No.914497

司馬日記外伝 最近、相棒の様子がちょっとおかしいのはどう考えても一刀兄貴が悪い

hujisaiさん

いつも皆様の御笑覧有難う御座います。
その後の、とある舎弟のお話です。

2017-07-17 17:39:31 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:4210   閲覧ユーザー数:2653

「なあなあ、知ってるか」

「あ?何をだよ」

 

うだつの上がらない田舎暮らしに飽き飽きし、相棒と連れ立って都に来てから早や数か月。

運良く子義姐さんと再会し『おめーら他所行かすと(過去の)何喋るかわからねーからあたしの軍に入れ』って言って貰い、秀(張英)共々再び姐さんの舎弟…もとい、小隊長にしてもらってからは花の都暮らし。

 

都は色んなものが東呉の田舎と違い、いまだに日々驚くことばかりだ。

物がいっぱいある。河が少ない。やたら治安が厳しい。他所の国の連中が普通に歩いてる。役所に行くとやたら女ばっか居る。昔見た時は鬼か夜叉か羅刹じゃねえかって思った孫策が何この軽い姉ちゃん?て感じになってる。

そして何より、姐さんがすっかり変わっていた。いや、あたしらと話す時はそれ程でもないけれど。

一刀兄貴とイイ仲になって、昔カッコ良かったのがすっかり可愛い女の子になっていたのは想像もつかない。

上目遣いで『あのっ、一刀様っ』とか東呉時代じゃ聞いた事無いキレーな声で敬語とか使ってて、あたしらも初め見た時は姐さん誑かした優男と思って〆てやろうかとしたけれど、その後の姐さんの御説教を聞けば皇帝様じゃねえか。

なんだか他所の偉そうな連中も一刀兄貴には頭が上がらないらしいし話してみりゃ悪い奴…悪い方じゃなさそうだし、一刀兄貴なら姐さんを任せられる。ゆくゆくは姐さんも皇后様だ、孫家の姫なんざ目じゃないぜ。

これからはこの御両人を見守っていくんだ、ちっと給料安いけど。

そんな休日、相棒がにやにやしながら二段寝台の上段から顔を出した。

 

「姐さんとかがいる後宮によ、秘密の小部屋があるんだってよ」

「秘密の小部屋ぁ?それがどうしたよ」

「っち、絢(于糜)おめー気が利かねえなあ!」

「余計なお世話だ」

あたしが馬鹿な事は否定しないが馬鹿に馬鹿と言われると腹は立つ。

いよいよ秀(張英)が面白そうに口の端を吊り上げる。まあこの顔をしている時は大体碌でもない事を考えている顔だ。

「あそこにゃ一刀兄貴の女達がいっぱい居るだろ?」

「ああ」

「姐さんも居るだろ?」

「ああ」

「姐さんだって一刀兄貴と夜な夜な『にゃんにゃんっ』ってしてるだろ?」

「『にゃんにゃんっ』って、お前…」

指を猫招きのようにくいくいっと曲げる秀(張英)に、馬鹿じゃねえかって目で答えるが全く意に介する様子がない。

 

「つまりよ、そういう『にゃんにゃんっ』ってする部屋の隣に、『まじっくみらー』っつってこっちからは見えるけど反対からは鏡にしか見えない窓で仕切られた部屋があるんだってさ!」

「…おい、お前…」

漸く秀(張英)の言いたい事が掴めて来た。

「しかもだ!今夜、姐さんその部屋で兄貴に可愛がって貰うんだってよ!…な、絢(于糜)、つまり今夜は姐さんの晴れ舞台って訳よ、これを御見届けするのはやっぱ舎弟の務めじゃねえの!?」

「ばーか」

っとに、この馬鹿な相棒は自分は処女の癖に碌なことを考えない。姐さん、こいつほんと馬鹿でほっとけないんで、すいませんが。

 

「…鍵とか身分証とか、もう手に入れてんだろうな?」

「当然よ」

秀(張英)が右手につまんで振って見せた鍵と通行許可証を見て、あたしの口の端も少し吊り上がっていたかもしれない。

 

 

 

 

 

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震える手で音を立てないように鍵をそっと回し、静かに扉を押して左右を見回す。

(誰も居ねぇ、行くぞ)

後ろの秀(張英)に小さく声を掛け、がくがくと笑い出しそうな膝を懸命に踏み出して廊下を小走りに駆けだす。

後宮の門を抜け、夜の街を走り、宿舎まで一気に駆け抜けて自分達の自室に飛び込んで、追われてる訳でも無いのに素早く扉を閉めて鍵をかける。

扉のすぐ下に二人でへたりこみ、部屋には全力疾走してきた自分と相棒の荒い息だけが響く。

 

