No.956434

【新7章・前】

01_yumiyaさん

新7章。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け。前編

2018-06-14 22:44:23 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:766   閲覧ユーザー数:766

【雷盟の逆鱗】

 

 

形なき混沌が現実。

これに秩序という形を与えて、

未来を生み出すのが我らの使命。

 

さあ今血が一滴、滴った。

無明の闇の中から何かが誕生し、

世界に波紋をもたらしていく

 

命短き者よ、生き急ぐな。

お前の生きる大地は、常にゆっくりと歩むのだから。

 

 

 

 

風が静かに通り抜けた。

此処に集まった風は外へと流れ、長い長い旅の末また此処へと戻ってくる。

そんな風とともにふわり舞い上がった木の葉を見て、少年はそれを追い掛けるようにタンと地面を蹴り飛ばした。

空に向けて跳ねた彼の指がもう少しで木の葉に届くというところで、葉は逃げるように軌道を変え、すいと空高くまで消え去っていく。

掴み損ねたそれを悔しそうに見送りながら、少年はストンと地面に着地した。

自在に姿を変えることが出来たならば、あれを逃しはしなかっただろうに。

空に目を向け少年は少しばかり頬を膨らませる。

どうにも自分はそれが苦手なのだと不満を露わに、少年は足元にあった石ころを蹴飛ばした。

もっと強くなれば上手くなるのかなと、空を走る風にふくれっ面を向けた少年の名を、リントといった。

 

彼の言う「姿を変える」というのは、術や技のことではない。

リントたち、否、この郷に住む者は大半が呼吸と同じように生れ持った能力として「姿を変える」ことができた。

鳥が空を飛べるように。魚が水中を泳げるように。獣が地上を走れるように。

彼らはさも当たり前のように、己の身体を変化させることが出来るのだ。

 

人々が恐れ敬い見上げる生き物、竜と呼ばれるものの姿に。

 

普段は「人」と変わらぬ姿を持ち、思いのままに「竜」へと形を変えられる彼らは、己が種族を「竜人」と称し、人よりも永い寿命を持ってこの世界を生きていた。

しかし彼ら竜人が生きる地は人々に見つけられないだろう。

彼らは人々から隠れるように身を寄せ合い、守護者によって守られながら小さな郷に篭って過ごしているのだから。

リントが今いる場所は「竜の郷」。

竜と竜人、竜に連なる生き物たちが外界から離れ、のんびりと平和に生きる場所だった。

 

竜の郷がいつ頃外界から切り離されたのかは永い時の中で失われ、それを知る術はない。

それだけ永く篭って暮らした結果、竜人はじわじわと能力が低下してきていた。まるで風を抑え弱らせたかのように、竜人たちは世代を重ねるごとに能力が落ちている。

現に、一番年若い竜人であるリントは他の竜人と比べ姿を変える能力が弱かった。竜化するにも時間が掛かり、竜化したらしたで人化するのにも時間が掛かってしまうのだ。

他の竜人はポンと簡単に竜の姿を取り、ポンと簡単に人の姿になれるのに、リントの場合、運が悪いと竜のまま数日過ごす羽目になる。

手足の不便さは元より、言葉も発せなくなってしまうというのは日常生活を過ごす上で不便なことこの上ない。

故に世代を重ねるごとに竜から離れ人に近付いてしまっていると、竜人から竜の力が弱まっているとされていた。

 

それを体現しているリントも幾度か稽古をつけてもらったが、変幻の不安定さは変わることはなく、悲しいかな、ほとんど人の形で過ごしている。

おかげさまで、闘う時は竜化したほうが楽だと笑う友人たちを尻目に、リントだけは人の姿で闘うことを強いられていた。例え変幻が苦手ではあっても、腐っても竜の血を持っているからか身体能力は高いらしく、他の竜人に遅れをとることはないのがまだ救いだ。

よく稽古をつけてくれる竜人、リザドからも「まあこれなら竜化が苦手でも大丈夫だろう」とお墨付きをもらっている。

 

のんびりとした平和な郷。普通そんな生活環境であったならば、他者との戦い方など教える必要はないだろう。

平和なのだから闘う必要などない。

けれども竜人たちは、万一にも外界から敵意を持ったナニカが襲撃にくることを警戒し、皆々ある程度鍛えていた。そのため、竜人たちは皆外界にいるドラゴンと同程度の技を扱う事が出来る。

まあ、それだけ警戒していてもリントが生まれ落ちて以降、つまり何百年という月日が経った今でも「外から誰かが来た」ことはないのだが。

なおかつ、恐らく外の生き物よりも強くなっていたのだとしても、中に住む竜人たちも外へ行くことはない。安全で平和な、居心地の良い場所から離れる理由がないからだ。

鍛えるのは、闘えるようにするのは万一に備えて。それだけのこと。

 

それでもリントはふと思う。

風ですら外に出て行くというのに、何故自分たちは外に出ようともしないのだろうか、と。

闘えるのだから、外に出ても大丈夫だろう、と。

 

外に出ない理由は散々聞かされている。

外は恐ろしく凶暴で性悪な生き物が跋扈しているから、外に出るのは危険なのだと。

外に出たが最後、襲われ切り刻まれ食われてしまうのだと。

つまるところ、危ないから外に出るな、もし敵が来たら返り討ちにしろ、という話なのだが、郷で生まれ郷で育ったリントとしてはピンとこない。

外の生き物は自分たちが警戒するほど強いのだろうかと不思議そうに首を傾げた。

それをリザドに問うたら困り顔のまま「外の生き物は、自分たちより力も弱く脆い」と教えられる。

よくわからない、とリントは更に首を捻った。何故、竜人は自分たちより弱い生き物からコソコソ逃げなくてはならないのか。

そんなリントに真剣な眼差しを向け、リザドは困ったように言う。

どれだけ気を付けていても、特にヒトという生物は狡猾でズル賢いから捕まって殺されてしまうのだと。

その応えに、リントは納得いかないと膨れながら今の今までリザドの言う通り、外へ行く素振りは見せなかった。

 

しかしながら、

稽古をつけてもらい闘いの基礎を身に付けた今なら、外に行ってもなんとかなると思う。

 

楽しげに微笑みリントは友人たちの待つ、郷の外れへと軽やかに駆けて行った。

駄目だと言われたら行きたくなる、すぐそばにあるのならば見てみたくなる。

そんな単純な考えで、リントは今日、友人たちとともに郷の外へと行くつもりだった。

 

■■■

 

リントが待ち合わせ場所に到着すると、先に来ていた友人が辺りを見渡しながら「リザドには見つかってねーよな?」と小声で話しかけてくる。

ダイジョウブと胸を張り、リントは警戒している友人、ククルに笑顔を向けた。

派手な髪色を持つこのククルは、名の通りククルカンという竜の竜人だ。

ククルカンは鳥竜という種のワイバーンで、見た目は鳥に近い。まあそれを言うと「鳥じゃない鳥竜だ」と睨まれるのだが。

ククルカンの外見が竜にしては羽がフサフサしているせいか、ククルもカラフルな羽を好んで身に付けていた。

 

