を弾きながら、パラミディーズは自身が身につける武装を展開した。背のハンガーアームに連結したスタニングランスの内蔵機銃が唸る。

 ベイト達が瓦礫の陰に伏せ、スケアクロウが身を躱した瞬間にスイフトローバーは再度変形。上方へ畳まれていた脚が地面に叩き付けられ、機体を大跳躍させる。

「回り込まれる!」

「退避ぃ!」

 スケアクロウのステップに飛び乗り、ベイト達は逃走を開始。彼らを飛び越えたスイフトローバーごと、パラミディーズは振り向く。

「首級を上げさせて頂こう!」

 スイフトローバーと、さらに自身が装備するグレネードランチャーに仰角を取り、パラミディーズはベイト達の前方へと発射しようとする。だがそこに差し込まれるように、一撃の光弾が飛来しスイフトローバーの上空で破裂した。

「む!? おおおぅ!」

 降りしきるプラズマ光弾に、パラミディーズもスイフトローバーも身をかがめて耐える。閃光に思わず振り向いたベイト達は、続けて通信に乗った声を聞いた。

『待たせたな。こちらミスター、射点を確保した。援護するので皆は隣接する陣地へ退避してくれ。残念ながら新池16号陣地を放棄する』

 プラズマ光弾の飛来が連続し、炸裂しては上空のハイドストームを打ち据える。撃墜には至らないが、退避行動を取った紫のヘキサギア達は上空から離れていく。

「ミスターだ! やっぱり裏切ってなかった!」

 ハイタッチを交わしながら去って行くベイト達を、ダメージ報告する愛機をなだめつつ見送ることになるパラミディーズ。ハンドルを殴りつけ悔しげに睨め上げたその時、そのバイザーに新たな情報表示を示す光が流れた。

「くっ……。む? ――ほほう、そうかね。あまり面白いやり口ではないが、やむを得まい」

 かがみ込むスイフトローバーをビークルモードに変形させると、パラミディーズはプラズマによって焼け焦げたマントを翻し、市街地の中へと潜り込んでいく。その片手が、虚空にコンソールを操作するように指を動かしていた。

 

 倒壊した廃墟が折り重なった小山の上、ミスターは対ヘキサギア野戦砲を連続射撃しながら呼びかける。

「裏切ったのは残念ながらカナズミ少尉だ。彼はこの陣地のデータをヴァリアントフォースの破壊工作員に流し現在逃走中。見つけても取り押さえる必要は無い。無視するんだ!」

『え? カナズミ少尉なら先程バルクアーム班に脱出を指示して―ー』

 ノースが手配した回線に、後方にいるはずのバルクアームαの運用チームからの声も入ってくる。だが直後に爆発音が響き、バルクアーム班の待機地点から炎が上がった。

「……バルクアーム班がやられたらしい。各員警戒を。敵の撃退は俺がやる。君達は生き延びることだけを考えろ!」

 視界に入るハイドストーム達を対空榴弾モードのプラズマ光弾で追い散らし、ミスターは叫ぶ。そして射点後方で控えるリトルボウへ振り返ると、手振りで移動開始を指示する。

「ミスター! 増援が急行中! 到着まで一五分!」

 グライダー形態のブルコラカスに吊られたノースが、そう告げながら上空をフライパスした。

「新しく開いた回線は安全ですが、ここの隊員の人達にはKARMAサーバーからウイルスが植え付けられている恐れがあります! 今回線経由で即席のチェックと駆除プログラムを送信中です!」

「助かる! 君も早く退避しろ! もうここは負け戦だ!」

 リトルボウが下ろすクレーンのフックを手元に引き寄せながら、ミスターはノースへ指示。だが直後に、響いてきた羽音に視線は上向きのまま振り向く。

「逃がすかよぉ、ミスター! ハハハ!」

 旋回するノースとブルコラカスを蹴散らすように、パワーダイブしてきたシャイアンⅡがそのサーチライトでミスターを照らし出す。尾部の速射砲を展開する相手に、ミスターはクレーンにかけようとしていた対ヘキサギア野戦砲をポーンA1の膂力に任せて引きずり振り回し、目一杯の仰角で迎撃する。

