No.913410

ふたりで星を見上げるおはなし

jerky_001さん

七夕をお題にみほ杏SSをかきました。
会長卒業後のおはなしです。

2017-07-09 01:41:14 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1065   閲覧ユーザー数:1043

七月七日、七夕の日。夕方の通学路。

黄昏時の空の下を、両手ほどの枝振りの笹竹を手に、わたしは学園からの帰路に就きました。

アパートの階段を駆け上がり、自室の鍵を開けると、玄関先には明らかにわたしの足のサイズとは違うスニーカー。そのコケティッシュな柄に、わたしは見覚えがありました。

思った通り、キッチンの方からぱたぱたと、スリッパの足音が駆け寄って来て。

「おっかえりぃ西住ちゃん、勝手に上がってるよぉ」

可愛い可愛いエプロン姿の彦星様が、わたしをお出迎えしてくれました。

 

※※※

 

「お夕飯はそうめんと手毬寿司にしてみたよっ。地方によっては七夕にそうめんを食べる風習があるんだって」

いそいそとエプロンを畳むと、私を食卓へと誘う会長。彩り鮮やかな手料理の数々に思わず目移りしてしまいそうになります。

「わぁ、おいしそう……でも、大学の方は良かったんですか?学園艦まで来るのに時間かかったでしょう?」

「だから今日は半ドンで飛んで来ちゃった」

相変わらず思い切りの良いひとだなぁ、なんて事を思いながら、講義をこっそり抜け出し、チャーター便に飛び乗る会長の姿を思い浮かべます。

卒業してからも、会長は時々こうしてわたしや学園の様子を見に来てくれます。自主練を見学したり、みんなとお話ししたり、二人っきりの時はこうして一緒にご飯を食べたり、お泊まりしたり。

土日や祝日でもない限り、普段は海の上を往く大洗に訪問するのは難しいと思っていたので、今日の会長の行動にはさすがにビックリしたけど、七夕にちなんだサプライズのつもりだったのでしょう。合鍵を渡しておいてよかった。

ベランダに笹竹を立て掛けると会長と向かい合って食卓を囲み、二人で手を合わせていただきますの合図。

「えへへ、会長の手料理久しぶり、嬉しいなぁ」

「私があげた“独り暮らしでもお手軽料理マニュアル”、ちゃんと活用してるぅ?食生活はちゃんとしなきゃダメだよぉ?」

「はぁい」

会長のお小言を聞き流しながら、ひと目見ただけでも新鮮さがわかるサーモンの手まりを頬張ります。うん、脂が乗ってて身がぷりっぷり、美味しい。

「ところでさ」

「なんですか?」

「あの笹竹は?」

食紅で彩られたカラフルなそうめんを啜りながら、会長がベランダの笹竹に目をやります。

「ああ、戦車道のチームみんなで七夕のお祝いしたんです。その時に余ったのを貰って来て……お家でも飾り付けしようと思って」

去年、会長の思い付きで始めた戦車への七夕デコレーションイベント。

今年も新・生徒会主導の元で執り行われ、戦術的優位性とは程遠い煌びやかな飾りつけが施された愛車達を前に、各々の願い事を短冊にしたためたのでした。

ふとした思い付きで、余った笹竹の中から邪魔にならない程度の一振りを譲り受け持ち帰ったのは、チームメイト達に見られるのは照れ臭い秘密のお願いがあったから。

「だったら、私もお願い事書いてもいい?」

「もちろん!短冊が一つだけじゃ寂しいなって思ってたところですし」

「他の飾りつけも残ってる?」

「短冊だけじゃ味気無いし、そっちもちゃんと貰って来ました」

イベント事となると俄然乗り気な会長に、何だか在学中の懐かしい思い出が過ぎり、思わず頬が緩みます。

会長と一緒にお祝い事するの、久しぶりだなぁ。

内心、胸弾ませながら、今は目の前のお夕飯に集中。休ませていた箸を口に運びます。

せっかく会長が作ってくれたご馳走なんだもん、ちゃんと味わわないとね。

 

※※※

 

「流石にここからじゃ、あんまり星は見えないねぇ」

ベランダから半身を乗り出し、夜空を見上げる会長とわたし。

いつか二人で見た煌めく星空は、町明りに遮られ望むべくも無く、天球に天の川の姿は影も形もありませんでした。

「計画停電とかさせられないんですか?会長権限で」

「いや、今は会長じゃないし」

冗談で無茶ぶりをしながら、控え目に飾り立てた笹竹に願いをしたためた短冊を二人で吊るします。

薄桃色と橙色の短冊が寄り添いながら風に揺られ、笹の葉と一緒にさらさらと涼しげな音を奏でる様子を、何となくふたりで眺めていました。

「願い事、見てもいい?」

さりげない言葉で沈黙を破ると、会長は返事を待たずに短冊を覗き込みました。

「……ふぅん?“会長と一緒の大学に通えます様に”かぁ、嬉しい事言ってくれるなぁ」

志望校の事は前から話していたしとっくに知っているくせに、まるで初めて聞いたみたいな素振りで願い事を音読する会長。

「受験勉強ちゃんとしてるぅ?何なら今日は勉強見てあげよっか?」

「もうっ、これでも最近は、けっこう成績上がってきたんですよっ」

ちょっと意地悪な聞き方をするものだから、わたしも頬をぷくぅ、と膨らませて怒ったふりをして見せます。

「そう言う会長は、どんな願い事したんですか?」

隣り合うもう一枚の短冊を手に取ると、そこには丁寧な筆運びで、以外なお願いが綴られていました。

「“大洗に戦車道プロチームを設立したい!!”……ですか」

「……学園艦がこれからも無くならない様に、大洗を盛り上げたいんだ」

そう語る口調は一転して真剣で、わたしは彼女の大洗への想いの大きさに、改めて気付かされるのでした。

「道筋はまだ全くの白紙だけどね……経済学部に行ったのも、経営学や組織運営を学びたかったから。時間はかかるだろうけど……いつか実現したい」

壮大な夢に邁進する会長。その姿が何だかいつもより大きく、逞しく見えて、胸が高鳴りました。

「じゃあ……わたしはプロ選手になって、会長にスカウトしてもらおうかなぁ」

「契約金は奮発するよぉ?西住ちゃんが隊長なら百選連勝間違い無しだねっ」

「買い被りすぎです」

後ろ手に会長を抱き寄せ、町明かりの中でひっそりと輝く星を見つめます。

あれがデネブ、アルタイル、ベガ。少し前の流行歌が頭に過り指を辿らせようとしますが、空が明るすぎるのか、それとも季節が悪いのか、織姫さまも彦星さまもはっきりとは分かりません。

わたしたちの夢の導は、まだおぼろげ。町中で星座を辿る様に、不確かな道だけど……

 

「わたしとずっと一緒に居たいとか、書いてくれるかなぁと思ったのに」

「そっちはもう、叶っちゃったから」

 

いつか、辿り着きたいなぁ。

 

 


 
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