「おい、ベーマス起きろ。リント来たから行くぞー」

 

そう言いながら、ククルは側の木に寄り掛かってウトウトしていた大柄な少年を杖で小突く。

小突かれ目が覚めたのか大きく欠伸をしながら「おう」と頭を掻くベーマスと呼ばれた少年がのんびりと立ち上がると、頭の上に乗っていた小鳥が驚いて飛び去っていった。

ベーマスはベビモスという竜の竜人。

ベビモスはかなり大きく重いドラゴンで、空は飛ばず四肢を大地にどっしりと付けている竜だ。飛べない分、他の竜よりも丈夫でウロコも硬い。

山のようなゴツい竜といえば良いだろうか。その巨体と同じく、ベーマスもどっしりとした体格をしている。

 

「外にはオレっちの仲間がいるらしーから、会えたらオモシレーな」

 

「自分の仲間もいるらしいのー、会うのは難しいかもしれんが」

 

楽しげに笑い合うククルとベーマスを羨ましそうに眺めるリント。

聞いた話ではリントと同種の竜は、郷の外にはいないらしい。

不貞腐れるリントを見てククルは笑った。

 

「仕方ねーさ。オレっちは空、ベーマスは陸。んでオマエは宇宙だ」

 

空より外にいる仲間に会えるわけねーだろ、とククルはリントを小突く。

リントと同種の竜は流星の竜と呼ばれ、星空を走る遠い存在。運が良ければ見えるかもしれないが、その可能性は低い。

ちぇっと頬を膨らませながらリントは、それでも外の世界に心弾ませながら森の奥へと足を運んだ。

「ホントにここにあるんだよな?」とガサゴソ草を踏み分けながら。

 

「あるって!ほら行方不明になったヤツいただろ。ソイツのせいで綻びがあるんじゃねーかって騒ぎになっちまったから、早くしねーと塞がれちまう」

 

外に遊びに行くなら今しかねーよとククルは先導するように歩き出した。

元々自分が穴を見つけて、いつか三人で遊びにいこうと隠してたのに、勝手に使ったヤツのせいで遊び場所が無くなっちまうとククルは不機嫌そうに草を払う。

しばらくして、結界の弱まっている場所掘り出したククルは「行こうぜー」と跳ねるように穴をすり抜けていった。リントたちもウキウキしながら穴をくぐる。

ぱっと行ってぱっと帰ってくればバレないと。

彼らにとってはちょっとした遊び場所が増えた程度の考えだった。

故に気付くことはない。

何百年という月日の間、郷を隠していた結界に、穴が空いているという不自然さに。

 

 

■■■■■

 

 

さて、

こちらは竜の郷と人の世の境目

ちょうど好奇心の強い彼らが

遊びに出掛けるところのようです

 

長い長い期間、

郷と外とを分断していた壁に

穴が空いてしまっていますね

少し前にも火の竜人がここから抜け出し

人の世に逃げ住み着いたようですから

結構前から空いていたのかもしれません

 

どうにも竜、ひいては竜人たちは

長い年月生きるせいか

ヒトとは少しばかり時間の感覚が違うようです

 

彼らの「ちょっと」は

こちらの「結構な時間」

 

それ故、

ヒトと関わると後手に回ることが多い

まあ後手に回ってもなんとかできるスペックがあるので

あまり問題ないのかもしれませんが

 

 

ああ、そういえば

リントブルムという竜がおりまして

彼は流星の竜と呼ばれています

 

何故かと問われたら簡単な話

夜空を駆ける流星を

竜だと称しただけ

昔の人間は、流れ星に竜の姿を重ねた、それだけの話

 

なかなかロマンチックな逸話でしょう?

故にそう、

この世界にはもう既に

願いを叶える流れ星は存在しているのですよ

竜という名の流星が

 

流星と同じく滅多に見られない

小さな小さな仔ですがね

 

 

 

■■■■■

 

こっそりと郷と外界とを切り離していた壁を抜け、リントたちは人間の跋扈する大地に足を踏み入れた。

どうやらちょうど穴の向こうも森のようで、辺りには郷と同じく鬱蒼と木々が生えている。おかげで身を隠しやすく、人間にすぐさま見付かり追い回される心配はなさそうだ。

逆に言ったら問題は、変化が乏しすぎて外界に来たという実感が微塵も湧かないということなのだが。

 

「…ココ、ホントに郷の外?」

 

「さあ?ワカンネー」

 

リントたちは身を寄せ合いつつキョロキョロと周囲に目を向けた。

ヒトがいれば郷の外だとすぐわかるのだが、ヒトに会ったら捕まるかもしれないためなるべく会いたくはない。

しかしヒトに会わなくては郷の外だと判断出来ない。

3人は揃って悩むように唸った。

 

「つーか、ヒトってオレらと変わらない形してんだろ?どーやってヒトだってわかんの?」

 

小首を傾げるリントに呆れた顔を返し、ククルが「リザドに教わっただろ」と己の耳を指差す。

ククルが言うにはヒトと自分たちは耳の形が違うらしい。自分たちよりもこじんまりとした丸い耳、もしくはほんのり尖った耳をしているという。

だから見ただけで簡単にわかるとククルは己の耳を弾いた。

 

「ん?肌の色が違うんじゃなかったかのー、あとなんか毛だか羽だか角だかが生えてるっちゅーのはヒトではなかった、か?」

 

「そんなんいたっけか、…たぶん、そーゆーのも全部ヒトなんじゃねーか、たぶん」

 

ベーマスの言葉にククルも首を傾げる。

生まれてこの方竜人仲間しか見たことがない彼らにとっては、人間も天使も悪魔も獣人も全部「ヒト」という括りに纏められるようだ。

竜人はヒト型に近いものから竜に近いもの、トカゲに近いもの全て「竜人」と括ってしまうからか、彼らにとってこの世界における種族の差異、身体の差異は有って無いようなものなのだろう。

 

とりあえず、郷の外に来たかどうか判断するには見かけたヒト型のものの耳を見れば良い、とリントたちは森の中をコソコソと探索し始めた。

しかしながら森の中というものは見通しが悪く、探し方が悪いのかそれとも元々ヒトがいないのが人っ子ひとり見当たらない。

これではいつもの郷の森と変わらないなとリントが探索に飽き欠伸をひとつ漏らした頃、突然ククルに伏せろとばかりにガツンと頭を押さえつけられた。

痛さで涙目になりながら、リントが文句を言おうと口を開くが「しっ」とククルに口を塞がれる。

 

「なんか来た」

 

