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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百五十五話

ムカミさん

第百五十五話の投稿です。


蜀に潜んだあの子の正体が明らかに!

2018-01-25 02:27:26 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3090   閲覧ユーザー数:2497

 

凪、華佗との訓練の後、暫く時間に余裕が出来た。

 

この日の軍議は夜に行われる予定となっている。

 

月からの嘆願で、せめて一日は華雄たちを休ませてやりたい、ということだった。

 

足止めを喰らっている以上、そこまで焦って事を進める理由も無い、ということで上はこれを了承した。

 

従って、今現在、一刀は暇な状態となっている。

 

もちろん、細かく言えば、各所で鍛錬を始めている武将の指導に赴いても良い。

 

が、この一連の戦が始まる直前でもそうであったが、既に皆、一刀の指導が無くとも自身の力を高める術を身に付けている。

 

中にはそれを独自にアレンジしてより効果を高めている者もいるほどなのだ。

 

ならば、今更わざわざ一刀が口を出すことも無いだろう。

 

というわけで、一刀は北東方向が見える門前に陣取っていた。

 

ここ暫く、一刀は空いた時間はここにいる。斥候に出ている兵ともよく話していて、こっちの方向に少数の人影を見つけたらまず知らせてもらうようにしていた。

 

一刀が現れたことに、普段とは別配置の見張りの兵士は最初こそ緊張していたものだが、やがて一刀が瞑想を始めれば次第に緊張を解いていった。

 

意外に一刀にも存在感というものが出て来ているのだろうか。それを瞑想によって薄れさせることでも出来ているのだろうか。

 

もしかするとこれは戦闘に応用出来たりはしないだろうか。極限の闘いでは良いフェイントになるかも知れない。

 

そんな雑念が時折混ざるも、一刀は先ほどの訓練を思い出してひたすらに氣を練る。

 

ただし、なるべく実践に即しようと目は開けたまま。ついでに、その開けた目で”待ち人”を探しもするのだ。

 

 

 

そんな状態でおよそ一刻。

 

背後から近づく気配に気づく。

 

隠すつもりの無い気配が一、少し迷っている様子の気配が二、迷いなく進んでくる気配が一、そして判断が付きにくいがもう一つ。

 

計、五人。敵意は当然、感じない。

 

「一刀!探したぞ!」

 

春蘭が大声で呼びかけて来る。

 

これに続いて聞こえて来たのは秋蘭の声。

 

「姉者、一刀は精神統一の最中のようだ。少しは声を抑えた方が良いと思うぞ」

 

「えぇっと、今はよろしいのでしょう、か?」

 

「まあ、いいんじゃない?秋蘭がこう言っているんだし」

 

更に菖蒲、零の声。

 

そして、最後に――――

 

「…………

 

 …………?」

 

「いやいや……恋、それ面白い?」

 

恋の声は、聞こえなかった。

 

おや、とそちらを振り向けば、するりと隣に座り込んで覗き込んでいるのみ。

 

思わず一刀から苦笑と、特に意味の無い質問が出される。

 

まさか、用事があるかのように近づいて来て、何も言わずに隣に座るだけとは思わなかっ――――いや、恋ならあり得るか、と一刀は考えを改める。

 

やりたいことをやる。その一点において、恋以上に理屈抜きで感情に従って行動する者は魏の中にいないであろうから。

 

「ところで、一刀。また待っていたのか?」

 

「ああ。先日の奇襲は期せずしてこっちの秘策の援護にもなる形となってくれた。

 

 だったら、そろそろ来る頃じゃないか、と思ってな……」

 

「ふむ。それは、例のまだ足りない”歯車”とやらのことか?」

 

「ああ、そうなる」

 

以前にも軽く話を聞いている秋蘭は即座に理解を示した。

 

零も同様。軍師として今までの軍議の内容は覚えている。

 

会話で出て来たキーワードから、一刀と秋蘭の会話の意味を完全に飲み込んでいた。

 

残る三人はまだ理解しきっていないが、春蘭と恋はそもそも特に気にしていない。が、菖蒲は気になったようだった。

 

「あの、一刀さんの秘策と言うと、先日の軍議で出たもののこと、でしょうか?」

 

「うん、それだね」

 

「確かに、まだ欠けているものがある、と話されていましたが、”待つ”と言うのは……?」

 

「一刀はきっと、連合の誰かが来るのを待っているのよ。

 