「シング! カナズミ少尉を騙してこんなことを!」

 キャニスター弾モードをセレクトされ、ショットガンのように野戦砲が火を噴く。降下軌道から小さく浮遊してそれを躱すシャイアンⅡの上から、シングは笑った。

「俺は別に騙してなんかないつもりだぜぇミスター? まあ『結果的に』こちらが提示した条件とは違うことになるかもしれないがな? ハッハッハ――っ!」

「くたばれゲス野郎!」

 小山の斜面を使って仰角を取りつつ、ミスターはシャイアンⅡを照準で追う。しかしシングは牽制射を嘲笑うかのように機体を浮遊させ、

「心外だぜミスター。この場合一番のゲスっつったらお前を裏切った少尉殿なんじゃあありませんかあ? さらにお前の指示を遂行しきれずに、浮き足立って今まさに陣地を崩壊させているあの隊の連中! 子守は大変だなあミスター!」

「黙れぇ!」

「嫌だね――!」

 シャイアンⅡの速射砲が火を噴く。稲妻のように降り注いだ砲弾がミスターの周囲で瓦礫を粉砕し、小山を崩落させた。砲と共に転げ落ちるミスターめがけ、機体からシングが飛び降りる。

「聞けよミスタぁー! 不快な思いは嫌だ、楽をして快楽に浸っていたい。そう思うような奴らはどこに潜り込むと思う!?」

 ショットガンで追い打ちをかけながら分厚いナイフを抜いて迫るシングに、ミスターは転がりながらアサルトライフルを背部ラッチから引き抜く。銃剣を突き出して構えると、シングが突き込んできたナイフの刃が弾かれる。

「俺やお前のように、強い者の下だ? わかるな英雄殿? そうして言うのさ。『強い者はか弱い者を守らねばならない。それが正義です』なんて、さも善良そうに目をパチクリさせながらさあ!」

「何か間違っているとでも言いたいのか!」

 突き出す切っ先でシングの刺突をさばきながら、ミスターは問い返した。するとシングは余裕を見せつけるかのようにナイフを手の中で回し、

「『俺達』のような側が言うなら高貴なお言葉さ。だが守られる側が恥ずかしげも無く言うようなことじゃない。ましてや――『私達に奉仕しないなら、お前は悪だ!』なんて続けるような性根ではなあ! わかるだろうミスター!」

 シングの言葉に、ミスターの電子の脳裏に浮かぶのは喚き散らすカナズミの姿であった。その隙を突くように、シングは改めて踏み込んでくる。

「不愉快な物事は俺達に押しつけて、一生を快楽の座の上で過ごそうってのが連中の願いだぜ? なら叶えてやろうじゃあねえか。楽しい楽しいピコピコ電子空間で、一生どころか永遠に過ごして頂く。ああ、ヴァリアントフォースのなんて献身的な奉仕! そうは思わねえか?」

「何もかも決めつけるな! 命を精一杯生きている者だって……この世界には存在する! それを嘲笑うというならば、貴様の話などもう聞くに値しない!」

 銃剣を薙ぎ、すかさず構え直して発砲しミスターはシングに距離を空けさせた。シングは転げ、跳び、瓦礫の陰に隠れ、

「人間の善意を信じてその身を捧げる……。尊敬に値するねえ。しかも生半可な覚悟じゃない。やけっぱちになったって死ねない体になっちまってまで、なあ?」

 くぐもった笑い声と共に、シングがショットガンをコッキングする金属音が響く。シングは何処からか、ミスターがその身をパラポーン技術で保っていることを知り、追いかけてきているのだ。

「ご立派ご立派。英雄様だよあんたは。だが奴らはそんなあんたに寄生する。そりゃもうびっしりとな。あんた自身に、あんたが救おうとする民衆の中に。――あんたが生かしてしまうんだよ、そういう輩を」

 シングの声音から浮かれたような響きが消える。

「やめてくんねえかな。俺は、そういう反吐の出るような連中を、一人残らずあの電子空間のゴミ箱にぶち込んでやりてえのさ。奴らの汚らしい痕跡も記録の中に押し込んで、奴ら自身のスイッチも切ってやりてえ。だめかい? わかんねえかいこういう気持ち」