足音と気配からヒト型のものだろうとリントも気付き、身体を強張らせた。

足音を響かせ近寄ってくるナニカの耳は、自分たちと同じだろうか、それとも違うのだろうか。

相手に気付かれないように身を隠し、それでも見逃すまいと目を見開きながらリントたちはドキドキとしながら足音の主を待つ。

その足音の主は時々立ち止まりながら、ちょくちょくため息と唸り声を漏らしながら森の中を歩いているようだ。

相手ののんびりとした歩みにヤキモキしながらも、リントたちはようやく視認できる距離に現れた足音の主を凝視した。

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

リントたちに気付かず足元の草を踏みしめながら「やべぇ迷ったー…」と呟き、前を通り過ぎるヒト。彼が森の奥へと消えたのを見てリントたちは顔を見合わせる。

今通り過ぎたヒトは白い鎧に赤いマント、ちらりと見えた髪は金色をしていた。マントはボロボロだったし、鎧もボロボロ。鎧に至っては破損箇所が大きく、所々に黒いインナーが見えている。

そんな装備を身につけていたヒトは、ボロボロの鎧とは裏腹に頭をすっぽり覆うほどのしっかりとした兜を被っていた。

彼の兜は少しばかりベコベコでパーツも崩れていたのだが兜としての破損箇所はほとんどなく、つまるところ、

 

「…なんか被ってて見えなかったな、耳」

 

三人を代表してククルがぽつりと呟く。

郷の外かを判断するためのヒトとのファーストコンタクトは、やや失敗に終わったといえよう。

 

■■■

 

耳の型を確認することは出来なかったが、あんな鎧も兜も郷では見たことなかったし、あんなヒト見たことがない。

つまり多分恐らくきっと、ここはちゃんと郷の外。人間が跋扈する世界なのだろう。

さっきのヒトは多分人間、見つからなくて良かったと今更ながらリントは安堵した。

 

「しっかし、人間はあんなボロボロの服で出歩くんかー?」

 

「文明がすげー遅れてるか、すげービンボーなんじゃね?」

 

呆れた声を漏らすベーマスと、ケラケラ笑うククル。

そんなふたりにリントはぽつりと言う。

 

「…闘って壊れたんじゃねえ?人間って乱暴だって言うし」

 

迷ったとか言ってたから、闘って負けそうになったから森の中に逃げ込んでたとか。というリントの発言に、ククルたちはギョッと身体を震わせた。

確かにその可能性は高い。なんせさっきの人間は、ボロボロの盾と立派な剣を持って歩いていたのだから。

「そういやなんか鉄臭い匂いがしたんじゃが、あれは…」とベーマスは先ほどの人間が去って行った方角に顔を向けた。

しばらくの沈黙が三人を包む。

武装した様子の血生臭いヒト。やはり人間は乱暴で凶悪でヤバい生き物のようだとリントは顔を青くさせたが、彼らを包んでいた沈黙はククルによって打ち破られた。

 

「あー、どうするよ?帰るか?」

 

来た道を指差しククルは問う。その問いに、リントとベーマスは顔を見合わせた。

いやまあ確かに血の匂いをプンプンさせながら平然と歩く人間怖ぇってのは痛いほど理解したが、このまま何もせずただ帰るのも面白くない。

だってわざわざ言い付けを破ってまで、郷の外に出たのだから。

 

「…もう少し冒険したい」

 

リントの言葉にベーマスも頷き、ククルも嬉しそうに微笑んだ。

「人間に近寄らなきゃ大丈夫じゃろ」とベーマスは胸を張り、「んじゃ、さっきのヤツと反対側行こうぜ」とククルはニッと笑う。

仲良く肩を並べ、竜人たちは郷の外の世界を歩き始めた。

 

辺りを多少警戒しつつ森の中をポテポテ歩いていると、木々の隙間と言うのか、ぽかりと拓けた場所に辿り着く。

その場所は木が邪魔をしないせいか青空が顔を見せており、太陽光が当たるおかげなのか草や花が地面を覆っていた。

拓けた場所だから人目に付きやすそうだと周囲を警戒するククルとベーマスを尻目に、木々に邪魔されないで走り回れる場所を見つけたとリントは笑顔で花畑に飛び込む。

広い花畑を無防備に走り回るリントだったが、花畑の真ん中辺りでぶぎゅるとなにか踏み付け、同時に不思議な感触を足の裏で感じ、同じ場所から妙な音が耳に入った。

草でも花でもましてや土でもない感触にリントは足を止める。

 

「…なんかヘンなの踏んだ…?」

 

感触を称するのならば、もちもちとした生っぽいもの。

例えるならば、カエルを踏み潰すとこんな感触でこんな音を鳴らすだろう。

なんだ?とリントが首を傾げていると、その音の発生源からふよんと小さな生き物が浮かび上がってきた。

その生き物は3匹。

1匹は赤、1匹は緑、1匹は青と身体の色に差異はあれど同じ形をしている。

どうやらリントが踏んだのはこの3匹の内の青色の生き物のようだ。青色の小動物の背にくっきりと足跡が残っていた。

赤色の1匹が怒った表情で「怒ってない!」と口を開き、リントが踏んだ青色の1匹が目に涙を浮かべながら「泣いてない…」と漏らし、最後の緑の1匹が「アマノジャク!」と恐らく己の名を叫び、3匹の口を揃えて「だもん!!」とリントを睨みつけてくる。

言っていることと表情が真逆の小動物を見てリントは驚いたものの、先に踏んづけたのはリントのほうだ。誰がどう見てもリントが悪い。

ワザと踏んだわけじゃないとリントは謝ろうとしたが、3匹はその場でくるくる回りながら口々に言葉を並べていた。

 

「キレた!」「キレてる?」「キレてない…」

 

聞こえてきたアマノジャクからの言葉に、怒ってないのだろうかとリントはほっと胸をなで下ろす。

柔らかかったから、踏まれてもそんなに痛くないのだろうか。

あれ?でも痛そうな声で鳴いたような…。

そうリントが首を傾けると、アマノジャクは「ぐるぐる〜!」とさらに回転を増していた。

その勢いのまま、

 

「じゃぶ!」「じゃぶ!」「きっく!」

 

とリントに向けて体当たりを仕掛けてくる。

柔らかいとはいえ、勢いよくぶつかってこられたら流石に痛い。

「キレてないっつったのに、やっぱ怒ってんじゃねーかウソつきー!」とリントがもっちりしっとりとした重い弾丸3匹に翻弄されていると、リントの異変に気付いたククルたちが慌てて走り込んできた。

事情を知らないククルたちから見れば、小動物にイジメられている友人の姿。

「外の奴らは小動物すらキョーボーなのかー!?」とベーマスはリントを助けようと突進してくる。

その姿に驚いたのか、リントを突いていたアマノジャクはパッと散開し広い花畑の中を逃げ回りはじめた。

大丈夫かと問うベーマスに「もっちりした」と不機嫌そうに頬を膨らませるリント。

怒ってないと言っていたのに執拗に突かれたのは少し腹が立つ。ちょっとは反撃してやりたい。

自分のしたことを棚に上げ、リントは逃げ回っているアマノジャクを追い掛けはじめた。

リントが小動物を追い回しているのを見て、ベーマスたちも仲間をイジメた仕返しをしようとリントに合流する。

 

「あ!いたぞー!」

 

