No.937445

【新6章・前】

01_yumiyaさん

新6章。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け。前編

2018-01-14 00:38:31 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:356   閲覧ユーザー数:356

【孤毒の浄化】

 

たとえ暗闇が未来を奪っても

あきらめない心が希望へと導く

 

たとえ世界が終わりを告げても

あきらめない命は永遠の星になる

 

きっといつの日か

自由の光に包まれた世界が

君を待っている

 

 

 

 

下を見回せば真っ白な雲、上を見上げれば真っ青な空が広がっていた。

光を遮るものはどこにもない。

燦々と輝く光を存分に浴びて、真横には真っ白な神殿が静かに鎮座していた。

ここは空の上にある天空神殿と呼ばれる場所。

そんな神殿で生活しているのは「天使」という、背中に翼を携え、頭の後ろに輪っかを背負った種族だ。

まあ天使という種族にも色々あって、翼のない天使や輪っかのない天使もいるのだが、この天空神殿で生活している天使は概ねこの姿をしていた。

とはいえペット枠なのか、それに該当しない「キュ」と鳴く小動物のような天使もいるにはいるが。

ここにいる天使たちの翼の枚数や形・色は個人個人でバラバラだが、各々浮遊に支障はないらしい。しかしながら、雲の上をふよふよと飛び回るこの天使たちは、何故か揃いも揃って目元を隠していた。

つまり、翼を持ち輪っかを背負って目元を隠している天使ならば、この天空神殿に出入りしている天使なのだと言えるだろう。

 

天空神殿は天使たちの居住区というわけではなく、事務所というか仮の生活場所であるらしい。

元より彼らの住処は天界と呼ばれる場所。わざわざこんな場所に居住を構える必要はない。

ならば何故、こんな神殿が存在し数多の天使がここにいるのか。

この答えは非常にシンプルだ。

地上に介入するため、そのひとことに尽きるのだから。

 

この天空神殿の真下には、四つの大地と大きな海が広がっている。

そう、ここは天界から最も離れた場所であり、地上に最も近い場所なのだ。

 

そんな天空神殿で、ひとりの小さな天使が雲の隙間から地上を覗き見ていた。

彼の眼下には緑色の「木」と呼ばれるものと青色の「海」と呼ばれるものが映り、ちらほらと見える茶色の「地面」にぽつぽつと赤色の塊が点在しているのが確認出来た。

この赤色の塊は屋根というらしく、その下には人間の住む「家」があるらしい。

白一色と言っても過言でないこの神殿と違い、地上にはそこら中に様々な色があるのだなと小さな天使は首を傾げた。

生きていく上で毎日あんなにたくさんの色を見ていたら、目が疲れてしまうだろうに。

不思議そうな顔をして地上を見下ろすこの小さな天使の名を、クレイと言った。

 

クレイは兜を深く被り直しカラフルな地上から目を離す。

「色」ならば己の衣服にも他の天使にも色が付いてはいる。が、この神殿からしてみればそれは些細なもの。

その程度の色にしか慣れていない自分が、万事万物が彩られチカチカしている地上に行って大丈夫なのだろうかとクレイは不安そうにため息を漏らした。

だから目元を隠す必要があるのだなと解釈し己の兜を撫でながら。

 

今から少し前に、クレイは初めて天命を受けた。

毒とアンデッドに侵された病んだ地上を救え、と。

その天命に対して不安も不満も無かったのだが、その天命のリーダーの名を聞いた際目を丸くした。

光王、エーリュシオンという名の天界でトップに近い天使だったからだ。

上級天使が降臨するほどの天命。それに同行。

私にそれが務まるのだろうかと一気に不安に陥ってしまった。

天命を受けた時のことを思い出し、ふうとクレイが息を吐くと視界の端に赤色の翼が入り込んだ。

 

「クーレーイー、何してんだー?」

 

その赤色の翼はへらっと笑いながらクレイに声をかける。

赤色の翼に赤色の輪っか。真っ白なこの場所で一際目立つ出で立ちの主は、カマエルという名の小さな天使。

クレイの友人でもある彼は、クレイと同じ天命を受け一緒に地上に降りる仲間だった。

クレイが天命の大きさに怯み不安を抱えた際に、その不安を雲散させてくれた本人でもある。

彼が『お!クレイも地上行くのか、オレもオレも!がんばろーな!』とニコニコしながら肩を叩いてくれたおかげで、カマエルと一緒ならと非常に気が楽になった。

天界にいたときから、思い悩みがちなクレイはカマエルの明るさに救われている。

 

「なんだ、下見てたのか?これからしばらくいる予定なのに。変なヤツ!」

 

カラカラ笑いながらカマエルはクレイの背を叩き「エーなんとかサマが話があるってさ、そろそろ降りるのかねー?」と首を傾げた。

遅れたら怒られそうだから早く行こうぜ、とクレイを促しカマエルは翼を翻す。クレイも慌ててカマエルの後を追った。

上司の名前を未だ覚えていないのは流石にどうかと思う、と呆れながら。

 

■■■

 

クレイたちが神殿の中に戻ると、光王はふわりと微笑んで、「準備が整ったから明日にでも地上に降りる」と言葉を落とした。

その言葉にクレイは緊張で顔を固くしたが、そんなクレイを見て光王は苦笑し「君たちはまだ小さい。しばらくは私と共に動くことになるから安心するといい」と羽根を揺らす。

それはそれで別の意味で緊張する、とクレイは翼を下げる。そんなクレイとは正反対にカマエルは「わっかりましたー!」と元気よく返事を返していた。

バラバラの反応に小さく笑い、光王は真面目な声色を作り直しふたりの小さな天使に向けて問いかける。

 

「…もちろん、地上に慣れたら個々に浄化をしてもらうことになる。良いな?」

 

「はーい」

 

カマエルの返事に頷いた光王は話はそれだけだとばかりに背を向けた。

光王の3対の白い羽根がクレイの視界に映り込む。

光王の名に恥じない、光そのもののような混じりっけのない純白の大きな羽根。それが6枚。

クレイの羽根も白いのだが、光王の羽根と比べると貧相だと感じてしまう。

小さな己の翼を撫でながらクレイははっと気が付いた。

このまま地上に行ったら、翼が貧相すぎて人間たちに天使だとわかってもらえないかもしれない。

なんせ己の翼は光王の立派な翼と比べ、数も少なく小さい。

どうしよう。

いつものようによくわからないことで悩み始めたクレイに気付き、呆れた顔をしながらカマエルはクレイを外へと引っ張り出した。

光王の目の届かないところへクレイを連れ出したカマエルは、クレイの悩みを聞いて「お前は何を言ってんの」と深く深くため息を吐く。

たまにこいつ物凄くバカになるよなと困ったように空を見上げた。

光王と自分を比べることがそもそも無意味だし、人間にどう思われようが今回の天命には関係ない。

カマエルは真面目すぎてよくわからないことで悩みがちな友人に対し、再度ため息を吐いた。

 

■■■

 

小さな天使たちが妙な態度で出て行ったのに首を傾げながら、エーリュシオンはふわりと翼を広げる。

地上での拠点は造り終えた。こじんまりとしているがここを模した神殿にできたと思う。

長丁場になりそうだと判断し、天使が過ごしやすいよう慣れた場所になるようにしたのだが気に入って貰えるだろうか。

まあもう造ってしまったから、気に入らないと言われようが直す気はないのだが。

 

「あとは…」

 

ぽつりと呟きエーリュシオンは地上に目を向けた。

拠点造りのために先行して地上に降りたが、地上は予想以上に酷い有様だったのだ。

沼地は毒に汚染されアンデッドたちが溢れかえり、大半が穢れきっている。原因のひとつは、アンデッドの皇が目覚めたからなのだろう。そのまま地上に居座り好き勝手やっていた。

地上を浄化する前にまずアレをなんとかしなくてはならない。

今回は特に、小さき天使も連れて行くのだ。ある程度障害は弾いておいたほうが良い。

そう思いエーシュリオンは天命に先駆けてアンデッドの皇、生意気にもトカイという名を持つ屍を退治しに行った。

たかが屍。そんなものの発する穢れなどすぐに浄められるだろうと思っていたのだが、予想以上にトカイは力をつけていた。

トカイの穢れもさることながら、大地の汚染具合と大気の穢れ具合が逆風となりこちらにとって分が悪い。

「傲慢ナる光王ヨ。キさマノ光もマた、生命ヲ消スこトシカ出来ヌのダ」

と貶され一時撤退を選択せざるを得なかった。

 

「まずは、大地の汚染を削ってからでないとアレを倒すのは難しいだろうな」

 

ふうとため息を漏らし、エーシュリオンは再度地上に目を向ける。

広がる汚毒に悲しげな視線を落とし、少しばかり光の加護を強くした。これで多少は毒とアンデッドの進行を遅らせることができるだろう。

あとひとつ、とエーシュリオンは小さく呟き、ふわりと翼を動かした。

地上に向かってゆっくりと。

 

小さく唄を口ずさみながら。

 

■■■■

 

次の太陽が現れた朝、クレイたちは眠い目を擦りながらエーシュリオンに連れられ地上へと降り立った。

クレイは緊張で、カマエルは張り切りすぎて、両者とも昨日はあまり良く眠れていない。

欠伸を噛み殺すクレイと大っぴらに欠伸を晒すカマエルとの差異にエーシュリオンは苦笑し、地上の拠点として造った神殿の扉を開けた。

 

「おー!」

 

声を上げたのはカマエル。

ピカピカの神殿を見て目が覚めたのか辺りをキョロキョロと見渡し始める。

今にもハシャいで飛び回りそうだったが、クレイが落ち着けと言わんばかりにカマエルの裾を抑えていた。

そんなクレイも天空の神殿とあまり変わらない風景にほっとしたようで目を細めている。

気に入ってもらえたようで何よりだとエーシュリオンはひとり密かに安堵の息を吐く。

 

「あー!あれ!あれははじめて見た!なんだあれ!」

 

カマエルがテンション上がったような大きな声で銅像を指差した。

カマエルの大声にオロオロしながらも、クレイはカマエルの指の先に顔を向け首を傾げる。

彼らの視線の先にあるのはドラゴンの像。

地上の竜を模した銅像だ。

そう、ここだけ天界とも天空神殿とも変えてあった。

他にはない「地上の光の竜」の像。

まずはそれについて教えようと、エーシュリオンは柔らかく口を開いた。

 

エーシュリオンの話を聞いてクレイとカマエルは首を傾げる。

この地上に、自分たちと同じような光の性質を持つ生き物がいるなんて信じられない。

そもそもドラゴンなどという生き物は見たことがない。

天界にはいなかった。

首を傾げ合う小さな天使たちを見て、エーシュリオンはふたりの頭をぽふんと撫でる。

この地上には様々なカタチの様々な生き物が生きているのだ、と。

 

