No.955322

【にか薬】オートマタパロ2

朝凪空也さん

オートマタパロが続いただと!?
趣味を詰め込んでおります。

前作
http://tinami.jp/kghk

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2018-06-06 14:33:40 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:414   閲覧ユーザー数:414

キリキリ、キリキリ。音がする。その音は、ゆっくりとゼンマイの巻かれる音。俺の命の始まりの音。

 

 

 ふと意識が浮上する。目を開けば見慣れた顔がある。青白い肌、青銅色の髪、金色の目。男は目が合うとふわりと笑って声を掛けた。

 

──おはよう、薬研。

 

──おはよう、青江。

 

青江が薬研の額に口付けを落とし、薬研もそれを返した。

 

毎朝の挨拶。

 

 薬研藤四郎は精巧に作られた機械人形オートマタである。陶器のような白い肌、艶やかな黒髪、紫色の吸い込まれそうなほどに透き通った目を見るものは、その美しさに誰もが息を飲む。そしてそののち話をすると、あまりにもサバサバとした男らしい振る舞いに二度目の驚きを与えられるのだ。

 

 薬研は座らされていたソファーから立ち上がるとぐーっと伸びをした。

 

寝室からテレビのあるリビングへと向かう。

 

青江は薬研をちらりと見遣ってから朝食の準備をしにキッチンへと向かった。

 

 青江は普段は合鍵を作ったり鞄や靴を修理する仕事をしているが、本職は腕の良い機械人形職人だった。表立って活動していないためその仕事ぶりを本当に理解しているものはとても少ない。薬研は機械人形ではあるが、人間が自分の身体構造に詳しいわけではないように、自身の動く仕組みなどとんと理解できなかった。しかし薬研は出来る範囲で青江の仕事を長い間手伝ってきたし、青江の助手であると自負している。

 

 窓から外を見ると青い空が見えた。今日は晴れのようだ。

 

テレビのリモコンを手に取り電源を入れる。ブツリと音がして画面が表示される。

 

ニュースキャスターの前にアラビア数字で日付と時刻が並んでいる。

 

部屋のカレンダーと時計がその数字と合っていることを確認するのが薬研の毎朝の習慣だった。

 

人間のように規則的な睡眠をすることの無い薬研にとって、今日が昨日の続きということは決して確かではない。そのことは薬研をときどき不安にさせる。

 

もちろん青江が毎朝薬研を「起こして」くれることを疑っているわけではない。しかしながら季節、天気、日時、時間、そういった情報全てを自分で納得するまで確認するというのが薬研の機械人形としての癖のようなものだった。

 

 ニュースを見ているうちに青江がトーストと珈琲を持ってリビングへやってきた。

 

──今日の予定は?

尋ねると青江はカジッていたトーストを飲み込んでから口を開けた。

 

──昼から一人客が来るよ。あとはいつも通り洗濯と掃除と買い物。以上。

 

──へぇ、こっちの客は久しぶりだな。

 

──そうだったかな。

 

あれこれ話しているうちに見たい番組の始まる時間が近づいたのでチャンネルを変える。

 

毎週土曜日にみるその番組は戦隊ヒーローもので、勧善懲悪の単純なストーリーが薬研は好きだった。それを見ているとまるで子供のようだねと青江は言うが、この見てくれにしたのは誰だと言いたくなる。

 

──なぁ青江、こういうおもちゃは作れないのか?

画面を指さして問う。

 

青江は画面をじっと見つめてから答えた。

 

──作れないことはないけれど、高くつくよ。

 

──やっぱりそうだよなぁ。

 

──それがほしいなら君、子供向けのレプリカがきっと商店街のおもちゃ屋に売っているよ。

 

──そうなんだけどな。

 

くだらない話をしながら、何をするでもなく、休日らしくゆっくりとした時間が流れていく。青江と二人で過ごすこの時間が薬研はとても好きだった。

 

 

 そのうちに玄関のベルが鳴り客人の到来を知らせた。

 

青江がリビングへ招き入れている内に薬研はキッチンへ向かった。

 

丁寧にお茶を入れてリビングへ戻ると、ふわふわとした藤色の髪をした和服の男が座っていた。服の上からでもわかるガタイの良さに格闘家か何かかと薬研は思うが、格闘家が青江の客になる道理がわからない。首をひねっていると青江が声をかけた。

 

──ああ、ありがとう。

 

そう言って湯のみを受け取り男の前に置いた。

 

──おや、君が言っていた同居している家族とはその子のことか。君のような偏屈が誰かと一緒に住むなんて想像もできないと思っていたが、本当だったんだな。

 

そういうと男は実に綺麗な仕草でお茶を口にした。

 

──君、僕のことを何だと思っているんだい……。薬研、この人は歌仙。骨董商をしている。

 

そう言った青江の言葉に歌仙がピクリと反応する。

 

──ヤゲン?この子はヤゲンというのかい。失礼だが、君の名付けは誰が?