「待たんかーい!」

 

「回り込めっ!」

 

「「「ここまでおいでー!」」」

 

ここまでおいでと煽る割には必死に逃げるアマノジャクを3人で追い掛け、花畑中を走り回った。

そのうち、追い回されることに嫌気がさしたのかアマノジャクはするりと空高くへと飛び上がる。それを見てククルが竜の姿へと変幻してまで追い掛けようとした。

慌ててベーマスが変幻しかけているククルの尾羽を掴む。

 

「いやいやいや、それはアカンじゃろ!」

 

人気が無いとはいえ竜変幻を郷の外で行うのはマズいとベーマスが声を上げると、ククルも冷静になったのか人型に戻り頭を掻いた。

そうこうしているうちにアマノジャクはどこかへ逃げて行ってしまったらしく、姿形はもうどこにもない。

 

「あー…悪い。アタマに血ィ昇って、た」

 

「珍しいのー」

 

のほほんと笑うベーマスに難しい顔を返すククル。

リントとしても先ほどのククルの行動は妙に思う。頭に血が昇った程度で、あれだけ郷の外を警戒していたククルがあっさりと竜変幻をしかけるとはどうにも違和感があるな、と。

ククル本人もそうらしく、首を傾げつつ己の手をニギニギと動かしていた。

 

「なんか、なんだろ。なんかオカシイ感じがするな?」

 

力が上手くコントロール出来ない感じだとククルは不思議そうに首を傾ける。

『普段なら制御できるのに、ここだとちょっとカッとなっただけで変幻しそう。なんか身体がヘン』

要約するとこんな感じだろうか。

 

「やっぱソトは磁場かなんか違うんかな。ヒトの型だとチョイふわふわする」

 

「…言われればそうじゃの。今までは外の世界に興奮してたから気にならんかった」

 

ふたりの会話にリントはキョトンとした顔で返した。別段そんな感覚はない。

やっぱオレみんなより力が弱いのかなとリントは若干落ち込んだ。

外の世界で「竜」は竜の姿でしかないのだから、存在しない「竜人」の姿は移ろいやすいのかもと結論付け3人はぽふんと花畑に座り込んだ。

走り回って疲れたし、身体がふわふわして少し眠い。その上、花の柔らかい香りとポカポカ陽気が更に眠気を誘ってきた。

誰ともなしにコロンと寝転がり、ウトウトと微睡みつつ口を開く。

 

「そういや、なんであのちまっこいのはリントをイジメたんだろーな」

 

「…踏んだー」

 

「そっかー……、…あん?」

 

ククルが割と怖い顔でリントに目を向けた。今ようやく事実を知ったククルは、持っていた杖をリントに思い切り叩き付ける。

一方的に襲われていたのだと思っていたら、主にリントの自業自得だった。

そりゃ、どんな生き物も全体重で踏まれたら怒る。

襲われていたのではなく、仕返しされていただけだった。

 

「でもあのアマノジャク、怒ってないって言ったのに」

 

「アマノジャク?あいつらアマノジャクかよ」

 

つまるところ、ひねくれ者の代名詞。

本心に素直になれず、周囲と反発するもの。転じて、彼らは本心とは反対のことを言う場合もあるという。

ということは、

 

「……怒ってる、って言ってたのか、アレ」

 

青い空を見上げながらリントはぽつりと呟いた。

それを知ってもなお、リントの感想としては「外の生き物面倒臭い」が先立ってしまってはいたが。

ふたりの話を聞いていたベーマスは、リントと同じく「そのくらいで怒るとは、外の生き物は好きになれんなぁ」と笑う。

 

「ん?そろそろ帰らんとマズいかー?」

 

ベーマスの言葉に体を起こし「そうだな」とククルは大きく伸びをした。リントも多少痛む体を持ち上げぐるぐると肩を回す。

出かける前に話た「同種の竜を見たい」という願いは叶わなかったが、これだけのびのびと遊べれば充分だろう。

なんせ狭い郷ではどこにいっても大人の目があり、やれここで騒ぐな、走り回るな、稽古しろと煩いのだから。

来た道を戻る道すがら、リントは小さく振り返り、もう来れないかもしれない郷の外の世界を目に焼き写す。

郷よりも広く、郷よりも大きく、郷よりもたくさんの生き物がいる、近くて遠い不思議な場所を。

 

 

■■■

 

 

ふっと小さな竜人たちが姿を消した。

あそこが入り口なのだろうか、と愉しげに微笑む男がひとり、森の中に立っている。

仙桃に金丹、不老不死の薬を求めてあれもこれもと探したがどうやら求めていたものが見付かったようだ。

 

「なんせ、練丹術を編み出しても出来たものは辰砂。毒にはなるが薬にはならん」

 

クスクス笑って男は丸薬をひとつ掌で弄んだ。これはこれで使い道があるがと丸薬を袋に戻し、小さな穴に目を戻す。

我らよりも長寿の生き物、我らよりも高位の生き物。それを食えばその力を得ることができるに違いない。

そう考えわざわざドデカい龍そのものを狙ったのだが、上手くいかなかった。

その上、龍を手懐けた小僧にも襲われ一時退却雲隠れとばかりに森に逃げ込んだのだが。

良いものを見た、と彼は倖せを隠さず微笑む。

竜と力が変わらず、それでいて小さな体躯の生き物が現実に存在していたとは。

あんなもの御伽噺の生き物だと信じてはいなかったが、この目で見たならば話は別だ。

竜が住まう「竜の郷」は、恐らく確実にあの穴の先にある。

 

「まさか、余の足元にあったとはな」

 

これは盲点だったと嗤い、男はふわりと踵を返した。

場所は覚えた、すぐ準備を整え狩りに行こう。流石に竜の巣窟に、無策で突っ込むほど愚かではない。

パキンと足元の枝を踏み付け男は嗤う。

小僧どもを見逃したのは「郷」への入り口を見極めるため。

あの先に、小僧よりももっと強大な、もっと高位の存在がいるはずだ。

有難く我が糧となれ。

そう呟いて、男は高らかに嗤い声を響かせた。

 

 

 

■■■■■

 

 

さてさて、

閉じた郷に風穴が空き、

偽りの箱庭は失われました

 

綺麗な箱庭は外から手が入れられ

中からも手が入るでしょう

 

そこで生まれた自由が運ぶ風が与えるのは

泰平か

それとも混沌か

 

 

平和というのは恐ろしいものです

「このままで良い」と文明の発達は止まり

生き物は今を幸せに享受する

残念ながら、

それではいけません

 

現に、この世界は

昔々の西の大陸が沼地だった頃から

文明の発達が非常に緩やかです

進化をしていない、成長していない

言い換えても良いですね

 

故に、この世界は痺れを切らしたのか

あちらこちらで異変が起こり

誰も彼もが必然的に成長するはめになりました

 

つまるところ

ようやく進んだのですよ

この世界そのものが

 

泰平もしくは混沌の道へ

 

 

 

 

■■■■

 