「一応、天界にも竜はいた。あまり表には出てこないが」

 

「えー!いたのか、知らなかった!見たかったなー」

 

エーシュリオンの言葉に、カマエルがクレイに顔を向けながら頬を膨らませた。

どんな竜なのかとカマエルが問えば、エーリュシオンはそうだなと少し考え込む。「私もそこまで詳しくは知らないのだが」と小首を傾げた。

光王にも知らないことがあるのかと驚きながらもクレイはエーシュリオンに問う。

 

「それで、ええと、その、その地上の竜を、捕まえるんですか?」

 

クレイからの問いにエーシュリオンは首を振り「あれは地上の竜。地上のものは地上の者に任せる」と銅像に目を向けた。

ただ、この地上はその竜のテリトリー。派手に動くと機嫌を損ねさせる、とため息を吐く。

現にエーシュリオンが姿を現した辺りから、その竜は繭に引きこもり始めたらしい。

「嫌われたものだな」とエーシュリオンは困ったように呟いた。

 

「まあ、光の竜に関しては考えてある。君たちは早く此処に慣れて自分たちの仕事をしてくれ」

 

そう微笑んで、エーシュリオンは再度クレイたちの頭を撫でる。

ふわりと優しく暖かな光のように。

そんなエーシュリオンに応えるように、クレイはしっかりと、カマエルは元気よく、了承の返事を鳴らした。

 

初日ということで今日は1日自由にして良いらしい。

つまりは遊んで良いらしい。

喜び勇んで外に行こうとしたカマエルはウキウキと神殿の扉を開けたが、予想以上の澱んだ空気に驚き慌てて扉を閉めた。

「きもちわるい…」という嫌そうな声色から、彼にとって地上の空気がどれだけ不快だったかが推し量れるだろう。

降りてきたときはエーシュリオンと一緒だったため、澱みが緩和されていたらしい。

「外ヤダ」とぷるぷる首を振るカマエルと、「でもこれから外で浄化するんだから慣れないと」と説得するクレイの互いの意見を擦り合わせ、とりあえず今日は室内の窓の側で様子を見ることとなった。

窓の外を眺めながら、カマエルはむぅと膨れながらガラスを小突く。

 

「すっげー汚い。きったない…なんだこれ…」

 

そこまで文句を言われると、その天使曰く汚い場所で生きている地上の生き物たちの立つ瀬がない。

まあ、それだけ汚いから天使が浄化しに来たのだと言えるだろうが。

クレイはカマエルをそう宥めながら、窓の外に目を向けた。

汚い、とは思うが、でも生気が満ちているように思えるのだが。

自分はそこまで不快ではないと首を傾げる。

 

「私がおかしいのか…?」

 

クレイがぽつりと呟いたその言葉は、カマエルには聞かれなかったらしい。

というか、先ほどまで横にいたはずのカマエルはその場から姿を消していた。

クレイがカマエルを探すと、窓の景色に飽きたらしく竜の像に跨って遊んでいる。

カマエルの行動にぎょっと翼を跳ねさせアワアワしながら、クレイはカマエルを降ろそうと引っ張った。

 

「なん、なんで乗って…。というか乗ったら駄目だろう!」

 

「すてきな乗り心地だぞ?」

 

慌てるクレイとは裏腹に、カマエルは「ホンモノに乗ってみたいなー」と像をペシペシ叩きながら笑う。

怒られるから早く降りろとクレイが必死に引っ張れば、渋々とカマエルは像から離れた。

こいつ怒られるとわかっていることをするの苦手だよなと、カマエルはクレイに呆れたような目線を向ける。

とても真面目な優等生には、遊びごころがないらしい。

怒られようとも、注意されようとも、果敢にチャレンジすることこそが面白いのに。

そもそも明日から仕事しなくちゃならないのに、今遊ばないでいつ遊ぶんだ。

むうと頬を膨らませ、カマエルはクレイをペシンと叩いた。何故叩かれたのかわからないクレイは「???」と目を丸くしている。

 

カマエルとしては「遊びを邪魔された」

クレイとしては「してはいけないことをしていたから注意したら叩かれた」

 

双方の思いはシンプルだが、得てして大抵こういう場合、喧嘩になる。両方が両方、「あっちがわるい」と考えるから。

しかしながらこのふたりの場合、クレイがドが付くほどの真面目で大人しいタイプであったため喧嘩が勃発することはなかった。

 

「………?」

 

「………」

 

互いに無言で見つめ合い、クレイが至極悲しげな顔で「なんで叩くの…?」という眼差しを向ける。

叩かれたことに対し憤慨したように怒鳴ってくれればカマエルとて怒鳴り返せるのだが、クレイはそういった行動はせず涙ぐむのみ。

このままだとクレイが大人しすぎて一方的にイジメている型となってしまうため、カマエルもそのまま矛を収めるしかない。

大きく息を吐き出しながらカマエルはその場にぽすんと座り込んだ。

カマエルが座ったのを見てクレイもその横に腰を下ろす。

横からカマエルの顔色を探るクレイを見て、カマエルはもう一度ため息を吐き頭を掻きながら「ドラゴンってどんな生き物なんだろうな」と言葉を並べた。

突然話題を振られキョトンとするクレイに、カマエルは「ほら、色とか大きさとか声とか」と努めて明るい声と表情を向ける。

その様子からカマエルの機嫌が直ったのだろうと判断したらしいクレイはほっとしたように表情を緩め、カマエルの言葉に答えた。

 

「光の竜なら白か黄色だと思う」

 

今クレイたちの目の前にある竜の像は銅像であるがゆえ灰色をしているが、流石にこのままの体色ではないだろう。

ならば何色か。

エーシュリオンのような純白、もしくは天界にいる大天使のような金に近い黄色だとクレイは考えた。

クレイにとって光とはこのふたりの天使のことであり、その上で「光王」の名を持つエーシュリオンに近いのだろうと半ば予想を立てる。

ほぼ断言に近いクレイの言にカマエルは笑った。

 

「そっかー、そうかもな。…赤い竜ならオレと同じだから面白そうだったのに」

 

「あ、いや、えっと、火も明るいから赤いかもしれない!」

 

カマエルは軽く言ったつもりだったのだが、クレイは過剰に反応し慌てたように翼を動かしながら主張を変える。

よくわからん気の使われ方をしたとカマエルは目を丸くし苦笑した。

そのままふたりは今日一日、まだ見ぬ地上の竜について楽しげに語り合う。

仕事のついでに見られたらいいなと笑いながら。

 

その後しばらく地上に慣れるまで、神殿の近くで過ごす日々が続いた。

クレイは早々に慣れ外出にも支障はなかったが、カマエルがなかなか慣れずエーシュリオンにくっついていることが多い。

「あのひとの傍は天界に似てて落ち着く」とふよふよ後追いしている場面を数回見掛けた。

ひとりで地上を見て回るのも不安だとクレイもくっついていたのだが、天使のサガなのか「仕事せねば」という思いが勝り、最近はひとりでも近場を見回るようになっている。近場は。

遠出はできるがひとりじゃ嫌というクレイと、外行くの嫌というカマエルにほぼ毎日つけまわされ、エーシュリオンは困ったように髪を揺らした。

慣れぬ環境で不安なのがわかるため無下にする気はないのだが、こうぺったりくっつかれると仕事にならない。

早く慣れてほしいものだと苦笑しながら、エーシュリオンはぺったりくっつくカマエルの頭を柔らかく撫でた。

 

 

そんな後追い期間も終わり、クレイもカマエルもなんとかひとりで外へ見回りに出れるようになった。

クレイは地上を蠢くアンデッドの退治を、カマエルは大地の浄化と他天使の補佐をしている。もちろん、カマエルも身を守るため最低限の武力は携えているが。

今日もまた「いってきまーす!」と元気な声を残し地上に羽ばたく小さな天使たちを見送って、エーシュリオンは優しく微笑んだ。

 

神殿から飛び立ちクレイたちは地上を見下ろしながら「今日はどうする?」と声を掛け合う。

バラバラに動くか一緒に行くか。

地上の生き物はアンデッドを浄化出来ないし、大地も浄化出来ない。それに比べたらきちんと浄化出来る自分たちはまだマシだが、ここまで汚染されているこの地上からみればほとんど無意味。

見回りをしているとはいえ、自分たちの力はほぼ無いに等しい。

ならば何故自分たちが見回りなんかしているのかと思うが、修行の一環なのだろうとクレイは考えていた。

少しずつでも力を付けて、最終的には諸悪の根源を浄化する。そのためには今経験を詰むことは無駄ではないだろう。

 

「今日はバラバラに動こう」

 

「おっけー、んじゃ日が落ちる前にこの辺りに集合な!」

 

遅れたら何かあったと判断して光王サマに報告するから遅れるなよ、とカマエルは笑って地上に降りて行った。

上司の手を煩わせるわけにはいかない。遅れないようにしないととクレイは苦笑し、カマエルとは別の方角に向けて移動した。

今日は町の方へ行ってみよう。

 

■■■

 

クレイはふわりと空から人間のいる町を見下ろす。

この辺りにはまだアンデッドの被害も毒の汚染も進行しておらず、たくさんの人々が動き回っていた。

道行く人々の表情は明るく、町の中はとても賑わっている。

そんな中、広場らしい場所からひと際騒がしい音が響いてきた。何かあったのかとクレイはこっそりと、人の目に映らないように翼をはためかせる。

騒ぎの中心に目を向ければ、そこではふたりの人間が取っ組み合いの争いをしていた。

こんな平和な街中で争いなんてと驚いたクレイは思わず飛び出そうとしたが、争い合う彼らを見る周囲の人々の目は穏やかだ。

人間というものは、他者の争いすら笑って傍観するほどの好戦的な生き物なのだろうかと衝撃を受けた。

戸惑い狼狽するクレイの耳に、そんな人間たちの声が届く。

 

「ははは、元気だな!男は喧嘩するくらい元気じゃねーとな!」

 

「こっちの嬢ちゃんが困ってっからほどほどにしろよ坊主どもー」

 

ほのぼのとした声とともに、大きな人間にぽふんと頭を撫でられた小さな姿が目に入った。

「嬢ちゃん」と呼ばれたからには、その人間は女と区分される人間であり、「坊主ども」と呼ばれたからには争い合う人間は男に区分される人間なのだろう。

たしかそう習った。

そして周りの人間の反応から「男は喧嘩と呼ばれる程度のほどほどの争いはしてもいい」と判断できる。

また、よくよく観察すれば喧嘩中の人間の表情は、たまにカマエルが見せる「よくわからないがクレイを叩くときの顔」とそっくりだった。

なんで人間がカマエルと同じ表情をして争っているのかとクレイが首を傾げると、「嬢ちゃん」と呼ばれた女の子が呆れた表情で口を開く。

 