「…凄ェもん、見ちまったな…」

気まずい沈黙に耐え切れず、思わず呟いた。

「やばいって…マジやばいって、姐さんも兄貴も…あ、あんなの…」

明かりを灯していない部屋に差し込む月明かりが、首を振る秀(張英)の赤い頬を照らしたような気がした。

 

「…寝ようぜ」

「ああ…」

正直眠れそうにないが、このままここに居ると自分がとんでもない事を喋り出しそうな気がして怖い。

「あ、…あたしやっぱ、風呂入るわ…」

「ああ…あたしもお前の後、入る」

腰を上げようとした秀(張英)が何かに気付いたように呟くのを聞いて、あたしも自分の内腿に伝う汗らしい何かに漸く気が付いた。

 

 

 

 

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「今日はあんまり食べないんですね(どうかしたのかおめーら)?」

「あ、いえ…」

「大丈夫っす…」

「何だか今日は二人とも大人しいね」

折角姐さんと一刀兄貴が飲みに誘ってくれたけれど、半分拷問に感じる。なら何故断らなかった?尊敬する姐さんだし、姐さんのイイ人の兄貴だから。

揃って俯き加減でちびちび飲みながら姐さんと兄貴をチラチラ見ていた秀(張英)とあたしは確かに不審だっただろう。

姐さんがつくねが美味いって言ってたけど、正直味なんてさっぱ分からない。つか、それどころじゃない。

 

「それでですね、明命ったら――――って、―――――で」

鍵掛けた瞬間、姐さんが兄貴に抱き着いてちゅーしてた。絶対舌入ってた。舐め回してた。べろちゅーってやつだ。べろちゅー。

 

「それは明命もまた無茶したね」

――――一刀兄貴の指が、姐さんのお尻から背中を撫でまわしながら、器用に半脱ぎにさせてた。やらしい指使いってああいう事だったのか。

 

「そしたら雪蓮が面白がって――――なんて言うんです!」

姐さんがすっげえ愛おしそうにしゃぶって。あれ飲んでた。絶対飲んでた。めっちゃ幸せそうなトロ顔で飲んでた。

 

「あはははは、思春は怒ったんじゃない?」

御猪口に一刀兄貴が口をつける。

そんで、一刀兄貴が姐さんの…に、口つけて。

やばい。あんな脚開かれたらあたし死ぬ。無理。されたら死ぬ。

 

「そうなんです、もうカンカンで!」

――――子義姐さんのそこに、一刀兄貴のアレがずっぷり。それはもう弁解のしようもなくずっぷり。

今目の前で仲良さげに清い交際っぽく話してる陰で、二人きりの時はいやらしく絡みあう雄と雌。やばい。

 

「そっか、今度思春宥めておかないとなぁ」

「いえ、一刀様関係無いじゃないですか」

「無いっちゃ無いけど、ほっとく訳にもいかないよ」

「一刀様、御優しいんですね!」

――――優しいなら鏡の前で『ほら…見てごらん』なんて言うか。マジックミラー挟んで至近距離で見せられたあたしらは目玉と心臓飛び出るかと思ったってのに。

でも姐さんもやあっすごいっとか言いながら嬉し恥ずかしそうにちょっともうなんて言ったら良いのか分からない腰の振り方をしてたんなら優しいのか。もうわからない。あたしは自分がアホなのは知ってるけど理解を超え過ぎててマジでわからない。

 

「――――それじゃ、そろそろ上がろうか」

どれ位時間が経ったんだろう?飯のついでにちょっとだけ、の筈だったんだがあの夜の一部始終が頭の中に流れ続けて全く時間の感覚がない。

「はい!じゃ、貴方達も…(そろそろ帰れ)」

「あ…いえ、自分ら明日非番なんで…も少し飲んできます。な」

「あ、はい」

姐さんと一刀兄貴と同方向に一緒に帰っちゃ無粋だろう。幾らあたしらが頭悪くてもその程度の気は回る。

 

「そうですか?じゃ、これ御代ですから。余り羽目を外し過ぎないようにして下さいね(面倒起こすんじゃねーぞ?)」

「あ、この店俺のツケ効くよ?」

「いえ、あの…この二人の分は…」

「あ、そうか」

一刀兄貴が姐さんの言葉に何か気づいたような表情を浮かべる。

「私の分は一刀様に御馳走になりますから、この二人の分は私出しますね」

「ごめん、ちょっと油断してて現金あんまり持ってなかった。陽ありがと」

 