郷の外を冒険したリントたちは何食わぬ顔をして仲間の元に戻った。

大人たちには誤魔化して、友人たちとはあの日の思い出を語り合い、今度は遠くまで行ってやろうぜと笑う。

しかしながらリントたちにも成長する時期が来たらしく、冒険の予定は先延ばしになってしまった。

 

竜が成長するには多少時間が掛かるものだ。ヒトのように、時間とともには大きくならない。

彼ら竜は成長に合わせて眠りにつく。さながら、タマゴに篭っていたときのように。

体躯が育つ頃合いに、抗えない眠りが彼らを襲う。

 

ぼんやりと日差しを浴びながら、リントは己の寝床に倒れこんだ。

ウトウトと微睡みながらタマゴのように丸まって、無意識の最中にぐりぐりと寝やすいように寝床を平す。

リントのような年頃の仔竜は成長の度合いが大きい。次に目覚めた時には、ひとまわりもふたまわりも体躯が伸びていることだろう。

それを本能的に知っているのか、均された寝床は今のリントと重ねるとかなり広い。

 

普通ならば、この眠りにつくときは竜の姿になるのだという。

そちらのほうが安定するし、良い眠りにつけるそうだ。

力が不安定なリントはそれすら出来ず、ヒトの形で眠りに入った。

そんなリントを不安そうに見守りながら、それでも他の仔と同じように深い眠りについた様子を見て安堵した竜人が、眠ったリントに毛布をかける。

いやに眠りが浅い気がするが、元より規格外な仔だからと微笑みながら。

無事に目覚めてくれれば良いと、蛇に似た竜人、リザドは大きく伸びをした。

1番心配だった仔も成長の眠りに入った、しばらくは静かな毎日になるだろう。

ほっとひと息つくリザドは、世話をしていたリントたち仔竜の成長に再度嬉しそうな笑みを見せる。

そんな穏やかな表情を浮かべるリザドだったが、彼は郷でのみ生きる種類の竜人。外界に彼に似た種類の竜は居ない。

リザド自身は覚えていないが、自分と同種の竜は恐らく外で狩られ尽くし絶滅したのだろうと考えている。他の竜種よりも小型だからか、ヒトにとって襲いやすかったのだろう。

故に、リントたち仔竜には「外は危険だ」と散々言い聞かせたつもりではあるのだが。

 

「揃いも揃ってヤンチャなのは何故なのか…」

 

ひとりくらい大人しくて聞き分けの良い仔がいても良いと思う。

すやすや眠るリントに苦笑を落とし、リザドは「まあ元気なのは良いことだ」と誰に言うでもなく呟いた。

今度は彼らが成長し、後の仔らに稽古をつける。そうやって、この郷は永くゆっくりと継いてきた。

ひと息漏らしたリザドの耳に、シャランと澄んだ音が聞こえる。おやとリザドが振り向くと、この郷の守護者である龍巫師が立っていた。

「リントも無事寝たか」という彼の緩やかな声に、リザドは「寝たばかりだ、起こすなよライシーヤ」と笑みを返す。

ライシーヤと名を呼ばれた龍巫師も当然だとばかりに微笑み、すいと人差し指を口元に運んだ。

仕草通りに小さな声でライシーヤはリントに目を向けつつリザドに声をかける。

 

「…ヒトの形で寝たか」

 

「ああ、問題はないと思うが」

 

寝入り端の行動と様子から、成長に問題はないと思う。不安ではあるが。

リザドがそれを語るとライシーヤは寝ているリントの頭を軽く撫で、小さく頷いた。

不安なのはライシーヤも同じようで、タマゴのように丸くなりつつなりきれていないまま眠るリントの頬を爪でなぞりながら、ライシーヤは抑えるように息を吐く。

 

「ヒトの形でないと安定しない竜の仔、か…」

 

ぽつりと呟いたライシーヤの声色に不穏さを感じ取り、リザドは首を傾げた。

確かにヒトの形のまま眠りにつく仔は初めてだが、そこまで気にすることだろうか。

不思議がるリザドを尻目にライシーヤの口元が何かの単語を紡ぎ、再度耐えるようにため息を吐いてライシーヤはリントから手を離した。

 

「リントに何か問題でもあるのか?」

 

「…いや、」

 

リザドの問いにかぶりを振ってライシーヤは「任せた」と言葉を残してこの場から立ち去ろうと背を向ける。

妙な態度のライシーヤにかける言葉も見当たらず、リザドは立ち去る彼の背を見送った。

 

 

■■

■■■

■■■■

 

 

ぽかぽかした日差しに照らされ、リントはぱちりと目を開いた。すごくよく寝た気がすると上半身を起こし、ぐっと大きく伸びをする。

まだ少しぼんやりとする頭で周囲を見渡せば、以前に比べ視界が高くあらゆるものが小さく感じた。

「んー…」と声を漏らしつつ立ち上がり、顔でも洗おうと鏡の前に移動する。鏡に映る己の顔は、身体つきは、見慣れないカタチ。

 

「すげぇ…顔洗うのに台いらねえ…」

 

ぐんと伸びた背丈に若干の感動を覚えつつパシャパシャと水を浴び、ようやく頭が覚醒した。

鏡の前でくるりと回り、じっくり己の顔を眺めてみる。笑顔を作ってみれば、鏡の中の己も笑顔を写し返してきた。

竜人の成長変化は知っていたつもりだったが、実際己の身に降りかかるとなんかヘンな感じがする。

なんせただ寝ただけなのだから。

眠りについてから数日経ってはいるのだが、当人としては寝て目が覚めたら手足が伸びたとしか思えない。

 

「急にデカくなるってのは驚く、…っ痛てぇ!」

 

以前との体格差を上手く把握出来ていなかったせいか、リントは洗面所の入口に額を思い切り叩きつけた。

今の体格からしてみれば、ちょっと低かったらしい。

あとでリザドに相談して直そうと決意して、リントは額を抑えつつ部屋に戻った。

今の体格からみれば小さな椅子に座る気にはならず、余裕のあるベッドの上に腰掛ける。

ぽかぽか陽気はなんとなく眠たくなるのだが、ぐっすり眠ったすぐあとのせいか睡魔は襲ってこなかった。

ここでグダグダしていてもしょうがない、とりあえずリザドの所にでも行こうかとリントは再度立ち上がり外へと向かう。

背が伸びると見える景色がガラリと変わって面白いなとふらふら寄り道をしながら。

 

リントが森近くの道を歩いていると、ガサガサと妙な物音がした。

誰か森に入っているのかなとリントが足を止めると、ヌルリと葉を掻き分け人影が姿を現わす。狭い郷だ、出てきた人が誰であれ知り合いだろうと、リントは挨拶のため口を開いた。

のだが、現れた人物に見覚えがなく、リントの唇はぽかんとした形のまま固まってしまう。

あんなやつ郷に居たっけ?