「まだー?早く決めないとお店閉まっちゃう」

 

「ダイヤは黙っててください!」

 

女の子の言葉に争う彼らは声を揃えて怒鳴り返した。

「そんなに怒らなくても…」と困った顔を浮かべるダイヤと呼ばれた女の子。

恐らくこれが彼女の名前なのだろう。人間も個々の名前があるのだなとクレイはひとり頷いた。

しかしながら今見て聞いたものを整理すると、彼らはお互い「怒って」おり、そのため「喧嘩」をしているらしい。

つまり、たまにカマエルがクレイを叩くのは、なにかに「怒って」いたらしい。

友人の行動を今更ながらようやく理解しクレイはぽんと手を打ち鳴らした。

 

そうこうしているうちに喧嘩が終わったのか、若干薄汚れた風情の彼らとダイヤは連れ立って町の中へと消えていく。

先ほどまで争っていた彼らはお互いまだ若干の緊張感を孕みながらもダイヤには笑顔を向けていた。

一応「仲直り」という状態になったらしい。

先刻まで争いをしていたのにこんなにも早く仲直りするとは、人間とは不思議だなとクレイは首を傾げた。

クレイが不思議そうな顔で町を行き交う人々を眺めていると、気付けばもうカマエルとの待ち合わせた時間となっていた。

クレイは慌ててその場から飛び去り、友人の元へと向かう。

遅れたらきっとカマエルは前のように「怒る」のだろうと必死に。

 

■■■

 

クレイがようやく待ち合わせ場所に到着すると、そこにはもうカマエルの姿があった。

「すまない」と謝罪しながら近寄れば、小さく唄が流れている。

クレイを待ち手持ち無沙汰だったカマエルが歌っていたようだ。

クレイの声に気付き、カマエルは歌うのをやめ「おそいぞ?」と笑顔を返した。

 

「今の唄は…」

 

「光王サマがたまに歌ってるヤツ」

 

唄なんか歌ってたかなとクレイが首を傾げると、歌ってたとカマエルは断言する。

クレイに比べエーリュシオンに引っ付いていた時間が長かったカマエルだからこそ、覚えられたのだろう。

これを歌っているときの光王はいつも以上に優しい眼差しで優しい声色になるから、この歌は好きだとカマエルは楽しそうに羽根を揺らした。

 

「んじゃ帰ろうぜー」

 

カマエルはそう言って翼を翻す。

空は赤さを増し、その色に溶けるようにカマエルは帰路についた。

ほとんど無意識に、件の唄を口ずさみながら。

鼻歌だったため歌詞はよくわからなかったが、確かに綺麗なメロディだとクレイは思った。

 

 

■■■■■

 

毎日毎日アンデッドを浄化していく日々。カマエルは「キリがない、飽きた」と若干の不満を言っていたが、クレイはそこまで不満はない。

まあカマエルも言っているだけで、浄化そのものは至極真面目にやっているから問題はないだろう。

エーリュシオンも最近ふらっと何処かへ行き、満足げな表情で帰ってきていた。エーリュシオンはエーリュシオンで独自に動いているようだ。

各々天命を果たすため毎日忙しく働いている。

 

クレイとしてもアンデッド退治は己の使命であるためそれに不満を言う気は毛頭ない。それに楽しみもできた。

浄化のついでに人間の生活を眺めること。それが最近のクレイの楽しみだ。

今日はあの店に人がたくさんいるな。今日は広場が賑やかだな。今日は聖堂に人が集まっているな。昨日喧嘩していたのに今日は仲良く遊んでいるな。

毎日のように空の上から眺めていて気が付いたのだが、人間は誰ひとりとして昨日と同じ動きをしているものはいなかった。

不思議だなとクレイはやんわりと微笑む。

自分は毎日同じようなことをしているのに、人間はそれがない。毎日見ていても飽きることはなかった。

まあ、浄化飽きたと言っていたカマエルに「なら人間を見たらどうかな」と言ってみたが「なんで?」と首を傾げられてしまったため、この楽しさを分かち合うことは出来なかったのだが。

 

ふよふよとクレイは空を渡り、とある屋敷へと向かった。

街から少し離れたこの屋敷では、賢者と呼ばれる人間が数人の使用人と暮らしている。

その使用人の中で一番小さい人間が、クレイが地上に来て初めて名前を知った「ダイヤ」だった。

彼女は毎日小さい身体で大きな屋敷の中をちょこまかと動き回っているのだが、人間の中で、この子が一番見ていて飽きない。

なんせ外から眺めていても彼女のいる場所がわかるのだ。

今何かぶつかる音がしたから、彼女は東の廊下にいるな。

庭から声が聞こえる、洗濯物を干しているのだろうか。

談笑の音だ、食事中かな。

彼女の周りはいつも賑やかで、笑いが絶えない日はなかった。

浄化の合間にふらりと見に来てふらりと去って行く。そんな毎日。

彼女は何故かあまり外に出ないため姿を見ることは稀だったが、それでも面白かった。

 

今日は忙しく来るのが夜になってしまったが、流石にもう眠っているだろうか。

少し残念そうにクレイはそろりと屋敷の彼女の部屋に目を向ける。

彼女の部屋は屋敷の2階の真ん中あたり。その部屋はぼんやりと灯りが灯っていた。

いつもならばこの時間だと部屋は真っ暗だったのだが。

不思議に思いクレイが様子を窺っていると、突然彼女の部屋の窓が勢い良く開いた。

見ているのを気付かれたのかと動揺したが、どうやらそうではないらしい。

彼女はキョロキョロと窓の外を見渡し、ウキウキとした様子で「ファセットメイクっ!」と言葉を唱えた。

すると彼女の姿が光の加護に包まれ、別人と言っていいほどの姿へと変化する。

後ろで揺れていたおさげ髪は消え去り、肩口あたりまでのミドルショートに変化し、ふわふわしたエプロンドレスは鳴りを潜め、動きやすそうなホットパンツ姿。身長もぐんと伸びおそらくクレイよりも背が高い。

変身としか表現出来ないほどの変化を目の当たりにし、クレイが固まっていると彼女はひょいと窓から身を乗り出し屋敷の外へと飛び出して行った。

 

目の前で起きた出来事が処理出来ず、ただただ彼女の去って行った方角を見つめるクレイだったが、ふと彼女の残した光の気配に気付いた。

自分たちとほぼ同程度の光の気配。

この光には覚えがある。

真っ白で大きくて立派な、光の王。あの人の気配とそっくりだった。

なんで彼女からエーリュシオンと同じ気配が発せられているのか。

混乱しながらクレイはふらふらと神殿に戻った。

 

神殿に戻りエーリュシオンの元に向かい疑問を問い掛ければ、エーリュシオンは柔らかく笑って「光の竜は地上の者に、と言っただろう?」と答えを返す。

つまるところ、人間を光の竜と接触させるためお告げを与え加護を与えたらしい。ついでに人間でもアンデッドに対抗できるように強めに。

元よりこの地の人間たちは信心深く、聖なる力を持つ者が多い。ならば多少天界の力を混ぜても竜を誤魔化せるだろうと。

浄化のためには光の竜の力が必要だからと。

光の竜に接触する前に死なれても困るから、ある程度強くなるようにと。

 

その説明を聞いてクレイは思う。

人間にそんなことをするなんて、と。

わざわざ危ないことをさせるなんて、と。

あんな小さな人間に。

 

恐らくこれが、クレイがエーリュシオンのやり方に対して疑問を持った、初めての事柄だったと思う。

光王に対して初めて抱いた不信感。

この感情は日増しに、じわじわと緩やかにけれども確実に、大きく大きくなっていった。

 

■■■

 

そんな日々を過ごしている間に、毎日の経験が身を結んだのかクレイもカマエルも成長し一人前といえるほどになった。

アンデッド退治はお手の物、地上にも慣れ大陸の端から端まで好きに動き回れる。活動範囲も広がり、今迄以上に効率良く浄化を行えるようになった。

クレイがいつも通りアンデッド退治に出ようとしたところ、能天使となったカマエルが声を掛けてくる。

 

「ちょっといいか?」

 

普段の明るい声色と違い、真面目で真剣な声。カマエルがこんな声を出すのは珍しいなとクレイは首を傾げた。

長い赤髪を揺らし、カマエルは口を開く。

アンデッドの親玉である魔皇を見つけたんだ、と。

その言葉にクレイは目を見開いた。

倒しに行かないかとカマエルの提案にクレイは迷いなく頷き、己の武器を握り直す。

元より己の使命はアンデッドに侵された地上を浄化すること。つまるところ地上を汚している元凶を倒すことに、なんら迷いはなかった。

カマエルはクレイの反応に喜び、案内するように先立って空を舞う。クレイも後を追うように翼を広げた。

 

カマエルが言うには大地を浄化しているときに、たまたま魔皇の居場所を見つけたらしい。

人里からかなり離れた沼地の奥、霧が深くて見通しの悪い場所。

魔皇の影響が大きいのかゾンビ塗れのアンデッド塗れで汚毒塗れ。魔皇がいるのに相応しい所だったと、カマエルは苦い顔を作る。

そんなカマエルを横目に、クレイは住処が人里離れているということは人間たちに被害はあまりないなと、ほっと胸を撫で下ろした。

今倒してしまえば問題ないだろう。

ふわりと空を移動していると、気付けば足下の大地は白く濁っていた。霧が深すぎるせいか地面の様子は全く確認できない。

この辺りだったんだけどなとカマエルは霧の奥を見通そうと目を凝らしていた。

確かにこの辺りは何か嫌な感じがする。魔皇とアンデッドが巣食っているからだろう。

ゾワゾワと背筋が震えるのを押し殺しながら、クレイも霧の奥を探ろうと周囲に目を向けた。

 

「んー…降りて探すか」

 

カマエルがそう呟いてふよふよと地上に向かって下降し始める。下が見えないのに無防備にも降りるなんてとクレイも慌てて後を追った。

降りた瞬間ゾンビに囲まれたらどうする気なのだろうか。

例えばそう、こんな風に。

 

「おお…熱烈大歓迎…」

 

地上に降りたクレイたちを待ち受けていたのはゾンビの群れ。

目の届く範囲に、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。

ゾンビの巣かな?と逃避するように微笑むカマエルと慌てて武器を構えるクレイと反応に差はあるものの、そんな反応は些細なものだと言わんばかりにゾンビたちは空からの来訪者に群がった。