御馳走様でした、と頭を下げながら一刀兄貴の腕を取って御機嫌な姐さんを見送って、二人で再び席に着くと無意識に安堵のような溜息が出た。

「…なぁ、さっきの姐さんのツケの話知ってるか?」

その吐いた息の分を吸うように、猪口に口をつけながら秀(張英)がぼそりと呟いた。

 

「どういう事だよ」

「兄貴と、兄貴のオンナは兄貴と一緒だったらここ(の店)タダで…つか、一刀兄貴の経費で飲めんの。あたしらの分は出ないから姐さんが出してくれたって訳よ」

「へぇ…姐さん酒好きだから飲み放題で良かったじゃねえか」

「はっ、一刀兄貴の前で姐さんがそんな大酒飲むかよ」

「そりゃそうか」

 

二人して酒に口を付け、周囲の喧騒の中にあたしらの間にだけ沈黙が訪れる。

「なぁ」

「ん」

「もしもだけどよ」

「ああ」

チラ見してくる相棒の顔が赤い。こいつ、こんな酒弱かったっけ。前はアホかってくらい飲んでたし、うるせえから黙れって言われるくらいの騒ぎ酒じゃなかったか。

 

「もしもだけどよ…一刀兄貴がよ」

「兄貴が?」

秀(張英)が猪口の酒を妙に品よくすっと空ける仕草に、変な新鮮さを感じる。

 

「ここの酒、タダで飲ましてくれるっつったら、お前…断れる?」

「へっ?」

なんでタダ酒の話が急に。

つかタダ酒なら幾らでも飲むけどよ、ってかちょっと待て。えっここの酒がタダって事はおい。いや、待てって。

酒が勢いよく頭に回ってくらくらする。

「おい、おま…」

「兄貴が絢(于糜)の肩抱いて、『ここの酒タダで飲んでいかないか』ってったらさ、お前…断れる?」

「い…、いやいやいやいやいや!無えって!無えって!姐さんみてえな別嬪さんでお偉いさんなら兎も角よ、あたしなんか可愛くねえし一刀兄貴の方でお断りだろ!?」

タダ酒の代わりに『じゃちょっと行こうか』とか言ってあの部屋連れてかれて、素っ裸にひん剝かれて体中舐めまわされて一刀兄貴のアレがあたしの・・・?

いやいやいやいやいや。ないないないない。考えるだけ無駄なはずなのに心臓がばっくんばっくん言うのは、こないだ見たアレが強烈過ぎたから。

 

「そか…」

秀(張英)は空けた猪口から酔眼を離さずに、手酌でまた満たしていく。

気づけばあたしの猪口も空だった。秀(張英)の後に注ごうとして、いつまでも猪口に口もつけず一本しかない徳利を持ったまま無言の相棒に、言い様の無い違和感を感じる。

 

「おい、酒…」

「ああ…」

徳利を渡すように促すと、片手で押し出しながら頭を抱えるように突っ伏した。

おかしい。

おかしいけれど、これ言っちゃヤバい気がする。

「もしかしておめーよ、」

そんな訳は無い、何年つるんだ相棒だ?こんな軽口くらい言えない筈が無い。だのに、あたしの喉はかすれかかっている。

「おめー…ひょっとして断れねぇかもとか?」

 

顔を伏せたまま、あたしヤバいわ、と呟いた秀(張英)が耳まで赤かったのは酔い過ぎたから。飲み過ぎたからあらぬことを口走ってるんだ。相棒思いのあたしはおめーちょっと飲み過ぎだよ、帰ろうぜと窘めた声が擦れていたのは飲みすぎのせいだ。

こないだとんでもないもん見せつけられたからちょっとおかしくなってんだ。あたしらそういうの免疫無かったし。よく寝てまた仕事はじまりゃすぐに忘れるさ。

 

その時は、そう思っていた。

 

 

 

 

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その数日後、あたしらは休みがかぶって自室でごろごろしていた。

「おめー、こんなの読んでんの?」

「あー…子義姐さんだってよ、ちょっとは学つけて一刀兄貴の前に出ても恥ずかしくないようにしろって言ってたじゃねぇか」

「…ま、そうだけどよ」

 