「……SANATに頼らず自分でやるんだな、殺人者」

 ぴしゃりとミスターが告げた途端、瓦礫越しにショットガンの銃口が向けられた。横っ飛びに退避ながらミスターが発砲すると、シングも応戦しミスターを瓦礫の陰に追いやりながら、自身は飛び出してくる。

「俺は利用できるものは使うのさ! 残念だよミスター! あんたとは対等な立場で話が出来ると思ったんだがな!」

 いつもの調子に戻ったシング。その背後に、ノースを追い散らしたシャイアンⅡが浮かぶ。クイントが操作するリトルボウが機銃で迎撃するが、操作を代わったフォーカスが速射砲を放ち、リトルボウを後退させる。

「残念ですがそろそろお時間ですねえシング。飛び回ってるときに、接近してくるリバティーアライアンス部隊がちょっと見えました」

「そいつは残念なのに同意だな。ミスター、あんたは邪魔だから、必ずいつか始末してやるからな」

 シングは垂らされたシャイアンⅡの尾を昇る。ミスターは射撃するが、シングはフレームの陰に隠れながら手を振ってきた。

「俺達は帰るけど、あんたはもう少し苦労していくといい。こっちは目的のために全力を尽くしてるんだから、あんたも頑張ってくれなきゃ不公平ってもんだ」

「なんのことだ!」

「今にわかるさ。じゃあな!」

 シングをタンデムシートに載せ、フォーカスがシャイアンⅡを上昇させていく。ミスターは瓦礫の陰から出るとそれを追って射撃したが、シャイアンⅡは夜闇の彼方に飛び去っていった。

「――くそっ」

「うひゃー、あの腐れトンボいなくなりました?」

 オーバーワークのためかエンジンから煙を噴きつつ、ノースとブルコラカスが戻ってくる。その様子を横目に、ミスターは横転した対ヘキサギア野戦砲を起こす。

「今日の所は、な。厄介なラブコールを受けてしまったが」

「男の人の人生は大変ですねえ」

 脳天気にしみじみと口走るノースを無視し、ミスターは退避していたリトルボウを呼び寄せる。そしてそこでようやく振り返り、

「去り際に奴ら妙なことを言っていた。何か起きていないか?」

「妙? さあどうでしょうね?」

 ノースはタブレットに視線を落とす。すると、グライダー形態から折りたたまれて背負われているブルコラカスが報告する。

『新池16号陣地所属の複数のユニットが、ヴァリアントフォースのものと思われる信号を受信中。KARMAサーバーを経由して感染したウイルスによる挙動と推測』

「あーん駆除プログラム効かなかったぁー!」

 項垂れるノース。すかさずミスターが問う。

「なにか命令を受けているのか?」

『分析中です。……IFF情報の参照と、機動系・運動系への強制命令コマンドが含まれています。特定目標への攻撃命令だと推測します』

「まずい!」

 ミスターは砲をクレーンに引っかけると、リトルボウへ飛び乗った。しょげたポーズをしていたノースも、端末を確認し、

「ミスター、これって……!」

「奴らは、隊員達に同士討ちをさせようとしているんだ!」

 急発進するリトルボウ。隊員達が戦っているエリアからは、散発的な銃声が続いている。

 

 パラミディーズが後退し、ミスターの言葉に持ち直し始めたベイト達だったが、不意にその挙動に乱れが生じた。

 負傷し後退しようとしていた者は突如として膝をつき、応戦を続けていた者は銃口を敵から逸らす。

「ぐああ……! 人工筋肉のアシストが死んだ!」

 倒れ込んだ負傷兵が叫ぶ。重たげに身をよじる彼らに、傍らのガバナー達は手をさしのべるかと思いきや、

「アーマータイプが、制御を……!」

「お、おい何をする気だ!? やめっ――」

 そこかしこで銃声が響き、ぬめった飛沫が路上に散る。ガクガクと抵抗を受けている様子を感じさせる残存ガバナーの挙動に、鼻を鳴らすように唸る者がいた。

「部隊を統括するKARMAを一瞬でも確保出来たのは行幸であるな。こんな結果は、面白くも何ともないが」

 砲撃によるダメージを受けながらもそうぼやくのは、ヴァリアントフォース陣営後方にまで下がったパラミディーズだ。イグナイトタイプの指揮官用仮想コンソールを操作していたと思しき手振りを止め、彼は機体のハンドルに上体をもたれかけさせる。

