No.924666

紫閃の軌跡

kelvinさん

第103話 真紅の翼

2017-10-02 16:46:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1789   閲覧ユーザー数:1660

~トールズ士官学院第三学生寮~

 

そして、今月の特別実習の当日。A班・B班ともにエントランスホールにいた。本来ならば始発列車に乗っていないとおかしい時間帯なのだが、双方のメンバーはまだ学生寮にいる形となる。というのも

 

『明日は9時にグラウンド集合ね。各班共に遅れないでよ?』

 

というサラの伝言があったため、列車に乗らずにいたのだ。エリオットとクロウは昨日遅くまで学院祭のステージ演出に関して話し合っていたことを知っているし、集合時間まではまだ余裕がある。

 

「でも、どういうつもりなのでしょうか? ルーレもそうですが、オルディスは列車なら8時間はかかりますし」

「今までの移動手段を考えたら定期飛行船とは考えづらいからな」

「ですね」

 

ステージ関連はあの二人に任せることに異存はない。ここでアリサは笑顔を浮かべるシャロンに尋ねるものの、うまくはぐらかされたことから何かしらは知っているとは思うが深く追及をしないことにした。そこへ

 

「ごめん、遅くなっちゃった!」

「おはようさん」

「ああ、おはよう二人とも。とりあえず、これで全員揃ったか」

 

エリオットとクロウも到着し、これで全員。現在の時刻は8時過ぎで、集合時間は9時。ひとまず、足りないものを確認して準備を済ませたのち、学院内を一通り回って集合場所のグラウンドへと向かうこととなった。

 

 

~トールズ士官学院 グラウンド~

 

先に到着したのはリィンらのA班。そこにはサラやスコール、ラグナと……

 

「って、シャロンさん!?」

「はぁ、そんな気はしてたけど……」

「ハハ、ホント面白いメイドさんだな」

 

笑顔を浮かべているシャロンを見て、深く溜息を吐いたアリサに周囲の人間は各々の反応を見せる。そんな彼女の気持ちを察してかアスベルは静かにアリサの肩に手を置く。

 

「ま、これぐらいは分かってたことだろう。気にしたら負けだよ」

「…解っては、いるんだけどね」

 

理解していても納得できないことなど、この世の中には満ち溢れている。アリサのその反応も間違ってはいないからこそ正せというつもりはない。その意味合いも込めたアスベルの言葉を聞きつつも、気難しい反応を示したアリサに周囲は冷や汗を流した。

 

「ふふっ、アスベルさんにはもう少し驚いてほしいものですけれど」

「いや、これでも十分に驚いてるんですけどね」

 

というか、今回の実習先のことを考えればシャロンがここにいないというビジョンがはっきり言って見えないに等しい。トールズ士官学院第三学生寮管理人という立場の前にRF社会長専属秘書兼SPみたいなものなだけに尚更、といったところなのだが。

 

少し時間をおいてやってきたB班の面々。これでⅦ組全員が揃った形となる。

 

「両班共に揃ったわね。―――9:00。ジャストタイミングね」

「えっ……」

「風を切る音……いや」

「飛行船の音?」

 

サラの言葉の後に次第に聞こえてきた音。それは明らかに飛行船のエンジン音であると一部の者は気付いたが……上空に見えている小さな影が大きくなっていくとともに音も大きくなり、その影のシルエットもはっきりしてくる。そうして高度数十アージュのところで一旦静止した。

 

「これって……」

「な、なな……」

「なんなんだ、これはぁ!?」

 

驚くのも無理はない。真紅の塗装を施された飛行船で、大きさだけでいえば戦闘艦クラス……だが、目立った武装は見当たらない。推測で100アージュぐらいとみていいだろう。

 

「しかし、このシルエットはどこかで……」

「あ、あれだよ! ほら、この前僕たちが乗せてくれたリベールの!」

「ファルブラント級巡洋戦艦『アルセイユ』ですね」

 

デザイン面の違いはあれど、真紅の飛行船はその『アルセイユ』に近しい基本設計で造られたものだとすぐに分かった。その船がこれからしようとしていることをそこにいる面々は察した。

 

「えと、まさか……」

「グラウンドに着陸するんですか!?」

 