今まで本らしい本なんてろくすっぽ読みやしなかったあたしらの部屋に、珍しく雑誌が放り出されていた。

まあ姐さんが言ってたのは事実だが、いっすよどうせあたしら馬鹿っすからとか言って二人して聞き流してたのが気が変わったのか。

それにちょっと本読んだ位で変わるような頭じゃないだろうが、姐さんが読めって言ってたのはこういう女もんの服飾系の雑誌だっただろうか。

 

 

 

 

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普段はあたしらは基本的に軍務だ。姐さんくらい偉くなると事務もあるらしいがそんなのあたしらには到底無理で想像さえ出来ない。

ガチの殺し合いがない分、実戦訓練は結構厳しい。ついさっきも模擬戦で徐盛に秀(張英)共々に湖に叩き落され、味方が全滅したところで休憩指示が出て舳先で寝ころんだところだ。

 

「…ったくアイツ(徐盛)、本気過ぎねえ?」

「ああ。徐盛さ、前に陳武と兄貴のお世話で遺恨(司馬日記外伝 酒楼「三国一」の落書帳3 参照)あったじゃん。だからじゃねえ?」

「それとよ、こっち姐さん居ねえからって陳武の指揮も悪りいよ、新型装備だか知らねえけど真っ向突っ込んだって勝てる訳ねえじゃんよなぁ」

「………………」

「けどよおめー見た?あたしの剣捌き!徐盛相手に三合持ったぜ、アイツ先頭で飛び移って来てこっち見もしねえで一発で殴り倒した気になってたの、でもあたし超まぐれで受けきってたから『あれ?まだ居る』みてえな顔してこっち見てさぁ、流石に四発目は貰っちまったけどさ…なあ?おい、秀(張英)?」

返事の無い隣の秀(張英)を見ると、いつの間にか体を起こして桟橋を見つめていた。

 

その視線の先には、一刀兄貴。案の定過ぎる。

いつの間にか船を寄せたのか、徐盛がその傍に寄り添って何か嬉しそうに話している。さっきまで鬼のような表情で殴りかかって来ていたのが嘘みたいな女の表情だ。

「(……………!)」

びしょ濡れで近くの船の舳先に座り込んでいる陳武がクッソ睨みつけてるあたり、大方今の模擬戦の活躍自慢だろう。

「(………………)」

「(……………!)」

一刀兄貴が何か褒めたらしく、徐盛はぱっと花が咲いたような笑顔を見せてぴょんぴょん飛び跳ねる。学卒の最年少将軍だか何だか知らねえけど、軍人がぴょんこら跳ねるな。ガキか。

「(……………!)」

「(………………)」

徐盛が兄貴の方へ頭を寄せ、その頭を兄貴が撫でると猫のように目を細める。そして一度兄貴の胸に顔を埋めた後に頭を下げて徐盛軍の船に飛び乗り、一刀兄貴からは顔が見えない角度に立つと口の端を釣り上げて陳武に向けて勝ち誇った笑みを浮かべながら中指を突き立てた。

 

アイツいい根性してるよな、と傍らの秀(張英)に言おうと振り向くと、その秀(張英)の瞳は桟橋を湖岸に戻る兄貴の姿をずっと追っていた。

やべえ。コイツ重症だ。

 

「あ…!」

僅かに重い気持ちになりかかった処に、妙にかわいい秀(張英)の小さな叫び声がした。その視線の先を見ると、兄貴が歩きながらこっちを見ていた。間違いなくこっちを、あたしらを見ている。

軽く手を振られて、二人して会釈を返す。すると、兄貴は立ち止まって何か口をゆっくり動かした。

 

「(…………)」

二人して大きく頷き返すと、軽く手を挙げて今度こそ兄貴は岸に帰った。

 

「なあ絢(于糜)!今兄貴さ、兄貴絶対『頑張れ』って言ったよねぇ!?」

「言った!言ったと思う!」

「ああ~やばい、あたし頑張っちゃうよ!やっば、どうしよう!?あたし今日の模擬戦優秀賞目指しちゃうよ!」

「いや頑張ればいいだろ!?あと優秀賞流石に無理だから!」

ついさっきから急にきつくなった湖面の照り返しのせいだけじゃなく、真っ赤な頬を両手で抑えながら緩み切った表情でぴょんぴょん飛び跳ねながら身悶える相棒(本人気づいて無いだろうけど)。こいつにこんなかわいい声出させて女っぽい喋り方させる一刀兄貴が空恐ろしい。

 