「感染させたウイルスを介して自軍同士での同士討ちを指示してやったわ。お前達、後は好きにスコアを稼ぐが良い」

 拍子抜けした調子のパラミディーズは、スイフトローバーを反転させ後退していく。唸りや悲鳴を上げながら互いに撃ち合う新池16号陣地のガバナー達に、残されたパラポーンは歩み寄っていく。

「こ、こんな――畜生!」

 強制的に機能を停止させられたスケアクロウに振り落とされ、ベイトが悔しげに唸る。しかしその全身は汚染されたポーンA1に挙動を支配され、仲間へと銃口を向けつつあった。

「ふざけるな、この……!」

 膂力に任せて指を開き、ベイトはなんとかアサルトライフルを足下に落とす。だがポーンA1自体はふらふらと仲間の元へと覚束ない歩みを続け、そこへボルトレックスやパラポーン達が迫ってくる。

「こ、こんな最期……!」

「諦めるな、ベイト!」

 瞬間、路地に滑り込んできたリトルボウが機銃掃射でパラポーンを追い散らした。操縦者であるミスターは横滑りする機体から飛び降り、対ヘキサギア野戦砲を引きずりボルトレックスに狙いを定めている。

 プラズマはミスターとボルトレックスの互いから放たれたが、成果を上げたのはミスターだった。咄嗟の射撃ながら正確な狙いのミスターによってボルトレックスは脚部を撃ち抜かれて横転し、飛び降りたパラポーンはリトルボウの掃射の餌食となる。

「み、ミスタぁ――……」

「待っていろ。――フン!」

 ミスターの識別反応に対し、殴りかかろうするポーンA1の挙動を全身力で抑えこむベイト。そこへミスターは駆け寄るとアサルトライフルから銃剣を引き抜く。そしてベイトのポーンA1の背にそれを突き立てると、動力源たるヘキサグラムを抉り取った。

 機能停止したポーンA1は動きを止め、ベイトはその重みに膝を落とす。ミスターが肩を貸すと、ベイトは促すようにミスターの胸板を押し、

「ほ、他の奴らも……」

「すまんがこんな曲芸じみた救出の仕方は何度もできるものじゃない。君だけでも連れて行く」

「く、くそ……」

 重たげに、そして悔しげに拳を握るベイト。そんな彼をリトルボウの荷台に座らせ、ミスターはリトルボウを発進させる。

 同士討ちが始まったためか、ヴァリアントフォースは傍観の構えのようだ。リバティーアライアンスの増援も迫りつつあるので、退却寄りの態勢なのだろう。ミスターが景色を見つめて分析したその時、重い足音が近付いてきた。

「お、俺達のバルクアームが……」

 聞き慣れているのか、ベイトが呻く。そして、廃墟越しに紺色の装甲を持ったヘキサギアが姿を現した。

 バルクアームα。ゾアテックス技術の成立以前にヘキサギア界の主力として君臨していた人型機体。現在は戦場の高速化に伴い最前線から引退し、砲撃に用いられていることが多い機体だ。ここ新池16号陣地でも、そうして使われてきていた。

 ミスターは覚えている。あの機体が配置されていた地点には、カナズミが現れ機体を強奪している。

 ミスターが咄嗟にリトルボウを路地に滑り込ませると、バルクアームαは腰部の砲機関部に腕部の砲身を連結。射撃姿勢を取ると、同士討ちするガバナー達めがけて射撃した。莫大な砲炎、莫大な衝撃と共に撃ち出された対空榴弾がガバナー達を廃墟の一画ごと吹き飛ばす。

「カナズミ少尉! 貴様ぁ!」

『逃げ回っているなミスター! お前も倒してヴァリアントフォースへの手土産にしてやる……!』

 腰だめに構えた長砲を左右に振り、バルクアームαがカナズミの声を周囲へと漏らす。そしてリトルボウの走行音を聞きつけたか、上体ごと頭部を巡らせてミスター達を捉えてくる。