 どうやってかは知らないけれど、奴らの中の誰かが裏切るように唆したのでしょう。

 

 ただ、唆した当時はまだ首を縦に振って無かった。だから、”まだ欠けている”だった。

 

 けれど、今ならば向こうの方からそれを申し出て来るかも知れない。

 

 で、あんたの秘策ってのは、そいつを連合内部から動かして致命的な一撃を加えよう、ってところかしら?」

 

菖蒲が口にした疑問に零が推測を重ねた。

 

その推測がほぼ正解であり、一刀は思わず苦笑してしまう。

 

「さすがだなぁ、零。

 

 待ってるのは物資の可能性も十分あるだろうに」

 

「確かに、普通ならそれもあり得るでしょうね。

 

 けれど、あの軍議の風の口ぶりから考えれば、そっちは無いと断言出来るわ」

 

「風の?」

 

あの時、風はそこまでヒントになるようなことを口走っていただろうか。

 

ふと考え込みそうになったが、零がすぐにその答えを出してくれた。

 

「風が言うには、一刀、あんたはこの戦の策に関して、随分と前から色々と仕込んでいたそうじゃない?

 

 聞けば、大砲や真桜製の例の鎖なんかもそうだったようだし。

 

 そんなあんたが、保険の策とは言え物資を揃えるだけで事足りる準備を万端にしていないわけが無いわ。

 

 なら、必然的に”待って”いるのは物資では無い。待つという表現を使う以上、対象は人。

 

 現時点でいないのであれば、それは敵方か中立の人間。けれど中立の人間に最早そこまで有能な人物はそういない。

 

 だから、敵方。裏切り者を待っていると推測出来るのよ。

 

 後はそれに合わせて状況を整理して組み上げただけのことよ」

 

「はは。うん、お見事」

 

素直に賞賛する。

 

何より、今の零の言葉から、零が一刀を高く評価してくれていることもよく分かった。

 

単純にそれが嬉しいというのもあった。

 

「そういう事でしたか。

 

 では、別に一刀さんが無理をなさろうとしているわけでは無いのですよね?」

 

零の説明で納得したらしい菖蒲が、不意にそんなことを聞いてきた。

 

突然のことすぎて、一刀はその質問の意図が掴めない。

 

「えっと……どうして俺が無理をする、と?」

 

「それは……正直に言いますが、ここ最近の一刀さんの戦闘は、どこか無理をしているように感じていたからです。

 

 今、一刀さんの下まで来たのもその事について聞いてみたいと思いまして」

 

「そうか。無理をしているように見えたのか……」

 

「あんた、馬騰との一騎討ちでも、斬られる覚悟で突っ込んでたんじゃ無いの?

 

 少なくとも、私にはそう見えたわよ。

 

 昨日、それを菖蒲と話していて、二人して少し怖くなったのよ……」

 

何が怖くなったのか、そこまでは口に出さなかったが、話の流れから簡単に推測出来る。

 

菖蒲も零も、一刀が討ち死にしてしまうことを恐れたのだ。

 

今もその事を想像してしまったのか、零の顔が暗くなっている。

 

自信家の零のそんな顔を見るのは実に久しぶりだ。

 

かつて、”世界の意思”に功績を邪魔され続けていた頃のような……

 

この二人とも関係を持ったとは言え、この時代においてここまで深く想われていることに、一刀は更なる喜びを密かに積み上げていた。

 

「菖蒲と零には無理をしているように見えていたのか。

 

 私と姉者には、どこか一刀が焦っているように見えたのだが」

 

「うむ!一刀はいつも死合には余裕を持って向き合っていたはずなのに、ここ最近は余裕をかなぐり捨てているように感じたからな!」

 

春蘭の指摘に一刀は思わず目を見開いた。

 

確かに、ここ最近の一刀は安全マージンをほとんど取らない戦闘を行っていた。

 

その結果として、今までよりも一歩踏み込みが深くなり、相手への手傷が多く、深くなった。

 

逆に一刀の方にも傷が増えていたこともある。

 

そういう意味で、少なくともこの場の五人には思ったよりも深刻な心配を与えてしまっていたようだった。

 

そこは確かに反省するべき点。だが。一刀にも譲れない事情はある。

 

「皆には心配を掛けてしまっていたみたいだな。前に秋蘭には謝ったっけ?