その大方の予想通り、飛行船は見事な操艦でグラウンドにきれいな着陸を果たした。グラウンドが改装されていなかったら木々を薙ぎ倒していてもおかしくなかっただけに、その点だけはホッと胸を撫で下ろしたアスベルだった。その船にはエレボニア帝国のモチーフである軍馬のレリーフがブリッジ上部に存在する。それからしてもエレボニア帝国所属の飛行船なのは疑いようもない事実。すると、

 

「フフ、久しぶりだね」

「その声は……」

「オリヴァルト殿下!」

「それに、兄上!?」

 

オリヴァルト皇子にセリカの兄であるミュラー少佐。その二人とは理事会の時に顔を合わせたので、約二週間弱の再会となるのだが。

 

「さて、長々と前置きというのもあれだからね」

「どういうことです?」

「今回は殿下も自分もついでに過ぎない。今回の主役はこちらの方だ」

「―――こちらの方、というのは失礼じゃないのかなミュラー。まったく、そこまで頑固に育てたつもりはないんだが……」

「ふふっ、私から見ればそっくりだと思いますよ」

 

すると聞こえてきた声。とりわけその声の主を最もよく知るセリカは思わず目を見開いた。姿を見せたのは現在の帝国において“最強”の名を持つ剣士―――リューノレンス・ヴァンダールと、その最愛の妻―――カレン・ヴァンダールその人なのだから。

 

「父上に母上!?」

「セリカの両親……」

「あれが“影の剣心”か」

「紹介しよう。以後この艦の指揮を執っていただくリューノレンス・ヴァンダール艦長だ」

「何人かは初対面もいるけれど、はじめまして。不詳の娘がお世話になっております」

 

そうにこやかに挨拶をするリューノレンスなのだが、外見がどう見ても二十代の青年にしか見えないため、親子というよりは兄妹・姉妹と言われても違和感がないことにⅦ組の面々は冷や汗が流れた。すると流石に飛行船の存在に気づいていろんな生徒が集まってくるほどだった。それに加えてヴァンダイク学院長も姿を見せた。

 

聞けば、この飛行船の処女飛行のついでに今月の実習先であるルーレとオルディスまで送り届けてくれるというオリヴァルト皇子の計らいということらしい。

 

「さて、殿下」

「ああ。―――ようこそ、ファルブラント級巡洋戦艦Ⅶ番艦『リヴァイアス』へ!」

 

リベールでは欠番とされていたⅦ番艦。そう、これこそがリベールの更なる計らいであり、いずれ来る激動の時代……その炎を掻き消すための『抑止力』のひとつ。“海竜神”(リヴァイアサン)の名を持ちながらも真紅のカラーリングは逆に燃え上らせる意味合いにとれなくもないのだが、エレボニア帝国のイメージカラーゆえ致し方なし。

 

予定通り、飛び立った『リヴァイアス』は帝都の外郭をなぞるように旋回し、その勢いで打ち出すかのようにルーレ方面へと進路を取る形となった。その大きな真紅の翼は様々な人々の目に留まる。無論、この人物らも……

 

 

~帝都ヘイムダル バルフレイム宮 帝国宰相執務室~

 

「………」

「ハハ、先月の仕打ちと今月の条約締結、更に極めつけはリベールから技術提供を受けたファルブラント級巡洋戦艦の最新鋭艦とはなァ。流石のアンタでもこれは応えたんじゃないか?」

「フフ、確かにな……」

 

レクターの言葉に、その言葉を投げられた人物―――ギリアス・オズボーン宰相は静かに笑みをこぼした。思い出すのは極秘裏にリベールを電撃訪問をしたあの日。オリヴァルト皇子からの宣戦布告……それから、一年半以上経過した。

 

「まさか、短い間でここまで仕上げてくるとは見込み以上だったといえよう。その仕込みもした人物も気になるが……『正念場』だ、オリヴァルト皇子。この状況から遊戯盤(ゲーム)をどうひっくり返すのか、お手並み拝見と行こうではないか」

 

この苦境ともいえる状況を愉しんでいるかのような笑みを零すオズボーン宰相。その真意は、彼にしか解らない。

 

 

~ファルブラント級巡洋戦艦『リヴァイアス』 ブリッジ~

 

的確な指示を送るリューノレンス。ブリッジに並べられた最新鋭のシステム。目に入るもののどれもこれもが驚かされるものばかりだ。それ以上に気にかかっているのはセリカ……