外敵を排除しようと動くゾンビを見てカマエルは「こんなたくさんいるってことは、きっと親玉の近くなんかな」と首を傾げたが、クレイとしてはそれどころではない。

数の暴力といっても過言ではないほどのゾンビが、絶えず襲いかかってくるこの現状。軽口を叩いている余裕がない。

空へ逃げれば良いのだろうが、ゾンビたちにはほどよく知性があるのか団結して襲ってきた。

全てを浄化するのは無理だと判断し、クレイはゾンビを切り捨てながらカマエルに声を掛けた。

 

「魔皇がいそうな方角は!?」

 

「んー、…ああ、あっちだ。地下墓場っぽいのが見える」

 

カマエルは目を凝らしながらひとつの方向を指差し、その方角に光を落とす。

天使の放つ聖なる光はゾンビの苦手とするものらしく、その光が落ちた場所からはゾンビが消え、周囲のゾンビも嫌がるような素振りを見せた。

カマエルが光が落とした場所は少しばかり拓け、カマエルの言った地下墓場らしき建物がクレイにも視認出来る。

クレイが指し示された場所へと道を切り開くように剣を振るえば、カマエルも察したのか補佐するように光を落とした。

ふたりの協力により魔皇の住処へと続く道が徐々に作られていく。

そのおかげで多少余裕のできたクレイは、薙ぎ払えと言わんばかりに若干楽しげに聖なる光を落とすカマエルを見上げた。

幼い頃はよく先輩天使の真似をして「かいしんのいちげき!」と楽しそうに剣を振り回していたが、最近は他に出来ることが増えたからかあまりやらないなと苦笑する。

ついでに「それは別に会心の一撃でもなんでもないだろう?」と指摘したら、頭を非常に強く叩かれた記憶も思い出した。

あれは怒っていたのだろう。

憧れの先輩の真似をしていたら、ド正論で水を差されたのだから。

そりゃ怒るなと今更ながらに反省していたクレイは、カマエルの「よっし、道出来た!」という言葉に我に返った。

道が拓けたからといっても両側から襲いくるゾンビの群れに対処しながら、クレイたちは魔皇の元へと翼を走らせる。

彼らが目指すは地下墓場。光の届かぬ地面の下へと、ただただ向かって行った。

 

■■■

 

地下墓場、とは名ばかりの場所。

確かに棺桶のような人間ひとり入れる箱や、死を連想させるような装飾、迷路のような通路はあるものの、それら全てが朽ち果てており廃墟という他ない。

それにも関わらず、この場所には何かが蠢く気配が漂っていた。

地上にある毒沼と変わらない甘い香りと、物が腐ったような匂いが混ざり合い、なんともいえない不協和音。

不愉快を隠さずカマエルは匂いを掻き消そうとするかのように、大きな羽根を動かし奥へと進む。

クレイもそれを追うように進み、いつしかふたりは地下墓場の奥にある大きな扉の前へと辿り着いた。

扉といっても半ば崩壊しており、外からでも部屋の中を伺い見える状態ではあるのだが。

壊れた扉から中を覗けばガランとした広間。何もないと言ってしまえばそれまでだが、物がない代わりに部屋の其処かしらから不気味な気配が染み付いていた。

異様な気配に若干怯みつつもクレイたちが意を決して部屋の中へと突入すれば、まるでクレイたちを待ち構えていたかのように広間に明かりが灯り始め辺りを薄ぼんやりと照らしていく。

照らされた部屋の真ん中あたりの床から異様なほどの気配が発せられたかと思えば、そこから骨と皮だけの物体が這い出てきた。

人間から肉が腐れ落ちればこのような姿になるであろうその物体は少しばかり気だるそうに体を揺らし、持っている杖で床をカツンと叩く。

その音は静寂そのものだったこの部屋の中でいやに響き、クレイは思わず体をビクリと反応させた。

地面から這い出たそれは「ヤレやレ…」と不快そうな声を漏らしクレイたちに顔を向ける。

彼の空虚な真っ黒い眼窟は視線の先が読めない。それでもクレイは彼がこちらを睨んでいるとしっかり把握できた。

彼の姿を見てカマエルが吐き捨てるように言葉を発する。

 

「魔皇トカイ…、怖気が走るぜ!」

 

カマエルの言葉を聞いてクレイは、今目の前にいる物体が「魔皇」であるのだと理解できた。

この地を毒で犯し、アンデッドを蔓延らせ、自分たちが浄化する対照の、アンデッドの皇。

目の前の「敵」に対しクレイも言葉をぶつける。

 

「ここはお前の居場所ではない。私達が消してくれる!」

 

クレイたちの声にトカイは呆れたように嗤い、シャンと杖を鳴らした。

いきり立つクレイたちを前にトカイは「アワレな人形共…」と憐憫の眼差しを向ける。

それのために産まれ、それのために動き、それを成すことだけを是とする。

これを人形と言わずに何とするのか。

そういった意味合いを込めたトカイの眼差しは、目の前にいる天使たちには届かないだろう。

トカイもそれに気付いているのか深い物言いはせず、言葉とともにただシャンと杖を鳴らす。

 

「キサまラコソ、虚空ニ消エルがよイ」

 

その人形が不愉快にも己に消えろと言った。たかが人形が。

消えるに相応しいのはそちらだと言うのに。

だってそうだろう?

いらない人形はタンスの奥へと仕舞われ、記憶から消えていくものなのだから。

トカイの合図に呼応してアンデッドが地面からもぞりと現れる。

増えた敵にクレイたちは表情を硬くし、これから始まる戦いに対して身構えた。

 

■■■■

 

 

襲い来るゾンビを切り裂きクレイは思う。こんなに苦戦するとは思わなかった、と。

小さかったころから幾度となくアンデッドを浄化していたのだ。例え魔皇と呼ばれる代物であっても同じアンデッド。倒せないことはないと思っていた。

それなのに、魔皇に刃が届かない。

無尽蔵に沸くアンデッドに阻まれ、光の届かない地形も相まって魔皇の元へ近づくことさえ叶わなかった。

湧き出るゾンビを倒せはするのだが、無尽蔵に溢れかえるため徐々に押されてしまっている。

このままでは、とクレイが焦り始めたころ、カマエルも同じ結論に辿り着いたのか軽く舌打ちし剣を掲げ上げた。

カマエルが剣を構えたということは。

次に起こり得る事柄に思い立ったクレイは、目元を覆うように盾を持ち上げる。

カマエルが「ゴッドブレスソード!」と声を張り上げた瞬間、赤く大きな光の剣が現れアンデッドの群れに落とされた。

大きく強い光に包まれながら「それ使うなら事前に言ってくれないか」とギリギリ回避が間に合ったクレイが苦言を発すれば、「んな余裕ねーわ」とカマエルの怒鳴り声が耳に届く。

光の中、カマエルが飛び立つ気配を感じ取り、クレイも慌てて後を追った。

この強い光の中ではアンデッドたちは動けないだろう。

光に紛れるようにして、クレイたちは地下墓場からの逃走に成功した。

 

空高くまで逃げ出しふたりはようやく一息つく。流石にこの高さまではアンデッドも追って来れないだろう。

アンデッドを倒す使命を帯びておきながら無様にも逃げ出す他なかった己を歯痒く思い、クレイはがっくりと落ち込んだ。

そんなクレイとは対照的に、カマエルはそこまで落ち込んでいないのか頭を掻きながら「ヤバかったー」と軽い声を漏らした。

 

「ま、今はまだムリってことがわかっただけでも収穫だよな!」

 

敗走直後だと言うのに笑みを浮かべるカマエルにクレイは怪訝な瞳を向ける。

そんなクレイの表情にカマエルは首を傾げた。

 

「使命を果たせず逃げ出したのに…」

 

「?いや別に使命放棄はしてないだろ?時間はかかりそうだけどオレ程度の光で怯むならいつかは倒せそうだし」

 

カマエルの言葉にクレイはさらに首を傾げた。

時間がかかってはいけないだろう。

だって今まさにこの地に住む人間は、アンデッドの脅威と毒の汚染に苦しんでいるのに。

クレイのその想いを聞いて、カマエルはさらに首を傾げた。

時間がかかっても仕方ないだろう。

これだけ汚染されているんだから。

 

「…? オレらの使命は?」

 

「?大地の穢れを浄化して人間を助けること、だろう?」

 

クレイの返答にカマエルは目をパチクリさせる。

前半は合っているが、後半は知らない。

人間を助けろなんて、天命にない。

それをしろなんて言われていない。

なんでクレイは言われてもいないことをしようとしているのか。

 

「…?」

 

ただただ首を傾げるカマエルに気付かず、クレイは悔しそうに地上に目を向けた。

人間のため倒さなくてはいけないものを倒せなかった。

力が足りない。

そうこうしている間にも人間たちは苦しんでいるのに。

思い悩むクレイにカマエルは「…まあ、今日のところは帰ろうぜ?」と声を掛けた。

カマエルの提案に渋々頷き、クレイはふわりと空を飛んで行った。

 

「…ここは、危ないから、見張らなくてはいけない」

 

「…? ま、ここの浄化が最優先だからここには頻繁に来ると思うけど」

 

帰路の途中でクレイの漏らしたその言葉に首を傾げつつもカマエルは同意を示す。

方や「危ないから人間が入り込まないように見張る」

方や「使命の最優先場所だから浄化しに来る」

と、思考に多少の差異はありながらも。

 

 

クレイはしばらく「危ない場所」を見張り、ゾンビを見掛けたら浄化していた。

やはりこの場所はゾンビの巣なのか無尽蔵に沸いてくる。倒しても倒してもキリがない。

少しばかり疲れた顔でクレイは霧の深い沼地をふよふよと飛び回っていた。

 

ふと気付くと周りにゾンビがいない。

妙だなとクレイが首を傾げていると、近くでピカッと強い光が発せられ目が眩んだ。

予想外の光につい声を漏らすと、近くから息を飲む音が響く。気配的にアンデッドではない、恐らく人間だろう。

早く忠告して此処から逃がさないととクレイが辺りを探っている間に、もふんと、何かが己の翼に当たった。

それと同時に、可愛らしい声が霧の中に響く。

 

「…んむ?」

 

ぶつかってしまったと思った瞬間、クレイの口から反射的に謝罪の言葉が飛び出したが、そのぶつかった相手が探していた人間だと気付き、なおかつそれがエーリュシオンから加護を与えられてしまった人間だと気付いた。