 

 改めて、謝罪するよ。ごめん。

 

 けれど、華琳の覇業ももう、最後の追い込みに入っている。

 

 だから、より迅速に事が為せるように、と、俺も一歩深く踏み込んでいたんだ。

 

 春蘭の言ったことが、まさしくその通りだね。完全に捨てているわけでは無いけど、戦闘の特に攻撃時にはほとんど余裕は残していない。

 

 それを繰り返した甲斐あって、連合は俺をより一層警戒するようになって動きが鈍ったし、成果はあったんだ」

 

「一刀なりの考えがあった、と言う事だな。

 

 だがそれも、次の一戦まで、か。我等の心配が杞憂に終わるのであれば、それは喜ばしいことだな」

 

「う~ん……」

 

秋蘭が納得を示す一方で春蘭が悩む。

 

それは小難しい話が飛び交う場では別段珍しい場面では無い。しかし、今は彼女が最も理解の早い武の話。

 

そこで春蘭が悩み続けていることに小さくない違和感があった。

 

「どうしたんだ、春蘭?何か引っ掛かることでもあるのか?」

 

思わず問い掛ける。

 

その返答は一刀の予想外なものであった。

 

「いや……一刀は余裕をほとんど無くして闘っていると言うが、本当にそれで馬騰や孫堅と言った連中に勝てるのか?」

 

疑問形だが、暗に、勝てないだろう、と含まれていた。

 

そして、その見立ては間違っていない。事実、赤壁では負けたのだ。それも、ハンデを貰った上で。

 

「しゅ、春蘭様!?

 

 確かに赤壁では馬騰さんに遅れを取られたそうですが、あれは船の上だったからでは無いでしょうか?

 

 一刀さんは恋さんと技の特訓もされていましたし、地上戦であればきっと――――」

 

「……一刀、勝つの難しい」

 

「恋さんまで!?」

 

菖蒲の言葉を遮ったのは、非常に珍しいことに恋であった。

 

その声は決して大きく無いのに、不思議と皆の耳に届く。

 

「……一回、馬騰と闘った。一刀とは何回も闘ってる。

 

 ……だから、分かる。一刀、まだ勝つの難しい」

 

「あはは……ズバッと言ってくれるなぁ」

 

一刀は苦笑を隠さない。何も間違いでは無いのだから。

 

しかし、である。それには”今朝までは”という文言が入ったのだ。

 

「確かに、赤壁時点では奥の手まで出しても勝てなかったろうな。相手はそれだけ化け物だし、当然かも知れないんだが。

 

 けど、赤壁で全力を出して闘えた結果、一つの光明が見えた。

 

 今朝方、凪と華佗に確認してもらって、大丈夫そうだと結論付けたよ。

 

 上手く嵌まれば、勝てる」

 

一刀は言い切った。

 

嘘偽りの無い言葉。それが皆にも伝わった。

 

「一刀がそうまで言うのならば、大丈夫なのだな!私は信じるぞ!

 

 何せ、まだ私は一刀に一度も勝てていないのだ。勝ち逃げは許さんぞ!!」

 

「……ん。恋も信じる」

 

「うん。ありがとう、春蘭、恋。それに、秋蘭、菖蒲、零も」

 

素直に聞き入れて信じてくれる。それだけ信頼してくれている。

 

今日は何度この有り難い思いを感じたか分からない。

 

だからまた、五人に礼を述べ、そしてふと気づいた。

 

「そう言えば、五人はどうしてここに?」

 

「ふっ。それぞれ一刀に聞きたいことがあって自然と集まったようだが、どうやらもう解決したようだな」

 

秋蘭が菖蒲たち、そして恋に視線を向けてからそう答えた。

 

ここまでの会話で明確に話題がクローズしたものは一件のみ。つまりはそう言う事なのだろう。

 

「そっか。それはますます悪いことを――――」

 

「たいっ――北郷様、ご報告申し上げます!

 

 前方に三騎確認!乗馬者はまだ特定しておりません!」

 

斥候に出ていた兵が駆け込んでくるなり報告を上げた。

 

瞬間、一刀は立ち上がる。

 

「三、か。数は合う、が……

 

 伏兵は?」

 

「前方には特に伏せられそうな場所は見当たらず、可能性は限りなく低いものと!

 

 また、三騎の後方に部隊がいる様子もありません!」

 

「そうか。

 

 三騎の様子はどうだった?分かる限りで良い」

 

「はっ!

 

 地平に現れてより暫く監視しておりましたが、速度を緩めること無く、真っ直ぐこの陣に向かってきております!