顔を隠すかのような布に、ジャラジャラした冠。すらっとした手足は鍛え抜かれていて無駄がない。

彼の身体つきも衣服も装飾も、生まれてこのかた一切合切見覚えがなかった。

そいつは森から抜けると、埃を払うかのようにポフポフ服を払い「ようやく辿り着いた」と嬉しげな声を漏らす。

うん、声も聞き覚えないな。誰だ。

そしてその先は何もないけれど、どこへ行く気だ?

彼の存在と行動に疑問を覚え、リントが「…おお?」と不思議そうに鳴くと、彼はようやくリントの存在に気が付いたのか薄く嗤った。

布に隠れて表情が見えないにも関わらず彼が嗤った事に気付き、リントの背筋が震える。

嫌な感じの笑い方だと逃げ腰になりながら、リントは「オッサン誰?どっから来たの?」と腕を構えた。

リントに問い掛けられたその人は「ん?」と少し首を傾け、背後の森を指差し「この森の外からだ」と微笑む。

この森の外は、郷の外。

つまり、

 

「…外から誰か来るなんて何百年ぶりだ?」

 

外界から隔離されたこの郷に、外から生き物が入り込んだということだ。

恐らくヒトだろうとリントは目の前にいる彼を睨み付ける。

自分たちもちょっと前に穴から外に遊びに行ったが、その穴からだろうか。

それとも、郷を護る守護者になにかあったのだろうか。

外部からの進入を許してしまうほどのなにかが。

ついさっきまで悠長に寝ていた己にはわからないとリントが警戒を強めていると、目の前のヒトは「…何百年?」と驚いたように声を落とす。

しかしすぐさまクスクス嗤い「ああ、そうか。竜だったな。小僧だとばかり思っていたが、命数そのものの桁が違うのか」と見定めるような眼差しをリントに向けた。

 

「ハハハ、竜人とは面白い」

 

ヒトの何百倍も生きていながら、外見の器に引っ張られているのか言動にも行動にも特異性はない。

外見的同年代のヒトと中身は変わらず、何を成すでもない、何かを生み出すでもない、ただただ無駄に永い年月を生きるだけの最も愚かな生き物。

なんせそれが正しいと思い込んでいるのだから。己を「正しい」と思い込んでいる者は「正しい」と思うが故に「何もしない」のだから。

だから、何も生み出さずただ惰性で生きることしかしないのだ。

それが竜人かと男は嗤った。

故に面白いと嗤い飛ばす。

目の前にいる竜人は何百年と生きているらしいが、ただそれだけ。

つまり、この郷にいる竜人という種は、長命の利を活かせず世界の生存競争に負け、すごすご逃げ隠れ生きるだけの劣等種。

だからこれらは世界から離れ、この郷に隠れ棲んでいるだけなのだ。これらは籠の中でしか生きられないのだから。

目の前にいる竜人に、男は憐憫の眼差しを向ける。

 

ああしかし、

ああそうだだからこそ、

ただ長生きするしか能がないこれらが生きるこの郷は、

不老不死を求める我らの、

 

「理想郷の土台にふさわしい」

 

そう高らかに嗤い声を上げ、とある皇は大きく手を広げた。

不老不死の薬効を期待して竜人の郷を訪れた彼は、

力を求めて竜を欲した彼は、

竜人ではなく竜の郷という土地そのものへと目を向ける。

 

素晴らしい、と彼は言った。

「我らのために存在しているような場所ではないか」

そうだ、と彼は言った。

「奴らがただ無意味に生きた永い年月の間、我らは生み出し成長し成し得てきた」

ならば、と彼は言った。

「ただ惰眠を貪っていた輩よりも、我らの方が生きるに相応しい」

ああ、と彼は息を吐く。

 

「土地も貴様らも全て。塵の欠片に至るまで全てを、我らの糧にしてやろう」

 

そう恐ろしいほど優しい声で、彼は春風のように嗤った。

 

■■■

 

それを言われて驚いたのはリントだ。

なんか急に湧いて出たヒトに、面白いと言われ理想郷の土台に相応しいとか言われ、最終的には糧にしてやると言われた。

もはや訳がわからない。

恐らく彼の中では筋道だって展開しているのだろうが、出てくる言葉が断片的であるため意味がわからない。

唯一わかるのは「コイツやべえ」程度。

ただ、唯一わかるそれだけで目の前にいるヒトは敵であり、倒すべき相手だと判断することは可能だった。

あとはここでひとりで闘うべきか、仲間に知らせて全員で対応するかだが、話に聞くところ「ヒトというものはオレらより弱くて脆い」らしい。ならばきっとすぐに追い払えるだろう。

成長した己の力も試したいしと、リントは目の前にいるヤベーヒトを睨み付けた。そのまま威嚇するように声を上げつつ、ヒトに向かって飛びかかる。

さながら竜の体当たり。しかしそれはいとも簡単に避けられてしまった。

ただ避けられただけならばまだしも、目の前のヒトは突っ込んだリントの頭に的確に触れ、ひょいと飛び越しいなしたのだからリントとしては驚く他ない。

勢いを殺せずそのまま前方につんのめったリントの目は、驚きに見開かれながらもストンと優雅に着地するヒトを追う。

 

「ふむ、竜人とてこんなものか」

 

まだ龍の方がマシだなと呆れたように息を吐き、ヒトはすいと足を引いた。

その動きと同時に、リントは腹に衝撃を受ける。一瞬息が詰まり、近くの木に向かって身体が吹き飛ばされた。

 

「っ!?」

 

木の幹に叩き付けられてようやく腹と背中に痛みが届く。

ぼやける視界の中、ヒトに蹴り飛ばされたのだと気付いたリントは体勢を立て直そうと身体に力を入れるがままならない。

腹とは言ったが、厳密に蹴られたのはみぞおちの辺り。つまるところ肉を打たれた痛みと、内臓へのダメージがダブルで入っている。

その上、叩き付けられた衝撃も合わさっていた。マトモに動けるはずもない。

 

「…ん?普通ならば気絶してもおかしくないのだがな。腐っても竜か」

 

丈夫だなとクスクス嗤い、蹴り一発でリントを追い込んだヒトは「まあ良い」とリントに背を向けた。

「龍には苦労したが、竜人程度ならば我らでも容易く殺せそうだ」と嬉しそうに、そして残念そうに声を漏らし空を仰ぐ。

リントのことなどもう見えていないかのようなそのヒトは、しゃらんと冠を鳴らしながらその場から立ち去っていった。

その背を追うことすら出来ず、リントは呼吸を戻そうとするのが精一杯。

痛む腹を抑えつつ、リントは狂う息を漏らして俯く。

リザドに稽古をつけてもらって、ある程度強くなったつもりだった。

確かに「人間」だと甘く見たが、加減は一切していなかったのだ。全力で追い払おうとした。

それなのに、たかが人間にあんな容易く潰されるとは。聞いていた話と違う。

人間とは脆くて弱い、貧弱な生き物ではなかったのか。

「くっ、そー…」とリントは掠れた声を鳴らし目を伏せた。

 

「…まだ全然ダメだ…」

 