『そこだぁ!』

 水平射。バルクアームαが搭載する低圧砲は対装甲目標用の大口径火器だ。対空用の弾種とはいえ、破壊力は桁外れである。廃墟を吹き飛ばす爆風に煽られて横滑りしながら、リトルボウは力走を続けた。

『ヒーローなんて言ったところで何も出来ないじゃないか! 祭り上げられてたって所詮はずる賢いだけだったんだろお前はよお! お前のせいでぐちゃぐちゃになった俺の人生を、取り戻してやる!』

「勝手なことを……カナズミの野郎……」

 ベイトが呻くと、ミスターは小さく振り向いた。

「ベイト、あの廃墟の陰を通るときに飛び降りるんだ。奴に一杯食わせてやる」

 そう告げ、ミスターはリトルボウのコンソールを叩き、KARMAであるクイントに指示を入力。そして車体がカナズミから見て廃墟の陰になった瞬間、ミスターは運転席から荷台に飛び乗り、ベイトを抱えながら飛び降り、さらにクレーンとの接続を解除された野戦砲に飛びつく。

 走り去るリトルボウとは逆に、今来た道を野戦砲を押して戻っていくミスター。道の隅、電信柱の陰にベイトを座らせると、さらに進んでカナズミが操るバルクアームが見える位置へ。

『待てよおらぁ! 偉そうな口きいておいてそんなかよ!』

「どっちが……」

 嘆息するようなノイズを漏らしつつ、ミスターは砲をセッティングする。移動手段を囮に使っているので、気付かれれば逃げ場は無い。だが高鳴る心臓を持ち得ないミスターは、いつものように砲のプラズマ光弾を徹甲弾仕様にセット。

「痛い目を見て貰う」

 放たれるプラズマ光弾。強く絞り込まれたそれは、リトルボウを追ってミスターに左半身を見せていたバルクアームαの左肩口へ着弾。背面装甲の中を突き抜けると、右腕諸共機体の外へ威力を突き抜けさせる。

『グォアアア……!』

 機体の外部スピーカーまで影響を受けたのか、カナズミの悲鳴が低く長く引き延ばされ怪物のような唸りとなった。千切れた右腕が、腰部に接続されている低圧砲に覆い被さり脱落させていく。左腕も垂れ下がり、機体は背中を威力が駆け抜けていった衝撃のためか前のめりに倒れ込んでいく。

『ガァアアア! くそっ、くそっ! 奴の思い通りかよ! なんなんだよ! くそおおお!』

 ノイズ混じりにカナズミが悪態をつく。そこへ、ハイドストームの一機が舞い降りると触腕を振るってバルクアームαの装甲を払いのけ始める。ミスターは即座に次弾を放つが、ハイドストームはそれよりも早くカナズミを回収し、触腕に吊るして上昇を始めた。

「かはっ……。ざ、残念だったなミスター。これでもう俺はお前の手の届かない場所に行ける……! お前に復讐してやるからな! そしてこれからも、俺のような奴は増えていくだろうさ! 呪われろ、英雄気取り!」

 焼け焦げ、破片が突き刺さったポーンA1のヘルメットを脱ぎ捨て、カナズミが叫ぶ。彼を連れたハイドストームが飛び去っていくと、ミスター達の背後から砲声が響いてきた。周囲に弾着が連続する中、第三世代ゾアテックスに対抗するために改造されたバルクアームα達が路上を滑走してくる。彼らを引き連れているのは操縦席を閉鎖し走り去っていったリトルボウだ。

『ミスター、友軍が到着しました。観測により、敵も後退を始めたことが確認されています』

「ひとまず、一件落着かな……」

 砲を引きずり、ミスターはベイトの元へ戻る。そしてベイトを助け起こすと、彼は歯ぎしりを漏らしていた。

「ミスター、カナズミの野郎、あんなことを……。気を落とさないで下さい。あんな、嫉妬まみれの奴の言うこと……」

「ま、こんな立場だからな。あの手のやっかみなんてしょっちゅうさ。気を落とさない方がいいのは君の方だベイト、これからが大変だぞ、君は」

 改めてベイトをリトルボウの荷台に座らせると、増援のバルクアームαがミスターの姿を認めて小さく敬礼する。その上空をリバティーアライアンスの航空砲撃ヘキサギアであるブロックバスターがフライパスし、追撃戦を展開していく。