 

 いかがいたしましょう?」

 

「ふむ……

 

 念のため、遠目に監視をしておけ。

 

 それと、桂花に伝言を。万が一に備えて動く準備だけはしておいて欲しい、と伝えてくれ」

 

「はっ!!」

 

一刀の指示を受け、その兵はテキパキと動いた。

 

近場の兵を監視に立て、自身は報告へ。

 

「……敵?」

 

恋が不意に尋ねて来た。

 

既に方天画戟を手に、戦闘準備は万端の様子。

 

他の者もほとんど皆、戦闘態勢だった。

 

「奇襲か?奇襲だな?!

 

 よっし、今度こそこの私が――」

 

「少し落ち着け、姉者。

 

 で、一刀、どうなんだ?」

 

唯一人、秋蘭だけが、敵襲では無い可能性が高いと知っていた。

 

「確定では無いんだが……どうやら、味方、それも”歯車”様の登場のようだ」

 

思わずニヤリと口の端を歪める。

 

一刀の悪巧みが為った。

 

その笑みを見た皆が、即座にそれを悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀は門前で三騎を待ち構えていた。残る五人も共に。

 

念のために斥候は再び放ち、三騎の後背に敵部隊の影がちらつきでもすれば即座に攻撃を加えられるように指示を出して。

 

何事も無く時間が進み、やがて一刀たちの目にも三騎が捉えられるようになる。

 

その騎乗者の顔まで判別出来るほどに近づくに至り、誰もが困惑を隠せなかった。

 

「……ちょっと、一刀。あんた、本当に何したのよ?」

 

困惑を収められないまま、零が問う。

 

何せ、その眼に映るのは呉の重鎮なのだ。

 

三人が誰か分かった瞬間、零は目を見開き、暫し呆然とした後に一刀の顔を凝視した。

 

そこに驚きの色が一切無いことを見て取り、その三人の目的が間違いなく一刀であると判断する。

 

しかし、それが分かったからと言って、何がどうなればこのような状況となるのかが全く分からなかったのだ。

 

「ん~……悪いが、それはちょっと話せないかな」

 

「ああ、そう……」

 

時々、一刀はこういう回答をする。

 

これに対し、零に限らず華琳も顔を顰める時がある。

 

しかし、普段ならば口やかましく糾弾するはずの桂花が、こういう場合に限って何も言わない。

 

そこから、大半の軍師は言わずとも察していた。

 

桂花が何か、極秘の任務で一刀を使っている、と。

 

きっと今回もそうなのだろう。

 

『一刀の秘策』と言っていたが、実質『一刀と桂花の秘策』と言うことだったのか、と零は自身を納得させた。

 

「ふむ。驚いたな。

 

 周泰はともかく、孫権がいるとは……」

 

秋蘭が思わず呟く。

 

回答を期待してでは無かったそれだが、一刀はこっそりと秋蘭だけに聞こえるように回答を添えた。

 

「この局面で潜り込まれないための人質だよ。

 

 周泰は孫家の中でも孫権を最も敬愛しているようだったからね」

 

「相変わらず容赦が無いな」

 

「それが”仕事”なもんで」

 

「ふっ。違いない」

 

黒衣隊で得た情報・スキルのフル活用によって作り出されたこの瞬間。

 

それはこの場で一刀以外には秋蘭にしか分からないことであった。

 

「だが……もう一人の方はさすがに初耳だな。

 

 ……いつからだ?」

 

「周倉を仕込んだ時――――いや、恩の名を持って大陸中で情報を掻き集めていた時から、かな」

 

「…………つくづく、お前が敵で無くて安堵するよ、一刀」

 

自分から軽く聞いてみたつもりだったのに、その回答には絶句する。

 

秋蘭からしてみれば、どれだけ先を読んで用意周到に準備してきたのか、と言ったところだろう。

 

しかし、一刀からしてみれば、”曹操”に与した瞬間から”赤壁の戦い”が来ることは予期していたのだ。

 

その結末を知る身としては、どうやってでもこれを回避したい。

 

故に、一刀が予てより仕込み続けていたことは、そのほとんどが今この瞬間に火を噴くものなのだ。

 

「取り敢えず、二つ言えることがある」

 

一刀が皆に向けて声を出す。

 

自然と皆の耳は一刀の言葉に対して傾けられていた。

 

「一つは、これで以前言っていた”腹案”を使うことが出来るということ。

 