驚き戸惑い固まるクレイとは裏腹に、ダイヤという名を持つ小さな女の子は、光の加護を得た姿でクレイの羽根から顔を離し小首を傾げる。

ふと彼女の背後に目をやれば、そこにいるのは白い竜。

見覚えのある姿に驚き、その竜が発する気配に再度驚いた。

非常に強い光の気質。光王と比べても大差ないほどの光を持ったドラゴンがダイヤの横で佇んでいる。これが地上にいる気難しいらしい光の竜なのだろう。

予想通り白い竜だなと思うと同時に、クレイは悲しげな顔でダイヤに目を落とした。

ああ、彼女はあの人の言葉を信じ、こんな危ないところにまで光の竜を探しに来てしまったのか。

アンデッドの皇の住処の近くで、ゾンビの巣のど真ん中にまで。

 

固まるクレイに気付いたのか、顔を上げた彼女は首を傾げながら「…はじめまして?」と鈴のような声を鳴らした。

慌ててクレイも小さく会釈を返すと、彼女はふわりと微笑みを向けてくる。

「天使」というものに絶対的な信頼感を持ったその笑顔を見て、クレイは居た堪れなくなりつい顔を逸らした。

どう考えても、エーリュシオンは地上の光の竜を得るため、彼女を利用している。

「地上の穢れを浄化する」ただそれだけの使命のために、人間を道具のように扱っている。

それを知らず彼女は素直に光の竜を探し、接触し、危険な場所に立ち入ってしまった。

ここの空気は人間には毒だというのに。

この場所はアンデッド塗れで危険だというのに。

ただの人であるこの女の子は、無理矢理加護を付けられ、闘わされている。

護られるべき人間なのに。

クレイは顔を逸らしたまま、なんとか忠告の言葉をダイヤに向ける。

 

「…此処より先は、行かない方が良い」

 

その言葉にダイヤはキョトンとした表情を浮かべた。

クレイは構わず「アンデッドの皇がいるから近寄るな」とさらに言葉を続け、ふわりとダイヤに背を向ける。

 

「光の竜の協力を得たとはいえ、ダイヤ、君はまだ幼いのだから、君が危険なところに行く必要は、ない」

 

それだけ言ってクレイは羽根を広げ空高くへと逃げるように舞い上がっていった。

彼女を沼地の外まで連れて行きたかったが、光の竜が傍目にもわかるほどこちらを睨みつけていたため断念する。

気難しく天使が嫌いだというのは本当らしい。

それとももしかしたら、彼女をあんな目に合わせているのが自分たちだと気付いているから睨みつけていたのかもしれない。

落ち込んだように羽根を沈めながら、クレイはダイヤたちがいるであろう場所に視線を落とした。

ともあれ天使に匹敵するほどの光の力を持った竜が傍にいるならば、彼女は安全だろう。

 

「竜か…」

 

たかが地上の生き物だろうと甘くみていたが、実物を見た瞬間その考えは搔き消えた。

充分過ぎるほどの強い力、地上の竜であれならば、天界にいるという竜はいったいどれほどのものなのか。

クレイはふわりと顔を上げ、今いる場所よりも遥か高くにある天界に目を向けた。

天の竜の力を借りることができれば、きっと…。

ふわりとクレイは舞い上がり、広い広い空を駆ける。

話に聞いただけの竜を探すため、クレイは天空へと消えて行った。

 

■■■

 

天界の竜を探し出すのは簡単だ。天空にある強い気配を辿れば良い。

天界にいた頃は天使の気配と混ざって気付かなかったが、天使の少ないこの地上付近では竜の強い力など隠し切れるものではない。

クレイは雲を擦り抜け、強い力が漏れている場所へとたどり着いた。

天界と雰囲気は似ているが、天界よりもこざっぱりした神殿のような場所。

何本もの柱やよくわからない生き物の銅像が立ち並ぶ真っ白なところで、クレイは大きく深呼吸をする。

多分此処にいると半ば確信し、クレイは眠っているような気配に向けて声を放った。

 

「伝説の聖竜よ…。目醒めよ、そして私に力を…」

 

貸してくれ、と皆まで言う必要はなかったようだ。

クレイの声に反応したのか、クレイの気配に反応したのか、あるいはまた他の要因か。

甲高い鳴き声とともに、大天使に似た気質の大きな竜が輝くようにクレイの前に現れた。

見知った地上の竜とは姿かたちがまるきり違うが、これが竜というものなのだろう。

クレイは竜を見上げ、オロオロとなんとかこちらの要求を伝えようと身振り手振りを交えて会話を試みた。

大地が毒塗れのアンデッド塗れで大変なこと。それにより人間たちが苦しんでいること。どうにか助けたいからついて来て欲しいということ。

クレイは必死に言葉を並べるが、伝わっているのかいないのか、竜はクレイの周囲をぐるりと周り見定めるような態度をとった。

最後に軽く小首を傾げたあと、竜はクレイの腹をこつんと小突き先導するように外へと向かう。

よくわからないが一応一緒に地上へ行ってくれるらしい。

竜のあとを追うように、クレイも再度地上へと戻った。

 

ふわりという擬音からかけ離れた速度で竜はグングンと地上へ降りていく。着いて行くのがやっとだとクレイは必死になって竜の後を追い掛けた。

竜が向かう先は魔皇のいる地点。だと思ったのだが、徐々に少しずつ外れて行く。

クレイが不思議に思ったのも束の間、竜の目指す先から魔皇と同程度の嫌な気配が湧き出ていた。

気配は明らかにアンデッド。よもや魔皇が分裂でもしたのかと、クレイは表情を歪ませる。

そんな表情のクレイを気にも止めず、竜は空を落ち霧の中へと紛れて行った。

 

ようやく地面が見えてきたころ、魔皇と同じ気配を放つ物体が姿を見せる。

おそらくこれも、竜、ではあるのだろう。

ダイヤが連れていた地上の竜とも、今クレイの真横にいる天の竜とも違う形の物体。

朽ちた肉体と腐った香りともに地面を這い寄る竜のようななにか。

どう見ても「生きている」とは判断出来ない。それでも目の前の物体は生きて蠢いていた。

この物体は死霊の竜とでも評すれば良いだろうか。

生気はなく、あるのは恨み辛みの想いだけ。

竜のようななにかに対しクレイが戸惑うのとは裏腹に、天の竜は死霊の竜に向かって威嚇するように鳴き声を上げた。

そのままクレイを放置して、天の竜は死霊の竜を退治せんとばかりに全身を武器に突撃していく。

目の前で繰り広げられる竜同士の闘いにクレイがオロオロしていると、ふいに空から声が掛けられた。

 

「おや」

 

クレイが声のした方を見上げるとそこには真っ白い光。エーリュシオンがふわりと舞い降りてくる。

「強い闇の力と聖なる力を感じて来てみれば。…あれを呼び出したのはお前か?」とエーリュシオンが天の竜に目線を向けながら問い掛けた。

クレイが、呼び出したのではなく連れて来ただけだ、と説明するとエーリュシオンはゆるりと笑いながら首を傾げる。

 

「あんなドラゴンいたのか。知り合いに似ているな」

 

「え?」

 

エーリュシオンの言葉にクレイも首を傾げた。元々エーリュシオンから天界の竜の話を聞いたから探し出したのだ。それなのになんだこの反応。

クレイがそう問えば、エーリュシオンはさらに小首を傾げ「私の話したドラゴンは天界竜と呼ばれるものだ。あれとは違うぞ?」とクスクス笑われる。

勘違いして別の竜を連れて来たらしい。

地味にショックを受けるクレイだったが、エーリュシオンは極々楽しげに頷いていた。

 

「魔皇と同程度の闇の力を感じとった時にはどうしたものかと思ったが、あれはあのドラゴンに任せても良いだろう。よくやったな」

 

「…はあ」

 

クレイは褒められたにも関わらず微妙な返事を返す。

人間たちを助けるため連れて来た竜が、浄化そっちのけでアンデッドと戦い始めてしまった。

やはりあの竜に自分の要望は伝わっていなかったらしい。

確かに天の竜が目覚めたのはクレイの気配に反応してだったのだろうが、地上へ降りて来てくれたのはあの死霊の竜に反応しただけなのだろう。

少し落ち込んだ様子のクレイに首を傾げ、エーリュシオンは気遣うように帰路を促した。

ぼんやりとしたままクレイが頷いたのを確認し、エーリュシオンはクレイを連れて神殿へと戻る。

厄介なアンデッドの竜を押し止めることが出来たのに、何故傷心しているのかと首を傾げながら。

 

 

■■■■

 

クレイが天の竜を持ち出し、そのおかげで死霊の竜はあの場から動けない。

人の子は地の竜を引っ張りだした他にも魔皇と戦ったのか、魔皇の気配も弱まっている。

他の天使もキチンと己の使命を果たしているため、地上の浄化は計画通り進んでいた。

現状に満足し、エーリュシオンは柔らかく微笑む。上出来だと。

しかしすぐにその微笑みは翳り、困ったような表情に変わる。

 

数体の天使が離脱した。

離脱といっても天界に戻ったわけではない。

地上に堕ちていった。

 

どうしたものかとエーリュシオンは息を吐く。

住み心地の良い場所ではないだろうに。

我らには生き難い場所だろうに。

そもそも生きられるのかもわからないというのに。

「人間は危なっかしいな」と

「人間は愛おしいな」と

そんな言葉を最後に彼らは此処から姿を消した。

再度ため息を吐いてエーリュシオンは外に、地上に目を向ける。

汚毒に塗れ死臭が広がるこの地と、そこに生きる人間。

如何様に見てもそこまで惹かれるものではないと思う。

けれども、

 

「…どうやら地上というものは、私から仲間を奪う場所らしい」

 

全て上手く動いているのに、仲間たちは消えていく。

何故だろうなと悲しそうに呟いて、エーリュシオンは天を仰ぎ見た。

私は正しく、間違ったことなどしていないのに、と。

そんなエーリュシオンにひとつの声が掛けられた。

 

「おや、なるほど天使というものも思い悩むことがあるのか」

 

飄々としたその声にエーリュシオンが振り向くと、その声の主は読んでいる本から顔を上げずゆっくりと頁を捲っている。

「人間とは不敬な生き物だな。人に話し掛ける時ですら顔を上げないとは」とエーリュシオンが不機嫌そうに声を出せば、「貴方は"人"ではないと思うが、違ったかな?」と頁の捲る音と共に返された。

 

「ふむ面白い…。参考にさせていただくとしよう」

 