それに言えない。兄貴とガッチリ目が合って、頑張れって言われたのは実はあたしだったとか。

ああ、それにしても今日の湖上は暑い。こんなに照り返しはキツかっただろうか、薄曇りだったはずのに。

 

 

 

 

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そのまた数日後には、たまには街行こうぜって言いだした秀(張英)について行った。

「お…あった。ここだ、入ろうぜ」

「へ?おい、マジでここ入んの?」

「…ああ」

「ここ何屋だか知ってんのか!?」

「知ってるさ、下着屋だろ」

「いやおめー、サラシなら寸法関係ねぇしこーゆーの金かかるから要らねえよっていってたの秀(張英)じゃんよ」

「そりゃ、そうなんだけどよ。でもよ、あたしらだって子義姐さんの舎弟なんだからよ、そんな…その…兄貴の前とかでだらしねぇカッコしてちゃヤベェって」

そう解るよう解らないような事を言いながら頬を染めて少し俯いた秀(張英)の表情は、いつか見たような気がする。

 

こういう店の店員マジうぜえ。こんな喋りっぱなしの奴らの言う事聞かなきゃ下着一つ選べねえ自分が心底情けねえ。

つか、胸がいい形に保てますよとかこれなら彼氏さん喜びますよとかあたしにゃマジ関係ねえし。…関係ねえし。

 

だから秀(張英)、店員の言葉にそんないちいち照れんなよ。

 

 

 

 

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ところであたしらも下っ端とは言え軍人なんで、姐さんが居なくても庁舎内で一刀兄貴と擦れ違う事位は無くは無い。

「あ、一刀兄貴ちーっす」

「…ちわっす」

「あー、お疲れー」

妙にでかい鞄を抱えた兄貴に会釈する。反射的にあの夜の事を思い出しそうになるけれど、日が経ってくれたおかげで記憶が滲んできている事にほっとする。このまま記憶から消えてしまえばいい。

 

「あ、そうだ」

「ひゃいっ!?」

そのまま通り過ぎかかったところで、背後から一刀兄貴に声をかけ返されると隣の秀(張英)が素っ頓狂な声を上げた。

「今長安から出張帰って来て思い出したんだけどさ、前に建業案内してもらうはずだったじゃない?」

「えっと、あ、は、はい!」

「そん時は何か色々あったらしくてちょっと別の人になっちゃったけど、又今度薫さん…張昭さんに呼ばれてて建業に出張あるからさぁ、そん時は案内してよ」

「えっ………」

 

何固まってんだこいつ。秀(張英)が絶句して口を開けたまま答えず、兄貴が『あれ俺何か悪いこと言った?』って顔になりかかってるんで代わりに割って入ってやる。

「あ、ハイ、そん時ゃお供しますんで。あでも姐さんこそ兄貴について行きたいと思うんで、近くなったら姐さんも誘ってやって下さい」

「ああそうだね、陽(太史慈)にも声かけるよ。じゃあね」

「ハイ。失礼しゃーっす」

会釈して別れ、荷物の金具をカチャカチャ鳴らしながら去っていく兄貴が見えなくなるのを待って、秀(張英)に肩を寄せた。

 

「おめー、何固まってたの?兄貴の御供なら(経費だから)タダで里帰り出来るじゃねえかよ、付いてこうぜ」

「ば、馬鹿っ、何簡単に受けちゃってんだよ!?」

「お”っ」

真っ赤な顔して脇腹に一発くれやがった。

「何すんだよオメー!」

「お前こそ分かってねえのかよ!?」

「何をだよ!?」

「兄貴の地方巡幸に付いてった女で…夜の御供もしてねえ女なんて居ねぇんだぞ、一人として!必ず夜も御供してんだよ!」

「………へっ?」

 

茹りきった顔の秀(張英)の口から絞り出された言葉が漸く頭に届くと共に、血も頭に上っていく。

「……嘘だろ?」

「嘘じゃねえよ……あああもう馬鹿っ、あたしまだ碌な下着も持ってねえのにどうすりゃいいんだよ!?」

「は、話飛びすぎだろ!?」

「やり方だってわかんねえし!噛まないように飲み込むとかお前出来んのかよ!?」

「でっ、でででで出来る訳無いだろ!?つかひん剥かれた時点であたし生きてられねえよ!」

「…もうこうなったら姐さんに」

「あ、ああ、お断りして」

「もう一回見せてもらわねえとマジでやり方わかんね、どうしょうもねえよ」

「そっちかよ!?…ところで前回もよ、元々はあたしら案内するはずだったじゃん?兄貴の方はさ…その…そういうつもり、だったんかな…?」

「…だったんじゃねえの?その頃はさ、あたしら全然そんな事考えて無かったけどさ。ある意味良かったぜ、下手すりゃ兄貴に大恥かかすっつうか、御不興買うとこだったかもしれねえし」