 それともう一つ。彼女らが来てくれたことで、華雄からの聞き取りは必要無くなった、ってことだ」

 

 

 

 

 

遂に連合の三人が一刀の前まで来た。

 

当たり前のことだが、孫権は状況が理解出来ておらず、目を白黒させて不安そうにしている。

 

その視線が最も向く周泰の方は、何かを諦めたかのような目をしていた。

 

そして、もう一人。蜀から来た人物は――――

 

「遅参、真に申し訳ございません。

 

 ご指示の通り、周泰さんをお連れ致しました!」

 

一刀の前まで来るや、拝手して報告を始めた。

 

一刀と秋蘭、そして周泰以外の者が驚愕する。

 

それが余りに意外な行動だった為である。

 

「ありがとう、杏。

 

 けど、そんなに畏まらなくてもいいんだぞ?」

 

「やはり……そうだったのですね……」

 

一刀は軽く応じる。

 

周泰はやはり諦めの混じった声色で確認の呟き。

 

それを受けてようやく、頭の回る者から理解し始める。

 

そう、今ここにいる蜀の首脳陣の一人たる軍師、姜維――杏。彼女こそ、一刀が周倉を通して蜀に送り込んだ、魏の楔なのであった。

 

ただし、一刀が杏に課した任は、非常に異質だった。

 

その内容は以下の通り。

 

一、平時は蜀にとって利無き実働は控えよ。その上で周倉に情報を提供せよ。

 

二、実力は隠しても隠さずとも構わない。杏のやりやすいように。

 

三、戦時は適宜、周倉を通して追加の任を課す。

 

ざっくり言ってしまえば、普段は自由にしてていいよ、ということ。

 

だが、逆に言えば普段から怪しい行動は周倉と話すこと程度しか無いということ。

 

それが故に、発見されにくい。

 

事実、赤壁までの間、一刀は杏に一切の任を課さなかった。

 

今こうして、周泰をこの場に引っ張り出すための手伝い意外は、何も。

 

「ちょ、ちょっと、明命?こ、これって本当に、大丈夫――――」

 

「おっと。申し訳ないが、孫権さんには暫くの間黙っててもらおう。

 

 菖蒲。悪いが彼女の見張りを」

 

「なっ?!」

 

孫権が口を開きかけたところを一刀が遮った。

 

或いは何かしらの交渉なのか、と考えていた孫権は、その余りの無礼に絶句してしまう。

 

「あ、はい、分かりました。

 

 手を縛らせていただきます」

 

「ちょっと、何をするのっ!やめなさ――――ひぅっ?!」

 

拘束されそうになり、暴れようとした孫権。

 

そんな彼女に向けて、一刀が瞬間的に殺気をぶつけた。

 

半ば不意打ちでかまされた、研ぎ澄まされた一刀のそれに、前線武将でも無い孫権は耐えられなかった。

 

身が竦んだところを呆気なく菖蒲によって拘束される。

 

事ここに至って、孫権もとうとう認めなければならなかった。自分は嵌められたのだ、と。それも、最も信頼していた部下によって。

 

項垂れ、静かになった孫権は脇に置き、一刀は杏に向き直る。

 

既に杏は先程の一刀の言葉を受けて拝手を解き、立ち上がっていた。

 

「さて、改めて。

 

 ここまでの任、ご苦労だった、杏。

 

 俺から託す任は後一つだけだ」

 

「はい。お任せください。

 

 それで、その任とはどのようなものでございましょう?」

 

「それは、これからこちらの軍議で決めることになる。

 

 が、その前に。

 

 孫権をこの場に連れて来たことが答えだとは思っているが、一応聞いておこう。

 

 周泰さん。貴女は連合を裏切り、我々に協力してくれる意思が固まったのですね?」

 

一刀は周泰に向き、改まって問い掛ける。

 

それは問い掛けと同時に、周泰の覚悟の程を問う最後通告でもあった。

 

周泰はキッと一刀を睨む。そして口を開いた。

 

「…………そうでなければ、このようなところにまで来ません。

 

 それと、もしもあの約束が嘘だったならば……っ!」

 

「もちろん、守りますよ。

 

 それがこちらの理想とする展開でもあるのですから」

 

最後にもう一度一刀を睨み、周泰は黙る。

 

周泰の眼光にははっきりと、約束を破れば殺す、と書かれていた。

 

だが、それでいい、と一刀は考えている。

 

納得づくで無かろうが嫌々であろうが、周泰は人質を伴ってここまで来てしまっているのだ。

 