 

「驚きと言う他ないですが……どうして父上が艦長を? いや、それ以前に復帰した第七機甲師団の師団長職はどうしたのですか?」

「そうだね、その辺も説明しないといけないね。結論から言うと、師団長の職は既に辞した形になるかな」

「清々しい笑顔でそれを言いますか、父上……」

 

既に後任人事の手続きは完了しているとのことで、艦長の職に専念できるという絡繰りらしい。しかし、顔ぶれを見る限り民間人なども紛れ込んでいる。そのあたりのことはアスベルも関わっている側なので何も言えないのであるが。

 

「見たことのないシステムもありますし……エプスタイン財団あたりの技術も相当入っていそうですね」

「無論それもある。それ以上に各方面―――リベールには特にお世話になってしまった」

「だが、その甲斐もあってか要求以上のスペックを誇る飛行艦が完成した」

「全長98アージュ。最新鋭の導力エンジン20基によって最高速度4500CE/hを誇る帝国の翼と相成った、というわけですね」

「しれっとスペック把握しているあたりはさすがというかなんというか……」

「兄上、もしかしてこの艦は『カレイジャス』同様皇族所有の艦という扱いなんですか?」

「まぁ、そうなるね。流石に皇族が二隻も飛行船を持つといろいろ問題なりかねないからね……そちらのほうは『実家』に引き渡しているよ」

 

大本の設計自体の大半をZCFが担っているため、引き渡し先としては妥当なラインだろう。帝国最速を誇る翼に帝国最強の剣士を据える……これ以上の抑止力はないといってもいい。

 

「もしかしてですが、このまま帝国全土を回られるおつもりですか?」

「そういうことになるかな。例のテロリストも活動を辞めたじゃないから、その辺りに睨みを利かせる形になるけど」

「時々自重しない発言をするね。流石セリカのお父さんというべきか」

「フィーちゃん、私はそれなりに弁えてるから」

 

ヴァンダール流もそうだが、質実剛健とも謳われる帝国男子とは程遠い印象に冷や汗が流れっぱなしというのは言うまでもなかった。

 

ともあれ、ルーレに到着するまで自由時間と相成ったのだが、アスベルはリューノレンスとカレンの二人に呼ばれる形で会話をすることになった。で、会話の内容は当然娘であるセリカとのことについてだった。

 

「手紙や通信では聞いてたけど、不詳の娘をお願いするね、未来の息子のアスベル君♪」

「いや、あの……円滑に話が進むのはこちらとしてはありがたいですが、仮に一人娘に対してそんな扱いでいいんですか?」

「確かに一般常識的には『娘を嫁にしたくば私を倒せ』とかなりそうだけれど、娘自体がそのカテゴリから外れているからね……流石の僕でも本気の君には勝てそうにないし」

「それ、しれっと人間扱いすらやめてるっていうことになるんですが……というか、それ褒めてます?」

 

この場にセリカがいないことをこれほど幸運に思ったことはないだろう。確かに、セリカは元軍人であり星杯騎士団第四位守護騎士付正騎士という立場でもある。膂力はレイア程でないにせよ、特殊な重火器など使わずに戦車の装甲すら貫くことができる時点で異常なのだが。それを差し引いたとしても、とてもではないが一人娘を持つ親の台詞とはかけ離れすぎていたことに引き攣った笑みしか出てこなかった。

 

「娘は立場上特殊だからね。かくいう君もその立場の一人ということは聞き及んでいるよ」

「そうですか。まぁ、セリカを怒らせて投げられないよう最善は尽くすつもりです」

 

責任はしっかり取ることに異存はない。下手すれば自分の命に直結しているだけにだ。世界の危機に直結しているルドガーに比べれば生易しいことだけが救いなのかもしれない。

 

「その点は心配ないと思うかな。誰かさんによく似て一途だから」

「まぁ、その点は否定しないかな……ああ、ちなみに行き過ぎたとしても咎めるつもりはないから安心してくれ。とはいえ、そう呑気な状況でもないのは事実だけど」

「ええ、肝に銘じておきます」

 

エレボニア帝国内部の状況からして呑気に言ってられる余裕などない、というのは流石のリューノレンスやカレンも重々承知しているようで、その問いかけに対して気を引き締めたうえで強くうなづいた。

 


 
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