「どんなに傷ついたって戦いは終わらないんだ。明日も明後日も、俺達はどんなになってもこの戦場に立たなきゃならないんだ」

 進撃していく友軍を見送りながら、ミスターは独りごちる。進行する戦火に照らし出されながら、ミスターは項垂れるとリトルボウに乗り込み、後方へと機体を発進させた。

 

 後退したボルトレックス部隊が反転攻勢に入り、リバティーアライアンスとの交戦地点を遠く見るヴァリアントフォース補給廠。シング達と、彼らが動員したハイドストーム達はそこに帰還していた。

「今回もミスターのことは追い詰めきれなかったが、奴の牙城を崩してやったのは上出来だったかな?」

「ホホッ、そうすぐに決着が付くものでもありますまい。腐れ縁を楽しんでいきましょう」

 駐機したシャイアンⅡから降り立ち、シングとフォーカスが言葉を交わす。すると、傷ついたパラミディーズがスタニングランスの先端に何かを引っかけて運んできた。

「こいつはどうする。お前達が手配した輩であろう」

 そう告げて投げ出すのは、カナズミだ。

 背後から爆風を浴びたことで破片が多く背中に突き刺さり、非装甲部では肉体にまで達しているようだ。血を流すカナズミは、火傷した顔でシング達を振り仰ぎ、

「は、早く治療してくれ……!」

「なんだよ怪我酷くなってんじゃん。お前どーすんのこれ?」

 シング、続いてフォーカスがカナズミの前にしゃがみ込む。その態度に、カナズミは虚を突かれたような表情を浮かべた。

「――は!?」

「いやお前、この拠点はあくまで補給設備だからパラポーンとドロイドでオートメーション化が進んでんのよ。だから人間用の設備なんてほとんど無くて、当然そんな怪我されても治療なんてできないんだぜ? だから言っただろ、籠もってろって」

「だ、だったら治療設備がある拠点に運んでくれ! お前達のヘキサギアは飛べるだろ!」

「『くれ』ぇ? 『だろ』ぉ?」

 シングはカナズミの頭を、調子の悪い機械でも相手にするかのようにごつごつと叩く。

「うだつの上がらねえアライアンスのクズの、さらに裏切り者なんかが偉そうな口きいてんじゃねえよ。不意打ちできる状況から返り討ちにされて負傷してるような雑魚が。いい機会だからそのブッサイクな面捨ててパラポーンになったらいいんじゃねーのか?」

「い、嫌だ! パラポーンは嫌だ! こんな扱い聞いてないぞ! お願いです助けて下さい!」

 血塗れの顔をそれでも青ざめさせるカナズミに、パラミディーズが不快そうにつま先で地を打った。

「貴様、我らがSANATの救済である情報体化を拒むというのか? それでよくもまあヴァリアントフォースに手を貸したものよ。お望みだというなら、好き勝手に野垂れ死ぬがいい」

「んまあ、特筆した技能も無ければ情報体化しても個人データストレージ量は最低限分しか与えられませんし、そういう評価が嫌なら諦めるのも一つの手ですねえ。役立たずなのに苦しい思いをして生き続けるのも酷というものでしょう」

 フォーカスが顎に手を当て笑いをかみ殺す。出血を続け、もはや青黒い顔色になったカナズミは荒い息を吐き、

「そんな……俺は、復讐を……なんで」

「人に主導権を握られちまったのが間違いなのさ。俺達にも、ミスターにも。つまんねえ負け犬だなお前は」

 そう言うと、シングはカナズミの襟首を掴んで引きずり始める。行く先は、プレハブのようなヴァリアントフォースのガバナー用詰め所だ。

「ま、パラポーン化が嫌だったとしても、もう助からねえだろうし訊問代わりにお前の頭の中身は情報体化してやるさ。パラポーンの人手自体は引く手数多だし、適当な技能をポン付けしてどっかで使ってもらえるだろうよ。よかったな」