「マジか…ま、まあ兎も角よ、近いうち姐さんに相談しようぜ?あたしら建業に付いてってもさ、夜は姐さんだけかもしれないじゃん」

「ああ…」

 

自分で言いながらさっき一刀兄貴に誘われたのは子義姐さんじゃなくて自分等だった事を思い出し、背中にむず痒いものを感じつつ秀と連れ立って自室に戻った。

 

 

 

 

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あたしらは基本つるんでるんで休みはなるべく互いに合わすが、そうもいかずにあたしだけ休みの日もあったりする。

「よっ…と」

ここんとこ休みの日には雨降ってて、久しぶりに布団を干せた。最近寝酒は止めたから酒臭い事は無いけれど、あったかくてふわふわの布団の方が気持ちがいい。秀(張英)の布団も干しといてやろう。

そう思い、敷き布団を抱えようとして変な感触に手を止めた。

 

なんか有る。

秀(張英)の敷き布団の背中の部分に妙な板状の盛り上がりがある。何だこれ、と思ってめくってみると、『三国志 呉伝』と表紙に書かれた本だった。

なんだあいつ、服とか化粧品とかの雑誌だけじゃなくてこんな文章っぽい本とか読んで勉強してたんか。

偉いな秀(張英)、でも字ばっかりでどうせあたしには難し過ぎるだろうなと思いながらパラパラッと頁をめくってみる。すぐ閉じるつもりで。いつか褒めてやって、よせやいとか照れるのを楽しみにしようと思って。

 

『―――――穏の濡れそぼった秘部にあてがうと、豊かな乳房を握り締めながら一刀は猛然と突』

「!!」

息が止まる。これ”そういう”奴だ。てか、一刀兄貴の話だ。

…最後の頁まで開いた跡がある。

ヤベェ。あいつヤベェ。本気だ。

とりあえず部屋の鍵掛けよう。

 

秀(張英)が帰って来るまでに、そおっと元通りにしておかないと。絶対に布団めくった事が解らない様に、マジで。読み耽ってる場合じゃねえって。マジで。

 

 

 

 

 

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「絢(于糜)。いいから黙って金払え」

「…何言ってんだ?」

ここんとこ一層『病状』が進行した秀(張英)が、赤い顔して紙袋を二つ抱えて部屋に帰ってくるなり訳分からねえ事を言い出した。

 

「…現品限りの在庫処分特価だってぇから二着買って来た」

「いやだから何言ってんだお前?新手の詐欺にでも引っ掛かったのか、都の詐欺師はやたら頭いいから気を付けろって姐さんにも言われてたろ」

「詐欺じゃねえよ!ほらお前…例の建業の時に!あたしもお前も着てくもん無えって言ってたろ、それ用だよ!」

「いやそれまだ全然分かんねえ話じゃねえか、ちょっと見せてみろよ」

こいつの頭の中じゃ建業行って夜の御供は既定路線なのか。しかしあたしの分の服?らしいものがあるなら気にはなる。

「ん、こん中に入ってる奴全部で一組だから。現品しか無えから背丈寸法だけ見て買ってるからよ、合ってるかちょっと着て来いよ。あたしあっちで着てくる」

「お、おう。…なんだこりゃ、全部真っ青なのな」

「ああ、あたしのは全部真っ赤だ」

紙袋の中は妙に量が少なくやたら青くてテカテカしている。全部出してみて、服脱いで、これを着て、それを履いて、これを頭につけて…つけて?

 

「な、なんじゃこりゃぁぁぁあああ!?」

「声でけえ!つか着てから叫ぶんじゃねえよ!」

いつか姐さんの部屋に飾ってあったのを見た、バニーなんとかってやつだ。『これ一刀様の御下賜品でよ、俺にめっちゃ似合うつってスゲェ可愛がってくれたんだぜ』って嬉しそうに言ってたのを思い出す。

「…おう、あたしの方どうよ…」

「お、何かすげぇ…可愛い。女みてぇ」

「女だ、バカ」

秀(張英)の方は真っ赤だ。よく見るとあたしの造作とちょっと違う。てか、ちょっとおかしく…ねえか?