そう言って笑みを浮かべ、ようやく本から顔を上げたのは「人間」だ。

この神殿は人間に入り込めないような場所に建てたにも関わらず、さも当然のように神殿に居座り、さも当然のように本を読みふけっている。

追い払おうとはした。が、「で?」と言わんばかりの態度で、追い払っても追い払ってもいつの間にかいる。

エーリュシオンが「貴様は何者だ?」と問えば「何と言われても困るのだが」とその人物は小首を傾げ、それ以上は語らない。

ただひとつ、

 

「私はソロンと名を言うが、君らには関係ないだろう?」

 

と言の葉を並べただけ。

当人が何も語らず困ったエーリュシオンは地上を調べ、彼はソロンと言う名の人間たちの中で賢者とされている者だと突き止めはしたがやはりよくわからない。

何故人間が此処にいるのか此処に居座るのか。

調べ上げた事柄を口に出せば今まで何も語らなかった人間の口がようやく開き、ようやく瞳がエーリュシオンを向く。

 

「いやなに。私は、気になったことは調べずにはいられないだけだ。なんせ私の屋敷の使用人に勝手に手を出されたのだから。何者が何の為に何故、ウチの子に厄介ごとを押し付けるのか、とね」

 

「…?」

 

首を傾げるエーリュシオンだったが、それに気を止めることもなく「ダイヤは私の使用人でね。あれでも忙しい身なのだよ」と本を閉じながらもソロンは笑みを絶やさない。

不思議そうな表情で記憶を掘り返していたエーリュシオンはふと思い当たる。

この人間は加護を与えた人の子のことを言っているのだろうということを。

あああの子かと思い出しつつエーリュシオンは首を傾げた。

 

「…地上の穢れを浄化するため必要なことだ、それに選ばれたことは光栄だろう?」

 

「おや。天使はそう考えるのか、なるほど」

 

ソロンは珍しく立ち上がり、二本の足でエーリュシオンの元まで歩みを進める。

コツン、と所持していた大きな本をエーリュシオンの胸元にぶつけ、ソロンは「困ったものだ」と目付きを鋭くさせた。

 

「君らの事情に私たちを巻き込まないでいただきたいものだな」

 

「…ならば地上はこのままで良かったと?汚毒に塗れた死に体のままで」

 

エーリュシオンがそう返すとソロンは呆れたようにため息を吐いて諦めたように本を退かす。そのまますいと外へと足を向けた。

「ならばもう良い。全てを理解したとは言い切れないがこれ以上は無駄だろう」とソロンは語りトンと扉に手を掛ける。

 

「苦しみ無くして祈りは生まれない。何故人間が祈るのか、其れ位は理解していると思ったのだが、残念だよエーリュシオン」

 

人間に名を呼び捨てられたことと不敬な物言いに眉をひそめるエーリュシオンだったが、たかが人間の戯言だと見逃すことにした。

内心は、人間たちの棲まう地を浄化しているのに、救っているのに、何故このような物言いをされるのかと非常に不愉快ではあったのだが。

 

ソロンの居なくなった神殿で、エーリュシオンは思う。

汚毒に塗れ死臭が広がるこの地と、そこに生きる不敬な人間。

どう見てもそこまで惹かれるものではない、と。

 

■■■■

 

魔皇の気配が薄れそれに伴いアンデッドたちの動きが鈍くなってきた頃、クレイもまたぼんやりとすることが多くなった。

何をするでもなく、ただ地上の人々を眺める日々。

アンデッドが弱ったからか、人間が学習したのか、被害は以前より格段に減りそこまで必死に浄化し回らなくてもよくなっている。

解決した、と言っていいのだろうか。

その割にはまだ帰還命令は出されていない。

それに、

 

「天に帰って良い、と言われたら、私は…」

 

おそらく拒否しそうだなとクレイは苦笑した。

だって帰ってしまったら、人間たちを見れなくなる。

こんなにも綺麗で、こんなにも明るく、こんなにも楽しげな人間たちを。

もしも帰れと言われたら何かと理由を付けて居残りたいなと思うようになっていた。

浄化完了したとしても、まだアンデッドの生き残りがいるかもしれないし、それならば人間を守らなくてはいけない。

残るには充分な理由だろう。

だって己の使命は大地の浄化と、人々を救うことなのだから。

 

「あ」

 

そう小さく声を漏らし、クレイは翼を楽しそうに揺らした。

クレイの視線の先にはダイヤがいる。

世情が落ち着いて闘わなくてよくなったダイヤは、普通の女の子として毎日元気に過ごしているようだ。

まあどうやら最近は屋敷の書庫に篭り、何か読みふけっているようだが。

彼女は何の本を読んでいるのかなとクレイはふわりと微笑む。

彼女の平穏な日常を壊さないためにも、自分が地上の守り手としてここに居続けたいと望みながら。

 

微笑みながら屋敷を見守っていたクレイは「うげ」という不快な声に我に返った。

振り向けばそこには青色の翼。

天使がそこに佇んでいる。

あまり話をしたことはないが、確かこの天使はアザゼルという名で、なんというかどちらかというとクレイと正反対な天使といえば伝わるだろうか。

一応目が合ってしまった。ならば声を掛けるべきだろうとクレイは口を開く。

 

「何の用だ?」

 

「お前に用はねえから」

 

そっぽを向いたままアザゼルはイライラした様子で、それでもその場を離れない。

強いて言うなら「とっととどっか行け」という態度。

アザゼルもこの屋敷に用がある、のだろうか。

クレイの予想は当たっていたらしい。アザゼルは嫌そうに口を開く。

 

「…優等生天使が人間の屋敷見て楽しいか?」

 

完全に「お前にとってはつまんねー場所だろ早くどっか行け」というオーラが凄まじいのだが、クレイとしても日々の癒しを邪魔されたくはない。

素直に頷き「楽しい」と言葉に出す。

 

「…は?」

 

イマナンテイッタ?と言わんばかりの表情となるアザゼルを無視して、クレイは屋敷に目を戻した。

どうやらアザゼルと話している間にダイヤは読書を終わらせたらしい。パタパタと元気な足音が廊下を流れている。

つい思わず頬を緩ませたクレイを見て、アザゼルは信じられないものを見たように口をあんぐり開き目を瞬かせていた。

 

「お前どっか狂った?優等生君がサボりかよ」

 

「?ちゃんと仕事はしてる。ただ暇なとき見てるだけ、だが」

 

首を傾げるクレイにアザゼルは「…ワケわかんねー」と小さく漏らしガシガシと頭を掻く。

真面目優等生な天使ならば、人間に興味を持つことなどない。

天命には「人間に興味を持て」なんて指示がないのだから。

ただ天命に従い、今回ならばただ延々と仕事を、浄化をし続けるだけだ。

人間を見て「楽しい」などと思うはずがない。

暇なとき、などない。

それなのに目の前の真面目優等生君は、それを肯定した。

 

「…真面目優等生辞めたのか。ならもっと人間と関わっちまえよ、天命なんか忘れて」

 

「なっ!」

 

アザゼルの言葉にクレイは怒りの表情を見せる。天命を忘れるわけがないと、人間と必要以上に関わることはないと。

クレイの反応にアザゼルは再度目を瞬かせた。

どうやらこいつは、まだ自覚がないらしい。

天命から外れ、己の願望を優先しだしていることに。

クレイには気付かれないようにアザゼルはひとり嗤う。

 

「そーかい。んじゃま、言っとくぜ?やりたいコトやりゃーいいんだよ」

 

それだけだと手をひらつかせ、アザゼルはふわりと翼を動かした。

クレイがキョトン顔を晒す中、アザゼルはいつか人の子に言った言葉をクレイにも告げる。

 

「オマエはどうしたいんだ?したいようにしろ」

 

「私は、」

 

クレイの返事を聞かず、アザゼルはひらりと空へ消えて行った。

どうせ「私は天命を為し天使として恥じない行いをする」とかなんとかベタベタな優等生台詞を吐かれるだろうと予想出来たからだ。

彼の本心は、もうすでにそれとは真逆であるというのに。

 

「面白くなりそうだな」

 

それだけ呟いてアザゼルは街へと戻る。相方であるシェムハザに報告するために。

優等生の堕天なんざ、滅多に見れるもんじゃねーわ、と楽しげに楽しげに嗤っていた。

 

 

 

■■■■■

 

さて、

ああどうも

どうにも天界側とは合わないせいで

今迄口を挟めませんでしたが

ようやく彼は天から外れてくれました

 

彼は

己の使命を都合の良いように解釈して

歯車がズレてきていることに気付いておりません

使命と想いを混ぜこぜにして

それでもそれが正しいと信じて

 

今一度申しますと、

彼の使命、天命として受けたものは

「毒とアンデッドに侵された病んだ地上を救え」

です

人間に、生き物に対してどうこうしろとは

ひとっことも命じられておりません

 

それでも彼は想います

地上を救うということは

人間を、生きているものを、

救うということと同意だと

 

故に齟齬が生まれ

方や、人間を含め大地そのものの浄化

方や、大地を含め人間を害するものの排除

と反目し合う羽目になるのですが

 

 

さてさて、

彼がズレたことが世界にどう影響するのか

それをのんびりと見届けましょうか

 

 

 

■■■■■

 

 

ふわり、と嫌な気配が肌を掠めた。

その気配に身震いしながら、クレイは空を走る。

地上の浄化はほとんど終わっていたはずだ。なのにこの気配は、魔皇かそれ以上の死者の気配は、いったいなんだと言うのだろうか。

クレイが慌てて神殿に戻るとエーリュシオンが難しい顔をして他の天使に指示を出していた。

クレイが近寄るとエーリュシオンは「ああ」とクレイに目を向け言う。

 

「魔皇が再活動を始めたようだ。汚染の勢いが以前の比ではない」

 

「! なら私もすぐに…」

 

事態を把握したクレイが打って出ようと身体を反転させると、エーリュシオンはそれを止めた。

それでは間に合わない、と言葉を掛けエーリュシオンはクレイに避難を命じる。

取り急ぎ、大地そのものを光で包み全てを浄化するから、と。

エーリュシオンの放った言葉にクレイは目を丸くした。

 

「…どういう、ことですか」

 

「言葉通りだが?」

 

ちまちま浄化していては間に合わないから、大地そのものをいったん浄化し、その後残党を倒していくことにしたのだとエーリュシオンは語る。

流石にこの大地全てと光で包むとなると、どうしても生き残りが出てしまうと。

光と言えども強すぎる光は天使にとっても危険だから、いったん避難すべきだと。

 

「まだ神殿に戻っていない天使には通達してある、だから早く…」

 

「待って、ください。なら、街は、人間は、どうなるんですか」

 