これでは、郷もみんなも守れない。

リントは悲しげに鳴き声を上げた。

 

■■■

 

しばらくして、ようやく呼吸が戻る。痛みはまだジンジンと走るが動けないほどではない。

ヤベー人間が郷に入り込んだと早くみんなに知らせなくちゃと、リントはふらりと立ち上がる。

幸い、さっきの人間はみんなのいる方向とは逆に歩いていった。ならばまだ間に合うかもしれない。

 

「っ、こーいうときちゃんと変幻できればなあ!」

 

竜のカタチならばひとっ飛びだっただろうに、変幻が苦手なリントではちんたら地面を走るしかなかった。

身体が成長した今ならワンチャンと思わなくもないが、もし人のカタチに成れなかったら「なんかリントがぎゃうぎゃう煩い」と言葉そのものが伝わらない。

さっきの人間が相手ならば、報告が遅れれば遅れるほど事態は悪化する。最悪、郷の竜人がいとも容易く殺されていく。

 

「あああああもう!オレの馬鹿ぁぁぁ!」

 

己の全てを疎ましく思いながら、リントは必死にみんなの元へと走っていった。

間に合えとただそれだけを願いながら。

 

 

 

 

■■■■■

 

リントは辿り着いた扉を勢いよく開ける。大きな音を立てて開いた扉に、中にいたふたりが何事だと驚いて顔を向けた。

そのふたりは、壊れんばかりの扉の前に息を切らして駆け込んできたリントに再度驚き、そのリントの表情が泣きそうな、それでいて慌てていることに気付き目を瞬かせる。

 

「リント?なんだ、どーしたよ?」

 

ククルが戸惑ったように声を掛けた。

彼もリントと同じように体躯が成長し、身体に合わせた杖を新調するためここに来たのだろう。

そしてそれは、慌てて水をコップに注ぎ「よくわからんが、ほれ」とリントに差し出して来たベーマスも同じ。

ついこの間とはガラリと変わったような、あんま変わっていないような、ともあれ無事に成長した友人ふたりが無事なことに安堵し、差し出された水を一気に飲み干したリントは「リザドは!?」と大声で問う。

その声が聞こえたのか、部屋の奥からリザドがひょいと顔を出してきた。

 

「リザド!あのオレさっきそこで大変なオレ飛べないから遅くなってどうしよう!?」

 

「…うん?」

 

リザドはリントの慌てぶりから尋常じゃないことが起きたのだと理解はしたのだろうが、言動が支離滅裂でわからない。

まずは少し落ち着けとリザドはリントをポフポフと撫でた。

おかげで多少落ち着いたらしいリントは、先ほど出会った「人間」について皆の前で語り始める。

その報告を聞いていく内に、3人の顔がみるみる強張っていった。

 

「話は理解した。…リント、襲われた所は大丈夫か?」

 

「オレは平気だから!そんなことよりどうすれば、そうだライシーヤは!?」

 

人間に襲われたリントを心配するリザドだったが、当の本人に「そんなこと」扱いされ困ったように眉を下げる。

ヤンチャな子って自分の怪我を無視して突っ込むんだよなと呆れながら、問答無用で薬草をリントの口に放り込み、リザドは軽く首を振った。

 

「ここにはいないが…、そういえばしばらく見ていないな」

 

仔竜たちの成長を護るためずっと見回りをしており、郷の外で侵入者に対応していたのだろうか。

ならば非常に心配だ、なんせ侵入者が郷にまで辿り着いているのだから、ライシーヤの身に何かあったということになる。

リントたちも似たような結論となったのか、「もしやライシーヤは侵入してきたヤツに襲われたんじゃ」とオロオロしはじめた。

困ったような表情でリザドは窓の外に目を向けた。

 

「…ライシーヤを探してくる。恐らく郷の外にいるだろう、お前らはここで大人しく、」

 

「オレも行く!」

 

リザドの言葉を遮るように、よりにもよって怪我をしたばかりの子が勢いよく手を挙げる。

危ないから大人しくしててほしいんだけど。

そんなリザドの眼差しをスルーして、他のふたりも「オレっちも行く」「自分も行く」と声を挙げた。

 

「もしかしたら郷にいるかもしれねーし、手分けして探したほうが早いじゃん?」

 

「怪我して倒れてたら大変じゃろ、自分は前より力持ちになったから大丈夫じゃ!」

 

「さっきは油断したけど次はちゃんと追い払う!」

 

口々に騒ぐ3人の言葉、最後のひとりの意見は却下するとして、どうやら3人とも引く気はないらしい。

これは駄目だと言っても勝手に飛び出してしまうだろう。

諦めたようにため息を吐いたリザドは、もし人間を見掛けても絶対に交戦しないことを3人に約束させ、ライシーヤ捜索と他の竜人たちへの注意喚起を頼んだ。

無茶はするなよと再三に渡り言い聞かせて。

リントたちが頷いたのを確認したリザドは、何回めかの「無茶はするな」という言葉を残して駆け出していった。

リントたちもすぐさま飛び出し、三方向へと散らばっていく。

普段は穏やかな郷の風が、妙に冷たく吹き荒んでいた。

 

■■■

 

皆と別れてリントは郷の中を走り回る。

広い割に住人が少ないこの郷はこういうとき不便だなと、荒い息を吐き木に手をついた。

リントが息を整えていると、ゆっくりとした足取りで誰かが近付いてくる。その人影が誰だか気付き、リントは顔を輝かせた。

 

「ライシーヤ!帰ってきたのか!?大変なんだ!」

 

探していた人物を見付けたことと、その相手が無事なこと、あとライシーヤならなんとかしてくれるだろうという信頼から、リントはほっとした表情でライシーヤに駆け寄る。

事情を話そうと口を開くリントの頭にぽふんと手を乗せ、ライシーヤは落ち着いた声でこう言った。

 

「わかっている」

 

そのままライシーヤは申し訳なさそうな表情で身体についた傷を見せた。

ライシーヤの傷を見てリントは驚き目を丸くする。

あのライシーヤが怪我するなんて。

さっきの人間はやっぱりとても強いのだろうと不安そうに目を落とした。

そんなリントを見てライシーヤは「なんとかする」と再度リントの頭を撫で、リザドの所に戻ろうと促す。

 

「え?で、でも!ヤベーヤツが!」

 

「彼奴は外に戻った」

 

今度は軍でも引き連れて来るつもりかもしれんとライシーヤは息を吐いた。

人間は無駄に数が多いからなと疲れたような瞳を揺らす。

ライシーヤに怪我させるような生き物がウヨウヨ連れ立って攻めてきたら今度こそヤバイとオロオロするリントに苦笑し、ライシーヤはふと気付いたように首を傾げた。

 

「そういえば、…育ったのか」

 

「えっ?うん」

 

突然の間の抜けた言葉にリントは少し呆れながらもその場でくるりと回転する。

大きくなったからオレも闘えるよ、とアピールするように。

そんなリントを見て、ライシーヤは柔らかく笑い「お前はそんなことしなくて良い」とリントの頭を撫でた。

 