──それは、俺の「親」だが。

 

歌仙の食付きに薬研は少々戸惑いながら答えた。

 

──そうか。それはそうだろうね。

 

──……?俺の名に何か?

──ああ、ええと、そうだな……。君は機械人形というのは知っているかい。

 

薬研が頷くと歌仙は話を続けた。

 

──世界的に有名な機械人形に「藤四郎」シリーズというものがあるんだ。僕もまだ見たことは無いのだが。その「藤四郎」シリーズの最初にして最高傑作と名高い作品の名が「薬研藤四郎」というんだ。しかし誰もが噂に聞くだけでね、実物が見つからないものだから、「幻の藤四郎」と呼ばれている。

 

──……へぇ、そんな素晴らしい作品と同じ名とは光栄だな。

 

──ご両親はその作品を知っていて名付けたのだろうか。

 

──さぁ、俺はなんとも聞いていないな。

 

──そうか、残念だな。もしご存知ならぜひ話をしたいものなのだが。いや、長々とすまなかった。そろそろお暇させていただくよ。

 

──もう用事は済んだのか?

──大丈夫、もう受け取っているよ。

 

薬研が尋ねると青江がテーブルに乗っている箱を示した。

 

──お茶をご馳走様。美味しかったよ。

 

そう言って立ち上がった歌仙は玄関で振り向くともう一度口を開いた。

 

──ああそうだ。ヤゲンくん、この偏屈が嫌になったらいつでも僕の店に来るといい。そうでなくてもぜひ一度僕の店に遊びに来てくれ。僕の店にも君と同じ年頃の同居人がいるのでね。

 

──ああ、わかった。

 

 

 歌仙が帰ると、リビングに二人、静かな時間が戻ってくる。カチコチと時計の音が響く。

 

──……だってさ、幻の藤四郎くん?

青江がくすくすと笑いを堪えられないというふうに言った。

 

薬研はむすりとして答えた。

 

──お前、助け舟の一つも出せよ。面白がりやがって。

 

薬研が歌仙のことをはじめ格闘家か何かかと思ったと話すと青江はまた大きな声で笑った。

 

──歌仙は実際腕っ節も強いけれどね、怒られたくなければ本人には言わないほうがいいよ。彼は短気なんだ。

 

青江はまだしばらく笑っていたが、少しすると真面目な顔を薬研へ向けた。

 

──ねえ薬研、歌仙も言っていたけれどね、君が望むなら歌仙の所へ行くといいと思うんだ。

 

青江の言葉に、薬研は硝子の目をキッと向けた。

 

しっかりと青江の目を見て言う。

 

──俺はどこに行くつもりもない。

 

──君はどこへ行くのも何をするのも自由なんだよ。君を求めている者はごまんといるのだから、こんな小さな店で下働きの様なことをすることなんてないんだよ。

 

──またその話か。嫌だね。俺を他所へなんぞやってみろ、唯の人形になって二度と動いてやるもんか。そうなればお前の評判はガタ落ちだぞ。

 

──僕の評判なんてどうだっていいんだよ。薬研、僕は君が大切なんだ。幸せでいてほしいんだよ。

 

──……俺を思って言ってくれているのはわかってる。俺がここに居たいんだ。俺の望みは一つだけだ。ずっとお前と共にいて、お前が死んだら一緒に燃やしてもらう。それが俺の幸せだ。

 

そう言い切ると薬研はもうこの話は終わりだとばかりにその場を去った。青江は諦めたような目をしてふうと息をついた。

 

──買い出し行くぞ!

──はいはい。

 

 

 やがて日もすっかり暮れた。一日が終わろうとしている。

 

──おいで、僕の可愛いペトルーシュカ。

 

青江がベッドの上で手を広げると、薬研は青江に抱きつく形ですっぽりと膝の上に収まった。

 

──今日はどうだった?

ゆっくりと薬研の頭を撫でながら青江が尋ねる。

 

──悪くなかったな。

 

薬研は青江の胸に自分の頬をぐりぐりと押し付けながら答えた。

 

それから薬研は青江の唇にそっと口付ける。

 

──おやすみ、青江。

 

──おやすみ、薬研。

 

青江も優しく口付けを返す。

 

毎晩の挨拶。

 

ゆっくりと意識が落ちていく。

 

明日も目を開けば見慣れた顔がそこにある。そう信じて薬研は眠りにつく。

 

 

 キリキリ、キリキリ。音がする。その音は、少しずつゼンマイの緩む音。俺の命の終わりの音。

 

 

 

〈了〉


 
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