エーリュシオンの言葉を遮るようにクレイが口を挟むと、エーリュシオンは首を傾げ「脆弱な人間が私の光に耐えきれるとは思わないが」と、さも当然のように言葉を並べた。

つまり、人間は大地の浄化に巻き込まれ消滅するのだ、とそう言った。

大地を浄化する方が優先だから、人間が消えてしまうのは仕方がないと。

エーリュシオンの判断にクレイが言葉を失っていると、エーリュシオンは早く行けと言わんばかりにクレイを目で急かす。

反射的にクレイは飛び立った。

 

仲間たちのいる天空ではなく、

人間のいる地上へと。

 

飛び出して行ったクレイに慌てエーリュシオンは手を伸ばしたが間に合わず、クレイの姿は地上へと堕ちて行く。

仲間が地上にいるならば、作戦が実行出来ない。

追いかけようとしたエーリュシオンだったが、ひとつの声に引き戻された。

 

「アイツはオレが追いかけますから、浄化の準備しててください。すぐ連れ戻しますから」

 

そんな言葉を遺して、赤色の翼がクレイの後を追って行く。

赤い天使は呆れたように「早っ!アイツ何考えてんのかねー」と必死に翼を動かして友人を連れ戻そうと地上へ向かった。

降りてみればやはり地上は酷い有様で、その様子を目に入れたカマエルはゲンナリとした表情を見せる。

こんな汚い場所をうろつくなんて御免被りたい。けれど、

 

「まあ、友達だし」

 

これが、己が天使として発した最後の言葉になるとは知らず。

こんな場所に友人がいるなら早く連れ戻してやらなくちゃいけないなと、カマエルはクレイの気配を追って沼地の奥へと消えて行った。

 

■■■

 

神殿から飛び出したクレイはモヤモヤとした気持ちで魔皇の元へ向かっていた。

人間を光で消し去る?何で?

だって天命は、

天命、は

 

「大地を浄化するこ、と」

 

そのことを思い出し、クレイは空中でブレーキを掛ける。

あれ?天命に従うならエーリュシオンは間違っていない。

天命は「大地の浄化」なのだから。

なら何故私はあの人の元から飛び出したんだ?

いやあの人は間違っている。

天命の名の下に命を消し去るのが正しいはずがない。

 

だってこの大地は

人間を含めて「大地」なのだから。

消し去っていいはずがない。

 

違う天命が間違っている

違う私が間違っている

違うエーリュシオンが間違っている

違う

 

天命を為すべき天使という性質と、人間を救いたいという己の想いの板挟みに気付き、クレイは動きを止めた。

天使ならば天命を為すべきである。

天使、ならば。

ならば、「私」は

 

俯くクレイは死臭漂うこの地上で、一粒の光が動いたのを察した。

エーリュシオンによく似た、けれどもそれ以上に明るくそして必死な小さな光。

それが彼女だと気付くのに時間は掛からなかった。

天から力を授けられた、小さな小さな女の子。

彼女は、ダイヤは恐らくこの異変を感じ取り、この地を守ろうと動き出してしまったのだろう。

彼女をまた危険な戦いに身を投じさせてしまった。

全て私たちがやらねばならないことだったのに。

 

トンと空を駆け、クレイはダイヤの元に向かう。

止めるために助けるために。

"天使"は人を救うことを放棄した、けれども"クレイ"はそれを良しとは思わない。

天使ならば天命の通り、大地の浄化を優先するためエーリュシオンの判断に従うものなのだろう。

けれどもクレイはそれを拒絶した。

天命よりも己の想いを優先した。

この時点で、いや、もしかしたらもっと前から彼は既に…。

 

■■■■■

 

クレイはようやく魔皇の住処に辿りついたときには、もう戦闘の音が響き渡っていた。

天使が強制浄化を判断したレベルの相手だ、早くしないとダイヤが危ない。

クレイは一切の躊躇もなく、地下墓場の奥へと駆けて行った。

 

奥へ進むたびに腐った香りが鼻をつく。匂いから判断するに、尋常じゃない量のアンデッドが湧いているようだ。

奥の扉を目の端に捉え、クレイは剣を握り締める。アンデッドは光に弱いようだから、と部屋に飛び込むや否やすぐさま浄化の光を落とした。

みるみるうちにアンデッドが消えていくのが見える。が、流石に突然すぎたらしい。

背後からダイヤの悲鳴が聞こえ、クレイは内心冷や汗を流した。

おどろかせ、驚かせてしまっただろうか。身体に害はないと思うが、なんせダイヤはエーリュシオンの加護を持っているのだから。耐えられるとは思うのだがアンデッドを消滅させるレベルの光だ、やり過ぎただろうか。

目を泳がせるクレイだったが、ダイヤの無事な声が耳に届きほっと安堵の息を漏らす。

ふうと軽く深呼吸をして、クレイは己の名を名乗る。

今目の前にいるアンデッドの親玉にではなく、助けるべき相手に向けて味方だと知らせるように。

 

「天空よりの使者クレイ、此処に!」

 

クレイの名乗りにダイヤは一瞬不思議そうな表情を見せたが、一応味方だと判断してくれたらしい。

ほっとしながらクレイはひよひよとダイヤの元まで降りて、彼女を守るように、己の背と羽根でダイヤを庇うように立ち、アンデッドの帝に言葉を投げ付けた。

 

「天より照らせし我らが光で、どんな闇も消してみせる!」

 

「どれだけ照らしたつもりでも、陰が貴様の後をつけているぞ。ククク…」

 

クレイの担架はトカイには届かなかったのか、反論の言葉と共にカツンと杖を鳴らす。

その音に呼応して、ポコポコと大量のアンデッドの群れが地の底から這い出してきた。

光がある限り影は無くならないと、そう体現するかのように。

これではキリがない。

無尽蔵の高速増殖炉を相手にしているようなものだ。

しかしながらクレイとしても元より倒すことは考えていない。まずはダイヤを安全な場所に送り届けるのが先決だと、ダイヤに背を向けたまま問い掛ける。

 

「一旦引いて立て直すべき、だ、と思う」

 

多少とはいえ光を浴びせた。その分アンデッドもトカイも弱ってはいるだろう。逃げるチャンスは今しかない。

ダイヤが頷いたのを横目で見ながらクレイは白い竜にも問い掛けた。

 

「キミはひとりでも退却できるな?私がダイヤを連れて行く」

 

「はへ?」

 

ダイヤが変な声を出したが逃げるのが先決だと、白い竜が頷いたのを確認しクレイはダイヤを抱え上げる。

そのまま猛スピードで空を飛び、入り組んだ地下墓地の中を地上へ向けて駆け抜けた。

逃げるクレイたちの後を追うようにアンデッドがポコポコと通路に現れたが地を這うアンデッドと空を飛ぶ翼の生えたものには文字通り天と地ほどの差がある。

ダイヤを抱えたまま地下を脱出した頃には、アンデッドの姿は影も形も見えなくなっていた。

 

地上に出てからもクレイは休むことなく飛び、その後から白い竜も遅れることなくついてくる。

飛べたのだなこの竜と少しばかり関心しながらクレイは空を駆け、地下墓地からかなり離れたあたりでようやく速度を落とした。

飛び方が穏やかになったからか、ダイヤがもぞりと動き口を開く。

そのときになってクレイはハタと気付いた。女性をがっちりと抱き抱えていることに。

 ダイヤの装束は布地。鎧のような硬く身を守るものではない。

 

「あ、あああすまない緊急事態だったから、許可なく触れてしまっ、…た」

 

ダイヤの言葉を遮り心の底から謝罪し、手の感覚を思い出したクレイは思わずカチンと固まった。

やわらかい。

カマエルや他の天使に触れたことはあったが、それとはまるきり違う。

やわらかい。

なんか甘い良い匂いがする。

やわらかい。

私これ触ってよいものなのか。

オロオロと緊張なのか照れなのか、驚き戸惑い混乱し、クレイはついダイヤを抱えている手を緩めてしまった。

抱えている手が緩まれば、抱き抱えていた対象は落下を防ごうと反射的に手を伸ばす。

ダイヤも例外ではなかったようで「ひゃ!?」と悲鳴を上げてクレイの首回りに手を回した。

 

ダイヤ的には"落ちそうになったから掴まった"程度の行動であったが、クレイとしてはそうならない。なんせ思い切り抱きつかれたのと同じなのだから。

近い

かおが ちかい

あとやわらかい

ボンと音でも聞こえそうな勢いでクレイの顔が真っ赤に染まり、羽根の動きが伸びきったままピタリと止まった。

宙に留まるための羽ばたく翼が止まったならば、あとはもう、落ちるしかない。

 

「ひゃーー!?」

 

落下に怯え尚更クレイに抱きつくダイヤだったが、それが逆効果なのだとは気付かないだろう。

強く抱き締められクレイの混乱度は更に増し、どうしたらいいのかわからない。

何故落下しているのかすらわからない。

何故身体が動かないのかもわからない。

わからないままふたりは落下し続けたが、途中でぽすんと白いものに柔らかく受け止められた。

混乱したままクレイが顔を回すと、そこには慌て、かつ若干呆れた顔の白い竜が映る。

どうやらこの白い竜はなす術なく落下するふたりを背中でキャッチしてくれたらしい。

白い竜の背の上で安堵の息を吐くダイヤを見て、びっくりしたと涙目のダイヤを見て、ようやく自我を取り戻したクレイはペコペコと地面に着くまで謝罪し続けた。

 

「…何故私は翼を動かすということを忘れてしまったのだろう…」

 

白い竜に礼を言い優しく撫でるダイヤには聞こえないように、クレイはぽつりと呟く。

首を傾げ頭を捻りクレイはぐるぐる考えて、斜め上の答えを導き出した。

もしや、天命に逆らったから天使の羽根が動かなくなったのではないか、と。

使えない羽根になったのではないか、と。

己で出した答えに妙に納得し、クレイはあるひとつの結論を出す。

初めて異性に接触したから緊張した、とか、初めて間近で顔を見たからドキドキした、とか、そんな知識も経験もない彼は唯一引き出せた己の答えに頷いた。

実際はどうかわからない。が、決意した彼の瞳はとても穏やかだった。

 

ホワイトドラゴンがゆるりと地面に降り立つと、クレイは先立って背から離れダイヤに向けて手を差し伸べる。

使えない羽根でもこれくらいは浮けるようだ。無様に落下したらどうしようかと思ったが。

クレイの差し出した手を取り、ダイヤは「ありがとう」と微笑んだ。

その瞬間も身体に電流が流れたが、先ほどのように落ちてたまるかと歯を食いしばりクレイはゆっくりとダイヤを補佐する。

ダイヤが大地に足を下ろす瞬間、沼地の泥に足を取られたのか彼女は身体のバランスを崩した。

 

「きゃ…」

 