ここまで来てしまえば、最早周泰には魏に反旗を翻すことは出来ない。

 

周泰には孫権を切り捨てられない。だからこそ、一刀は彼女を連れて来させたのだから。

 

「よし。それじゃあ、杏と周泰には一緒に軍議に出てもらおうか」

 

この場での会話は終わったとし、一刀は移動を促した。

 

魏の面々はほとんどが呆然としたままだったが、素直に応じる。

 

杏と周泰もまた同様。

 

ただ、孫権だけが若干の抵抗を見せようとした。が、一刀が視線を向けると、先ほどの事を思い出して孫権の肩が跳ねた。

 

結局、唇を噛み締め、孫権も歩き出す。

 

一行が向かうは軍議の天幕。だが、その前に寄り道の用事が残っていた。

 

途上にあった一つの天幕の前まで来ると、兵に声を掛けて天幕を開けさせる。

 

一刀はそこに孫権を押し込み、再び天幕を閉じる。

 

布越しに聞こえる音からだけでも、突然の事で驚く孫権の様子がよく分かった。

 

「…………北郷、一刀……

 

 こんなことまでして……貴方、一体何を考えているの……?」

 

去り際、天幕内から漏れ聞こえて来た声。

 

特に答える必要性は感じない。

 

しかし、どうしてか興が乗り、気が付けば一刀はぼかしながらも簡潔に答えていた。

 

「大陸と、そこに住まう民の安寧、かな」

 

孫権に聞こえたかは分からない。

 

しかし、それ以上その場に留まるつもりは無かった。

 

その後は間違いなく一直線に、一刀は軍議の天幕へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍議の場では既に人が揃っていた。

 

突然予定に無かった招集が掛かり、何事かと訝しんでいる。

 

そこに一刀たちが足を踏み入れる。

 

初めは、やっと来たか、という表情。

 

それから幾人かが驚愕の表情に代わる。

 

「周泰だと?!」 「なぜここに姜維がいる!?」

 

直近の小競り合いにより、蜀呉の武将は皆、魏の誰かしらと顔を突き合わせている。

 

その内の誰かが思わず叫んだのであった。

 

その声が始まってもいない軍議の場に大いなる混乱を招く。

 

秩序も何も無くなり掛けたその刹那、カァンと甲高い音が鳴り響いた。

 

「静まりなさい!!」

 

続いて響く、凛とした声。

 

誰もの耳にその声は入り、そして黙らせた。

 

瞬く間に静まり返ったその場で皆の視線の先のあったのは、絶を地に打ち付けで立ち上がった華琳の姿だった。

 

「皆の言いたいことは分かるわ。

 

 だからこそ、すぐにでも軍議を始めましょう。

 

 さて、一刀。弁明なさい?」

 

「それは構わないんだけど。弁明なの?」

 

「あら、ごめんなさい。私としたことが、言葉を間違えてしまったようね。

 

 さあ、一刀。説明なさい?」

 

ニコリとして促す華琳だが、その実、瞳の奥は一切笑っていなかった。

 

”弁明”しろ、とは紛れも無く華琳の本音なのだろう。

 

まあ、一刀にしてもその気持ちは分からないでも無い。

 

以前の軍議で一刀はまだ準備が出来ていないと言った。

 

まさかその準備が他国の、それも現在敵対している国の将だとは思いもしないだろう。

 

更に言えば、それを陣中に引き入れ、しかも軍議の場にまで引っ張ってきているのだから、華琳で無くとも青筋の一つや二つは立てよう。

 

「既にこの中の何人かは直接顔を突き合わせているだろうが、改めて紹介しておこう。

 

 蜀から姜維、それと呉から周泰。この二人が俺の策の協力者となる」

 

再び場内がざわつき掛ける。

 

それが大きくなる前に華琳が再び声を上げた。

 

「一刀、いくら貴方の策でも、今回ばかりは素通しは出来ないわ。

 

 姜維と周泰が本当に貴方の協力者である確証はあるのでしょうね?」

 

「周泰とは幾度かやり合っていて、その過程と今回の戦で心を折った。

 

 もちろん、協力する振りをして情報を抜かれる危険は考慮し、人質を周泰自身に連れて来させることで反抗の意思無しの証とした。

 

 後で確認でもしてくれたらいいが、人質は孫権だ。

 

 当たり前のことだが、次の戦において周泰がこちらの策を漏らした様子が見受けられれば、その時は代償として孫権の命を奪う。

 