 

「秀(張英)、お前それ…胸見えてね?」

「マジ!?」

「マジ。屈んで鏡見てみ」

「げ、マジだ…」

服の作りに比べると秀(張英)の胸が小さすぎて頂点が見えてしまっている。つかこいつの胸は人並み位あるのは風呂で知っているから、この服がでかすぎるって事だ。

 

「…返品すっか?」

「…いや、特価品だから返品出来ねえし。…あ、兄貴、こういうチラッと見えるの好きかもしれねえから、これでいい」

「お前もう吹っ切ってんな…」

確かに阿蘇阿蘇の何月号かに『チラ見せで悩殺!特集』とかあった気がする。

 

「それよかよ、おめーやつ尻のとこ超やらしい。ほぼ丸見えなのな」

「う、うるせえ!こーゆーのだからしょうがねえだろ!?」

あたしのは秀(張英)のに比べて股下から尻にかけての部分がやたら細い。…上に、伸縮性もあるから何歩か歩くと紐状になりそうだし完全にズレちまいかねない。

「やばい…あたしもし兄貴だったら、絶対この尻撫でまわすよ。つか、捏ね回す」

「そんな、兄貴が気に入るかなんて…分かんねえだろ。つかこれ…お前もそうだけど、ちょっとはみ出てる」

「…そうだな」

 

「…どうするよ?」

と言っても、どうにかするしかないけど。

「舐められた時に『ジャリジャリするのは有り得ない』って阿蘇阿蘇に書いてたし、あたし全部剃るわ。専用の剃刀持って無いから今から買いに行ってくる」

「ま、待てよ!だったらあたしも全部剃るしか無くなるだろ!?あとあたしだって持って無いからついてかせろよ、どこで買えばいいか知らねえんだよ!」

 

だめだこいつ吹っ切れ過ぎだ、早く姐さんに相談しねえと。

慌てて着替えて躊躇いも迷いも無い秀(張英)の後を追った。

 

 

 

 

 

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「姐さん相談があるんス」

「お?なんだよ、俺忙しいんだから短くな」

「えっと…」

 

昼飯に食堂に来た子義姐さんの前に自分の配膳を置いたはいいけど、どっから喋ればいいんだ。

「あの、秀(張英)がおかしいんすよ」

「元からじゃねえか」

焼き魚を昔と違って上品に口に運びながら、何でも無い事の様に姐さんに一言で斬って捨てられた。まあ分かるけど。

「いやマジでおかしいんスあいつ、もうヤバイって言うか」

「確かに御前等おかしいよ、人に腋の下で握り飯作らそうってあたりマジヤベェ。ちっと一刀様に教育してもらいてぇよ」

 

ギロリと睨まれた姐さんの目は昔のようで昔とは違う。兄貴に飼われて牙の出し入れ自在になった虎の目だ。

「あんときはすんませんした、でもあれ周泰が言ってたんスよ!?てかそう、その一刀兄貴で」

「一刀様?おめー、一刀様までくだらねー事に巻き込むんじゃねえぞ?事と次第じゃ田舎帰らすからな」

「うぁ……はい…」

姐さんの目尻が増々吊り上がり、一刀兄貴と一緒の時は絶対に見せない犬歯が見える。

言えねェ。言えなくなった。秀(張英)が兄貴にホの字だとか。もう抱かれる気満々だとか。

「お食事中スンマセンした…」

「おう。ん…ところでよ」

「なんスか?」

野菜炒め定食を食べたところで諦めて席を立った時、ふと声を掛けてきた子義姐さんは少し目をまるくしていたような気がした。

 

 

 

「まあ大した事じゃねえんだけどよ、おめー最近良くなったよな?張英もだけどよ、かわいい下着ちゃんとつけるようになったしよ、いっつも水兵用のだっせぇステテコだったのが小奇麗なミニスカにパンスト穿くようになったんだな。川風でベッタベタの髪も船で使ってた余り紐でばさっと結ぶだけだったのがよ、毎日風呂入って綺麗に梳いてなんか洒落た髪飾りに変えてよぉ、今月号阿蘇阿蘇の『一刀様一推し装具特集』に載ってた奴だろそれ?手だって水軍仕事でガッサガサだったのがそれ丁寧に軟膏塗って爪まで手入れしてんの分かるぜ、俺も今は船乗るの減ったけど呉に居た頃ガサガサだったからな。食うもんだって昔は必ず飯ったら干し肉か魚に酒だけだったのが酒なしで野菜炒めとか食ってるから肌艶も良くなったんじゃね?声もなんか可愛くなってきたしよ、あとは言葉遣いだ言葉遣い」