「!」

 

ダイヤな沼地にひっくり返る寸前慌てて身体を支え彼女が泥まみれになる未来を回避する。

人ひとり支えるには踏ん張りが足らず、クレイはぴちゃんと音を立て沼地に足を堕とした。踏みしめた勢いのままクレイの使えなくなった羽根に泥が跳ねる。

クレイ本人は微塵も気にしなかったのだが、どうやらダイヤはそれをいたく気にしたようで謝罪の言葉と共にクレイの羽根についた泥を払おうと手を伸ばしてきた。

汚れたから、綺麗にしようと。

そんなダイヤを微笑ましく思いクレイはゆるりと笑みを浮かべる。

優しい子だな、もうこんなものいらないのに。

そう頭に浮かべた瞬間クレイの翼はふわりと散り、辺りに柔らかな羽根を舞い踊らせた。

クレイの背中にあった羽根は、ふわふわと舞いながら地面に吸い込まれていく。

目の前で天使の羽根が崩れ去っていく様を見たダイヤは「取れていいものなの?」とオロオロしながら舞い散る羽根を見渡し、心配そうにクレイに顔を向けた。

私を心配してくれるのか、ああこれを被っていると、彼女の顔がよく見えないな。

そうクレイが少し不満に思った瞬間パキャンと音を響かせ、頭の後ろにあった輪っかが砕け散りクレイの顔を覆っていた兜が破れ堕ちた。

己の姿を晒すクレイを、地上の風が頬を撫で髪を揺らす。

気持ち良い風とは言い難いが大地の呼吸は肌に馴染み、ついつい頬を緩ませる。

クレイの変化を目の当たりにしたダイヤは、目を丸くしたまま凝視して動かない。

 

「………」

 

「ああ、大丈夫だ。こんな風になるとは知らなかったから私も驚いたが」

 

私は天命を棄てたから、もう天使ではない。

天命を棄てたから天使として動けない。

だから翼は動かなくなったのだろう。

ならば、

使えない羽根はいらない

天使ではないから輪はいらない

全てをきちんと見たいから、目元を隠す兜なんかいらない

天使なんかいらない

私は、

"人間として"彼女たちとともに大地に足をつけ歩んで行きたい

 

クスクスと笑いながらクレイは「なんか涼しいな」と己の髪を弄る。

しかしながらあんな唐突に翼が弾け全て崩れるとは思わなかった。

ダイヤを驚かせてしまっただろうなと呆けたまま動かないダイヤに対して困ったように首を傾げ、クレイは改めて名を名乗る。

 

「私は天地騎士クレイ。命とともに地を這うことを選んだ、元、天使だ」

 

そう、元、天使。

クレイは己から天使であることを棄てた。

天命を棄て、仲間の天使たちを棄て、ただひとりの人間であることを望んだ。

人間として、天使すら見捨てたその生き物を自らの手で救いたいと願った。

それがいま、この大地に立つ「クレイ」という生き物。

クレイの言葉にダイヤは目をパチクリとさせる。説明が簡単すぎただろうかとクレイは首を傾げた。

また確かに姿形が同じになったからといって人間であるとは言い切れないが一応当人的には人間に成った、と認識している。

 

「人間だ、と思う。ダイヤと同じ」

 

微笑んで見たがダイヤは変わらずキョトンとしていた。

混乱しているダイヤを尻目に、クレイは人間となったことで初めて感じる「大地」に惹かれていく。

足で大地を踏みしめるのがこんなにも興味深いものだったとは。

足を下ろすたびに大地が押し返してくるように感じる、けれども突き放す感触はしない。生きている感触が足の裏から伝わるような、力強くそして安心感を合わせ持つもの。これがこの世界の大きな大きな大地。

 

「地面が足に張り付くようだ…。だが不思議と落ち着くよ」

 

クレイは頬を綻ばせただただその場を踏みしめた。

しばらくぱちゃぱちゃと大地と戯れていたが、そんなクレイにダイヤが声を掛けてくる。

 

「…とりあえず沼地から出ない?街に行きましょう」

 

「ああそうだな。すまない」

 

ハシャぎすぎたと照れ臭そうに頭を掻いてクレイは前に進もうと足を動かした。

ら、

バシャンとド派手な音を立てすっ転び、沼地の中へとダイブを決める。

ほぼ無抵抗で転んだせいか、容赦無く泥が口の中にも入り込みとても気持ちが悪い。

ダイヤも驚いていたが、一番驚いていたのはクレイだ。

なんせさっきまで普通に足を動かせていたのだから。

 

「……?」

 

いや、足は動かせていた。「歩こう」としたら足が絡まった。

歩く、とは足を動かすことではないのだろうか。

クレイが泥まみれになりながら、けれどもその場から微塵も動けず目をパチクリさせているとダイヤが慌てて駆け寄ってきて、クレイを抱え起こそうと手を伸ばした。

泥まみれの己の身体は理解している。つまりこのまま助け起こされるとダイヤが汚れてしまう、とクレイは慌てて首を振り伸ばされた手を拒絶した。

 

「まだ、慣れていないだけだから。触ったら汚れてしまうから、自分で、」

 

と言葉を並べたが、ダイヤは有無を言わさずクレイの身体を抱え起こす。

やはりクレイに触れたときに泥が彼女にもついてしまった。驚き困ったような顔を作るクレイにダイヤは「汚れたら洗えばいいだけだから!わたしお洗濯も得意なのよ?」と笑い掛ける。

知ってる、と口には出さずクレイは申し訳なさそうな顔をしてダイヤに支えられながら立ち上がった。

立てたはいいが、どうやったら歩けるのかわからない。

ダイヤはどう歩いていたかなと思い出そうとしていると、ダイヤはクレイの手をぎゅっと掴んだ。

 

「え」

 

「繋いでれば転びにくくなるでしょ?ゆっくり行こう!」

 

そう言ってダイヤはクレイを引っ張るように先導する。

右ー、左ー、右ー、左ー、と歩く方法を教えながら。

言われた通りに足を動かすと先ほどの位置から、たどたどしくはあったが、数歩前に進んでいた。

歩けた。

人間と同じように歩けたとクレイが破顔すると、ダイヤも自分のことのように笑みを浮かべる。

ゆっくりと一歩ずつ進むふたりを優しく見守るように、白い竜が鳴いていた。

 

■■■■

 

クレイたちが沼地でゆっくり前に進んでいたころ、トカイの住処が騒つき始める。

先ほど天使から受けた傷が治っていないにも関わらず、また天使が進入してきたのだ。

その天使は「あっれー?この辺りに気配があったんだけどな」と何かを探すようにキョロキョロと地下墓場を見回していた。

 

「こんなトコまで来るとかアイツやっぱ馬鹿だ。おーい、クレイー!いるかー?」

 

そう大きな声を響かせながら。

寝所に響く明るいその声はとても不快で、アンデッドとトカイの怒りを買うのには充分だったと言えるだろう。

 ついさっきここを光で犯しただけでは飽き足らず、チラチラと自分たちの縄張りを飛び回っているのだから。

 

理由もわからず飛び出した友人を探しに闇の中へと入り込んでしまった赤い天使は、そのまま無情にも闇の奥へと飲み込まれていく。

ただ、友人を連れ戻そうとしただけなのに。

そのまま彼は闇の奥から出られず、小さな光を儚く消した。

 

そしてそれはすぐに

光王の知るところとなる。

誰が原因で、彼がどうなったか

それら全てが光王に伝わった。

 

知らせを受けたエーリュシオンは「そうか」と小さく言葉を返し、報告した部下の天使に背を向ける。

君たちも早く天へ逃げなさい、とだけ伝えられた天使は少し戸惑った表情を見せたがエーリュシオンがそれきり何も言わないため、大人しく指示に従い天へと戻った。

エーリュシオンは誰もいなくなり静まり返った真っ白な地上の神殿で、仲間たちのために造った大事な神殿で、ひとりぽつんと佇んだ。

 

「………」

 

無言のままエーリュシオンは神殿から飛び立ち、地上の沼地へと向かう。

霧の深い場所に降り立ったエーリュシオンはそこに居た厄介者に声を掛けた。

 

「…こちらの条件を飲むのならば、其方の言い分を考慮する」

 

突然やってきて、突然上から目線でそう言われた死神は呆れたようにエーリュシオンを見上げる。

とはいえ、その死神、ラダマンティスとしても天使が死神の言い分を聞き入れてくれるというのは滅多にないことだと、愛用の鎌をくるりと回しこう答えた。

 

「おやそうですか。…条件とは?」

 

ラダマンティスが首を傾げると、エーリュシオンは「うるせえとっとと条件を飲め」と言いたげな、それでいて妙に急いている気配とともに言葉を紡ぐ。

その条件を聞いたラダマンティスは更に首を傾げ「それだけですか?」と無い目をパチクリとさせた。

 

「それくらいなら、構いませんが。貴方のような天使が、あんな場所に何用ですか?」

 

「貴様には関係ない」

 

スパッと切り捨てエーリュシオンは差し出された鍵をひとつ、ひったくるようにして奪い取る。

鍵を持ったままエーリュシオンは、物凄い速さでラダマンティスの前から姿を消した。

なんだあれ、とラダマンティスはただ見送ることしかできない。

 

エーリュシオンが出した条件は酷く簡潔。ゲヘナへの鍵を貸せ、それだけ。

ゲヘナは救われないものが行く地獄のようなものだ、彼のような天使とは根底から縁の無い場所。

そこを封じている鍵を、寄越せ、ではなく、貸せ、とは。

まあ流石に寄越せと言われたら管理者であるラダマンティスとしても怒るところだったが、貸す程度ならば。

 

「しかし、救われない魂なんか天使に必要なんですかね?」

 

鍵を使いゲヘナへの道を全開放されたとしても天使と地上が大変になるだけで、ラダマンティスとしてはあまりダメージがない。

元々救われないと、要らないものだと判断した魂なのだから。ゲヘナでただ燃やされるのを待つだけの魂なのだから。

 

「地上の浄化だけでは物足らずに、ゴミの処分もしてくれるんですかね」

 

天使ってのはワーカホリックな生き物だなとラダマンティスは不思議そうに笑った。

無闇矢鱈と魂を浄化して消し去るなと苦情をいれたラダマンティスを散々「厄介者」だと言い放ったあの天使が、そんな慈善事業やるはずがないと確信して。

 

「やれやれ」

 

面白いことになったのか、それとも面倒なことになったのか。

あるいはその両方だろうかとラダマンティスは服の裾を翻した。

天使の気配がほぼ地上が消えている。ならば動くなら今だろう、と。

ふわりと霧の中へと姿を消して行った。

 


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