 周泰が最も忠誠を誓っている相手であり呉の王家の人間だ。僅かな勝機を掴む為にこれを切り捨てる判断はしないと考える」

 

「これはまた、とんでもないことを言い出したわね……

 

 貴方がここですぐに分かる嘘を吐くはずも無いのだから、孫権を捕えているのは本当なのでしょうね。

 

 桂花。呉が孫権を切り捨てる判断をした可能性はどの程度かしら?」

 

「かなり低い――いえ、ほぼ無いかと。

 

 集めた情報を整理したところ、現呉王の孫堅の娘は三人。孫策と孫権、それと孫尚香。

 

 孫策は戦の才は飛び抜けておりますが政の才はそれほど無いとのこと。

 

 対して孫権は政の才を持っているようで、孫堅はこれを育てようとしていたようです。

 

 孫尚香に関してはほとんど情報が得られていないのですが、この決戦に参加させていないようであることを鑑みるに孫策や孫権以上とは思えません。

 

 従って、時期呉王としての最有力は孫権となります。その孫権を切り捨てるはずがありません」

 

桂花の見解を聞き、華琳は一つ頷く。

 

だが、まだ一刀に向ける視線は厳しいままだ。

 

「そう。ならば周泰の方は納得しましょう。

 

 姜維の方はどうなのかしら?まさか劉備を人質に連れて来させた、なんてことは言わないでしょうね?」

 

「いや、姜維は周泰とは少し事情が違ってな」

 

チラと一刀は杏に目配せする。

 

杏は察し、頷いた。

 

「この姜維、真名・杏は俺が個人的に親交を結んだ人物で、蜀に入り込んでもらって内部から気付かれない程度に情報を流してもらっていた。

 

 その情報は全て桂花に渡していたから、蜀の動向に関してはよくよく詳細な情報が得られていたことの理由はここにある。

 

 そう言うわけで、元々杏はこちらの味方なんだ」

 

ざっとした説明。言葉自体は短いものだった。

 

しかし、その内容が周囲に与えた衝撃は計り知れないほど大きい。

 

華琳も含め、皆が目を白黒させている。

 

そんな中、杏が進み出て拝手の礼を取った。

 

「お初にお目にかかります、曹操様。只今一刀様よりご紹介いただきました、姜伯約にございます。

 

 真名は杏でございます。宜しければ、曹操様にお預け致したく存じ上げる次第です。

 

 一刀様より曹操様の目指すところの覇道は聞き及んでおります。

 

 この乱世にあって、大陸を治められるのは曹操様を置いて他にいないと考えております。

 

 微力なれど我が力、曹操様にお使い頂きたく」

 

華琳はこれをどう捉えるべきか、暫し悩む。

 

華琳をして現在の状況は整理に時間を要するほど処理すべき情報が過多なものであった。

 

額に手を当て、軽く目を瞑り、華琳は黙考する。

 

やがて、考えを纏めた華琳は目を開き、口を開いた。

 

「…………色々と言いたいこと、聞きたいことがあるのだけれど、二つに絞るわ。

 

 まずは、一刀。

 

 姜維は貴方の味方だと言う事だけれど、疑わしいところがあるわね。

 

 内外で今まで得て来た情報から考えると、姜維の策や働きが魏にとっての不利益となる場面は少なく無いわね?

 

 それはどういうことなのかしら?」

 

「さっきも軽く説明したが、杏に頼んでいたのは蜀中枢の情報の流出だけだ。

 

 それ以外は蜀に利する動きを心掛けるようにさせていた。

 

 はっきり言うが、杏は有能だ。鍛えれば春蘭たちにも引けを取らない武将にも、桂花たちに引けを取らない軍師にもなり得る器だろう。

 

 劉備が、あるいは諸葛亮が、それ程の人材を端に追いやるような真似はしないだろうから、中枢に潜り込んだ上で間者であることがバレないようにすることを最優先にした。

 

 ただ、杏の策等で致命的な被害は受けていないはずだが、それを妥協点と出来ないかな?」

 

ツイ、と華琳は桂花に目配せを送る。その含む意味は言わずもがな。

 

桂花も既に答えを用意しており、無言のまま首肯を一つ。

 

そのやり取りを経て、華琳は一刀の回答に納得を示した。

 

「どうやら事実として認められるようね。なら、良いでしょう。

 

 次に姜維、貴女にも一つだけ問うわ。

 