「あの手の間に合わせのパラポーン達は人格の平均化が掛かっててどうにも没個性で私、あまり好きではないのですがねえ」

「清廉なる電子空間にこのような雑種が加わるのは耐えがたいことではあるが、清濁併せ呑むことが救済においては肝要ではある。大いなる救済が成されるためには、私が耐えることも必要であるのだな」

「嫌だぁ……やめて……やめてください……」

 カナズミを引きずり、三人は詰め所へと歩いて行く。カナズミは弱々しくアスファルトを引っ掻いて抵抗を続けていたが、扉が開き、そして閉じると補給廠は沈黙に包まれた。

 

 そして、数日後。

 新池16号陣地からリバティーアライアンス勢力圏後方に存在する駐屯地に、ミスターの姿があった。戦闘で破損したリトルボウと対ヘキサギア野戦砲の修復を終え、格納庫から路上へ機体を進ませる。

「ほとんど休みも無しに次の任地か。こういうときは、生身の体じゃないことが恨めしいね」

『ミスター、英雄的ではない言動を慎むべきです』

 警告してくるクイントに、ミスターはリトルボウのコンソールを軽く叩く。そうして格納庫前で待機するコンバートキャリアーにリトルボウを載せようとしたところへ、駆け寄ってくる人影があった。

「ミスター! おーい!」

「おや」

 ミスターが振り向くと、黒いライトアーマータイプ姿のノースと、彼女に連れられてベイトがやってくるところだった。ベイトはシャツに野戦服のズボンの姿で、あちこちにガーゼが貼られたり包帯を巻かれ負傷が残る姿だ。

「無事だったかノース。ベイトも、怪我はどうだ?」

「怪我自体は軽いです。軍医殿はむしろ、仲間を一度に失った心の方が重傷だろうと。その割りには、広報部の取材には付き合わされてるんですが」

「俺のせいだねえ」

 今回の一件は、ミスターに絡めた広報戦略にも利用されるらしい。卑劣なヴァリアントフォースの工作で壊滅した隊から、ミスターが決死の思いで救い出したのがベイト、という筋書きだろう。

「偽の通知で広報部の記者には、ベイトさんがよその駐屯地の病院に移送されたって送っておいたんでしばらくは静かですよ。お大事に!」

「はあ、どうも。――やっぱブラックロータスの特殊部隊ってすごいんですね」

「技術はあるんだがね。人を荒事に巻き込まないよう自前の腕っ節も身につけて欲しいところだが」

「女の子にそんなこと期待しないで下さいよ~」

 ひらひらと手を振ってミスターの嫌味をいなすノースに、ミスターもベイトも毒気を抜かれた様子だった。

「――ベイト、戦場では道理も倫理も通らない行いが横行して、むしろそれが勝ち残っていくことの方がよっぽど多い。苦しい思いを知ってしまったが故にさらに苦しみが増していくこともあるだろう。だがどこかで戦い続ける俺に免じて、どうか諦めずにいてくれ。そして俺とは違うどこかで、誰かの力になって欲しい。――俺は一人しかいないからね」

 告げるミスターに、ベイトは敬礼を返す。

「ミスターの力になれれば、嬉しいですね」

「そう言ってくれるだけで充分嬉しいさ。こういうやりとりが出来るから、俺は戦える――」

 頷くミスターに、ベイトも頷きを返した。

「やはりあなたはヒーローですね。もうこんなに、俺も奮い立っている」

「君自身の力さ」

 そう返したミスターが顔を上げると、コンバートキャリアーの運転手のガバナーがちらちらとこちらを窺っていた。すでに出発時刻だ。

「ベイト一等兵、今後の君の活躍に期待する。解散!」

「はっ! 誠心誠意努力します! ミスター!」

 敬礼を返し、ミスターはリトルボウをコンバートキャリアーへと積載させる。コンテナは閉じ、車体が動き始めた。

「――で、ミスター! 次の任地はどこなんですかー!」

 グライダー形態のブルコラカスに吊られて飛ぶノースが、コンバートキャリアーと並びながら問いかけてくる。その様子をコンテナ上部のトラス越しに見上げ、ミスターは応じた。

「次も最前線さ」

 


 
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