リントはライシーヤとともにリザドの家に戻り、戻ってきていたリザドたちと合流する。

全員、ライシーヤの無事を喜び、ライシーヤの怪我を心配し、ライシーヤを傷付けた人間の強さに驚いた。

もしまた人間が襲ってきたらどうするか、対策を立てようとしたのだがライシーヤが首を振る。

 

「なんとかする」

 

ただそれだけを言って、ライシーヤはリザドが戸惑い止めるのを聞かず外へと出て行ってしまった。

残された全員は顔を見合わせ、けれども「ライシーヤがなんとかするって言うならなんとかしてくれるのだろう」と混乱を収める。ならば自分たちは何をすればよいだろうか。

今まで数百年もの間、襲撃を受けたことのない竜人たちは首を捻り話し合っても「もしまた人間が来たとき闘えるように」と己を鍛えることしか思い付かない。

それでも何もしないよりかはマシだろうとリントたちは張り切って鍛錬に挑むことにした。

特に気合いをいれているのはリントだった。直接人間と接触し、身を持って人間のヤバさを体験しているせいか強くなることに固執しはじめている。

 

「強くなきゃ…。…郷もみんなもオレが護りたい!」

 

彼の言う「みんな」には、ライシーヤも含まれていた。

いつもずっと竜人たちを守ってくれていたライシーヤを手助けできるように強くなりたいと、強くなくてはと鼻息荒く決意する。

そんなリントに引っ張られ、他のふたりもリザドに稽古を頼んでいた。

 

 

■■■■

 

リントたちが稽古を決意していたころ、静かな郷の中をライシーヤは真っ直ぐ歩く。

ついさっきまでは、普通の、いつも通りの生活だった。

それが一瞬で壊されたと足を止め、ライシーヤは空を見上げる。

先ほど郷の外から殺気を感じ確認してみれば、そこにいたのは外界の人間。

己の姿を視認するや否や、その人間は高らかに嗤い「竜人族よ、余と民草の血肉となることで、そなたらの命も永久になろうぞ」と言い放った。

ここまでの阿呆は久々に見たと呆れつつも威圧し追い払おうとしたのだが、その一撃はヒラリと避けられ、返しだとばかりに重い一打を放たれた。

舞うかのようなその一撃はライシーヤには避けきれず、思わぬ痛みに膝をつく。そんなライシーヤを見下ろしながら、彼は笑みを浮かべた。

 

『ならば仕方ない、郷そのものを壊せば良いだろう』

『巣を壊せば嫌でも外に出てくる』

 

良い考えだとばかりに彼は愉しげに嬉しげに微笑み、そのまますっと姿を消した。

追いかけようと慌てて気配を探ったが、どうやら奴はそういった気配の撹乱が上手いらしく足取りを追えない。

最悪の事を想定して郷に戻ったが、案の定奴は郷の中に入ったらしい。

しかしながら、…多少被害はあったようだが、想定していたような惨事にはなっていなかった。

 

「まるで下見だな…」

 

そうぽつりと漏らす。

現に虐殺の下見だったのだろう。もしくは竜人と郷を実際に見て、なにかしら心変わりでもしたか。

それでも恐らく彼は郷を襲うことは辞めない。

遠い昔に夢で見た通りだ、とライシーヤは目を伏せた。

護っていたものに小さな穴が空き、そこから全てが崩れていく。さながらダムの決壊のように。

軽やかに舞うあのヒトの手により、我ら竜族は、我らの郷は滅び行く。

 

夢であると思いたかった。

例え己が巫師という立場から、神託という予知めいたものを見れるのだとしても。

己が瞳に映り込んだ未来の姿は、単なる夢だと思い込みたかった。

けれどもあの夢と同じことが、今まさに現実に起こってしまった。

 

「ああ、…」

 

ふらりと呟きライシーヤは終わりが始まったのだと理解する。

未来を見れるということは幸福だ。それを回避するために立ち回れるのだから。

しかしそれは違った

立ち回れるのだと思っていただけだった。

未来を見れるということは不幸だった。どう立ち回ってもどれだけ努力しても、その未来にしかならない。

皆を守ろうとしたこの日々は、郷を守ろうとしたこの年月は、全て無駄だった。

 

ふわりとライシーヤは宙に浮き、小さな小さな島へと飛ぶ。

未来を覆せないと気付いたのならば、

諦めても良かった

投げ出しても良かった

けれどもそれが出来なかった

 

「もう、これしか手がない」

 

皆を守るために、郷を守るために、ライシーヤはひとつの杯に手を伸ばす。

いざという時のために生み出した、時空の力を詰めた杯。

それを手に取る寸前、ひとりの竜人の姿が浮かんだ。

「彼奴は気付くか、心配性だからな」と寂しそうに笑いライシーヤはその杯を握りこむ。

その瞬間、ライシーヤの身体はじわりじわりと崩れ始めた。

 

これでもう戻れない

時間と空間を狂わせれば、どうであれ術者は罰を受ける

己が無に還るか

それともひとり、時空の狭間に取り残されるか

 

「…護れるならば、良い」

 

そのひと言とともに、ライシーヤは最期の微笑みを浮かべる。

耐え難き未来がなんだ

足掻けるところまで足掻いてやる

そんな想いを抱きながら。

 

その想いが、真逆の方向に向くとも知らずに。

 

 

永い刻の間、煮詰まりすぎた禁忌の力はじわりじわりとライシーヤを取り込みじわりじわりと崩していく。

ライシーヤはふらふらと空を見上げ、異なる次元に目を向けながら滲む視界をほんのり揺らした。

 

何故護らねばならない守るべき仔が、何故護られるばかりで何もしない救うべき竜人たちを、何故護る必要があるのかわからない愛すべきこの郷で、滅ぼすべき守護者の己、は。

此処を護るために、星が死ぬならば、ただ壊されるのは、全て壊す、壊されてたまるか我らの郷を、どれだけ足掻こうとも無駄だと、全て手遅れで、…。

……ああ恐らく、刻が経ちすぎた。

ひとつひとつ、小さな思いが、普段からちくりと胸を刺していた不満が、積み重なりすぎていた。

己だけが、己だけで、この小さな箱庭を守っていたことに対するささやかな不満。

それが禁忌の力を得たことで、煮詰まり混ざって敵意と変わっていった。

 

人間さえいなければ、己は郷を護るという義務から解放される。

竜人さえいなければ、己は彼らを護るという義務から解放される。

この世界さえなければ、己は全てから解放される。

 

廻る己の思考に目を閉じて、ライシーヤは言葉を途切らせながら悲しげな鳴き声を鳴らした。

その声は風に乗り空に運ばれ、遠くへ融けていく。

 

「…護る、ために、この力を得たはずなのに、」

 

 

これで良い

判断を間違えたのか

もう遅い

まだ間に合う

星とともに滅ぼすべきだ

崩壊は止められるはずだ

 

我が

誰か

 

壊す

助けて

 

 

■■■■


 
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