 貴方が本当に一刀の協力者であるという証左はどのようにするのかしら?」

 

「我が真名に誓いましょう」

 

寸秒の遅れも無く、そして極めて簡潔に杏は即答した。

 

一刀もこの頃忘れがちだったが、この世界において真名に誓うというのは最上級の誓いの言葉である。

 

これを杏が即答で言い切ったことで、華琳は遂に杏も信じるに至った。

 

「分かったわ。姜維、いえ、杏。貴女の力、存分に振るいなさい」

 

「はっ!ありがとうございます!」

 

細々とした点で聞きたいことはまだあったりするだろう。

 

しかし、今早急にすべきことに比べればそれらは些事も良いところ。

 

よって、捨て置かれることになる。

 

一刀と杏、そして周泰の三人が華琳の前から下がり、普段の一刀の位置に収まる。

 

それを見届けてから華琳が軍議を進める。

 

「さて、それじゃあ、一刀。

 

 貴方の腹案とやら、今こそ話してもらいましょうか」

 

華琳が一刀を促す。

 

それこそ、この軍議の主題なのだ。

 

軍師勢の表情に真剣味が増す。

 

まだ誰も、桂花でさえも聞いていないその策。

 

それが使えるものか否か、正確に判断するべく一言たりとも聞き逃すまいとしていた。

 

「分かった。それじゃあ、話そう。

 

 俺が周泰と杏を使うことを前提に考えていた策の内容とその効果、それと皆に求める動きを――――」

 

 

 

 

 

「――――という事だ。

 

 以上が俺が考えていた策の内容となる。

 

 はっきり言って一部の者への負担が膨大であることと博打要素が強いと言う面もあることは自覚している。

 

 普通に戦えばほぼ勝利が見えているこの状況で博打とは、という気持ちも理解出来る。

 

 が……成功した際の効果には一考するだけの価値はあると考えている。

 

 ただ、それでも受け入れがたいのであれば、その時は杏と周泰を最大限利用した他の策を用意してくれても良い」

 

そう締め括った一刀の表情は若干の緊張を孕んだものだった。

 

軍師たちは互いに顔を見合わせ、一刀の策の内容を確認し合っている。

 

その表情から読み取れる色合いは、あまり芳しくないもの。

 

勝利の効果を高めるために敗北の確率を引き上げる。それが軍師としては許容出来かねるものなのだ。

 

その空気を感じ取ってか、武将の間でも困惑の色が大きい。

 

ただ一人、華琳だけが不敵な笑みを浮かべていた。

 

徐々に皆、その華琳の様子に気付き、口を噤んでいく。

 

誰もが華琳の様子に気付いた頃、華琳は興奮隠し切れぬ声音で宣言した。

 

「良いわね、一刀。貴方の策、気に入ったわ。

 

 それでいきましょう!」

 

「華琳様!無礼を承知で申し上げますが、ここにきて敗北の色を強める判断は愚行では無いでしょうか?

 

 この際なので断言させていただきますが、次の戦で魏が敗北することはあり得ません!」

 

「いいえ、桂花、それは違うのよ。

 

 その判断はあの孫堅と馬騰であれば出来ていて然るべきもの。

 

 けれどもまだ戦を仕掛けようとして来ている。今はそれが全ての答えよ」

 

華琳の言葉には共通認識としての前提が隠されている。

 

それはかの二人が揃って口にしたあの言葉。

 

つまり、まだ自分は達していないのだ、と考えている。

 

「かつて、馬騰に挑んだ時、私は”天の時”を蔑ろにしていた。

 

 此度の策、これは今まさにこの”天の時”をも私が掌握したのだと示すに相応しいものだと感じたのよ。

 

 そして、一刀の考えは我が覇道の最初期の理想に沿うものであることも事実。

 

 なればこそ、今ここに宣言するわ!この戦にて我が覇道は達成されるのだと!」

 

華琳の意思は固い。それがひしひしと伝わってきた。

 

「承知致しました。

 

 それでは我等軍師一同、一刀の策の成功率を高めるべく、全力を尽くします」

 

ならば、桂花の答えはこれしか無かった。

 

「ええ、頼んだわよ、桂花。

 

 さあ!皆も、今は英気を養いなさい!

 

 次の戦、そこで我等は大陸を掌握する!」

 

鬨の声が上がる。

 

それは今までの何よりも高らかに、大陸の空へと溶けて行った。

 


 
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