 

 

…いや、あたしの話なんか今は聞いてないんス。

「さてはお前、」

 

 

 

 

いや関係ないっす。マジであたし違いますから。

「惚れた男でも出来たかぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

「や、……」

いやいやいやいやあたしは違いますからあたしは違うんであたしは落ちてないから兄貴マジ関係ないしダメなのは秀(張英)であいつが完全落ちちゃってて煽り食ってあたしまで抱かれそうになってるのが困ってて実際やり方とか全然分かんなくてどうすればいいのか姐さんにマジ習わないとダメでどうすれば兄貴が抱いてくれるかとかマジ分かんないしホントやばいのはあいつであたしは関係なくて演習であたしにだけ周りにわかんないように声かけられたとかそんなのどうでもよくてマジどうしたらいいのか分かんなくて。

「なんてな、ハハハ…」

 

 

 

 

 

 

「し、失礼しゃっす!」

「お、おう!?」

下膳場所に盆を置き、逃げるように駆け出す。

あたしは関係ない。あたしは落ちてない。あたしはまだ落ちてない。まだそこまでは考えてない。あたしは…あたしは?

 

 

昼休みの廊下の喧騒を駆け抜けて、自室へと飛び込む。

「あ?どうしたよ、慌てて。午後半休取っただろ?」

 

「…悪ぃ、真面目な話あんだよ」

「…何だよ」

あたしなりに真剣な顔して静かに語り掛けると、秀(張英)も真顔になる。

「茶化さねえで聞いてくれ。…あたしさ、おめーとダチになってから長ぇつもりでさ。おめーの気持ち…兄貴のな?知ってるつもりなんだ」

秀(張英)がこくりと頷く。

とぼけられなかった事と、彼女自身に自覚があった事に軽く安堵する。…この後、何て聞けばいい?

 

「でさ。関係ないっちゃ関係ないんだけどよ、おめーから見てあたしって…敵に見えるか?ほら、天の国の言葉でらいばる?って奴」

ちょっとずれたような気がするが、あたしの語彙力がこの辺が限界だ。あとは長年の呼吸の、秀(張英)の洞察力に頼るしかない。

 

「…まああたしの気持ちを端的に言っちまえば、絢(于糜)はあたしの敵…『らいばる』なんかじゃねえよ」

「そっか……よかった」

あたしらの間には珍しく、真面目な表情で腕を組んだままの秀(張英)の答えに安堵する。良かった、あたしは一刀兄貴に惚れてない。秀(張英)の心配だけしてやればいいんだ。姐さんが言ってたようなここんとこ色々変わったのは、全部秀(張英)の影響。

 

 

 

 

 

 

 

…だと思ったのは一瞬だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の兄貴大好きっぷりってちょっと病気だぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、いつか子義姐さんに相談しなきゃとは思ってたんだけどよ。裁縫の本買って来て休みの日ちくちく何やってんだろと思ったら、兄貴のチビ人形作って抱いて寝てるって後宮でもきっとなかなか居ないぜ?あと一刀兄貴の事見過ぎな。船の演習の後、兄貴見かけると全く返事しなくなるってやべーよ。こないだの陸戦演習で『突然横から矢が飛んできてやられた』って言ってたじゃん、あれどう見ても真正面から飛んできた矢がよそ見してたお前に当たっただけだから。それに笑い方変わり過ぎだろ。こないだ田舎から遊びに来た樊能、一刀兄貴に会わせた時にお前が口に手当てて『うふふっ』って笑ってるの見て『キモッ!!マジキモッ!!誰こいつ!?』ってドン引きしてたぞ。それと、こういう事あたしも心苦しいんだけどよ、お前寝言…凄過ぎ。眠ってる間に建業の予行演習し過ぎだから。何言ってたか具体的には言わないでおいてやる、多分お前死にたくなるから。それとちょっと関係あるって言うか、これはあたしもまあ…しない事じゃねえからあんま厳しい事は言いたくねえんだけどさ、その…一人でする時はさ、寝台の上の段にあたしが居ねえの確認してからしてくれな?いやうん…一刀兄貴をそういうののネタにするなって訳じゃないし顔見られるの恥ずかしいから後ろからされたいってのも分からないじゃないけどさ、親しき仲にもなんとやらって言うしさ。まぁそれもこれも一刀兄貴が罪作りって言い方も…ん?お、おい?おい大丈夫か!?お前っ、照れるのか白目剥くのかどっちかにしろよ!?」

 


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